魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド= 作:のぶな
怒りも、憎しみも。
悲しみも、寂しさも。
心に渦巻いていた負の感情を全て吐き出して、まっさらとなっていた心に心優しい少女達の言葉が何の抵抗もなく染み込んでいた。
誰からも否定されるしかなかった少女は、その自身を認めてくれるという言葉に心満たされていた。
だから、彼女は笑っていられた。幸せな想いを抱いていられた。満足のままに、消えゆく自分を受け入れていたのだ。
──今はさようなら
自分の居場所を求めて一夜を戦い抜いたひとりの少女は、この世界から完全に消滅したのだった。
だが、この場に居た少女達はきっと忘れない。彼女の最後に見せたその微笑みを。
少女は消えてしまっても、自分達がずっと覚え続けていれば、少女の存在は確かにあったと証明出来るのだから。
◇
「……ふむ、気まぐれに『穴』を開けて覗いていた世界だったが、随分と面白いものが見れたものだな」
その一部始終を除き見ていた老人がひとり居た。
いや、老人というには顔も体つきも精悍なそれであり、伸びる髪や髭は白く染まっているがまるで衰えなど見て取れない。
まだまだ現役の真っ最中と、言葉にせずともその強壮な姿を見れば誰もが思う事請け合いだろう。
もっとも、本人に言わせれば全盛期と比べれば格段に力が落ちているとの事だが、それでも十分以上の貫禄と力強さを持っていた。
その老人は、元々別な案件の下に行動しており、今回この世界に繋がる『穴』を開けてしまったのは偶然以外の何物でもなかった。
だが、それでもふと見た先で行なわれていたやり取りは、見ていて面白いと思ったのだ。
老人は別に、そこに居た少女達の正義を成そうとしたその行動に感銘を受けたわけではない。
消えていった少女の背景に同情の念を抱いたわけでもない。
目を引いたのは派手な魔法の応酬であり、娯楽映画を見るような気分で居た。ただそれだけで、他意は無い。
むしろ、少女達の言動を『青臭い』の一言で笑い飛ばしていたぐらいだった。
そして事はひとりの少女が消えた事で終わったのだ。これ以上老人には覗き見ている理由もなかったし、干渉する気も無い。
故に、何の尾を引かれる事も無く、無限に隣り合う平行世界を覗くために開けられた『穴』を閉じたのだった。
……だが、そんな老人にも気付かなかった事があった。
穴を閉じようとしたその瞬間、閉じるために発生した魔力の流れに巻き込まれて、消えかけていた少女の身体がその穴に入り込んでしまっていた事を。
その『穴』は覗き穴程度の大きさしかなく、本来なら誰かが通れるような代物ではなかった。
だが、その少女は身体を崩壊させ、消えかけていたからこそ、その程度の大きさの穴にも入り込む事が出来てしまっていた。
更に偶然は重なる。
確かに少女は身体を崩壊させてしまっていたが、『穴』に吸い込まれる事によって、散ったはずの少女を構成する全てが一箇所に集まった。
そして『少女を構成する全てがそこに存在する』と言う事は、『彼女自身がそこに存在する』という事と意味は同じ。
老人が閉じた『穴』の向こう側である、彼女の元々いた“世界”とは違うこの“世界”は、そうやって彼女の存在を『認識』した。
世界は矛盾を嫌う。そこに少女が存在しているはずなのに、少女の存在が消えているなどという事は認められない。
故にその矛盾を解消するために、少女はそこに『存在する』と、世界が現実を塗り替えた。
偶然に偶然が重なって、奇跡は起きたのだ。
こんな事が起こりうるなど、魔道元帥とも呼ばれる、この世界においてたった五人しか存在しない『魔法使い』である老人にとって完全に考慮の外であった。
誰も理由も原因にも気付けない。そこには誰の意志も介入などしていないのだから。
一夜を駆け抜けた少女の物語は、世界を変えて続いていく……。
『コンパクトフルオープンッ、鏡界回廊最大展開!』
金の輪の中心には五芒星をもち、その周囲には白い羽をあしらった意匠を先端に頂いたステッキが声を発すると同時に、少女の身体は光に包まれる。
それは普段の装いから魔法を司る存在へと自らを昇華させるための重要シークエンス。まるで万華鏡のように煌めく光が、少女へ特別な衣装を纏わせる。
そして、身体を包む光は弾けたならその姿があらわとなる。
「魔法少女プリズマ☆イリヤ、推・参!!」
ピンクや白といった色彩を基調とした可愛らしい衣装に身を包み、母親譲りの新雪を思わせる銀髪をなびかせる。
そこに居たのは普段はごく普通の小学生だが、手にした魔法のステッキにより魔法少女となった女の子。
変身終了のお約束として、名乗りを挙げると共にビシリとポーズを決める。
この少女、実にノリノリである。
「悪いやつらと愚鈍な男は許さないっ! ルビー、いくよっ!」
『オーケーマイマスター、集積魔力回路二次解放!』
そんな神の声的なツッコミに気付く事無く、少女は魔法少女としてのパートナーである魔法のステッキに呼びかける。
応えるステッキもまた少女の意図の通りに魔力を解放し、その周囲を無駄にキラキラと光を振りまきながら必殺技のモーションに入る。
そう、少女は正義のために戦う魔法少女なのだ。鈍感で自分の気持ちに気付いてくれないあの人への恋心を胸に、今日も戦うのだ!
戦う魔法少女のお約束。ド派手でカッコイイ滅殺ビームを放つべく、手にしたステッキを振りかぶる……!
「一撃必殺っ、カレイドストラ……へぶッ!?」
だが、そんなノリノリな少女を無造作に叩き伏せる手があった。
そのあまりの手の巨大さは少女を容易くねじ伏せ、折角の必殺技シーンが一瞬にして台無しに。
これからが見せ場だったのに一体何なのだと、少女は後ろを振り返る。
「あんたは私の………………奴隷よッ!!」
そこには、巨大化を果したあかいあくまが鬼となって居たのだった。
「ひィィィィィ!?」
……そんな悪夢を見たイリヤの寝起きは、割と最悪だった。
イリヤは目覚まし時計のスイッチを止めながら、小学生とはいえ魔法少女なんてものに憧れるような歳でもないというのに見てしまった夢にため息をつく。
確かに昨晩までは空を飛ぶ魔法とか、宿題を片付けちゃう魔法、あとは……恋の魔法とかなんてあったらいいなー、なんて思っていたりもした。
まあ、自分はまだ小学生なのだから、このくらいの事を考えるのは十分許容範囲だとイリヤは思っていた。
だが、実際の魔法少女なんてあんまり碌でもなさそうだという事実を知りたくも無かったのに突きつけられたんだよなぁと、身を起こしたベッドの上で視線を落とす。
『すぴ~』
そこには、自称「愛と正義のマジカルステッキ」という胡散臭さ満点のステッキが気持ち良さそうに眠っていた。
ステッキが鼻ちょうちんを膨らませながら寝ているという時点で、ああ、やっぱりコイツ胡散臭いという想いを新たにしながらも、昨日の出来事はやはり夢でなかったと知る。
イリヤ、フルネームは『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』という名の、雪のような銀の髪を持つこの少女は、極々平凡な小学生として毎日を送っていた。
だが、昨日の夜に風呂に入りつつ何気なく窓を開けて外を見ていたら、上空で何かが光っているのを目撃。
なんだろうと思って目を凝らそうとしたら、イリヤ目掛けて一振りのステッキが、かくや豪速球と飛んできたのだ。
運よくその不意打ちを避ける事が出来たイリヤだったが、その後はもうとんとん拍子。
何がなんだか分からない内に『ルビー』と名乗ったステッキがイリヤから血液を採取してマスター認証、さらに直接接触による使用の契約をさせられて。
果ては起動のキーとなる『オトメのラヴパワー』なんてわけの分からないものまで勝手に頂戴されて、イリヤの意向は完全無視で魔法少女にされてしまったのだった。
もはや完全に詐欺の領域である。
ここで終わっていれば、イリヤも一度は使ってみたい魔法を手にしたという事で悪い気分でもなかったかもしれない。
だが、終わらないからこそのこの騒ぎ。すぐに、本来のルビーの持ち主である女性が現れたのだ。
それは目を引く鮮やかな赤い衣服を身に纏った、高校生といった年頃の黒髪をツインテールにまとめた女性。
誰もが振り返るような鮮烈な印象を思わせる美人であり、名前は『遠坂凛』というらしかった。
ただ、当時はイリヤが手にしているルビーに対する怒りやら何があったのかボロボロの身なりやらで、色々台無しという状態。
それでも激昂に任せるだけでなく、冷静な思考でルビーに戻ってくるように言ったのだが、ルビーは『魔法少女はローティーンがベストマッチ理論』のもと、あっさり却下。
むしろツインテールの年増なんてお呼びで無いからとっとと国に帰っちまいな~、などと凛の神経を逆なでしたり、イリヤを騙して魔力弾をぶっ放したりとやりたい放題。
まあ、高校生の年頃で魔法少女を大真面目でやるのは色々イタイというのは分かる。というか、そんなところを誰かに見られたら自殺モンだと、凛も魔法少女を全否定。
じゃあ、現在進行形で魔法少女をやっちゃってる自分はどうなんだろうとイリヤは思ったが、それはまあ、別の話。
凛にしても不本意極まりないが、事情が有ってルビーの力は不可欠。
だというのにルビーには戻って来る気は皆無。
そこで苦肉の策として、凛はルビー自身ではなく、ルビーを持っているイリヤの力を借りるべく考えをシフトさせたのだった。
具体的に言えば、イリヤに自分の奴隷(サーヴァント)になりなさい、なんていう話になったのだった。
イリヤからすれば、いきなり奴隷宣言をされても困惑以外の何物でもなかったが、とんでもなく面倒な事に巻き込まれてしまったのだと、理解をせざるを得なかった。
その後、凛から詳しい事情を聞いたのだったが、その内容もまた随分とぶっとんだものだった。
何でも凛達は、ここ冬木市にはとあるカードを回収するためにやってきたらしい。
そのカードとは、極めて高度な魔術理論で編み上げられた特別な力を持つカード。使い方によってはそれひとつで町ひとつを滅ぼせるほどの危険物(らしい)。
そんなものが何故冬木市に存在しているのかは分からないが、それでも放置する事など出来はしない。
魔術とは秘匿されなければならないので、秘密裏に回収作業がされる事になった。
その作業に、倫敦魔術協会、通称「時計塔」における主席候補であり、この冬木市の出身でもある魔術師の凛が派遣された。
まあ、派遣されるまでの経緯には、教室ひとつを丸ごと吹き飛ばすくらいのケンカがあったりもしたらしいが、それも今は関係ないので割愛。
そして、幾ら主席候補とはいえ、生身でこのカードの回収は無茶が過ぎるという事で、(一応?)最高位の魔術礼装であるルビーが特別に貸し出された、という事らしかった。
ただ、ルビーには凛の言う事を聞くきはナッシング。理想としては凛の下に戻ってくる事なのだが、この愉快型魔術礼装の説得は非常に困難。なので自分の代わりに戦って欲しい、というのが凛の弁。
無関係な人を巻き込みたくないし、ただの小学生にいきなり戦え、というのは当然無茶があると凛も理解している。
それでも、カードの回収にはルビーの力が不可欠であるための選択だった。
当のイリヤは怒涛の展開に驚くばかりだったが、このヘンテコステッキに凛の下に戻るよう説得するのは非常に困難である事だけははっきり分かった。
それに、本当に魔法を使って戦うなんてちょっとかっこいいかも、なんて思ったりもしたので、何だかんだと受け入れる方向で話は纏まったのだった。
……と、それが昨夜の事。これがあの悪夢となった原因なのだろうとイリヤは思った。
色々と説明をしてもらったために夜更かしをしてしまって眠いが、何時までもベッドの上で考え込んでいても仕方が無い。
基本としてイリヤは普通の日本の小学生。今日この日も平日なので、普段通りに学校に行かなければならない。
とりあえずはこの暗雲としそうな気分を切り替えようと、朝の新鮮な空気を吸うためにベランダに出ようと部屋の窓を開け放つ。
「うぅ~、おなか空いたぁ~……」
だが、そこには見ず知らずの少女が干されていたのを見て足が止まった。
その少女は青い長い髪をツインテールにまとめており、綺麗に整った顔立ちをしていたが、言葉通り空腹なのか、何処となく精彩を欠いているように見える。
というか、何故一般家庭の二階のベランダに少女が干されているのかが分からない。ルビーとはまた別な意味で怪しさ満点だ。
「あ」
そして、ふと目が合う。どちらともなく声を上げる。
まるで野生動物と道ばたでばったり出くわしてしまったかのように、視線が外せず、お互いなんとなく見つめあってしまう。
その中でイリヤは、どうすればいいのかと様々な事を考え、
──ガラガラガラ、ぱたん。
窓を閉めた。とりあえず、見なかった事にしたらしい。
「って、コラーッ、僕の事を無視するなぁッ!!」
「いやいや、ちょっと待ってよっ。なに、なんなのよこの状況!?」
そして、互いの視線がなくなって緊張の糸が切れたかのように、窓を挟んで騒ぎ始めるふたりの少女。
外ではベランダの柵に身体をくの字に曲げるようにして乗っている少女が、手足をばたつかせて無視された事に憤る。
対するイリヤは昨日から続く現実離れした事に理解が追いつかない。
なんともいい塩梅に、ふたりとも混乱の中にいるようだった。
『おや~、朝からどうかしたんですか、イリヤさん?』
と、ここで目を覚ましたらしいルビーが、窓の傍で頭を抱えて悩んでいるらしいイリヤに声をかける。
自分に掛けられた声にハッとしたイリヤは、これを救いの声だとでも思ったのかすぐさまルビーを手にとって状況を説明する。
「ルビーッ、ちょっと女の子が干されて、外は今日もいい快晴なんだけど、気分転換しようとしたらワケがわかんないよ!?」
だが、混乱の中においてなんら纏まらず、何とも支離滅裂な内容となっていた。
『……ふむ、なるほど』
それでもここは年の功(?)か、ルビーは慌てるイリヤを他所に冷静に状況を分析する。
イリヤの立ち位置、言葉の内容、窓の外から聞こえる声。
それら諸々を吟味して、現状を理解する。その姿は、イリヤも不覚にも頼りになると思う程だ。
『あは~、なんとも(わたしにとって)面白そうな事態になってますね~』
だが、何処まで行っても、ルビーはルビーだった。
イリヤが混乱しているのを知ってなお、自分の楽しみを最優先するからこそ愉快型魔術礼装なんて呼ばれたりするのだ。
断じてこんな場面で頼りになるなんて事は無い。
「……ああ、世の中って無常なのね」
そんな事を悟ってしまうイリヤだったが、それは小学生の言うセリフではない。
「おーい。ぐすっ、いい加減に僕を助けろよ~」
『イリヤさんイリヤさん。現実逃避もいいですけど、外にいる子の声に涙声が混ざってきてるので、そろそろ何とかした方がいいんじゃないですか?』
「あ~。うん、そうだね。そうなんだけど……」
ルビーの言う事は正論だったが、なんとなくルビーが正論を言うという事に釈然としないイリヤだった。
まあ、自分の部屋の外に女の子がいるという状況は良くない。というか、むしろヤバイ。
もし外から見たら、部屋から閉め出されて泣いている少女がベランダに居ると解釈されそうだ。
そうなると状況的に少女を追い出したのは部屋の主であるイリヤという事になる。
つまり、ご近所さんに『アインツベルンさん家のイリヤちゃんは実はいじめっ子』と思われてしまう可能性があるという事で……。
「……うんっ、今助けるからちょっと大人しくしてて!!」
なんだか凄く嫌な想像をしてしまったイリヤは、ようやく事態の解決に動く事にした。
そうと決まれば話は早い。さっさとベランダへ身を躍らせると、柵の上に居る少女を引っ張り上げる。
「痛いっ、いたい~ッ。そんなに引っ張るな~ッ」
「ちょ、だから暴れないでってばっ。というか近所迷惑になるから静かにして!?」
『ファイト~、ガンバ☆ ですよっ、イリヤさん!』
女の子が何者なのかはとりあえず棚上げしておくとして、まずは自分の部屋に連れ込むべくイリヤはひとり奮闘する。
ただ、イリヤは小柄な小学生の女の子であり、たとえ相手も小さい女の子であっても非力な身ではベランダの柵から下ろすだけでも一苦労だ。
ルビーはルビーで周りをぱたぱたと飛んでいるだけで何の役にも立たない。というか、気の抜ける声援を考えると、むしろ邪魔だった。
「せーの、えいやーっ! って、きゃぁっ!」
「う、うわぁっ!?」
それでもイリヤは頑張った。うら若き小学生の身の上で、ご近所さんに変な目で見られるのは嫌だと、ルビーの気の抜ける声援にも負けずに全力を尽くした。
勢いをつけて少女を引っ張り上げ、なんとか柵から降ろす事に成功した。ただ、勢いあまって床に倒れ込み、二人でふんずほぐれずな格好になってしまったが。
『お疲れ様です、イリヤさん。まあ、多元転身(プリズムトランス)していればそんなに苦労もしなかったんですけどね~』
……そういう事はもっと早く言え。イリヤはそう思わずにはいられなかった。
◇
「う~、力が入らない~。こんちくしょー。おなかが減ってなければ、僕だってこんな無様をさらすことなんて無かったのに~」
そんなこんなでイリヤは青髪の少女を部屋の中に連れ込んだのだが、その口ぶりの通り、随分と弱っている様子だった。
足元もふらついていたので、とりあえずベッドに腰を下ろしてもらっていた。
『た、大変ですよイリヤさん!!』
「え、急にどうかしたの、ルビー!?」
さてどうしようかと思っていると、突然慌てたような声をルビーが上げる。
何があったのかは分からないが、普段は能天気にしているルビーの、その尋常ではない雰囲気にイリヤも緊迫した面持ちで固唾を呑む。
『この子『僕っ子』ですよ! これはポイントが高い……!』
「いや、ポイントって言われても分からないから」
どうやらどうでもいい事だったようだ。
興奮冷めやらぬと、なにやら汗を拭うようにしているルビーに対して冷めたツッコミを入れながら、イリヤは改めて少女の格好をみやる。
黒のボディースーツを身に纏い、青いベルトやマントをしている。そして左手の籠手とか靴とかは妙に金属っぽい。
本人が「これが当然」とでも言うように堂々としているので違和感を覚えないが、良く考えなくても明らかにおかしい格好だ。
こんな普通ではない、どちらかといえば魔法少女っぽい(しかもかなりエロい気がする)格好で、どうして自分の部屋の外にいたのかが全く分からない。
「え~と、とりあえず自己紹介ね。
わたしの名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンっていうの」
とはいえ、分からない事に何時までも頭を悩ませていても仕方が無い。
それに、ルビーによる昨夜の一連の出来事を思えば、これぐらいは大した事は無いと考える事にした。
まあ、早くも何かに染まって来ている事にそこはかとない不安はあるが、その辺りも纏めてスルーする。
とりあえず相手は言葉が通じている事は確かなので、コミュニケーションの第一歩として、イリヤはまず自分が名乗る事にした。
「イリヤスフィール・フォン・ドヴォー?」
「いやいやいや、途中から食べ物になってるから!」
むしろ、フォンより後ろはかすりもしていない。
「……え~、コホン。とりあえずわたしの事はイリヤでいいから。それで、あなたの名前は?」
まあ、イリヤとしても自分のフルネームが長ったらしい事は自覚している。こんな間違いのされ方は始めてだったが、気を取り直して自分の愛称を教える。
ちなみに、隣でルビーが『この子はお約束を知っている……なんて恐ろしい子!』と戦慄を催していたが、全面的にスルーだ。
「僕の名前、だと……? ふふん、聞かれたからには答えなければなるまい!」
と、少女は何か琴線に触れるような事でもあったのか、弱っていたはずだというのに急にベッドの上に立ち上がり、カッコ良さげなポーズを決める。
「我が名は雷光ッ。夜天の書が防衛プログラム、その“力”の構成体(マテリアル)とはこのぉ……、僕の事だぁッ!!」
少女はさっきまでの姿からは精彩を欠いていたはずだった。
だが、今の彼女はそん弱さなど見て取れず、その表情にはなんとも力強さに満ち溢れていた。
まるで、その自分の名前に誇りを持ち、名乗る事が誉れであるかのよう。
イリヤは、そんな自分の目の前で堂々と名乗りを上げる彼女の事を見上げたまま動けなかった。
『夜天の書』『防衛プログラム』『“力”のマテリアル』……。正直なところ、それらのキーワードの意味するところはイリヤには分からない。
それでも、名乗りを上げる少女を見て、イリヤの直感は確かに告げていた。
(この子、すごくアホっぽい……!)
思わず心境がそのまま顔に出てしまうイリヤだった。
「ああッ、今、僕の事をアホっぽいとか思っただろ!!」
「え!? いやあの……うん」
「『うん』とか言うなーッ。どいつもこいつも、僕はアホでもバカでも無いんだぞッ!!」
本人は違うと全否定するが、その口ぶりから他の人たちからも結構ちょくちょくアホ呼ばわりされていたのが見え隠れしていた。
というか、イリヤはまだ『バカ』とは言っていない。そこは被害妄想だ。
『僕っ子だけでも高ポイントだというのに、何という絵に描いたようなアホの子っぷり……。ぐふっ!? い、イリヤさん、この子、すごい強敵ですよ……!』
「え~と、とりあえず埃が立つから、ベッドの上で騒がないでくれないかな?」
何故かルビーはダメージを食らっていたが、やはりイリヤはスルーをした。
「なんだとぉッ、僕に命令するなふぅ~……?」
「って、え、ど、どうしたの!?」
ベッドの上で地団駄を踏むように憤慨して見せていた少女は、突然糸が切れたかのようにそのまま倒れこんでいた。
その急なアクションに驚きを抱きながら、何が起こったのかとイリヤは少女に声をかける。
「うぅ、目が回るぅ……?」
『まあ、お疲れのところでアレだけはしゃげば、そりゃあぶっ倒れもしますよね~』
「……」
やっぱりこの子はアホだと思うイリヤだった。
『それでイリヤさんはこの子の事をどうするおつもりですか?』
「どうするって、そりゃあ……、どうしよう?」
気を失ったわけではないが、とりあえず静かになった少女を尻目に、これからどうしようかという事をまだ全然考えて居なかった事に気付いて、再び頭を悩ませる。
とりあえず、この少女は面倒な事情を持っている事はなんとなくは分かった。
でも、だからと言ってイリヤにはまだ、選べるだけの選択肢は用意されていない。この少女は悪い子ではないとは思うので、現状では見捨てるような事はしたくないと思う程度だ。
とりあえず、家族にこの少女を紹介してどうなるのかを脳内シミュレートしてみる。
両親はふたり一緒に出張中なので、現状家に居る家族は自分を除いて3人。
まず、兄である衛宮士郎は、困っている人を放っておけないお人よしであるから、問題は無い。むしろ、率先して彼女の助けになるべく動くと予想。
次に、イリヤの姉のような友達のような良く分からない立ち位置にいる(一応)メイドのリーゼリットも、自分が頼めば『おっけー』と軽く言ってくれる気がする。
「う~ん、お兄ちゃんとリズは話せば分かってくれるとは思うけど、問題はやっぱりセラだよね~……」
イリヤの脳裏に思い浮かぶのは、リズはすっかり役目を忘れているが、アインツベルンに仕えるメイドとして家主が留守にしている一家を支えるべく働くセラの姿。
セラは意地っ張りかつ冷静沈着な性格をしていて、その上生真面目だ。
たとえ相手が女の子であろうとも、どこの誰とも知れない相手が自分の知らないうちに家に入り込んでいたら、きっといい顔をしない。
むしろ、家を守るためとか言って、こんな弱っている子だろうとも追い出そうとするかもしれない。
「まあ、セラも本当にそんな真似をしたりは……、しないといいなぁ……」
イリヤもセラの事は信用も信頼もしているが、この少女に関してはあまり良いイメージが湧かなくてなんとも微妙な気分になる。
まあ、いざとなればセラ以外の全員でお願い攻撃をすれば折れてくれる気もするので、見つかっても多分大丈夫という事にしようと思う。
「う~、もうダメだ。バリアジャケットの維持も出来ない……」
「は?」
と、そんな中、ベッドに倒れ込んでいた少女から聞こえた何やら不穏な言葉に、イリヤは半ば反射的に振り返る。
一体何の事かと思ったが、直後、イリヤが振り返った先で彼女が周囲を金色の光によって描かれたような帯状の図形に囲まれていた。
「な……!?」
同時に、彼女の身体が金色の輝きに包まれたかと思えば、先ほどまできていた衣装は消え失せ、一糸纏わぬ姿となっていた。
その光景は、まさにイリヤの想像する魔法少女の変身シーンの逆回しのようで、信じられない思いを抱く。
そして何より、白磁のように透き通るような肌の少女の立ち姿を綺麗だと思い、思わず見とれてしまいそうになってしまっていた。
「……って、何で裸なの!?」
「何でって、バリアジャケットを着ける前は何も着ていなかったからに決まってるだろ?」
少女は髪を止めていたリボンも消失しているために下ろされた青髪を払いながら、イリヤの疑問に答える。
彼女は防衛プログラムの断片として発生したため、それ以外には何も持っていないのだが、イリヤからすればそんな事はそれこそ知らない。
『ふ~む。今のは多元転身とは違いますね。魔力を直接編みこんでいた衣服が魔力不足により強制的に解かれたとでもいうのでしょうか』
ルビーは今の光景を冷静に分析していたが、イリヤにしてみれば、そんな呟きも耳に届いていなかった。
今の少女は完全に素っ裸状態。見ず知らずの女の子を部屋に招き入れたらこんな事が起こるなんて想定外にも程があった。
「え~と、とりあえずは裸はマズイから、わたしの服を貸すからまずはそれに着替えてよ!」
イリヤにはその気は無が、自分の部屋で、しかもベッドの上に綺麗な女の子が裸でいるという光景は何かイケナイ気がする。
まずはそれを解消するのが先決だと、自分の普段着を取り出すべく視線を逸らす意味も込めて少女に背中を向けるようにしながらタンスを漁る。
「はいっ、多分サイズ的には着れると思うから!」
「うわっとっ?」
そして半ば押し付けるように手に取った服を少女に手渡す。結構適当に選ばれたそれを受け取った少女は、突然のイリヤの行為に驚いた様子だった。
だが、すぐに手渡された服に興味が移ったらしい。広げるようにしてそれがどんなものかを見定める。
その姿は、裸という事を考慮の外におけば、外見相応の女の子だ。
「……中々良い服だね! うん、気に入った!」
服は少女の眼鏡にかなったらしい。中々、という割にはかなり嬉しそうだった。
そしてさっそく着替えようと、嬉々とベッドから立ち上がり、まずは下着からと手を伸ばす。
と、その時、
「おーいイリヤ。そろそろ起きてこないと学校に遅刻す、るぞ……?」
ラッキースケベの降臨である。
「……」
「……」
「……」
何時まで経っても来ないイリヤを起こしに、義理の兄である衛宮士郎が部屋のドアを開けていたのだ。
ノックをしないのは普段なら問題なかったのだろうが、素っ裸の女の子が居る部屋のドアを開けたという、今このタイミングにおいては明らかに悪い。
そのあまりの予想外の事態に、この場に居る全員の思考が停止する。
「……あ、いや、別に覗こうってわけじゃなくて、イリヤが寝てるのかと思ってで、悪気も有らずに眼福と思ったりなんかはっ……」
最初に硬直が解除されたのは士郎だった。
部屋の中にいる全員の視線を一身に受け、自分が何をしてしまったかに遅まきながらにも気付いた士郎は焦りながらも弁明を始める。
だが、たとえ真実がなんであろうとも、この場において男性の発言力は皆無である。
「君は……!!」
少女は咄嗟に手近にあったそれを掴むと、キッと士郎の事を睨みつける。
睨まれた側である士郎は焦燥に急かされるが、その思いに反して体は動こうとしない。
それはさながら蛇に睨まれたカエルか、死刑台に上った死刑囚か。どちらにしろ、今の士郎は圧倒的弱者のソレ。
「僕の着替えを覗こうだなんて何のつもりだぁぁぁぁっ!!」
そんな士郎へ、少女は全力で手にしたモノを投げつける。それは、一切のブレもなく一直線に飛翔すし、
『チェスト~ッ!!』
「ふごぉっ!?」
柄先が士郎の顔面、もっと言えば人体の急所のひとつ、鼻の下と唇の間にある『人中』にクリーンヒットしていた。
どれ程の威力と勢いがあったのか、投擲されたステッキという一撃を受けた士郎の身は宙を舞い、そのまま床へと倒れ伏せる。
見れば、完全に白目を剥いている。哀れ士郎は、ラッキースケベの対価としてその一撃の下にノックダウンされる事となったのだった。
「って、今ルビーって自分からお兄ちゃんにぶつかりに行ったよね!?」
『カレイド流活殺術、八十八手がひとつ「ルビードロップキック」です。ルビーちゃんはか弱いオトメの味方なんですよ~』
これが、世界を異とするふたりの魔法少女のファーストコンタクトであったのだが……。
「何だとォッ。僕は弱くなんてないっ、すごく強いんだぞふぅ~?」
「あなたも倒れるくらいなのに何でそんなにはしゃごうとするの!? というか服を着ようよ!?」
……なかなかにカオスであった。
続きません。というわけで雷刃の襲撃者シナリオ終了です。
次回から新シナリオなのですが、諸事情により次の更新は6月1日の21時予定です。