キヴォトスでちょっとエッチな精子脳男子をヤってみた話(旧題『カヤ虐曇らせモノ』) 作:ニーガタの英霊
甲高い汽笛の音。
天井には吊り革があり、鉄で出来た手すり。
窓は大きく、其処からは沈む夕日が見える。
そこは電車の中だった。一定の規則で進み、ぐるぐると沿線を回る汽車。そこの座席に俺は座っていた。
ふと顔を上げれば、向かい側の席に人がいるのが見える。
「なんだ……」
逆光によって顔が隠れていてもわかる。
特徴的な青い髪に白と青を基調とした制服。
「……こんなところに居たのか──
キヴォトスから姿を消した超人。連邦生徒会長だった。
「……久しぶりですね、イサクさん」
「おう。久しぶり、だな」
躊躇いながら連邦生徒会長は口を開く。
その顔は平静を保っているようで何処か苦痛に歪んでいた。
「そうか……」
相も変わらず、眼の前の女は誰よりも小器用なくせに不器用なままだった。
「ここまで全部。アンタの掌の上か」
「……」
連邦生徒会長はキュッとその両手に力を籠める。
この女は、全部知っていたのだろう。
俺が防衛室長になったことも、それでカヤぴぃと反目することも、エデン条約に対して動くことも、そしてその結果殺されることさえ。
全ては、連邦生徒会長の計算の上での出来事だったのだと。
「難儀だねぇ……相変わらず」
「イサクさん、私は……」
「言わんでいいさ、呆れたもんだ……」
この場所はいわゆる生と死の狭間のようなところなのだろう。
ぐるぐると路線という円環に囚われ何処にも行くことができない場所。
終わりもなく、かといって変化もない。そんな場所だ。
眼の前の女が何をやったのかは知らん。きっとろくなことではないはずだ。
その果てに、或いは代償としてここに囚われているのだとしたら何となく納得する。
昔から、そういうところがある女だった。
とびきり優秀で、呼吸するかのようにどんな難題も解決するスーパーマン。
大凡考えつく限り出来ないということがない女なのだ。万能型の極致とも言える女でなまじ一人で何でもできる分、一人でこなす。そういうところがあった。
今回のことも、その延長線上に過ぎない。
「難儀なもんだよ、アンタの性分は……頼れば良かったんだよ。頼れば──」
そこまで言って気づく。それは明らかな矛盾だと。
誰よりも自分に自信を持って、自身で解決してきた女傑がこんな一人で何もできない場所に居続ける?
そいつは、明らかな矛盾であると。
「ククッ」
不意に、口角が上がる。ああこれはとんだお笑い草だ。気づけば笑いが止まらなかった。気づけば腹から大笑いをしてた。
「お前、出来たのか!? 頼れるやつが!? マジかよ!!」
「……イサクさんには関係がないことでしょう」
連邦生徒会長は気恥ずかしそうに顔をそらす。おいおい今更乙女みたいな仕草しておって。
頭カチカチの堅物女にも春が来たという事実に俺は驚嘆と笑いが止まらない。
「いやぁ…そうか……そうかぁ……」
感慨深い。知っている女がいつの間にか色づき始めたこともだし、知らない面がこんなにもあるとは思えなかった新発見を知れた事実。
それだけでも死んだ甲斐があったというものだ。
「……未練、だなぁ」
死にたくはなかった。もっと生きていたかった。
それは事実だった。
俺は、俺の死に納得がいっていない。それは事実だろう。
俺の死は全部、連邦生徒会長の計算の上で成り立っていた。
この女は全てを知っていて、その上で俺の死を勘定にいれていた。ある種、全ての黒幕と言えるだろうし俺の仇とも言っていいのかもしれない。
俺の行動は全て、連邦生徒会長によって操られていたのかもしれない。否、まったくもって操られていたのだろう。
「イサクさん、私は──」
「ああ、良いんだ。そいつはどうでもいいんだ」
まあそんなことはどうでもいいんだ。重要な事じゃない。
「知っていようが、知らなかろうが。俺は多分、おんなじことをする。だから、俺は俺が死ぬまで歩いてきた道に、やり方に、生き方に後悔はねぇんだ」
そう、俺は俺のやりたいことをやり抜いたまでのことだから。
エデン条約の調印のために動いたことを。
ヒヨリに腕を撃たれたことも。
錠前サオリに頭を撃ち抜かれたことも。
「アンタは俺を信じて、俺は俺を信じた。これはただそれだけの話だ。だろう?」
全部、俺がやってきた行動のしっぺ返しでしかない。
だから、俺はそれに対しての恨みはない。俺には譲れないものがあったし、彼女たちにも譲れないものがあったはずだからだ。
だから、一つ後悔があるとしたら。
俺が死んでしまったことだけだ。
俺が死んだことで、苦しんだやつが居る。それが俺の後悔だった。
俺の死というものを背負わせてしまった誰かが居る。
「悪い事をした。俺は死ぬべきじゃなかった。俺は生きるべきだった」
それが俺の明確な失敗。
俺の人生は俺のもので。俺は俺の生き方に一つたりとも後悔はないとしても。
他者に人の人生を背負わせることは酷く重い。
ふと、上を見上げる。
電車の出入り口扉の上にある小さな映像画面。其処には懸命に戦う白髪の少女が居た。
相対するのはアリウススクワッドとその周囲に佇む幽鬼の如き青白い不気味なナニカ。
多勢に無勢だ。ジリ貧というのが目に見えている。
「ありゃあ、なんだ?」
「あれは、外で起きていることです」
篤と連邦生徒会長は説明する。
「イサクさんの肉体は生命活動を維持しています。しかし、肉体を動かすための脳がひどく損傷し、自力で生きることは難しい状態になっていました」
そりゃあそうだろう。腕や腹や火傷の怪我がどうにかなったとして、頭をブチ抜かれて生きている人間なんてそうは居ない。
「今のイサクさんはゲマトリアによる特殊な技術と、イサクさんと関わりのあった少女の記憶を元に再現したロボットのような存在と言えるでしょう」
「つまり……メカイサクさん、か」
「違います」
ジトっとした視線を此方に向ける連邦生徒会長。
でもなぁ、俺シリアスとか嫌いだから茶々入れないと気がすまねぇんだ。
「あの映像は、俺の身体の記憶……ってわけか?」
連邦生徒会長はコクリと頷く。
なるほどな、原理はまるでわからないがそういう事実であることを納得する。
キヴォトスには人智を超えたものが腐るほどある。当然原理なんてわからないものもある。
ありえないやおかしいと思うより、そういうものなんだと事実を事実として理解しなければならない。それが俺が17年、キヴォトスで学んだことだった。
まあ、自分の身体がなんか人智を超えた存在になっているのは想定してなかったがな。
そんなことを考えているうちに、少女は錠前サオリの放った弾丸をもろに食らう。
『……何故だ、アズサ。なぜそこまで足掻く。そこになんの意味がある? なにを証明しようとしている?』
「
険しい顔をする少女を俺は呆れながら見る。
『思い出せ、全ては──』
『……たとえ虚しくても、足掻くと決めた』
幸せは人の数ほどある。
俺にとっての幸せが誰かの幸せであるとは限らない。
俺にとっての不幸がそいつにとっての幸せであることだってある。
サオリにとって足掻くことは無駄だと、そう諦め。
しかし、アズサにとって虚しくても足掻くことは決して無駄ではないと、心の底から思っているのだ。
「性分は変えられねぇからなぁ……」
どいつもこいつも頭の硬い頑固者。
ポトリ、と膝の上に雫が垂れる。それはひどく淀んだ赤黒い血痕だった。
その傷の大元を辿ると、左目の上にある額の弾痕に辿り着く。
『そこに、なんの意味がある!!!!』
意味なんてねぇさ。
戦う理由があれば上等だろうか。誰かを助けるのに高尚な理由がいるだろうか。逆に罪を犯すことに、なにかを壊すことに、理由がいるだろうか。
「人が動く理由なんて簡単なもんだ。
それで良いのだ。それが人間なんだから。
合理性だけの人形じゃない。俺達はロボットじゃない。漫画や小説のキャラクターなんかじゃない。
矛盾を抱えて生きていく。人間だから。
気づけば、白洲アズサは一人の少女に支えられていた。
その後ろからは4人の生徒。否、続々と増えている。
その中には見覚えのない、連邦生徒会所属を表す白い外套を纏う大人の男がいた。
「なるほど、アレがアンタの
会長は黙して頷く。
映像の中の先生は青白い顔をしながら、その場所に立つ。
ヘイローもない、流れ弾一つで容易に死んでしまう戦場で誰よりも非力なはずの男が誰よりも強い目をしていた。
少女は叫ぶ。どこまでも自分本位の言葉を。
「いや、おもしれー女だな」
話せば話すほど、何処が普通なのか疑問が生じる。
挙句の果てには犯罪組織のリーダーである宣言までしてしまった。
それでも、ああそれでも。
彼女の言葉はひどく俺の胸を撃つ。
「……桐藤ナギサ」
友人のことを思い出す。そう言えば彼女のお気に入りの生徒がいたことを思い出した。そう、確か阿慈谷ヒフミ。
「すごいなぁ……偉い子だ」
その言葉は、その生き方は俺には出来なかった。
俺は世界に線引きをしていたから。
正道でしか生きられない人間と正道では生きれない人間。
俺は正道でしか生きられない人間だったから。
だから、社会とか秩序とか普遍だとか。そういったものを守りたかった。
そういう社会的規範や反社会性のなかでしか生きられない存在が居たとしても、俺には救えなかったから。
そういった彼女の周りには俺の救えなかった少女が居た。
「小鳥遊ホシノ……」
哀れな女だった。
廃校寸前の学校で一人、取り残された少女。
「そうか……お前は今、笑っているのか……」
あんな学校にいたって辛いだけだろうと思っていた。
責任感で潰されるんじゃないかと思っていた。
酷だから、俺は小鳥遊ホシノにアビドスを諦めるように諭した。
嫌われても構わなかった。むしろそっちのほうが良いと思った。それでも彼女は頑なに首を縦に振らなかった。
ジクリと、傷口から垂れる。
「イサクさん」
連邦生徒会長の不安げな声が俺に伝わる。
──脳が軋む。痒いほどに脳が震えるのだ。
「情けないねぇ……本当に情けねぇとは思わねぇか?」
「イサクさん……」
だからそんな辛い顔をするなよ。辛気臭いったらありゃしねぇ……。
「私は本当に酷い女です」
「それな」
「イサクさん、貴方には本当に負担をかけています」
まったくもって嫌な女だ。
「──だから、信じてました。私の信じる貴方なら、この状況であっても再起出来ると」
「アンタ、本当はカヤぴぃより性格悪いだろ」
まったくもって業腹だが、俺はこの状況に際して立ちたいと思っている。
俺は女の子の期待についつい応えてしまうイケメン男子だからな。
「全ては遍く奇跡の始発点へ。そのための一歩として」
「相変わらずなに考えてるかわかんねぇけどよ」
俺はため息一つ吐きながら、ゆっくりと立ち上がる。
そうだ、俺は立たなきゃならない。こんなところで座っているなんざ俺自身が認められない。
「俺は、ダセェことはしたくねぇんだ。男の子だからな。女の子の前じゃ、格好をつけたくなる」
みみっちぃ男のプライドってやつだろう。
「だから、俺はお前の信じる俺を遂行しよう。もう暫く、アンタの掌でダンシングしてやろうじゃねぇか」
「ありがとうございます……」
「おう、カッコよすぎて俺に惚れるなよ!」
パチコーン☆とウインクとサムズアップする俺に対して会長は苦笑いを浮かべた。
声が聞こえる。それは一人の少女の叫びだった。
『アズサちゃんが人殺しになるのは嫌です……。そんな暗くて憂鬱なお話、私は嫌なんです。それが真実だって、この世界の本質だって言われても、私は好きじゃないんです!』
それは少女のエゴだった。
『私には、好きなものがあります! 平凡で、大した個性もない私ですが……自分が好きなものについては、絶対に譲れません!』
脳が軋むのだ。胸が打ち震えるのだ。
心の底から湧いてくる感情があるのだ。
『友情で苦難を乗り越え、努力がきちんと報われて。辛いことは慰めて、お友達と慰め合って……! 苦しいことがあっても……誰もが最後は、笑顔になれるような!』
俺は、俺の頭上にある
俺は知っている。なにかを成すのに特別な力なんていらないのだと。
必要なのは覚悟と意志とほんのちょっぴりの勇気でいい。
『そんなハッピーエンドが私は好きなんです!!』
──それさえあれば、何度だって人は立ち上がれる。
そうだよなぁ、誰だって暗い話より笑い合えるくだらない話が好きだ。
視線のそばでは連邦生徒会長が微笑む。視線で「行くのか」と語りかける。
「未練があるんだ。やらなきゃならないことがある」
だからこんなものはもういらない。
特別な力がなくたって、人は誰しもが誰かにとってなにかにとっての特別だから。俺はそれを知っている。
「
ガラスが割れるように、俺は自分のヘイローを砕く。
『誰が何と言おうとも、何度だって言い続けてみせます! 私たちの描くお話は、私たちが決めるんです! 終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです!』
だから、もう一踏ん張り。俺ならできる。
意地があるのだ、男の子だから。
『私たちの物語……私たちの、
──だってこれは俺の物語だから。
瞳を開けるとそこは先ほどいた電車の中でなく、瓦礫の山に俺は立っていた。
「"此処に、宣言する"」
空はいつの間にか晴れていた。
曇天を押しのけてどこまでも広がる蒼穹があった。
「"私たちが、新しい
懐から、一発の拳銃を取り出す。
大丈夫、やり方は分かっている。
銃身をそっと額に添える。脳を撃たれた傷口から蒼い残光が弾倉に装填される。
──祈りの弾丸は籠められた。
「──その通りだッ!!」
放たれた弾丸は戒野の背を撃ち抜く。
「──嘘だ」
周囲の顔が驚愕に染まる。
「なんで、お前は……」
錠前サオリの顔が歪む。困惑と驚愕とそれから恐怖に。
「……お前は、死んだはずだ」
「そうだな、俺は死んだ」
「私が、殺した……」
「すっげぇ、痛かったぞ」
辛そうな顔で、額に脂汗を滲ませて錠前サオリは叫ぶ。
「──なぜ、生きてる……! 前原イサク!?」
「決まってらぁ……」
おもむろに俺はガスマスクを脱ぎ去る。そして動揺する錠前サオリを正眼に捉えて見つめる。
「──俺は、ハイパーカッコいい前原イサクお兄さんだぞ」
「戯言をッ!!」
戯言を真実に変えてしまうパーフェクトヒューマンで済まない。
「ミサキに何をした!?」
「そいつぁ、サっちゃんたちが一番良くわかってんだろ?」
アサルトライフルを掲げて狙うサオリに対して、俺は身を屈めながら、サブマシンガンを構える。
「ちゃんと面倒を見てやれ。今の
「……ッ!!」
錠前サオリは俺の言葉にあからさまに動揺を浮かべ、戒野ミサキの方へ振り向く。
「ミサキッ!!」
「リー…ダー……」
ミサキは膝を付き、その手に持っていたはずの対空ミサイルを落としてしまう。
「……力が、入らない」
まるでとんでもなく重いものを持っていたかのように。ミサキは顔を歪ませる。
その頭上にはある筈のヘイローが忽然と消え失せていた。
「一撃の火力が高く、突破力が期待できる。この盤面じゃ十分鍵になるだろ?」
「前原、イサクぅ……!!」
「お前らにとって、一番やられて嫌なことだ」
勝つための大切な約束。
それは相手の嫌なところを徹底的に狙い撃ちにすることだ。
盤面は理解している。
連邦生徒会の立ち位置にいる先生の介入により『エデン条約機構』の一部を剥奪された段階にあると言えるだろう。
それ故にエデン条約機構に所属する戦力となっているユスティナ聖徒会の指令系統に齟齬が生じている。
「だから、お前らのもっと嫌がることをしよう。『エデン条約機構監察室』として、連邦生徒会防衛室長、前原イサクの名において、シャーレの先生を支持する」
エデン条約機構。それはトリニティとゲヘナによる共同組織である。しかし、あくまで2つの組織にのみエデン条約機構を統治させる考えは連邦生徒会にはなかった。
連邦生徒会長は知らんが、そもそもとしてゲヘナとトリニティの関係は劣悪を超えて仮想敵であった。
だからこそ、俺はエデン条約機構を制定するうえで、連邦生徒会から人員を派遣し互いに中立に問題を調停する『監察室』を盛り込んだ。
案の定、ユスティナ聖徒会の複製は自己矛盾によってその機能をバグらせる。
「"──君は……"」
「挨拶がまだだったな……!」
俺に声を掛ける。細身の優男。
あの
「イケメンなろう系主人公のイサクさんだ!! よろしくなぁっ!!」
先生は少しだけ驚き、そして安堵するかのように微笑んだ。
「えっ、えっ……あぅ……これはいったい」
その直ぐ側で困惑する一人の少女。
彼女からしたらなんか謎の敵だった戦闘マシーン枠が急に覚醒して味方ヅラしてきたという超展開になっているのだ。
「──阿慈谷ヒフミだな」
そして何故か名前が知られている。こわい。
ヒフミの前に立つイサクはジッとヒフミを見て、そして跪き、そっとその手を取って、口を開く。
「──俺と結婚してくれ」
トラップカード発動!! 前原イサクの復活だぁっ!!
曇らせはここまでだ。次話から君たちには光の展開で苦しんでほしい。曇らせ部の異常性癖者を浄化してやるぜ。