魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド= 作:のぶな
少し前までのリインフォースは、永い絶望の中にあった。
かつては闇の書の意志と呼ばれ、暴走する防衛プログラムのままに主となった人物には死を、周囲には破壊を齎す。そして守護騎士達には戦いの日々を強いていた。
彼女はそんな事を望んでなどいない。むしろ何度もこの負の連鎖を止めようと管制人格として書に働きかけてきた。
だが、そんな努力など意味は無いと突きつけられるかのように何も出来なかった。
全ては闇の狭間に消えて行く。夢も決意も……、そして何時しか自分の背負った宿命に対する悲しみすらも。
闇の宿命も、果てない呪いも終わらない。たとえ逃げようとも何処までも追ってくる。
故に諦めた。自我も願いもなくしてしまえば楽になると、感情のない機械のようにその手を血に染め続けてきた。
ただ、頬を伝う涙を流し続けて……。
だがそんな永遠の苦しみは、新たな主となった八神はやてとの出逢いによって断ち切られた。
それまでの主とは違い、はやては闇の書が完成した際に得られるとされる強大な力を求める事はしなかった。
むしろ、そんな物は要らない、自分はただ平穏に『家族』と過ごす毎日があれば良いだけ言って笑って見せていたのだ。
足が不自由で車イス生活を余儀なくされ、親兄弟もいない大きな家で独り過ごしていた。
完成した闇の書の力があれば、無かった物を取り返せる、あるいは自分を不幸にしている全てを消し去る事も出来る。
そう言われてもなお、はやては闇の書の力を欲する事は無かった。
その日々は本当に穏やかで、戦いに明け暮れるばかりだった騎士達は、最初は戸惑うばかりだった。
だが、はやての優しさに触れて徐々に中で摩耗していた守護騎士達の心を癒していた。
そして、ごく自然にもう忘れてしまっていたと思っていた笑顔を浮かべさせるほどに幸せを享受していた。
今までの事を思えば、それはまさに夢のようなひと時だった。
だが、闇の書が完成した時、一度はそんなはやてを取り込んで暴走をした。
その中で思った事は、それでも結果は覆らないと言う事だった。この優しかった主をこの手で殺してしまい、またあの血と怨嗟の日々へと騎士達を突き落とす。
きっとはやても、こんな呪われた自分の事を恨むのだろうと思っていた。
だが、書の中で初めて言葉を交わしたはやては、自分に死の運命を背負わせた原因とも言える、闇の書の意志の事を怨んだりすることは無かった。
むしろ逆に、守護騎士達と同じく自分の家族だと言ってみせた。そして名前も無かった官制人格である彼女に「リインフォース」という名を与えたのだった。
これ以上自分の家族に悲しい想いはさせない。闇の書の呪縛は自分が終わらせる。その強くも優しいはやての想いが運命を覆した。
いや、はやてだけでは無い。真っ直ぐな優しさと正義感を持つ少女。静かな瞳に強い意志と深い優しさを秘めた少女。家族を殺されたという因縁を越えて皆を救おうとする少年。
他にも多くの人が悲しみの連鎖を断ち切るために力を合わせた。
その結果、闇の書からその呪いその原因を切り離し、書を本来の姿である「夜天の書」へと戻すことが出来た。
闇の書に蒐集され、一度は消えた守護騎士達も復活させた。
そして切り離された呪いの根源である暴走する防衛プログラムを、全員の力を終結する事によってついに消滅させる事が出来たのだ。
守護騎士達を、そしてリインフォースを縛り続けてきた永い絶望はこうして終わりを迎えたのだった。
本来であれば、リインフォースはこの時点で消滅しているはずだった。
守護騎士達は防衛プログラムとは別に書から切り離す事が出来たが、官制人格として防衛プログラムと深くリンクしていたリインフォースにはそれが出来なかったからだ。
そしてリインフォースはそれでも構わなかった。自分を救ってくれた優しい主と、辛い目に遭わせ続けてしまった守護騎士達が救えるのであればそれで良かった。
自分には、ほんの一時だけでも得る事が出来た幸せな想いがあればそれで十分。闇の書と共に消える事への覚悟は出来ていた。
だが、奇跡は起きた。
リインフォースは自身を構成するプログラムの大半を失うという代償を払う代わりに生き延びる事が出来たのだった。
自己再生能力の欠如のために、その余生は一年も持たない。せいぜいが半年程度しか活動する事が出来ない。
それでもそんな現実を静かに受け止めて、リインフォースは残りの人生をはやて達と共に穏やかに過ごしていた。
そんな中、いずれは偉大な魔導騎士になるであろうはやての魔法の練習に付き合っている時だった。正体不明の結界発生の知らせを受けたのは。
時空管理局所属L級巡航艦・アースラから齎されたその情報に何か胸騒ぎを覚えたリインフォースは、その結界の調査をする役割を申し出た。
アースラの通信士であるエイミィから許可を貰い、ベルカ系の反応を持つという結界の調査へと赴く。
そこでリインフォースが見たものは、自分の事を知らないという守護騎士の将であるシグナムだった。
既に闇の書は存在しない。だというのにそのページ蒐集のためにリンカーコアを貰い受けるというシグナムの使う技や魔法は、間違いなく本人のもの。
突然の襲撃を辛くも迎撃をする事が出来たが、倒されたシグナムはまるで最初から存在しない幻だったかのようにその身を消滅させていた。
一体何が起こっているのか。
その疑問が浮かび上がってくるのと同時に、ひとつの可能性に思い至っていた。
出来れば杞憂であって欲しい。その想いを抱きながら、リインフォースは調査と続けてゆく。
だが、その先で出逢うのは自分の推測を肯定するものだった。
安らかに眠る事の出来ない守護騎士達の負の記憶が、形となってゆく手を阻む。絶望の記憶だけを抱える彼らはリインフォースに怨嗟の念を突きつけてくる。
もはや疑う余地も無かった。砕けた闇の書の闇である防衛プログラムのその断片が再生しようとしている。
その過程として闇の欠片やこの地に沈む記憶が再現されている。それが今、海鳴市に起きている異変の正体だった。
それと悟ると共に、リインフォースはひとつの決意を胸に抱く。
これが闇の書の残滓が齎したものであるというのであれば、それを解決するのは官制人格として在った自分の役目。
自己再生能力の欠けた自分に未来は殆ど無い。だが、主やその友人達には無限の可能性がある。今でこそ幼い雛鳥だが、きっと未来に大きく羽ばたいていく事だろう。
ならば、その未来への礎となるのが自分の務め。そのためであるならば命は惜しくない。
未来を守る。
かつては多くの絶望を振りまくだけの存在だった自分がそんな事を言うのはおこがましい事だと分かっている。こんな事で罪滅ぼしになるわけもない。
それでも、自分を救ってくれた皆に報いるため、そして今度こそ闇の書の呪縛を完全に断ち切るため。
リインフォースはひとり、夜の空を行くのだった。
そして出逢ったのは、かつての自分。
リインフォースが闇の書の意志と呼ばれ、永遠の絶望の中で救いを諦めていた頃の記憶を再現した、防衛プログラムの構成体(マテリアル)だった。
目の前の彼女は言った。自分は永遠に闇の呪縛に囚われたまま。この先もどうせ救われない。
だからお前も戻って来い。どうせ苦しむのなら、何も考える事もない、何も感じる事もないあの闇の中に居た方が良いはずだと。
かつての自分だ。その想いはリインフォースには良く分かる。思考を停止し、何も望まなければ確かに苦痛を感じることも無いだろう。
だが、リインフォースは首を縦に振らない。頷く必要など何処にも無い。
何故なら、闇の書の呪縛は既に心優しい主の手によって断ち切られているのだから。救いは確かにあったのだから。
故にリインフォースは闇の書の意志として在るかつての自分を眠らせるべく、戦いを決意した。
それは自分にしか出来ないことであり、成すべき事だとリインフォースは思ったのだから。
自分との戦い。技も力も同じ相手では、差などない。何時までも決着が着く事は無い。
だが、それでもリインフォースは負けなかった。
心優しい主やその友の未来を思えば、過去に縛られるだけの自分に負けるはずも無かった。
そして「自分もそう思いたかった」と言って、寂しそうに笑う闇の書の意志が消えてくのをリインフォースは静かに見届ける。
かつての自分だ。思うところはある。だが、かける言葉は思い浮かばなかった。せめて安らかに眠れる事を祈るだけだった。
そのリインフォースの想いが通じたのか、闇の書の意志が浮かべるのは寂しそうなそれから柔らかな笑みへ代わっていた。
それはまるで、リインフォースと同じように自分もまた救われたとでも言うかのようだった。
だが、すぐにその表情は引き締められる。真剣な表情で真っ直ぐにリインフォースの事を見つめる。
「構成体(マテリアル)は私で終わりではない……。中枢部が、まだ……」
「なに……!?」
既に身体が半ばまで消えかかっている状態のためか、紡ぐ言葉は途切れ途切れな物となっていた。
それでも、未来を掴もうとしているもうひとりの自分に向けて、消え行く自分に残せるものをと真摯にメッセージを伝える。
「気をつけろ、あれは……凄まじく……」
その言葉を最後に、闇の書の意志を再現していた闇の欠片は消えていた。
リインフォースは過去の自分との戦いには勝った。だが、その胸中にあるのは勝利の喜びや安堵などでは無い。言い知れぬ焦燥感だった。
「他にも、まだ……?」
リインフォースは闇の書の意志を倒した事で、今回の事件は終わりだと思っていた。
闇の欠片とは闇の書の防衛プログラム。それらは集まって防衛プログラムを再生しようとしている。
そのためには一ヶ所に集まる必要がある。そして何も無いところに唐突に集まり始めることは無い。集結をするのならば必ずその中心が必要になる。
その再生の要となるものとして、闇の書の官制人格であった自分が一番適しているとリインフォースは考えていた。
事実、先ほど消えた闇の書の意志は防衛プログラムの構成体(マテリアル)であり、強く闇の欠片を惹き寄せいていた。
そのため、闇の書の意志を倒せば今回の事件は終息に向かうと思っていたのだ。
だというのに闇の書の意志は、中枢は自分ではなく他にあるという。
構成体(マテリアル)の活動を一体停止させた事で、闇の欠片の発生速度は落ちているはず。事件は確実に終わりに向かって動いている。
それでも闇の書の意志の最後の言葉が、リインフォースの心を徐々に蝕むように不安を煽る。
彼女は他の闇の欠片より再現された思念体より強い力を持っていた。ならば果たして中枢とはどれほどの力を持っているのか。
そして、闇の書の官制人格であった自分以上に再生の要に適しているとされるものとはいったい……?
そんな中、不意にアースラから海上に特殊な結界の反応が出たという連絡が入った。
どうやらリインフォースが一番近くに居るらしく、すぐさま反応があった地点へと向かう。
そしてそこで、本当の中枢である構成体(マテリアル)の姿を見たのだった。
「ふふ、はは……ッ、力が漲る……魔導が滾る!
集え、闇の欠片よ。我が身に捧げる贄となれ……ッ!!」
いったいどれほどの闇の欠片を取り込んだのか、視認出来るほどの濃密な負の念を纏い、彼女はそこに君臨していた。
その圧迫感は尋常ではない。下手をしたら、かつて闇の書と恐れられていたロストロギアそのままの力を既に取り戻しているのではないかという程だ。
だが、それよりもリインフォースはある一点についての想いが口を突いて出ていた。
「よりにもよって、なんという姿を……っ」
それは、彼女が自分の敬愛する主の姿をしているという事だった。
八神はやてという少女は最後の闇の書の主となった人物だ。確かに中枢になるにはこれ以上無い人選だった。
だがそんな事よりも、あの優しい眼差しが闇の愉悦に染まっている姿がたとえ偽者だと分かっていてもリインフォースにはどうしても認められない。
その想いが、リインフォースに強く拳を握らせる。
だが……。
「あの凶悪な魔力……。壊れかけたこの拳で止める事がかなう、のか……?」
握りしめた拳をといて、自身の手のひらを見つめながらぽつりと呟く。
今のリインフォースにはかつて闇の書であった頃のほんの僅かな欠片程度の力しか残っていない。
今の弱体化している自分では、あの構成体(マテリアル)中枢である、主の姿をコピーした彼女に勝てるヴィジョンが全く見えてこなかった。
力を失った事自体には何の後悔も無い。むしろ、主のためになったと誉れに思う。だが、今この時において力が無いという事が歯痒かった。
その想いが、リインフォースの心に翳りを落とす。
「……いや、違うな」
だが、そんな自身の弱気を振り払うように、リインフォースは改めて拳を強く握る。そして視線を彼女へと真っ直ぐに向ける。
「かなうか、では無い。止めるのだ。主や騎士達を守るため、雛鳥達の空を開くため……。
たとえ私がこの身に……、命に代えてでも!!」
自分が此処まで来たのは、闇の書の呪いを自らの手で完全に断ち切るため。
それは自分が闇の書によって苦しめられてきたからではない。自分の大切な人達を未来を守るためだ。
確かに力の差は歴然だろう。だが、自分が勝てる可能性はゼロでは無い。ならばそれで十分。
たとえ可能性が一割以下であろうとも、その一割以下を最初にもってくればよいのだから。
そして自分の心には永遠と思えた闇の書の呪いを断ち切った、主の優しい笑顔がある。一人ではないと思える。幾らでも心の力が湧いてくる。
だからもう、何も怖くない。恐れる物など何も無い。
大切な人達への想いを決意に変えて、リインフォースは彼女の前へとたつ。
「ほう……? これはまた珍しい贄が舞い込みおった」
当然、彼女もまたリインフォースの存在に気付く。
今の彼女は闇の欠片を次々と寄せ集めていた。その中に紛れて予想外の物までもが自分に引き寄せられたのだと、リインフォースを見て愉快そうに嗤っていた。
彼女の瞳にはリインフォースに対する敵意も害意も無い。何故なら、彼女にとってリインフォースは敵と認識するレベルに達していなかったからだ。
壊れかけの融合騎など取るに足らない、まさに塵芥同然。そんな物などわざわざ敵意を抱くにも値しない。
「マテリアルよ、お前を止めに来た。闇の書の運命はもう終わったのだ、蘇っても誰のためにもならないのだ」
リインフォースはそう感じていたが、なんにせよやるべき事は変わらない。
ただ闇の書の復活を望む彼女の行いを阻止するだけだと意気を上げる。
「はっ、壊れて役に立たぬうぬ如きがなんになる。もとより我は我のために、心地良き暗黒を永遠に生きるためにここにあるのだ。
誰かが王たる我のために働く事は当然だが、我が誰がために動く必要などどこにもあるまい?」
はっきりと敵対の意志をみせるリインフォース。既に対話での決着は無理であると悟っている。力ずくでお前を倒してみせると嘯いてみせる。
それでも闇の欠片を多く取り込み力を得る事で気分を高揚させている彼女にとっては精々が犬か猫がじゃれ付いてきた程度にしか感じられない。
普段ならば王に刃向かうなどと言語道断と返すところだが、今の彼女は機嫌よくリインフォースの決意を嘲笑う。
「壊れかけた貴様などもはや要らぬ。が、貴様もまた永きに渡り闇の書に仕えてきたのだったな。
いいだろう。新たなる闇の王である我が、直に手を下してやろうではないか!」
彼女自身が自我を手に入れた以上、官制人格というプログラムは不要。力の殆どを失っているリインフォースなど、今更取り込む価値はなおさら無い。
だが、王は配下に気にかけてやる事もたまには必要である。そして今のリインフォースが望んでいる事は自分と戦う事。
どうせ放っておいても幾許も無い命。ならば王の手で引導を渡してやるのもひとつの慈悲と、彼女は剣十字を先端にあしらった杖の先をリインフォースへ向けて突きつける。
同時に、彼女の前には短剣状の魔力弾達が設置される。それらは王に付き従う兵士のように、刃の先端を王に仇なす敵対者へと構えられる。
「ッ!?」
前触れらしい前触れも無かった突然の彼女攻撃態勢に、リインフォースは驚きに目を見開く。
だが、書の官制人格として積み重ねてきた経験がリインフォースにはある。即座に高機動魔法を発動させて魔力弾の軌道上から離脱する。
その判断は功を奏したらしい。発射された魔力弾はそのどれもがリインフォースを捉える事無く闇の奥へと消えていった。
「そらそら、まだまだ行くぞ」
だが、彼女にとってこれは文字通り「遊び」なのだ。当たらなかったとしても別にかまわない。魔力の蓄えは無尽蔵、外れたなら次を撃てばよいだけの話。
いったい何処までリインフォースが持ちこたえられるかを試すかのように無数の光弾や魔力刃を展開し、射出していく。
「く……っ」
その弾幕に晒されて、リインフォースは彼我の力の差を感じ取る。
リインフォースの魔力資質もまた彼女と同じく広域型であり、その魔導は火力と攻撃範囲に優れている。
だが、かつてならともかく、力の殆どを失っている現状で火力を比べるような真似をしたとしてもあっさり押し負ける事は明白だ。
その事実が弾幕という目に見える現実となって立ち塞がり、リインフォースの顔が苦く歪む。
それでもリインフォースは戦う事を止めない。思考を止めない。
総合力では確実に彼女が上で、普通に戦ってもまず勝ち目は無い。それでも彼女の事を止めると決意した。ならばどうすれば良いか。
相手が自分より優れていても、自分が持っている相手より優れている一点でもあれば戦う事は十分出来るが、壊れかけの身ではそれも望めない。
手札は最初から一枚も無いという状況。それでも選べる物があるとすれば身体ひとつだけ。
そう、もはや何も無いというのであれば、この身を弾丸としてぶつけるのみだとリインフォースは考えていた。
おそらく、いや、壊れかけの自分では確実に無事ですまないと分かっている。だが、それで主や皆を守れるのであるのなら自分の命など安い物。
闇の書の残滓は確実に消えて貰う。ただ、ひとりは寂しいだろうから、自分も一緒に消える。それがリインフォースの選んだ道。
「申しわけありません、我が主。……貴女のこれからにも、福音の風が吹きますよう」
この戦いの結果がどうであれ、きっと心優しい主が悲しむだろう事が胸に痛い。だが、既に決断はした。
届く事は無いであろう謝罪と、未来を思う祈りを残し、リインフォースは彼女へ向けて一気に加速する!
「く、ぅ……ッ!」
直後、彼女の放つ魔力弾の嵐に晒される。一応はバリアジャケットに多くの魔力を回して防御力を水増ししての突撃だが、あまりの彼女の弾幕の厚さにそれもあまり役に立たない。
思わず顔は苦痛に歪み、口からは苦悶の声が漏れる。
だが、リインフォースは最初から玉砕するつもりなのだ。まるで命そのモノを燃やして前へ進む力としているかのように、怯む事無く直進する。
そして弾幕の嵐をついに潜り抜けた。バリアジャケットは至る所が破れ、肌は血に濡れ、綺麗だった銀髪も焼けたり切れたりして無惨な状態。
その姿は絵に書いたような満身創痍で、無事なところを探す事が難しいという有様。
だが、それでもリインフォースは彼女の下に辿り着いてみせていた。
「はぁぁぁぁッ!!」
リインフォースは強く拳を握りしめる。もとよりその目的は彼女の打倒であり、此処まで辿り着く事は単なる過程に過ぎない。
闇の書の闇は此処で完全に終わらせる。その意志と想いの全てを込めるかのように振りかぶられた拳は魔力を纏う。
そして放たれるは乾坤一擲の一撃だ……!
「ふん、ぬるいわッ!」
「な……!?」
だが、そんな万感の想いの篭った一撃でも、彼女には届かなかった。
ふたりの間を阻む様に白い光によって描かれる三角形を基調とした魔法陣が展開される。
絶妙なタイミングで張られたその魔法陣の盾に、リインフォースの拳は突き抜ける事もかなわず、逆に弾き飛ばされる。
リインフォースは決死で攻めたはずが、この一瞬、逆に決定的な隙を晒してしまった。
「喰らえ!!」
そして彼女は当然その隙を逃す事はしなかった。全身に濃密な負の魔力を纏いながら、その身体丸ごとリインフォースへとぶつける。
王とはいえ少女の小柄な体躯では腕力も心許ない。だが、魔力量にあかせた強化と全体重を乗ったその攻撃は決して軽い物ではなかった。
「がは……っ!?」
直撃を受けたリインフォースの耳に、自分の骨の軋む音が聞こえた。
肺を外部から圧迫されて息がつまり、一瞬意識が断絶されるほどの衝撃がリインフォースの身体を襲う。
当然踏みとどまる事など出来はしない。折角距離を詰めたというのに、その努力の全てが無へと還されるかのように吹き飛ばされる。
それでもリインフォースは歯を食いしばって痛みと苦しみに耐える。まだ負ないと強く自分に言い聞かせる。
背中の漆黒の翼をはためかせて速度を減衰、足元に魔法陣を展開して足場を作る。後は気合と根性で身体へと制動をかける。
そうして吹き飛ぶ身体を止める事に成功する。
「絶望に足掻け、塵芥……」
不意に、リインフォースの耳に届く声があった。それと同時に、視界の端に白い羽のようなものが舞い落ちるのが見えた。
……何か猛烈に嫌な気配を感じた。それは何なのかは分からない。ただ圧倒的なまでの畏れがリインフォースの内に湧き上がる。
身体の至る所に激痛が走る。魔力の一気に削られてしまっている。だがこの瞬間はそんな事を忘れ、リインフォースは顔を上げる。
「な……」
リインフォースの目に映ったのは白い光。主と同じ魔力の輝きであるそれは、彼女の足元には円形の、彼女の眼前に三角形を基調とした魔法陣を描き出す。
そしてふたつの魔法陣に照らし出された彼女は、リインフォースの事を見据えて嗤っていた。
その光景を目の当たりにして、リインフォースは言葉が出ない。絶対的な力の前に、思考が完全に停止する。
「エクス──」
彼女の魔力が際限なく高まってゆくと共に、白い輝きは眩さを増していく。
今から振るわれるのは王者の剣。手にした者に勝利を約束する絶対の一撃。放たれたならば、敵対した者は抗う事も無意味な程の圧倒的な力で蹂躙されるだけ。
あれは使わせてはいけない。
そう嫌がおうにも理解する、させられる。使われたならそれで全てに決着がついてしまう。
だが、全ては遅い。魔力のチャージは完了しているあれを阻む事などもはや不可能。
出来た事と言えば、絶望に心を染める事ぐらいなもの。
そんなリインフォースの歪む顔を見て、彼女の嗤いは更に深くなる。
そして
「──カリバーァァ!!」
放たれる。王の無慈悲な一撃が。
彼女の眼前に設置された三角形の魔法陣のそのそれぞれの頂点から白の奔流が解き放たれる。それらは三条の砲撃魔法となって突き進む。
更にそれらは互いに惹かれあうように寄り合う。全く同じ魔力と指向性を持つそれらは干渉し合う事でお互いを高め合い、統合されゆく。
やがて完全に混ざりあい、白の極光となって行く手を阻む全てを消し去りながら直進する。
その先に居るリインフォースを滅するそのために……!
圧倒的な力の権化を前にして、もはや逃げる事など出来ようはずも無い。
それでもまだ抵抗するべく、リインフォースは残っている魔力の全てをつぎ込んで防御魔法を展開する。
だが、そんな努力は全くの意味を成さなかった。
抵抗の為に展開した盾は一瞬を耐える事も叶わず砕かれる。リインフォースの身体は、白の極光の奔流に呑まれる。
そしてその身体から、抵抗するための意志も魔力も、力の全てが消し飛ばされた。
刹那、結界内が白い閃光で埋め尽くされる。膨大な魔力の爆発が音も光も全てを塗りつぶした。
それが晴れた時には、終わっていた。
完全に意識を失ったリインフォースは重力に引かれて落ちていく。墜ちたなら二度と這いあがれない深淵の奥底に。
闇は深く、迎えるようにその顎を開けて待っている。もはやリインフォースには何も出来ない。敗北の末路に、冷たい底に辿りつく。
「……?」
だが、リインフォースを包んだのは暖かな温もりだった。
そこは優しい光に溢れ、痛みも悲しみも全て癒してくれるかのようだった。
白い極光に呑まれた時点で敗北は決まったはず。だというのにこれは一体何なのか。
それを確かめるべく、リインフォースは閉じていた瞳をゆっくりと開ける。
「リインフォース、しっかりしてリインフォースッ!!」
そこに居たのは、泣きそうな表情で自分に対して懸命に言葉をかけてくるひとりの少女。
誰よりも優しくて、そして強い心を持つ、リインフォースが何よりも守りたいと願った相手。
「我が……ある、じ……?」
朦朧とした意識の中で、リインフォースは自身の敬愛する主の姿を見た。
こんな場所に居るわけがないと思うと同時に、目を開けた自分に対して心から安堵したかのような笑みに、自分もまた安心している事を実感する。
自分を包む柔らかくも温かな魔力が、これは夢ではなく現実であると教えてくれる。
墜ちゆく事をリインフォースには抗う事は出来なかった。だが、そこへ手を差し伸べて助け出してくれた人が居た。
闇へと堕ちていきそうになったリインフォースの事を繋ぎとめていたのだった。
「……来たか、我が映し身」
その人物は『夜天の書』が主、八神はやて。
永遠とも思えた闇の書の呪縛を断ち切った、最後の主となった少女。
リインフォースの事を抱きかかえるようにしているはやてに対し、彼女は笑みを浮かべる。
彼女は今までも他者を見下すように嗤っており、はやてに向けるそれも同じ類いの笑みだ。だが、他とは違う『何か』が込められていた。
「……あんたか、うちの大切な子をこんな目に遭わせたのは」
対するはやては、怒りの感情を瞳に湛えて彼女の事を見つめる。
そこには普段の穏やかでのんびりした雰囲気は無い。尊大な態度で見下す彼女に一歩も引く事無く対峙する。
闇の書を終わらせた王と、闇の書の復活を望む王。
出会ったふたりの少女の視線は、今、交錯した。
EXガードからのフルドライブバーストでのフィニッシュ。
ゲームでは良くある事です。