月臣と俺を会わせて簡単な紹介をすると、エリナはすぐにその場を立ち去る。
エリナにしてみれば、自分の仕事を片付ける方が優先されるのだろう。
ネルガルの会長秘書のエリナだ。
それも有能なのは間違いなく、だからこそアカツキよりも仕事が多くてもおかしくはない。
……いや、アカツキも別に楽をしてるという訳ではないだろう。
ネルガルの会長として、お偉いさんとの交渉とかがそれなりの頻度であってもおかしくはないし。
だが、だからといってエリナの仕事が減る訳ではない。
その為、この場は俺達に任せて……というか、自己紹介でもしていろという事なのだろう。
あるいは月臣に俺がどんな相手が見定めさせようとしてるのか。
俺の知ってるエリナではないので、エリカの性格から考えるとこういう態度になってもおかしくはないのだろうが。
「それで、アクセルだったな。何故お前は俺達に協力するような事を? 普通に考えて、俺達のやってることがかなり危険なのは理解出来るだろう?」
「そうだな。それは否定しない。けど……そうだな。簡単に言えば、アカツキに恩を売りたいとか、顔見知りのアキトの事を思ってとか、色々と理由はあるんだな」
「何? 待て。俺はナデシコについて知っているが、お前のような男が乗っていたとは知らないぞ?」
「だろうな」
俺が乗っていたナデシコは、この世界のナデシコではなく、俺が介入した方のナデシコなのだから。
俺が介入したナデシコ世界と、このナデシコ世界。
どっちの方がいい世界なのかは……正直なところ分からない。
ただ、アキトやユリカにとっては、俺の介入した世界の方が幸福だったのは間違いないだろう。
「どういう事だ? そのような嘘を……いや、お前の様子を見ると、嘘を言ってるようには見えないな」
「もしかしたら、俺が嘘を吐くのが上手いだけかもしれないぞ?」
「そのようには到底見えんな」
そう断言する月臣だったが、そこまで簡単に俺の事を信じてもいいのか?
そんな風に思うが、こうして見る限りでは本気で言ってるのは間違いないらしい。
「詳しい話は、後で……今日はアカツキがアキト達と連絡をするという話だったからな。その時に説明するよ。それでお前達が納得するかどうかは別の話だが」
ナデシコ世界独自の技術……技術? まぁ、多分技術でいいんだろうが、とにかくボソンジャンプというのは基本的には時間移動がメインで、転移というのはおまけでしかない。
もっともナデシコ世界において重要なのは、そのおまけの転移の方なんだが。
古代火星文明とかそういうのがある世界だ。
異世界とかパラレルワールドとか、そういうのも受け入れやすい下地はあると思う。
「ふむ。お前がそう言うのであれば、それでいいだろう。だが……そうだな。俺がお前の事はまだよく知らん。俺と戦って欲しい。拳を交えれば、分かる事もあるだろう」
この辺、月臣も木連の人間だよな。
夕方の河原で殴り合い。それで『やるな』『お前もな』とか言うような……うん。そんな感じが好きそうだ。
そう思いつつも、戦って相手を理解するというのも、分からないではないが。
「どうだ? アクセルだったか。お前も俺の事をあまり知らないだろう。木連式柔の腕、見ておいても悪くないと思うが?」
「木連式柔?」
そういうのがあるのか。
あ、いや。でもエリナ……この世界のエリナではなく、俺の恋人のエリナからそんな事を寝物語か何かで聞いたような覚えがあったような、なかったような?
名前からすると、柔道か柔術を木連に合うように改良した武術といったところか。
「む? 知らんのか?」
「聞いた覚えはあるような気がしないでもない……といった程度だな」
「ふんっ、地球ではそこまで有名な武術ではないからな。……まぁ、いい。その手の武術を体験しておいて悪い事はない。お前の動きを見ているとそれなりに出来るようだが、何も知らないままでこちらに協力するのは不味いだろうしな」
そんな月臣の言葉にそういうものかと納得しておく。
いや、断ろうと思えば普通に断る事も出来たのだろう。
だが、アキトとの通信の時間までは特にやる事がないのも事実。
どこかに適当に出掛けてもいいのだが、そうなればそうなったで面倒に巻き込まれそうな気がするし。
なら、このホテルにいて、月臣と模擬戦でもしていた方がいいだろうと、そう判断するのだった。
「ば、馬鹿な……俺の木連式柔が……通じない、だと?」
床に倒れつつ、月臣が激しく息を乱しながらも、そう言う。
月臣にしてみれば、自分の実力には自信があったらしい。
実際、月臣は木連時代はエリート中のエリートで、それも名前だけのエリートという訳ではなく実力が伴ったエリートだったらしいのだから、相応の実力はある。
月臣にとって不運だったのは、その相手が俺だった事だろう。
この世界……魔力や気がない一般人として考えた場合、月臣はそれなりの実力者なのは間違いない。
だが、魔力や気が存在しない者と魔力や気が普通に使えるネギま世界で人間から色々とあって混沌精霊となった俺を比べるのは、そもそも間違っている。
これがせめて鬼滅世界で呼吸を使えるようになっていたりすれば、少しは話が違ったのかもしれないが……生憎と月臣はそういうのはない。
あるいは、その木連式柔とやらの修行中に気を習得するという可能性もない訳ではないが。
ただ、こうして戦ってみた感じではそういうのは全くなかったのも事実。
「うん、まぁ……それなりに強いのは事実だと思うぞ」
「くぅっ、慰めなどいらん!」
「いや、慰めとかじゃなくて。俺は色々な意味で規格外な存在だしな。俺と戦って勝つのは……うん。エステバリスに乗っていても無理だと思うぞ」
これが同じような小型機でも、オーラバトラーであればオーラ力を使った攻撃なので、俺にダメージを与えられる。……あくまでも俺に命中すればの話だが。
しかし、エステバリスは純粋に科学技術で作られた人型機動兵器だ。
魔力も気もない状態で俺に勝つというのが、そもそも難しい。
「アクセル……お前は一体何者なのだ?」
起き上がった月臣が、俺に向かってそう聞いてくる。
月臣にしてみれば、俺に勝てるかどうかは分からなかったものの、それでも自分には相応の実力があるという自負はあっただけに、こうして一方的に俺に負けるとは思っていなかったのだろう。
「安心しろ。お前が弱いって訳じゃない。単純に俺とお前だと立っている場所が違う」
これは文字通りの意味だ。
魔力や気といった戦闘方法が当然の俺と、その手の技術は一切ない月臣。
これは……そう、例えるなら俺が本物の銃を使っているのに対し、月臣はモデルガンで殺し合いを挑んでいるようなものだ。
前提として、習得している技術が違いすぎるというのはこれ以上ないくらいに大きなハンデでもある。
「どういう意味だ?」
「そうだな。その辺の説明についても、今日アキトと通信をする時に一緒に説明する。エリナにも言ったが、何度も同じ説明をするのは面倒だし」
そう言う俺の言葉に、月臣は取りあえず納得した様子を見せるのだった。
夜……夕食の時間も終え、現在はそろそろ日付が変わる頃。
とはいえ、ナデシコ世界は普通に発展している世界なので、日付が変わる頃であっても皆が普通に活動している。
これが例えば、ダンバイン世界や門世界であれば、日付が変わる頃にはもう眠る者が多かったりするのだが。
そんな時間に、俺達……俺、アカツキ、エリナ、月臣の4人はアカツキの部屋にいた。
ちなみにゴートは何か仕事が忙しくて今日はここに来ないらしい。
プロスペクターはそもそもこの件に関わっていないと言う。
……それが真実なのかどうか、俺には分からない。
微妙に怪しいとは思うが。
プロスペクターは何だかんだと優秀な人物だ。
それだけに、この件に関わらせないというのは……ああ、もしくは有能で忙しいから、この件に関われないのか?
それなら何とか納得も出来ない訳ではない。
「さて、じゃあそろそろ時間だね」
アカツキがそう言うと、まるでそのタイミングを待っていたかのように映像スクリーンが空中に浮かぶ。
コミュニケだったか。
少し懐かしい。
いやまぁ、シャドウミラーの通信機でも普通に映像スクリーンとかは使ってるのだが。
そんな風に思っていたが、映像スクリーンに表示されたアキトを見て驚く。
黒いサングラス? いや、バイザーか。それを身に付け、着ている服も黒一色。
映像スクリーン越しでも、その雰囲気が俺の知ってるアキト……こう表現してもいいのかどうか分からないが、ラブコメ漫画の主人公的な性格には思えない。
シリアスなバトル漫画の主人公といった感じか。
いやまぁ、アキトの境遇を考えればそれも不思議ではないのだが。
『次の……』
何かを言おうとしたアキトだったが、その途中で言葉を止める。
映像スクリーン越し、そしてバイザー越しでも、アキトの視線が俺を見ているのが分かった。
『そこの男は誰だ?』
当然だが、この世界のアキトは俺と初対面である以上、そのような疑問を抱く。
『え?』
アキトの言葉に、エリナと月臣の驚きの声が重なる。
この2人にしてみれば、俺がアキトを知ってる様子だった以上、俺とアキトが顔見知りだと思ったのだろう。
だというのに、そのアキトが俺が誰かを知らないのだ。
そんな状況に驚きの声を上げてもおかしくはない。
それでも俺に疑問と警戒の視線を向けつつも、即座に敵対しないのは……俺を紹介したのがアカツキだというのが大きい。
もしアカツキの紹介でなければ、それこそ完全に俺を敵として認識していてもおかしくはなかった。
「会長?」
エリナの言葉に、月臣と映像スクリーンの向こう側のアキトの視線も揃ってアカツキに向けられる。
そのアカツキは、すぐに俺の方に視線を向けてくる。
「アクセル、そろそろ説明してもいいんじゃないか?」
「そうだな。本来ならゴートとかにも纏めて聞かせたかったんだが……取りあえず色々と言いたい事はあるだろうが、俺の説明を聞いて欲しい。質問は最後に受け付ける」
そう言い、俺は自分の事を説明する。
俺が異世界の存在であるとか、あるいはこのナデシコ世界とは違う別のナデシコ世界に介入したとか、その結果この世界とは全く違う歴史の流れになったとか……そんな諸々については、説明の途中でも驚きの声が上がったり、あるいは何かを言いかけたりもしたが、結局それでも最後まで俺の説明を聞いていた。
「そんな訳だ。その証拠という訳ではないが、エリナに見せた魔法とかがある」
『それを信じろと?』
アキトがバイザー越しでも分かる鋭い視線を向けてくる。
その気持ちも分からないではない。
この世界のアキトは見ての通り色々と特殊な状況になっている。
それに比べて、俺が介入したナデシコ世界のアキトはユリカと同棲しており、それでもまだアキトを狙っているスバルが遊びに来たりと、まさにラブコメ主人公まっしぐらといった感じなのだから。
自分と同じ存在がそんなお気楽な生活をしているのを不満に思ってもおかしくはない。
「信じたくない、というのが正しいんだろう? 実際、俺の知っているアキトは幸せな日々だし」
『……アカツキ、お前はどう思う?』
「どう思うも何も、魔法とかを見せられるとね。ボソンジャンプとかそういうのじゃなくて、突然僕の部屋に姿を現したんだよ?」
そんなアカツキの言葉に続いて声を発したのは、戸惑ったようなエリナ。
「その……私が貴方の恋人だと?」
「そうだとも言えるし、違うとも言える。あくまでも俺の恋人は俺が関与した世界のエリナで、お前は俺が知らないエリナだろう?」
「それはそうだけど……でも……その、困るわ」
そう言い、エリナの視線が映像スクリーンのアキトに向けられる。
聞いた話だと、救出されたアキトの世話をしていたのがエリナだという話だったし、だとすればエリナがアキトに特別な感情を抱いてもおかしくはない。
アキトの方は、エリナに対してそういう感情を抱いているようには見えないが。
もしかしたら、本当にもしかしたらの話だが、俺が関与しない……つまり原作の流れ通りに進んでこういう事になったとなると、原作ではエリナはアキトの事を好きだったのかもしれないな。
だとすれば、このエリナはもしかしたらアキトに抱かれていたりするのかもしれない。
だからどうしたとは言わないが。
このエリナは俺の知ってるエリナとは違うエリナなのだから。
……けどそうなると、エリナだけではなくこの世界のミナトもどうなっているのかちょっと気になるな。
この会談……会談? ともあれこの話し合いが終わったらアカツキに聞いてみてもいいかもしれないな。
アカツキの事だし、ミナトが……より正確には元ナデシコクルーがどうしているのかというのは把握していてもおかしくはないし。
「俺の正体がどうあれ、役に立つのは間違いない。……アキトにとってはユリカを取り戻すのが最優先なんだろう?」
そう尋ねる俺に、アキトは鋭い視線を向けた後で頷くのだった。