キヴォトスでちょっとエッチな精子脳男子をヤってみた話(旧題『カヤ虐曇らせモノ』) 作:ニーガタの英霊
そういうこった!!
「うわぁぁぁん、もうおしまいです! このまま蜂の巣にされて嬲り殺しにされるんです!!」
遮蔽物に潜みながら、狙撃手を警戒して潜むヒヨリ。
EAGLE1と呼ばれたSRT随一の狙撃小隊を率いた少女によって位置は特定され、壁としている
「えへへ、捕まっちゃったらどうなるんでしょうか……。や、やっぱり、拷問とかされちゃうんでしょうか……。爪を剥がされて……。うぅ、当然ですよね……」
だって私はイサクさんを裏切ったから。みんなにとって太陽みたいにあったかい人を奪ってしまったから。
だから、赦されないのは当然だ。
「うわぁん、やっぱり嫌です! これからもっとイサクさんとイチャイチャするんです!」
ナギサやカヤが聴いてたら怒りを通り越しそうな台詞である。
良くも悪くも図太い性格だったからこそ、ヒヨリはベアトリーチェよりスパイとして選ばれた側面もある。
EAGLE1。狙撃の腕も達者だが、一番の武器は視野の広さと盤面を俯瞰的に見ることによる空間把握能力にあるといえるだろう。
人の動き、建物の構造、瓦礫の位置から進行通路の把握まで。
それらを頭の中で具象化し、罠を張る。
「うわぁん、やっぱりあの女頭がおかしいですよぉ!」
どうして建物の中にいるのに的確に壁貫き狙撃ができるのか。しかも当たりはせずとも瓦礫で通路が塞がれたり、或いは見通しが良くなって移動する際の的になりかねない状況にする。
「うぅ、辛いですね……苦しいですね……、SPIDERも居るってことは……リスクのない道や敢えてなにもしてない道に罠張ってるってことですよね……」
だからといって安全な道を通ろうとすればそれこそ蜘蛛の罠に掛かりかねない。
トラップ工作や陣地防衛においてSRT随一と目されたSPIDER小隊。そのNo.2であるSPIDER2があちらに居るのだ。生半な罠を張るとは思えない。
「火線を引くのが上手いHOUND3にSRT最優部隊のポイントマンのFOX3。……ピンチですよねぇ」
眼下の聖徒会とSRT崩れの傭兵たちとの戦いは膠着状態に移っていた。
戦況で言えば五分五分……だが時間が経つに連れてトリニティ側の増援が来る可能性を踏まえればこちらの不利と言えよう。
少なくとも桐藤ナギサとシャーレの先生を無事で逃がしてしまえば戦術的に勝利出来たとしても戦略的には敗北だ。
何かないかと、焦燥の中歯を食いしばるヒヨリ。
この盤面を覆す一撃を求める。今ある手札を吟味して、思考の渦に囚われようとした時。
遠方のビルから何かが落下した。
「──えっ」
その声は誰の声だったか。
先生たちの直ぐ側に立っていた煉瓦調のビルから落ちてきたそれはセーラー服を纏い、腰には茶色の翼を持つ少女だった。
「──狙撃注意ッ!!」
判断が早かったのは、SPIDER2と呼ばれる少女。
彼女の判断は速く、的確で正しかっただろう。
だからこそ、その胸に蒼い花が咲いた。
「──がッ……はっ!?」
たった一発の弾丸でSPIDERが崩れ落ちる。
カランとSPIDERが被っていた鉄帽が地面を転がり彼女のヘイローが停止し、意識を失った。
「──ッ!! ああああああっ!!」
ヒナが叫び、ビルの頂上に向かって銃撃を放つ。
そしてそこに居たナニかは銃弾を避けながら、ビルの外壁を滑るように落下する。
「"──なんだ、アレは"」
先生の口から疑問が浮かぶ。
それは異質だった。
190cmは超えるであろう大柄な体躯。顔にはガスマスクに鉄帽を被り、全身を迷彩服で覆い防弾チョッキを纏う。
腰にはナイフと警棒を備え、両脇には拳銃を吊り下げ、右手にはサブマシンガン、そして左手にはスナイパーライフルの銃身を掴む。
そしてその頭の上には小さな十字が幾重にも連なり円を描くような黒いヘイローがあった。
ただ一つ、理解できることがあるとしたら。
それは非常に危険だという、理屈ではなく肌や魂そのものに訴えかける威があるということだった。
「──ッ!」
誰もが思考を止め、呑まれていた状況で
ガスマスクはヒナの動きに合わせて身を屈めながら左に避ける。
「"上手い……"」
ガスマスクは決して速くはない。ヒナに比べれば鈍重と言えるだろう。
それでもヒナの弾丸は彼を捉えきれず、むしろヒナを振り回す様に立ち回る。
むしろガスマスクはヒナとの距離を徐々に詰めていく。
「"駄目だ……近寄らせないで、ヒナッ!!"」
そう、指示をするも遅く。
ガスマスクの男は足元に転がった瓦礫を蹴り上げる。
「こんなもの──っ!」
空崎ヒナは怯まない。当たったところで大したダメージはなく、牽制の手段よりも男の動きを見ることこそ重要。
ひと目見た時から首筋からチリチリとした感覚が離れず、ヒナは理性でなく直感で男の危険性を感じていた。
一瞬、視界が、瓦礫で、塞がり。
男の右手には、
「──えっ」
キヴォトスにおいてその銃は欠陥兵器として知られる。
威力は高いが、単発しか弾を籠められず射撃後の反動も大きい。それ故に命中には腕が必要になり、尚且つ確実に当てるための射程範囲も狭い。
それこそ、至近距離で銃弾を撃たなければまともに使えないのだ。
「"ヒナ──ッ!"」
そんなことをするのなら銃弾を撃つより、神秘が籠もった拳銃で事足りるし、トンプソン・コンテンダーをキヴォトスの生徒が下手に使えば最悪の場合致命傷に至るため、ある一人の生徒を除いて使用が禁止されている。
「まさ……アナタ、は──」
弾丸がヒナの額を捉え、その意識を刈り取る。
「──嘘です」
理解しかけている。
桐藤ナギサは理解しかけている。
「──だって、貴方は……いや、そもそもなんで彼女たちに協力を……」
桐藤ナギサは否定する。
なぜならそれはあり得ないからだ。
いくら彼と同じ体躯だとして。
彼を象徴する武器を持ってたとして。
卓越した技量を見せつけるかのような戦闘を見せたとして。
ナギサの知識と理性が最悪を肯定していたとしても。
ナギサの感情がそれを何よりも否定する。
「"ナギサ……?"」
あからさまに狼狽えるナギサ。瓦礫の上で座り込み、呆然と目の前にいるガスマスクを焦点の合ってない瞳で見つめる。
ガスマスクは右手の単発銃を再び懐に収め、機関銃を拾い上げる。
ゆっくりと此方に向かい歩みを進めるガスマスク。
「"ナギサ……ナギサっ! しっかりして!?"」
「あ……せ、先生」
明らかにまともじゃない。
それほどまでにガスマスクに対して異常なほどにショックを受けている。
「"早く、ここから逃げ──"」
「不用意に動かないでっ!!」
ナギサの手を取ろうとした先生を制止するかのように、金髪で大きく立った狐耳の少女がガスマスクに横合いから弾幕を敷く。
「"君は……"」
「FOX3、現着よ!! 先生、桐藤ナギサ。不用意に動かないで、ここ一帯はSPIDER2が敷いた罠の中よ!!」
FOX3を自称する少女は苦虫を噛み潰したかのように顔を歪めながら、ガスマスクに相対する。
本来は敵の足止めを行うSPIDER2が敷いたブービートラップはSPIDER2が意識を失ったせいで大きな枷となってしまった。
そのため、作戦を共有していた元SRT傭兵部隊の一人であったFOX3は敵戦力の無効化と先生たちの護衛という立場に急遽変更することとなった。
「HOUND……悪いけど」
『仕方ねェよ、対多部隊戦で遅滞戦術を行うならアタシの方が理にかなってる』
「それでも……ごめん」
HOUNDは決して弱くはない。しかし、それでも複数体かつ終わりの見えない増援による物量を以て相手を押しつぶすユスティナ聖徒会の
『あの日、アンタたちが動かなかったら……動いてたのはアタシ達だったかもしれない。かちむし小隊の奴らが何か言ってただろうけど、少なくともアタシたちはアンタを恨まないさFOX』
「……」
悔しさか或いは情けなさか、FOX3の少女は泣きそうな顔になる。そこにあったのは二人にしか……元SRTでしかわからない何かがあった。
「私は……SRT特殊学園三年。FOX小隊、コールサインFOX3のクルミ」
少女──クルミは右手で盾を備え、左手で銃を構える。
「──SRT最高のポイントマンよ!!」
銃弾がばら撒かれ、遮蔽物に身を隠し、或いは盾で弾き出し、クルクルと攻防が入れ替わる
「チッ……やるわねっ」
汗が滲む。互いに一歩も引かない攻防戦であったが、精神的に追い詰められているのはクルミの方だった。
ユスティナ聖徒会の
おそらく、長くは保たない。
アリウス側も
誰よりも前線に立って相手を引き付けるのは得意ではあるが、サポートも無しで立ち回るのは至難の業だ。
単なるタイマン状態というのも先生の指揮でどうにかなる分野でもない。
だが、問題はない。何となく相手の弱点も知れた。
「右からの反応が鈍いわね」
此方から見て右。相手からして左側。その反応が少しだけ鈍い。
相手の弱点を突き続ける。それは戦闘における定石である。
だからこそ、クルミは勝負を焦った。
反応が遅れる一瞬。その一瞬にクルミはシールドを前に出して相手を弾き飛ばそうとする。
体勢さえ崩れれば、あとは独壇場。
その動きにガスマスクも動く。ガスマスクはサブマシンガンの銃床を思い切り盾に叩きつける。
上手い手である、しかし──。
「甘いッ……!!」
膂力ではこちらが上。シールドを巧みに使い、相手のサブマシンガンを横に弾き出す。
身体を相手に曝す形になろうが、すでに左手は相手の身体を捉え離さない。相手は右手で警棒を握るが一手こちらが早い。
──獲った、と。そう思った瞬間。引鉄に指をかけた左手に衝撃を受ける。
「あっ……」
銃口がぶれて手から弾かれ、狙いは外される。その隙を逃さぬように相手の警棒がしたたかにクルミの右肩を打ち据える。
「だめですよぉ……」
EAGLE1が意識を失った場所。其処には気絶したEAGLE1と、彼女のスナイパーライフルを使い、薄笑いを浮かべながら此方を狙撃した防衛室の裏切り者。
「槌永…、ヒヨリぃいいいい!!!!」
警棒で脇腹を打たれる。内臓に響く人の人体急所を理解した打ち方だ。
吐き気を催しながら、冷静でない頭を何とか回しながら、目の前のガスマスクに相対する。
「まだよ、まだッ!!」
まだ、私は立っている。
まだ、私は生きている。
まだ、私は戦える。
だったら、それは諦める理由にはならない。
状況は不利だし右肩を打たれたせいで右手に力が入らない。多分、肩が脱臼している。
でもそれは私が立ち止まる理由にはならない。
「あああああああああああああ──ッ!!」
全然スマートじゃない、格好なんてついてない。泥臭い戦い方かもしれない。
それでも私は勝たなきゃならない。最期の最期までやれることをやらなければならない。
だってそれがSRTだから。正しい道理を守るために、真っ直ぐに懸命に生きている人たちが自分たちを認められるように。
それがSRTの正義だから。
叫びながら、振りかぶったサブマシンガンの銃床が相手のガスマスクをしたたかに打ち据える。
──浅い。
低いクルミの身長では頭部へのダメージなど期待できず、そのマスクを横合いに弾き出すだけしか出来ない。
マスクを弾いた感触を手で感じながら、クルミは側頭部に撃ち込まれるライフル弾によってその意識を刈り取られた。
……。
………。
「完成には程遠い。あくまで未完の作品でしかない」
カタコンベの最奥。そこにユスティナ聖徒会の『教義』が眠っている。
マエストロは片手でそれを紐解きながら、ポツリと呟く。
「
肉体は既存のものを採用、他者の記憶と残った脳組織や肉体の癖から動きを再現。
前原イサクという男が積み上げてきた戦闘経験を複製した存在を生み出すことには成功したと言えるだろう。
「故に、不足である。何せ人格が伴わない。発言もしない。こればかりは槌永ヒヨリの願望もあるのだろうな。故にこのままではいつまで経っても真なる芸術には程遠い」
槌永ヒヨリの罪悪感。
批判に対する恐れと否定への忌避。
ベアトリーチェの教育や、生まれ育った環境が合わさった結果。ヒヨリが生み出した前原イサクは酷く無感情的な戦闘マシーンというそれへと成り果ててしまった。
「外的な刺激が必要である。脳を軋ませ、他者の感情の発露が必要なのだ。各々が想起する前原イサクという概念をパッチワークのように拾い集め、一つの祈りへと変える」
それは、一つの現象に人格を伴わせ、周囲の祈りを持って神を創るかの如き所業であるのだ。
「意識が有ったことは、幸いであった。何よりも
芸術とは人に見せることによって客観的評価がつけられる。
見るものによって芸術とは何かが定義される。
「今はまだ、未完の芸術……私にとっても挑戦的な作品であるからな……仮題は『蕩けた瞳のイスマイル』とでも言おうか……」
カタカタと身を震わせるマエストロ。
震えるその身体には喜悦が浮かんでいた。
……。
………。
からん、と。硬質的な音が響く。ガスマスクが転がり、砂塵によって周囲には土煙が舞う。
「ああ──」
ナギサの目が大きく開かれ、まばたきを忘れたかのように一点を見つめる。
「ダメじゃないですか……」
ガシャン、とスナイパーライフルを落として。ヒヨリはゆっくりとその男に向かって歩みを進める。
「安全な場所に居ないと、ダメじゃないですか……ねぇ、こんな危ないところに居たら、怪我しちゃうんですよ……ねぇ」
甘えるように、慈しむように、ヒヨリは男の腕をそっと掴み。優しく握る。
「そうですよね、
前原イサクが其処に居た。
「イサクさん……なんで」
「"ナギサ……?"」
朦朧としながら、ふらついた足取りでナギサは誘われるように歩みを進める。
「イサクさん、私です!! ナギサです!!」
「"ナギサ、落ち着いて!!"」
明らかにまともじゃないナギサを先生は必死で追い留める。
それでもナギサはまるで魅入られた様に叫ぶ。
「イサクさん、正気に戻ってください!! そいつらはテロリストなんですよ!! トリニティを滅茶苦茶にして、貴方を撃った!! イサクさん、ねぇ……イサクさん!!」
「"……ナギサ"」
気づけばナギサは涙を流していた。ポロポロと溢れ出る涙が止まらなくて……否が応でも先生は理解してしまう。
「なんで…、なんで……私の隣に居てくれないんですか?」
ナギサの心はもう限界なのだと。
冷たい瞳。感情のない冷たく昏い右目と濁った左目。額から首筋にかけて顔の左半分をケロイド状の火傷傷が覆う。
その表情はまるで人形のようだった。
先生は知らない。だってそうだろう。
──今まで聞いたイサクと目の前のイサクがまるで別人だからだ。
「"何をした"」
黒ずんだヘイロー。顔に残る火傷傷に額の弾痕。
キヴォトスの外から来て
「"私の生徒に何をした?"」
明らかに何かされていることは明白だ。
「ようやく、全員倒れたな」
硬いブーツの音を響かせながら少女の声が耳を打つ。
「ゲヘナとトリニティの主要人物は全部片付いた。最後まで残っていた傭兵も潰した。残りはもう貴様だけだ、シャーレの先生」
そう言ってサオリは乱雑に犬耳の少女を投げ捨てる。
ボロボロの姿で盾を失いながら、それでも銃を握りしめ意識を失った少女。
ナギサが言うところのHOUNDと呼ばれ、たった一人で
「"君たちが、アリウススクワッド?"」
「……ああ、そうだ。私たちが『アリウススクワッド』。ようやく会えたな、先生。……アズサが世話になったと聞いた。あいつには今から会いに行く予定だ」
深めに黒いキャップを被り、口元にマスクをした少女。
おそらく彼女がアリウススクワッドのリーダーなのだろう。淡々とそれでいて饒舌に語り出す。
「……我々はトリニティに代わり、この『通功の古聖堂』で条約に調印した」
「"どういう意味?"」
「私たち『アリウススクワッド』が楽園の名の下に条約を守護する新たな武力集団……『
その言葉に先生は頭を回す。
イサクの状態、ユスティナ聖徒会という存在。
この一連の出来事とこれまでのトリニティ内部での騒乱。
その全てが一つの物事に収束する。
「"エデン条約機構の乗っ取り、戦力の拡張……その先にあるのは……ゲヘナとトリニティの混乱……かな?"」
サオリは目を開く。
数少ない言葉からこちらの手段を読み切る。理解力が高いと言えるだろう。
「"手段を提示したのはゲマトリアかな。巡航ミサイルなんてもの用意できるとしたら彼らぐらいだろうしね"」
「……さすがは先生だな。そうだ、トリニティとゲヘナをキヴォトスから消し去る。文字通りにな」
そしてサオリはその右手に持った拳銃を構える。
「……だがその前に、貴様を処理しておくとしようか」
銃口が先生に向けられる。
「シャーレの先生……貴様が計画の一番の支障になりそうだと、彼女は言っていたからな」
放たれた銃弾は先生の腹部を赤く染め上げる。
「……せん、せ……」
膝を付き、腹を押さえながら崩れ落ちる先生。
ナギサは何処か現実味のない表情でぼんやりとそれを見つめ、サオリは確実に先生を始末するために引鉄を引く。
「ああぁあぁぁぁっ!!!」
だが、二発目の弾丸は崩れ落ちた先生を庇うように一人の少女が盾となって庇う。
「……っ! まだ動けるのか、空崎ヒナ!!」
「セナっ! こっち!!」
その声とともにアリウスの背後から大型の車両が姿を現す。
「先生! 手を!!」
ユスティナ聖徒会の
「逃がすなっ!!」
怒りに顔を歪ませながらサオリは救急車に向かって銃を構えるが、それに対してヒナは救急車を守るように盾になりながら応戦する。
満身創痍も良いところで、すでにボロボロでありながらヒナは献身的に先生を守ろうと立ち上がり続ける。
「はぁっ、はぁっ……!!」
銃を杖にして、息を荒げながら空崎ヒナは滲んだ視界でアリウススクワッドを睨みつける。
「なにを、してるの。桐藤ナギサ……貴女も早く──」
「──疲れた……」
逃げろと、そう言おうとしたがナギサは俯いたままそう呟く。
「──わたしって、なんのために頑張ってたんでしょうか」
ヒナは聡明だ。ゲヘナ風紀委員長として頭脳明晰であり多忙な仕事の殆どを一人でこなす。並の人間では潰れるそれを一人黙々とこなしてきた。
だからこそ、理解してしまった。
桐藤ナギサはもう立てない。
友人を切り捨て、親友に裏切られ、仲間に先立たれ。
自らの心に蓋をして、泣きたいくらいに壊れそうな器を精一杯補強して。頑張って、頑張って、頑張って……。
その最後の一線を眼の前の
「なにも……ないんです」
頑張る理由が、もうどこにも無いのだ。
奮起する理由が、どこにも無いのだ。
辛く苦しい道のりを耐える理由がどこにも無いのだ。
「わたしには、なにも……」
立ち上がる理由が、なにもない。
ナギサが支えにしていた、最期の約束すら。
眼の前のイサクによって折れてしまったから。
銃を握るその手すら、力が入らない。
気力が湧かないのだ。何もかもがどうでもよくて、考えることすら億劫で。
視界の端に、丈夫そうな半長靴が見えて、徐ろに上を見上げるとそこには無表情で佇むイサクさんが居た。
「……」
雨が降り始めている。赤焼けた空がいつの間にか曇天となりポツポツと頬に雨が降り注ぐ。
心にあるのは恐怖ではなく、不思議なことに安堵だった。
なんでもいいから楽になりたかった。ナギサは自嘲するように笑う。
「……なんでしょうね、最期に私を撃つのが貴方なら……安心してしまうのは」
イサクさんはこんな顔をしない。
あの人はいつも表情豊かで笑ってて驚いて、いつも大げさで。
こんななんの色もない顔なんて見せること、なかったから。
両手に持った銃は持ち上がらない。持ち上げられるはずもない。
構えることなんでできるはずもない。簡単なことだ、たとえ本物でなかったとしてもイサクさんを撃つことなんてできるはずもないのだから。
周囲はいつの間にか静けさの中にいて、空崎ヒナさんは側で倒れて。おそらく後始末を命じられたのだろうイサクさんが私の眼の前にいた。
「ああ……そっか」
否が応でも理解してしまう。
信じたくはなかった、嘘であってほしかった。
もしかしたら、とそう思うことが何度もあって。ありもしない希望に縋って……。
「イサクさんは……もう…、もう……っ」
もう二度と会えないことを理解した。
目の前にいる。これはイサクさんの姿をした別のナニカだったから。
同時によく分かる。槌永ヒヨリはこれに縋っていたのだと。
同じ女なのだ。目を見ればイサクさんに対してどんな感情を向けてたか理解できる。浅ましくて厚かましく卑しい……それでいて哀れな女だ。
もっとも哀れなのは私もなのかもしれない。
こんな姿になってもなお、この胸の奥にある想いを捨てきれないのだから。
「……えっ」
終わると思っていた。
しかし、ナギサに対してイサクは何もせずに踵を返す。
「ま、待ってください……」
困惑と絶望の中、ナギサは手を伸ばすも、腰に力が入らない。当然体のバランスを崩してその場でうつ伏せに倒れ伏す。
「待って……待って……!」
離れていく。イサクさんが遠くへ行ってしまう。
振り向かずに淡々と、まるで興味を失ったかのように。
嫌、だとまるで見捨てられたかのような子どものようにナギサは雨に濡れ、泥に塗れながら叫ぶ。
「──いかないで……」
私を置いて行かないでと、そう叫びながら彼女は一人その場で
はい、ナギサ様が気高くて誰よりも頑張り屋さんなせいで心を折るのに1万8000字かかりました。しぶとかったですね。
そして先生のほうが思ったよりも曇らなかったため読者の期待を裏切ってしまいました。ただ彼は腹を撃たれ大怪我しただけです。大変申し訳ございません。
次はもっと先生を精神的に追い詰めたいのですが、たぶん4章にならないと曇らないです。
こんな俺でも、みんな信じてついてきてくれるかなぁ!? 先生曇らせ展開が遅くなってもいいかなぁ!?
あとはヒナがやられているのに不満が出てくる人がいそうなので擁護しときます。
普通に考えて巡航ミサイルの直撃を受けて満身創痍の状態にもかかわらず先生というお荷物を守るために当たらないでいい銃弾を受け、なおかつフルアーマーイサクさんと戦い、見覚えのある単発拳銃を視認したことでSAN値チェックを強制させられて思考が止まった隙をつかれたためこうなりました。
イサクさんを暗殺する以上に手が込んでますね。
許さん……殺してやるぞ、陸八魔アル!!