キヴォトスでちょっとエッチな精子脳男子をヤってみた話(旧題『カヤ虐曇らせモノ』) 作:ニーガタの英霊
「どうして、あんなことをしたんですか……?」
ポツポツと小雨が降るトリニティ自治区。
崩れかけた古聖堂でヒヨリはマエストロに詰め寄る。
「あんなこと、とは?」
「とぼけないでください……!」
意味がわからないのか、マエストロは疑問を疑問で返しヒヨリはそんなマエストロの態度に腹を立てる。
「イサクさんをここに連れてくるなんて聞いてないですよ!」
「当然であろう、言ってないのだからな」
慇懃にマエストロは答え、ヒヨリは密かに不満をためる。
「槌永ヒヨリよ、君は私の契約者である。故に、私は君に対して誠実を心がけているつもりだ」
どの口が言うのだろうかと、ヒヨリは暗い瞳でマエストロを睨む。
「目的を履き違えてはならない、私の目的は崇高に達すること。前原イサクにはその可能性がある。その前提として彼を取り戻す。それが私と槌永ヒヨリ、我々の神聖な契約であったはずだ」
イサクさんを助けたい。あの笑顔をもう一度取り戻すこと。
それがヒヨリが望んだことだった。
マエストロにとって目的は『崇高』に至るものを生み出すこと。その一点のためなら姫ちゃんとの契約など余暇に過ぎない。
「……どうして、イサクさんだったんですか?」
「異なことを言う、それは君も理解していることだろう?」
マエストロは不快な木々を擦り合わせる音を出し、歓喜に身を震わせる。
「前原イサクはこのキヴォトスにおける小さく、矮小で……何より多大な変数である」
嬉々としてマエストロは謳う。それは賛歌だった。
「前原イサクは神秘を持つか、それは否だ。前原イサクは個として優れた強者たるか、それは否だ。前原イサクは優れた叡智と頭脳を持つか、それは否だ」
イサクさんは決して優れた存在ではない。
本来はヘイローを持つこともなく肉体は脆弱なそれだ。
かと言って優れた頭脳の持ち主かと言われれば、首を傾げる。彼よりも頭の良い存在など何人もいるだろうから。
「前原イサクを前原イサクたらしめる最大の要因……それは他者の心に火を灯すこと他ならない」
それはある意味において真理を突く言葉だった。
「弱きを認め、強者に抗い。艱難辛苦を突き進む。普遍を愛し、悲嘆を嫌い、特別を憐れむ。矛盾を抱え、平穏と安寧こそが素晴らしいと
その言葉が不思議と心に納得を与える。
そうだ、そうだったのだ。マエストロの言うことは間違いなく私がイサクさんを好きになった理由なのだから。
「芸術とは……人の感情を震わすことにある。『
マエストロは
正義とはそれぞれの立場で容易に入れ替わる。
幸福とはそれぞれの人生観によって変化する。
真実とは見るものによってその答えを変える。
だが、『美』は不変なものである。
美しいものは善悪の秤を容易に飛び越え、見るものの心を動かし得る。即ち、それこそ芸術なのである。
優れた芸術には『恐怖』があり『神秘』が宿る。
だからこそ、マエストロは芸術こそが『崇高』にたどり着く最も確実で最短の道程であると信じているのだ。
「比べてくれるなよ槌永ヒヨリ。現状に満足していないのはそなたも同じであろう?」
「……」
不意にヒヨリは決まりが悪そうに目をそらす。
浅ましい、欲深い。わかっているのだ。自分がどれほど恥知らずなのか。それを理解してなおヒヨリは求めずにはいられなかったのだから。
「……イサクさんを、前線に立たせる必要はないでしょう。
そう言ってヒヨリが視線を向けるのは不気味な1つ目の巨人のような幽鬼。
「ああ、これか……失敗作だよ、これは。教義の一部を受肉したはいいものの、神秘よりも恐怖に近い。崇高には程遠く、芸術というにはお粗末だ。戦略兵器としての機能美程度の価値しかあるまい。総じて私の求めるものには程遠い」
マエストロは木々を擦り合わせる不快な音を鳴らしながら不満そうに呟く。
「しかし、諸君らとベアトリーチェにとっては別であろう。元より私は君たちの芸術に対する教養を問う立場にはないのだから、あくまで諸君らの求める戦力として活用すると良い……今の私は非常に……そう、非常に気分がいい」
──脳が軋むのだ。
「……どうやら、向こうで進展があったようだ」
マエストロが呟くと、大きな爆発音が建物に響く。
「……っ!? この音は……」
「行くと良い、槌永ヒヨリ。私にとっては他人事であるが、そなたにとってはそうではなかろう?」
ヒヨリは苦虫を噛み潰したような顔でマエストロを睨みつける。
「イサクさんのことで話はのこってますからね……」
「それは良い、私に前原イサクのことについて聞かせてくれ」
わかってるようでわかってない。或いは都合の良いことしか頭に入らないマエストロに対する怒りが燻る。
けれど、ここで優先すべきはアリウススクワッドの皆だ。
ヒヨリは武装を背に地下から上へと駆け上がる。
もうこれ以上、自身の手から大切なものがこぼれ落ちないように。
皆が居る生活を取り戻すために、
……。
………。
酷い土煙だった。
トリニティ郊外にある拠点。古聖堂とはカタコンベを通して直通のルートがあることによって仮の作戦本部となっているその場所は今は殆どが崩れかけ、戦場もかくやといった姿であった。
「ミサキさんっ!」
「ヒヨリ……」
そこには瓦礫に身体を挟め、身動きの取れないミサキがいた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「身体は問題ないよ……でも身動きが取れない」
「だ、誰か呼んで来ないと……」
「人手なら其処にいるじゃないの」
そうミサキがヒヨリの背後に目を向け、不意にヒヨリは背後を振り向く。
そこには前原イサクの姿があった。
「イサクさん……」
「……」
ガスマスクを着け、完全装備の状態のイサクは命じることなく動き出し、一つ一つ丁寧にミサキの身体を挟む瓦礫を退ける。
「……ありがと、助かった」
体についた埃を払いながらミサキはバツの悪そうな顔で感謝を述べる。
「ど、どどどうしてイサクさんが此処に……!」
「さぁ……、大方あの人形のお節介なんじゃない?」
もう、もうもうもう!! とヒヨリはイサクが勝手に動き回る様に困り顔を浮かべる。
「うぅ……どうして、私はイサクさんに危ないことをしてほしくないのに……やっぱり、私みたいな小娘のお願いなんて聞けないんですね……」
「それよりヒヨリ……早くリーダーたちと合流しよう。アズサが来ている」
「アズサちゃんが……?」
白洲アズサ。私たちを裏切った元アリウス分校生。
リーダー……サオリ姉さんの一番弟子と言われる少女。
裏切り者……その言葉の通り、アリウスを裏切りトリニティに……先生に付いた少女。
──脳が軋む。
私が選択できなかった道を選んだ少女。
アリウスという檻から抜け出て羽ばたいた少女。
彼女を見るたびに、私の中の何かが崩れそうなそんな気がするのだ。
「アツコっ! アツコッ!!」
心なしか重く感じる一歩を進み、上階に辿り着く。
そこには倒れ伏す姫ちゃんとそれを抱えて必死に呼びかける
「姫ッ!!」
堪らずミサキさんも慌てて駆け寄り、私もその場に向かう。
「っ……!」
意識は辛うじてあった。
しかし、その身に負った傷は深い。
「姫っ、無事か!?」
サオリの叫びに応えるかのようにアツコは頷く。
「ああ、良かった。姫……」
強く、そして深くサオリはアツコを抱きしめる。
それは単なる協力関係を超えた深い仲間として家族としての愛情があった。
確かに秤アツコという存在は今回の作戦の要であり、その身にある秘密はアリウスにとって特別なものがあるだろう。
しかし、サオリにとってそんなことは二の次である。
彼女が立つ理由、戦う理由。
罵られようと、悲劇を量産しようと……誰かを殺そうとも。
その果てに自身が裁かれるとしても、それでも彼女が最初からやりたかったことは一つ。
──秤アツコを守ること。
アリウスは貧しかった。
その日に食べるものすら苦労し、腹をすかせることは日常の一部だった。
アリウスは寒かった。
人身なんてものは荒廃し食うか食われるかの生存競争。当然のことだが寒さを凌ぐためにヒヨリやミサキと肌を寄せ合って耐え忍んで生きるしか術がなかった。
アリウスは詰んでいた。
どうしようもなく、詰んでいたのだ。見える先が袋小路しか無くて、生産性なんて欠片もない。
数少ない大人の言う事を聞いて配給を貰わなければここまで生きることすら出来ない。
私たちは生きるために尖兵となった。
私たちはどうしようもなく溝底にいるネズミに過ぎなかった。
でも、でもだ。そんな私たちが唯一誇れることがあった。
彼女は詰んでいた。どうしようもなく、私たち以上に。
生まれながらにしてその身に宿る血故に生贄として捧げられることが決まっていた少女。
なんて虚しい話だろう。世界はやっぱり残酷で、苦しくて、虚しいものなんだと。そう思った──だから。
だから、もし彼女を救うことができたなら、それはきっと素晴らしいことなんだと思ったんだ。
それさえ出来たなら、彼女を日の当たる世界へと導くことができたなら。彼女を守りきれたなら。
私たちのような底辺だって「崇高」な何かになれると思ったんだ。
「許せない……」
それを阻むことを私は断じて認められない。
「アズサ……よくも姫にこんな怪我を……」
それが正しいかなんてわからない。そんなこと、私は教わってないから。
わからなくても、突き進むしかない。きっとその先に何かがあるはずだと信じるしかないから。
「絶対に許さないぞ、アズサ!!」
だから、今からお前は私の敵だ。
もう、二度と甘い顔なんて見せない。泣いて詫びてこようとも、私がお前に返せるのは冷たい鉛玉だけだから。
「さ、サオリ姉さん……」
「リーダー……」
心配そうな声色でヒヨリとミサキが呼びかける。
「今すぐ、トリニティへの攻撃を……!」
しかし、私の言葉に対してミサキは諭すかのように口を開く。
「その前にやらなきゃいけないことがある」
「ひ、姫ちゃんが怪我をして、『ユスティナ聖徒会』の顕現に問題が生じてますし……」
「……あの古聖堂に戻って、戒律を更新しないと」
それは合理的な正論であった。
『ユスティナ聖徒会』のミメシスはひとえにアツコの存在有ってこそだ。アツコの血筋──ロイヤルブラッドは代々アリウスを率いていた生徒会長の血族であり、同時に『ユスティナ聖徒会』の血を引く正当な後継者である。
「……わかった、古聖堂へ向かうとしよう。すぐに出発だ」
ゲヘナとトリニティを潰すには戦力が必要だ。
そのために必要なのがミメシスという戦力である。
「行くぞ!」
堅い軍靴の音を響かせながら、私たちは向かう。
──あの古聖堂へと。
……。
………。
──脳が軋む。
脳が軋むのだ。脳の奥底にある海馬が何かを伝えようと必死になって、動いている。
雨が降っている。
しとしとと地面を濡らし、肩口を濡らす雨。
空は曇天に染まり、灰色の雲が広がる。
「アズサ……」
古聖堂へ至る道。
その最中に
疲労はピークに達しているだろう。その身体には至るところに傷と泥による汚れにまみれ、ひどい姿をしている。
それでも、その瞳はまだ死んではいない。
「よくも…よくも姫を……!! 絶対に許さない!!」
怒りに身を震わせながらサオリは銃を構えてアズサを睨む。
戦力は圧倒、経験も圧倒、戦闘技能に至っては教えた側であり優位なのはサオリの筈であるのに。
まるで彼女には余裕はなくむしろアズサのほうが落ち着いている。
「私は、サオリを止めてみせる。刺し違えてでも」
「お前にそんなことができるか!!」
それは冷徹な意志だった。
殺さなければ、止められない。もう、そこまで来てしまったのだから。
「私たちの怒りに、憎しみに、恨みに!! 耐えられるとでも思うのか!!」
──Vanitas vanitatum et omnia vanitas.
それが彼女たちの生きる指針だった。
全ては等しく虚しい。人生は死せばなにも残りはしない、全ては無として消え去るのである。
故に全ては虚しいのである。
「……私は、人殺しになる」
世の中には、進んで自ら地獄へ向かう人がいる。
なぜ、苦しいとわかっていながら進むのか。どうして傷つけ合わなければならないのか。
その先に本当に楽園はあるのか。
「……たとえもう、あの世界に戻れないとしても」
白洲アズサは断言する。私は楽園に居たのだと。
そして、その扉を越えてしまったのだと。
其処に自分が居ないとして、もう二度と戻れないとして、それでもアズサは後悔はしない。
なぜなら彼女は十分なくらいに受けたから。たとえその身が志半ばで潰えるとしても。
──あの日の思い出さえあれば。きっと大丈夫と確信している。
ヒフミとコハルとハナコと先生と。過ごした毎日は間違いなく幸せだった。
あの日々を守るために。
あの思い出を守るために。
あの美しい場所を守るために。
その為なら白洲アズサは例え地獄に落ちようとも構わないのだ。
たとえ全てが虚しいとしても、抗うことを諦めるべきじゃないから。
──あのアスファルトに裂く花のように。
すげぇよアズサは……。