魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド= 作:のぶな
「僕が一番欲しかった事を聞けた。だから、大丈夫だよ」
そう言って、彼女は微笑む。
そこには悔恨も後悔もない。ただ、心の中から零れ落ちた純粋な笑み。
闇の書の闇としてではない。『彼女』という一個人は、満足の中に居た。
自身を維持するだけの魔力を失い、崩れゆく自身の身体。それでも彼女は、心の隙間をようやく埋める事が出来た。その充足感が彼女に笑みを浮かべさせていた。
この『心』を抱いていられるなら消えるのも怖くないと、その定めを受け入れていた。
「ダメっ、そんなのはあかんっ!!」
だが、そんな彼女に対して、真っ先にはやてが消えてはいけないと声を上げる。
確かに戦う事になった。でも、それを乗り越えて分かりあえる事が出来たのだ。
一週間前のあの時は自分とリインフォースの事だけで精いっぱいで、闇の書の闇と呼ばれた防衛プログラムを切り捨てる事しか出来なかった。
だが、今はこうして言葉を交わせている。想いを知る事が出来た。手を伸ばして届く所にいる。ならば今度こそ彼女も救われるべきだと想いをぶつける。
「……わたしも、母さんに要らない子だって言われて、凄く悲しかったし辛かった。まるで、世界中の全部から否定されたような気がした。
だから、君の悲しいと思った気持ちも痛いくらい良く分かる。でも、だからこそ、ここで消えて欲しくない。
わたしはなのは達と出会って、新しい自分を始められた。だから、君も新しい自分を始められるはず。消えるなんてダメだよ……!」
「……わたしは、自分で気付いていなかったけど、あなたの事をフェイトちゃんの偽物だと思っていた。
でも、あなたはフェイトちゃんじゃなかった。わたしはあなたの事を知らないで、勝手な事を思っていた。
だから、あなたの事をもっと知りたい。友達になって、これからもずっと一緒に居たいと思うよ!」
「私は、ここに居る我が主や、皆のおかげで救われたのだ。そして次は、お前の番だ。
他の誰かがお前を呪いと呼ぶのなら、私はその迫害からお前を守ろう。夜天の書と共に在る祝福の風は、お前にも吹くのだ」
はやてが、フェイトが、なのはが、リインフォースが。
誰もが、彼女の消滅を望んでいなかった。みな、彼女の生存を望んでいた。
その想いを一身に受けて、彼女の瞳から涙がこぼれる。
誰からも呪われた存在だと言って不要と言われ続けて、そして今、自分の事を必要だと言われて、嬉しくないわけが無い。
だが、彼女はそんなみんなに対して静かに首を振るだけで応える。
既にコア崩壊は始まっている。今更止めようとしても止まるものではないし、満足している以上、これ以上望む物はないと言葉もなく示す。
「今の僕は消えるけど、いつかきっと、闇の書の闇としてじゃない『僕』として逢えると信じている。だから……」
──今はさようなら。
消えた後の事なんて、分からない。本当のところを言えば、転生プログラムもない以上、消えてしまえばそれで終わりだ。
でも、それでもごくわずかでも可能性があるなら、偶然に偶然が重なって、また巡りあえる奇跡が起きるかもしれない。
それだけの希望があれば、笑って逝ける──
「いつかなんて関係ないっ、わたし達は『今』君に居て欲しいんだよっ!!」
身体を描く輪郭は揺らぎ、消えるだけだった。
だが、その瞬間、温もりに包まれるのを感じた。何が起こったのかと思うが、すぐになのはに抱きしめられている事をしる。
別れの言葉のすぐあとに、完全にその身体は崩壊するはずだった。
崩れようとしている彼女の身体は、揺らぎの中でも停滞を見せる。
「魔力が足りないって言うなら、わたしの魔力をあげるっ。
君の事を偽物だと否定しようとしたわたしの事は嫌いかもしれないけど、でもっ、今ここに居る事を諦めないで……!」
なのはから流れ込む優しい魔力が、彼女の崩壊を押しとどめる。
魔力の枯渇が消える要因だと言うのなら、それを補えば良いと魔力が彼女の身体に流し込まれる。
理屈で分かって、そうしたわけじゃない。
でも、自分に出来る何かを必死に探して、それで思いついた事を実行しただけだが、それでも消えるはずだった彼女はまだここに居た。
「君はひとりなんかじゃない。みんな居るから、だから、全てひとりで抱え込んで消えるなんて事をしなくても、なんとかなるってわたしも思うから……」
なのはの反対側から、フェイトも彼女の事を抱きしめる。自身の魔力をわけ与える。
人の温もりはこんなにも温かいのだと知って欲しいと言うかのように、ふたりの少女は彼女を抱きしめる。
「……君達の気持ちは嬉しい。でも、もうコア崩壊は止まらないから、魔力を供給されても、もう無理なんだよ」
彼女は初めて触れた人の温かさに、笑顔が歪む。もっとこの温もりの中に居たいと言う思いがその胸の内に湧き上がってくるのを感じて、笑顔を浮かべていられなくなる。
だが、現実としてすでに手遅れなのだ。
今でこそ身体の崩壊は停滞をして見せているが、それだけだ。揺らめく身体はもとには戻らない。
なのはとフェイトから齎される魔力が彼女の身体を維持はしているが、それ以上の事が出来ていない。
ふたりの魔力供給が途絶えれば、次の瞬間には彼女は消滅する。
供給される魔力は彼女の内には溜まらず、垂れ流されている状態。なのはとフェイトも魔力を無限に保有しているわけじゃない。限界はすぐに来る。
そんな無駄な事をしても意味はないからと、彼女はふたりの事を押し退けようとする。
「この期に及んで、まだヒネた事を言うんやない。
わたしらの事はどうでもええ、わたしらは君の本当の気持ちが知りたいんや」
だが、そんな彼女の行為を、はやての言葉が遮る。
見れば、はやてはリインフォースと支え合うようにして、僅かばかりの時間で回復した、スズメの涙ばかりの魔力をやりくりして飛行魔法を発動させてやっとこの場に立っている。
余裕は欠片もない。だが、そんな自分の事よりも今は彼女の本当の想いを教えて欲しいと彼女の事を見詰める。
真っ直ぐなその想い、肌に感じるそのぬくもりに、彼女は、満足だと思って押し込めていた想いが零れ落ちる。
「僕は……、僕だって、本当は消えたくなんてないっ、もっとみんなと一緒に居たいっ。
でもっ、僕は僕が消える事を止められないっ、どうしようもないじゃないかっ!!」
もう、彼女の表情に笑顔は無かった。ただ、慟哭を上げるかのように泣きじゃくる女の子の姿だけだった。
心の隙間は埋められ、満足したというのは嘘じゃない。このまま消えても構わないと思っていたのも本心だ。
でも、こんなに優しい人や想いに触れて、新たな想いが芽生えていた。もっと一緒に居たいと言う願いが彼女の心にあった。
それが、本当の彼女の想い。堰を切ったように溢れだす。
だが、それは叶えられる事はないとも、同時に知っている。
単純に魔力は足りない上、既に崩れた自身を構成するプログラムは戻らない。
そもそも、防衛プログラムの断片の中枢は、彼女自身の手で破壊していた。もう、施せる手など残っていない。
だから、諦めるのではなく、受け入れようと心に決めたのだ。
「……アホかてめーは」
声が聞こえた。それと同時に、なのはとフェイトごと彼女を包み込むように、ベルカ式の魔法陣が翠色の魔力光で描かれる。
「てめーはあたしがぶっ飛ばす。その前に、勝手に消えてんじゃねーよ……!」
意識を回復させたヴィータが彼女の事を睨みつけるようにしている
隣には癒しの魔法を使うシャマルが、ヴィータとシャマルを支えるようにザフィーラがもまたそこに居た。
実のところ、状況は正確に把握しているわけじゃない。どうして彼女が消えようとしているのを皆が必死になって抑えようとしているのかを、三人は知らない。
だが、魔力リンクで感じていた。主が彼女を救おうとしているのだ。
ならばその想いに応えるのが守護騎士の役目。故に迷う事はない。守護騎士達も全力を尽くす。
そのためには意識を失ってなんかいられないと、そこに居た。
「どうしようもない、なんて事はどうでもええ。
泣いてる女の子が居たら全力で助けるだけやっ。せやから、安心してわたしらに任せときっ!」
そんな守護騎士達の援護を嬉しく思いながら、はやては改めて彼女に手を差し伸べる。
みんなここに居るんだから、安心してこの手を取っていいのだと微笑みかける。
「僕は……、居ても、いいの……?」
そして彼女は戸惑いながら、はやてを見返す。すぐそばにあるなのはとフェイトの顔を、周りにいる守護騎士を、ここにいる全員のその姿を順番に見ていく。
みんな、まっすぐに彼女見ていた。誰もが彼女の生存を望んでいた。
言葉は無くとも、その想いだけは確かに彼女に伝わってきた。
「ここに居たいと思うか否か。その答えはお前の中にしか無い。
お前は『お前』以外の何者でもない。お前が本当に望む物は、言葉にせねば我らには分からぬ。
だが、ここに居る全員は、お前が此処に居たいと望むのなら喜んで受け入れるという事だけはゆめゆめ忘れるな。」
そして、ザフィーラは、何時か尋ねた質問の答えを改めて求めた。
拳と刃を交えて、僅かにも感じた彼女の想い。
闇の書から零れ落ちた防衛プログラムの断片としてではない、彼女自身が本当に何を望んでいるのかと。
以前の彼女は、その問いかけをうるさいと言って撥ね退けた。
だが、今はもう、その心に怒りも悲しみも憎しみもない。彼女の心を偽るものは何もない。
「……僕は、みんなと一緒がいいっ。もう、ひとりになんてなりたくないっ、ずっと一緒だったんだから、これからもずっと一緒にいたいよ……!」
だから、彼女はその想いを、涙ながらに訴える。心から望む、彼女の本当の気持ちを……。
「うん、ならずっと一緒にいようね……?」
そして、後に闇の欠片事件と呼ばれる、今回の騒動は幕を閉じた。
最後の言葉は、誰のものだったのかはわからない。
分かる事は、皆の想いはひとつだったと言う事と、身体が崩れゆく彼女の身体が、光に包まれていたという事だけだった。
◇
「こらてめーっ、またあたしのアイスを勝手に食べただろ!?」
「うるさいぞっ。冷蔵庫はみんな共用の物なんだから、その中に入っているアイスも誰か個人の物ってわけなないだろ!!」
「バカのくせに正論っぽい屁理屈言うんじゃねーよっ。アレはあたしが自分で買って楽しみにとって置いたやつなんだよっ!」
「僕はバカじゃないって言っているだろっ。そんなに大事なら名前で書いておけばよかったじゃないかっ、このチービッ」
「なんだとぉっ、このバカバカバーカッ!!」
「やるかぁっ、このチビチビチービッ!!」
……彼女は現在、八神家に暮らしていた。
本来消えるだけしか無かったはずだが、確かに彼女はここに居た。
後の調査で、クロノ曰く、
『現象としては、今の彼女は使い魔という状態に近い。
瀕死の“防衛プログラムの断片”に“彼女”という擬似魂を憑依させ、“一緒に居る”という条件付けで定着・情報の上書きをさせたようだ。
故に、今の彼女は闇の書の闇とは別モノとなっているし、夜天の書の守護騎士とも違う存在となっている。
まったく、本来使い魔を造るという魔法を使ってもこんな現象は起こらないはずなのに、一体どんな奇跡が起きたっていうんだか……』
との事らしい。
「そこまで言うなら表に出ろッ、何時かの決着をつけてやるよっ」
「ふんっ、僕より弱いくせに良く吠える。いいだろう、君なんか速攻で返り討ちだッ!!」
「誰がてめーより弱いだっ、あの時だってあのまま戦ってりゃあたしが勝ってたんだ!」
「そんなわけあるかっ、力のマテリアルである僕が負けるわけがないだろう!!」
ついでに言うと、彼女は使い魔であるのだから当然主に該当する人物が居るはずなのだが、当時に複数の人物の魔力が混在していたため、誰が主か分からないらしい。
そのため彼女は何処に住むかなど問題もあったが、色々と協議の結果、今は八神家の世話になっているという話だ。
さらに補足説明をすると、彼女の身の上は管理局には『フェイト・テスタロッサと同様、プレシア・テスタロッサの造ったアリシアのクローン』と報告してある。
これは、リンディ・ハラオウンをはじめとした人が情報操作をした結果だ。
闇の書は、今までに多くの悲劇を齎し、憎しみの対象とする人が次元世界には多くいる。そして、その罪そのものともいえる防衛プログラムである彼女は、非常に不味いものがある。
故に、彼女の事は闇の書の闇とするより、『クローンとして生み出された』とした方が世間の風当たりは大分違う。
そういった思惑の上で、色々と権力やコネなどを使って情報を操作したらしい。
彼女は自分が防衛プログラムのマテリアルだと言う事に誇りを持っているのだが、その辺りの説得は、翠屋のケーキを餌に釣ったとかなんとか……。
「こらーっ、ふたりともケンカしたらあかんよ~」
「ちっげーよっ。このバカがあたしのアイスを食ったのがわりーんだってば、はやて!!」
「騙されるな、はやて。言いがかりをつけて来たのはこっちのチビの方だ!!」
「う~ん、このまま仲良くせぇへんって言うなら、ケンカ両成敗って事で、ふたりとも一週間おやつ無しって事になるけど、それでええか?」
「あっはっは~、何言っているんだよはやて。あたしとこいつはすげー仲良しじゃんか!」
「そうだぞ、はやてッ。証拠にこうやって一緒に踊ったりもするんだぞ!」
とはいえ、そんな裏事情よりも、今はこうして笑って居られるのが一番良い。
それ以外の事はすべからず重要ではない。
「……それにしても、この家も騒がしくなったものだ」
「ふふ、でもヴィータちゃんもなんだかんだで一番あの子と仲良しで楽しそうよね」
「そうだな。私はこの光景がとても尊いものだと思えるんだ」
「リインフォース……。ああ、私もそう思う。これこそが、我ら守護騎士が守るべき光景なのだろうな」
未来は、これからも続いて行くのだから。
辛かった過去の想いも、断ち切るのではなく、受け入れて進めるだけの強さも優しさもここには在るのだから。
IFシナリオB END
多少ご都合主義でもみんなでハッピーエンドっていいよね。
というわけで何故かあった生存ルートでした。