魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド= 作:のぶな
ヴィータのとの戦いに割って入った存在が、悠然と中空に佇む。
傲慢にして不遜な眼差しと態度で相手を嘲るような嗤いをその顔に浮かべる。
姿形は夜天の書の主であるはやてに瓜二つではあるが、纏う雰囲気は完全に違う。
彼女こそが、闇の書の防衛プログラムの構成体(マテリアル)の中枢を担う『王』と呼ばれる存在。
「まったくもって不愉快な事よ。王が御前における遊興だというのに、我を楽しませるに足りぬ演目を披露するのだからな。
そんなものに意味は無い。我がそう判断したのなら、何を言われるより疾く消えるが礼儀というのに、――無様に生き恥をさらすとは何事だ?」
不機嫌というよりは無力な弱者を嘲る、あるいはいたぶるような態度で見下し、冷たい嗤いを深める。
先ほどは自身の魔法により、その場に居たもうひとりとまとめて排除しようとしていたが、その敵に温情を掛けられてようやく生き残った。
そんな存在に価値など存在せぬと、その瞳が雄弁に物語っていた。
「ふざけるなっ、僕は君のために戦っているわけなんかじゃないっ!!」
その王の視線の先に居るのは、防衛プログラムの『力』を司る構成体(マテリアル)の一基である青い魔導師の少女。
彼女はヴィータとの激戦の直後であり、バリアジャケットひとつ見ても少なくない損傷が見て取れる。
だが、自身のコンディション云々よりも、許せないものがあると王のその姿を睨めつける。
「これは異な事を。うぬは所詮、我から零れ落ちたほんの一欠片のデータに過ぎぬ。
王である我に尽くす事はうぬの天命であるというのは自明の理であろうに」
「そんな事なんて知らないッ。というか、僕は君を斃すんだっ。そして、砕けぬ王に、僕はなる!」
「……うぬが王だと? くふ、くははは、はーはっはっはっ!!」
彼女の怒りに堪えた様子もなく、むしろその嗤いを深めて言葉を返す。
どんなに嘯こうとも、彼女の言葉では王には何の感慨も抱かせない。
「何がそんなにおかしいんだ!?」
「くく、身の程知らずもここまで来ると滑稽以外の何物でもあるまい。
王が何たるかも知らぬ輩が、王になど成れるわけがなかろうに。いや、うぬの場合はそれ以前の問題か」
上に立つ者と、下から上を見上げる者。この構図こそが自分達の在り方を示している。
それを証明するように、明らかな嘲笑を崩す事無く、王は相変わらず彼女の姿を見下している。
そこに、更に不憫なものだという蔑む意味合いがその視線に込められる。
「王とはこの世全てを統べる孤高の存在。そしてその責を背負ってこその王よ。
うぬのように、孤独に震える弱い魂がすがりつくのはおこがましいというものよ」
王は、自身と彼女の間に在る差を明確に言葉にする。
弱い彼女には、そもそも王に足りる器がないと。
「僕が弱い、だと……? そんなわけはない! 僕は力のマテリアル。うんと強いんだ!!」
彼女は自身が強い存在だと思っている。『力』の名を冠している事がそれを証明している。
だというのに、言うを事かいて「弱い」などというのが許せない。ヴィータとの戦いのまま大型剣形態にあるデバイスの切っ先を王に向ける。
これ以上世迷言を語るというのであれば、一刀のもとに斬って伏せると態度で物語る。
「いいや、うぬは弱い」
だが王は、彼女の態度を意に介した様子もなく、自身を強いという彼女の言葉を即座に否定する。
「うぬを形作るのは嘆きと悲しみ。切り捨てられ、寄る辺を失い独り佇む迷宮の迷い子。
目指すものもなく、ただ闇の安らぎを求め彷徨うだけの弱い魂……」
そして、否定に足りる根拠は在ると彼女の態度を無視するように『事実』を告げていく。
そこに嘘や偽りは無い。元々自分から切り離されたごく一部の事なのだから手に取るように分かると、彼女の心の内を暴いていく。
「違うっ、ちがうちがうちがう!! 僕は弱くなんか無いッ!!」
彼女は王の言葉を聞いてはいけない、認めてはいけないと必死になって否定する。
だが、その言葉は確かに彼女の心の中に浸透していく、本当は言われるまでもなく知っていると認めてしまいそうになる。
「嘆きと悲しみに押し潰されまいと、その感情を怒りと憎しみだと自己を偽って駄々をこねるだけ。まさにうぬの情報素体となった塵芥そのモノの弱さよ。
いや、むしろそれ以上に弱いのではないか?」
そんな彼女の葛藤を知りながら、王の語り口は止まらない。
弱者を弄っている事が何とも愉しい。それを顕わにするように、顔に浮かぶ嘲笑を更に深めて宣告を下す。
「違うって、……言っているだろぉぉっ!!」
王の言葉に我慢の限界を超え、彼我の距離を一瞬で詰めると、彼女は苛立ちのままに斬りかかる。
轟音を巻き起こしながら、怒号と共に大型剣の刃が一直線に振り下ろされる。
「ふん、やはりこの程度よ」
だが、王は揺らぎもしない。携える魔導騎士の杖を指し示すだけで展開した防御魔法が難なく彼女の一撃を防いでみせる。
一撃を遮られ怒りにその表情を歪める彼女の姿を、王は涼しい顔をして防御魔法越しに見据える。
「貧弱で脆弱で軟弱な心と魂。そのような者が王になるだと。……身の程を弁えよっ、塵芥が!」
「うわぁっ!?」
そしてそれまでの愉悦に染まる表情から一転、怒りの色合いを露わとするかのように目を見開くと共に身に宿す禍々しいまでの圧倒的な魔力を解き放つ。
王が相変わらずその場に在る。だが攻撃でも防御ですらない魔力の奔流だけで彼女の一閃を撥ね退けていた。
成すすべもなく弾き返されてしまった彼女だったが、それでもまだ終わりではないと王の姿を睨みつける。
「うぬのような矮小な存在なぞ取るに足らんが、一応はマテリアルが一基。
王が王である所以をその眼にしかと焼きつけ、そして我が糧となりて消えるがよい」
佇む王は未だ動かない。だというのに彼女は攻め込む事が出来なかった。
何故なら、彼女は周囲を王の展開した短剣を模した魔力刃によって取り囲まれていたのだから。
その刃の切っ先は全て、既に彼女に照準が定められている。逃げ場は無い。完全な全方位からの包囲攻撃が彼女に迫る。
「く……っ」
詰みを宣告されたような状況。だが、だからといってそれを黙って受け入れる気は無い。
彼女は集中力のレベルを一気に最大へと引き上げる。生き残るためには余計な情報は要らないと雑念の全てを排し、思考をクリアにする。
襲い掛かってくる魔力刃、そのひとつひとつを睥睨する。
一見すると抜け道が無いように見える中にある、たったひとつの光明を見出す。
それを思考という段階をすっ飛ばして認識し、僅かな可能性に自身の全てを賭ける。
ミリ単位以下の精密な機動制御。魔力刃が飛び交う中にある極小の隙間を看破し、そこへ身を潜り込ませるように宙を舞う。
飛び交う刃において、一瞬前までの安全地帯は即座に危険地帯へと変貌する。故に、一瞬たりとも止まらずに回避運動を取り続ける。
生死を分けるのは一瞬を更に細分化した刹那の判断。
時間にして僅か一秒にも満たない間に何重にも行った機動による反動は身体がバラバラになるような思いを彼女に抱かせる。
回避し切れない分が、彼女の肌に滲む血によって一筋のラインを描き出す。
「くはぁっ、はぁっ……!」
だが、魔力刃のひとつもその身に受けることはなかった。彼女は回避をやり遂げ、刃の包囲網を抜け出す。
同時に、過度な緊張が多大な負担を強いていた肺が爆発したかのような痛みを訴える。止めていた呼吸が堰を切ったように空気をその内に取り込む。
薄く傷を負いはしたが、五体満足で抜け出す事が出来た。だが、そのために間合いは王からだいぶ離れてしまった。
この距離が憎いとばかりに、王の姿を睨みつける。
「ほほう、今のを抜けるか。なるほど。弱者らしく逃げるのだけは一級品のようだな」
対する王はなおも嗤う。
逃げられて苛立ちは在るが、それでも、彼我の間柄は狩人と獲物。
むしろ、どうやって追い詰めるかを楽しむために、もっと逃げて見せろとでもいうかのようだ。
「僕はっ、弱者なんかじゃない!!」
「ほざけ、塵芥。ほらほら、次を行くぞ?」
次いで王が使うのはエルシニアダガーという魔法。小さな光弾と成した魔力が、文字通り弾幕を張って彼女に襲い掛かる。
今度こそ避けるという行動を選択させない、空間を埋め尽くすような数で圧倒してくるその魔法。
「このぉ……っ!!」
回避が出来ないのならと、彼女は手にした大型剣で一気に薙ぎ払ってその魔力弾の大半を掻き消す。そして返す刃で、残りの魔力弾をも掻き消す。
王の使った魔法は誘導性は無い上に命中精度や一発あたりの威力も低い。この程度は彼女と大型剣形態のバルニフィカスの前には敵ではない。
「ほほう、あの数を打ち消したか。なら次は倍の数で行くか?」
「なっ、くッ……!?」
だが、彼女は踏み込んで間合いを詰める事が出来ない。
掻き消した次の瞬間には既に次弾が目の前に迫ってくる。彼女の攻撃速度を上回る速度で王は魔力弾を精製されて撃ちだされてくるのだ。
「この程度で必死になって剣を振るうとは、我からすれば滑稽なものよ。ほれほれ、もっと踊って我を愉しませてみせよ」
一発あたりの威力が低いとはいえ、普通ならこのペースで魔力弾を精製・発射をしていればいずれ魔力が尽きるはず。
だが、膨大な魔力量を誇る王にとって、そのような心配など杞憂にすらならない。溢れる余裕のまま、彼女が防ぐ度に更に光弾の数を増やしてゆく。
文字通り、断続的に放たれる魔力弾を前にどう見ても手が足りない。徐々にだが、確実に彼女は押し込まれていく。
「ふはははっ、闇の安寧を求めるだけのうぬはやはり弱い者よ。
それで『力』を名乗るとは、厚顔無恥も甚だしいというものよなあ?」
「うるさいッ、黙れ……!!」
更に、王の嘲りの言葉が容赦なく彼女の精神を、集中力を削ってくる。
彼女も即座に否定するが、反撃の目途が立たない中で弱いと言われ、心の内で否定し切れないのではと思ってしまう。
それが疑心暗鬼となって集中力をも削いでいく。どんどん苦境へ追い込まれていく。
様々な要因が絡み合い、迎撃が間に合わなくなってくる。そのため、迎撃ではなく前面にシールドを展開することで防御する事を選ぶ。
高速戦を得意とする彼女は足を止めるのは愚策ではあると分かっていても、ヴィータとの連戦における疲労もある。他に取れる選択肢が無かった。
「くく、脇が甘いぞ?」
だが、次いで王が放った八つの剣状の魔力弾が大きく散開するように展開される。それはシールドを迂回するような軌道を描いて彼女を目がけて襲い掛かる。
彼女は咄嗟にシールドの構成の維持を放棄して、デバイスの幅広の魔力刃を盾にする事によって防ぐ。
「あ……」
金色の魔力で編まれた刀身は、王の放った剣状の魔力刃を遮り、彼女へのダメージが徹る事を防いだ。
だが、彼女の耳に金属が軋むような音が届く、デバイスに、──バルニフィカスに蓄積されたダメージから、その金の魔力光によって編まれた刀身に罅が入る。
それを認識して、彼女は小さな声を漏らす。自分の心は折れ無いし、揺るがないと思っていたのに、王の言葉で挫けてしまいそうになっている。
それが目の前で明確な形となって現れたようで一際強い動揺が彼女を襲う。
「よそ見とは余裕のつもりか?」
そこへ王が放った光弾を一直線に彼女に向かって飛翔する。それは数で圧倒していたエルシニアダガーの魔法であったが今までの小粒だったような光弾とは違う。
魔力を溜めて集束させたそれは、既に射撃魔法ではあっても砲撃魔法クラスに近い威力を内包するもの。
それを、彼女は剣で防ごうとして、
──折れた。
連戦の影響もあったが、それ以上に彼女の動揺がその強度を著しく下げていた。
そのため、限界を超えた刀身はあっけなく中心から折れ砕けた。
目の前で相棒であるデバイスが折れた事が信じられず、そして心の何処かで納得してしまった。
剣と一緒に、自分の心も折れてしまったと。集中力は途切れ、怒りと憎しみでふたをしていた悲しみと嘆きの感情が湧きあがってくる。
知らず、涙が溢れてくる。
(ああ、本当の僕は、こんなに弱かったのか……)
王の言葉を否定して否定して否定して、そして否定し切れずに浮かび上がってきた自身の心。
闇の書の防衛プログラムを呪いといって撃ち抜いた魔導師や騎士を憎いと思って怒りを抱いていた。
でも、本当はただ要らないと切り捨てられた事が悲しかった。ずっと一緒に居た守護騎士や管制融合騎と離れて孤独となった事が寂しかった。
本当の心。それを自覚した。自覚して、王は何も間違った事は言っていなかった。自分が自分を偽っていた事も真実だった。
それを認識して、心が折れて、これからどうすればいいのかと思う。
「ふん、終幕か。存外にもたなかったな。ならば疾く消えて我が糧とりなり、我がこの世に闇を齎すのを眺めているが良い」
呆然と立つばかりの彼女の姿に、心の弱さを曝け出されもう戦う意志も失ったのだと見て、王は弾幕を張るのを止める。
代わりに次で決する気でいるらしく、砲撃魔法のチャージを始める。
(そう言えば、誰かが自分の在り方をきちんと考えるべきだと言っていたような……)
白い魔力光が収束していくのを目前にして、ふと、そんな事が彼女の頭を過った。
力のマテリアルである自分にとって、考える事はあまり好ましくない。でも、コレは何か大切な事のような気がした。
防衛プログラムのいち構成体であった存在が独自の自我を獲得してから今のこの一瞬まで。彼女の過ごした時はあまりに短い。走馬灯のように記憶は巡って数秒とかからない程度のものだ。
それでも思い出せる光景は、確かにあった。
いまだ具体的に言葉にする事は出来ていない。それでも確かに彼女の心の中には“何か”があったのだ。
「消し飛べ、塵芥。──アロンダイト!!」
王からすれば、そんな彼女の内面の変化など気に掛けるに値しない。当然の結末へと帰着させる砲撃魔法を解き放つ。
それは白い奔流となって一直線に彼女に襲い掛かる。
──直撃。
彼女は常のように回避行動はしなかった。真正面からその砲撃にさらされ、爆散する砲撃の魔力に齎された爆煙によってその姿が覆い尽くされる。
断末魔の叫びも何もない。ただ、そこには王の放った砲撃の余韻だけがそこにあった。
「全く以ってあっけないものよ。だが安心するがよい。うぬのデータは我が糧として永劫に生きるのだからな。王の役に立てた事を光栄に思うが良い」
愉悦のままに気分を高揚させながら王は口を開く。
彼女は守護騎士を既に数名その内に取り込んでいた事を王は知っている。あまり役に立つ存在ではなかったが、その点だけは評価すると告げる。
「……その必要は無いよ」
「な……!?」
だが、ふと聞こえた彼女のその声に、王は驚きの感情を抱く。
そして見やる煙が晴れたその先に、彼女は左手を突きだした格好で中空に立っていた。
おそらく防御魔法で防いだのであろう事は推測が出来る。だが、彼女はオリジナルの魔導師よりも出力はあるとはいえ、王の砲撃魔法を真っ向から防げるほどの防御力は無いはず。
だが、現実としてあるのは、砲撃魔法を真正面から受け切ったという事実。その予想外の事態に余裕を忘れてただ困惑していた。
「僕は今まで何も始っていなかったし、これからも何を始めたいのかも分かっていない……」
彼女は誰に言うでもなく独白を漏らしながら、足元に魔法陣が展開される。
それと同時に、目に見えて彼女の姿に変化が表れる。これまでの戦いで負った傷が癒され、破損されたバリアジャケットが修復されていく。
「バカな、うぬにそれほどの自己修復能力があるわけが……、いや、それは治癒の魔法!?
それこそありえん、うぬにそのようなスキルがあるはずが……!?」
言いながら、足元に煌く魔法陣がミッド式の円形のそれではなく、ベルカ式のそれになっている事に気付き、王はひとつの可能性に行き着く。
彼女は守護騎士を取り込んでいる。その内の湖の騎士であるシャマルは回復を含む補助の魔法を得意としている。その力を引き出し、治癒に当てているという事。
そう考えるなら、防御に特化した能力の盾の守護獣を取り込んでいるのだから、その力を使い、先ほどの砲撃にも耐える事が出来たのだと推測が出来る。
だが、それもおかしい。
彼女は守護騎士を取り込みはしたが、そのスキルを蒐集したというわけではないはず。
それならば守護騎士の力をどうやっても引き出せないはず。まさか敵であるはずの守護騎士自身が彼女の内から力を貸しているなどというハズもあるまいし。
「初めて僕が言葉を交わしたのはシャマルだった。その時は特に何も思ってなかったけど、今はその誰かそのやり取りという行為を楽しいと思っていた」
王が戸惑いながらも彼女に起こっている事に考えを巡らせているが、そんな王の姿など気付いていないかのように彼女の独白は続く。
その声色は抑揚も少なく静かなもの。だが、無感情ではない。確かな想いが籠められて言葉は紡がれる。
「ザフィーラは真っ直ぐに僕を見てくれていた。残した言葉の意味はまだ分からないけど、ちゃんと考えてみるよ」
彼女はさっきからずっと俯き加減で、前髪に隠れてその表情を伺う事が出来ない。
声からも感情が読み取れないと、王は不気味なものと対峙しているような思いを抱いている中で、彼女はゆっくりと癒えゆく身を動かす。
「ヴィータとは、まだ決着がついていない。預けた勝負に決着をつけるまでは、僕は消えたりしたくないし、騎士にライバルと認めてもらって、応えないわけにはいかない」
携えるのは中ほどから折れて、切っ先を失った金色の刀身である大型剣。
それを、自身の前に持ってくるとそのまま真上に掲げる。同時に、俯き加減だった顔も上げられたために、その表情も見えるようになる。
在ったのは、瞳を閉じ、常の陽気な雰囲気ではなく静謐な想いを表しているかのような顔。
「何より、僕は君の事を認めるわけいにはいかないっ、だから、僕はまだ戦えるんだ!
君もガッツと根性を見せてみろッ、バルニフィカス!!」
その閉じていた瞳が一気に開かれる。同時に、彼女は自身のデバイスに呼びかける。
足元に輝く金色の魔法陣はその光を強め、鮮烈で強烈に彼女の姿を照らし出す。
呼びかけられたバルニフィカスは、インテリジェンスデバイスのクセに相変わらず喋りもせずに、ただ蒼いコアを明滅させるだけで応える。
だが、確かな鼓動を彼女は感じていた。言葉なんて要らなかった。バルニフィカスもまた、彼女の戦意に感化されてその機械の奥にある心を奮い立たせている事を彼女は直に知る。
バルニフィカスは彼女が解放した魔力を受け、自己修復能力を加速させる。
刀身はもちろん、デバイス全体を金色の光が覆いつくす。そして、一際強い光を放った後に在ったのは、完全にリカバリーを終え、十全の姿となった大型剣形態。
それは戦いが始まる以前の状態に、いや、それ以上の濃密な魔力の気配を内包していた。
「魔力、全開! 全開!! 全ッ開ッ!!」
だが、彼女はそれでも満足しない。まだ自分の限界はここではないと更に猛る。
際限がないとでも言うかのように輝きを強める足元の魔法陣から魔力が迸る。彼女の魔力変換資質が魔力を轟く雷鳴と為して空を灼き貫く。
応えるバルニフィカスも貪欲なまでに魔力をその内に取り込み、金の刀身に紫電を纏う。
――威風堂々。
今、この世界の中心にいるのは自分である事を証明するかのような堂々とした姿で、彼女はそこにいた。
「……ふん、虚仮脅しの無駄な足掻きをしおってからに。我は貴様を無用と断じたのだ。早急に消え失せろ!」
ついさっきまでアレほど弱っていたはずなのに、何処にそんな力が在るのだというほどに魔力を後先も考えずに解放する彼女を、王は鼻で笑おうとした。
だが、それは失敗して頬がひくつくだけに収まっていた。
それが、王である自分が目の前の矮小な存在に気圧されているようで、癪に障って苛立つ。そんなものは認めるわけにはいかないと、強力な魔法を使うべく魔力をチャージする。
「永劫の闇に沈め、──ディアボリックエミッション!!」
王が放つのは空間殲滅魔法。
射撃や砲撃魔法のように撃つのではない。空間そのモノを埋め尽くす事で対象を殲滅するこの魔法には、防御魔法の発生を阻害効果が含まれている。
回避なんてさせない攻撃範囲の上にこの付随効果のある魔法を以ってすれば、幾ら意気込んだところで無駄でしかないというものだ。
現に、闇のドームは王を中心として広がり、彼女のその姿を飲み込み──
──金色の閃光によって一刀両断に伏された。
「な、に……?」
王のすぐ脇を振り下ろされた刃が通過した。その刃の軌跡のままに闇のドームは切り裂かれ、空間殲滅魔法はその役目を全うする事無く霧散していく。
信じられない思いでいる王の視線の先に居るのは、掲げた剣を振り下ろした姿のままに在る彼女。
彼女の瞳には、先ほどまでの弱さはなかった。
……違う。弱さは相変わらず彼女の中にある。ただ、その弱さの全てを内包して、それ以上の力強さがその瞳に宿っていた。
彼女は弱さを否定していなかった。ただ受けいれただけ。
それだけだというのに、今までとは全く違う視線が王の姿を射抜く。
「この力で僕は飛ぶ。……君は、死ね!!」
「ぬぅ……!?」
その視線に、王は知らず後ろに下がる。
下がって、それに気付いて驚き、そして自分が彼女に恐怖を抱いたのだと気付く。
王である自分が、高々一欠片風情に気圧されるなどとは断じて認めるわけにはいかないと、憤怒の情で彼女を睨めつける。
「塵芥風情がいきがるなぁっ、我は闇を、全てを統べる王ぞ!!
永劫の闇を齎す我が覇道の前に、貴様もただひれ伏していればよいのだ!!」
王は怒号を上げながら、遊びの要素など欠片も無い。出来うる最大数の光弾撃ち放つ。
操作などしていない故に無作為な軌道を描く光弾は、その動きを読む意味を失わせる。それが彼女の視界全てを埋め尽くす勢いで襲い掛かる。
「天破──」
そんな光景を目の当たりにしても、彼女の視線は揺るがない。動揺も無い。
振り下ろした剣を再度掲げながら、ぽつりと呟く。その声に応えるように彼女の周囲に濃密な魔力の気配が漂う。
先行して、僅かな放電現象が起こる。だが、嵐の前を思わせる静寂が場を支配する。
「──雷神鎚ッ!!」
そして、嵐の奔流が巻き起こる。
静から一転して動の気迫の籠る彼女の声を号令に、雷鳴が周囲一帯に轟く。雷光が世界を金色に染め上げる。
それは領域を支配し、踏み入ったモノ全てに等しく振り下ろされる雷神の鉄槌。雷鳴の轟く領域に侵入する光弾は、その尽くが金色の雷に呑み込まれて打ち砕かれていく。
例外はない。王の放った光弾は、彼女の雷の前に全て落とされていた。
「他の誰かに負けるのも嫌だけど、最初の想いを忘れて、惰性のままに破壊をする事が正しいと思い込んでいる君にだけは、何をおいても負けたくは無い!
同じ闇の裡から生まれたからこそ、そんな君にだけは負けるわけにはいかないんだ!!」
彼女の叫びは、自身を偽っていた想いを失くしたから故に見えた心の内から生まれた物。
考えての物ではない。内より湧きあがる想いのままに声を上げる。思考という段階を経ないからこその、心からの真実の叫び。
「砕け散れ!」
想いは宣言した。これ以上語る言葉は無いと、デバイスを構える。
そして、剣を足元に展開される魔法陣の縁をなぞるようにしながら回転、その全身の捻りを加えて下段から振り上げる。
その切っ先から衝撃波が奔る。阻むものはもう何も無い。一直線に王へ突き抜ける。
「ならばみせてやる、闇の深遠を!」
だが、対峙する王はただ者ではない。奔る衝撃波を前にしてその魔力を解放する。
膨大にして禍々しいその魔力は、存在するだけで世界を蝕むかのように王を中心に広がる。
並を圧倒するはずの彼女が放った衝撃波を、ただそれだけで相殺して見せた。
「絶望にあがけ、塵芥!!」
手加減も何もする必要は無い。目の前に居るのは強大な力を持つ障害と王は認めた。
その上で、足元にミッド式の円形の魔法陣を、目の前にベルカ式の三角形の魔法陣を白い魔力光で描き出す。
それは、王の保有する魔法の中でも、最大威力を誇る砲撃魔法である『エクスカリバー』を放つためのだと、彼女はひと目で看破する。
看破して、アレを撃たせてはいけない事も同時に悟る。彼女の最大威力の雷刃滅殺極光斬を超える威力を誇る事を知っている。撃ち合いになったらこちらが負ける。
ならばどうするか?
「いくぞッ、バルニフィカス!!」
答えは単純明快、より早く王に斬り込めば良い。
彼女は大型剣の切っ先を真っ直ぐ王へと向けると、剣の指し示すままに従うように、一直線に飛翔する。
それは一筋の雷光。撃ち合いになれば互角の魔法発生速度でも、最短距離を最速で空を翔ける彼女の方が早い……!
「くく、掛ったな、塵芥ァ!!」
その判断の下での彼女の行動であったが、王は自分が砲撃魔法の魔法陣を展開すれば、彼女ならそう行動するだろうと読んでいた。
王の足元に展開された魔法陣がミッド式からベルカ式に切り替わる。それはドゥームブリンガーの魔法。
五つの魔力刃が浮かび上がり、撃ちだされる。その直後には次弾の魔力刃が既に撃ちだされている。
それは、彼女とヴィータと戦っている最中に割り込んで来た魔法。光弾より数は少ないが魔力が圧縮されて威力は上のそれが、二連、三連と幾重にも撃ちだされる。
相変わらず狙いもつけずに放たれている。だが、彼我の距離が埋められれば埋められる程に攻撃の密度が増す。
勝手に彼女の方から当たりにくるのだからわざわざ狙いをつける必要もない。突っ込んでくるだけなら彼女の自滅。逆に後退するというのであればこのまま押し切る腹積もりだ。
「おおぉぉぉぉっ!!」
だが、彼女はそんな王の思惑も乗り越える。目の前に自分の身を裂きうる無数の刃が突き付けられてもその速度を落とさない。むしろ更に加速する。
頬に裂傷が生まれる。翻るマントに風穴が開く。肩に魔力刃が突き刺さる。
金の刀身に触れた魔力刃は弾かれるが、それ以外の魔力刃は容赦なく彼女の身体に傷を刻みつける。
それでもなお、彼女は雄々しく叫びを上げながら、愚直なまでに飛翔する。
この手に勝利を掴む、ただそれだけのために……!
「く、来るなぁっ!!」
必勝の策であったのに、止まる素振りの一切無い彼女の姿にあり得ないという思いを抱く。
彼女の姿を信じたくないという想いが王の心に恐怖を生み出す。何よりも自己防衛が必要だと、全力を込めて防御魔法を展開して彼女の進攻を遮る。
「それがどうしたァァッ!!」
切っ先が王の防御魔法に触れる。弾き返そうという抵抗はあった。だが、それをも押し込んで刺し貫く。
堅固なはずの王の防御魔法は、薄いガラス板であったかのように役目を果たす事無く彼女の刃の前に砕かれた。
遮るものはもう何もない。彼女に止まる気もない。ここに至って王に逃れるすべもない。
ならば齎される結果はひとつ。
「ばか、な……!?」
王の胸より分け入った刃は、その身を割いて背中からその姿を顕わにする。
彼女の刃は、王の身体を真正面からとらえ、そして貫いていた。
驚きは、王だけが漏らした。
こんなはずが無い。在ってはならないはずだというのに、自分の身に起こった事が痛みという実感があってもなお信じられない、信じたくない。
そんな想いだけに王のその心は支配されていた。
対する彼女は自分を信じて必殺の決意の下に刃を突きたてたのだ。
故にこの結果は当然。驚く理由の方が余程ない。
「……僕の勝ちだ」
至近で彼女と王の視線が交錯する。
揺れる瞳と揺るがない瞳。勝敗が決した事は誰の目にも明白だった。
「く……おの、れ、おのれ、おのれおのれおのれぇぇっ!!」
だが、それを認められない者が居た。
王である彼女は敗北を受け入れる気は無かった。敗北をするというのであれば、その事実は抹消されるべきだと思う。
それを実行するべく、刃に貫かれ血を吐きながら、自身の魔力を集束させていく。
今、この場に在る全てを、敗北という事実と共に消し去るべく魔力を暴走させ──
「消えろぉぉ!!」
──刹那、彼女の大型剣が金色の極光を解き放つ。
ゼロ距離からの魔力放出により放たれた金色の奔流が王のその内から吹き飛ばす。
自爆しようという意志もろ共、その存在を吹き飛ばした。
そして、勝者はここにひとり。
「……ふふ、やた。僕が勝ったんだーっ! 王に勝ったんだから、これからは僕が王になるんだ!!
あーはっはっはーっ!」
勝利の美酒に酔うかのように哄笑を上げて勝利を喜ぶ。
王になる事は彼女が目指していた物のひとつ。王をこの手で斃したのだから、その目的に到達の最大の障害を排したのも同意。
砕け得ぬ王に向けて大きく前進したのだ。嬉しくないわけがない。
「あははは……」
だが、その喜びも長くは続かない。笑い声は徐々に小さくなり、そして消える。
「……僕が望んでいた物は、こんなものじゃないはずだ。一体、何があればこの心が満たされるんだ……?」
心に空いた穴は、相変わらず風通しが良いかのように吹き抜ける。
目指していたはずの物を目の前にしても、塞がらない。何をどうすれば埋められるのかが分からない。
疑問が喜びという感情に上塗りされ、高揚した気持ちが冷めていくのを感じていた。
「でも、分からないなら探すだけだ。僕が本当に求める物がなんなのかを……!」
だが、彼女は悲愴に暮れる事はしなかった。
自身の弱さを認め、強くなったという自覚がある、というわけではない。
今までは考える事を放棄していたが、これからはきちんと考えると決めたから。
自分を認めてくれたヴィータに次に会う時には胸を張っていられるように。
そう、自身の心に決めていたのだから。
今回の戦闘シーン(特に後半)のBGMは『BRAVE PHOENIX』。フェイトがヤル気満々の時の曲ですね。
Fateの『エミヤ』でも良さそうなきもしますけど。