キヴォトスでちょっとエッチな精子脳男子をヤってみた話(旧題『カヤ虐曇らせモノ』)   作:ニーガタの英霊

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 哀しいサヨナラもあろうし、ときにはありがたくてせいせいするサヨナラもあろう。
 盛大な送別の宴にて賑やかにサヨナラする者もあれば、誰に見送られることもなく一人でサヨナラする者もある。
 長いサヨナラがあり、短いサヨナラがある。
 いったんサヨナラした者が、照れくさそうにひょっこり帰ってくるのはよくあることだ。
 そうかと思えば、短いサヨナラのように見せかけて、なかなか帰ってこぬ者もある。
 そして、二度と戻ってこない、生涯にただ一度の本当のサヨナラもある。
──有頂天家族より

 不知火カヤ、お前はちゃんとサヨナラを言えたのか?


サヨナラには色々なものがある。

 私は、今日もイサクさんに会いに行く。

 

「おはようございますイサクさん」

 

 アリウス自治区内にあるとある一室。そこはマエストロさんのアトリエとして『彼女(ベアトリーチェ)』が用意した一軒の建物であった。

 その一軒家の日が当たる大窓のある一室。其処がイサクさんが居る場所だった。

 

 そこにいるイサクさんは常に何処か遠くを見つめていて、一定の呼吸と生体反応を繰り返すことしか出来ない。

 

 けれども寝たきりで口に呼吸器がなければ生命維持をしなければ死んでしまう状態からここまで回復したのは奇跡に等しい。

 

「すこし、痩せましたね……」

 

 巌のような、或いは樫の木のようなゴツゴツとした体躯。しかし、その身体は数ヶ月前と比べればどこか細く、見るからに筋肉量も減っていた。

 ケロイド状になった顔の火傷に額には弾痕。

 元は澄んだ空のような青い左目は熱によって色彩を失い濁った白色のそれへと変化している。

 

 少しだけ、暗い気持ちが心の底に湧き立つ。

 

 ──イサクさんはもう苦しむ必要はない。

 

 イサクさんは返事をしない。けれど努力する必要も、頑張る必要も、何よりもう傷を負う必要もない。

 このままずっと一緒に居られたら。ずっと私のもので居てくれたら……。

 

「……」

 

 自己嫌悪。

 自分で自分の身勝手さに怖気が奔る。

 

 遠い。

 すぐ近くにいる彼がすごく遠く思える。

 

 イサクさんの鼓動を感じるのに。彼の温度だってわかるのに。

 それでも彼が遠くにいるのだ。

 

「イサクさん、私……」

 

 声が震える。喉がへばりついているように渇く。

 

「私、ね……貴方のこと、好きだったんです」

 

 意地っ張りで、いつも調子が良くて、ちょっとえっちで。

 誰よりも努力家で、誰よりもひたむきで、誰よりも仲間思いな。

 

「そんな貴方が、大好きだったんです」

 

 彼の青い右目は未だに光を灯すこともなく、声が届いてるかもわからない。

 自分の自己満足でしかないかもしれない。

 

 それでも伝えずには居られなかった。

 

 私は選んでしまった。

 あの日、あの瞬間。あなたよりもアリウススクワッド(家族)を優先してしまった。

 

「イサクさん、私は……エデン条約を(けが)します」

 

 貴方が疎んだ争いを。

 貴方が流したくなかった血を。

 貴方が守りたかったものを。

 

 その悉くを穢す。

 

 Vanitas vanitatum et omnia vanitas.

 

 生きることは虚しいことなのだと。

 生きることは苦しいことなのだと。

 生きることは意味のないことなのだと。

 

 人は皆、終わりに向かって疾走する生き物で。

 その終わりである死は何も無いことで。

 生きてきた意味も、幸福も、財産も。全てが消え去る。

 

 総じて、生きることに意味などないのだ。

 

 

 

 

 

 ──けれど。

 子供の頃、救われたことが一度だけある。

 

 貧しくて、苦しくて、寒くて、そしていつもお腹をすかせていた頃の話だ。

 どんくさい私はいつもサオリ姉さんに引っ張られて、迷惑ばかりかけていて。

 

 そんな日に私は綺麗な洋服を身に纏ったお姫様(姫ちゃん)に出会った。

 

 それは希望だった。光だった。

 苦しい世界に、絶望しかない世界に光が灯った瞬間だった。

 

 世の中にはあんなに仕立ての良い服があって、きっと飢えることもなく、怪我もすることもなく暮らしているんだと。

 

 この世界には確かに幸せというものがあるのだと。私は涙が止まらなかった。

 

 私は選んだのだ。

 イサクさんよりも仲間を選んだのだ。

 

 だから、貫かなければならない。

 そうでなければ、報われないから。

 そうでなければ、私が切り捨てたイサクさんが軽くなってしまうから。

 それだけは、認められないから。

 

「──行ってきます。イサクさん」

 

 また、貴方に会うために。そのためならば、私はまた頑張れるから。

 

 ……。

 ………。

 

 エデン条約調印式。

 

 かつて第一回公会議と呼ばれるトリニティの諸派が集まり、トリニティ総合学園が設立された歴史ある古聖堂にて、ゲヘナ・トリニティ間における平和条約となるエデン条約が締結される事となる。

 

 古めかしい古聖堂であるが、何処となく峻厳な雰囲気を醸し出しつい襟元を正さなければならない。そんな雰囲気を感じさせる場所に私はいた。

 

 とは言っても、特にやることもなくシスターフッドのヒナタと話すぐらいしかやることはないのだが……。

 

「ご無沙汰しております。先生」

「"やぁ、ナギサ"」

 

 暇を持て余していると不意に声をかけられる。

 トリニティのティーパーティーホストであるナギサだった。

 

「"おめでとう…って言ったほうが良いのかな?"」

「そうですね、漸くここまでこぎ着けたと言えるでしょうね」

 

 少しだけ疲れた目をしながらナギサは答えた。

 エデン条約の締結。そのためにナギサが払った労力と尽力はとてつもなく大きい。

 

 こころなしか、憑き物も取れたような気もする。

 

 ナギサは私の座る長椅子の隣にそっと腰掛ける。

 

「"大丈夫? 忙しいんじゃないかな?"」

「暫くは私も待機ですから、ゲヘナの万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)が来るまですでに準備も終わってますから」

 

 ナギサは深く息を吐き出し、背もたれに身体を預けるように深く腰掛ける。

 普段のナギサらしくない、ちょっとだらし無い姿だ。

 

「"なにか、話があるんだね"」

「……さすが先生です。よくご存知のようで」

 

 ナギサは私の方を向くと頭をさげる。

 

「まずは、謝罪を。先生にも補習授業部の方々にも迷惑をかけました」

「"私は気にしてないから"」

「それでも、謝らせてください。イサクさん風に言うならケジメは必要というものでしょうから」

 

 そう言ってナギサはゆっくりと頭を上げる。

 

「結局のところ、私の一人相撲ということでしたから。アズサさんに至っては私の全霊をもって後ろ盾とさせていただきます」

「"いいのかい?"」

「信賞必罰は武門によって立つところ、という言葉がありますから。セイアさんを救い、アリウスを裏切ってまで尽くしてくれたのです。そのためのティーパーティーの権限ですから」

 

 補習授業部に裏切り者は居なかった。

 唯一ナギサが想定していた裏切り者に一番近かったのはアズサだったと言えるが、彼女は最初から最後までアリウスとトリニティの架け橋となるべく動き続けていた。

 セイアの秘密裏の保護やアリウスに対する二重スパイなど、真実が明るみとなったために寧ろ功労者として讃えるべきだとの風潮が広がっていった。

 

「イサクさんが見たら笑うでしょうね。私も、彼と同じで一番信用していた、信頼していたはずの人に裏切られたと言うことですから……」

 

 聖園ミカ。ナギサの幼馴染であり、今回の一連の謀略の黒幕と言える存在。

 ナギサが身命を賭して守りたかったはずのミカに後ろから殴られる形となったのはジョークにしてはあまりにも笑えないことだった。

 

「すべて、私の弱さが原因です」

 

 ナギサは自嘲する様に笑いながらそっと瞳を閉じる。

 

「『愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。

 愛は自慢せず、高慢になりません。

 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、 怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。

 すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。』」

 

 それは聖句の一言であった。

 

「先生、私はこの言葉が好きだったのです。かく在りたいと思っていたのです」

「"ナギサは今でも優しい子だよ"」

「私はヒフミさんたちを信じられませんでした」

 

 それはナギサの告解であった。

 

「私は大願のために礼儀に反し、エデン条約締結という利益を求め、他者を切り捨てる悪行を行い、そのために何度も補習授業部を落とすために画策しました。──全部、イサクさんを言い訳にして。愛という言葉を曲解して……」

 

 ナギサは悔いている。

 信じたいものを信じ、死者を言い訳にして走り出し、最大多数であるトリニティ総合学園を守るために、疑いある補習授業部の面々と対立した。

 

「私は耐えられませんでした。信じられませんでした。疑心暗鬼に曇った瞳で、自身の命すら投げ出して……」

「"──ナギサはさ、弱いことが悪いことと思う?"」

 

 私は問を投げかける。

 

「"ナギサ、私はね弱いことが悪いこととは思えないんだ。恐怖することが、不安を感じることが、失敗することが悪いとは思えない"」

 

 ナギサは揺れる瞳で私を見つめる。

 

「"だって、それは人間なら当たり前のことだから"」

「あたりまえ……」

「"うん、誰だって恐怖に身がすくんでしまうことがある。誰かとの別離に涙を流すことだってある。甘い言葉に裏がないか不安になって疑うことだってあるだろう"」

 

 私は震えるナギサの手をそっと包むように握り締める。

 

「"だから、人は話し合うんだ。わからないから、不安だから言葉と言葉で助け合うことが出来るんだ。話し合って共有して理解する。だって私達はひとりじゃないから"」

 

 ティーパーティーのメンバーや、ミカやヒフミ。

 

「"──私もいる。私は先生だから生徒からの相談を無碍にすることはないよ。わからなくても一緒に考えることもできる"」

「……先生は、イサクさんに似てますね」

 

 ナギサはふっと笑う。その笑みは先程の自嘲を伴ったものではなく、懐かしいものを思い出す様な慈愛の笑みだった。

 

「先生は優しいですね。イサクさんみたいに……」

「"そうかな、私はイサクに比べたらだいぶ細いけど……"」

「そこは確かに、ついでにあまり冗談も言いませんからね。酷いんですよイサクさん、時々下世話な話を面と向かって言ったりするんですから。ちょっとえっちなんです」

「"まあ、そのくらい健全な男の子ならよくある事かもしれないけど……"」

「……イサクさんと話すとどこかホッとするんです。肩の力が抜けるというか、自然に笑えるような気がするんです」

「"そっか……"」

「……先生、私ね……私……」

 

 ナギサの手が震えて、その手に重ねた私の手に雫が落ちる。

 

「わた、し……イサクさんに……生きてほしかったんです……っ」

「"うん…"」

「……もっ、と……色々と……話したい、こと……とか……もっと……ッ!」

「"うん…"」

 

 堰を切ったかのようにナギサの瞳からは涙が止まらない。

 私は震える彼女の背をそっと擦る。

 

「ありえないって、わかって…るん、です……。でも、でもね……ひょっとしたら……あの、人のこと……だから……ひょっこり、帰ってくるんじゃ……ないか、って……少しだけ、気まず……そうに……あの、軽そうな……笑みで……」

 

 嗚咽混じりに、ナギサは語る。

 今まで覆い隠してきた本音を、隠し通してきた甘えを、ただ年相応の少女の慟哭を吐き出す。

 

「わた、し……喜べないん…です。セイアさんが……無事で…、でも……でもっ……じゃあっ…イサク、さんは……って。あの、人は……やっぱり、死んじゃっ、て……」

 

 胸かキュッと締め付けられる。

 ナギサの苦しみに共鳴するように、私の心にずしりとのしかかる。

 

「……どうして、誰が、やったのかなんて……わからな、くて……。怖くて……悔しくて……仇すら……わから、なくて……っ、エデン条約の、捜査力が、あれば……もしかしたら……って……。トリニティだけで、駄目なら……そうしたら、って……」

 

 怖くて、苦しくて。おんなじぐらいに痛くて、怒ってて。

 ナギサがエデン条約を強硬に推し進めていたのは、志半ばで逝ったイサクの仇を見つけたくて……。

 

「わかったところで……恨めないんです、だって、だ、って……ミカさんは……わたしの友達、で……。大切な、幼馴染で……それが、イサク……さんに……申し訳なくて……ずっと、ぐちゃぐちゃで……」

 

 大切な人が大切な人を死に追いやった。

 それがナギサにとってどれほどの痛苦だっただろう。どれほどの絶望だったのだろう。

 悪い人が、悪魔のような人が一方的に大切な人を殺して、それを正義の元白日に晒す勧善懲悪な話だったら、そうはならなかった。

 

「全、部……全部……言い訳なんです。みんなのため、なんかじゃ……ないんです。全部……私の……独りよがりで……っ」

「"ナギサは、イサクと過ごす時間が大切だったんだね"」

 

 ナギサは喉に声を詰まらせながら。何度も首を縦に振る。

 恥も外聞もなく、少女のように。

 

 最初は政策の一環だったかもしれない。

 でもイサクの死によって、ナギサの中でエデン条約の意味合いは大きく変化した。

 故人に報いるためであり、故人の仇を見つけるためでもあり、なにより喪失を得てしまったナギサの怒りであったから。

 

「うぅぅぁぁ……あああぁぁぁ……!!」

 

 ナギサは、私の腕に縋り付くように嗚咽をあげる。

 古聖堂は静かな沈黙の中で彼女の声とどこかすすり泣く声が響く。

 

「すみません、みっともない姿をお見せしてしまいました……」

 

 暫く時間が経ったあと、ナギサはまぶたと頰を赤らめながら俯きがちに言った。

 

「"大丈夫、恥ずかしいことなんかじゃないよ"」

「……すこし、楽になった気がします」

 

 疲れも残っているのだろうか、何処か苦笑するように。ナギサは微笑む。

 

「ナギサ様、間もなく……」

「そうですか」

 

 時期を見計らっていたのか、白いベレー帽にティーパーティーの制服を纏った生徒に呼びかけられたナギサは長椅子から腰を上げて立ち上がる。

 

「行ってきます、先生。ちゃんと見ていてくださいね」

「"うん、勿論"」

 

 そう言ってナギサが背を向けた瞬間、激しい振動と衝撃が古聖堂を揺らし、視界が光に包まれた。




下拵えは済んだ、ということだ。次話から私と一緒に地獄に付き合ってもらう。

 取り敢えず言いたいことは。行ってきますとドアノブに手をかけながら後ろを振り向いて寂しそうに笑うヒヨリと先生の隣で古聖堂の長椅子に座りながらボロ泣きするナギサ様のスチルとかねぇかな。って思ってます。
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