魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド= 作:のぶな
視界いっぱいに広がるのは、金色の閃光が自身に向けて真っ直ぐに振り下ろされる光景。
それを、なのははなすすべもなく眺めていた。
無論として、ただ黙ってその刃を受け入れる気はなのはには無い。
だが、身体が言う事を利かない。心が彼女と戦う事に対して疑問を訴える。
最初は戦おうと思っていたハズなのに、今のなのはにはそれが自分のやるべき事だとはとてもじゃないが思えなかった。
もし仮に彼女が単純に悪人だったり、相手の想いを知るためという理由があったりしたのなら、なのはも悩む事は無かった。いつも通りに全力でぶつかるだけだった。
だが、彼女との戦いは、今までなのはが経験してきた物とは違った。
なのはは最初、闇の書の闇は復活させるべきものではないと理由の下に戦っていた。
闇の欠片が再生させた過去の記憶は悲しい想いばかりだった。だから、その悲しみの原因である闇の書の闇を眠らせれば、これ以上悲しい想いをする人はいないと信じていた。
その前提を覆す存在が、友達であるフェイトの姿を象った彼女だった。
彼女は闇の書の闇そのものと呼べる存在であり、他ふたりの構成体も居なくなった以上、彼女を倒せば今回の事件は終わりだ。
でもそれは、あの怒りの中にも寂しいとか悲しいとかの想いが込められた瞳をした彼女を切り捨てるという事。
彼女は、闇の書の復活云々よりも、ただ自分はここに居ると一生懸命に訴えているだけの、小さな女の子になのはは感じた。
だから、彼女もまた救われるべき、守られるべき相手なのではないかと思う。
でも、それは出来ない。彼女を放っておくと言う事は、闇の書の闇の復活を認めるという事。
そんな事になれば、今よりもっと多くの人が辛い思いや悲しい気持ちを抱く事になる。
彼女も幸せに、笑顔でいられる未来があってもいいはずなのにそれが出来ない。
悲しい想いをする人を失くすために、悲しい想いをしている人を救わないという事なんて、あっていいはずが無いというジレンマがなのはに判断を下させない。
全てを救う事は出来ない。この世全てを幸せにする事など出来はしない。
より多くの人を救うために、少数を切り捨てる事という次善の策しかこの世には無い。
その中で出来る事は、可能な限り切り捨てられる少数を少なくする事だけ。
そして今、彼女を切り捨てれば犠牲は最小限で済むと理屈は分かり切っている。
これまで彼女と戦った守護騎士はそれらを全て知った上で、それでも彼女と戦う事を決めた。おそらくこの場にいたのがクロノだったら同様の判断が出来ただろう。
だが、なのはにはそれが出来ない。
なのはは、確かに濃密な戦いの経験を積んでいた。だが、それ以前に小学三年生の小さな女の子。
そんなやるせない現実を、どう足掻こうとも零れ落ちるものを失くす事は出来ないという現状を突き付けられて、はいそうですねと納得出来ないし、したくなかった。
その結果が、こうして目の前にあった。
全てを救いたいと願い、『守るべき物』と『切り捨てるべき物』を選ぶ事が出来なかった。
負ける気はないのに、彼女と戦うという選択肢が選べない。一度決めれば何処までも真っ直ぐに進む不屈の心も、行くべき場所が定まらなければ何処へゆく事も出来ない。
彼女を偽物と断じていたときは、こんな迷いなぞ無かった。
でも、もう気付いている。彼女はフェイトの偽物なのではなく、彼女という一個人なのだと。
気付いた以上、彼女を否定するためだけの戦いなんて、なのはには出来なかった。
時間があれば、もっと別の選択肢を見つける事も出来たかもしれない。だがもう遅い。彼女の極光の刃はもう目の前。
なのはと彼女の戦いは、なのはの敗北で決着がついていた。諦めるわけではない、それでも選択をする機会を逸したなのはには、その刃を受け入れるしか道は無かった。
だから、なのははその瞳を静かに閉じたのだった。
(……?)
斬られると思った。だからそれに伴う痛みに耐えようとした。
だが、一向に痛みや苦しみは訪れない。もしかしたら、それらを感じるより先に意識を失ったのかとなのはは思うが、それならば、今こうして考えているのは何なのか。
むしろ痛いどころか逆に温かくて、安心できるような不思議な感覚に包まれているような気がする。
それが何なのかと不思議に思って、なのはは閉じていた瞳を開けた。
「なのは……間に合ってよかった……!」
「フェイト、ちゃん……?」
そこには、自分を抱えるようにしながら、心からの安堵の表情を浮かべる友達の姿があった。
なのはは何故フェイトがここに居るのか困惑したが、すぐにギリギリのところでフェイトに助けられたのだと理解出来た。
理解して気が抜けたのか、上手く身体に力が入らずにフェイトに寄りかかってしまう。
だが、ここは戦いの場なのだ。こんな足手まといでしかない自分を抱えたままでは、フェイトであろうとも彼女から戦う事も逃げる事も出来ない。
そう思って、彼女の方から追撃も何もないという事に気付く。どういう事かと視線を巡らせ、その疑問の答えを知る。
「もう、エイミィさんやクロノ君にも無理したらあかんと言われとったはずやろ、なのはちゃん」
「それでも、高町なのはが無事でよかったです……」
そこに居たのは夜天の主、八神はやて。そして祝福の風、リインフォースのふたりがなのはとフェイトを庇うように彼女の前に立っていたのだった。
「……夜天の主とその官制融合騎、今はリインフォースという名前だったか。君達も僕を邪魔しようというのか?」
彼女ははやてとリインフォースと向き合いながら言葉を紡ぐ。
その視線は勝敗の決した相手に割くものはないというかのようになのはに向けられない。
ただ、次の敵はお前達かと立ちふさがるふたりを見つめる。
「はじめまして、いうんはちょっと変かな?」
まずはと、はやてが挨拶をする。今までの情報から、彼女は他の闇の欠片とは違い独自の自我を持っている事は分かっている。なら言葉でコミュニケーションを取るのは当然とにこやかに声を掛ける。
ただ、こうして話をするのは初めてだが、夜天の書が闇の書と呼ばれていた時は防衛プログラムである彼女もまた常に一緒に居た。
そう思って、なんだかおかしな状況だなと思いながら苦笑を漏らす。
「別に挨拶なんてなんでもいいさ。もしあるとすれば『さようなら』というぐらいなものだろ?」
対して彼女は、なのはに向けて振り下ろした大型剣形態となっているデバイス、バルニフィカスの切っ先を向ける事で返す。
彼女は戦いの中で自身を証明すると既に決めた。もう、ただの言葉を掛けられて止まる気はない、止める気があるなら力づくで来いと態度で示す。
「そんな事を言うな。お前にはお前としての自我があるのだろう。
言葉で想いを伝えあえるのなら、別れの言葉だけの未来以外もあるはずだ」
次いで口を開いたのはリインフォース。
自分は永遠の呪いに縛られていると思っていた。だが、主であるはやてや、管理局の魔導師達の力によって、未来を見る事が出来る事を知った。
未来は諦めなければ掴む事が出来る。だからお前もと、彼女に手を差し伸べる。
「……リインフォース、君はそれでいいだろうさ。僅かな時間であっても優しい主と一緒にいられるんだから……」
だが、彼女はその手を取らない。俯くようにしながら、静かに語る。
そして、その感情は一気に爆発する。
「僕はただ、自分に掛けられた願いに応えるべく役割を果たしていたというのに、誰からも不要といわれて切り捨てられたっ。
ずっと一緒だと思っていた君や守護騎士達も僕を不要という。そんな僕の気持ちを知りもしないで、今更勝手な事を言うな!!
君達にとって、僕は在るべきではない存在なんだろうっ。僕に居場所はないと言ったのは君達だというのに、そんな綺麗事を言われても白々しい以外の何物でもない!!」
彼女の慟哭を前にして、誰も口を開く事が出来ない。
なのはは、戦いの最中に、彼女の寂しい想いに触れて。
フェイトは、自分が母親に不要と言われた時の悲しい気持ちを思い出して、彼女の想いがこの場に居る誰よりも深く共感を覚えていた。
どうしても彼女が敵だなんて、悪だなんて思えなかった。
だから、彼女と戦うという事がどうしても選べず、何をする事も出来なかった。
「……そか、それが君の心なんやな」
誰も口を開けない。その中で、朗々と言葉が紡がれる。
「わたしもずっと長い間ひとりやったから、独りが寂しいというんはよーわかる。
ごめんな。わたしがリインフォースと自分の事で手一杯で、君の事を助けられんで」
それは、夜天の主であり、彼女のもとのあった場所の所有者の声。
単なる同情ではない。守護騎士を受け入れた優しさで彼女を包み込むようにそこにいた。
「ふんっ、今更謝罪なんかされたくない! 僕は、そんな言葉が欲しいんじゃない!!」
だが、はやてのそんな想いも突き放すとうに声を上げなら、空いている左手を天高くつき上げる。
「闇の欠片たちよ、我が下に集え!!」
左手を掲げ、宣告すると同時に彼女の周囲に暗い闇の魔力が集まってゆく。それは闇の書の闇の残滓が生み出した欠片達。
既に唯一の構成体となった事で最上位命令権を有する彼女の命に従うその全てを彼女は己が内に取り込み、自身の力の糧とする。
彼女が漂わせる禍々しいまでの濃密な魔力の気配に、なのは達は色めき立つ。
なのはとフェイトはまだ戦う事を決められない。でも、アレは放っておいて良いものではない事は肌で感じて分かる。
今は彼女を止めるべきだと、割り切れないながらもデバイスを持つ手に力が籠る。
「まって、なのはちゃん、フェイトちゃん」
だが、それをはやては制する。
「あの子は夜天の書が生み出した子や。だから、責任はわたしにある。だから、ふたりとも手を出さんといて」
「でも……」
はやての真剣な想いをなのは達は感じとった。だが、それでも相手は強大な力を持っている事は痛いほど伝わってくる。
ここは、みんなで協力した方が良いのではないかと思う。
「大丈夫や。夜天の主には祝福の風がついとる。ひとりじゃないから戦えるんや」
それでも、はやては大丈夫だと笑う。自信を持って、ここは任せて欲しいと笑いかける。
「ふん、羽も揃わぬ子鴉と、その力の殆どを失った融合騎だけで僕に勝てると思っているのかい?」
はやては夜天の魔導をその身に受け継いでいるが、それを運用するだけの経験が足りていない。
リインフォースは、その持っていた力の殆どをはやてに譲り、自身を構成するプログラムにも欠損がある。
言ってしまえば、ふたりとも半人前以下という状態。連携で補うにしても限界があるという状態。
「確かにまともにやろう思ったら、全然勝てる気はせぇへんな。せやから、まともじゃない手を使わせて貰うで!!」
だが、それでもまだ切れる手札があると、はやては言う。アイコンタクトでリインフォースに尋ねれば了解の意志が伝わってくる。
だから、その奥の手をこの場で披露する。
「いくよっ、リインフォース!」
「はい、我が主……!」
「ユニゾンッ」
「『インッ』」
融合騎である、リインフォースの本領を発揮する形態である『ユニゾン』。
だが、闇の書の防衛プログラムを切り離した際、その機能の大半を失ったのだ。
今のリインフォースにユニゾンなぞ出来るはずが無いと彼女は知っているからこそ、その行為に驚きを抱く。
「それはまさか……融合騎主体のユニゾン、だと……!?」
彼女は失敗すると思っていた。だが、ふたりはひとつとなってそこに居た。
その身の内から膨大な魔力が溢れださせる。髪の毛や瞳の色合いに変化するのを終えて、ユニゾンを成功させたその人が閉じていた目を開く。
「闇の書の闇の落とし子。お前の想いは良く分かった。だから……」
風に長い髪を緩やかに靡かせるのは、主であるはやてではない、本来なら主の内にその身を溶け込ませているはずの融合騎であるリインフォースの姿。
確かにその方法ならば、機能の大半を失っているリインフォースでもユニゾンする事はできるだろう。
だがそれは決して本来の形ではない。いうなれば主の身体を乗っ取っている暴走状態や融合事故という状態に近い。
通常のユニゾンであっても失敗における影響は死に直結するほどの危険性を孕んでいるというのに、融合騎主体でユニゾンなどとてもじゃないが正気の沙汰とは言えない行為だ。
「お前の痛みも、悲しみも」
『全部、わたしらが受け止めたる!』
それでもそのリスクを承知の上で、はやてとリインフォースはそれを体現する。
それが、自分達に出来る精いっぱいだと信じて。
「ふん、いいだろう……!」
彼女もまたはやてとリインフォースの決意の程を感じとって、大型剣形態のバルニフィカスを構える。
戦意の高まりに呼応して、その刀身に紫電が迸る。
「我が名は雷光ッ、閃の太刀にて未来を切り開く!!
行く手を阻むというのなら、その全てを打ち破って僕は進むッ!!」
彼女は名乗りと共に、自身の意思を高らかに宣言する。持てる全ての力を以って、この今までで最大の障害を打倒してみせると決意を示す。
「ああ、お前の全力を私にぶつけてみろ!」
対するリインフォースは自然体でありながらも、弛緩も硬直ない。全身に意識を行き渡らせ、いつでも動ける無位の構え。
前置きはない。閃光が弾けるようにして、戦端が開かれた。
先に動いたのは彼女。自身を雷光と称する事に偽りはなしと、金の魔力光を軌跡と残して空を翔る。
その身の内に取り込んだ、かき集め闇の欠片が身体を食い破って外に出ようとする悉くをねじ伏せて、己の力と成していた。
今までも十分以上に速かったが、今の彼女はその過去を越える。まさに空を突き破る雷であると思わせる速さ。
一気にリインフォースへと肉薄、一閃、二閃と刃が振るわれる。
魔力のチャージする暇さえ与えない圧倒的なまでの速さ。防御されたとしても、その防御ごと両断する鋭さ。
当然の事として並の広域型の魔導師のような者はなすすべもなく敗北する事だろう。
「はぁぁぁっ!!」
だが、今のリインフォースは並などではない。身に迫る刃を、その拳を以って迎え撃つ。
避ける事も防ぐ事も叶わぬというのなら、打倒して弾き返すと言葉ではなく行動で示す。
通常、魔力資質として広域型のような後衛に位置する者は、遠距離からの大火力による攻撃を得意とし、接近戦を不得意としているものだ。
だが、かつては闇の書の意志と呼ばれる者として、そして今は夜天の主と共にある祝福の風として、そんな常識をものともしない。
心優しい主の温もりを胸に抱える自分に負ける要素など一欠片もありはしないと、リインフォースは一歩も引き下がらない。むしろ前へと進むように拳を振るう。
「うおぉぉぉぉっ!!」
「てやぁぁぁぁっ!!」
互いに一歩も譲らない。死角に回り込むような無粋な真似も無い。
今目の前にあるのは乗り越えるべき障害。逃げる事も回り道もない。ただ全力を以って打ち倒し、乗り越えるものだというかのように真正面から彼女は刃を振るう。
迎えるリインフォースもまた、小細工も弄せずに迎え撃つ。
刃と拳がぶつかり合うたびに、出し惜しみの無い魔力が迸り、周囲を閃光で染め上げる。
弾ける空気と衝撃が轟音となって響き渡り、その身を震わせる。
互角に鬩ぎ合う魔力が生み出す熱量がその空域を包み込み、他者を寄せ付けぬ戦いのフィールドを形成する。
「……すごい」
そんなふたりの戦いを、なのはとフェイトはただ眺める事しか出来なかった。
殆どノーガードで打ち合う姿は、見ているこちらの方が精神を削られるような思いを抱く。
互いに目に見えて被ダメージを受けている様子はなくとも、心臓に悪い。
だが、なのはもフェイトもリインフォースの援護をしようなどとは思いもしなかった。
それは、戦いの始まる前にはやてに任せて欲しいといわれたからではない。あまりに苛烈を極めるふたりの戦いぶりに、介入の余地を見出せないのだ。
なのはもフェイトも任せて欲しいと言われ、自分達もそれを認めた以上手はを出すつもりはないのだが、それでも本当にいざとなったらどうなるかは分からないと思っていた。
だが、ふたりの戦いはそんな思いなど容赦なく吹き飛ばす。
何をする事も出来ない、ただ、観客に徹するだけしかなのはとフェイトには許されていなかった。
「砕け散れぇぇっ!!」
「くぁ……!?」
『はぅっ……!?』
そんな中で、幾合ものぶつかり合いを続けていた彼女とリインフォースだったが、その均衡がようやく崩れた。
その時もまた、彼女の刃はリインフォースの拳に弾き返された。その弾かれた勢いのままに彼女は身体を回転、遠心力をも加えて横薙ぎの一撃を見舞う。
リインフォースはその一撃も弾こうとするも、押し負けて吹き飛ばされる。その光景を目の当たりにしたなのは達はこの決定的な場面に危機感を募らせる。
「……おい、君は一体どういうつもりだ!!」
だが、彼女は追撃をせずに怒りのままに声を荒げていた。その表情には不機嫌さがありありと見て取れる。
なのは達には、どうして攻めたはずの彼女の表情が優れないのかが分からないと不思議に思う。
だが、リインフォースはその理由が分かっているのか、特に表情も変えないでいる。
「僕は何度か隙をさらしてしまっていたけど、君はそこを突こうとせずに受けに回ってばかりだっ。
君は本当に戦う気があるのかっ、それとも僕を舐めてかかっているのか!?」
そして、彼女は不機嫌の理由をリインフォースへ向けて糾弾する。
実際、ユニゾンをしているリインフォースには単純に殴りあうだけでなく、様々な戦うすべを持っているはずだった。
だが、それらを使わないばかりか、攻める事に消極的であると他の誰でも無い、実際に対峙していた彼女にはそれが分かった。
全力ではあっても、本気で戦っていないリインフォースの行動は侮辱でしかない。
もし本当に全力の戦いであるべきものに手加減を加えていたというのなら許しはしないと彼女はリインフォースを見据える。
「……言っただろう。私はお前の全てを受け止めると」
そして彼女の問いに対するリインフォース、いや、はやてとリインフォースの答えがそれだった。
はやてもリインフォースも、最初から彼女を倒す事を目的としていなかった。
ただ、彼女の抱える痛みや悲しみをその身を賭して受け止めようとしていただけだった。
言葉で伝え合い、戦わずに済めばそれでよかった。だが、彼女の想いは言葉にしただけでは晴れない。
ならば、その怒りの捌け口としてこの身で全てを受け止めようと思った。それが、はやてとリインフォースの選択だった。
「……君は僕の怒りを、……この気持ちを受け切れるとでも思っているのか!?」
はやて達の想いを知って、彼女はその動きを止める。そこを攻めるつもりをリインフォースは持ち合わせていない。
『もちろんや。わたしは夜天の主やからな。泣いてる女の子に胸を貸したるぐらい、どうって事あらへんよ』
彼女の問いに答えたのははやて。その優しさで、彼女を倒すのではなく、逆に倒されるのでもない。第三の選択肢を示した。
はやては今、リインフォースの内に居るため外部からではその表情は分からない。だが、その声から確かに微笑んでいる事は伝わってくる。
そして、リインフォースもまた戦いの最中にあっても、そんな主の想いを代弁するように優しい笑みを浮かべて手を差し伸べる。
嘘や偽りはない。それは彼女に伝わった。本気で受け止めようとしているのだと悟り、俯くようにしてリインフォースから視線を外す。
どちらも動かず、静寂な場に流れる。
「……言ったな、夜天の主」
沈黙を破ったのは彼女の方。俯き表情がうかがえないままに呟く。同時に、その足元に金の魔力光で魔法陣が描き出される。
彼女の纏う雰囲気は、穏やかさなど無縁の戦いの空気。
「ならばッ、この刃を手向けとしてここに散れ!」
そしてあげる視線に籠るのは、紛れもない戦意。
はやてとリインフォースは全てを受け止めると言ったが、だからといって彼女が手加減する理由にはならない。今更戦いを止める事なんて出来はしない。
むしろ、受け止める事なんて出来やしないだろうと声を上げる。魔力を全開に解放して、どれほど無謀な事をしようとしているのかを力づくで示す。
『わたしらは死なへん。せやから、思いっきりぶつかってええんやで』
「さあ、お前の怒りも悲しみも、全部私にぶつけてみろ!」
だが、はやてもリインフォースも揺らぎはしない。むしろ、全力を出すというのであれば喜んで迎え撃つと言わんばかりだ。
その姿に彼女もまた最後の一線を越える。剣を頭上に高く掲げ、魔力のその全てを解き放つ。
「そこまで言うのなら、僕の全力全開フルパワーを受けてみろ!!」
解放されるのは闇の欠片達の魔力。だが、それは今までのそれとは違っていた。
主に負の記憶をもとに構成された欠片の持つ魔力は昏い気配を漂わせる物。それが凝縮されて密度を上げていたのだから、呪いを形にしたような禍々しさを持っていた。
その魔力を、彼女は『電気』の魔力変換資質を以って別なものへと昇華する。
闇の魔力が金色の魔力へ、そして轟く雷光となって彼女の力となる。
その心の内にある怒りも悲しみも全てひっくるめて、善悪も関係ない純粋な力へと成す。
「この一撃に、全てを賭けるっ!!」
彼女の魔力を受けて大型剣形態のバルニフィカスもその刀身の煌めきを強く輝かせる。
正直なところ、バルニフィカスは既に魔力許容量をオーバーしている。しかも、リカバリーをしているとはいえ、連戦による影響はその鋼の身の内に降り積もっている。
だが、デバイスである彼もまたこれが本当に最後だと分かっている。故に限界を超えてなお、魔力をその身の内に溜めこんでいく。
後先を考える必要はない。今必要なのは、生まれた時から共にある彼女の『本当の全力』をその身で体現する事だけ。
そのためだけに溢れだす余剰魔力をも制御する。金の輝きは刀身だけでなくデバイス全身を包み込んで、その身を一振りの剣と成す。
魔力で編まれた刀身は立ち昇る柱かのように極大までその身を伸ばし、まるで天を衝くと言わんばかり。
それは、さながら眩い光そのもので編まれたかのような剣。伝承の中でのみ描かれる英雄が所持するような、神々しさでそこに在る。
「耐えられるものなら──」
そこに禍々しさなど欠片もない。あるのは闇を切り裂く金色の極光。
今の彼女の中に負の感情も一切ない。そんな物は既に剣に込めた。あるのは全てを受け止めるというふたりに全てをぶつけるという意志だけ。
そして、その意志をも剣に込めて、真っ直ぐにリインフォースを見据える。
「──耐えて……みせろォッ!!」
持てる全ては剣に込めた。相手は受け止めるといったのだ。避けられる心配なぞない。
ただ、全力で、真っ直ぐにその剣を振り下ろす!
『くるよっ、リインフォース!!』
「はい、我が主……!!」
彼女は全てをぶつけようとしているのだ。ここで逃げたら彼女を裏切る事になる。無茶は重々承知だが、そんな事は瑣末ごとだと切って捨てる。
それに、彼女が魔力をチャージしているのを黙って見ていたわけじゃない。彼女が全力でぶつかるのと同じようにはやて達も全力でぶつかるべく極限を超えて魔力を溜めていた。
はやては魔力制御に全神経を集中させ、リインフォースはその諸手を掲げるようにして身構える。
そして、
「『はぁぁぁぁっ!!」』
振り下ろされる刃を両の掌で挟みこむように、真剣白刃取りにして受け止めた!
「くあぁっ……!?」
押し込まれるところを足元に展開した魔法陣に足をつけて踏み止まり、ギリギリで耐える。
だが、両断されなかったからといって終わりではない。彼女は電気の魔力変換資質を持つ。その剣に宿る眩いまでの金の極光のせいで視認出来ないが、轟く雷もまた剣に宿っている。
リインフォースは耐電、対雷、対斬などありったけの防御魔法をその身に覆うように纏っているが、それでも直接触れている掌から激しい電流が流れこんでくる。
身体を内側から焼き焦がすようなその痛みに、意識が遠のきそうになる。
『熱ッ、痛ッ、でも負けへん!!』
確かに痛いし苦しい。このまま力を抜いて両断されてしまった方が楽になれるのではないかとも思う。
だが、それでもリインフォースは踏み止まる。耳にではなく、意識に直接聞こえてくる優しい主の声に、諦めるという弱気を押し込める。
この優しい主が諦めなかったからこそ、永遠とも思えた闇の書の呪いを断ち切る事が出来たのだ。光ある未来を見る事が出来たのだ。その主は欠片も諦めていない。
だから今も、こうして全力で彼女の全力に抗ってみせるのだ!
「こんのぉ……ッ!!」
本当に受け止められた事に、彼女は驚きながらも何処か安堵の想いを抱いていた。
自分という存在をありのままに受け止めて貰えたような気がして嬉しい想いもあった。
だが、だからといってそれで終わりというわけではない。
既に全力だというのに、それでも更に力づくで振り下ろす剣を更に押し込んでいく。
彼女は基本、負けず嫌いなのだ。
『大丈夫か、リインフォース!?』
「無論です、我が主……!」
対するリインフォースは、剣を伝ってくる圧力が増した事に膝を屈しそうなる。
だが、ここで自分が負けたら、終わるのは自分だけではない。未来ある若い魔導師。優しい主。そして敵対している彼女もその未来も潰える事に繋がると知っている。
機能の大半を失ったリインフォースにはあまり時間は残っていない。そう遠くない未来に機能停止に陥る事は、誰も明言をさけてきたが公然の事実としてここにある。
だからこそ、未来に羽ばたく子供達を見守る事は出来ないまでも、その未来を切り開くぐらいの事はしたい。
そう思えば、まだまだ力が湧いてくる。この程度では負けるわけが無いと、拮抗の状態を維持し続ける。
「おぉぉぉっ!!」
「はぁぁぁっ!!」
互いに全力。持てる全てを出し切って片や相手を圧倒するべく、片や相手の全てを受け止めるべく力を振るう。
既に思考を挟む余地などない。力のぶつかり合い。そして、
──全ては閃光に呑まれた。
魔力の光は金色と紫かかった黒の二色。
限界を超えた魔力の奔流が全てを押し潰すかのように激しい衝撃を伴って一帯に広がる。
五感は作用しない。何も見えないし聞こえない、感じられない空白の空間に投げ出されたかのような錯覚にこの場に居る全員が陥る。
その中で分かったのは、彼女とはやて達のぶつかり合いに決着がついたという事だ。
……どれくらいの時間が過ぎたのかは分からない。
それでも、五感が回復したその時、そこに彼女達は居た。
「……お前は、強いな」
「当たり前だ。僕は力のマテリアルだぞ」
リインフォースはバリアジャケットが形の意味を失くす程に敗れ、雷の影響か身体の至るところが焦げ付いているという、ずたぼろもいいところの姿。
対する彼女のその身は常と変っていないが、携える大型剣形態であるバルニフィカスは、その刀身が中ほどからぽっくり折れていた。
互いに魔力なんて底をついている。飛行魔法を維持しているだけでもギリギリというほどの状態。
「ふふっ」
「はははっ」
だが、そんなお互いの格好を見て面白いというかのように、自然と笑い合っていた。
彼女達の戦いは、引き分けという決着で終わっていた。
彼女は全力を尽くした。怒りも悲しみも禍根も全て込めた。それを、はやてとリインフォースは受け止めて見せた。
残ったのは清々しいまで空気だけだった。
「ああ、楽しかった。僕がこうして笑える時が来るなんて、思っていなかったよ」
「そうか、それは良かった……」
そう言うリインフォースだったが、限界はすぐに訪れる。ユニゾンが強制的に解かれてしまう。
リインフォースの身体から弾きだされるようにはやてはその姿を現し、リインフォースもまた背中に形成していた黒い二対の翼を崩して飛行魔法を維持出来なくなる。
それを、なのはとフェイトが咄嗟に支える。はやてもリインフォースも疲労困憊という様子ではあったが、それでもまだ意識を保ち、そして笑顔を浮かべていた。
「……ねえはやて。君は、僕の事をどう思っている?」
そんなはやての姿を眺めるようにしながら、彼女はぽつりと、一言尋ねていた。
彼女は何かを喋ろうとは考えていなかった。だが、それでも考えを超えて想いが口から零れ落ちていた。
「どうもこうもない。わたしにとって守護騎士や祝福の風のみんなと同じ、うちの子みたいなもんや」
嘘や偽りなどない、装飾もない純粋な彼女の問い。
そこに込められた真剣さが伝わってきたからこそ、はやてもまた思ったままに口にする。
彼女の事を嫌うなんて事は無い。大切な家族の一員であると。
「ただ、ちょ~っとイジケ過ぎな部分もあったけどな?」
「別に僕はいじけてなんかいない!」
付け加えられた言葉に、彼女は拗ねた表情を浮かべる。
だが、頬に僅かに朱が差しているのを見るに、怒っているというよりは照れているように見える。
そんな彼女の姿に、みな笑顔を浮かべ、逆に彼女は不機嫌になる。
今は、この空気が心地良かった。そう、この場に居る全員が感じていた。
そんな中、映像がぶれるように彼女の指先が揺らぐ。そこを起点とするかのように彼女の姿全体が穏やかな光に包まれるようにして崩れ始める。
「ああ、もう時間か……」
彼女は魔力の全てを使い切った。それは、比喩でも揶揄でもない、全ての魔力を使った。
それは、自身を維持するための魔力も使ったという事。その必然の結果が、彼女の消滅という形で表れていた。
後悔はしていない。死力を尽くした戦いの結果だと、揺らぐ想いもなく彼女は受け入れていた。
そう言う彼女の周囲に、複数の魔法陣が展開される。それはそれぞれ、この場に居る魔導師も良く知る者の魔力光で描かれていた。
そして、そのベルカ式の魔法陣の中心には、それぞれ彼女が取り込んでいた守護騎士達の姿があった。
「消えるのは僕だけだ。守護騎士達ははやてに返すよ」
「そんな、消えるだなんて……!」
はっきりと彼女は自分の口から消滅する事を告げていた。
それを聞いて、はやては誰よりも早く反応をして見せる。戦いになったけど、ようやく分かりあえたのだ。
これからだというのに、まだまだ話すべき事はあるはずだというのにという思いが口をついて出る。
それに追従するように、他のみなもまた一様に同じような言葉を紡ぐ。
「いいんだよ、別に。最期に僕が一番欲しかった言葉が聞けた。だから平気だ」
そんな少女達の姿を見て、彼女は自身の心が満たされるのを感じていた。
彼女は自分の居場所が欲しいと、みなに自分の事を認めて欲しいと思っていた。そして、ここに居る全員が、彼女の消滅を憂いていた。
自分の望みが、確かにここにあったのだと分かって不満があるわけが無かった。
「それに、僕だって未来を諦めるわけじゃない。今は僕も消えるけど、いつかきっと、闇の書の闇としてではなく『僕』として逢えると信じてる。
だから……、大丈夫だよ」
その言葉を告げると同時に、日が昇る。夜が明ける。その朝の煌めきの前にみな、一瞬目がくらんでいた。
「あ……」
そして、その一瞬の内に彼女の姿は消えていた。
本当に一夜の幻であり、夢のようだった。
だが、この場に居るみなは覚えている。
朝焼けを背景に消えゆく彼女が浮かべた笑顔は、無垢な少女のように何処までも澄んでいて綺麗だった事を。
雷刃の襲撃者シナリオ END
一夜を駆け抜けた少女の見た夢は、その一生に相応しいモノだったと信じたい。