キヴォトスでちょっとエッチな精子脳男子をヤってみた話(旧題『カヤ虐曇らせモノ』) 作:ニーガタの英霊
マグカップに注いだブラックコーヒー。
仄かに湯気が揺らめくそれをゆっくりと口元に傾ける。
苦い。安物のインスタントコーヒーだからではない。
それとはまた別の胸のうちにある苦さだ。
ヴァルキューレ警察学校公安局。その一室でカタカタとタイピング音だけが妙に響く。
部屋は薄暗く、頭上の電灯だけがこの部屋の唯一の光源となっている。
やがて私は項垂れるように肺から空気を吐き出す。
「ままならないな……」
あっちを立てればこっちが立たず。
出来るのであれば知らんぷりしたくなる始末。
「こんなもの、典型的なリベートではないか……」
子ウサギ公園の再開発とそれに基づく諸問題。
話の発端はカイザーグループの子ウサギタウン建設に遡る。
現在、子ウサギ公園周辺の土地をカイザーが買い上げ、その土地を使い集合住宅の建設や再開発を目論んだことが始まりだった。
子ウサギ公園はD・U地区内にある自然公園であるが主に浮浪者問題を抱えていた場所でもある。
その地区を再開発するためにカイザーは連邦生徒会に働きをかけ、多大な資金や装備の見返りに武力をもって子ウサギ公園の諸問題を解決させようと防衛室やヴァルキューレ警察学校に圧力をかけている。
最近はひどく疲れている。コーヒーの水面に浮かぶ酷く草臥れた女が映る。
立派なお巡りさんになりたかった。
困った人の手助けをする、お巡りさんになりたかった。
悪い奴を懲らしめて、迷子の子供の手を引いてやって、助けを求める人がいたらすぐに駆けつけることができる。
そんなお巡りさんになりたかった。
だが往々にして現実は理想のようにはいかない。
厳つい顔と言動が理由で
瞼の裏に浮かぶのは泣いている小さな女の子、泣きじゃくって袖や手の甲で涙をぬぐいながらお母さんと叫ぶ
手を引いてくれたのは
大丈夫だよ、と。きっと迎えに来てくれる、と。励ましてくれたお巡りさん。
それがどれだけ、少女の救いになったことだろう。
結局母は来なかったけど、幼馴染には迷惑をかけてしまったけど。
私はそんな立派なお巡りさんになりたかったんだ。
「なあ、イサク。私は、立派なお巡りさんになれてるだろうか」
そう問いを投げかけたとしても、応える声はどこにもない。
もう
守れなかった。助けられなかった。
小さいころから私はずっと助けられてきたのに、私は肝心な時に何もできなかった。
トリニティの救護騎士団の部室で目を覚ました私が聞いたのは、
信念だけじゃ誰も救えない。優しい言葉じゃ誰も助けられない。
誰かを助けたければ、冷徹な判断と合理的かつ迅速な行動が求められる。
だからこれは仕方のないことなんだと割り切らなければならない。
現実はいつも厳しい、きれいごとだけで回っているわけじゃない。
利益にとらわれず、常に中立的な視点を持って粛々と正義を全うする。
そうできればどれほどいいだろう。
そうあれるならいったいどれほど誇らしいだろう。
耳鳴りがする。少女の鳴き声がひどくうるさい。
ヴァルキューレは強力な装備が手に入る。カイザーは再開発が進められる。再開発の際の雇用だって増える。
万々歳だ、私たちが不正に目を瞑れば誰も損しない。そういう話だ。
仕方ないのだ、だからこれは仕方ないのだ。
心の底から納得ができないとしても……。
……。
………。
「……以上が、今回の記録です」
ヴァルキューレ警察学校公安局。
取り調べを受けている旧SRT特殊学園のRABBIT小隊メンバーの調書を眺めながらカンナはため息をつく。
「先生にもお忙しい中ご協力いただいてしまい、ありがとうございました。お陰様で手間が省けました」
「"あの子たちは、これからどうなるの?"」
来客用のソファーの上で調書を捲りながら先生は問う。
「一定期間の拘禁の後、本来であれば再度ヴァルキューレへの編入を進める手はずだったのですが……連邦生徒会からの要望が強いため、そちらで処罰が下されるでしょう。事件の被害が大きかったこともあり、重いものになりそうです」
カンナは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、湯気の登るコーヒーに口をつける。
「最悪の場合、どの学校にも編入できない状態に……」
やるせない、そんな表情だった。
「"SRT特殊学園の復活って、やっぱりあり得ないのかな?"」
「……そもそも私としては、彼女たちの要求を飲むこと自体気に入らないのですが」
暴徒の要求をいちいち鵜呑みにしていたら秩序は崩れ去ってしまう。キヴォトスの治安を預かるヴァルキューレとして今回の事件の原因であるRABBIT小隊の意見を聞くなどあり得ない判断といえる。
「それはさておき、『SRT特殊学園の閉鎖』は連邦生徒会の決定です。少なくとも私のような存在がどうこう言えることではありませんし……」
「"じゃあ、連邦生徒会の誰かに聞いてみるとか……?"」
「それは、私からはなんとも……」
カンナはなんとも気の乗らなそうな、口が重たげな様子で曖昧に返事をする。
「では、私が代わりにお答えしましょうか」
そんな状況で聞き覚えのある少女の声が耳を打つ。
「お久しぶり……ですね、先生」
連邦生徒会防衛室長、不知火カヤの姿がそこにはあった。
「"どうしてカヤが此処に?"」
「先生は私の肩書を覚えていますか?」
「"確か、防衛室だったかな"」
カヤはニコニコと微笑みを崩さず、えぇ。と首肯しながら言葉を紡ぐ。
「連邦生徒会防衛室。キヴォトスの安全保障と治安管理を行う連邦生徒会行政委員会の一つです」
「"ヴァルキューレやSRTは防衛室の担当?"」
「そうですね。ヴァルキューレ警察学校については基本、私たち防衛室の指示で動いているのですが……」
カヤは人差し指を頬に添えて、悩ましげに口を開く。
「SRT特殊学園は防衛室どころか、行政委員会の管理からも離れた少々特殊な組織です」
キヴォトスは各学校が各自地区を自治するという原則がある。即ち自治区内における自治組織の権限が強いことが特徴である。
例えばゲヘナ内で犯罪者が摘発されれば基本的にゲヘナ内部で拘禁、刑の執行がさせられるしそれに対して連邦生徒会は関与しない。
いわゆる治外法権は認められないと言っていいだろう。
しかし、自治区をまたいだ犯罪。あるいは自治区を統括する生徒会と結託した犯罪行為など利権や内政干渉の問題から軽々しく動けない犯罪行為に対して既存の制度では対応できない犯罪もあった。
それを解消するために設立されたのが『SRT特殊学園』である。
連邦生徒会長の直轄組織であり、自治区を跨いだある種の特権を有する対テロ、対組織犯罪の最精鋭であった。
厳しい試験を突破し、常在戦場の構えで厳しい訓練を耐え抜き、最新鋭の装備と多額の予算を投じたエリート校。
キヴォトスの大物テロリストである『災厄の狐』狐坂ワカモの捕縛。
アビドス砂漠における『
連邦生徒会防衛室の汚職摘発と当時の防衛室長の収賄の公表。
トリニティの連続少女誘拐監禁事件の解決。
数多くの成果と結果を残してきた、キヴォトスの英雄であった。
「結論として……連邦生徒会長直轄の組織であるSRTの責任の所在が曖昧となったこともあり、SRT特殊学園は閉校となりました」
「"それで、閉鎖することに?"」
「……SRTを閉鎖するべきでないという連邦生徒会内部での意見もありました。しかし……」
カヤは視線を少しだけ伏せ、意を込めたように言葉を続ける。
「SRTの新体制の移行。その中核になるはずだった
言葉が出なかった。
たった一人の死、それが様々な負の連鎖へとつながってしまった。
「SRTの管理と責任を負っていた連邦生徒会長。そしてSRTの運用を代行し、一部権限を唯一認められたのが特別参謀という役職を持っていた
「"……けれどそれは"」
「はい、叶いませんでした」
イサクが生きていたときはSRT存続に賛成し、七神構想を打ち出していた七神リンですらイサク亡き後においてSRTの管理運用は手に余るとして閉校派へと転じてしまった。
「"いろいろ聞きたいことはあるんだけど……七神構想って?"」
「ああ、そちらのことですか……そうですね、先生は我々連邦生徒会の行政委員会のことはご存じで?」
「"えーっと、たしかリンちゃんの統括室があってその下にいくつかの部局があるんだよね?"」
「ええ、おっしゃる通りです。七神構想とはこの行政委員会とは独立し、なおかつ統括室と同格の新たな部局を連邦生徒会の組織として設置しようという案なのですよ」
主に軍事と治安維持、並びに非常時の戒厳令下における実働と指揮を行う部局として幕僚室の設置。
その下部組織に幕僚会議として五つの部局……防衛室、作戦室、装備室、情報室、監察室を設置するなど連邦生徒会長の不在の穴を埋めるための抜本的な改革を推し進めようとしていたわけである。
尤も、その構想はその
「結果としてSRT特殊学園はその庇護者を失ってしまう結果となりました」
「"……どうにかできないかな?"」
「『RABBIT小隊』は連邦生徒会に銃を向けかねない。イサクさん亡き後、彼女たちを御せるだけの器は残念ながら連邦生徒会には無いというのがリン行政官の決定です」
カヤは肺にたまった息を吐きだし、自嘲するように暗く嗤う。
「事実、私は『FOX小隊』を止められませんでした。それだけではありません、再三に渡って自重するように指示をしていたRABBIT小隊に対して、止めることもできませんでした」
「"……カヤのせいじゃないよ"」
「ありがとうございます、先生」
「"RABBIT小隊の子たちはどうなるのかな?"」
「そう、ですね……本来であればこちらで説得しヴァルキューレ警察学校への編入を進めたいところでしたが……さすがにこのような問題が起きてしまった以上、そのような甘い対応は難しいでしょう」
カヤは公安局の空いているデスクに腰かけ、顔を天井に向ける。
「学籍データを抹消の後、矯正局へ護送……と、いったところでしょうね」
SRT特殊学園は優秀な能力を持った生徒をさらに選抜したエリート校。
そんな過酷な世界に身を置いていた紛れもないエリートたちを放逐しなければならない。
カヤの中にはきっと忸怩たる思いがあるのだろう。
「"……どうにかできないかな"」
「……私に説得を望んでいるのであれば、残念ですが力にはなれませんね」
カヤは首を横に振り、ため息をつく。
「私はSRT特殊学園存続派として動いていましたからね。この状況で、RABBIT小隊に対する寛恕を引き出そうとすれば、防衛室長は恣意的な感情でRABBIT小隊を擁護した、と。連邦生徒会内部の人間は私を公私混同の甚だしい人物と思われるでしょう。……そうなると防衛室そのものが軽んじられる、あるいは誰も防衛室を公明正大な組織だとみられなくなってしまう。……組織そのものの信用問題に発展しかねません……」
「"……"」
カヤの発言は明確なNOを突き付けるものだった。
「残念ですが……今回は連邦生徒会の原則に則り、見送らざるを──」
「保護観察制度があるではありませんか?」
カヤの言葉を被せるように、カンナは一言、口をはさんだ。
「"保護観察制度……?"」
「ええ、保護観察制度です。先生」
「カンナさん、それは……」
カヤは眉間の皺をほぐす様に、白い手袋をつけた手で揉みながらカンナに声をかける。
「この状況であれば、だれも文句は言えません。シャーレの先生であれば、立場、人格、能力ともに了承はもらえるでしょう」
「……」
「前例もあれば、効果もある。それはカヤ室長、あなたが一番よくわかっているはずです」
「それはそうですが……しかし──」
「カヤ室長、SRT特殊学園に在籍していた優秀な生徒をむざむざ矯正局に送るのは心苦しいのですよね」
「……そう、ですね」
「そうであるなら、カヤ室長と先生の望むべき方向性は同じなはずです」
「……」
「"カヤ……どうかしたの?"」
カヤは暫し沈黙する。
こめかみに人差し指を置き、指先でこめかみを数度叩きながら考え込む。
「ええ、そうですね。確かにこのまま彼女たちが矯正局送りになるのは私としても心苦しい……わかりました。保護観察制度を利用することを前提にすれば、連邦生徒会の説得も難しくはないでしょう。何より、先生が保護観察制度を使うことと防衛室は表立っては無関係ですからね」
カヤは先生に向かって笑みを浮かべる。
「"カヤ、ありがとう!"」
「いえいえ、礼はカンナさんに言ってあげてください。私としたことが、保護観察制度をすっかり忘れていましたからね」
「……いえ」
大げさなくらいにカヤは笑みを浮かべながらカンナを称える。
しかし、当のカンナ本人はどことなく複雑そうな面持ちでカヤに視線を送っていた。
「"えっと……それでなんだけど。保護観察制度ってなにかな?"」
「ええ、保護観察制度というのは……」
「カヤ室長、そちらは私が説明します」
「あら、そうですか?」
「ええ、これでも保護観察官の経験がありますから。実際に経験を積んでいる視点も必要になるでしょうし」
なんとなく、先生は違和感を感じる。
保護観察制度の話が出てからというもの、カンナとカヤの間には言葉では言い表しがたい壁のようなピリピリとした雰囲気があった。
「──それでは説明します。保護観察制度とは前防衛室長、前原イサクが連邦生徒会長に対して立案した更生プログラムの一環です」
七神構想による連邦生徒会、新役職。
幕僚室……幕僚室長並びに首席参謀長を兼任。統括室室長、首席行政官と同格。
防衛室……治安維持、防衛構想、災害対策、総務、ヴァルキューレ警察学校の指揮
装備室……兵装の管理、糧秣の購入、兵器の研究と技術特許の認定、管理など
情報室……情報の収集、諜報と防諜。連邦生徒会長の捜索の一元化。
作戦室……非常事態や作戦、計画の立案。首席参謀長の補佐
監察室……幕僚室やその麾下の部局の内部監査、調査を行う。
SRT特殊学園。連邦生徒会長の信任と首席参謀長の指示によって運用される組織。
ここまでお膳立てしてぶっ殺された生徒がいるらしい。
なおその
リンちゃんの徒労を考えると本当にかわいそうなんだよね。