魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド=   作:のぶな

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バトル1

 

彼女は砕け散った闇の書の闇の断片を集めるべく夜の空を行く。

だがそれは別段積極的に動いているわけでは無い。悠然と世を睥睨するかのようであり、急ぐ素振りなど何処にもありはしない。

 

王とは泰然と構えているべきであり、駆けずり回るなどもっての外。

元々、彼女は中枢であるが故に闇の欠片を強くその身に引きつける。何をしなくても向うから勝手にやってくるのだ。

その想いがあるからこそ、彼女は何ら慌てる事無く、さながら自由に出歩けるようになった世の中を物見遊山に興じるかのようだった。

 

「……ふむ、さっそく来たか」

 

だが、それもそれほど長く続かない。不意に夜空を映し出していた空の色が変わる。同時に闇の欠片が彼女を捕らえるように結界を展開したのだと知る。

 

そして今、この結界の発生原因である、記憶の再現体がひとりの姿を形作っていた。

 

「何故君のような子供が闇の書を持っている……!?」

 

そこに居るのは、黒いバリアジャケットを身に纏った、いかにも生真面目そうな面持ちをした少年。

“たまたま”居た場所で、自身の人生に少なからずの因縁のあるロストロギアと出くわした事に驚きを抱きながらも、半ば反射的に口を開く。

 

「ふん、王であるこの我を子供呼ばわりとは、随分とふざけた口を利くものだな。どうやら余程身の程を叩き込まれたいらしいな」

「ふざけるなっ。僕はどうして君が闇の書を持っているのかを聞いている!」

 

……少年は、何故自分がこのような場所に居るのかという疑問に考え至らない。

冷静な判断力を持つ“本当の”少年であったならば、前後の記憶の食い違いから、現状の違和感に気付いたかもしれない。

だが、ここに居る少年は、ただ目の前にある『闇の書』であろう魔導書に執着する事に意識の大半を向けて、現状の把握など二の次にしていた。

何故なら、それこそが闇の欠片が少年をかたどるために再現した“記憶”なのだから。

 

「どうしても何も、これは我の所有物だ。王が王たる証を持つ事は当然であろう?」

 

彼女が自身の持つ魔導書を掲げるように少年へと見せながら、何故自分がこれを持っているのかを明かす。

実際には彼女の持っている魔導書は闇の書ではなく、そのコピーなのだが、もうしばらくすればこの書こそが唯一無二の本物になると考えている。

故に彼女は、あえてこれが闇の書である事を肯定してみせていた。

 

「……つまり、君が今の闇の書の主、という事なのか?」

 

自分の目の前にある物が闇の書であると聞いて、少年の雰囲気が変わる。

 

「君は闇の書が何なのかを知っているのか。それはこの世に破滅を齎す、あってはならない存在なんだぞっ。

それさえなければ、僕の父さんだって……!」

 

突然の邂逅に驚きながらも冷静に努めようとしていた少年の瞳に、『憎しみ』の光が宿る。最初は静かだった少年の語り口に、徐々に熱が籠ってくる。

少年の“記憶”では、闇の書は無限に再生と転生を繰り返し、多くの人を不幸に、何より自分の家族を奪った憎むべき対象。

その想いに突き動かれるように、少年は書を持つ彼女に向って言葉をぶつける。

 

「何を言うかと思えば下らんな。闇と破壊の混沌は我が在り方のひとつよ。我が此処に存在する以上、あってはならぬなどいう事こそあり得ぬし、うぬに否定される謂れも無い。

そもそも、うぬ如きの矮小な者の身内がどうなろうが、我の知るところでは無いわ」

「なん、だと……!」

 

だが、彼女の方は少年の怒りなどどこ吹く風と、まるで少年の発言は考慮するに値しないと言うかのように一笑に伏して見せる。

彼女からすれば、自分は全てを統べる存在として生まれたのであり、王は存在する事は当然と世界の方が受け入れるべきモノ。

故に、少年の「闇の書は在ってはならない」という前提こそが間違っていると、少年の主張を真っ向から跳ね返す。

そして、少年の方は彼女のその物言いに怒りのボルテージがどんどん上昇していく。

 

「…………分かった。どうやら君は僕の敵以外のなにものでもないようだな。

それは僕が回収させて貰う。闇の書は……僕が破壊する!」

 

少年は瞳を閉じるようにしながら大きく息を吐き出した後、改めて目を開けて彼女の事を見据えながら言葉を紡ぐ。

それは、怒りが一周して逆に冷静になったかのように淡々とした語り口だった。

だが、確かに少年の心の中にドス黒い感情が渦巻いている。普段の少年ではあり得ない昏い感情の篭る瞳で彼女の事を睨みつける。

 

「くっくっく。うぬが闇の書を破壊する、だと?」

「何が可笑しいっ!?」

 

もはや闇の書の破壊の前に立ち塞がる彼女に容赦などしない。邪魔をするのならお前ごと排除すると言葉にせずとも少年の瞳は雄弁に物語る。

そんな殺意の籠る敵意の前にしてなお、彼女は心の底から愉快であるかというように、嗤う。

その見下すかのような彼女の態度に、少年の神経は更に逆なでされる。

 

「何、うぬが闇の書を破壊するなどと呆けた事を抜かしたのだ。これが滑稽以外の何物でもあるまいて」

 

闇の欠片が記憶を元に再現した存在である以上、ほんの一欠片に過ぎないにしろ、この少年もまた闇の書の一部である事に違いは無い。

だというのに、闇の書を破壊すると言うのだ。言うなれば、自らの手で自分自身に引導を渡すと同意義であり、その矛盾に全く気付いていないのだ。

それはもう、見ている彼女からすれば喜劇としか映らないというもの。

目の前でそんな寸劇が演じてられているのなら、嗤うのが当然だと愉悦に表情を染める。

 

「何を訳の分からない事を……っ。もういい。話は終わりだ!」

 

だが、少年は自分が闇の欠片によって再現されただけの存在だと気付いていない。知らない以上、彼女の言っている事は全て侮蔑に過ぎない。

故にこれ以上の対話は無意味であり不愉快になるだけとして、自身を突き動かす記憶の衝動のままに、未だ嗤い続ける彼女へ向けてデバイスを向ける。

 

「ほほう、あくまで我に刃向うか。

……いいだろう、うぬの滑稽さに免じて、王である我と、ただの一欠片に過ぎぬうぬとの間にある、歴然たる『差』という物を教えてやろう」

 

完全に臨戦態勢に入った少年に対して、あくまで彼女は余裕を崩さない。

むしろ、もっとその道化ぶりを見せてみろと言わんばかりに、両手を広げるようにしながらさらに浮かべる笑みを深くする。

 

「抜かせっ。──スティンガー!」

 

その余裕が命取りであると、少年は光の弾丸である魔力弾を出現させる。

それは少年の得意とする「スティンガーレイ」という名の魔法。貫通力に優れる直射型のそれを5つ眼前に設置される。

 

「ショット!」

 

そして少年の号令に従い、彼女を倒すべく順次射出されてゆく。

直射型の特性として高速で飛翔するそれは、威力自体はそれほど強くは無いが、高い貫通力を持つために防御されたとしても相手の魔力を大きく削る。

たとえ回避行動を取られたとしても、時間差で放つ事で確実に相手を追い込んでゆく。

 

「はぁぁぁぁぁッ!」

 

それだけでも並の相手なら十分ではあるが、少年は手を緩めない。確実に自分の敵である彼女を倒すべく、さらに繰り返すように魔力弾を繰り出していく。

無防備に両手を広げて見せたままの彼女へ向けて幾重にも、一方的に魔力弾を放ってゆく。

まさに怒涛とでもいうべき攻めの前に、彼女は動かない。故に、真っ直ぐに狙いをつけていた魔力弾は次々と彼女へと着弾していく。

その余波で発生する少年の水色の魔力光を発する魔力の残滓が、爆煙となって彼女のその姿を覆い隠していく。

 

「トドメだッ、──ブレイズキャノン!!」

 

既に両手で数えるには指の数が余裕で足りない程の魔力弾は彼女へと命中しており、それは少年に十分な手ごたえを感じさせていた。

 

だが、それだけでは少年の心は満たされない。

 

憎むべき闇の書は跡形も残さないと、さながら自身の憎しみをぶつけるかのように、ダメ押しに少年の使える魔法の中でも高威力の砲撃魔法を躊躇う事無く撃ち放つ。

それは当然のように立ち昇る爆煙の中へと突き進んでゆき、直撃をしたのだろう、既に巻き上がっていた爆煙を吹き飛ばすかのような、更なる爆発が巻き起こる。

 

息つく間も置かず放たれた魔法は、完全にオーバーキルに達するレベルだった。

そこには書を所持していた彼女への配慮など無く、無事では済まないだろう事は明白。幾ら非殺傷設定で放っていたとしても、十分に彼女は死の危険性があるほどだ。

その行いは、人の命を守る管理局員の物とは到底言えるものではなかった。

 

「はぁ、はぁ……。どうだ!?」

 

だというのに、少年は短時間の魔法の連続行使に肩で息をつきながらも、確かな手ごたえの前に知らず口元を歪めるように笑みを浮かべていた。

自身の心に押し込めていたはずの闇の書に対する復讐心が、普段の少年にはあり得ない行動を取らせていたのだった。

闇の書は破壊するべきもの。それを自らの手で達成したという思いから、歓喜に心を打ち震わせる。

 

「どうした、うぬの憎しみとはこの程度のものなのか?」

「……な、に?」

 

だがしかし、そんな少年の喜びも、爆煙の向こうから聞こえて来た声に凍りつく。

確かに手ごたえがあったはず。だというのに、何の影響も無いとでも言うかのようなその声に、信じられないという思いを抱く。

一体どうやってあの火力による攻撃を凌ぎ切ったのであるのかという疑問が少年の心を埋め尽くしてゆく。

戦いはまだ終わってはいない。ならばまずはその疑問の答えを見定めるべく心を改めて引き締めながら、少年は晴れ行く爆煙のその向こうを睨みつける。

 

「まったく以って弱過ぎる。よくもまあこの程度で闇の書の破壊などと吠えたものよ」

 

そして晴れた爆煙の向こうから顕わとなった彼女は、直前までの姿から全くの揺らぎも無い。

それどころか、身に纏うバリアジャケットにはかすり傷の一つすらもついていない。その表情は先に見せたまま、自信に溢れた尊大な態度を浮かべたまま。

 

彼女は完全な無傷なその姿のまま、少年の事をさけずむように嗤っていた。

 

「そんな、ばかな……!?」

 

確かにこうして彼女が居る以上、耐え凌がれたという事は分かっていた。だが、自身の全力の火力で放った魔法に晒され、無傷で在るなど信じられない。

むしろ、そんな事があるはずはないと、半ばその現実を拒絶するかのように声を荒げる。

 

「言ったであろう、我とうぬの間にある歴然とした差をみせてやろう、とな」

 

そして彼女は少年の疑念に、単純にして明快な答えを示唆する。

いわく、少年がいくら全力を尽くそうとも、自分には傷の一つも負わせられない程に力の差があると。

 

少年はお互いの力量の差を認めたくなかった現実を、彼女はこれ以上無い形で突き付けて来ていた。

その事実の前に、少年は気押されるかのように知らず後ずさる。

後ずさって、無意識の内にしても自分では彼女を倒せないという事実を悟ってしまったと理解してしまった。

 

「……くっ、認めない。そんな事、認めてたまるかぁッ」

 

だが、この少年を象る記憶は闇の書へ対する憎しみであり、自らの手で闇の書を破壊する事を望みとしている。

それだけが唯一の真実。故に、闇の書に勝てない事など認めるわけにはいかない。

認められないから、悟ってしまった事実を自分の中から追い出すかのように叫び声を上げる。

 

「──デュランダル!!」

 

闇の書を前にして、逃げるという選択肢は存在しない。

故に少年は、彼女へと立ち向かうべく、自身のとっておきであるもうひとつのデバイスである「氷結の杖」を起動させる。

それは少年が師と仰ぐ人物が闇の書を永久に封印するためだけに作った、氷結に特化した機能を持つデバイス。

先の戦いで、師から自分へと託されたその力を解放する。

 

少年は元々、魔力変換資質など持っていない。だが、今まで重ねて来た修練の結果として、氷結特化のデバイスの力を借りて、自身の魔力を『氷結』へと変換する。

それに伴い、周囲の温度が急激に下がってゆく。

 

今から使うのは広域殲滅型の魔法であり、間違いなく少年の使える魔法の中でも最大にして最強を誇る物。

師が心血を注いだ、その結晶だ。先ほどの少年が使った攻撃魔法とは違い、まともに受ければ耐える事など不可能。

絶対の力で彼女を打倒するべく、持てる魔力の全てをつぎ込むつもりでデバイスを握る手に力を込める。

 

「悠久なる凍土、凍て付く棺の内にて永遠の眠りを与えよ。──凍て付け、エターナルコフィン!!」

 

詠唱と共にデバイスを彼女へ向けて指し示す。それと共に、空間が凍りついていく。

発生した氷はその一点から一挙に成長を遂げる。さながら五つの頭を持つ蛇のように、取り囲むようにしながら彼女へと喰らいつくべくその顎を広げ襲い掛かる。

そして彼女へと到達した氷塊は彼女へと喰らい付く。更に最初に到達した氷塊ごと喰らいつくように幾重にも氷塊が積み重なり、彼女を氷の中へと封じ込める。

 

それは永遠の柩。捕らえた対象を永劫の眠りにつかせる魔法。この状態に至ったのであれば脱出など不可能。

今度こそ、自分の勝利を少年は確信した。

 

「やはり所詮は断片のそのさらに一欠片という矮小な存在。我を傷つけるには値せぬ輩よ」

 

──だが、

 

彼女は自身を捕らえた氷の中で、無造作に剣十字あしらった杖で振り払う。

たったそれだけの事で、そんな少年の想いは氷の砕ける澄んだ音と共に脆くも崩れ去ったのだ。

そして見つめる先にあるのは、なおも悠然と君臨する王の姿。

 

「そんな、そんな……」

 

先ほどの攻撃魔法を防がれた時は、爆煙のせいでその全容を知る事が出来なかったのに対し、今度のそれは、はっきりと少年の目に映る形で行なわれたのだ。

少年の受けた衝撃は比較にもならない。もはや勝てるなどとは到底思えなかった。

デバイスを持つ手が力なく垂れ下がり、少年は絶対的強者である彼女の事を呆然と見上げていた。

そこにあったのは、完全に心の折れた、王にひれ伏す弱者の姿か……。

 

「本来のうぬの空間戦術を駆使した搦め手などと言う小細工の下に使われたのであれば、確かに幾ら我であろうともただでは済まなかったであろう。

だが、あれほどバカ正直に真正面から撃たれたならば、幾らでも対処は出来るというものよ」

 

本来の少年であれば、自分の魔力資質や、一つを極めて頂点に達するような才能を持っていない事は弁えている。

超一流まで届かないなりに努力を積み重ねる事によって練度を高めた拘束魔法や、知恵と知識を総動員させて戦況を操作して相手を追い詰めてゆく。

そして自ら手繰り寄せた機会を逃す事無く掴む事こそ、少年の戦い方であり、必勝法。

だというのに、ただ憎しみに任せて攻撃魔法を乱射するなどといった愚を犯すような真似をしたならば、才能の足りない少年に勝機などあるわけがない。

それが、この戦いにすらもならない喜劇の理由であると彼女は告げる。

 

「くそぉ……くそぉぉ……っ!!」

 

ただ、その指摘に意味は無かった。完全に心の折れた少年に、これ以上戦う意志は存在しなかった。

心に憎しみの炎を燃え上がらせながらも、圧倒的な存在の前に自分が出来る事は何も無いと、体は戦う事を諦めて絶望するばかり。

出来る事は、彼女への呪詛を口にしながら睨みつける事だけだった。

 

「……ふん、もう終幕か。舞台に立つ役者ならば、もう少しは我を愉しませるべく道化ぶりを演じてみせよというものだ。

もっとも、王である我の威光の前に平伏すというのも塵芥として当然の礼でもあるがな」

 

そして彼女はもはや価値は無くなったと、嗤いを浮かべながらも酷く冷めた視線で少年の姿を射抜く。

その瞳は完全に少年への興味を失っていた。彼女の中で少年はもはや炉端の石ころにも劣る存在となり果てており、これ以上相手をする意味もない。

 

「さて、ただ棒立ちするだけの役者が舞台に立つなどとは、つまらん以上に不愉快だ。──早々に舞台より降りよ」

 

故に、彼女は少年へと命令を下す。彼女がしたのはそれだけだった。

既に心と体が憎悪と絶望という負の感情に染まっていた少年には、闇を統べる『王』の言葉に抗う事など出来ようはずもない。

今の少年にとって、彼女の言葉は神託とも同義。故に、言葉を告げられたという、たったそれだけの事で、一切のダメージを受けていないにも関わらず少年の姿が瓦解してゆく。

 

「くそぉ……くそぉ……」

 

そして負け惜しみの呪詛を残しながら、少年は消えたのだった。

 

 

 

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