キヴォトスでちょっとエッチな精子脳男子をヤってみた話(旧題『カヤ虐曇らせモノ』)   作:ニーガタの英霊

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本当にカッコいいよ…先生……

「良い奴だとは思うよ、おじさんは嫌いだけどね」

 

 前原イサクという生徒を始めて認識したのはホシノの他愛もない愚痴からだった。

 

 先の防衛室長。『秩序と規律の申し子』『鉄人』なんていう言葉に飾り立てられた一人の少年は私がこのキヴォトスに来る前にその姿を消していたらしい。

 

「前原イサク前防衛室長ですか……、真面目な人ではありましたよ、職務を滞らせたことはありませんでしたから」

 

 連邦生徒会長代行のリンちゃんは伏し目がちにそう答えた。

 

「知っています。トリニティの学区内において私が一番、彼について知っていると自負があります」

 

 ティーパーティーのテラスでナギサは謹厳として私に告げた。そして同時に助言した。

 

「ですが──最も詳しいのはイサクさんの右腕と呼ばれた現防衛室長の不知火カヤさんでしょうね」

 

 連邦生徒会防衛室。キヴォトスの行政権を担う連邦生徒会における十二の部局のうち軍事作戦や治安維持を主に担当する部門であり、カヤはその長にあたると言う。

 

「初めまして、先生。連邦生徒会防衛室長不知火カヤです。本日はどのようなご用向きで?」

 

 カヤは努めてにこやかな笑みを浮かべた少女だった。

 桃色の髪を後頭部で纏め、連邦生徒会の制服に身を包み白い手袋と胸元にはロケットペンダントを付けていた。

 

「"イサクについて教えてもらいたいんだ"」

 

 ほんの少しの違和感、私がそう問いを投げかけた時、一瞬だけカヤの雰囲気が変わったようなそんな気がした。

 けれど彼女を見ればにこやかな笑みを浮かべる様子で少し困惑するような素振りを見せる。

 

「イサクさんのことですか……。うーん、そうですねぇ」

 

 暫し思考を逡巡させるかのように数秒ほど沈黙が場を支配する。再び口を開いたのはカヤだった。

 

「質問を質問で返すようで気が引けますが……なぜイサクさんのことを聞きたいのですか?」

 

 訝しげに、それでいて笑みを崩さずカヤは問いを投げかける。

 それはカヤにとって信頼に値するかの問いであり、ある種の挑戦なのだろう。

 

「"──知るべきだと思ったんだ。他でもない、私がイサクのことを理解しなきゃならないと思ったんだ"」

 

 だからこそ、私は本音で答える。

 子供に向き合う大人として本気には本気で答えるのが大人としてのあるべき姿であるから。

 

「"私は、彼の先生だからね"」

「……そうですか」

 

 カヤは人差し指で頰に指を添えながら、呆れとも困惑ともとれる素振りで私を観察する。

 

「トルドハイム農業高専。三大自治区と呼ばれるゲヘナ、トリニティ、ミレニアムには及びませんが広大な敷地面積と農業、畜産、酪農など第一次産業分野におけるキヴォトスへの大きな影響力を持つ農業専門学校。イサクさんはそこの自治区の出身でした」

 

 明朗とカヤは語る。

 一年中雪に覆われたレッドウィンターの下流にあるキヴォトスでは郊外にあたる辺土の高校。

 三大高と呼ばれるそれらには及ばないまでも主に自然科学分野においてはキヴォトスでは高い評価と実績があり、食糧生産においてゲヘナ学園や百鬼夜行連合学院とも深いつながりを持っていたとされる。

 

「現在は、閉校の状況です」

「"閉校?"」

「はい、厳密に言うなればトルドハイムはゲヘナ学園給食部、百鬼夜行連合学院の百花繚乱紛争調停委員会、山海経高級中学校の玄武商会を除きその販路と交易を遮断している状況です」

「"つまり、実質的に鎖国ってことかな"」

 

 カヤは頷く。

 

「元々閉鎖的な校風の自治区でしたが、イサクさんの影響もあり農専を運営するトルドハイム勧農組合は連邦生徒会に非常に協力的でした。連邦生徒会並びにSRT特殊学園、ヴァルキューレ警察学校の台所を一手に引き受ける程度には」

「"今は違うのかい?"」

 

 カヤは首を横に振り額に指を当てながら深くため息をつく。

 

「連邦生徒会は裏切り者なのです。少なくともトルドハイムにとっては」

「"裏切り者……穏やかじゃない言葉だね"」

「致し方ありません、彼女たちにとって私たちはイサクさんを酷使した結果死に追いやった輩なのですから」

「"──ちょっと待って"」

 

 カヤは不思議そうに首を傾げる。彼女からしたらなにか不思議なことを言ったのだろうかという雰囲気だが、私にとっては到底見過ごせない言葉だった。

 

「"──死に追いやった、ってどういう事かな?"」

 

 イサクはキヴォトスにおいて失踪したとされている。

 連邦生徒会の公式発表でも遭難事件の現場とされているトリニティでも同じ見解をあげていた。

 

「──ああ、なるほど。そういえば先生は知らないのですね」

 

 カヤは理解したかのように呟くと、口元の笑みを浮かべたまま、その細い目をゆっくりと開く。

 虹彩のない暗い瞳が私を貫くように見つめていた。

 

「イサクさんは、既に死んでるのですよ」

 

 呼吸が止まる。

 それほどまでに衝撃的な言葉だった。

 だがそんな私の状況を知ってか知らずか、カヤは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「遺体が上がってないことを理由に遭難事件というのは対外的な発表ですが、連邦生徒会とトリニティ上層部はイサクさんが亡くなっていることを知っていますよ。公然の秘密、というものですね」

「"……カヤは、信じてないの? イサクが生きてるかもしれないって"」

「……はい」

 

 私は、先生として未熟だと痛感した。

 カヤは笑みを浮かべたままだが、その心はきっと辛いのだろう。きっと胸が張り裂けそうなくらいに苦しいのだろう。

 

「先生、イサクさんは良い人だったんです。生きているのであれば何らかの連絡手段を取って来るでしょう。あの人はみんなに心配をかけたく無いでしょうから」

 

 それはイサクに対する全幅の信頼。

 

「イサクさんは誰かに裏切られたとしても、それこそ私が裏切るようなことがあったとしても……あの人は絶対に私達を裏切ることはないんです。だからこそ、私達はあの人が大好きだったんです」

「"そっか……"」

 

 イサクはすごい子だったんだろう。

 仲間に信頼される、人に愛される子だったんだろう。

 カヤの言葉の節々から話されるイサクはそれが良く伝わってくる。

 カヤにとって、イサクと過ごした日々はとても暖かい大切な思い出だということがよくわかる。

 

 だからこそ、痛ましい。

 大切な誰かとの離別、血よりも深い絆の喪失。

 子供が抱えるには重すぎるのだろう。イサクもカヤもきっとこんなことは望んではいなかった筈だ。

 

連邦生徒会長(超人)は去り、前原イサク(鉄人)は亡くなったのです。もう居ないんです。だから、私達は残された者としての役目を全うしなければならないんです」

 

 それは覚悟だった。それは意志だった。それは責務だった。

 

「守るべき価値があるものを、私は守らなければならないのですよ。先生」

 

 カヤの言葉を頭の中でなんども繰り返す。

 D.U.地区にあるその共同墓地は柵に囲まれ、敷地の管理人である教会の助祭の了承を得なければ入れない一種の聖域であった。

 立ち並ぶ墓の中に真新しい墓があった。

 

 『ISAKU MAEHARA』と書かれたそれは紛れもなく彼の墓であった。

 丁寧に拭き取られ、チリ一つない手入れの行き届いた墓所はそれだけで彼の人望を思わせる。

 

 間に合わなかった。

 

 そう、私は間に合わなかったんだ。

 

 もしも、私がこのキヴォトスに来るのがもう少し早ければ……。或いはイサクと会うことが出来ていれば。

 もしかしたら、何かできたのかもしれない。否、何かしてやれた筈なのだ。

 

 イサク、君はいったいどんな思いでエデン条約を進めようとしたのか。

 君はいったいどんな思いで戦っていたのか。

 

 ……。

 ………。

 

「……お待ちしておりました、ご無沙汰しております。先生」

 

 トリニティ総合学園のティーパーティーのテラスに彼女は居た。

 気品あるティーカップや茶菓子がティースタンドに並べられ笑みを浮かべながら着席を促す。

 

「あれからお変わりはありませんか? 合宿のほうはいかがでしょう、何か困ったことなどありませんでしたか?」

「"うん、お陰様でなんとか。ところで今日はどんな用事?"」

 

 エデン条約調印式まで幾ばくもない時期。

 私はしばしばこのようにナギサに招かれていた。

 二、三の他愛もない話をしながらナギサは真面目な表情で言葉を重ねる。

 

「もっと直接的に言いましょうか、『トリニティの裏切り者』はどなただと思いますか?」

 

 一つはティーパーティーから直々にお願いされた依頼である補習授業部の落第阻止のためのサポート。

 そしてもう一つ、それはエデン条約の阻止に暗躍するというトリニティの裏切り者を見つけ出すことだった。

 

「"……前と同じになるけど、私は私のやり方で対処するよ"」

「……そうでしたね、ただ第2次特別学力試験を目の前にしてあらためてそこを確認したかったのです」

 

 取り繕うように、ナギサは渋顔から一転して笑顔の仮面を被り直す。

 

「そこで、本日もこうしてお越しいただいたわけでして。……おそらくミカさんも接触して来ましたよね?」

 

 聖園ミカ──ティーパーティーの会長の一人。第2次特別学力試験が差し迫る中、補習授業部の合宿場に訪れた少女。

 

「ミカさんとなにをお話になったのか……よろしければ、教えていただきませんか?」

「"私は、誰かを疑うことに時間を費やすつもりは無いよ"」

 

 その言葉にナギサは少しだけ視線を鋭くさせる。

 

「"あの子たちの頑張りが報われるように最善を尽くすだけ"」

「……一度あらためて、説明してみましょうか?どうして彼女たちなのか?」

 

 そう言うとナギサは一つ一つ説明を行う。

 コハルは正義実現委員会に対する人質として、ハナコはかつて秀才と呼ばれていたにも関わらず成績を急激に落とした違和感を、アズサは転校生であり背景が不明瞭なことと学園内で様々な暴力事件を起こしていることにより。

 

「ヒフミさん、は……」

「"ナギサはヒフミのことを……"」

 

 ナギサはヒフミのことを特別に思っている。それはここまで彼女と対話する中でわかっていることだった。

 

「はい。そう、ですね。ヒフミさんへの想いは……かなり特別です。私はヒフミさんのことを、とても大切に思っています。私は、彼女のことを好いている……そのことは、間違いありません」

 

 それはナギサの本音なのだろう。

 心の底からの言葉なのだろう。ヒフミにたいして慈愛と優しさが籠もった瞳からもそれがよく分かる。

 

「ですが……あの子の正体が実は、恐ろしい犯罪集団のリーダーである、という情報がありました」

「"……"」

 

 どうしよう、否定できない……。

 

「こういったお話が、かえって一番怖いのです。信じていたからこそ、何かが見えなくなっている……先生、不知火カヤさんの話は聞きましたね?」

「"……イサクのことだね"」

 

 ナギサはティーカップに入っていた紅茶を傾けて落ち着けるように一息吐き出すと、神妙な面持ちで私に向き合った。

 

「──イサクさんは、信頼していた部下に裏切られて殺されました」

 

 イサクの死はナギサにとって重い枷になってしまった。

 

「心の中身など、証明できるものではありません。ヒフミさんの優しい心、礼儀正しいところ、優しいところ……それらを痛いほど知っていても、本音を知ることはできないのです」

 

 ナギサは、疑心暗鬼の闇の中にいる。

 

「当然です……どう足掻いたって私達は、所詮『他人』ですから」

「"……ナギサは本当にそれでいいの?"」

 

 良い訳がない。こんなことがあって良い訳がない。

 大切な友達を疑うなんてこと、そしてそれが二人を大きく傷つけることなら。

 私は大人としてそれを止めなくてはならない。

 

「……きっと良くはないのでしょうね」

「"だったら──"」

「それでも、エデン条約を成すためならば。私は喜んでこの地獄を進みます」

 

 私は気付いた。

 気付いてしまった。疑心暗鬼もあるだろう、恐怖もあるだろう。辛くて、疑いたくないそんな気持ちもあるのだろう。

 

「先生、私は……固く閉ざされた楽園の扉を開くための鍵になるんです。開錠されたあと使い物にならなくなったとしても、たった一度しか使われずに捨てられたとしても……私はその役目を喜んで受け入れましょう」

 

 ちがう、それは違うんだよナギサ。

 

「その果てに、私は私のせいで煉獄に叩き出された人たちに嬲られても構わないのです。それがトリニティ総合学園、ティーパーティーホスト桐藤ナギサの役割なのです」

 

 それはナギサの紛れもない覚悟の意志だった。

 

「私は、あの人(イサクさん)に誇れる私でありたいのです」

 

 それは本当にイサクが望むことだろうか。

 それは本当にナギサの為になることだろうか。

 それは本当に生徒の幸せに叶う方法だろうか。

 

「"……違う"」

「はい?」

「"それは違うよ、ナギサ。それじゃあ君は幸せになれないじゃないか……"」

 

 子供は誰だって、無条件に救われてなければならない。

 そして大人はそれを手助けする役目がある。

 

「"ナギサ、人は誰にだって幸せになれる権利があるんだ。君は君の幸せを捨てちゃいけない"」

「夢物語ですよ、先生。万人が幸せになれる結末なんてこの世界にはありませんよ」

「"それでも、幸福に手を伸ばし続けることを諦める理由にはならない"」

 

 だから、私は決意する。

 

「"必ず、君を救い出す。君を諦観という絶望から……"」

 

 子供が夢を見れない現実があるならそれをどうにかしてみせよう。

 それが、大人の責任だから。




 この先生がイサクさんと猥談したりプラモ片手にブンドドしたりする未来が有ったのかもしれない。
 まあ、そんなIFなんて知ったことではありませんね!
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