魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド=   作:のぶな

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空白期編4

 

“星光の殲滅者”と呼ばれる彼女には、ひとつの計画があった。

 

あまり益の無い事ではあるが、思いついた以上手を抜くという選択肢はなく、手が空いた時に構想を練って来ていた。

そして今、それが実現可能かシミュレーションをしてみた結果は手間はかかるが可能という結果。

ならばやらない手はないと、その構想を実現のものとするべく計画を打ち立てたのだ。

 

それは初めての試みであり、実際に行動に移してみると上手くいかない事も多々あり、そのたびに計画の修正を余儀なくされていた。

だが、やると決めた以上は妥協するつもりは一切ないと真剣に取り組んでいった。

 

やがてそのときは訪れた。

 

外観は飾り気のないシンプルな箱型。だが、彼女のこだわり抜いた重要な部分はその中身。

様々な次元世界を渡って素材を集めた。資金に糸目はつけず、最高の素材と技術を用いて作られたそれらをふんだんに盛り込んだ。

 

完成したそれは至高の──ランチボックスだった。

 

「食材の生産法から細部にわたって拘った結果、ここまでたどり着くまで随分と時間がかかりました」

 

彼女はこうして実際に出来あがったそれを前にして、何とも感慨深い思いを抱く。

優先順位の低い事柄であり、本当に片手間に続けて来たのだというのに、完成をさせた事に自分の事ながら驚いていた。

 

とはいえ、ここで終わりというわけではない。これはランチボックスである以上、自身が食して満足を得てようやく本当の意味で完成と言えるのだ。

ならば躊躇する理由は無い。実現された自分の構想をじっくりと味わうべくそれを手にして相応しい場所へと赴く。

 

訪れたのはミッドチルダの首都であるクレンナガン。その近郊にある公園。

クレンナガンは現在の次元世界で最も広まっているミッドチルダ式魔法の発祥の地であり、開発も進んでいる。

それでもコンクリートジャングルでは息が詰まると、植物の緑の与える癒しを求めてこの場所のようにミッドチルダにも自然に溢れる公園が幾つもある。

彼女が訪れたのはその中のひとつである森林公園。今日は平日という事もあり人数はそう多くなく、静かなものだった。

 

「……この辺りでいいですね」

 

一通り歩き回ってから、ある程度開けた場所で足を止める。

遠くには喧騒が聞こえるが、ここでならば邪魔は入らないだろうと見定める。

 

「……」

 

汚れてはいけないとシートを敷いてその上に腰を下ろすと、この計画における重要なものであるそれを中央に置く。

これで準備は整った。時間も昼前と頃合いであると判断をする。

 

彼女はおもむろにその箱のふたを開ける。

そこに入っているのは、量産品では無く原材料から吟味を重ねた品々は、そこにあるだけで輝きを放っているように瞳に映る。

やはり自身の選んできた道は間違っていなかったと信じられる思いだった。

 

「いただきましょう」

 

手を合わせて挨拶をひとつ。ランチボックスへと手を伸ばす。

最初に手に取ったのはタマゴサンド。シンプルなそれではあるが、だからこそ素材と作り手の技量によって大きく味が左右される。

彼女にとってこれが用意できる最上であるはずだが、まだ自身で味わっていない。果たしてどれほどの出来となっているかに心躍らせながら口にする。

 

「……」

 

じっくりと味わうように瞳を閉じて、ゆっくりと咀嚼する。

普段は無表情で固まっているようなその表情が緩む。本人は何のコメントも出していないが、その幸せそうな表情を見ていればすぐに分かる。彼女の下した評価はやはり最高のものであるという事だった。

長い月日に準備を費やしたランチボックスの出来は、満足できるものだった。

 

温かな日差しが降り注ぎ、爽やかな風が頬を撫でる。今日はピクニック日和。

遠くの方では何か騒がしい気もするが、今の彼女にとってはそんな事はどうでも良い事。

ただいまは、この瞬間を噛み締めるだけだった。

 

彼女としては、騒がしいのはあまり好みではないが、今回のちょっとしたピクニックにはジェイルのところのナンバーズも誘っても良かったかもしれない。

そんな、普段の彼女ではあり得ないような事を考える程気分を高揚させながら、サンドイッチをはむはむと食べる。

 

次はおかずをいただこうと皿をひとつ取り出すと一口サイズのハンバーグをよそう。

厳選した牛と豚の合いびき肉で作り出されたそれは、弁当という出来立てではない状態で食べられる事を想定されている。

作ってからそれなりに時間が経ってなお食欲をそそる香りがするような気がして、まだ目の前にあるだけだというのに、食欲を掻き立てられる。

その心のままに、彼女はそんなハンバーグを食すべくフォークを皿へと伸ばす……。

 

「くっそーっ!!」

 

と、そんな彼女のいる方向へ、罵声を上げながらひとりの男が走ってきていた。

何かに追われているらしく、明らかに人相の悪いその表情に焦燥をありありと浮かべながら全速力で足を動かす。

 

そんな男の登場に、彼女は僅かに眉根をひそめる。折角いい気分だというのに、男の登場により台無しになったようなものだったからだ。

だが、今の彼女は昼食の最中であり、わざわざ男を排除する程の労力を割こうとも思っていない。

元々原っぱのど真ん中という分かりやすい場所に陣取っている。別段隠れているわけでもないのだから、向こうが勝手に避けるだろうと特に何も行動を起さなかった。

 

だが、男の方はしきりに後を気にしてろくに前を見ていないせいで、彼女の存在に気付いていない。

結果、その男は彼女の敷いたシートの上に土足で踏み入るようにしながら、一直線に走りぬけようとしていた。

 

「ぬおっ!?」

 

だが、その進行上には彼女のランチボックスが鎮座されており、そこに盛大につまずいてしまっていた。

 

「あ……」

 

珍しい事に、完全に気を抜いていた彼女は何の反応もしない。

ただ、蹴られて宙を舞うランチボックスを、ハンバーグを、エビフライを、ナポリタンスパゲティを、蹴られた拍子に飛び出した中身を呆然と見送る。

放物線を描くそれらは当然の事として重力に引かれ落ちてゆく。そして、地面にぶちまけられる。

まだ殆ど手を着けていなかったというのに、長い間地道に準備してきたそれらが、ただ一瞬の出来事により無へと還されてしまった事に、ただ愕然としていた。

 

「ちっ、こんなところで呑気に飯なんか食ってんじゃねぇよ!!」

「!!」

 

そして追い討ちとばかりに、男が転ばないよう踏みとどまったその足が、無造作にエビフライを踏み潰していた。

男は急いでいたのに邪魔をするなと、半ば言いがかりのような思いで彼女のことを睨みつけていたが、彼女にしてみればそんな事などどうでもいい。

今はただ、現状を象徴するかのように無惨な姿となったエビフライしか視界に入っていない。

 

「待てっ!!」

 

ここへ更に新たなる要素が加わる。

男を追っていた青年が、姿を現すと同時に鋭い声を上げる。

彼はバリアジャケットを身に纏い飛行魔法を用いて空を翔ける。正義感の宿る双眸から、管理局の局員である事が感じられる。

地上を走るのと空を飛ぶのとではスピードの差は歴然。男はこのほんの少しだけのタイムロスの間においつかれていた。

この距離で、しかも周りには隠れるような遮蔽物もない状況でこれ以上逃げることも難しいと思った男の取った行動はシンプルだった。

 

「動くなっ、こいつがどうなってもいいのか!?」

 

すぐそばに居た、未だ茫然自失としたままの彼女を無理矢理に立たせると、その喉元にナイフを突きつける。

男は魔法を使う事も出来るのだが、デバイスよりもこういう刃物という分かりやすい脅威のほうが、現状が伝わりやすいからと取った手段。

実際、追ってきた青年の方も手にしたデバイスを構えるだけで、人質を取られた事に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて手をこまねいている。

 

「その人を離せ。魔法使用の犯罪行為の上に、一般人を傷つけたとあれば更に罪が重くなるぞ!」

「はっ、うるせーよっ、逃げちまえば罰せられる事もねぇんだよ!!」

 

人質を取った事で幾許かの猶予を得たが、男にとってはこの状況は悪いものであり、時間が経てば立つ程逃げられなくなっていく。

ならば、折角手に入れたこの人質を盾にしてこの窮地を切り抜けようと、そのための方策に思考を巡らす。

 

対する青年は、管理局の中でも珍しい拳銃型のデバイスの使い手であり、スタンダートな杖を用いた魔導師よりも早撃ちには自信がある。

だが、自分が魔法を構築するよりも、恐怖で動けないように見える女性ののど元をナイフで切り裂かれる方が圧倒的に早いのだから、状況に迂闊に手を出す事ができない。

 

男は人質が無事で居て欲しいのなら自分を見逃せと脅しをかける。

青年は局員として一般市民の安全を守る義務があるが、それでも犯罪者を見逃す事は出来ないと、人質を解放するよう声をかけながら虎視眈々と隙を窺う。

人質を取った犯罪者と、それを追ってきた管理局の局員である青年が睨みあう。お互いに相手の主張を聞き入れる事は出来ずに膠着状態に陥る。

 

「……今日は静かに過ごそうと思っていたのですが、中々上手くいかないものですね」

 

そんな中、彼女はぽつりと一言呟く。その声は決して大きなものではない。むしろ囁くような静かさを讃えていた。

だが、不思議とその声は男の耳にも青年の耳にもはっきりと聞き取る事が出来た。

 

彼女は男にナイフを突き付けられてから、ずっと俯くばかりでなんの動きもみせて居かなった。

その姿から、男も青年も彼女の事は質量兵器を忌諱するミッドチルダ在住の市民が、その一種であるナイフを間近にして恐怖を抱いているものだと思っていた。

だというのに、彼女の声には恐怖など欠片も籠っていない。ただ、溜め息でもつくかのような気だるげで、自らの頭上で交わされていた男と青年のやり取りなどなんら興味も抱いていないと態度が雄弁に物語っていた。

 

そもそも彼女は、自分の命を脅かされているはずだというのに、ナイフに対して一瞥すらもしていないのは、一般人にはあり得ない事。

そんな彼女の姿に、男と青年は何か言い知れぬ悪寒に襲われる。

彼女は何もしていない。だが、この状況でなお感情を殆どみせない彼女のその存在に明らかな違和感を覚える。

自分達は、何かとんでもないモノの逆鱗に知らない内に触れてしまったのではないかと、根拠も無く思ってしまう。

 

「ですが、戦場が私を呼ぶというのであれば、私はそれに応えましょう」

 

男と青年は動けない。そんな中でさらに彼女は言葉を重ねると、自分に突き付けられているナイフを持つ男の手に、そっと添えるように手を伸ばす。

それはまるで、そこにあるものを慈しむかのようにゆっくりと、男の手首を包み込むように柔らかに触れられる。

相変わらず、彼女は俯き加減で表情を窺う事は出来ない。だが、はっきりと次の言葉を紡ぐ。

 

「まず手始めに、貴方は死んでください」

 

──死。

 

その言葉の意味は分かるが、男にはそれが自分に向けられたモノであると即座に気付けなかった。

そもそも、彼女にナイフを突き付けているのは男の方なのだ。男女の体格差は明確であるのだから、彼女を拘束しているというこの状態からどうにかなるなど思いもしない。

 

「ブーストアップ・ストライクパワー」

 

だが、彼女は男に理解して貰う必要性など何も感じない。ただ、思うままに実行をする。

男の手首に触れられていた彼女の手に桜色の魔力光が灯る。それと同時に、彼女は無造作に男の手首を“握り潰した”。

 

「へ……?」

 

男の手首から軋むような音がしたのは一瞬、その一瞬が過ぎ去った時には既に男の手首は手首としての機能を破壊されていた。

魔力によって強化された彼女の握力は容易く男の手首の骨を砕き、肉を潰す。手首から先は人体の構造からはあり得ない方向へ向けて垂れ下がるように曲がってみせる。

その光景が理解できない男は、ただ間の抜けた声を漏らす。

 

「ぐ、ぐがぁぁぁぁっ!?」

 

だが、理解が出来ずとも神経は男に痛みを訴える。何が何だか分からない。だが破壊された腕から伝わってくる狂いそうな程の痛みに男は悲鳴を上げる。

その手は既に何の機能も果たさない。持っていたナイフは取り落としてしまうが、男にとってはそんな事など気にかける余裕は一切ない。

ただ絶え間なく襲い掛かる激痛に思考の全ては埋め尽くされ、翻弄されるばかりだった。

 

「……ふっ!」

 

男の拘束をただの一動作で無効化した彼女はしかし、これでは終わらない。

取り落とされた男の持っていたナイフを地面に落ちるよりも早く空中でキャッチすると、振り向きざまにその刃を振りあげる。

彼女の得たものは肉を切り裂く感触。そして、男の身体から迸る鮮血だった。

 

「……目測を誤ったようですね。この手の武装は使う事は無いだろうと練度を上げていなかったのですが、世の中何が役に立つのか分からないという教訓になります」

 

だが、彼女はこの結果に僅かに不満げにして見せる。

本当なら今の一閃で男の息の根を止めるつもりだったのだが、思っていたより男の傷は浅く、即死には至らなかった。

彼女は遠距離戦を得意としているが、それでもある程度の近接戦闘に必要なスキルは磨いていたが、『短剣』という武器は使った事が無かった。その結果だろうと、自己分析をする。

 

「短剣の扱いに関する考察は次の機会にでも回しましょう。今は確実に貴方を殺す事が肝要です」

 

ただ、今はそんな事はどうでも良いと、彼女はこんなモノを使うより確実な手段があるからと無造作にナイフを捨てる。

そして、初めて真っ直ぐ男を見据える。

 

「ひぃっ!?」

 

その静かな、だが明確な殺意の込められた視線に晒され、男は一瞬、痛みの全てを忘れて、ただ恐怖に身をすくめる。

痛いなどと言っている状況ではない。管理局の魔導師などどうでもいい。

他のどんなものよりも、この恐怖に勝るものはないと彼女の視線に恐れを抱く。

 

男には既に余裕と呼べるものは欠片も残っていない。無様であろうとなんであろうとも関係ない。ただ恥も分外も無く這うようにしながら逃げ出すだけだった。

 

「貴方に今更贖罪を求めるつもりはありません。私から言うべき言葉はひとつです」

 

その無様な男の背中眺めながら、彼女はゆっくりと片手を持ち上げる。

それと同時に、彼女の周囲には誘導操作弾の発射体である桜色の魔力球が浮かび上がる。

今はデバイスを使っていないため最大数の展開はしていないが、この数でも十分目標の殺傷には事足りる。

 

「……死ね」

 

そして彼女は号令を下すようにその腕を振り下ろす。

彼女の周囲にあった魔力弾達はその指示に忠実に従い、あの愚か者を抹殺するべく、幾つもの孤を空中に描きながら男に迫る。

男の逃げる足では、彼女の魔力弾から逃れる術は無い。その命はただ刈られるしか道は無い。

 

「クロスファイアー!!」

 

だが、彼女の放った誘導弾はひとつとして男には届かず、その全てが撃ち落とされていた。

 

「……何故邪魔をするのですか?」

 

血を流し、ほうほうの態で去っていく男を一瞥し、彼女はゆっくりと振り返る。

そこに立っているのは、拳銃型のデバイス二挺を手に構えた管理局の青年。その表情には焦燥の念がありありと浮かんでいるが、それでも毅然とした態度で彼女を見据える。

 

「何故も何も、今のあなたの魔法は殺傷設定だったっ。あれではあの男は死んでいた!」

 

確かにあの男は犯罪者で、罰せられるべき人間であると青年も思っている。

だが、だからと言って殺して良いというわけが無い。罪を犯したならば償わせなければならない。それが法の下に生きる自分達の正義だと青年は思う。

もとより、たとえ犯罪者であろうとも目の前で誰かが殺されようとしている事を見ぬフルをするなど、青年には出来なかったのだ。

 

「不思議な事を言いますね。非殺傷設定では相手を殺せないでしょう?」

「な……!?」

 

だが、そんな青年の想いも彼女には通じない。

言葉通り、今にも小首をかしげそうな雰囲気で彼女は自分が容赦の一切も無くあの男を殺そうとしていた事を口にする。

青年は彼女が自分の事を管理局の局員である事に気付いているはずだというに、臆面もなく殺人を実行しようとしていた事を認めた事に驚きを抱く。

 

明らかに彼女の存在は異常だった。確かにあの男も犯罪者という捕縛されるべき存在だったが、彼女はそれ以上。

逃げる男よりも優先するべき存在だと改めて認識する。

青年の視界には既に男の姿は映っていない。今、自分が彼女から視線を逸らしたらすぐに彼女はあの男を殺してしまう、自分もまた彼女に殺される。

そんな思いが彼女だけを視界に映させる。

 

「そうですか。あくまで貴方は私の邪魔をする……。そういう事で良いのですね?」

 

そして彼女もまた、青年の事を障害と認定した。同時に青年に向けられていた視線の種類が変わる。

先ほどまでは、彼女は青年に対して何の思いも抱いていなかった。だが、既に状況は変わっている。

男に向けられていたものと同種の念が込められた彼女の視線の前に、青年は男の抱いた恐怖を理解し、その恐ろしさから声をあげそうになる。

 

「……あなたを市街地における危険魔法行使の現行犯として逮捕します。

抵抗はせずに武装の解除を願います」

 

だが、青年は歯を食いしばって堪え、自分の役割を全うするべく口を開く。

青年は自分の仕事に誇りを持っている。故に、管理局員として彼女の行動を見逃せないと、己の意志を奮わせて彼女の視線に正面から向かい合う。

 

「私は管理局の謳う法に縛られるつもりはありません」

 

そして、青年の意志を前にしての彼女の答えは拒否だった。

ただ、青年にとっては彼女のこの答えは予想の範疇だった。元々彼女の態度からして自分の言葉に従うなどと思っていない。武装解除について口にしたのはある種の定型句だ。

 

彼女は答えを返した以上、交渉は決裂したと青年は判断する。

管理局は広大な次元世界の秩序を守るべく作られた組織。そして自分たちの居るこの場所はその管理局発祥の地。

そんな管理局の膝元と呼べるこの地のしかも真っ昼間にこれほどの騒ぎを起こして犯罪者は無事に済むわけが無い。おそらくはこの場を離れる算段でもあるのだろうと青年は考える。

 

「私に刃向かう事がどれだけ無謀であるかを、その身に刻み込んで差し上げましょう」

「なん、だと……っ!?」

 

だが、彼女の続けられたその言葉は、青年の考えの斜め上を突き抜けるものだった。

彼女にあったのは逃げるという選択肢ではない。管理局員である青年を、この昼間の開けたこの場所で、堂々と打倒するというものだった。

 

青年はそれを、最初ははったりか何かかとも思った。

ここは地上本部の目と鼻の先なのだから、すぐさま管理局からの応援が駆けつけるというのは彼女にも分かっているはずだ。

そんな自分の不利な場所に堂々と居座って危険魔法を使うなど瘴気の沙汰とは思えない。

 

「パイロ……」

「!?」

 

だが次の瞬間、青年は彼女の本気の程を肌で確かに感じ取った。

彼女の周囲に桜色の光が次々と生じていく。それは青年も先ほど見た誘導操作弾。

そして光球に囲まれながら真っ直ぐに青年を見据える彼女の瞳が雄弁に物語る。

 

──貴方を殺す。

 

「……シューターッ」

 

青年が彼女の意志を理解するのにあわせたかのように、彼女の魔法は解き放たれる。

感情を排し、囁くように紡がれた言葉に従い放たれた誘導弾は、先ほどの男に向けられたものとは違う。

アレは、逃げる男をただ追いかけるように単純に真っ直ぐ対象へと襲い掛かっていた。

だが、青年へと放たれたこれは、彼女自身が操作するだけでなく、自動追尾の設定がされたものも混ざっている。

さらには飛行機動や弾速なども一定に纏まらず、複雑さを以って縦横無尽に飛び交う。

相手が抵抗をしない弱者ではない、抵抗をしてみせる強者である事を認めているかのように、確実に青年を追い詰めるべく襲い掛かる……!

 

「く……っ!!」

 

彼女は現在デバイスを使っていなかった。自身の力だけでこのレベルの魔法を容易く行使してみせた事に青年は少なからずの戦慄を覚える。

だが、青年とてAランクを超える魔導師である自負はある。即座に二挺拳銃のデバイスを構えると負けじと魔力弾を撃ち放つ。

 

青年は自身へ襲い掛かる魔力弾のその一つひとつの質を即座に看破し、それらを打ち落とすのに最も適した魔力弾を選択、射出していく。

彼女の魔力弾は誘導性、速度ともに非常に優れており、並みの相手ならなんの対処もする事も叶わずに殲滅されてしまうはずだった。

だが、青年は自身の射撃の技をもって、その尽くを撃ち落していく。

 

「……いい腕ですね。銃型のデバイスの使い手は珍しいですが、ここまでの使い手となれば更に数は少なくなるでしょう。

私と正面からここまで撃ち合える相手と出会うのは久方ぶりです」

 

彼女は魔力弾を順次精製・発射する中で、青年に対して感嘆の思いを告げる。

デバイスが拳銃である以上、青年は射撃魔法を得意としているだろう事は分かっていたが、その上であえて相手の土俵で競おうと彼女は足を止めて射撃戦を始めていた。

 

そして現状、今は魔力弾を放ち攻める彼女とそれを迎撃する青年という形になっているが、実のところの戦況は拮抗していない。

当初の想定に反して徐々に彼女の方が押されてきている。あと数合もすれば、青年は弾幕を超えて、自身を狙うべく射撃魔法を放ってくるだろうと彼女は理解する。

 

彼女はまだデバイスを使っていないとはいえ、これだけの腕前の魔導師はそうは居ない。

青年の実力は予想以上だった事に、無表情の中に僅かながらに喜びの表情を浮かべる。

 

「ええ、本当に楽しいですよ?」

 

彼女はそう呟きながら、片腕を持ち上げると真っ直ぐに青年の姿を指さす。

それは、傍目に見ればなんて事は無い動作。だが、青年は彼女のその姿を真正面から向かい合いながら、猛烈なまでの悪寒に襲われる。

 

このまま彼女の行動を許したままにしておけば、取り返しのつかない事になる。

そんな脅迫概念染みた思いに突き動かされるように、青年は更に射撃魔法の回転率を上げていく。

 

「ですが、今の私は楽しさで満足できるような気分ではないようです」

 

そんな中、不意に彼女は魔力弾の精製と発射を打ち止めにする。

この状況で何故、という思いを青年は抱くが、その答えはすぐに理解させられた。

 

「これはきっと、邪魔者は完膚なきまでに排除しなければ満足が出来ないのであろうと思います」

 

彼女の足元に桜色の魔力光によって魔法陣が描かれる。それと同期して、青年を指さす腕にも円環状の魔法陣が取り巻いていく。

その魔法陣は、砲撃魔法のそれであると青年は一目見て理解した。そしてその解答が正解であると示すかのように、彼女の指先に魔力が集束されていく。

 

──込められる魔力の桁が違う。

 

目の前で行なわれている事を目の当たりにして、悪寒の正体を青年は知った。

彼女の誘導操作弾は、その一発ずつだけでも下手をすれば一撃必殺の威力が込められていた。

だが、今彼女が放とうとしている砲撃魔法は、そんなレベルを遥かに超えている。あんなものを受けては、たとえシールドで受けたとしてもシールドごと吹き飛ばされる。

アレはもう、一撃必殺を超えた一撃必滅の魔法に青年の目には映る。

 

「させるかぁっ!!」

 

青年にはもう、猶予は無い。全力を以って彼女の砲撃魔法を阻止するべく魔力弾を放っていく。

それらは全て、先ほどまで彼女の放っていた魔力弾の残りを撃ち砕いて、本人へと襲い掛かる。

 

「──プロテクション」

 

だが、彼女は青年の魔力弾が届くより先にバリアタイプの防御魔法を展開する事により防いでみせていた。

プロテクションという魔法は、本来ならあまり頑丈といえるタイプではないのだが、彼女のそれは青年の魔力弾を受けてなお、揺らぎもしなかった。

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

だが、防御魔法の向こう側で着実に砲撃魔法の準備を整え行く彼女の姿に、動揺などしている暇はないと、弱気を消し飛ばすように青年は雄々しく叫び声を上げる。

 

込める魔力が足りないというのなら更に魔力を上乗せする。

障壁突破の魔法を付加して効果を上げる。

弾速を上げる事により相対的に威力も上げる。

誘導性は不要。威力と速度に優れる直射弾を選択。

 

今の魔法では届かないのであれば、更に上の魔法を持ってくる。そんな、シンプルだからこそ効果的な手段を青年は選び取る。

急速に失われていく魔力に事に、意識が薄れそうになるのを必死に繋ぎとめて、たとえ枯渇してしまっても構わないという勢いで魔力弾を精製する。

カートリッジの全てをつぎ込むつもりでデバイスのトリガーを引くたびに、薬きょうが排出される。

自身の許容量を超えるような魔力に、歯を食いしばって制御してみせる。

 

青年の周囲には大量の魔力弾が浮かび上がる。

全ては青年の制御下にある。これが青年に使える最強魔法。

 

「クロスファイア……フルバーストッ!!

 

大量の魔力弾は全て、彼女という一点へ向けて放たれる。

バリアの前に阻まれる事などお構いなしに次々に着弾していく。この数を前に、防ぎきれるわけが無い。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

青年は肩で息をしながら、自身の放った魔力弾によって生まれた爆煙を見やる。

これを受けて生きていられたらそれこそ化け物か何かだと思う。

 

「見事な魔法です。ですが、その程度では私は倒せませんよ」

 

そして、彼女は化け物だったと青年は知る。

 

「うそ、だろ……?」

 

煙の向こうから聞こえてきたその声を、青年はただ信じられなかった。認められなかった。

Sランクを超えるような魔導師や騎士なら、あるいは自分の全力を耐え切る事は出来るかもしれない。

だが、あんな風に全くの無傷で、しかも魔力チャージも完了しているなどあるわけが無い。

 

青年は彼女の姿に現実味を感じられなかった。悪い夢か何かにしか思えなかった。

だが、これは紛れもなく現実だった。感じる威圧感が現実逃避をさせなかった。

 

──勝てるわけが無い。

 

それが青年の得た結論だった。

彼女は自分単独程度では戦いにすらならない驚異の権化であると理解させられた。誰か仲間が居ないと話にならない。いや、仲間が居たとて勝てるヴィジョンが最早欠片もつかめない。

 

青年は残っているなけなしの魔力を総動員して飛行魔法で空へと飛ぶ。

あんな砲撃魔法を受けようなどとは到底思えない。少しでも距離を置いて、回避行動に全力を傾ける。

 

「ブラスト……、ファイアーッ!!」

 

だが、そんな青年の目論見に、何の意味も無かった。

 

「な……!?」

 

既に回避行動に入っていた青年は、己の見たものに驚愕の声を漏らす。

彼女の放った砲撃魔法の拡散度合いが並ではなかった。それは既に砲ではなく迫り来る壁にしか青年には見えなかった。

この攻撃範囲の前には、青年の取ろうとしていた回避行動などまったくの無意味だった。

 

「――ラウンドシールド!!」

 

もう避けられない。それでもなお生存を望む青年は魔法陣の盾を発生させて両手でそれを支える。

拡散しているため、砲撃の密度は低いはず。ならば耐えられる可能性は残っているはずだと、この絶望しかないような状況の中でかすかな希望にすがる。

 

「あ……」

 

だが、それもまた彼女の砲撃魔法はあざ笑うかのようだった。

拡散している分、威力の下がっているはずの砲は、それで十分青年の防御力を上回っていた。

拮抗は一瞬にも満たない刹那の時。それだけだ。前面に展開していた魔法陣の盾は撃ち砕かれ、青年のその姿は砲撃の中に飲み込まれていた。

 

突き抜けた桜色の砲撃は柱となって天高く伸びていった。そしてひとしきりの放出を終え、終息していった。

残ったのは彼女の姿。そして、地に落ちる、血に濡れた青年の姿だった。

 

「……そういえば、非殺傷設定を切ってから再度設定をするのを忘れていました」

 

青年が地面に落ちたところを眺めながら彼女はポツリと一言を漏らす。

彼女は普段、非殺傷設定を使っているのだが、今回はあの無礼な男を殺すつもりだったから殺傷設定に切り替えていた。

だが、その対象はあくまで彼女の弁当を台無しにした男に対してであって、別に青年に対しては殺傷設定を使うというつもりは無かった。

それでも設定し直して居なかった以上、青年は殺傷設定の魔法を直撃で受けていたのだ。

 

見れば、青年は魔力ダメージによる意識喪失ではなく、物理ダメージによる肉体損傷による意識喪失だった。

全力で展開したシールドとバリアジャケットの働きによってある程度のダメージ緩和は成されていたようだが、それだけだ。

青年の今の状態は、リンカーコアの蒐集もろくに出来そうもない程のレベルの損傷。もはや助かる見込みは限りなく低いだろう事は見てすぐに分かる。

 

「まあいいでしょう」

 

だが、彼女はそんな青年の事をどうでも良いと断じた。

元より生きていればそれはそれで構わないが、たとえ死んだとしても彼女には悼む理由にはなりえない。

ただ、今この時に彼女と出会った事が不運だった。その程度だ。

 

「代わりと言っては何ですが、戦利品に貴方のデバイスは貰って行きましょう」

 

そう言って、彼女は倒れ伏す青年に近寄ると、傍らに落ちていたデバイスを拾い上げる。

今の青年からの蒐集行使はあまり得られるものは無さそうだった。

だが、銃型というデバイスはミッド式の使い手では珍しいものだ。攻撃の余波でずいぶんと損傷しているが、これを解析でもすれば、それなりに得るものはあるだろう。

 

「……それにしても、やはりあの男を殺さないと気がすみませんね」

 

そして、彼女は青年の事を思考の中から追いやった。

彼女にとって青年はもう完全にどうでも良い事となっていた。今はこの心中に澱り重なるような不快な気分の解消が重要だと思っていた。

 

視線を向ければ、地面には男が逃げる際に垂らしていった血がぽつぽつとひとつの道を作り出していた。

これを辿っていけば、男を追いかけるのは簡単そうだと彼女は考える。

 

「ルシフェリオン。セットアップ」

 

そして彼女はデバイスを起動し、闇色のバリアジャケットを身に纏う。

青年との魔法戦は余興だった。そしてこれからが本気の狩りの時間だった。

行く先を見据える瞳に明確な殺意を称え、彼女は一歩を歩き出す。

 

 

この日、ミッドチルダの一部地域では、「災害」に見舞われた。

 

 

 





彼女のお弁当の中身が、地味にお子様ランチなのは僕たちだけの内緒だよ!

A'sからSTSまでの空白期はここまでです。次回からはSTS編です、と言いたいところだったけど、上手く内容を纏められなかったので本編はここまでです。
まあまだネタがあるんですけど。

ちなみに、なのはとフェイトが全盛期を過ぎて後は衰える、あるいは勝つ事を諦めるまでは大人しく(当社比)しているので後日談から空白期編まではちょっと性格が円いです。
ですが、それを過ぎたらガチで世界を滅ぼすために行動を開始する予定でした。
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