キヴォトスでちょっとエッチな精子脳男子をヤってみた話(旧題『カヤ虐曇らせモノ』)   作:ニーガタの英霊

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 ついにあの女がしゃしゃり出る──。


カルバノグの兎編
狸の見た夢


「なんで……」

 

 燦々と照りつける太陽、重低音を響かせる四輪駆動の小型トラックのエンジン音。

 ハンドルを握る手には力が篭もり、私は全力でアクセルを踏みながら地響きとともに迫るそれから逃げる。

 

「なんで……っ! こんなことになってるんですかぁーっ!!」

「んなこといってる場合じゃねぇぞカヤぴぃ!! 蛇行しろ蛇行っ!! 狙われてるぞ!!」

「ひぃぃぃぃ!?」

 

 ハンドルを回し、砂漠を蛇行しながら迫りくるそれ(・・)から逃げる。度々、熱線やら何やらが飛び交いながら私たちは懸命に奔る。

 

「あわわわわわわっ、む、無理っ! 無理ですって、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、死にますって!!」

「しゃあっ、心の力でもう一発!!」

「頭おかしいんじゃないんですかっ!!」

 

 悲鳴をあげる私のことなど知らずにトラックの荷台に立つイサクさんは搭載されている重火器でそれ(・・)──デカグラマトンと呼ばれる鋼鉄の蛇を牽制しながら小器用に立ち回る。

 

「大丈夫だカヤぴぃ。本当に死ぬときは死ぬなんて言葉も出なくてああ、もう無理なんだなぁ……ってなるから」

「なってたまりますか!! もう! イサクさんはもう!! もう!!」

「あれま、カヤぴぃが牛になっちまった……」

 

 こんな絶体絶命のピンチにも関わらず前原イサクという男は余裕ぶった態度を崩さない。

 そんな姿に私は怒りを覚え、眉間にはシワを寄せる。

 

「絶対……絶対こんなの、防衛室の仕事じゃなぁーい!!」

 

 私は半泣きになりながら小型トラック(テクニカル)のハンドルを握りアクセルを吹かす。

 

「おい、カヤぴぃ! スピード出過ぎてるぞ!! もっと落とせ!! 引き付けるぞ!!」

「無茶言わないでくださいよ!! 貴方一発でも食らったら即死なんですよ!?」

「大丈夫だ、問題ない」

「んなわけないでしょう!!」

「なぜなら俺はカヤぴぃの運転テクニックを信じている!! うおおおおおお!!!!」

「私のっ! 何処にっ! 信じる要素がっ! あるんですかっ!?」

 

 こいつ馬鹿なんじゃないだろうか? 馬鹿なんだろう。馬鹿以外の何者でもないでしょ?

 なんでこんな馬鹿に付き合わされてるんだろうと、泣きたくなった。

 

「……ッ! 見えましたっ!! アビドス本館っ!!」

「でかしたぁ!! 気を抜くなよカヤぴぃ!! さぁビナー、鬼ごっこは終わりだぜっ!!」

 

 後方にいる鋼鉄の蛇(ビナー)の圧を感じながら、私たちは目的地であるアビドス本館を前にする。

 流砂をまるで水のように泳ぐビナーから逃げ回ること数分、私はアクセルを緩めることなく全速力でビナーから離れる。

 

 そして、ビナー目掛けてけたたましい程の榴弾が襲い掛かる。

 

『──こちらFOX小隊、目標に命中を確認』

「こちら前原、次弾準備は?」

『次弾準備は完了、弾道を再計算中だ』

「手早い仕事だ。いいぞユキノん、武装はガンガン使ってやれ。責任は俺が取る」

『……前原参謀、いつも言うが私は』

「え、いいだろユキノん。可愛いし」

 

 そういうことじゃないのでは? と私は訝しんだが、イサクさんは改めることはしなかった。

 馴れ馴れしくて逆にウザくなるのがこの男だった。だからモテないんだよなぁと独りごちるものの。それを言葉にして言う余裕は今はなかった。

 

 FOX小隊のユキノさんも困惑している。

 

『なんでもいいけどさ、そろそろ出ても良いんだよね』

 

 そんな空気を振り払うかのように、余裕のない声が私たちの会話を遮る。

 

「小鳥遊ホシノ……」

 

 アビドス高等学校。

 その最後の生徒、小鳥遊ホシノ。

 

 小柄な体躯に桃色のショートカットとオッドアイが特徴なこの少女はキヴォトス最高クラスの神秘と優れた能力を持つ生徒だった。

 

「絵図は書いた、場面を整えた。だからもうお前を遮るものは何もない」

『そうだね、感謝するよ。前原イサク』

「これは、お前にとって必要な通過儀礼だ。だからホッシー、これで終わりじゃねぇぞ、ここはまだお前が超えられるでけぇハードルでしかねぇ」

 

 イサクさんは時々こういうときがある。

 いつも粗野で阿呆で馬鹿で性欲に脳が支配されているような男だが、ちゃんと相手を見てそして(おもんぱか)ることができる。

 だからこそ、連邦生徒会に入って一年と経たずに連邦生徒会の首席行政官、SRT特殊学園を動かし、大規模な総力戦に至る盤面を整えたのだった。

 

「終わったら焼き肉パーチーだ。皆でうまい肉を食おうぜ!!」

 

 どんな顔で言ったのだろうか。きっと燦々と輝く暑苦しい太陽のようなそんな顔で言ったのだろうと思う。

 

 ……。

 ………。

 

 夢を見た。

 懐かしい、夢を見たのだ。

 

 夢の中の暑苦しいアビドス砂漠とは打って変わってそこは静かなリニアモーターカーの中だった。

 キヴォトスの地下に張り巡らされた鉄道網の中でもミレニアムの技術がふんだんに使われ、ハイランダー鉄道学園による運行管理システムのもと利用されている最新式の列車だった。

 

 手元にはミネラルウォーターのペットボトルがあり、ぬるくなったそれを乾いた喉に流し込む。

 

「ふぅ……」

 

 一連の動作によって少しだけ眠気が去り、私は頭を列車の窓に付けながらぼんやりと窓に反射する自身の顔を見つめる。

 

「ひどい顔ですね」

 

 本当にひどい顔をしている。

 感情のない瞳に、微笑みを宿す口。

 まるで仮面のようではないかと自嘲する。

 

 ──おめぇ疲れてんだよ。少しはサボって休め、なっ!

 

「なんて、きっと貴方なら言うでしょうね」

 

 前原イサクならきっとそう言う。

 あの人は優しい人だから、いつも皆のことを気にかけていたから。

 その分自分が苦しもうとも、きっとなんとかしてくれただろうから。

 

 守れなかった。

 イサクさんが大切にしてたものを、イサクさんが守ろうとしたものを、イサクさんが残したものを。私は守れなかった。

 

 それもそのはずだ。だって私は前原イサクじゃない。

 イサクさんが出来たことが私には出来なかった。

 

 悔しかった。辛かった。憎んで、恨んで……それでも貴方に会いたかった。

 貴方に助けて欲しかった。あの日のようにあの毎日のように。

 

 いくら過去に縋っても、いくら過去のような日々を望んでも。現実は斯くも厳しく、時間はけっして戻りはしなかった。

 

 SRT特殊学園は廃校になり、連邦生徒会は分裂し、防衛室は偉大な統率者を失った。

 

 これも全ては前原イサクという男と連邦生徒会長と呼ばれる超人に帰する出来事である。

 

「イサクさん……」

 

 ──やめとけよ、カヤぴぃには向かねぇって。

 

「わかってますよ。でも……それでもなんです」

 

 ──リンちゃんと仲良く出来ねぇのか?

 

「無理ですよ。あの人のやり方は迂遠ですから」

 

 ──苦しいばっかだぞ?

 

「それが夢を諦める理由にはなりません」

 

 心の中のイサクさんは反対するだろう。

 それでも私は決意した。

 

 なぜなら連邦生徒会長はもういないから。前原イサクはもういないから。

 いない人に頼ったところでもうどうしようもないから。

 

 だから、私が立つしかない。私だけがあの二人を知っているから。あの二人の代わりには程遠いとしても、それが私があの二人の背中を追いかけない理由にはならない。

 

 私は超人になりたかった。

 キヴォトスの権力の座について私こそが素晴らしい人間なのだと子供ゆえの万能感と自尊心に塗れながら漠然とした夢を追いかけていた。

 

 私は人を見下していた。

 私の頭はすぐに正解を導き出した。私の身体は思う通りに動いた。その通りに行動すれば頭の中で想定した通りの結果に導き出され。おおよそ挫折ということを経験したことのないまま連邦生徒会の門をくぐった。

 

 私にとって他人とは利用価値のある駒で、他人とは意のままに動く駒でしかなかった。

 

 イサクさんに会うまでは。

 底抜けの阿呆で、何も考えてなさそうな馬鹿で。

 それでいて誰よりも懸命で、誰よりも人情があって。

 

『あの子が一歩を踏み出すために必要なことだからだ』

 

 アビドス砂漠のビナー討伐。そんなことに意味なんてないと言った私にイサクさんはそういったのだ。

 

『人間なんだ、合理だけじゃあ人は救えねぇ』

 

 全てを救うことなんてできなくて、なんでも叶えることなんてできなくて。

 それでもイサクさんはその手が届く限り、誰かの心に寄り添って立ち上がるための手助けをしていた。

 

『カヤぴぃ、俺達の仕事はきっと明日枯れる花にもちゃんと水を与えてやることなんだ』

 

 一度助けると決めたのならば最後まで手を伸ばし続けるのがあの人だったから。

 

 私が知らないことを知っている貴方が、私の出来ないことをやる貴方が。

 私は眩しくて妬ましくてたまらなかった。

 

 貴方に負けたくなかった。貴方の隣にいるのは私だと思っていた。だって貴方は私の友達(ライバル)だったから。

 

 貴方が居たから、私は──。

 

 私は、貴方のような人が報われる世界を創りたい。

 

 そのためなら何だってやってやる。

 貴方が認めた私の強さで。私の武器で、私は──。

 

 このキヴォトスを私の望む世界にする。

 

 

 

 ……。

 ………。

 

 

 

「クックックッ、此処に来るのも随分と久しぶりですね。先生……」

 

 とあるビルの一室。そこには二人の男がいた。

 一人はキヴォトスにおいてゲマトリアという組織に属する男。黒服。

 もう一人は連邦捜査部シャーレの先生と呼ばれる男だった。

 

「"悪いけど、今日は問答に付き合うつもりはないよ"」

「おや、それはまた手厳しいですね」

「"──単刀直入に言おう、イサクを解放してくれ"」

 

 先生は駆け引きをせず、いつもの穏やかさとは無縁な高圧的な言葉を告げる。

 

「なるほど、先生らしいですね。実に生徒思いで、実にお優しい」

「"黒服、解放するのかしないのか。どちらだい?"」

 

 先生は胸元に手を添える。指先には硬い大人のカードの感触があり、いつでも抜ける姿勢を崩さない。

 

「では、お答えしましょう。それは私の管轄の範疇ではありません」

「"──どういうことかな?"」

「私たちは確かにゲマトリアという一つの組織に属する共同体ではあります。しかし、その内実や崇高へ至る方法に関しては互いに関与しないのですよ」

 

 黒服は語る。

 ゲマトリアという組織はその内実、互いに足の引っ張り合いを抑制し互いに目的を遂行するためにスタンスを確認し合う一種の互助的な組織でしかない、ということだった。

 

「前原イサクはマエストロの管轄下に置かれています。残念ですが私からマエストロに話を通すことは出来ても前原イサク自身に干渉することは互いの領分を犯すことであり不可能なのです」

「"つまり、私からマエストロと交渉しろ……と?"」

 

 黒服は頷く。

 

「もっとも、マエストロがそれに対して了承するかは別問題と言えるでしょう。暁のホルス(小鳥遊ホシノ)鋼の英雄(前原イサク)とでは、また話が違うでしょう」

 

 底冷えするような笑い声がオフィスに響く。楽しげに、それでいて嘲笑うかのような声。

 ひとしきり笑ったあと、黒服は神妙に先生と向き合う。

 

「前原イサクを動かすのは不可能です。彼の命の灯火はか細く、いつその機能を停止させるかわかったものではない」

 

 それは、あまりにも残酷な事実だった。

 

「"それは、どういう……"」

「自発呼吸の不全、神経系の一部麻痺、脳の損傷による後遺症によって人工呼吸器をつけなければまず窒息死は免れません」

 

 愕然とした。イサクの肉体はそれほどまでに終わっていた。

 

「マエストロに医療技術を提供し、現在は仮死状態のうえ安置してあります。前原イサクの状況は先生、貴方が想像する以上に悪いといえるでしょう」

「"……"」

「先生、これは私の所見です。ですが、多くの者が私と同じ判断を下すでしょう。先生……前原イサクは半死の躯と言ってもいい」

 

 躊躇いなどいらない。先生は胸元から大人のカードを取り出した。

 

「しまってください、先生」

「"……"」

「前原イサクのところには行かせません。貴方が何を言おうとも」

「"黒服、取引をしよう"」

「出来ません」

 

 互いに言葉は平行線となる。睨みつける先生に対して黒服は肩を竦める。

 

「契約はすでに果たされています」

「"どういうことかな?"」

 

 疑問を呈す先生に黒服は慇懃に口を開く。

 

「彼は実に聡明な生徒でした。自身の生存維持の代償に、今後来るであろう先生の大人のカードの使用を禁じたのですから」

 

 それは黒服とイサクによる利害の一致による神聖な契約だった。

 

「私は、貴方にそれを使って欲しくはない。そして前原イサクも自分が助かる可能性を知りながら先生に大人のカードを使うことを禁じたのです」

「"それは、私には関係ない"」

「ええ、そうでしょう。あなたには関係のないことだ。ですがよろしいのですか? それを使うことは前原イサクの覚悟を踏みにじり、彼の想いを否定することになることでしょう」

 

 先生の顔が歪む。

 己の弱さに、己の無力さに、己に対する怒りに。

 目の前で子供が苦しんでいるのに、身を削って助けてやれないことほど悔しいことはない。

 

 先生は身を削ってでも生徒を助けようとし。

 イサクはそんな先生の身を削ってまででも助かろうとは思わなかった。

 互いに互いを思うからこその平行線であった。

 

「"それじゃあ、彼が──イサクが救われないじゃないか……っ!!"」

 

 それは心からの叫びだった。心からの訴えだった。

 

「前原イサクは小さな奇跡の積み重ねの上に成り立っています」

 

 黒服は語る。その声色は真剣である種の平坦な口調で。まるで感情を押し殺すかのような語りだった。

 

「脳死という肉体の生存。マエストロによる複製による技術。槌永ヒヨリの献身。阿慈谷ヒフミによる魂の覚醒。何か一つ欠けていれば前原イサクが前原イサクとして再び目覚めることはなかったでしょう」

 

 一つの奇跡なら兎も角、その全てがあって蕩けた瞳のイスマイルと名付けられた肉人形は前原イサクとして蘇生の奇跡を成し遂げたのだ。

 

「そう、奇跡なのですよ。先生。本来はありえないことの連続なのです。辿り着けるはずもない道程だったのですよ」

「"もしも──"」

 

 だからこれは、すでに終わってしまった人間の話で。もうどうしようもないBADENDの先の話でしかないことで。

 けれど先生はそれを諦めきれなくて。

 

「"もしも私が、もっと早く彼と出会えていれば……。イサクがトリニティへ向かわなければ、ナギサやミカが誰かを信じることが出来たなら、アリウスが少しでも世界が優しいことに気づけていたら……"」

 

 きっと、彼は今でも暑苦しい笑みで笑えていたはずだ。

 

「ですが、そうはならなかった」

 

 どれだけ望んでも、どれほどの後悔があったとしても、どんなに苦しくても。

 過ぎ去った時間をもとに戻すことは出来ないのだから。

 

「あなたのせいでは、ない」

 

 だからこの話はもう終わってるのだ。

 前原イサクの生涯は終わっているのだ。




 大人のカードがあれば先生を等価交換してイサクさんなんて余裕で助けられるぜぇ!! さすが公式チートアイテムだぁ……。
 なので封印しますね。イサクさんは誰かを犠牲にしてまで生きようと思わない高潔な男なんだ。そういうとこだぞ。
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