魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド= 作:のぶな
その連絡を受けたとき、にわかに信じられない思いだった。
だが、モニター越しに映る通信士の姿を見れば、それが偽りでない事は分かる。
そもそも、この状況でこれほどまでに悪質な嘘を吐く理由も無い。
……それが、盾の守護獣であるザフィーラの思いだった。
『うん。それでシャマルが最後に情報を送ってくれたから、みんなにも送るよ』
アースラの通信士であるエイミィにも動揺はあるのだろう、僅かに声が震えているようにザフィーラは感じた。
だが、毅然とした態度で自らの職務を全うするその姿に、あえて何も言わない。
今出来る事は、最後の力を振り絞っただろうシャマルの思いを受け継いで皆を守るために全力を尽くす事だとお互いに分かっていたからだ。
「……闇の書の防衛プログラム。その構成体(マテリアル)、か……」
送られた情報を見ながら、実際に口に出して事実を反すうする。
既に破壊されたはずのそれが、関わった者の記憶を寄り代として復活しようとしている。
闇の欠片が、自分達の良く知る姿を借りて、自分達に襲い掛かってくる。
そして、シャマルを落とした、闇の欠片の凝縮存在であり独自の自我を持つ防衛プログラムの断片。
果たしてそれは、どれほどの力を持っているのだろうと考える。
シャマルは前線に出るタイプではないが、騎士と名乗るだけの実力を持っている。
そんなシャマルを倒したのだ。少なくとも、油断のならない相手だという事は分かる。
「……今こそ、盾の守護獣の務め、果す時」
闇の書事件の最後の時は、ザフィーラはその役目を果たす事が出来ないでいたと自身では思っている。
だから、今度こそ守りとおして見せると、握りしめた拳を見つめながら誓いを胸にする。
そのとき、ザフィーラの周囲に結界が展開される。同時にアースラとの通信が不自然に途切れる。
結界の影響で通信が妨害されたのだと知るが、動揺に心が揺れる事はない。
鋼の肉体と同様、鋼の自律心を以って、舞い降りた影を凝視する。
「捕まえた……。盾の守護獣」
目の前に現れたのは、情報にあった通り、フェイト・テスタロッサとうり二つの姿。
だが、その身からあふれ出させる魔力の質や身に纏う雰囲気はまるで本人とは違う。
「……なるほど、お前がシャマルを討ち取った防衛プログラムの構成体(マテリアル)か」
確認の意味も込めて尋ねる。もし彼女がシャマルを倒した張本人であるというのなら、シャマルをどうしたのかを聞きたいと思ってのことだ。
「ふん、僕の事を知っているって言うなら話は早い。――いかにもっ、我が名は雷光。閃の太刀にて君を斃すッ!」
尋ねられ、待っていたといわんばかりに彼女は名乗りを上げる。自身がシャマルを斃した存在である事を証明する。
その様子を見て、ザフィーラは僅かに目を細める。
「抱えている魔力量はともかく、人格はまるで幼子だな。正直、シャマルを落としたというのが信じられん」
侮るわけではないが、それでも彼女の立ち振舞いからは未熟な精神が容易に見て取れる。
ヴィータは短気な部分があるが、それでも無為な戦いは避けるぐらいの考えはある。
だが、彼女の嬉々として戦いに望む姿は、目の前の刹那な時間しか見えていないようにも見える。
「なんだとっ!? これでも僕は砕けぬ王を目指す、力のマテリアル!!
さあっ、正々堂々かかってこぉーーいっ!!」
「……闇の書の闇ではあるが、騎士道の心得は持つか。ひとつ確認するが、倒したシャマルは殺したのか?」
彼女の人となりをなんとなくではあるが理解して、ザフィーラは最も気にかけていた事を尋ねる。
言葉にすると、仲間を墜とされたと認識させられるようで心がざわめく。
だが、守護の務めを持つ者として揺らぐわけにも行かないと、声色は淡々としたものだ。
「別に殺したわけじゃないさ。シャマルも君も、闇の書を構成する重要なプログラムだ。破損させて再生のためのプログラムが足りなくなったら大変だろ?」
案の定、あっさり答えは返ってきた。それは状況がまだまだ絶望とは程遠い場所にあるという事でもある。
ならば、やるべき事はひとつ。
「そうか。つまり、まだお前を倒せばシャマルを救い出す機会は残っているわけだ」
拳を握りしめ、身構える。
出来る事なら、シャマルの事を気にかけているであろう、心優しい主にこの情報を伝えたいと思うが、通信妨害の効果のある結界のせいでそれは出来ない。
通信・輸送・治療などの補助的な魔法を得意とするシャマルだからこそ、結界を抜けて情報を送る事が出来たのだ。その辺りは即座に諦める。
ザフィーラに出来る事は、目の前に相手を打倒する事。もしくは救援がくるまで持ちこたえるか……。
「これで憂いはなくなった。お前の言う通り、正々堂々相手をしよう。闇の書の闇は在るべき物では無い。お前は闇の彼方で静かに眠れ」
そして、ザフィーラの選んだのは前者。このまま戦闘の開始だった。
闇の書の闇である防衛プログラムは、主を殺す呪いであることはもちろん、いくつもの悲劇を繰り返してきた。
その悠久の時の末にようやく辿り着いた安息の時。それを害するというのであれば容赦はしない。
「……ふんっ。君だって闇の書の一部だったクセに、嫌な事は全部僕に押し付けて自分達だけはのうのうと生きようって魂胆なんだろ。
そんなヤツの言う事なんて聞いてなんかやらないっ。お前も僕の糧にしてやる!!」
だが、そんなザフィーラの想いは、彼女にすれば苛立ちの要因でしかない。
彼女は自分が呪われた存在だなんて欠片も思っていない。だというのに、ずっと一緒に居たはずの守護騎士までもが自身を要らない存在だとはっきりと言う。
それが許せない。苛立ちは怒りとなる。そして憎しみの炎となって瞳に宿る。
「……そうだな。我らが主を護る為にお前を切り捨てた事に言い訳はするまい」
人格はまるで幼子。だが、だからこそ自身の感情を偽る事無く表に出す。
今の彼女が怒りをあらわにしているというのなら、それは純粋なる本心からの怒り。
それを真正面からぶつけられ、ザフィーラは彼女の心の内を知る。
「だが、闇の書の復活を見過ごすわけにもいかん。悪いが私にしてやれる事はない。せめて静かに眠れるよう、全力を尽くそう」
本当なら、彼女は悪と呼ぶべき存在ではない。憎むべきは防衛プログラムに悪意ある改変を施した一部の歴代の主なのだろうとザフィーラは思う。
だが、現実として闇の書が存在すれば必ず悲劇を引き起こす。そして悲劇を引き起こす要因が結界的に世界から悪と呼ばれるのだとも知っている。
悪ではないはずなのに、悪である事を義務付けられた存在。憐憫の情を抱くのには十分な要素を持っている。
それでも、ザフィーラには何もしてやる事が出来ない。
ただ、代わりに、悪ではない存在を倒すという罪を自身が背負う覚悟で戦いに臨む。
「眠りなんて要らないっ。僕が欲しいのはそんなものじゃないっ。僕を……、闇を打ち砕こうというのなら、君が死ねっ!!」
彼女も今更謝罪して欲しいなんて思っていない。ただ、結局のところはザフィーラも自分を不要な存在だと言うのがとても癪に障った。
怒りと憎しみのボルテージが上がっていくのを彼女は感じていたが、その感情を抑える気はない。
既に戦端は開かれている。負の感情を力へと変えて、自分を蔑ろにする相手を倒すと空を翔る。
「はあぁぁぁぁっ!!」
一瞬の時を数える暇さえ与えない内にザフィーラへと肉薄する。
その勢いを殺さぬままにデバイスを振り抜く。速さと鋭さを以って、一気に切り裂くべく襲い掛かる。
「ぬんっ!!」
それを、ザフィーラは拳で防ぐ。
速度で圧倒的に劣っているが、それでもタイミングを合わせて真正面からぶつかり合う。
両陣営にダメージはないが、ウェイトの差で彼女の方が吹き飛ばされる。
「こんのぉーっ!!」
自分が先手をとったはずだというのに、攻撃のタイミングが同一だった事にカチンと来て、彼女は即座に態勢を立て直すと即座にアタックを仕掛ける。
先ほどよりも回転を上げ、更なる速度で斬りかかる。
「確かに速い。……だが、それだけだ」
だが、それもまたザフィーラには届かない。その一撃もまたタイミングを合わせた拳によって阻まれていた。
ザフィーラは彼女に速度で追い付けないはず。だが、現実には遅れてはいない。
もとより、速さで勝負する気はザフィーラには無い。故に、動かない。
別に自分が動かずとも、彼女の方から自分の手の届く範囲にやってくる。ならば、足を止め、全神経を集中して最小限の動きで迎え撃つ。
それは、シャマルの取った戦術に良く似ているが、まるで違う。
シャマルの防御は回避の一択だったが、ザフィーラのそれは、時に回避する時もあるが、基本は受け止める事に在る。
不意打ちならともかく、来ると分かっている攻撃を耐える事など造作ない。鋼の肉体を自称は伊達ではない。
「このぉーっ、何で僕の攻撃が通らないっ!?」
「速いが軽い……。その程度の一撃では盾の守護獣は屈せん!」
後の先をとる、鉄壁の構え。
それはさながら難攻不落の要塞かのように、容易な攻めでは打ち破れない。
既に彼女は圧縮魔力刃を展開して、ザフィーラの防御を切り裂こうとするが、割と単純な太刀筋は、ザフィーラの防御を破るには至らない。
「僕は『力』のマテリアルッ。うんっっと、強いんだぁーッ!!」
攻撃の尽くが跳ね返される事に、彼女は憤りを覚える。距離を置きザフィーラの事を睨みつける。
自分は強い。だから倒せないわけなんて自分の心を奮い立たせる。渾身の一撃を叩き込むべく、デバイスを大きく振りかぶる。
「こー……よくざん!!」
そして、一気に振り抜く。飽和量を超え、紫電の迸るほどに全力で魔力を込めた圧縮魔力刃が解き放たれる。
空間を切り裂き、ザフィーラをも一刀両断にしようと襲い掛かる。その威力は、さしものザフィーラであっても到底耐えられるはずの無い威力。
「ぬおぉぉぉっ!!」
だというのに、ザフィーラはブーメランのように飛翔する圧縮魔力刃を前にしてもなお動じない。
既に回避をしようとしても、ザフィーラの速度ではそれも無理。シールドを展開しようにも、シールドごと切り裂かれる。それほどまで目前に迫ってなお動かない。
――刹那。ザフィーラの足元に魔法陣が展開される。
「そんなばかなっ!?」
事もあろうか、ザフィーラは圧縮魔力刃を真正面から受け止めていた。
その行動に彼女は驚きに目を見開く。必殺のはずの刃が、ザフィーラの前にその役目を全うする事を阻害されているのは信じられない思いだった。
「ぬぅぅんっ!!」
だが、ザフィーラは受け止めただけでは終わらない。受け止めた際に発生した衝撃を逃す事無く溜めこむ。それはさながら彼女の魔力を自身の魔力へと変換しているかのよう。
溜めこまれたエネルギーをザフィーラは自身の魔力で纏め上げる。ひとつの指向性を持たせた上で解き放つ。
それは、カウンターの砲撃魔法となって彼女に襲い掛かる。
「うわぁっ!?」
それを、辛くも彼女は避ける。まさか、ザフィーラが砲撃魔法を使うとは思っていなかったために虚を突かれ反応が遅れたが、それでも避ける事が出来た事に安堵して前を睨みつける。
そして、彼女の目に映るのは、もう一撃、更なる威力と魔力を込めたであろう砲撃を放とうとしているザフィーラの姿……!
「はぁぁっ!!」
やばいと思った時には遅い。次の瞬間には一気に魔力が膨れ上がり、ザフィーラの魔力光によって視界いっぱいに埋め尽くされる。
さっきは慌てて避けたため、体勢が崩れている。この状態からの回避行動は難しい。それ以前に、この攻撃範囲は避ける事を許さない。
そう咄嗟に判断した彼女はシールドを展開して防御をする。
「くぅ……!?」
しっかり空中で踏ん張って堪える。だというのに押し込まれる。魔力が削られる感覚の中で、必死に軌道をずらして耐え凌ぐ。
ザフィーラのそれは、射程は短い。虚空を撃ち抜くまでもなく魔力を霧散させたが、彼女にはそれを見届ける余裕もない。荒れた呼吸を整える事で精いっぱいだ。
「おぉぉぉぉぉぉっ!!」
その一瞬を好機と見たザフィーラは、このタイミングで不動の構えを解く。高機動魔法で一気に肉薄し、全力で拳を振りかぶる。
雄々しく叫びを上げるその姿を前に、彼女は改めてシールドを展開するが、ザフィーラの拳はそのシールドごと彼女の事を吹き飛ばす。地面へと向けて叩き落とす。
「縛れっ、鋼の軛っ!!」
ザフィーラの足元にベルカ式の三角形を基本とした魔法陣が展開される。
それと同時に、彼女が吹き飛ばされていく先の地面にひび割れが生じる。そして、ひび割れの中から白い巨大な杭のような魔力塊が突き出してくる。
それもひとつやふたつではない。数多の魔力塊による鋭利な突端が、落ちる彼女を迎えるかのように牙を剥く。
彼女の被ダメージは少なくない。ザフィーラの攻撃を防御越しとはいえまともに受けて意識が遠のきそうになる。
だが、歯を食いしばって途切れかけた意識を繋ぎとめる。自身の中にある怒りや悲しみ、憎しみの感情を燃え上がらせ、まだ終わらないと瞳に力を宿す。
「……負ける、もの、かぁぁっ!!」
想いを言霊に変えて叫びを上げる。彼女は自分の中で歯車がかみ合うような、何かが弾けるような不思議な感覚を抱く。
それと同時に思考がクリアになる。雑念の全ては排し、求めるのはただ勝利の二文字だけ。
ただ勝利を掴もうとする意志だけが彼女の中を占める。
吹き飛ばされる中で、体勢を反転させる。そして目の前に自身を突き刺そうと迫るモノを視認する。
迫るモノと、近づき行く自身の身体。相対的にその速度が増しているように感じる。
防御も回避も容易ではない。最早詰みなのではと思える状況。
「僕は飛ぶっ。それを阻めるものなんて何もないっ!!」
だが、彼女はその全てを“見えて”いた。回避不能というその無理を覆すべく、それこそ無理矢理に書き換える。
刹那を見極め、目前に迫っていたそれをすれ違うようにして回避する。避けきれなかった証として身体に裂傷が刻まれるが、既に避けたはずの先にはまた別な杭が突き出しているのだ。かすり傷に過ぎないものなど気にかけもしない。
急加速と急停止の繰り返し。常識を遥か彼方へ置いてきたかのような敏捷性でザフィーラの魔法領域を翔け抜ける。
勝利と敗北の紙一重な綱渡り。それを彼女は自身の機動力のみを頼りに渡りゆく。
彼女の最大速度は変わっていない。だというのに追いきれない事にザフィーラは驚きを抱く。
緩急のメリハリはもちろんだが、それ以上に判断速度が異常であった。
それが、彼女の速さを更なる次元へと押し上げている。結果、ザフィーラの攻撃を後から見ているというのに、先に動いて避けていく。
「逃さんっ!!」
ザフィーラは、先ほどまでとは明らかに違う動きに無作為に杭を発生させても無駄と悟る。
直接狙うのではない。彼女を取り囲むように杭を発生させる。
「はぁぁぁっ!!」
彼女もまた、ザフィーラが何をしようとしているのかを悟り、急停止から、一瞬でトップスピードに乗って囲いを抜けようとする。
だが、僅差でザフィーラの方が早かった。完成した包囲網は彼女の行く手を物理的に遮る。周囲だけでなく空中へ抜ける上の方もカバーして展開される。
小柄な子供の身体であっても、抜け道のひとつも無い堅固な牢獄が彼女の姿を覆い隠す。
「終わりだっ!!」
閉じ込めたからと言って安心や気を緩めるなどといった愚は犯さない。そんな真似をすれば逆にこちらが討たれると野生の勘が告げていた。
故に、ザフィーラは展開した杭のような魔力塊の魔力を収束させる。その堅さを維持するために多くの魔力を籠められたそれらを爆散させてトドメとしようとする。
ザフィーラの魔力光が一際強く輝きを見せる。
「――砕け散れッ!!」
瞬間。彼女の声が聞こえた。それと同時にザフィーラの囲いの隙間から鮮烈なまでの金色の光があふれ出す。
最初は隙間から漏れるだけだった金色の閃光はザフィーラの魔力光を飲み込んで輝き、一気に薙ぎ払われる。ザフィーラの形成した包囲網は、たった一太刀によって斬り伏せ、打ち破られていた。
姿を現すのは、足元に展開した金色の魔力光に照らし出される彼女の姿。
燦然と輝く魔方陣は、彼女による、彼女のための、彼女のステージ。
携えるのは、普段の斧形態ではない。魔力で構成され、紫電を迸らせる金色の刀身を持つ、身の丈を越えるような大型剣。
見るもの全て魅了するかのような力強さと鮮烈な輝きを以って自身の存在を誇示する。
「雷刃!」
掲げる刀身に発生した雷が落ちる。それは紫電となって轟く雷鳴が辺り一帯に響き渡る。
古来より雷は畏怖の対象であった事を証明するかのように、見ているだけでひれ伏したくなるような恐怖と、荘厳さを内包してその姿は在る。
「滅殺っ!」
大剣を肩に担ぐようにして構える。轟く紫電、その全ては集束し、刀身に宿り力となる。
魔力が際限なく高まっていく。行く手を遮る全てを打倒するそのために。
そして彼女の瞳が、倒すべき相手を、ザフィーラの姿を射抜く。
「極光斬!!」
瞬間、全力で剣を振り下ろす。それとともに金色の閃光が解き放たれる。
それは、ただでさえ彼女の身の丈を超える大剣が、更に肥大化させた刃であるかのように見る者の目に映る金色の極光。
防御なんてさせない。雷速にして神速の一太刀。
彼女の保有する最大威力の砲撃魔法。雷刃滅殺極光斬は、その斜線上に在るモノ全てを貫き、切り裂き、突き抜けねじ伏せる究極の斬撃。
それは、防御力に自身のあったはずのザフィーラをも一撃で撃墜した。
「……さあ、僕の勝利だ!」
◇
地に倒れ伏すザフィーラは天を仰いだままピクリとも動く事が出来ないでいた。
全力で防ごうとして、彼女の攻撃はその上を行ったのだ。
結果、盾の守護獣と誉れ高き鋼の肉体であってなお、その行動する気力も魔力も全て奪い去っていた。
「どうだっ、僕は凄い強いだろ!!」
そんなザフィーラの隣で、彼女は勝利に喜び勇んでいた。
その姿は、先ほどの畏怖と憧憬を同時に抱かせるような、何処までも真剣な瞳ではなく、見た目相応の幼さのままに感情をあらわにしているものだった。
「……そうだな。私の完敗だ。まさかあそこから逆転されるとは思いもしなんだ」
ザフィーラはなんとなく苦笑を漏らすような気分で敗北を認める。
自身の全力のその上を行かれたのだ。悔しくも在ったが、それ以上に清々しい想いが胸の中を占めていた。
「む、何負けたのに笑っているんだ。もしかして打ち所でも悪かったのか?」
それに、彼女の邪気のない純粋に喜色満面な顔を見ていると、彼女が本当に呪われた存在であるとは信じられなかった。
今もこうして自覚しない内に笑みを浮かべていたザフィーラの顔を見て、笑われているような気がして拗ねて、それでも何処か心配する姿は闇の書の闇とは似ても似つかない。
「……お前は、一体何なのだ? お前の存在は何を成そうというのだ?」
考えはそのまま口を突いて出ていた。
ザフィーラには彼女が呪われた存在、呪いそのものである闇の書の闇だとは到底思えなかった。
何処にでもいる、とはいえないが、見守るべき子供の姿にしか見えなかった。
だから、彼女が何者なのかが、ダメージから緩慢となる思考は答えを導き出せずに疑問となってザフィーラの口から溢れていた。
「僕の名乗りをもう一度聞きたいのか? ……ふふんっ、仕方がないな~。もう一度だけしか言わないからちゃんと聞いているんだぞ!」
彼女のその口調は、何処かめんどくさそうだが、表情は間違いなく嬉しそうだった。
「え~、あー、あー。ゴホンッ。
……名を問われて応えないのは礼儀に反する。さあ刮目してよく聞くがいい!
闇の書の闇のマテリアルが一基。『力』を司る雷剣士とは、この僕の事だ!!
さあ、この名を聞いて、恐れおののくがいいさ!!」
声の調子を確かめ、万全を期す。
そして、改めて名乗りを上げる。びしりとポージングをしたり、背後で雷光が煌く演出をしたりと、彼女は内心ガッツポーズをして、決まったと悦に入る。
ただ、ツッコミどころとして『刮目』して『聞け』というのは少しおかしい。
「……そうか」
ザフィーラは色々な部分をスルーしながら、ポツリとだけ呟く。
そのリアクションの少なさに、彼女はかなり不満げな様相をしてみせるが、ザフィーラは自身の思った事を口にする。
「……お前は、私が思っていた闇の書の闇とは少し違うようだ。
断片であり、独自の自我を持つ故なのかは分からないが、確かにお前は“お前”だ。闇の書の闇ではない」
それは偽りの無い、実際に拳と刃を交えて抱いたザフィーラの想いだった。
彼女の太刀筋は何処までもまっすぐで淀みの一切がなかった。剣士ではないザフィーラでも、十分に彼女の真っ直ぐさが分かるというものだった。
故に、敗北しても悪い気のしない、清々しい想いを抱いていたのだと思っていた。
「……なんだと。僕は防衛プログラムの一部だ。君は、それすらも否定しようというのか!?」
深く物事を考えるのが苦手な彼女にとって、ザフィーラの物言いは理解が出来ず、ただ単純に、字面からまた自分の存在を否定されたモノだと感じた。
自分が防衛プログラムの構成体(マテリアル)だというのは、彼女の根幹をなしている。
それまでも否定されたら、彼女には本当に何も無くなってしまう。
だから嫌で、悲しくて……。ザフィーラの言葉に怒りを抱く。
「違う。ただ、お前は『自分』というものを持っているのだ。自らの本当に成すべき事がなんなのかを、もう一度考え、見定めるべきだと私は言いたいのだ」
「……うるさいうるさいうるさーいッ。もういい。君もさっさと僕の中に還れ!!」
ザフィーラは自分の言葉が足りなかったのだと悟り、言葉を続ける。
だが、彼女はその言葉にいそうですかと納得出来ない。したくなかった。
なんにせよ、ザフィーラは敵だ。そんなヤツの言う事なんかもう聞きたくないと、ザフィーラを取り込むべく行動を起こす。
「ぐぅっ……!?」
彼女の裡より溢れ出た闇に、ザフィーラは苦悶の声を僅かに漏らす。それでも、ザフィーラは視線を真っ直ぐ彼女へと向けていた。
自分の言葉では届かなかったと悟って、それでもこの想いは伝えねばならないとその姿が消える最後の一瞬までザフィーラは真っ直ぐ、彼女の瞳を見つめていた。
「……何なんだよ。折角いい気分だったのが台無しじゃないか」
一人になって、どうしてザフィーラが最後にあんな事を言ったのかが分からない。何をしたかったのかが分からない。それが苛立ちとなって彼女を苛む。
きっと重要な事だと感じるのだが、いくら考えても答えは出ない。
「……僕は『力』のマテリアルなんだ。それ以外に何があるんだっていうんだよっ!?」
結局、彼女の行きついた結論は、ザフィーラの言う事なんて忘れて闇の書の闇を復活させ、そして懐かしい闇に還るために頑張るのだという事だった。
それを成すために、彼女は再びこの空へと飛び立った。
それでも、何故かザフィーラの言葉は胸の奥から消えなかった……。
種割れ演出カッコイイ! と思うけど何が割れているのかよく分かっていない民です。