魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド= 作:のぶな
砕けた闇の欠片を集め、他の構成体(マテリアル)をこの身に宿し、失った力を取り戻しながら彼女は此処まできた。
そして最後に、こうして足りない部分を補うようにそれを持つ者が向こうからやってきたのだ。
まさに全ては自分を中心に回っている。そう今の状況を彼女は信じて疑わない。
幾つかの断片の回収は叶わなかった。おそらくは既に何者かの手によって完全に消されている。それらは手に入る事はない。
だが、それも問題にならない。欠けたものがあるというのであれば、新たに創造して埋めてみせるだけだ。それだけの力が今の自分にはある。
もとより、彼女が求めるのは完全に「闇の書」という存在を復元する事ではない。
たったひとつのイレギュラーが割り込んだだけで瓦解するような物など要らない。欲しいのは決して砕けることの無い、永劫の闇を齎す“力”だ。
闇の書の断片を集めていたのも、それを元にシステムの根本からの再構築するための手段。
これから彼女が手に入れるのは、闇の書でありながら、闇の書を越えるモノ。
そして今、目の前に自分へ捧げられるべき贄がある。最後の大仕上げとしてそれを喰らった時、自身の想い描く“砕け得ぬ闇”は完成する。
必然を積み重ねてきた彼女は、既に未来は決定していると確信している。故に嗤う。
闇を統べる王である彼女は今この時、その心を歓喜に打ち震わせていた。
◇
一週間前に多くの事実を知った。だが、それでも自分達はそれを乗り越えて今を生きている。
それはこれからもずっと続いていく。友達と、大切な宝物である家族と共に未来への道を歩んでいく。
きっと多くの悲しい事や辛い事もあるだろう。それでもみんなが笑顔でいられるなら、この道をずっと進んでいけると信じている。
今でこそ「夜天の書」として本来の姿を取り戻したが、その過去が「闇の書」であった事実は消えない。多くの罪は清算などされていない。
それは自分とは関係の無い歴代の主達が犯した罪であり、自分が背負う物では無いかもしれない。事実、周りのみんなはそう言っている。
だが、夜天の主として、そしてそれ以上に家族として。騎士達が罪を償おうとするなら自分も一緒に背負うつもりだ。一生懸命頑張って皆に報いたいと思う。
もし家族を傷つける何かがあるのだとしたら、その何かからみんなの事を守りたいから。
そして今、その家族の一員である祝福の風が倒れていた。何時も自分を見守ってくれた大切な家族が傷つけられた。
それを為した者は自分と同じ顔で、誰かを傷つけても平然としてせせら笑っている。それがどうしても許せない。
夜天の主である八神はやては、その心に怒りの想いを湧きあがらせていた。
◇
出逢った少女の姿は瓜二つであり、それは鏡あわせによって生まれた鏡像のようだった。
どちらも永い間独りだった。それでもこの世に恨み言のひとつとして漏らす事無く、自身の心の信じるままに前を見据えていた。
自分の事を大切だとする彼女と、他人の事を大切だとするはやての心は全くの別物のようで、自分の懐に入れたモノは決して手放さないという大元は同じである。
だが、それでもやはり選んだ物が違うのだ。故にその取り巻く環境もその心を構成する想いもの別物となっている事も、また当然。
一方は愉悦。一方は怒り。
この状況において心に思い、表情に浮かべる感情のまったく違う二人のそれは、相手が鏡に映った像ではなく現実に居るものだと示していた。
「ふっ、そのような壊れて役に立たぬ残骸を後生大事に抱えるとはなんとも下らぬ。
もっとも、無力でしかない我が映し身と役に立たぬ残骸の組み合わせは、似合いといえば似合いであろうがな」
「わたしの大切な宝物である家族への侮辱は許さへんでっ。というか、そもそもあんたの方が偽者やろうがっ、この劣化コピー!」
互いに視線を逸らす事無くにらみ合うようにしながら相手を否定するような言葉をぶつけ合う。
その内容は、他者を見下す尊大な態度である彼女はもちろん、穏やかな気性で誰に対しても柔和な態度を示すはやてもまたはっきりと相手を嫌っていると示していた。
進むベクトルは完全に真逆。だが、スタート地点である根本は同じである。
そして人としての根本が同一であるが故に、余計に全く違う道を進もうとしている相手の事が認めたくないという想いが湧き上がる。
同属嫌悪、という事なのだろう。
「ここは……私が戦います。我が主はお下がり、ください……っ」
彼女とはやては睨みあう。その間に割って入る影があった。
影は言葉が途切れ途切れになりながらも、それでもはっきりと自分の意志を示してそこに立つ。
「リインフォースっ、何言うとるんや!?」
その影、リインフォースはもはやまともに戦う事はおろか、ただ立っているだけすらも満足に出来ない状態。
それでも主であるはやてを守りたいという想いのままに、意識を失ったために消失した飛行補助の魔法でもある背中の漆黒の翼を再度出現させてはためかせる。
はやての事を背後に庇うように前へ出る。そのひとりで戦おうとする姿に、無茶が過ぎるとはやては対峙していた彼女の事など忘れて大きな声で呼びかける。
「……」
だが、リインフォースははやての呼びかけに何も応えない。
実際に拳を交えたリインフォースは、彼女の力の強大さをその身を以って味わっている。
そして彼女の狙いは、間違いなく自分の主でもある夜天の主である八神はやてである事は感じている。
あの強大な力が、己の欲求を満たすためだけに自分の主に襲いかかろうとしている。それはリインフォースにとっては悪夢も等しい事。
はやてが自分を助けに来てくれた事にはこの上ない感動の念はあるが、それでもどうしてこの場に来てしまったのかという思いがリインフォースの心中を過る。
だが、現実がこうなった以上、文句を言っても仕方が無いとも理解している。
確かに今の自分では、彼女の足止めもままならない。それでも、この場は何を置いてもはやての身の安全を最優先にするだけだ。
主が逃げるまでの弾避けぐらいにはなれる。きっとその考えを聞いたならはやては嫌がる事は分かっている。
そう思うからこそリインフォースは、あえてはやての言葉を無視するように何も言わず、未練の全てを断ち切るように前だけを見つめている。
後は全力でその足を踏み出すのみ。
「……あかん、そないな事認められへん」
だが、その足は一歩も前に進める事は出来なかった。
リインフォースの背中では、はやてが何処にもいかないようにとそのバリアジャケットの端を掴んでいた。
たったそれだけで、リインフォースは繋ぎとめられる。
やろうとすればおそらく簡単に振り解けられるであろうその手を、リインフォースには払う事が出来ようか?
「リインフォースは今までずっと独りで頑張ってきたんや。ちょう、休んでも誰も文句は言わないし、言う人がいたとしてもらわたしが言わせへん。
それに、わたしだって夜天の主や。リインフォースの戦う理由は、わたしの戦う理由でもあるんや……!」
はやては言う。今回の戦いは闇の書の呪いを完全に断ち切るためのもの。その呪いに最も苦しんできたリインフォースだからこそ、自分で何とかしたいという想いは分かる。
だが、今のリインフォースは独りではない。リインフォースが戦うというのなら自分も戦う。
夜天の主と祝福の風は一心同体。今までもずっと一緒で、そしてこれからも一緒に居るために此処から先は自分が戦うと。
そのはやての心意気を、リインフォースは頼もしく思う。はやてがこんな強くて優しい人であるからこそ、自分も主として共に居たいと感じたのだと、改めて思う。
それでも、確かにはやてはリインフォースの持っていた魔導の多くを受け継いでいるが、経験や鍛錬が圧倒的に足りていないという事実は変わらない。
気持ちは嬉しいが、はやてを戦わせるわけにはいかないと答えようとする。
「なにより、“この程度”の事でわたしの大切な祝福の風はこんなに傷ついたんや。これ以上傷つけさせたりなんか、絶対に許さへん!」
だが、守ろうとしていた自分を押しのけるようにして前に出てきたはやてのその横顔を見て、リインフォースは言葉が出なかった。
はやては穏やかな気性の持ち主で、誰に対しても柔和な態度で接する。誰かが痛い思いをするくらいなら自分が我慢すれば良いと普通に考える、そんな人だ。
相手が悪い事をしたなら叱る事もあるが、怒りをみせる事など殆ど無い。
そのはやてが怒っていた。しかもちょっとやそっとどころではなく本気で、だ。
はやてにとっては守護騎士や官制人格であるリインフォースは大切な宝物。それを土足で踏みにじられたなら、幾らはやてでも到底許せる事ではない。
むしろ、自分から進んで堪忍袋の緒を引きちぎったような雰囲気だった。
その自分の主の初めて見せる表情にリインフォースが戸惑っている内に、はやては前へと進み出る。
そして自分達にとって断ち切るべき因果そのモノでもある彼女と真っ向から対峙する。
「ほほう。我の事を“この程度”呼ばわりとは、随分と大層な口を利くものよなぁ?」
彼女の方はそんなはやてに対して、全く動じる素振りも無い。その姿は勝利を既に確信しているからか慢心が滲み出ているかのようだ。
だが、その瞳には油断は無い。倒すべき敵は必ず倒す。故の必勝。そして今目の前にあるその姿こそがその倒すべき者。
勝利の先をこの手に掴む事を想うならば、ここに油断を挟む余地は無いと嘲りを浮かべながらも真っ直ぐにはやての姿を瞳に写す。
「当たり前や。あんたなんか怖ないっ。というか、そのわたしと同じ顔を見とるとなんかムカツクんや……!」
そう言って、はやての足元に白い光によって魔法陣が描かれる。それは闇の中にあるはやての姿を照らし出す。
言葉以上に態度ではっきと戦う意志を示される。
「ほざけ、塵芥。その存在を許せぬというのは我の台詞よ……!」
彼女の足元に現れる魔法陣を構成する光もまた、白。
同じ色で同じ輝き。
お互いに相手へ抱く想いを魔力へと換えるかのように魔法陣の発する煌きは増していく。
対峙するは不倶戴天の敵。手加減をする気はないし、される謂われも無い。自身の持てる全力で相手を打倒するべく魔力を際限なく高めてゆく。
膨大な魔力がそれぞれの身から溢れ出し、その余剰魔力が一切の邪魔を阻むようにふたりの周囲に吹き荒れる。
白い光の渦巻くそこは、もはや完全にふたりだけの領域。リインフォースはもちろん、他の誰にも割って入る余地は欠片も無い。
……はやてと彼女。ふたりは果たして気付いているだろうか?
はやては大切な家族を傷つけた彼女に対して、怒りを以って対峙している。
彼女は自分を完成させる贄だとして、はやてを嘲りを以って見下している。
ふたりとも相手に対して間違っても好感など持っていない。それでも、相手を憎いだとか恨めしいなどとは全く思っていない事に。
今対峙している相手は、自分が選ばなかった可能性。もしかしたら、自分はあんな風になっていたかもしれないという姿。
違う結果に辿り着いたとはいえ、自分である事には違いは無い。
だが、だからこそ認められない。
自分が正しいと思う選択をした結果、今の自分があるのだ。この選択を信じた以上、この想いは何処までも貫き通す。
相手のその在り方を、あり得たかもしれないと認める事は出来る。だが、だからと言ってその可能性に屈して今の自分を曲げる事は出来ない。
『闇』と『夜』は似ているが全くの別物であり、共に天を戴く事の出来ない間柄。突き詰めればただそれだけがある。
ふたりの間にあるのはただひとつ。戦うという意志だけだ。
その想いは避けて通る事は出来ない。何故なら、この魂がそう叫んでいるから。
憎いわけではない。否定したいわけでもない。
これから戦うのは自分自身。
相手を倒して屈服させるための戦いではない。相手を……、自分自身を乗り越えてその先にある未来へと至るために。
なにより、自分の抱く大切な物を守るために……!
「ゆくぞ塵芥っ。闇を統べる王の威光をその身を以って知るがいい!」
「夜天の主として、わたしは絶対に負けへんで!」
王である自負と自信故に、小細工を弄する必要はないと断じる彼女。
受けついた魔導はあれども、経験不足から小細工をする事が出来ないはやて。
理由は違えど、互いに策を講ずるつもりは無い。ならばどのようにして戦うのか?
その問いにふたりの出した答えは至ってシンプル。
「絶望に足掻け、塵芥──!」
「響け、終焉の笛──!」
それは、小細工を無意味とするほどの大火力によって一気に殲滅しせしめる事、ただそれだけ。
一見すると無茶苦茶であり、冷静に考えてもやはり無茶苦茶な一手。だが、ふたりは間違いなく本気だった。
それを証明するように、一気に溜め込まれた魔力が開放される。そこに一切の手加減や温存といった考えはない。
本気の本気、全力を以って自己の誇る最大一撃を放つ!
「──エクスカリバーァァ!!」
「──ラグナロクッ!!」
片や必勝を約束する王者の剣の一撃。
片や神々の戦いの名を冠する必勝を誓う一撃。
闇を統べる王たる彼女と夜天の主であるはやて。そのふたりの放った白き極光のぶつかり合いは全くの互角の様相を見せる。
それでも、この戦いには絶対に負けないと魔法を放つ手を両者とも緩めない。それどころか更に魔力を砲撃魔法へと注ぎこむ。
「くぬぅ!?」
「はぅっ!?」
そして達した、お互いに最大の魔法による純粋な力比べ。その結果は完全なる相殺という結果が示される。
砲撃魔法のぶつかり合いに、同時に身体を支える限界に達した二人はそのまま余波に巻き込まれて吹き飛んでしまう。
元々少女という小さな身体であのレベルを何時までも維持する事の方が無理なのだが、ふたりとも相手を倒しきれなかった事が悔しい。
「バルムンクッ!」
「ドゥームブリンガーッ!」
ならば手をこまねいてなど居られない。
背中の三対六枚の漆黒の翼を羽ばたかせながら相手の姿を視界に捉えると同時に、姿勢制御もそこそこに八本の短剣状の魔力弾を放つ。
それらは大きく弧を描くようにしながら飛翔し、取り囲むように相手という一点へ向けて収束する軌跡を描いて襲い掛かる!
「ブリューナクッ!」
「エルシニアダガーッ!」
ついで放つのは無数の光弾。元々魔力の制御は苦手なため、光弾の軌道はぶれが多く狙いが安定していないが、それでいい。
元々一つひとつの威力は低いものの、その圧倒的な数によって相手を封殺する魔法。無軌道を描く方がよほど相手にとっては避け辛いもの。
それをありったけの数を魔力が許す限り撃ち放ってゆく!
「クラウソラス!」
「アロンダイト!」
手数で攻める。だが、それも相手を墜とすための一撃を当てるための布石。
無数の光弾を放つ中で倒すべき相手を視界に収める。既に魔力のチャージを終えた。ならばこの一撃を放つべきと掲げた魔導騎士の杖たるそれを振り下ろす。
それと共に先端に頂いた剣十字より白い光の奔流が突き抜ける。それは砲撃魔法となって相手を打倒するべく魔力弾によって構成される弾幕を突き抜ける!
ふたりは完全に足を止めて魔法の発動に全神経を集中させ、出し惜しみはなしと持てる魔導や力の全てを出し尽くすように次々と魔法を放つ。
防御や回避はもちろん、移動といった要素の全てを破棄し、ただ攻撃のみに特化した魔法運用による火力はもはや災害。個人レベルでは太刀打ちの仕様も無い程。
その火力と物量に任せの戦う様は個人同士の戦いという範疇を越え、集団対集団という戦争染みた規模に至っていた。
巻き込まれたら誰も助からないという規模で、ふたりは魔法を放ち続ける。
……だというのに、お互いにダメージが全く通らない。アレだけの数と威力の魔法を連発してなお、そのどれもが届いていない。
放たれた魔力弾も砲撃魔法も、全ては予定調和というかのようにふたりの間、丁度その中央で吸い込まれるかのように相殺されていく。
彼女とはやての制御から外れた光弾ですらも、その摂理の渦に呑まれるように抜け出せない。
「おのれ、たかが映し身の分際で何処まで我に抗うつもりか……!?」
「誰が映し身やっ。自分の事を棚に上げといて人を偽者呼ばわりすんなっ、この劣化コピー!」
それでも、互いに手を緩める事無く次から次へと自らの持つ魔導を繰り出してゆく。
広域型魔導師の全力火力のぶつけ合い。一瞬でも怯んだり気を抜いたりした瞬間に敗北が決定する。
それ以上に、絶対にこの相手にだけは負けたくないという負けん気がふたりの手を止めさせない。
そして魔法だけではない、自身の抱くこの想いの強さでも負けはしないと、言葉も交えてのふたりの戦いは苛烈さを際限なく増していく。
「何を言うかっ。闇の書の主である事を……、闇を統べる王の玉座を自ら棄てたのは貴様であろうが!」
「わたしは別に王様になりたかったわけやないっ。わたしが欲しかったんはいっつも一緒にいてくれる家族やったんや!」
「そんな事をほざいて、使い物にならぬ残骸を生かすためだけに貴重な機能の大半を打ち棄てる、そのような愚挙に及んだというのか!」
「むっ、また聞き捨てならん事言うたな!?」
「ふん、何度でも言うてやるわ。アレはもはや主と共に戦う融合騎などではない。一欠片の価値も無いただの残骸よ!!」
「リインフォースは残骸なんかとちゃうっ。あの子はずっと泣いていて、けどいつもわたしの事を見守ってくれていた、わたしの大切な家族や!」
「ふん、下らん。そのような優しさも家族なども所詮は一時の幻。そんな無価値な物より闇の書の主である方がよほど重要であろうが!」
「人を殺して自分も死ぬだけの玉座に意味はないやろ!」
「たわけがっ。玉座とは王の在るべき場所であり、王の威光を知らしめる場所。それだけで意味と価値のあるものよ!
たとえ何処の誰が死のうとも、王である以上、玉座を棄てても構わんなどというふざけた道理など何処にもありはせぬ!」
「そんならあんたは、その玉座と心中するのがええとか言うんかっ!?
ううん、闇の書は犠牲になるのは自分だけなくて周りも巻き込むんやから心中どころの話じゃない。それやのに自分勝手な考えが許されるわけがないやろ!?」
互いに一歩も引かない。魔法でも想いでも、そのどれもが交わる事無く相反してみせる。
既に周囲にはふたりの放った魔法の余韻が、かくも視認が出来よう程に濃密な残滓となって漂っている。
一瞬でも制御をミスすれば、この膨大な魔力の残滓は相手の魔法の流れに巻き込まれる形となって敗者へと流れ込むだろう。
そうなれば、敗者はまず無事ではいられない。そんな戦いのフィールドでふたりはなおも競い合う。
「そも、我は王であり、この世にあるものは全てが我のモノ。そして全てが王の所有物であるなら、その全てを我は手放さん。
不要と断じた物を棄てねば大事な物を懐に入れられぬような、貴様の小さな器と同じ物差しで計るでないわ!!」
「わたしがそう大した人間じゃないって事は、別に否定はせぇへん。
けどなっ、誰かに悲しいとか辛い思いを強いるくらいなら、やっぱりわたしは玉座はいらへん。
あんたにいくら何を言われようとも、わたしはリインフォースの方が大事なんや!!」
これまでの撃ち合いの中でも一際威力の高い魔法が同時にふたりから放たれる。
万感の想いが籠ったその一撃は必勝を謳うように唸りを上げて直進し、負けるわけにはいかないと真っ向から鬩ぎ合う。
しかしそれもまた相手へは届かない。白い光が弾けると共に、それは周囲の魔力の残滓の仲間入りを果たすに終わる。
「はぁ、はぁ……」
「ふぅ。ふぅ……」
……そして、それまでの魔法戦が嘘であったかのように静寂がこの場に降りる。あるのは互いの息遣いのみ。
膨大な魔力量を誇るふたりであっても、魔力精製の要であるリンカーコアが魔力放出の臨界を迎えては魔法を行使する事は出来ない。
全くの互角で、一歩も引かなかった故に訪れたインターバル。だが、それも一時に過ぎない。
「……やはり貴様には王となれる価値もなければ器も無い。我が王になる事こそ必然よ。
なれば疾く、その魔導を我へと献上せよ。さすれば多少の存在意義も出来ようものよ」
「……闇の書はもうない。玉座が無いんやからもう誰も王様にもなれへん。
それでも王様になる言うんは、それはただの夢や。そして夢は何時かは覚めるもんなんや」
両者ともすぐに魔法行使が可能となるまで回復出来る。今はただ、必勝を謳うだけ。
息を整えるように、それまでの激しい言葉の応酬とは打って変わって静かにその意志を言葉に乗せて示す。
それはやはり相容れない。だが、ここまでずっと戦って来た相手なのだ。その程度の事は分かっている。
故に、もうこれ以上相手へと伝える言葉はお互いに持ち合わせていない。やるべき事はたったひとつだけ。
「せやからわたしは……、闇の書の運命を、ここできっちり終わらせたる!」
はやては静かに瞳を閉じて自分の中の真実を見つめ、そして力強く目を開きながら決意の丈を言葉にする。
闇の書の後始末は、夜天の主である自分の務め。そしてそれは、管制人格であったリインフォースの務めでもある。
ならば迷う事など無い。足元に、そして眼前に展開する魔法陣の白き輝きもその決意に応えるように眩く煌めく。
「ほざけ。我が闇は永劫よ。貴様もその深遠に沈むがいい……!」
彼女はそんなはやての決意を嘲笑う。同時にそれは彼女の決意でもあった。
闇は終わらない。王である自分が終わらせない。故に何処まででも続いていく。それが彼女の選んだ道であり、進む未来。
その王道を阻む物は、その全てを例外なく排除する。彼女はその意志の下に魔法陣を展開する。
真正面から対峙し、同じ魔力の輝きを携えるふたりの姿は、最初のそれの焼き直しのような光景。
だが、魔法と言葉でこれまで戦い合ってきたこの時は、より相手へ勝ちたいという想いを強くしている。
故に、そこに込められた意志も魔力も焼き直しでは無い。当初よりも限界を更に越える!
「これがわたしの全力全開! ──ラグナロクッ!!」
自分が戦うのは、自分のためではない。仲間や家族を守るために戦う。
その想いを友達の必勝を謳う文句に乗せて、極大の砲撃魔法を撃ち放つ。
「さあ、闇を彩る華と散れ。──エクスカリバーァァッ!!」
自分が戦うのは、自分のため。永遠の闇を生きるために戦う。
その門出を祝う華を咲かすべく、阻む全てを打ち払う砲を撃ち放つ。
何の事はない。小細工も回り道もない。ただ愚直なまでに真正面からの撃ち合い。
だが、これ以上に自分達の決着をつけるものはあり得ないと、ひたすらに全力をこの一撃に込める。
──激突。
言葉にするならそのたった一言。そしてそれ以上に言い表す言葉はない。
極大に過ぎてもはや全容の把握も困難とする程の白の極光の衝突は、周囲から全ての音を吹き飛ばし、太陽の如き閃光は世界の全てを塗りつぶした。
あまりの膨大な魔力と威力の篭ったその一撃同士の前に、五感が次々と浸食され、何も見えず聞こえず何も感じられない状態に陥ってしまう。
だが、鬩ぎ合う手ごたえだけをその手に確かに感じている。
それは相手がまだそこに居るという証明。ならば手を緩めない。全力を以って相手を打倒するだけ──!
「王として全てを統べ、背負う我が、背負うべき責を棄てた貴様に……負けるわけがあるかぁぁぁ!!」
「なっ……!?」
両者の放つ魔法の威力は全くの互角。その鬩ぎ合いは永遠に続くかのようだった。
だが、際限なく続くからこそ、その勝利の天秤はははやてでは無く彼女に傾く。互角だったそれが、徐々にはやてが押し込まれ始める。
彼女とはやて。身体データが同一であるため、一度に放出できる魔力量の上限は同じ。それがこれまでの互角だった戦いの理由。
だが、闇の欠片を取り込んだ量に比例するように上昇していた彼女と、経験が足りない故に魔法行使での魔力ロスの多いはやて。
そのふたりの魔力保有量では彼女に軍配が上がっていた。そして断続的に魔力を使い続ける今この時だけは、その互角を彼女が覆す。
「わたしかて……、負けへんで!!」
それでもはやてもまた屈するつもりはない。今はやての後ろにはダメージを負っているリインフォースがいる。このまま押し込まれたら被害を受けるのは自分だけでは無い。
このまま撃ち合いを続けても魔力の総量で押し負ける事を感じ取ったはやては、炸裂のトリガーを引く。
そして爆発が引き起こされ、砲撃の撃ち合いを強制的に終了させる。
だがそれはそれまでのように両者の完全な中央ではなくはやての側に寄った状態。
完全な中央であったなら余波被害も同じだったが、この状態でははやての側の被害が大きい。そのために一瞬、はやては身動きが取れなくなってしまう。
そしてその決定的な瞬間を、これまでの戦いの中で極限まで集中力を高めていた彼女が見逃すわけがない。
「……へ?」
はやての胸に軽い衝撃が走った。それは本当に軽くて痛みなど殆ど感じない。
最初に一体何なのだろうという疑問がはやての頭を過った。その想いのまま、衝撃の正体を確かめるべく視線が下へ移動する。
「我が主!!」
リインフォースの声が遠くから聞こえる。それと共にはやては、自分の胸に突き刺さるようにしてある人の腕と、その掌に白い光を発する何かが捕らえられている事を知る。
視線を前に戻せば、そこには砲撃の余波を無理矢理に突っ切ってきた結果だろう、バリアジャケットに多くの損傷を受けながらも、自分とそっくりな顔が嗤うその姿。
「さあ、貴様のリンカーコア。蒐集させて貰おうぞ」
その彼女の一言ではやては悟った。今自分の身体を貫いているのは彼女の腕で、その掌に押さえられているのは自分のリンカーコアであるという事を。
油断などしていなかった。大切な人を守ったのだから、負けたなどとも思っていない。
それでも、彼女は嗤い、はやては動けない。そんな状況が示すもの。それは……、
「あ、あぁぁあぁぁ!?」
はやてのその魔導は蒐集される。痛みはない。ただ自分の中から何かが失われて行く喪失感にはやては悲鳴を上げる。
今の彼女は蒐集行使のスキルを持っているわけではない。だが、はやてと彼女にあるふたりの関係性が、その行為を可能としていた。
リンカーコアから直接魔力を吸い上げると共に、そこに刻まれた魔導の術を奪い行く。
それに伴い、リンカーコアが収縮していく。それまで白く輝いていた光が徐々に小さく弱々しいものへと変わって行く。
「貴様ァァ!!」
その様を、リインフォースが黙って見ていられない。痛む身体など一切顧みず、大切な人を助け出すためだけに一直線に飛翔する。
彼女に対する怒りとここまで見ている事しか出来なかった自分の不甲斐無さを力に変えて拳を強く握りしめる。
「ふむ、こんなものか。後は要らんな」
だが、彼女はそんなリインフォースの事など見向きもしない。
はやての輝きが掻き消えてしまう。そうリインフォースが想ったところで、彼女は用は済んだとはやてを無造作に放棄していた。
リインフォースは、そんなはやてをまるでゴミのように扱う彼女に更に怒りを覚えるが、はやての身を確保することが最優先とその身をリインフォースが受け止める。
「我が主っ、しっかりして下さい!!」
「う、くぅ……」
必死のリインフォースの呼びかけに、はやては弱々しく呻き声を返すだけ。
それでも息はある。リンカーコア収縮に伴って衰弱はしているが、死んではいない事にほっとするリインフォース。
「これで全ては揃った。我はっ、王としてようやく完成したのだ!」
だが、はやてが無事だったとしても、リインフォース達にとって最悪の結末を迎えた事には違いは無かった。
はやての魔力を蒐集した彼女は、足元に展開された白い魔力光によってその姿を闇の中において照らし出されていた。
だが、その白が侵食されるように色が変わる。彼女が言ったようにこれまでの不完全だった自分とは違う、完成された自分へと存在が変換される。
その様子を、はやてを抱えたリインフォースは何が出来る事も無く、ただ見ていた。
「くくく、ははは、はーっはっはっはっ!!」
今、彼女を照らす魔力の色は、深遠を示すかのような闇色の光。
それはまるで、夜天の主であるはやてと完全に決別した証のように黒く輝く。
その光の舞台の中で彼女の哄笑が高らかに響く。
「そんな……闇の書が復活した、のか……?」
「ふ、たわけめ。我は主を求めて漂う魔道書などではないわ。我はこの世に永劫の闇を齎す決して砕け得ぬ闇よ」
彼女はリインフォースが誰に対して言ったわけでもない呟きにそう返すともに剣十字を頂く魔導騎士の杖を振るったならば、その傍らにふたつの魔法陣が展開される。
その魔法陣の中に、それぞれ別のシルエットが浮かび上がってくる。
「……どうやら王は本当の意味での『王』になり得たようですね」
シルエットの片方から、静かな声色で淡々と今の自分が置かれた現状を把握する。
「ま、僕を倒したんだ。これくらいは出来て当然だと思うけどね!」
そしてもうひとつのシルエットは、何故か威厳もない割に偉そうだった。
ふたつのシルエットは、それぞれに想いを語り、彼女が展開していた魔法陣の中から歩みでる。
現れたのは、彼女が取り込んでいた構成体(マテリアル)で“あった”ふたりの少女。
そう、ふたりの少女もまた『王』である彼女がその身を完全に安定させた事によって完全に独立した存在となったように、ふたりの少女もまた変化を迎えていた。
『力』を司る存在であった少女は、青い稲妻を周囲に鳴らせ、『理』を司る存在であった少女は燃える炎のような魔力の光を揺らめかせる。
その姿形こそオリジナルとなった少女達と同じではあるが、纏う雰囲気は完全に別なもの。
「では紹介しよう。こやつらが王である我の最初の下僕どもだ」
彼女はふたりを取り込んだが、その存在を分解せずに内包していた。
王はひとりで十分ではあるが、従う者が居なければ自分が細々とした仕事をせねばならなくなる。
それは王の所業にふさわしくないと、こうしてふたりを復活させたのだった。
「なっ、誰が下僕だーッ!!」
……もっとも、彼女の『下僕』発言には青髪の少女はかなり反感を示していたが。
「さて、もはやこの場には用はないな」
「あれ、このふたりはやっつけたりしないの?」
食ってかかってきた少女には取り合うだけ時間の無駄だと言うように、彼女はその背にある翼をはためかせる。
その姿に、少女は湧き上がったはずの怒りをあっさり忘れて首を傾げる。
そしてリインフォースもまた、まだ自分達が無事になったわけでは、むしろ3対1と状況が悪くなっていると、身体を固くする。
「構わん、捨て置け。壊れかけの残骸と搾り滓など、もはや我が手を下すまでもあるまい。
それに、このような寂れた場所では我が威光を知らしめるには足りん。我らが力を振るう相応しい舞台にて見せつけた方が気分はよかろうが」
「おお、なるほど!」
だが、彼女は本気ではやてとリインフォースを見逃すと、あっさりと背中をむける。
それは完全な気まぐれ。気分が良いからあえて見逃すと彼女は言う。
彼女のその言葉に、疑問を呈した青髪の少女は感銘を受けたように納得してみせていた。
「ではそのように。
それでは闇の書の……、いえ、夜天の書の管制人格、名をリインフォースと言いましたか。いずれまた相見えるその時に、この身に宿る魔導を振るうとしましょう」
そして、今まで特に何も語る事の無かったもうひとりの少女は、彼女の言葉に従うという意志を示すようにリインフォースへ軽く会釈を残し、夜の空へと飛び立っていく。
「よーし。僕のカッコイイところを見るのを楽しみにしておくといいよ!」
その姿に追従するように、青髪の少女も去ってゆく。
そして残るのは完全な『王』となった彼女ただひとり。彼女ははやてとリインフォース達に背中を向けたまま。
だが、飛び立つその直前に肩越しに首だけで振り返り、リインフォースの腕の中にいるはやてへと視線を送る。
「ふ、この場を生きれた幸運を噛みしめ、精々生き長らえて我が為す王道を見届けるがいい」
そして残ったのはその一言と彼女の高笑いの余韻。そして無力に拳を握りしめるリインフォースと眠るように瞳を閉じるはやての姿だった。
闇の書を巡る因縁は、形を変えて続いてゆく……。