キヴォトスでちょっとエッチな精子脳男子をヤってみた話(旧題『カヤ虐曇らせモノ』)   作:ニーガタの英霊

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 原作キャラが端役のようにしか出てきませんが、御覧の小説はブルーアーカイブの二次創作ですよ。安心してください。


あなたのせいじゃない

「私じゃない……」

 

 荒れ果てた夜の砂漠。

 砂の海を幽鬼のようにぼんやりと歩く。

 

「私のせいじゃない……私のせいじゃない……」

 

 くしゃくしゃによれた一枚の紙。スーパーのセールのチラシ裏には母の最期の言葉が書き残されていた。

 

 『──あなたのせいじゃない』

 

 たったそれだけ。それだけしか書かれてなかった遺書。

 十文字の単調な言葉が、酷く私を悩ませる。

 

 ──これは、どっちなんだ……?

 

 私がママを追い詰めたのか。

 それとも世界がママを追い詰めたのか。

 

 巡る思考はぐちゃぐちゃで、まるで呪いのように胸の奥に澱む。

 

 なにも、何も考えたくない。

 このまま朽ち果ててしまいたい。

 

「おいおい! こんなところでひとりかぁ!?」

「迷子かよ、送ってやろうかぁ!? 有償だがな!!」

 

 ケラケラと耳障りな笑い声がする。

 見渡せばヘルメットを被った三人の少女が銃器を片手に余裕そうに近づく。

 

 ──なんだこいつらは。

 

 いったい何がおかしいんだ? 何が面白いんだ?

 

「なに笑ってんだ?」

「は…?」

 

 女の胸ぐらをつかみ上げて体重を込めて押し倒す。

 

「何が楽しいんだ? 何が面白いんだお前? エェッ!!?」

 

 ヘルメットに向かって思い切り拳を振り下ろす。

 指が折れようが、へしゃげようが関係ない。

 

「な、なにやってんだテメェ!!」

「離せよ、おらぁ!!」

 

 一方的に殴りつける私を制止しようと、腕を握られ、引き離される。

 

「なに邪魔してんだ?」

 

 空いていた片腕でヘルメットのバイザー部分に拳を突っ込むとバイザーが割れ、破片を飛び散らせながら女の眉間にクリーンヒットする。

 

「なにヘラヘラ笑ってるんだよ……何がおかしいんだ? そんなにも私がおかしいのか?」

「お、オイ……やべぇよアイツ……」

「に、逃げ……」

 

 殴った衝撃で落としてしまったのだろう。女が落としたライフルの銃床で残る一人の脇腹をしたたかに打ち据える。

 

「質問に答えろッ!!!!」

 

 殴る、蹴る、撃つ。

 徹底的に相手の懇願も命乞いも知らずに暴力を振るう。

 

 後に残ったのは顔面の腫れあがって意識の失ったヘルメット団の女生徒三人と両腕に血を滴らせながら立ちすくむ私だった。

 

 世界は理不尽だ。

 ママのような弱者を守ってはくれなかった。

 一生懸命真面目に働いていたパパは砂漠の彼方へ消え去ってしまった。

 

 その反面、何も考えていないような不良生徒が笑っている。

 

 理不尽だと、思った。

 

 世界は残酷で、社会は守ってくれず、企業は私たちを切り捨てて、大人は誰も助けてくれなかった。

 

 現実は私たちを救ってくれなかった。

 

 クソだ。世界はクソだ。

 このクソみたいな世界を守る価値なんてない。

 

 死ねよ、死んでしまえよ。

 

『──あなたのせいじゃない』

 

 そうだ、悪いのは世界だ。

 ママを殺したのは、社会だ。

 このキヴォトスという捻じれて歪んだ世界が私たちを切り捨てたんだ。

 

 弱者を蹴落とし、敗者を貶め、正しさを嘲笑う。

 弱肉強食の理がキヴォトスなのだろう?

 ならいいさ、なら肯定しよう。認めるよ……ああ、だから。

 

 お前らのやり方で、お前らの世界を徹底的に滅ぼしてやろう。

 

 だから、これは復讐だ。

 世界(あなた)が私たちを捨てたのなら、私はあなた(世界)を壊して見せよう。

 

 金を集め、人を集め、武器を集め。

 この体一つで、私の全霊一つで。

 

 ──この世界を壊してやる。

 

 狭まる視界、赤くあたりを照らす光の中。歩みを進めるたびにカチャカチャと金属が擦れる音が反響する。

 私は庭に放り出されたアタッシュケースに座りながら燃え盛るそれを見続けていた。

 

「な、なんでこんな酷いことを……」

 

 パチパチと、焼ける建物。

 豪奢な作りの邸宅は今や見る影もなく、紅い炎に包まれていた。

 

「なんで──?」

 

 顔を腫れ上がらせる獣人の男は、五体投地で地面を這いずりながら苦痛に顔を歪ませる。

 

「顔を見られたくないからだけど?」

「……は?」

 

 至極、当然の話だ。

 キヴォトスには無駄に秩序というものがある。警察や自治区の持つ自警団としての組織がある。

 そういう奴らに顔を見られると厄介なことこの上ないから。

 

「昔、この家を護衛したことがあって。騎士の甲冑をオブジェとして飾ってたのを思い出してね。あの兜、顔を隠すのにちょうどいいんだ」

「……それだけで?」

 

 理解しがたい化け物をみるような目で見つめる猫の獣人の大人。

 

「そ、それだけでっ! わ、私の家を! 財産を! 燃やしたというのかっ!?」

「そうだけど?」

「イカれている!!」

 

 イカれている? 私が?

 噴飯ものの発言だ。

 

「アンタ、キヴォトスに安全な場所があるとでも思ってるのが? イカれてるんだよ。端から、この都市は」

 

 だから壊そう。

 歪んだ秩序を。狂った社会構造を。不寛容な大人たちを。

 

 私を助けてくれなかったすべてに対する破壊(復讐)を。

 

「壊そう。全部、ぜーんぶ……私が──アタシが……」

 

 この歪みを正してやる。

 

 ……。

 ………。

 

「ソイヤ! ソイヤっ!! 祭りだ! 祭りだっ!!」

 

 五月蝿(うるせ)ぇ……。

 チラリと枕元の時計を覗くと時刻は7:00を指し示す早朝。

 イサクの小うるさいやけにテンションの高い声に辟易する。

 

「祭りだぁぁぁあああああ!!!! あべふっ──」

 

 うるさい口を黙らせるために枕をイサクの顔面にぶつける。

 

「近所迷惑とか考えねぇのかアンタは?」

「安心しろ、防音環境は整ってるから大音声でえっちな動画を見てもバレないぞ」

「死ね」

 

 俺の対策は完璧なんだァ! とサムズアップをしながらドヤ顔を決めて発言するイサク。

 デリカシーの欠片もない発言に朝から頭が痛くなる。

 

 サンクトゥムタワーに赴いた日から翌日。超人様からありがたーいお話を聞いて身の回りの生活用品を買い出しに向かい荷解きをして一日が終わった。

 その間、保護観察官であるイサクは連邦生徒会の仕事があったらしくあちらこちらと飛び回り、留守番となっていた。

 

「てか、この家何もねェんだけど……」

「そりゃそうだ。引っ越したばっかだからな」

 

 引っ越し?

 

「普通に規則で官舎に複数人で同居とか認められてねぇからな。D・Uの中でそこそこ手頃なのがここだったわけだ」

「……わかんねェな。そこまでする必要があんのか? それとも連邦生徒会ってのはそんなに給金が弾むのか?」

 

 人一人養うのなんて簡単なことじゃない、それを私はよく知っている。

 それができなかったからこそ、私は家族を失ったのだから。

 

「金はまぁ弾むな。平の職員でも手取りで15万程度。その他役職だったり残業だったりで加算されてく。家賃で半分は吹っ飛ぶが、保護観察官としての補助金もあるしそれ程痛手でもねぇ……余裕があるほどじゃないが、金欠でカツカツって程でもねぇってところだな」

「……結局どうなんだよ?」

「労働の割には見合わねぇ、拘束時間もなげぇから金を使う暇がない」

 

 公僕ここに極まれり。

 防衛室の職員となれば緊急時の急な呼び出しもあり、プライベートにすら仕事が入り込む。

 それに加えて保護観察官となれば気も休まる暇もないだろう。

 

 ないよな、なんか能天気そうな顔してるが……。

 

「と、いうわけでだ。祭りに行くぞ!」

「……は?」

 

 ……。

 ………。

 

 青い空、新築の学舎、だだっ広い校庭。

 空を見上げれば、黒一色の航空機がスモークを描くアクロバット飛行を魅せる。

 

「うわっ、イサクじゃないか!?」

「なんで絶妙に会いたくない奴に会ったみたいな対応するの? 奇跡の顔面と言われたイサクさんだぞ、もっと喜べ!」

「うわっ、面倒くさい奴がきたわね……」

「つれねぇこというなよクルミーニ」

「ク ル ミ ! 変なあだ名つけんな!!」

「そう、カリカリするな。カルシウム足りてるか? 俺のミルクやろうか?」

 

 なんだこいつ無敵か?

 黒髪の少女と金髪の少女、それから桃髪の少女が複雑そうというかあからさまに顔をしかめている。

 イサク、お前嫌われてるんじゃないの?

 

「まぁまぁ、いいじゃないの。二人ともかわいいあだ名で……」

「ありがとうな、ニコチン」

「なに? あのピンク、ヤニカスなの?」

 

 ピンクは眉を顰める。明らかに思うところある感じなんだけど。

 

「あはは……まぁまぁ、みんなそう怒らないでよ。今日は大切な基地祭だよ」

「オトギさん……!」

「ねぇ~なんで私だけさん付けなのさぁ……疎外感感じるんだけど」

「そんな……! 俺程度の人間がオトギさんにあだ名をつけるなんて……!!」

「うぅ~!! 絶対楽しんでるやつじゃん!!」

 

 酷い、鬼畜、前原!! と首元で髪を一つ結びした亜麻色の髪の少女がイサクに非難する。

 

「……それで、何用ですか広報官殿」

「おいおい、俺のことはイサクさんかダーリンのどっちかでいいと──」

「広報官殿」

 

 ユキノと呼ばれた少女は圧を込めながら有無を言わさず畳み掛ける。

 

 なんでこっちを見るんだイサク。

 なんでちょっと助けてほしそうな視線を送るんだイサク。

 私は何もできないんだけど。

 

「それで、この集まりはなんだよ」

「説明しよう、ここSRT特殊学園は今年新設されたばかりの学校で。今日はSRT特殊学園が外部から他校の生徒や中学校の生徒を招くオープンキャンパス兼学園祭……即ち」

 

 イサクはニヒルな笑みを浮かべ人差し指を空に向かって指差す。

 空を舞う黒い閃光の如き航空機が低空で地面を撫でるように私たちの側を通過し、轟音と衝撃波もかくやといった風を巻き起こす。

 

「──SRT特殊学園基地祭だ」

 

 ……。

 ………。

 

「カレーッ! 食わずには居られないッ!!」

 

 SRT特殊学園の食堂。そこで販売されているカレーライスをイサクは飲むように食い進める。

 時刻は11:00過ぎ。少し早めの昼飯であった。

 

「なんでカレーライス?」

「なんだァ……、カレー嫌いなのか? 日持ちのしやすく、栄養バランスにも優れ、一気に量を作れる完全食だぞォ…?」

 

 イサクはモソモソと口を動かしながら答える。

 お前食べるか話すかどっちかに集中しろよ……。

 

「……」

「いや、食べる方に集中するのかよ!」

 

 黙々とカレーを食べるイサク。

 なんだろう……こいつと話すと常に調子が狂う……。

 

「そもそも……なんでアタシをこんなところに連れてきたんだよ」

「ん? そりゃお前。この学校に通うからだが?」

 

 ……?

 

「誰が?」

「お前が」

「何処に?」

「此処に」

 

 何いってんだコイツ。

 

「アンタ頭おかしいのか? アタシがこの学校に通う? 冗談だろ」

「マジだぞ。本気と書いて本気(マジ)と呼ぶぞ」

 

 色々言いたいことがあり過ぎる。

 私はまだ3ヶ月ぐらいは高校生になるまで時間があるし、そもそも中学校のまともな教育も受けてないし、何より。

 

「こんな監獄みてェな学校通いたくないんだけど」

「じゃあ、あとはヴァルキューレしかないぞ」

「進学の自由は何処に行ったんだよ」

 

 クソみたいな二択を押し付けるんじゃねぇよ。

 

「いいか、よく聞け。保護観察を受けているやつに進学の自由はないんだ。単純に考えてD・U地区以外の進学に関すると手続きが煩雑になるし保護観察官の目が届かなくなるから制度的な限界がある」

「なぁ……この制度ガバガバ過ぎねェか?」

「だからこうして俺がファースト・ペンギンしてんだ」

 

 やってることはゲームのデバッカーのようなものである。

 

「そも、矯正局に送られる奴って自治区じゃ管理できないって匙投げた生徒だぜ? 監察官としての資格を取って自治区に送り返すので更生頑張って〜って言っても多分受けねぇんだ」

「自力で更生させたきゃ自治区が手放さねェだろうしな」

「そういうことだ」

 

 カレーを綺麗に平らげたイサクは紙コップの中に入っている水を一気飲みして人心地をつけた。

 

「俺だってなぁ、好きな高校ぐらい選ばせてやりてぇし。いい高校だっていろいろあると思うんだぜ。トルドハイムとかよ」

「どこだよ、その学園」

「農業高等専門学校。いい学校だったぞぉ……半年ぐらいしかいなかったけどな」

 

 半年でいったい何がわかったというのか。……と、いうより。

 

「はっ、農家ってアタシがやるわけねェだろ」

「いや……やるやらない以前に、やらされる(・・・・・)からな」

 

 言いようのないプレッシャーといつもキラキラと輝いていた瞳から感情が消えうせる姿を見せるイサク。

 控えめにいって恐怖を感じた。

 

 なんだろう、ツッコんじゃいけない。そんな雰囲気をひしひしと感じた。

 

「ま、まぁ…なんだ。例え話でしかねェしよ。ありえないことを一々気にすることはねェだろ」

「──そうだな」

 

 よかった。イサクの瞳に青空のような輝きが戻ってきた。

 

「そもそも……こんな学校に入ったところで更生以前についていけるわけが──」

「──お前なら出来る」

 

 イサクは、確信を以て私に宣った。

 

「お前なら出来るよ。お前なら、必ず更生できる」

「……何を根拠に」

「だってお前は、優しい子じゃないか」

 

 ……的外れの発言だ。

 

「アタシが優しい? 馬鹿いってんじゃねェよ……アタシの何処が優しいんだ?」

 

 人を傷つけ、他人の財産を奪い、秩序を破壊し、他人に迷惑をかけ続けた。

 ただ社会が気に入らなく、笑っている奴らに思い知らせたかった。

 こんなものに守られなくても、生きていけるんだと。秩序や平和や安定なんてものはクソくらえで。悪い大人がのさばっている社会構造そのものを憎んで暴れていただけのクズが……優しいなんてあるわけがない。

 

「──だってお前は、人の痛みがわかる子だから」

 

 言葉が出なかった。

 

「──お前は人の痛みがわかるし、苦しみもわかるからだ。どん底にいる人間の気持ちが理解できて、その苦しみに耐えられなかったから……全部が全部いやになったんだろ」

「……やめろ」

「助けてほしい時に助けがなくて、救いがなくて苦しんで。どん底の人生の結果自棄になっただけだ。なぁ、わかるだろ。お前はただ、誰かに手を差し伸べて欲しかっただけなんだって」

「やめろ」

 

 やめろ、やめてくれ。

 私の傷を抉る(心を掘り起こす)な。

 

「人の痛みがわかるなら、苦しみが理解できるならば、お前は必ず反省できる。自分を顧みることが出来る」

「うるせェ……」

 

 くしゃり、と不意に握りしめた紙コップがくしゃくしゃに歪む。

 手にかかる水道水は温く、やけに濡れた手が気持ちが悪かった。

 

「お前は優しい子だよ。だから俺は、お前が更生できると信じている……!」

「……綺麗ごとだ」

 

 イサクが言っていることは綺麗事だ。

 

「優しさで誰がが救えるか……痛みが分かるから反省できる? そんなもので……そんなものに何の意味がある!」

 

 視界が滲む。呼吸がまともにできなくて苦しくて、心臓が早鐘を打つ。

 

「正しければ、アタシは幸せになれるのか? 苦しみや痛みに喘いでいたら誰か助けてくれるのか? そんなことはありえねェよ!!」

 

 正しければ報われるなら、パパはどうして居なくなった?

 苦しみに耐えながらいつか報われると懸命に生きていたママはどうして自殺した?

 

「──世界はそんなに優しくねェよ!!」

 

 そんな優しい世界なら、私はどうしてこんなふうになった?

 

「誰も助けちゃくれなかった!! 誰も救おうなんてしてくれなかった!! だからアタシがやらなきゃいけなかった!!」

 

 救われたきゃ自分自身で頑張るしかない。

 守りたければ自分自身で強くなるしかない。

 強くなれなきゃ、生きる価値はなかったから。

 

「頑張ったんだよ!! アタシは……私はッ!! 頑張ったんだ!!」

 

 朝早くから自転車を漕いて、傭兵として各地を転々として、夜間に警備員として身体を酷使して。

 肌がカサカサになっても、指先にタコが出来て硬くなって。

 春の陽気な青空のもと、キラキラと新しい生活を楽しむ学園の新入生を横目に、夏のうだるような暑さの中で工事現場で汗を流し、枯れ葉が地面いっぱいに広がる秋口に風邪を引きながら交通整理をして、冬の凍てつく寒さの中で銃器を握りしめて雇われた会社の敵対企業とドンパチを繰り広げながら。

 

 そうやって頑張ってきたんだ。

 家に帰って来るために。布団の中で気絶したみたいに倒れ込んで寝るだけの家に。

 

 ──だってあそこにはママが居たから。

 

 私に残った最後の家族だった(幸せだった日々を守りたかった)から。

 

「捨てられたんだよ!! 社会が!! 私たちを切り捨てたんだ!!!!」

 

 ──あなたのせいじゃない。

 

 ママを殺したのは、この腐った社会のはずなんだから。

 

「今更だよ……ッ!!」

 

 今更手を差し伸べてくれたところで……もう何もかもが遅すぎる。

 その手を取るには、余りにも取り返しがつかないことをしたから。

 そんな恥知らずなことは出来ない。しては、ならない。

 

「……ッ!!」

 

 椅子を蹴り上げながら、イサクに背を向ける。

 わかっている。逃げてるんだ。あの正しい男から、私は逃げている。

 ──私は正しくなれなかった。私は真っ当に生きるには、弱すぎた。

 

 惨めだ。

 途轍もなく、惨めだ。

 

 あの男(イサク)に向き合うには、私は恥ずかしすぎた。

 

 私は強くなれなかった。正しくあれなかった。なにも為すことが出来ず。なにも守ることも出来なかった。

 こんなクズが更生出来るはずもない。こんな愚か者に期待なんてしないで欲しい。人を嬲ることしか出来ない、人に迷惑をかけることしか出来ない、奪い、争い、相手を踏みつける畜生のような女を。この無能の落伍者に。

 

 ──救う価値なんてあっちゃいけない。

 

 汚泥の中を生きる蛙に、太陽の光は眩しすぎた。

 

 ……。

 ………。

 

 ガヤガヤと賑やかな話し声がする基地祭。

 大通りの出店やすぐ奥に見える滑走路が視野にあり、とても賑やかなお祭り。

 

 何故か、とても孤独だった。

 こんなにも人がいるのに。これ程までに賑やかであるのに。

 

 私の心は酷く冷え切って、酷く孤独を感じる。

 

「何やってんだろ、私……」

 

 本当に何をやってるのか。

 向き合うのが怖くなって、痛いところを突かれて、恥ずかしくなって逃げた。

 言葉にすればそれだけのことだが、次になんて顔で会えばいいのかわからない。

 

 ため息をついて、辺りを見渡すといかにも急遽発注されましたと言う様な安っぽい背もたれのない青いベンチがあった。

 

 悪いことをやってきた自覚はある。

 誰かに迷惑をかけ続けたことも理解している。

 否定され、批判され、拒絶され、石を投げられても仕方のないことを何度もやってきた。

 

 ──私は耐えられなかった。

 

 痛みに耐えられなかった。

 苦しみを我慢できなかった。

 怒りを忘れることなど出来なかった。

 

 まともな人間だったら我慢できたのだろう。

 正しい人間だったなら苦しみを乗り越えられたのだろう。

 ちゃんとした大人だったら怒りを原動力に変えて正しい道に進めたはずだ。

 

 理性で物事を判断して、一時の感情に惑わされず。

 そういう風になれたはずだ。

 

 そうあるべきなのが正しい人間だ。

 

「……難しい顔をしていますのね」

 

 凛とした透き通るような声が周囲の喧騒の中、酷く私の耳を打つ。

 

 ピンっと立った狐耳。濡れ烏のような艷やかでサラサラと風に靡く黒髪。黒を基調とし、袖の部分はまるで振袖のような形状をしており、ウエスト周りには華やかな帯を思わせる百鬼夜行連合学院風テイストの制服を纏う少女。

 おそらく雰囲気からして私よりも年上なのだろう。落ち着きがあってお淑やか。割と嫌いなタイプだった。

 

「ふふっ……お友達と喧嘩でもなさいましたの?」

「……なんだよ、急に」

 

 訝しげに私はその狐耳の少女に視線を送るが、当の本人はクスクスと何処となく妖艶な笑みを浮かべる。

 

「そうですわね……言ってしまえばただの暇つぶしなのですが……お祭りを前に浮かない顔をしている子を見つければ、気になって仕方ないありませんから」

「……冷やかしなら関わらないで欲しい」

「あら……随分と嫌われましたわ」

 

 余裕ぶった笑み。

 育ちの良い令嬢なのだろうか……。

 

「──羨ましい……、そんなことをお思いで?」

 

 背筋が凍りつく。

 

「窮屈……そうですわね、あなたはとても窮屈そうな顔をしてますわ」

「……なん、で」

 

 なんで、そんなことがわかるんだ……?

 

「羨ましい、妬ましい、焦がれている。元からなければ、知らなければ、わからなければ……これほど焦がれることはなかった」

 

 これ以上聞いてはならない。

 これ以上此処にいてはならない。

 

 そう思い、ベンチから重い腰を上げようとして、不意に左手を掴まれる。

 

あなたは間違っていない(・・・・・・・・・・・)

 

 脳内にまるでアラームでもなっているかのような危険を知らせるベルがリフレインする。

 

「わ、私は……」

「あなたは、失ったものを取り戻そうとしただけ。不当に奪われ、亡くし、失ったものを取り返したかった」

 

 少女は優しく微笑む。穏やかに、まるで母親が子供に諭すように囁くのだ。まるで悪魔のような囁きを。

 

「その気持ちが間違いなわけありませんもの」

 

 人は信じたいものを信じるという。

 受け入れがたい真実よりも、受け入れやすい嘘を好む。

 私は、この甘い言葉に流されてしまいたいとまで考えてしまってるのだから。

 

「あなたは間違っていない、たとえそれを否定されたとしても間違っているのは相手なのだから」

 

 その囁きはなんて甘美だったのだろう。

 自己肯定感が満たされ、陶酔し、ひどく心地が良い。

 

「あら……あなた、銃は?」

 

 ふと、狐耳の少女は今気づいたかのように疑問を私に投げかける。

 

「……持ってない」

「まぁ……! それは……あまりに不用心ですわね?」

 

 返す言葉も無いが、銃器の一つすら携帯できないのが今の私の身分であった。

 元々の武器はヴァルキューレに回収され、武装の許可に関しても禁止させられ、護身用のハンドガンすら握れない。

 

 初対面の人からすれば明らかに珍獣や何かを見るような視線を送られるのだ。

 

「なるほど……なるほど……、それは──随分と可哀想ですわ」

 

 母親のような笑みがまるで悪魔のように歪んで見えた。

 少女は懐からハンドガンを取り出すと、それをそっと私の腰に差し込んだ。

 

「なに、を……」

(わたくし)からの選別です」

 

 面白い玩具を見つけたかのような、こちらの心を見透かすような、酷く耳心地のいい声で少女は囁く。

 

「貴方は、自由ですわ。誰にも縛られることはなく、誰にも縛り付けられることなど出来ない。耐える必要なんてありませんもの」

 

 少女の手が私の頬を伝い、顎を指先で弾くように上を向かせる。

 

「我慢する必要なんてありませんわ。あなたはあなたの心の赴くままに、やりたいことをやればいい……怒りも、憎しみも、羨望も、不満も、不安も、悲嘆も、苦しみも、愉悦も、快楽も。全部あなただけのもの。誰に否定される筋合いもなく、あなたの心はあなたのものですわよ」

「……お前、は」

 

 その言葉を最後に少女は軽やかな足取りで私の前から去っていく。

 

「──お前は、なんなんだ?」

 

 か細く、それでも絞り出した私の問いに少女はまるで花咲くような笑みを浮かべ振り向いた。そして、一言だけ返答した。

 

「──狐坂ワカモ」




 なめるなっメスブタァッ!!
 ぶっきらぼうで社会構造そのものを憎む不良の鉄兜で隠そうとも本当は家族が大好きで温かな日常を守りたいだけのただの少女なんだろう?
 そんなんだから自らの破壊衝動以外に感情表現や快楽を得られない真正の本物の狂人で哀しき怪物(モンスター)と出会っただけでビビり散らかすことになるんだ。
 この狂人に人の心を取り戻させたというか破壊衝動以外の感情を植え付けた偉大なる人物がいるんですよね。

 すげぇよ先生は……。
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