キヴォトスでちょっとエッチな精子脳男子をヤってみた話(旧題『カヤ虐曇らせモノ』)   作:ニーガタの英霊

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キリンがくる

 キヴォトスの人間の肉体は非常に優れていると言える。

 

 (おおよ)その人間は優れたスポーツ選手程度であるが、一部の飛び抜けた神秘を持つ生徒は外壁を垂直に走ったり、100kgもある重量を振り回したり、銃弾では傷つかない外皮や銃弾の威力を底上げすることもできる。

 車にはねられた程度で意識は落ちないし、傷がついたとしても一週間足らずで全快し、視覚やら感覚器官も発達しているのか3.0を容易に超える視力だったり、警察犬顔負けの嗅覚だったり拡張器官でもあるのかという者もある。

 

 理不尽だと、そう感じたことは一度や二度ではない。

 前原イサクにはそんな特殊能力なんてものはない。

 

 身長180㎝後半、体重も90㎏少々。ベンチプレスは150㎏は挙げられるし100mは11秒フラット、5000mは22分ちょい。

 それでもこのキヴォトスにおいては下から数えた方が早いほどに、彼の肉体は脆弱であった。

 

 それを憂いたこともある。それでも鍛えるという行為を止めなかったのは、怖かったからだった。

 誰も彼もが自身を致命傷に出来る武器を持ち、死が遠いために危機感がなく引き金も軽い。

 爆発寸前の爆弾が、どこに埋まっているのかわからない地雷が、そこらかしこにあるのと変わらない日常。

 

 キヴォトスはイサクにとってあまりにも生きづらかった。

 だがそれが、自身の死を許容する理由にはならない。

 生きることを、生き抜くことを……前原イサクは諦めなかった。

 

 この困難な人生に、このクソみたいな世界に負けたくなかった。

 

 

 

 ──黒いトレンチコートが、宙を舞う。

 

「ハァ──」

 

 右手を前に、左手を胸元に。柔道における基本姿勢を構え、残心を維持する。

 口にハンドガンの銃身を咥え、口元からよだれが垂れるのを気にしたそぶりもなく、極度の集中の最中にイサクはいた。

 

 投げ飛ばされた二丁拳銃は、空中で宙を舞いながらトレンチコートの裾から銃弾を発砲する。

 銃器を隠しながらトレンチコートの一部を破くように放たれた弾丸でありながら、その動きをあらかじめ予測していたイサクは足元の位置を横幅に広げ、回避する。

 

「へぇ──!」

 

 口元をゆがめ、二丁拳銃は喜悦を浮かべながら空いた左腕で地面に手をつき、その反動を使いもう一段階身体を跳ね上がらせる。その際にもう一発、今度は肩口に狙いを定めた弾丸は姿勢を屈め、こちらに迫りくるイサクによけられる。

 

((──化け物がっ!))

 

 片方は喜々として、片方は鬱々として同じことばを心中で叫ぶ。

 

 ──イカれた反射神経と思考の速さかね、判断力から行動に至るまでのプロセスにまったく淀みがない。それに戦闘IQが高い。立ち位置、間合い、型の多彩さ、何より組み立てが上手えもんらて!!

 

 ──投げ技で吹っ飛ばしたにも関わらず、空中で回転しながら受け身を取らずに体勢を立て直しやがった……! 普通突き指すんだろ、あんな無茶な動きしたらよぉ!!

 

 厄介な敵だと、双方はここまでの撃ち合いと立ち回りで把握している。

 

 ──上手い手合いだ……、と二丁拳銃もイサクも相手を評価する。

 

 キヴォトスの人間の肉体は非常に優れていると言える。

 先に述べた通り、生中な傷では傷つけることすらできないのがヘイローという神秘を身に宿す少女たちである。

 だからこそ、イサクは相手の優れている面では決して戦わない。

 

 人の形をしているからこそ、対人技術を磨いてきた。

 型をその身に刷り込ませ、人体の術理を理解する。そのうえで人の肉体をしているからこそ、窒息や血流の動き、人体急所を徹底的に攻める戦いで対応してきた。

 

 優れた肉体を持つからこそ。大抵の相手をごり押しで倒せるからこそ。キヴォトスにおいて格闘術といった技術を身に着ける生徒はまずいない。

 

 ──目の前の二丁拳銃(山海経最強)を除いて。

 

()いて! ()いて! おめぇさんに会えただけで山海経を出た甲斐があるもんらて!!」

「確かに俺は学園のアイドルで美少女セーラー戦士だが、生憎好みはもうちょい貞淑な娘なんだ。少なくとも二丁拳銃を振り回して防火扉を壊すような少女は勘弁願いてぇもんだ」

 

 ひしゃげた防火扉に外壁が崩れ、鉄筋がみえるほどに崩れたコンクリートの壁。

 

「安心するんらて、人の壊し方は慣れてる」

「そりゃいい、治療費はそっち持ちか?」

 

 瞬間、二丁拳銃は上半身を屈め、バネのように引き絞った下半身を崩れかけた外壁に向かって蹴りを打ち込む。

 散弾のように弾け飛んだコンクリートの破片が、弾幕となってイサクを襲うが、細かい破片には気を止めず、比較的大きく行動の制限になりかねないものを取捨選択して避ける。

 

 破片が腕に突き刺さり、頬を尖った石が擦れても、その視線はまったくもって二丁拳銃の一挙手一投足を逃さないとばかりに見つめる。

 

「手足の一本や二本、顔を潰したところで恨むんのは無しらて!!」

「それでお前を寝かせられるなら、安い買い物だ」

「へっ! 言うじゃねぇか!!」

 

 ──嗚呼、楽しいなぁ。二丁拳銃はイサクの情熱的な返しに口角を吊り上げる。

 

 装填は明確な弱点になる。

 自身(二丁拳銃)相手(前原イサク)の共通認識であるが故に、つかず離れずの距離を維持する。

 

 イサクの持つ第3号ヴァルキューレ制式拳銃の射程距離は20mから50m、装填弾数五発である。

 それに対して二丁拳銃の持つ回転式拳銃は古い型であるものの、装填数は6発でそれが二丁。銃身が長く、安定した飛距離と狙いが定められることと、二丁拳銃本人の腕を鑑みれば100mの距離から正確に狙いをつけられても不思議ではない。

 

(──早打ち(クイックドロウ)なら負けない。問題は急所を外して撃つことだ)

 

 殺したいわけではない。銃弾一発が致命になりえるのが前原イサクだからこそ、対人戦闘に優れた二丁拳銃が選ばれたのだ。

 胴体、頭部、太もも。人体に重要な臓器であったり太い血管が詰まっているここを撃つのは非常に危険になる。

 故に、狙うのであれば四肢。足を潰せば機動力が、腕を撃つのなら肩口を撃って腕そのものを使えなくすればいい。

 

 ──0.1秒。それさえあれば問題はない。

 

 その隙さえあれば、二丁拳銃は前原イサクを制圧できる。

 

 だからイサクはその隙を明確に潰す。

 互いの距離は1mに満たない超至近距離(クロスレンジ)

 

 圧倒的に有利な筈の二丁拳銃が距離を詰められ、不利な筈のイサクが迫る。

 それはキヴォトスの常識では考えられない状況であった。

 

 身体能力はイサクが劣る。

 耐久力においてもイサクが劣る。

 神秘においては比べ物にはならない。

 

 ただ、唯一体格だけはイサクのほうが有利であった。

 

 近接攻撃におけるリーチは覆せない。

 またいかに小回りが利く回転式拳銃といえども、イサクの持つ第3号ヴァルキューレ制式拳銃ほど小回りが利くものではない。

 

 二人の戦いは銃撃戦には程遠い無手による格闘戦へと移行していた。

 手を伸ばすイサクと、その手をいなす二丁拳銃。

 投げ技を主体とした武術──柔道の卓越したイサクの業は衣類を少しでも掴むことに成功すれば、そこから投げの動きに移行する。

 身体の重心を崩され、受け身に失敗すれば訪れるのはそのまま締め技に移行されて拘束される未来だ。

 

 投げに合わせて距離を取ったとしても、体勢も整わずに撃ったところで回避されるのは先ほどの動きで十分理解できている。

 

 二つの拳銃(風伯・雨師)の残弾数は合計で8発。

 余裕だ。おれならもう二度と外さない。

 

 狩るか狩られるか。敵を一方的に追い詰めるわけでもなく、淡々と処理するのでもなく。

 己のすべてを以て、相手のすべてを打ち倒す。

 これのなんと素晴らしいことだろう。

 

 なんてことはない。暴力だけが、二丁拳銃の存在を肯定してくれたから。

 相手は誰だってよかった。でも暴力を振るうのであれば大手を振って振るう方が一番いいと思ったのだ。

 玄龍門の執行部隊に入ってのはただそれが理由だった。

 

 叩きのめして、打ちのめして、力を示して。

 

 戦えば戦うほど、虐げれば虐げるほど、勝利し続けるほど敵が増えてきた。

 この首を狙って、あるいは居場所を奪われた恨みによって、はたまた山海経最強の名前を討ち取らんという名誉を欲して、何人も、何度も戦い続けた。

 

 二丁拳銃は幸せだった。

 

 ……いつからだろう、戦いに飽いてきたのは。

 名前を聞くだけで周囲が恐れ、歯向かう者が居なくなったからだろうか。

 

 ……いつからだろう、渇いてきたのは。

 ひりつくような戦いはなく、ただ敵を圧倒して排除する職務の義務だけを遂行するだけになり始めたのは。

 

 ……いつからだろう、飢えてきたのは。

 敵を求めていた。自身の暴力のよりどころを求めていた。

 

 ぽっかりと、心に穴が開いてしまったかのような。唯々空虚な日々。

 平和な場所に、二丁拳銃の居場所はなかった。

 

 だから、彼女は自治区を飛び出した。

 井の中の蛙であってもよかった。自身より強い暴力に晒されて打ちのめされたとしても構わなかった。

 暴力の中に生きて、暴力の中で終わるのであれば、二丁拳銃は満足だったからだ。

 

「──感謝するぜ、教授……おめぇさん(前原イサク)と出会えたこの奇跡を!!」

 

 叫び出したいのだ、この出会いに。

 感謝したいのだ、この闘争に。

 謳い出したいのだ、このひりつくような一瞬の刹那を!!

 

 この場所が、この(とき)が、この瞬間が。

 二丁拳銃が何より待ち望んだ世界(出会い)だから。

 

 ──おれは見てるて、イサク。だすけ、おめぇさんもおれを見るんらて!!

 

 二丁拳銃は狂人の部類だろう。まともな感性はなく、戦いの中でしか生の実感を感じることが出来ない。

 外れ者で、孤独な戦闘狂。この戦いに対する想いとて一方的なものでしかないだろう。

 

 だがそんなことは知ったことじゃない。

 

 これが二丁拳銃なのだ。これがおれなんだ。と、胸を張って突き進む。

 恥も外見も、地位も立場も、良心すらも投げ捨ててそうやって手に入れたものなんだ。

 止めたければ力づくで止めればいい、矯正局に送り込みたきゃ手足をふん縛ってブチこみゃいい!!

 

 ──誰にも譲るものか、この舞台(戦場)主役の座(メインキャスト)はおれの物だっ!!

 

 運命という物があるとしたら。それはきっと、この瞬間(とき)を言うのだろう。

 

 両手を思い切り振り下ろす。

 その姿を見てイサクは抜き手の形で二丁拳銃の袖元に触れんとする。

 

 その判断は正しい、二丁拳銃は勝負を焦り拳銃に手を掛けようとした──そう思うだろう。

 

「コッ──」

 

 だから頼むて、イサク。この程度で死んでくれるな、と。

 二丁拳銃は喉奥を特殊な呼吸法を以て鳴らす。

 

「──ッ!?」

 

 気づいたところで、もう遅い。

 イサクの突きだされた右腕を、おれは頭の上まで左腕で跳ね上げる。

 

 ──ほぉら、身体ががら空きだ。

 

 二丁拳銃には大した神秘などの補正はない。

 外壁を垂直には走れないし、普通の拳銃の弾に当たれば痛いし、外傷に対する再生力が優れているわけでもない。

 それでもなお、二丁拳銃が山海経で最強と呼ばれたのは、ただ一つ。

 

 誰よりも強さに対してひたむきだったからだ。

 

 堅い地面を強く踏みしめられ、全身の筋肉がまるで発条(ばね)のように躍動し、その右腕にすべての力が伝えられる。

 

 それは、まさしく手榴弾に例えられる爆撃の一撃。

 

 形意拳の最もスタンダードな型である五行拳の型の一つ。攻防一体の一撃『炮拳』である。

 

「ガボッ──」

 

 胃液がせり上がり、肺から空気が強制的に吐き出され、イサクの脇腹に拳がめり込む。

 ベキリ、と明らかに肋骨が粉砕される音が響き、口に咥えられた拳銃は重力に沿って自由落下する。

 

 究めた拳の一撃は達人の槍の突きと相違ない破壊力を持つ。イサクにとってみれば脇腹を抉られたのと同等の衝撃が襲っていてもおかしくはない。

 

 呼吸はままならず、痛みは想像を絶し、肉体の損傷(ダメージ)は無視できないほどで明らかに今後の動きに影響が出るレベルだ。

 

 ──嗚呼、それでも……それでも、この男(イサク)の瞳はまだ死んでいない。

 

 それが、男が諦める理由にはならない。

 

 だれがこの男を笑えるだろう。

 だれがこの男の姿を無様と罵れるだろう。

 だれがこの男の精神(こころ)を蔑むというのだろう。

 

 いくら打たれたとしても、折れず、曲がれず、砕けない。

 端倪すべからざる鋼の意思。驚嘆すべきその鉄の(こころ)

 

 ──『鉄人』。

 

 そう称する他にこの男を表す言葉などないだろう。

 

「嗚呼……」

 

 その歪んだ表情に、その食いしばった口に、その青く輝く瞳に。

 二丁拳銃は見とれてしまった。

 

 ──まだだ、とその瞳はいまだ翳りを見せず、闘志の炎は燻ることなく爛々と燃え盛る。

 

 イサクの左手には、二丁拳銃から奪い取った回転式拳銃が握られていた。

 

 転んでもただじゃあ起きない。

 全力を尽くして、そしてなおその先をゆく。

 

 なんと、素晴らしいのだろう。

 なんと、雄々しいのだろう。

 なんと、美しいのだろう。

 

 ひどく、胸が高鳴る。

 頬が紅潮し、その一挙手一投足に目が離せない。

 

 イサク、おめぇさんは次は何をしてくれるんだ。次は、どんなことを見せてくれるんだ。

 

 見たいんだ、おめぇさんの全力を。そしてその先の限界を超えたその姿を。

 

 ──そのうえで、おれはおめぇさんを超える。

 

 今なら、想うのだ。

 『二丁拳銃』の今までの研鑽と、人生のすべては前原イサクと出会うために会ったのだと……!!

 

 今までの無礼を詫びよう。

 細かいことを考えるのは辞めだ。

 

 この男を倒すのに、生け捕りなんて考えは失礼だ。

 

 ──悪ぃな、教授……。

 

 この男を殺そう。

 おれの全力の殺意を以て、技術の粋を以て、すべてを以て──前原イサクを殺す。

 

 人は死んだら蘇らない。

 死んだら、二度と戻ってこない。

 頑丈な肉体を持つ学生にとって暴力とはじゃれあいに近く、死は遠い存在だ。

 

 だからこそ、全生徒は死を忌避する。キヴォトスで死は重罪であり、根源的な『恐怖(テラー)』をもたらすから。

 

 二丁拳銃の光輪(ヘイロー)が軋みをあげる。知ったことか。

 

 感情の忌避を、肉体の忌避を、テクスチャのエラーが起ころうともそんなもので二丁拳銃は止められない。

 

 未来のことなんて知らない。常識も理性も全部置いていこう。

 

 これは矜持と尊厳と──なにより、愛の話だ。

 

 一瞬の幻想と人は揶揄するかもしれない。感情のエラーだと笑うかもしれない。

 誰かにとっての無意味な行動で、失うばかりの行為と言われようが構わない。

 

 二丁拳銃は今、この瞬間こそがすべてであるのだから。

 

 だってそうだろう。こんなに胸を熱くさせることがあるか? こんなにも感情をコントロールできないことがあるか?

 今、ここが。この瞬間こそが、二丁拳銃が望んだ互いの全力とすべてを賭けた闘争他ならないのだから。

 

 左腕の位置はレッグホルスターから遠く離れた頭上にあり、イサクの指は引き金に手を添えている状況。

 引き金を軽く(フェザータッチに)した回転式拳銃の速さには間に合わない。──なれば。

 

「──シッ……!」

 

 選択はさらに一歩強く踏み込む追撃の構え。

 

 狙いは水月(鳩尾)。心臓を貫き、破裂させて殺す。

 

 半歩、足を前に出し、踏み込みの力を前身の筋肉に伝える。

 足から腰に、腰から背に、背から腕に、腕から拳の先に。

 

 ──半歩崩拳、あまねく天下を打つ。

 

 放たれる二発の弾丸。一発は二丁拳銃の頬を掠めて遥か後方へ、もう一発は右目の眼球に向かって真っすぐに放たれる。

 

 ──怯まねぇて、今更そんなものでッ!!

 

 眼球に弾丸が当たり、強烈な痛覚が襲い、神経を痺れさせるが如き衝撃を受けようとも攻撃の手は一切緩めない。

 

 ──ぐちゃり、と。水分を多く含んだ液体の混じった不快な潰れた音が、二丁拳銃の左手の感触から伝わる。

 

「い゛っだだろゔ」

 

 鼻が詰まってるような、ダミ声でイサクは呟く。

 

「安い゛買い゛物だっでなあ゛──っ!!」

 

 

 拳に力が乗る直前、イサクは顔面を突き出して拳の打点をずらして威力を殺した。

 一歩進んだつもりで、イサクは二丁拳銃の想定のさらに一歩を進んでいた。

 

 ──すごい。

 

 この男はすごい男だ。本当にすごい。

 感動に打ち震えるほどに、涙が出そうなぐらいに驚嘆の感情でいっぱいだった。

 

 鼻が潰れて、鮮血が辺り一面に飛び散って……お世辞にも綺麗とは言えない姿になってでも、この男は最善をつかみ取った。

 

 ──崩拳、不発(あたらず)

 

 ミシミシ、と鼻骨が削れる音を響かせながらイサクは前傾となった二丁拳銃の力を利用してトレンチコートの左袖の付け根を掴む。自身の骨盤に相手の足が添えられ、軸となり、重心を保てずになすがままとなってしまう。

 視界がぐるりと反転し、身体が空中に投げ出される。

 

 ──巴投。柔道における投げ技の一つであり真捨身技とも呼ばれる術義の一つ。

 

 左耳の傍を銃弾が二発撃たれ、聴覚が麻痺している中で二丁拳銃は己の失策を理解する。

 カウンターをカウンターで返され、状況をひっくり返された。

 

 ──まだだ。

 

 戦術的な失策だったろう。誘い込んだつもりが誘い込まれて二丁のうち一丁を奪われた。

 残り弾数は左腰に残った回転式拳銃(雨師)の四発。

 

 ──認めよう、同格ではなかった。

 

 おそらくイサクが弾いた弾丸の一つがたまたま命中したのだろう。

 パラパラと天井にあるスプリンクラーが誤作動を起こし、起動され、二丁拳銃の肌を濡らす。

 

 ──前原イサクはおれより強い、と。

 

 投げ出された場所を見返すと、そこにイサクの姿はなく。通路の先の十字路に白い煙幕が敷かれている。

 

「消火器か……!」

 

 おそらく、煙幕の原因は粉末消火器の破裂。

 組み合ったタイミングで二発も弾丸を撃ったのは消火器に弾丸を当ててわざと破裂させるため。

 

 イサクはどうなった、逃げたか? それとも奇襲の機会を狙っている? どう動く?

 

 一瞬の逡巡。あらゆる可能性を踏まえ、二丁拳銃の凡庸な頭はゆっくりと立ち上がり、水にぬれて不快になったトレンチコートを脱ぐ。

 

 黒いインナー一枚でうっすらと鍛え上げられた腹筋が透けて見える薄着で二丁拳銃は左手をレッグホルダーに添える。

 頭上から被った水が雫となって垂れようが、彼女の視線は十字路の先を瞬きすることなく見つめていた。

 

 十数秒もすれば煙は霧散する。特にこのスプリンクラーだ、粉末が水を吸って固形化することも踏まえれば煙幕による目隠しなんてものは意味をなさない。あの煙幕の中にわざわざ入るなんて下策はあり得ない。

 

 逃げるには十分な時間稼ぎであることは確かであるが、ここまで足止めを請け負っていたイサクが逃げるとは思えない。そもそも、二丁拳銃の危険性を十二分に理解しているがうえに、イサクは必ず、彼女を仕留めずにはいられない。イサクの勝利条件に二丁拳銃の無力化は絶対だ。

 

 だから、あの男は必ず来る。

 絶対に来るのだ。

 

 前原イサクのことは、伝聞である程度は知っている。

 曰く、連邦生徒会における異端児ともいえるこの男は最初にいた人材資源室に回されるものの、出身校とのパイプの強さと影響力を懸念されて、門外漢の防衛室のしかも連邦生徒会の首席行政官がごり押ししているSRT特殊学園の広報官という厄介な地位につけられた男という話であった。

 

 その評価がひっくり返ったのが、ほんの数週間前。あの『鉄兜(ヴィルヘルム)』の逮捕収監の全権指揮だ。

 同時多発的に発生するはずであった、D.U.の主要大手企業を襲撃するはずだった前代未聞のテロ事件を発生直前に消火した連邦生徒会の火消し役。

 

 いけすかねぇ頭のいい男なんだろうなと思っていた。

 だが、それは少し違った。

 

 前原イサクは弱かった。きっと誰よりも弱かった。

 だからこそ、前原イサクは誰よりも強くなれた人間なのだと。

 

 足るを知り、弱さを知り、どれほど血反吐を吐いただろう。この一瞬の出来事とて、彼にとっては今までの苦痛の一部でしかあるまい。

 

 弱い人間の苦しみが誰よりも理解できたからこそ、彼はきっと秩序を守る側に立ったのだろう。

 

 ──それでも妾は、この山海経を愛おしく思っておるのじゃ。

 

 一人だけ、随分と窮屈そうな後輩を思い出した。

 あんな保守的で、息が詰まりそうな玄龍門(井戸の底)で。それでもと宣う小柄な後輩が居た。

 

 どんな困難があろうとも、あの娘はそれでもというのだろう。

 どんな苦痛があろうとも、あの娘は責任を果たさんとするのだろう。

 自縛の中であっても、批判の最中に晒されようと、それでも多くのものが良しとする未来のために身を投げ出せるのだろう。

 

 人にとってより良き未来と偉大なる繁栄をもたらすモノ、人はそれを瑞獣(ずいじゅう)と言うのだ。

 

 二丁拳銃が龍のごとき瑞獣と定めた少女と前原イサクが重なって見えた。

 尤も、前原イサクは龍と言うより、麒麟(きりん)と称すべき存在であろう。

 

 初めから強かった。二丁拳銃は持っている側の人間だった。

 だからこそ、その持っているものをさらに磨いた。

 

 持たざる者(無能の努力家)の前原イサクと最初から持っていた者(天稟の才能)の二丁拳銃。

 

「来いて、イサク。おめぇさんを殺せば、おれはもっと強くなれる」

 

 たとえ、これが破滅の一歩だとしても、誰からも理解されない非道だとしても。

 二丁拳銃は、この戦いを誇って死ねるだろう。

 

 ──瞬間、風の匂いが変わった。

 

 煙幕の中から飛び出したのは人ではなく、何かの丸めた物体。

 

 ──弾幕か、今更そんなものっ!?

 

 弾幕とは、多数の銃弾を一斉に発射して弾丸の幕を作ることではなく。

 投擲によって相手の視覚の注意を背ける牽制の業の一つである。

 

 空いた右手で、弾幕を弾き、ベチャリとした不快な感触でそれに気づいた。

 玉のように丸められたその弾幕は、スプリンクラーで盛大に濡らしたSRT特殊学園の正式制服。

 おまけに、それについているのはべた付いた粉末消火器の粉が水が合わさった白い泥のようになり、飛沫とともに、顔にかかる。

 

「ッ──!!」

 

 飛沫から目を守らなければならない。弾丸の一撃をモロに食らった右目はいまだ視覚が回復しておらず、左目に飛沫が当たれば、その時点でほぼ負けが決まる。

 

「嘗めッ、るなァッ──!!!!」

 

 知ったことかそんなこと。

 たとえ耳が潰れてようが、目がつぶれようが、それはおれが勝負を降りる理由にはならない。

 

 一歩、足を前に踏み出す。

 飛沫からよけるためというのもあるだろう。

 それ以上に全神経を集中させて感覚を研ぎ澄ませる。

 

 成長しろ、今この瞬間。おれは今までの俺を超える。

 肌に感じる風の感覚を、視界に映る煙の動きを、人が動く僅かな動きの音を。

 

 ──心臓一発、穿ち抜けばおれの勝ちだ。

 

 それだけでいい。ただ、それだけでいいのだ。

 

 飛沫の影が一瞬、視界を隠し。再び世界が開けた瞬間、男が現れる。

 

 ──あばよ、麒麟児ィ!!

 

 時に、人には生存本能という物が備わっていることをご存じだろうか。

 火事場の馬鹿力と言われるアドレナリンの過剰分泌による血圧の上昇効果がこれに挙げられる。

 

 前原イサクはこれまで、殺意の応酬という高負荷なストレス環境下に置かれながら戦ってきた。

 当然、興奮作用というのは性的な興奮を呼び起こすわけであり……煙幕の中を出てきたイサクは自分の来ていた衣服を弾幕に使った結果、全裸(すっぽんぽん)という状態であった。

 

 つまり、必然……見えてしまう。

 

 ──いきり立った股間のキリンがくる。

 

「フルチンマンだオ゛ラ゛ァ゛──!!」

 

 二丁拳銃は、見た目が半グレみたいなチンピラの様相であるが、年齢はイサクよりも一歳ほど年上の年ごろの学生である。

 当然女性として男性に対して興味はあれど、女学生ばかりのキヴォトスという環境においては当然のように大多数なのである。……純粋培養の箱入り少女というものが。

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!??」

 

 動揺、混乱、羞恥。

 そのすべてが一気に襲い掛かり、二丁拳銃は真っ赤な顔になって今までの冷静な思考がすべて吹き飛ぶ。

 当然、そうなってしまえば。フェザータッチに加工された繊細な拳銃操作には致命的な隙となる。

 

 一発、イサクを狙っていた弾丸は心臓から逸れ、左の肩口に着弾。筋繊維えぐり、激痛と腕に麻痺を伝えるが今のイサクにとっては動くだけで十分だ。

 イサクを即死させることが二丁拳銃の唯一の勝利条件だったのだ。それが外れた今、目の前の男は容赦の二文字はなく確実に詰めてくる。

 

 右腕で、首に衝撃を加えるラリアット──そんな程度のものではない。

 首を打ち据えた衝撃をそのまま自分の身体で受け止めるように二丁拳銃の身体を半回転させ、首を締め上げる形を取る。

 

「ごっ、ガァッ──」

 

 打撃も銃撃も、キヴォトスの住人にとっては致命傷にはならない。

 だが、生存するために備わる生理現象に関してはイサクとそう変わらない。

 

 酸素供給のための呼吸や血液の循環もその一つだ。

 

 首を絞められ、呼吸器が酸素を求めて身体が暴れ出す。首元にある静動脈から脳に送られる血液が締め上げられ、思考が徐々にぼんやりとしたものになる。

 

 ──い、嫌だっ! こんな、こんなっ…負け方っ!! ……嫌だっ!!!!

 

 たった一瞬の隙を突かれてなんて、しかも男の初めて見る男性器に驚いて締め堕とされるなんてもの。負けるにしても恥ずかしすぎる。

 

 尋常な果し合いなら、全力の殺し合いなら、二丁拳銃は敗北しようとも満足できただろう。

 しかし、この負け方は二丁拳銃の考える理想から理外を超えていた。

 

 二丁拳銃の持つ、回転式拳銃が火を噴く。自身の締め上げられている前原イサクの右腕に残りの残弾すべてを撃ちこみ、意識ある限り足掻く。しかし──。

 

「離ざねぇよ゛。俺はごの手をぜっでぇ離ざねぇ……!」

 

 弾丸を撃ちこまれようが、傷口に拳銃の銃床で何度も傷を抉られようが、前原イサクは二丁拳銃が堕ちるまでその腕を離さない。

 

「……ッ! ──ゥッ!!?」

「言っだだろゔ……手足の一、二本『お前を寝がぜられるなら(・・・・・・・・・・・)安い買い物だ(・・・・・・)』」

 

 口をパクパクと酸素を求めながら、二丁拳銃は意識が徐々にぼんやりとしていく。思考がままならず、だんだんと気持ちよさすら感じてしまう低酸素状態でやがてその四肢すら力が思うように込められなくなり、だらんと脱力する。

 

 ──負け、たく……ない。お、れ…は……ま…だ……負け…………。

 

 堕ちる直前まで闘志を絶やさなかった少女、二丁拳銃と前原イサクの決着はイサクの勝利で幕を閉じた。







 ちゃうねん。
 ちゃうんや、わしはブルアカの二次創作を書いてたんや……。
 なんで原作に一ミリも存在しないオリキャラ同士が銃撃戦捨てて格闘戦(柔道VS中国拳法)してて、それを一万字も読ませられるんやとか。その気持ちはすごいわかるんや。
 でもまぁ、こういう作品やから許して欲しいんや。
 単に主人公をボコボコにしたかった気持ちがないとは言わんよ。鼻とか物理的に折りたいとか現段階で致命傷だから過去編ならボロボロにできるなとか思わなかったということもないことは確かやよ。
 でもキヴォトスで生きるって言うことはこういうことやから仕方ないんや。
 衣類を靴下と革靴以外すべて失い、あばらが折れて肋骨が肺に刺さってるし、右腕は銃創が三発ついてて、傷口を銃床でえぐられてて、左肩は筋繊維がズタズタで腕が上がらへんし、顔面は鼻が潰れてて鼻骨が折れてるからすぐに病院行った方がええけど、もうちょっと過去編は続くんや。
 これからSRTとD.U一般市民を焼かないといけないから。本来は三話ぐらいで終わるやろ! と気楽に考えてたのに戦闘の一場面終わるためにどんだけ字数使ってるんだよって話やからな。本当に申し訳ないと思ってる。
 でもカスみてぇな悪役書くの楽しいです。戦士として戦って敗北したかった奴に対して心の奥底に眠っていた乙女なところを呼び起こさせて敗北させるのは快感なんだ。本人にとっては曇らせなんやけどカスやから晴らす必要はないんや。


 二丁拳銃は所持している神秘は並みぐらいやけど、その代わり戦闘技術と戦闘IQ。そしてカラテとして形意拳を極めることで学園最強に上り詰めたタイプや。
 イメージとしてはヒナ、ネル、ツルギといった三大高の最強キャラには及ばなくてもミカやシロコ、C&Cといった学園の準最強格とか明確な強者枠とは同格以上の戦いが出来る感じで書きました。少なくとも、過去編においてはワカモと同格に語られる不良生徒であることは確かです。
 特に部隊同士での戦闘よりも一対一(タイマン)で能力を発揮するタイプなので、イサクさんがボロボロになるのも当然なんや。むしろ初見であることと、戦場がSRT特殊学園内(ホーム)で構造を知っていたからギリ勝てたレベルです。もう二度と出てきません(使い捨てモブキャラです)
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