魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド=   作:のぶな

36 / 44
STAGE4

破壊を免れた防衛プログラムの断片である闇の残滓は、再構成と共にさらなるパワーアップをして復活するために魔導師や騎士達の複製である闇の欠片を生み出した。

 その中でも構成体(マテリアル)と称される存在は、とりわけ強い力を持ち、他とは違い、独自の自我を持って闇の書の闇の復活をもくろんでいた。

 

それぞれに『力』、『理』。そして中枢である『王』を司ると名乗る三基のマテリアルズ。

そして今、その内のひとり。『理』を司るマテリアルが戦いの中に身を置いていた。

 

「パイロシューター!」

 

姿は情報素体となった高町なのはという少女の姿をなぞらえ、黒いバリアジャケットに身を包む『理』のマテリアルが放つのは桜色の光球である計9発の誘導操作弾。

あらゆる方向から変則的な軌道を描いて高速で宙を舞い、対象に襲い掛かる。

これらがもし自動追尾による誘導性を持つタイプであれば、ある水準を超える技量を持つ者であるならば、いくらでも捌き方を見い出す事が出来るだろう。

 

だが、驚くべき事にこの9発の誘導操作弾の全てが、術者である彼女の思念によって制御されている。

元々、鋭い誘導をする魔力弾は生半可な速さでは逃れる事も出来はしない上に、もし余裕を持って避けようとしても後手から任意に軌道を変え事が出来るのだ。

常に相手の死角を取るように配置し、狙い撃つ誘導操作弾は相手の動きを阻害して追い込んでいく動きをみせる。

その様はまさに詰め将棋であり、彼女が『理』の名を冠するのは伊達ではないと示していた。

 

「……この程度では足を鈍らせるのが精々ですか」

 

だが、そんな彼女の魔法であっても敵対者の進撃を止めることが出来なかった。

彼女の放った誘導操作弾の威力が低いわけではない。むしろ、優れた『収束』の魔力資質を持つ彼女の魔力弾に込められた魔力量は多く、それに比例して威力も高い。

誘導操作弾は基本的に主に牽制の意味で運用されているが、彼女のそれは当たり所によっては一撃で相手を撃墜できるだけの威力を秘めている。

それが9個同時にあらゆる方向から襲い掛かってくるのだから、並大抵の相手ならこれだけでも十分に沈める事も可能だ。

 

だというのに、彼女が相対している相手は回避が困難と見るや、被弾も厭わず真っ直ぐに彼女へ向けて接近を試みてきたのだった。

ひとつ、またひとつと誘導操作弾は確実に命中している。それでも、来ると分かっている攻撃なら耐えられない事は無いと突き進む。

ダメージは確実に徹り蓄積されているはず。それでも足を止めずに前へ前へ出てくるその姿から感じるプレッシャーは相当なものであった。

 

「──ルベライト」

 

だが、彼女はそんな自身の心に掛かる負荷を知りながらも、あくまで冷静に、沈着に。この場における対処法について思索し、実行する。

相手が9発目の誘導操作弾をも受け切り、これで進攻を阻害するものはなくなったと加速しようとする直前、その周囲に桜色の輝きの帯が舞い広がる。

誘導操作弾は足を止める事は叶わずとも、歩みを遅れさせる事はできていた。その猶予の間にチャージを終えていた魔法が対象を取り囲むように覆う。

既に踏み出していた相手は驚きながらも今更動き始めた体は止められない。一歩進んで帯と接触した瞬間、帯は生きているように相手の体に巻きついて縛り上げる。

 

彼女が使用したのは、遠隔発動による拘束魔法『ルベライト』。

多くの魔力を収束させる事によって創り出された拘束帯は、堅固さもさる事ながら持続時間も長い。

一度でも完璧に捕らえたならば、そう易々と抜け出せる代物ではないという自負が彼女にはある。

 

……だが同時に、『理』を司る者として希望的観測などを考慮に入れずに事実のみで状況を把握していた彼女は、この相手ならばと思ってもいた。

それは確信というよりも信頼にも近い感情。勝利を掴むために自身と、そして敵を知る必要があるとこの短い間に収集した情報を客観的に見て導き出した答え。

 

この相手ならば、自分の自信を持って繰り出した拘束魔法など容易く破ってみせるだろうと。

 

そしてその予測は間違いではなかった。

さすがに拘束された瞬間は驚き目を見開いている様子だったが、すぐに背後に展開していた闇の翼を大きく広げていた。

たったそれだけの行為で、彼女の渾身の拘束魔法を打ち破っていたのだった。

 

拘束魔法は、彼女のような遠距離型の魔導師にとって詠唱や魔力チャージに時間の掛かる大魔法を確実にヒットさせるための時間稼ぎという名の布石の意味合いを持つ。

このほんの僅かな時間しか捕らえておけなかったという事は、その意味を打ち破られたも同意義。普通ならばここで勝敗の天秤は大きく傾く。

 

「行きますよ、ルシフェリオン……!」

 

だが、この展開まで読んでいた彼女にとってこの場は危機などではない。大ダメージを与える絶好の好機と見ていた。

呼びかけられたデバイスも言葉こそ返さないものの、彼女の意図に応えるように杖の先端にあたる部位を変形、音叉状の砲撃形態を取っていた。

 

誘導操作弾『パイロシューター』

拘束魔法『ルベライト』

 

これらではこの相手を打倒するに足りないと既に理解していた彼女は、二種の魔法を使う傍らリソースの一部を使って砲撃魔法の準備を行なっていた。

そして今、足元にも円形の魔法陣をセットし、デバイスにも円環状の魔法陣を取り巻いている。手札はすべて揃った。

 

「ブラスト……──」

 

放つは砲撃魔法のバリエーションのひとつである、徹底的に魔力を注ぎこんだ大威力の反応炸裂型砲撃。

既に相手は拘束を破って自由の身ではあるが、彼我の距離は全速で踏み込まれてもこちらの方がギリギリ早いという絶妙な間合いに“した”。

そしてギリギリの距離であるからこそ、たとえ回避行動だとしても確実に狙い撃ちにする事が出来る。

迎撃にしても、並大抵の魔法が相手であれば一方的に飲み込み破壊して突き進むし、防御されたらそれこそ彼女の思うつぼ。防御の上から相手の魔力を削り尽くすだけだ。

 

必勝のために布石を積み重ねてきたこの盤面。必殺の一手を確実に命中させるために、高まる魔力に反してあくまで冷静に、相手の一挙一動を見逃さないと見据える。

 

「──」

 

そんな彼女の視線の先で、相手は此処まで接近に意識を割いていたはずなのにその場に立ち留まっていた。

この距離では聞き取れない囁くような声と共に指先で宙に円を描くような素振りを見せたなら、その指の軌跡を追って底の見えない闇のような色彩が走る。

そして軌跡の始点と終点が結ばれ、目の前にはゆらゆらと揺らめく闇の炎を取り巻く闇のリングが浮かび上がっていた。

 

その光景に、彼女の肌が粟立つ感覚を覚える。

リングの見た目は、万全を期した彼女の砲撃魔法と比べれば全く以って大した物では無いと映る。感じる込められた魔力量にしても差は歴然。

理屈で考えれば脅威では無いと判断を下す。だが、あのリングは危険だという警鐘が脳裏に激しく打ち鳴らされている。

 

彼女は『理』を司る者して、勘や運などという不確定なものには頼らない。すべては自分の力のみで掴み取るものであり、そのための戦略と戦術だと思っている。

それでもこの危機感は無視してよい物では無いと彼女は判断を下した。根拠はなくとも、無視しない方が勝率が高いと判断したからだ。

 

「──ォォォォッ!!」

 

だが、それでも彼女のやる事は変わらない。

 最善を積み重ねてきた彼女にとって、今、この状況以上によい場面など考え付かない。もしここで仕切りなおしたとしても、また好機を創り出せるか分からない。

ならば、動かない相手に一撃を与えるべく全力を尽くした方が良いと判断したのだった。

 

此処まで積み重ねてきた準備を放り出す事を嫌がったのでは無い。たとえ相手が何を出してこようとも、自身の最高の一撃ならば乗り越えられると信じた結果。

ならば迷う事はないと自身の中での検討を経て、更に気力を充実させていく。彼女の意思の呼応するように、桜色の魔力光は大きく膨れ上がる!

 

「──ファイアァァァァーッッ!!」

 

彼女の主砲ともいえる、一撃必殺の威力を誇る直射型砲撃魔法『ブラストファイアー』が咆哮の如き叫びと共にその猛威の牙をむく。

暴発寸前とさえ思えるほどに魔力が開放され、光の奔流となって空間を桜色で塗り潰す。

 

そう、『突き抜ける』ではなく『塗り潰す』である。

 

砲撃魔法とは魔力を収束させることで威力と貫通力を上げて相手の防御の上からでもダメージを与えられるように進化してきたタイプの攻撃魔法である。

だが、今の彼女が放ったそれは拡散度合いが並では無く、相対した者の視点からすれば目の前いっぱいに壁が迫ってくるようなもの。まるで逃げ場などない。

それでいて威力の方も損なわれていないというのだから、なんともデタラメな魔法だった。

 

そんな脅威に対し、相手は彼女の砲撃にワンテンポ遅れるようにして目の前に浮かぶリングを手の平で押し出すようにして撃ちだしていた。

全てを飲み込む濁流の如き桜色の砲撃魔法に比べればなんともちっぽけなものであり、打ち合えるなどとは到底思えない。

事実、次の瞬間には桜色の奔流の中に飲み込まれてしまっていた。

 

「な……!?」

 

だが、驚愕に目を見開いたのは砲撃を撃った彼女の方だった。

確かにリングは砲の直撃を受けた。だが、膨大な魔力の流れの中にあってその存在を失っていなかった。

むしろ威力や速度が減衰する事無く砲を撃つ彼女目掛けて一直線に飛翔する。そして何より異常なのは、魔力同士の衝突による反応爆発が全く起こっていないのだ。

 

そして知る。あのリングは自分の放った砲撃魔法の魔力を打ち消しながら突き進んでいるのだと。

撃ち合いであれば負けるつもりはなかったが、アレは撃ち合う以前にさながら壁を穿つように一方的に彼女の魔法を貫通してきている。

 

あの魔法のリングは相殺出来ないという特性を持っている事は明白。ならばこのまま砲を撃ち続けても、むしろ足を止めている自分のほうが格好の的でしかない。

そう理解した彼女は、まだ撃ち切れていない分の魔力は丸々無駄になるが、被ダメージのリスクに比べればマシと判断。

これ以上の砲撃魔法を続ける事を早々に放棄し、そのまま回避行動を取る。

 

直後、途切れた桜色の奔流の中から黒いリングが突き抜けてきたが、誘導性は無く攻撃範囲も狭いらしい。

あまり大きく移動できなかった彼女であっても、十分に避けきる事はで来た。

だが、次に彼女の目に映ったもの。リングを盾にするようにして砲撃魔法の中を突き進んできた相手の姿に、戦慄を覚える。

大きく腕を左右に広げる姿に追従するように、背後に浮かぶ闇の翼もまた変化した異形の腕を左右に大きく広げて構えていたのだった。

 

繰り出す攻撃の種類は異形の腕による左右からの挟撃。

無理矢理に回避行動を取った直後であり、これ以上の回避行動は困難。

デバイスも圧縮魔力の残滓を排気中であり、反撃は実質使用不可能。

敵は次の瞬間にも攻撃を繰り出してくる。

 

「──プロテクションッ!!」

 

様々な情報が脳裏を駆け巡り、すぐにその中で最善と思える対処として彼女は防御魔法を展開する。

正面からだけならともかく、左右から同時に繰り出される攻撃に対して魔法陣の盾では防ぎきれないとして選んだ全方位防御の魔法。

おそらくは回避や迎撃などの他の手段を選んでいたら、その時点で終局を迎えていたのだから、彼女のその選択は何一つ間違ってはいない。

 

「あ、ぐぅ……!?」

 

ただあるとすれば、その最善である手段にしても敗北をほんの僅かに先送りにするだけでしかなかったという事か。

左右に広げられた異形の腕は両の掌を打ち合わせるように彼女の身を柔らかく包み込むバリア状の防御魔法を打ち据える。

たったその一撃だけで堅固なはずの彼女の防御魔法は軋み、直後、ガラスが砕けるような澄んだ音を響かせながら破壊されていた。

後はもう逃れる手段などありはしなかった。両手で挟むように握って彼女の体は異形の掌の中に囚われていた。

 

「……どうやら、私もここまでのようですね」

 

囚われ、もはや勝ち目は完全に失われたと認めた彼女は、負けた事は悔しいが正々堂々の勝負で全力を尽くした上での事だからと彼女は潔く敗北を受け入れていた。

そして負けた以上はこの身も消え行くのみ。ならばせめて最後に自分に打ち勝った者の顔を覚えておこうとすぐ目の前にいる人の顔を見つめていた。

 

「……どうして貴女はそのような顔をしているのですか?」

 

そして彼女の瞳に映ったのは、柔らかに波打つ金髪を持つ幼い外観の少女は決意の籠った眼差し。

だが、その瞳の奥に隠しようも無い寂しさがあるように彼女には見えた。

普段の彼女なら負けたのであれば敗者に語るべき言葉は無いと思うところだと考えるが、何故か少女がそんな顔をしている事が癪にさわった。

 

「貴女は私に勝利したのです。もっと胸を張って居て下さい。でないと、負けた私に立つ瀬というものがありません」

 

だからだろうか。普段なら言わない事が口をついて出ていた。

感じた事がすらすらと言葉となって出てくる事に彼女は自分自身で驚き戸惑っていたが、目の前の少女が悲しそうにしている事がどうにも我慢ならなかった。

故に彼女は、あとほんの僅かでも少女が力を込めれば最期を迎えると分かり切った絶体絶命の状況でありながらも臆することなくはっきりと少女に告げる。

 

「ありがとうございます。……やはり君は優しいですね」

 

そして少女の答えは、柔らかな微笑みだった。

心の奥に秘めていた想いが見透かされた事に驚きはしたが、不愉快になる事は無く、むしろ逆に彼女が自分の事をこんなにも見ていてくれた事が嬉しかった。

戦う前、彼女は自分の事を知らないと言っていた。それでも確かに繋がりはあると知れたような気がした。

だから少女は、彼女に正々堂々打ち勝った自分を誇るように、胸を張って彼女に応えてみせていた。

 

「……別に優しくしたわけではありません。ただ、貴女に悲しそうな顔をされるのが不愉快だと感じただけの事です」

 

そんな真っ直ぐな少女の感謝の言葉に、彼女は別に自分は少女のためではなくあくまで自分本位の想いを口にしただけの話だと語る。

ただ、少女に笑顔を向けられる事が気恥かしくて若干頬に朱が差してしまう事だけは堪える事は出来ないでいたが。

そんな彼女に少女はにこやかに微笑み、彼女は自分も気付いていない本心を見られているような気がして、常の無表情ながらもなんとなく憮然とした顔を作る。

 

少女と彼女は今の今まで戦っていた。そしてこの時もその延長上にある。

それでも、不思議と戦いの緊迫感は無く、ただ静かに時が流れるような雰囲気だけがそこにあった。

そしてこの空気を、ふたりとも嫌っては居なかった。

 

「ああ、どうやら時間のようです」

 

だが、ふたりがどう思っていようとも時間を留める事が誰にも出来ない以上、この時もいずれは終わる。

掌に囚われていた彼女の体の端からその姿が宙へ溶けていくように消えていく。戦いの決着は既に付いていた。彼女が消えるのは当然のことだった。

 

「それでは……」

 

そして最後は、至極あっさりと消え去っていた。何の抵抗もない。まるで最初から幻だったかのように。

だが、少女は見たような気がした。彼女が感情を表さない無表情であった相好を崩し、少女との再会を願うように微笑みを浮かべていた姿を。

 

……時間にして数えれば数秒。その僅かな時の中でも彼女との語らいの余韻に浸っていた。

感傷はあった。だが、まだやると決めた事の全てを終えたわけではない。

少女は掌の中から彼女存在が消えた事を噛み締めるように、異形の腕をゆっくりと翼へと戻す。

そして静かに瞳を閉じて、自分の求める物の在処に想いを馳せる。

 

 

永遠結晶・エクザミアと、それを取り巻く三基のマテリアルからなる無限連関機構。それが少女とマテリアルの関係だった。

そして永遠結晶を核とする自分だけでは足りない。マテリアルだけでも完成はしない。全てが揃ってこそ無限連関機構はその意味を成す。

 

故に少女とマテリアルの彼女達は惹かれあっていた。

最初、『力』のマテリアルと出逢ったのも偶然ではない。自分が彼女に惹かれていた結果であったのだと、自分が何者なのかを自覚した少女は理解していた。

そして今、三基のマテリアルの内、二人とはすでに出逢った。あとは最後のひとりだけ。マテリアルの中でも中枢を担う『王』を司るマテリアル。

 

「……見つけた」

 

自分に足りない物を欲するように惹かれる想いに引かれて感じ取ったのは、懐かしくも力強い魔力の波動。

その力はこの時も闇の書の防衛プログラムの断片である闇の欠片を糧とする事で増大させている。既に保有する魔力量は先のマテリアルのふたりをも大きく超えている。

だが、そんな事は少女にとってどうでもいい事柄でもあった。

 

相手がどれほど力を有しているかなど関係ない。

今の自分たちの間に横たわる距離という物理的概念もまた関係ない。

 

重要なのは、少女自身と『王』が出会うというただひとつのみ。その望みを叶えるために、少女はゆく。

かなり好き勝手に行動はしているが、少女が闇の欠片である事には違いは無く、『王』は闇の欠片をその力によって集めている。

お互いを求め合っているのであれば、出会いは必ず果される。

 

「むっ、何奴だ!?」

 

そして少女が次に目を開いたときに目の前にいたのは、データの元となった八神はやてと同じく小柄な体躯ながらも横柄な態度で佇むひとりの人物。

彼女からすれば少女は目の前に突然現れた存在らしく、少しばかり面食らったような雰囲気もあったが、すぐに持ち直すと闖入者が何者であると誰何していた。

 

姿形は始めてみるが、その人物こそ間違いなく自分が求めていた人であると考えるまでも無く理解出来る。

ようやく出逢えた相手に少女は歓喜に鼓動が高まるのを感じるが、今はまだその時ではないと心を落ち着けるべくひとつ大きく呼吸を挟む。

 

「……こんばんは。君の事を倒しにきた者です」

 

そして真っ直ぐに『王』を司るマテリアルである彼女の翠色の瞳を見つめ、少女ははっきりと宣戦布告を口にする。

そこ聞き間違いようのないくらい明瞭な言葉はさしもの『王』にしても予想などまるで出来なかったといわんばかりに驚きをその表情に浮かべる。

 

「……ほほう、無頼者が何を言い出すのかと思えばまた随分と下らぬ事をほざくではないか。

我は砕け得ぬ闇を手中に収め、全ての闇を支配する王ぞ。貴様のようなちんちくりんに倒せるとでも思っているのか?」

 

だが、それもまたすぐに鳴りを潜めて不敵に嗤う。

彼女からすれば『王』である自分を討とうなどとは笑止千万な話ではあるが、不愉快に思う以上にこんなにも意表を突いて自分を驚かせた少女に憐憫と嘲笑の想いを抱く。

敵であるならただ滅するのみではあるが、分不相応な大望を謳うただの道化であるなら笑ってやるのが務めと返す。

 

「はい、思っています。……そもそも、君は砕け得ぬ闇を手中に収めるといいましたが、それは無理だと思います」

「……なんだ、今聞き捨てなら無い事を聞いたような気がするが?」

 

だが、続く言葉に彼女の表情からは笑みよりも不機嫌さが色濃く出始める。

見るからに戦闘者ではないような少女が見果てぬ夢を追い求めているだけであるならば微笑ましいものと思う事も出来る。

ただ、物事には限度というものがあるし、彼女からすれば成して当然と思っている事を拒絶されて許してよいという道理は何処にも無い。

一度ぐらいなら笑い話と見逃してやっても良い。今の発言を取り消さないというのであれば相応の報いを受けてもらう。

彼女の不機嫌さに呼応するように負の感情を濃縮したような禍々しい魔力の気配が、今にも少女に牙を向くかのように重厚さを増していく。

 

「確かに駆動体を得て活動を可能としていますが、情報素体とした魔導騎士のデータに引っ張られて本来の魔力光ですら取り戻せていません。

そんな今の君では、砕け得ぬ闇を手中に収める器に足りえません」

 

それでも少女は臆する事無く、はっきりと今の『王』では砕け得ぬ闇をどうこうする事はできやしないと言ってのけていた。

『王』たる彼女の纏う雰囲気は少女の堂々とした物言いに一瞬呆気にとられる。だが、直後に彼女の内から湧き上がるのはこの上ない怒気。

もはや不機嫌という言葉は生ぬるい。なおも『王』のひれ伏す気の全く無い少女の事を完全な敵として彼女は見据える。

 

「……いい度胸だな塵芥。そこまで王たる我の力を愚弄ならば、その身を以って自らの愚かさを知るがいい!!」

 

言って、手にした先に剣十字を頂いた魔導騎士の杖であるエルシニアクロイツを掲げると共に周囲に夥しい数の白い魔力光を放つ魔力弾に浮かび上がる。

これは戦いではなく誅伐。それが王の決定。故に彼女は会戦の合図を上げる必要性を何処にも感じてはいない。

ただこの不埒者に悔い改める暇さえ与えず消し去るのみと、杖の先が指し示した先にある少女へ向けてそれら全てが一気に殺到する。

ひとつひとつの威力は大した事は無い。だが、圧倒的なまでの物量が少女の小さな体を押しつぶすべく襲い掛かる。

 

「──セイバーッ!」

 

だが次の瞬間、空間を埋め尽くそうという白い光の中にぽっかりと空白が生まれる。圧縮された闇色の魔力の刃が翻ると共に、『王』の放った魔力弾の尽くが消滅する。

それは全てを染め上げる白い光と対極を成す、全てを飲み込む闇の煌き。少女の『魄翼』のバリエーションのひとつである長大な魔力刃が『王』の魔力を一刀の下に切り裂いた。

 

無論、面制圧に放たれた数多の魔力弾を、いくら長大な刃渡りを持つ魔力刃だったとしても、たった一振りで全てを消し去る事はできていない。

まだ残る魔力弾は多い。もし魔力弾が誘導操作されていれば、斬り払われた以外の魔力弾は再び少女へと狙いを付けさせる事も出来たはずだ。

だが、『王』の放ったそれは、先に少女が戦った『理』の彼女のような誘導操作弾ではない。

 

そもそも、大魔力と高速・並列処理を両立させる事は難しく、膨大な魔力を誇る『王』のその類に漏れない。

そのため、『王』は不得意分野である誘導操作を放棄し、相手を追い込むのではなく最初から逃げ場など無いくらいに攻め立てるべく数を揃えて魔力弾を放っていた。

普通の相手なら迎撃にしても回避にしても数の暴力の前に屈し、防御に足を止めたならそれこそ後衛広域型の本領である大威力魔法で丸ごと滅ぼすのみである。

 

だが、今回の相手は相性が悪かった。

少女が携える闇の炎を形にした剣はその長大なリーチにより一振りで眼前の物を切り伏せる事が出来、少女の小さな体ではその隙間でも十分な安全地帯を確保する事が出来た。

故に、ワンアクションで行動を終えた少女は、一気に攻め立てようと魔法を組んでいた『王』に対し後手から先制のチャンスを手繰り寄せていたのだ。

 

想像したものとは全く違う光景に驚き目を見開く『王』。

自身が辿り着く先を見据えるように前を見つめる少女。

 

白い光の中で生まれた空白で、ふたつの視線が交錯する。

 

「やぁぁっ!!」

「ちいっ……」

 

『王』は用意していた魔法は役に立たないとキャンセルするも、それよりも既に魔法を発動済みである少女の方が早かった。

頭上から振り下ろすようにして魔力弾を切り裂いたまま下段の構えにあったエターナルセイバーの魔法を、少女は今度こそ視界に納めた『王』へ向けて振り抜いていた。

 

態勢を崩す『王』。その隙に一気にその懐に飛び込む。

驚き目を見開く『王』の間近に少女の顔があった。そして衝撃が『王』の体に奔る。

 

「か、は……!?」

 

視線を下げれば、少女の小さい手の平がずぶりと自分の体の内に潜り込んでいるという光景。

見た目には『王』の体を少女の手が貫いているようだが、その実物理的干渉ではなく魔力的干渉であるため出血や傷などがあるわけではない。

それでも、異物が自分の体内にあるという事がたまらなく気持ち悪く感じて、『王』はすぐにでも干渉を止めさせるべく少女に手を伸ばそうとする。

 

「ぐがぁ!?」

 

だが、実際に体は動く事無く、苦悶に喘ぐ声が口から漏れるだけだった。

 

今、少女は『王』に対して直接干渉する事によってその魔力を奪い取っていた。

ブラックホールが生み出す無限の重力の前には光さえも逃れる事が出来ないように、『王』の白い魔力光が少女の闇色に浸食される。

自らの体内で、自分の物であるはずの魔力が少女の支配化に置かれてゆく事に、魔力の喪失から来る虚脱感と苦痛に『王』は苛まれる。

 

「──エンシェントマトリクス」

 

だが、それはまだ唯の序章に過ぎなかった。

少女は自らの色に染め上げた魔力を『王』の体から手を引き抜くと同時に、手の平に集約させてゆく。

自らの背に展開していた『魄翼』の全ても込めたそれは、まるで『王』の体内から抜き放つように全容を顕わとしてゆく。

 

少女が携えるは、闇の炎を結晶化させたような暗黒の巨大な剣。

 

通常、魔力は自分の物ならば魔力資質や錬度による制限こそあるものの、基本的には好きなように扱う事が出来る反面、他人の魔力を扱う事は非常に難しい。

そこを、少女は他者である『王』の魔力を自らの魔力の波長に無理矢理変化させる事によって問題をクリアしたのだった。

『王』から簒奪した魔力と自らの魔力。両者とも元から膨大な魔力の保持者であったが、今の少女が持つのは丸々二人分の魔力『集束』した代物だ。

放出する事無く圧縮する事で『剣』という体裁を整えているだけのそれは、もし正規の機器による魔力量測定を為されていたらどのような結果を指し示していただろうか?

 

「終わりです……!」

 

だが、今この時において、観測されたデータにはなんら意味は無い。意味があるのはこの力が齎す結果のみ。

少女は巨大な剣を、体をひねるようにして振り抜いて投擲する。切っ先は真っ直ぐに『王』へとせまる。

無理矢理に魔力を奪われた喪失感と虚脱感に足元も覚束無い『王』に抗える術はない。導かれる結果はただひとつ。

 

「……『王』たる我を舐めるでないわ塵芥がッッ!!」

 

だが、その必殺のタイミングを、『王』は覆す。既に枯渇寸前とも思えた『王』の内から、魔力の嵐が吹き荒れる。

少女が奪ったのはほんの上澄みでしかない。そんな事を言うように、『王』の真の実力を甘く見るなと咆哮する。

既に纏う魔力は少女に奪われた魔力量を回復するどころではない。『王』自身の100%を超えて漲り滾る。

その魔力の猛りを一手に集め、眼前に魔法陣の盾を展開する。直後、剣と盾が激しく激突して火花を散らす。

 

「我は『王』ぞッ。このようなところで終わるわけがなかろうがッッ!!」

 

魔力を奪われた?

死が迫ってくる?

 

そんなものがどうした。自分は“王”だ。しかもただの王ではない。砕け得ぬ闇を手中にして闇の全てを統べる王なのだ。

故に敗北など在るわけが無い。自分の底力はこんなもので尽きる物では無い!

 

それを証明するように、『王』はなおそこに立っていた。

勢いでは少女の剣が勝っているはず。それでも自分は負けないと『王』は踏み止まる。結果、ふたつ力は極限の中で拮抗する。

 

「いえ、終わりです」

 

だが、拮抗していると言う事は、何か他の力が加われればそのバランスは崩れるという事。

少女は魔法陣の盾を突き破ろうとする剣の柄へ降りるように蹴りを加える。

幼い体躯ではそれほど体重も無く、闇の翼の強化の恩恵も受けない身で生み出せる力はたかがしれている。

だが、そんなほんの僅かなたったそれだけで拮抗は崩れる。『王』の盾は砕かれる。

 

「ぐがぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

そして阻むモノを打ち砕いた刃は『王』の胸に深々と突き刺さり貫く。そして剣に込められた魔力は爆発するように弾け、閃光が周囲を染め上げる。

 

「そんな、ばかな……!?」

 

そして閃光が晴れたそこにあったのは、胸に明らかに致命傷と分かる風穴を開けた、王がその身を崩れ消えさせていくという物だった。

こんなあっさりにも敗北する事が信じられない。だが、それ以上に自分にはやるべき事があるのだからと、敗北を拒むように欠けた部分を補うように闇の欠片が『王』に集う。

それでも傷の方が深い。供給される量を超える欠落に、『王』の体は消えてゆく。

 

「おのれおのれおのれおのれ……!」

 

自身の敗北が純然たる事実としてそこにあった。だが、それでもその事実を認めるわけにはいかないと『王』は叫ぶ。

闇の書の奥深くに封じ込められた無限連関機構たる自分たちは永らく不遇の時の中にあった。

だが、先の闇の書事件に防衛プログラムを切り離される際に、ほんの僅かな偶然から自分達を封じていた物に隙間が生まれた。

そうして得たチャンスを、ふいにしてはならない。

 

活動のためにただのプログラムでしかなかった自分達に、蒐集データを元にした駆動体を作り出した。

その際に自らの成すべき事に対する意義から、独自の自我を獲得するに至った。

そして今、かつては完成を見る事の出来なかった砕け得ぬ闇を今度こそ形にする機会を得たのだ。

もう少しで最強の力まで手が届く。此処まできて、諦める事が出来ようはずも無いと消え行こうとする自らの不甲斐無い体を押し留めようとする。

 

「おの──」

 

だがそんな叫びは、不意に感じた温もりによって途絶えていた。

消え行こうとする体には既に五感は機能していないも同然。だが、この柔らかな温もりは幻などではなく確かに感じている。

怒りと焦燥に駆られていたはずなのに、どうしてこうも安心を抱いているのだと自分自身の心に狼狽の想いを抱きつつも、『王』は温もりの正体に目を向ける。

 

「大丈夫、焦る必要は無いんです。だから、安心してください」

 

『王』の視界に映る光景の中で、腰元まで伸びるような柔らかなウェーブを描く金色の長いが夜風に揺れる。

 

そこにいたのは、崩れようとする『王』の体を壊さないように正面からそっと抱きしめる少女の姿。

そこに敵意も害意もまるで無い。ただ、駄々をこねる子供に優しく諭すように『王』に語り掛ける。

 

「どういう、事だ……?」

 

少女は『王』たる彼女の行く手を阻むべく立ち塞がっていた。だというのに、今『王』の目の前にいる少女はどう考えても敵には見えない。

困惑の極みにあった『王』の口からは、少女の真意が何処にあるのかを訊ねる言葉が紡がれていた。

その姿に、少女は慈愛の笑みを浮かべながら応える。

 

「今の『王』達は不完全です。そんな状態で誰かに負けて完全に消滅してしまったらそれこそ本当に終わりです。

だから、他の誰かに完全に滅される前に、私がみんなに眠ってもらう事にしたんです。今度眼が覚めた時には、ちゃんと本当の覚醒をしてもらうために」

 

『王』を含む三基のマテリアルは、独自の自我を持って存在を確立させていた。だがそれは同時に生まれたてであり、酷く不安定な状態にあった。

また、砕け得ぬ闇を復活させるという『意志』はあれど、その心で思い、考える『意思』に関してはまだ不安定で防衛プログラムに引っ張られすぎている部分もあった。

 

そのような状態で砕け得ぬ闇を復活させようとしても、失敗に終わる可能性のほうが高い。

ならば今に無理に続行するよりも、時間を置いて不安定さを取り除き、各自が『意志』だけでなく『意思』も持つまで待った方がいい。

そう思ったからこそ、少女は三基のマテリアルを打倒してその活動を停止させてきた。次に目覚めた時にこそ、確実に目的を果たしてくれると信じて。

 

「貴様は、まさか……」

 

少女の静かな言葉に、『王』は何か思い至ったのか、目を見開くように少女の事を見つめる。

だが、少女は問いかける声に応えず、ただ微笑む。

 

「私からのお願いです。本当の「私」を君達の力で自由にして下さい。そして闇の深淵の底で孤独に眠る「私」を、夜から暁へと変わりゆく紫天の空へ連れて行って」

 

少女は自由を望んでいた。だが、所詮は闇の欠片に過ぎない自分では本当に自由を勝ち得る事は難しい事は分かっていた。

だから、少女は自分が自由を得る事をマテリアル達に託す。マテリアル達ならば本当の少女を自由にする事が出来る。孤独から救い出す事が出来る。

それが闇の欠片として再生されて身勝手に振舞ってきた少女の目的であり、願い。真摯な想いを込めて少女は『王』の瞳を見つめる。

 

「……ふん、誰に物を言っている。我は『王』ぞ。貴様に頼まれずとも我は我の成すべき事を成すだけよ」

 

そして『王』は、そんな少女の願いは懇願されるまでもなく自分の手によって成就されてしかるべき事であると答える。少女のやった事は余計なお世話に過ぎないと。

だが、それでもその言葉には少女の事を突き放すような棘は無く、むしろ、自分の成す事を少女に対して誓いを立てるかのようだった。

 

「はい、おやすみなさい。……大好きなディアーチェ」

 

──次に会う時は、私の本当の名前を呼んでください。

 

そして少女のその最後の言葉が届くより先に『王』を司るマテリアルは消えた。残ったのは少女だけ。

だが、『王』を含むマテリアルは活動を停止しただけで、消滅したわけではない。今は次の本当の目覚めに備えて眠っているだけ。他の二基のマテリアルも同様だ。

 

「ふう、これで私に出来る事は終わりました。闇の欠片の発生源であったみんなも眠ったから、この私もあとは消えるだけ、ですね」

 

これにより、今の少女が『自由』を得るために出来る事はすべて終わった。マテリアルもいない以上、留まる事も出来ない。

あとは、まるで一夜の夢幻だったかのように消えるばかりの身だ。

 

「……ただ、ちょっと時間があまっちゃったみたいですね。さて、どうしましょう?」

 

それでも、まだ夜明けというタイムリミットまで猶予はまだあった。

確かにやるべき事は終わった。だが、だからといって漫然と消える時を待っているだけというのもなんだか面白くない。

 

「……うん、どうせ消えるなら、最後に一花咲かせちゃいましょう!」

 

ならば、自分がここに居た証を立てるのも悪くはないと少女は思い至った。

発生源であるマテリアルは居なくなり以降の発生はなくても、既に発生した闇の欠片はすぐに消えるわけでも無く、まだ相応の数が残っている。

それらを寄せ集めれば、夜明けの時ギリギリまで暴れまわるぐらいの力は確保できると思う。

 

「それに、残っている闇の欠片は全部私が引き受ければ、眠りに就いたみんなから目を逸らさせる事も出来るかもしれないですし、これは名案かもしれません」

 

今の少女は闇の欠片によって再現されたものであり、本物が見た夢のようなもの。

なら、夢の中でも奥底に折り重ねるようにしてしまっていたストレスを発散するという考えもアリだ。

考えれば考えるほど名案であると少女は思い、早速実行するべく、闇の欠片を集め行く。

 

少女はマテリアルと違って発生源ではないが、“砕け得ぬ闇”に関わりあるものとして他の欠片よりも優位性を持っている。

やって出来ないことは無い。やって、思いっ切り愉しもうと思う。

 

「さあ、最後の最後の大暴れです!」

 

 

 




闇統べる王、安定のラスボス率の低さ。
ゲーム本編でラストバトルを飾る事がないどころか唯一のイベントCGもやられシーンだけなんですよね、この人。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。