魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド=   作:のぶな

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STAGE5

 

発生源であるマテリアル達の全てが眠りについた今、此度の事件は終息に向かうのみである。それは揺ぎ無い事実。

今はまだ残存する闇の欠片達も、なんらかの形をもってこの夜の内に消え行く事だろう。そして訪れるのは、なんて事は無い平穏な日常の到来を告げる暁の光。

 

だが、今はまだそのときでは無い。遅からずそのときは間違いなく訪れるが、世界はまだ夜の帳の中にある。

闇の欠片は過去の記憶を再現された存在。そこに意志はあれども意思は無く、負の感情に突き動かされているが、それが本当に闇の欠片自身の思考を経ての物では無い。

それでも防衛プログラムの断片であるそれらは本能的に求めている。あまねく全てを闇へと還すという事を。

故に闇の欠片達は戦いを望む。消えるだけの身と分かってなお戦いに臨む。

 

ただ、既に発生源であるマテリアル達がいない以上、断片の断片に過ぎない存在では望みをかなえるにしても限界が目に見えていた。

故に闇の欠片達は最期に少女の望みに応えていた。何の縛りも無く、思うままに全力で力を振るってみたいという欲求に自分達の想いを託すように……。

 

「魔力素吸収により魔力増大。充填率8%、8,1%、8,3%……」

 

闇の陰影が揺らめく結界により隔絶した世界の中で、柔らかなウェーブを描く金色の髪を靡かせた少女の周囲に、闇の欠片による魔力が暗く渦巻く。

負の感情と記憶を根幹とし、怨嗟の呪詛を叫ぶように蠢くそれは見るものに畏怖と嫌悪を抱かせるだろう力を、少女は嫌がる素振りも見せずに受け入れる。

 

今ここに在る闇の欠片である少女の元となった存在は、その中核にほぼ無尽蔵に魔力を生み出すロストロギアを内包していた。

だが、所詮は複製に過ぎない記憶の再現体である少女の中にそのロストロギアを持っておらず、出力の低下が著しい身であった。

その不足分を補おうとするように、貪欲なまでに闇の欠片を自らの内に取り込んでいく。それに伴い、少女の身に魔力が満ちてゆく。

 

「魔力不足によるエラーを修正、白兵戦プログラムの出力を上昇します」

 

元は白をメインとしていた少女の衣服の色彩は血と闇色によって赤く、黒く染まっていく。幼い体躯を縛り上げるような赤い紋様が体の上に浮かび上がる。

完全な戦闘モードに移行しゆく少女の心に湧き立つは、溢れ出さんばかりの力からくる全能感による高揚。

何者にも憚る事無く存分に力を振るうその時を、今か今かと心待ちにしていた。

 

「展開する結界に侵入者を感知。魔力素吸収作業を一時中断して走査を開始します。

……魔力反応は2つ。両方ともAAAランク相当と推定。さらに武装の展開を確認。敵対の意思ありと判断、対象を敵性存在に識別します」

 

そしてその時は訪れる。展開していた結界抜けて現れた気配に、少女は昂ぶり逸る気持ちを抑えるように、静かに閉じていた瞳を開ける。

普段の金色から澱が重なっているような深い緑へと色彩に染まる瞳で、真っ直ぐに来訪者の事を見つめていた。

 

ひとりは純白の衣装に身を包み、足元に桜色の光の翼を輝かせた少女。

もうひとりは漆黒のマントを風に翻す金髪紅眼の少女。

 

外観年齢は闇の欠片たる少女より少し上の9歳頃といった二者は、その場から動かずに少女の動向を窺っている。

その姿からは、少女が纏う桁違いの魔力量と放たれる禍々しいまでの気配に恐怖を抱き、慄いている雰囲気が見て取れた。

だがその反応は人として正しい物だ。それだけ今の少女は規格を越えつつある存在であり、それを見て何も思わないのであればそれは人として壊れている。

更に言えば、実力はあるといっても、ふたりとも子供に違いない。恐れる事も仕方が無いといえるだろう。

 

「こんばんは。私は時空管理局嘱託魔導師、高町なのはって言います」

「同じく時空管理局嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ。……少しお話できるかな?」

 

だというのに、ふたりともその場から一歩も引かず、それどころか微笑みさえ浮かべて名乗りを上げて見せていた。

相変わらずその瞳には恐怖の感情が映っている。それでも何故そんな態度で少女に臨む事が出来るのか?

 

「なのはにフェイト……。君達は、私の事が怖くないんですか?」

 

少女はそんな抱いた率直な疑問を、ふたりにそのまま投げかける。

闇の欠片の集合体である自分が、闇への帰属を望み、世に破壊と混沌の安寧を齎す存在であると知っているだろうにと。

なのはとフェイトは、少女の反応に問答無用で会戦にならなかった事に対する安堵と、話が通じる相手だと嬉しく思う。

そして互いに頷きあうと、少女に優しく微笑みかけながら疑問に対して真摯に答える。

 

「うん、正直に言えば怖いと思う部分はあるよ。けど、怖いとか嫌だとか言って相手の事を否定はしたくない。ちゃんと話し合って……、まずはそれからだと思うの」

 

「ここに来るまで、闇の欠片に再現された色んな人の悲しい気持ちや辛い気持ちをわたし達は見てきた。誰もが心の内に人には言えないような想いを持っていたよ。

けど、本当のみんなはそれでもちゃんと前を向いて生きている。人は弱さを抱えていて、それでも強く生きる事が出来るんだって改めて教えてもらった気がする。

だから、わたしも立ち向かって行ける。君がどんな事を思って、考えているのかを教えて欲しいって想いを伝える事ができるんだよ」

 

なのはとフェイト、ふたりは此処に至るまでに出逢った闇の欠片達に、戦いを通じて行き場の無かった想いをぶつけられてきた。

だが、それでもなのは達の心は折れる事が無かった。むしろ逆に、安らかに眠る事が出来ないでいる記憶達の事を救いたいと思ったのだった。

 

ふたりの心にあったのは、勇気と優しさ。誰かを傷つけるための力ではない。誰かを守りたいと願う力、自分の意志を貫き通す力。

だから闇の欠片を一方的な悪と断じる事無くその記憶に救いを齎すために戦い、独り佇む少女に自分達に出来る事はないのかと思ったのだった。

 

その揺ぎ無い在り様を示す姿に、少女は思う。そんな人たちだったからこそ、夜天の書を永遠の鎖から解き放つ事が出来たのだろうと

 

「……君達は凄く優しい人達なんですね。けど、力なき勇気が無謀に過ぎないのと同じように、優しいだけでは私は止まりませんよ?」

 

だが、既に目的を果たしている少女にしてみれば、優しい言葉に心が温まりはしても、なんら後に繋がる物は無い。

少女の周囲に渦巻く魔力が一挙に膨らんで、なのは達の言葉を否定するように嵐の如く吹き荒れる。

言葉で想いを伝えたいとするなのは達が戸惑う姿に、少女は言葉を重ねる。

 

「私は闇の欠片であって、望みは持てる全てを出し切れるような魔導の競い合いです。遠慮は要りません。全力で掛かってきてください……!」

 

最後の最後の大暴れを望む少女にしてみれば、いくら優しい言葉をかけてもらっても望みが果されることは無い。

自分の事を思うなら、優しさではなく力を示せと意思の篭る少女の瞳は告げていた。

 

「……うん、分かったよ。けど、それでも私達は君を倒すために戦うんじゃないよ」

 

なのはは相棒であるインテリジェンスデバイスである魔導師の杖『レイジングハート』よりカートリッジを排出、自身に魔力のブーストをかける。

 

「わたし達は君の事を知りたいんだ。だから君が全力でぶつかってくるっていうなら、わたし達も全力で応えたいから……!」

 

そしてフェイトもまた同様に自身のデバイスであるバルディッシュからカートリッジを排出する。

迷いは無い真っ直ぐな瞳でなのはとフェイトは少女と真っ向から向かい合う。そんなふたりの意気に少女は嬉しく思う。

このふたりこそ、自分が全力で戦うに相応しい存在だと感じるから。

 

湧き上がる破壊の衝動を解き放ち、猛る魔導で世界を焼き尽くそう。

悲しみや嘆きを力に変えて、闇の混沌を呼び覚まそう。

謳おう。闇の欠片の最後の灯火を激しく燃え上がらせて。

 

確かに闇の欠片は消える運命にある。なればこそ、ただ消えるなどつまらない。最期は盛大な宴を開こう。

 

「白兵戦プログラム、起動。出力21%にて『魄翼』を展開」

 

少女の呼びかけに応え、闇の翼は勇壮な姿を知らしめるように雄々しく広げられる。その闇の翼は取り込んだ闇の欠片の量に比例するように強壮さを増している。

なのは達は知らないが、少女が目覚めたばかりに戦ったクロノのときと比べて単純に10倍以上の力を内包している。

その時ですらSランクオーバーとクロノから評価されていたというのに、今の状態にあってはどれ程の力を行使出来るのか。

それは少女にも分からない。なればこそ実際に振るって確かめてみるのもまた一興。

 

「さあ──」

 

少女がゆっくりとした動作で手を頭上に掲げる動きに追従するように、黒く、深い闇色の奥で魔力が際限なく高まっていく。

翼の中で渦巻く禍々しいまでの魔力の波動を肌で感じて、なのはとフェイトは何が来ても対処が出来るように集中力を極限まで高めていく。

 

そんな、逃げも隠れもせずに真っ向から挑もうとするふたりの姿に、やはりこのふたりなら自分の全力を出す相手に相応しいと、少女の口元に笑みが浮かぶ。

光の中に在る者を憎み、撃ち滅ぼそうとする闇の欠片を多く取り込んだために、その感情に引っ張られている自覚はある。

だが、その酩酊感もまた心地良いと、少女は初めて『戦うための戦い』を始める。

 

「──行きますよ……ッ!!」

 

宣言と共に一際大きく羽ばたかせた翼より、闇色の小さな球体が高速で撃ち出される。それは、魔力を固めて飛ばすといういたってシンプルな直射型魔力弾。

弾速は早いとは言え、軌道は一直線。真正面から撃たれてもある程度距離があるこの場では対処も容易いというものだ。

 

だがそれは、撃ち出される魔力弾の数が少なければの話。数の暴力は優れた個をいともあっさりと蹂躙する。

闇の翼の内にある無数の羽がそのまま弾丸となっているようなものであり、あの闇の中にどれほどの数の羽があるのかなど分からない。

そんなものが、かくや流星群の煌きとなって次々と絶え間なく高速でなのはとフェイトの元へ飛来する。

 

防御力に優れるなのはにしても到底受け切れる類の物では無く、文字通り断続的に放たれるそれに反撃のための魔力のチャージ時間を稼ぐ事もままならない。

必然的になのは達が取れる手段は回避のみ。固まって居れば格好の的と、なのはとフェイトは魔力弾に道を譲るように左右に大きく飛ぶ。

ターゲットが二手に分かれた事で、先にどちらに狙いをつけるべきかを少女は考えようとする。

 

「まだまだ……!」

 

だが、そんな事に悩む必要は無いとその思考をすぐさま放棄する。圧倒的なスペックを持つ少女に小細工は必要ない。やるべきは真正面から全力で蹂躙するのみだ。

二手に分かれたからそれがどうしたといわんばかりに、一対二枚の翼を左右に展開させて、ふたりへと同時になおも追い縋るように無数の魔力弾を浴びせるように撃ち放つ。

 

ただ、分散された事でひとり当たりに来る魔力弾の数もまた半減している。それでも脅威である事には違いないが、まだこれなら行ける。

そう判断したフェイトは、手にした長柄の斧型のデバイス『バルディッシュ』の刃の角度を変えて圧縮魔力刃を展開、鎌形態へと移行する。

そして、少女の姿を視界に収めたまま体を大きく捻るように振りかぶる!

 

「ハーケンセイバーッ!」

 

ねじられた事によって溜め込まれた力を開放するように、捻った体の反動を使ってデバイスの先に展開した光刃を射出する。

ブーメランのように飛翔するそれは、圧縮魔力刃と通常の魔力弾という性質の差も相まって、押し迫る魔力弾の尽くを両断、切り裂いて突き進んでいく。

さしもの数の暴力でも、半減したそれでは金色の旋回する刃を阻みきれずに、少女の元へ到達する事を許してしまう。

硬く鋭く研ぎ澄まされた刃は敵対者を斬るという己の役割を全うするべく少女へと襲い掛かる。

 

「ふ……ッ」

 

だが、直撃すればただではすまないであろう一撃を、少女は短い呼気と共に闇の翼を変化させた異形の腕、その掌で事も無げに受け止めてみせる。

更に少女が掌握するような動きをしたなら、その動きに連動して異形の腕もまた抵抗の一切を許さないままに金色の刃を握り潰す。

舞い散る金色の圧縮された魔力の残滓の中に佇む少女には魔力を削られた様子も無い。ダメージは皆無といっていいほどだった。

 

「ディバイン──」

 

ただ、フェイトの攻撃を受け止めるために異形の腕を展開したために、魔力弾の射出を中断していた。それは紛れも無い好機。

構えるのはなのは。既に砲撃形態となったデバイスには円環状の魔法陣が取り巻いて、先端には眩く輝く桜色の光球がチャージされている。

フェイトなら砲撃のための時間を作ってくれると信じて回避の中で魔力のリソースを砲撃に割いていたが故に、この僅かなときの中でチャージを完了していた。

狙うは少女。光球の輝きが一気に膨れ上がる!

 

「──バスターッ!!

 

そして放たれる桜色の奔流。撃ち抜いてみせると、なのはの主砲である一撃必倒の魔法、直射砲撃ディバインバスターが空を突き抜ける。

タイミングは完璧で捉えている。フェイトの攻撃を防いでいたために足を止めている少女に回避は間に合わない。

少女が受け止めるべく前に手を掲げた直後、膨大な魔力の込められた砲撃魔法が闇色の障壁に激突する。

 

防御されてしまったが、それはそれで構わないとなのはは手を緩めない。

莫大な魔力を直接相手に叩きつけるというシンプルな攻撃の分、命中時の威力は絶大。

強力なバリア貫通作用のあるそれは、防御されてもその上から相手の魔力を根こそぎ奪い去る事が可能なのだ。

このまま撃ち抜いて無理矢理に押し切るか、あるいは更に此処から次の戦略に切り替えるなどという選択肢をなのはは持っている。

 

(なに、これ?)

 

だが、なのはの胸中に疑問が走る。確かに手ごたえがあるというのに、なんともいえないような違和感がそこにはあった。

一体何故、そう思って気付く。少女はなのはの砲を真正面から受けてなお、押し込まれる事なくその場に踏みとどまっている事に。

いや、踏みとどまっているだけではない。桜色の奔流を受け止めながら少女は闇の翼を羽ばたかせる。

 

「やぁぁぁっ!!」

 

そしてこともあろうか、桜色の光の中に飛び込むように飛翔したのだ。

莫大な魔力の流れの中にあって、少女は止まらない。桜色の光を切り裂いて少女は飛翔する。

 

「そんなっ!?」

 

その光景に、ありえないと驚きの声を上げたのはフェイトだった。

瞬間最大出力に秀でたなのはの魔法は卑怯なまでにバリア貫通作用の強く、防御の上からでも削るなんて生易しいレベルではない勢いで魔力消費を強いるのだ。

かつて実際になのはの砲を、身を以って体験した事のあるフェイトはなのは以上にその威力を理解していたが故の驚きだった。

 

「レイジングハートッ!」

《Round Shield》

 

だが、なのはにしてみればそんな驚くなどという事をしている余裕など何処にも無い。咄嗟に魔法陣の盾を展開して身構える。

万全とは程遠い体勢ではあるが、それでもこのタイミングでは引く事は出来ない。ここはあえて受けて逸らすべきであると、来るべき衝撃に対して空中でしっかりと踏ん張る。

 

たが少女はそんな守りなど意に介しもしない。翔け抜ける勢いのままにに突撃したならばそれだけでなのはの展開した盾を打ち砕く。

盾を間に挟んだ事受け切るつもりは無かったために少女の進行上から軸をずらすように構えていたために直撃こそしなかったものの、いとも容易く弾き飛ばされる。

錐揉みするように吹き飛ばされるその姿は、身に纏うバリアジャケットにも破損がある事から少なくないダメージを負ったのは明らかだ。

 

「はぁぁぁッ!!」

 

ただ、フェイトはそんななのはに心配から駆け寄るような真似はしなかった。いや、出来なかったというのが正しいか。

心情としては今すぐ駆け寄りたかったが、むしろ此処はなのはに追撃をされる方が不味いと判断。一気に近づいて振りかぶったデバイスには圧縮魔力刃が展開されている。

なのはには一切の手出しなんかさせないといわんばかりの気迫と共に、金色の刃が全力で振り下ろされる。

 

直後、金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響き渡る。その結果にフェイトの顔には驚愕が浮かび、少女は何て事は無いと涼しい顔をしていた。

フェイトの圧縮魔力刃はなのはの砲撃魔法と系統こそ違う物の、優れたバリア貫通能力を持っている事が共通している。

だというのに、フェイトの渾身の一撃は少女に防がれていた。しかもそれは、少女自身は特別何もしていない。ただそこに立っているだけ。

単純に、常に展開していた障壁だけで防がれていた。

いくら押し込もうとしてもびくともしない。そんな障壁に守られる中で、少女は腕を振りかぶるなら、その動きをトレースして異形の腕も振りかぶられる。

 

直後、空を抉るような一撃が振るわれた。目の前迫るそれはフェイトの圧縮魔力刃もいとも容易く破壊する威力が在る事はすでに証明済み。

元々防御の出力の低い方であるフェイトでは直撃は勿論、下手な当たり方をしただけでも十分に一撃で墜とされてしまう。

 

攻撃動作中にあったフェイトは、この窮地に立って、逆に踏み込む。

自身ではなく打ち立てた刃を軸とするように打ち込む力の角度を変え、障壁の上を滑るようにして少女の脇をすり抜ける。

触れ合う箇所からは障壁ではなく刃の方が削られて金色の魔力を火花のように散らせながらも、少女の攻撃範囲から一気に離脱する。

直後、追撃にと薙ぎ払うように振るわれた腕が一瞬前まで自分が居た場所を通過して、フェイトはどっと冷や汗が噴出すのを感じる。

 

「来るよっ、フェイトちゃん!!」

 

だが、まだまだ安堵するには早い。フェイトのおかげで少女からの追撃をまぬがれたなのはが、注意を促すように声を上げる。

背中越しに魔力の胎動を感じたフェイトはなおも更に加速して飛翔する。そして自分のいたところに無数の魔力弾が通過していく。

なのはの方もまた、無尽蔵に撃ち出される魔力弾に回避行動を取っているところだった。

 

最初の焼き直しのような光景の中で、なのはとフェイトは考えていた。

 

少女の動き自体はそれほど速くないし、魔力を扱う技量にしてもあまり上手とはいえない。だが、膨大な魔力を背景とした力技は技術を必要としていない。

そもそも『技』とは力の差を埋めるための工夫として生み出されたものだ。それは逆説的に、既に圧倒的な力を持つ少女には技術は不要であると示していた。

手加減のために制御するのであればまた話は別だが、何にも憚る事無く力の行使をするには何ら問題は無い。むしろ下手な技術など全力を出す足かせにしかならない。

そうやって繰り出される力というシンプルなまでの暴力に、なのはとフェイトは追いやられている。

 

だがそれ以上に、少女を取り巻く防御結界が問題だった。

なのはの砲撃もフェイトの斬撃も少女に全くダメージを与える事が出来ないでいた。

多少は魔力を削れているのかも知れないが、それはふたりの攻防における魔力消費の割に合わない。

仮に少女の攻撃を掻い潜り続ける事が出来たとしても、ダメージを与えられない以上は倒す事は出来ない。

そしてそんな絶対的な防御力を持つために、少女は身を守る事に気を割く事無く攻撃に意識を集中させる事が出来る。

常に攻防の両方に意識を割かなければならないふたりよりも、より相手を打倒する事に対してアドバンテージを握っていたのだ。

 

少女を倒すには、まずあの結界を何とかしなければならない。だが、そのための手段は何があるか。

自分達の中にある手札で対抗出来る手段は何がないかと模索する中で、フェイトの中で閃きのようにひとつの可能性に思い至っていた。

 

『フェイトちゃん、“アレ”をやろう!』

 

そしてまるでタイミングを計ったかのように、なのはから念話が届く。

具体的な内容がなくとも、同じ事を考えていたのだ。言いたい事はそれだけでも十分に分かった。

 

『でも、“アレ”は思いつきで考えた事だし、いきなり実戦でやるのは無茶があるよ!』

 

だが、賛同出来るかどうかはまた別の話だった。

一週間前、なのはとフェイトは今の少女と同等の耐久力を持つ存在と戦った事があったが、その時も時間稼ぎが精いっぱいで倒す事は出来なかった。

その反省の中でどうやれば倒せるかと、実際に出来るかどうかは別として議論を重ねていた。今思いついたのもその時に上がった案のひとつだった。

 

確かに理屈で言えば、あの案を実行出来ればこの状況を打開するための切り札になりうる。

だが、考え付いているとはいえ、僅か一週間前からようやく落ち着いてきたところなのだ。まだ理論も纏まりきっていない。

考え付いた物はそんな類いのものなのだ。ぶっつけ本番というレベルですらない。

 

『大丈夫!』

 

それでもなのはのその一言に、フェイトの心配はなくなるのを感じていた。根拠なんてないのに、その言葉は信じられると自然に思っていた。

そう、理論がまだ完成していないなら、今から完成させればいい。ぶっつけ本番なんて、むしろ上等とさえ思える。

なのはとフェイト、交錯する視線の中にあるのは互いに対するゆるぎない信頼。

やってみなければ分からない、ではない。やり遂げてみせると意気を上げる。

 

「行くよっ、フェイトちゃん!!」

「うん、なのはっ!!

 

念話ではなく言葉に乗せて呼びかければ、響くように言葉が返ってくる。

その事に嬉しさと心強さを感じ、なのはは飛翔する足を止める。そのまま高速で魔法陣を展開する。

 

「ディバインバスター!」

 

抜き打ちで放つ砲撃魔法が少女の魔力弾を飲み込んでいく。

目の前いっぱいに広がる桜色に対し、少女は動じない。既にこの攻撃が通用しないのは証明済み。

再び切り裂いて飛んでみせると、少女は手を目の前に掲げる。

 

だが、その手が触れた瞬間、砲撃の魔力は少女の事を押し込もうという力が働くより先に炸裂、大爆発を引き起こす。

結界に守られる少女にダメージは無い。だが、爆発によって少女の周囲には桜色の魔力光の入り混じる霧が発生して視界が奪われる。

 

「これは、目暗まし……!」

 

なのはの砲撃魔法が攻撃のためのものでは無かったのだと少女はすぐに看破する。

だが、このタイミングでめくらましであるというのであれば、次に繋がる物があるはずだ。

そう思って、周囲を見渡して警戒する。

 

──その背後に、金色を携えた影が立つ。

 

「ッ!?」

 

フェイトは普段のバリアジャケットにある漆黒のマントなどをパージし、元から薄かった装甲を更に薄くする事で身軽さを上げる。

そして手足に機動を補助するための魔力によって編まれた金色の羽を生やして大型剣形態としたデバイスを携えて、今まさに振りぬこうと身構えている。

 

防御を捨てた高機動モードのソニックフォーム。そのスピードに物を言わせて瞬間移動の如き速度で少女へと肉薄していた。

その速さに少女は驚き目を見開きながら、それでも迎え撃とうと拳を握りしめて振り返──

 

「スラッシュレイブッ。はぁっ!!」

 

──ようとするのに先んじて、展開する障壁に衝撃が走る。さらに少女がふり返った先には既にフェイトの姿何処にも無い。

ならば一体何処にと思う間に再び衝撃が走り、奔り、疾る!

 

フェイトのやっている事は単純明快。速く切りつける。ただそれだけ。だが、少女には全くフェイトの事が追いきれない。

ひとつの音が連続して甲高い音が響き続ける。傍目に見てようやく金色の閃光が舞う姿を知る事が出来る中、実際に至近距離で対峙する少女では全く把握する事が出来ない。

影さえも拝む事は出来ない。ただ、金色の残光によって相手がそこに居たという余韻を知るだけ。

 

(でも、こんなの何時までも続くわけがない!)

 

だが、人の身でこの速度を維持し続けるなど不可能だ。きっとフェイトは文字通り呼吸をする暇もなく連撃を繰り出しているはずだ。

人である以上、呼吸をしないで済むなどという事は無い。いずれ息切れを起こす。その時はほんの僅かでもこの速度は鈍る。

そこを狙えば充分に追いつける。そもそも、障壁を何度も打ち付けられて削られているが、このくらいならまだ慌てる必要は無い程度。

 

そうして少女は驚きにざわめく心を落ち着かせて、何時でも攻撃を繰り出せるように身構える。

時間が何処までも引き延ばされるような感覚の中で、数え切れない程の連撃が繰り出されてくる。

だが、防御結界はまだ少女までダメージを通さない。来るべき時を少女は一秒、二秒とフェイトが限界を迎えるその時までを数えていく。

そうしている内に、砲撃魔法によって発生していた霧が晴れていく。

 

「これは……!?」

 

そこには無数の光球が浮かんでいた。宇宙の闇に浮かぶ星々のようにあるそれは桜色。

なのはが誘導弾で同時操作出来る数は最大で12個まで。それにしても足を止めて操作に専念してという条件が付く。

実戦の中で使うとしたらどんなに頑張っても9個が限界だ。

 

だが、今浮かんでいる数はそんな数には収まらない。数えるのも億劫になるほどだ。

当然、なのはにこれらを操り切る事など到底不可能。だが、特定の条件を履行するだけの簡単なプログラムを組み込めば不可能と可能はひっくり返る。

 

「アクセルシューター、シュート・エンドーッ!!」

 

フェイトの呼吸の限界を迎えるその瞬間、なのはの声が高らかと響く。

攻撃性のないポインターの光が少女の事を指し示すと、その一点に殺到するように光球達は少女に向かう。

ひとつひとつの威力も元々高かった上に連鎖的に爆発する事により威力が跳ね上がる。それが、全方位から隙間なく打ち込まれてはさすがの少女も動けない。

魔力弾は全弾の全てが命中、大爆発が引き起こされる。再び少女の姿は煙の向こうに覆い隠される。

 

だが、なのはもフェイトもこれで終わるなどと思っていない。事実、闇の翼が広げられた衝撃によって霧が吹き飛ばされる。

相変わらず無傷なままの少女がそこに居た。だからこそ、ここまでやってきたのだ。

 

「これは……っ!?」

 

視界を遮った物を振り払った少女の瞳に映ったのは、桜色と金色の輝きを放つ魔法陣の帯が自分の周囲を巡る光景だった。

二色の魔力光を放つそれは複雑に絡み合うように干渉ししあい、やがて少女の事を取り囲むような、巨大な球状の魔法陣を展開される。

 

「フィールド形成ッ、発動準備完了ッ!!」

 

見れば、なのはとフェイトは並んで魔法陣を足元に展開している。その表情は多大な魔力消費に疲労の色が見えるが、それ以上に充実する気力に満ちている。

今より繰り出されるモノこそ本命にして必倒の策。

 

「N&F中距離殲滅コンビネーション、ブラストカラミティッ!」

 

ふたりの高らかに上げられる声に、全てはこの一撃のための時間稼ぎであったと少女は知る。

だが、この時さえ稼げれば構わないと余力を残す事無く死力を尽くすような勢いで繰り広げられた攻撃に、少女は足を止めざるを得なかった。

今も分かっていて、動けない。ふたりの気迫に押されて必要なかったはずの守衛に傾倒していたために、咄嗟に攻撃に移れない。

 

「全力全開ッ!」

 

そんな少女を尻目に、なのはが携えるはレイジングハートのフルドライブモードであるエクセリオンモード。

使い切った弾倉(マガジン)を新しく換装し、即座に込められたカートリッジ6発全てを使用、薬莢が連続で排出されると共に桜色の輝きは眩いまでに増してゆく。

 

「疾風迅雷ッ!」

 

フェイトもまた同様にフルドライブモードの大型剣であるザンバーフォームからカートリッジを使用。

鮮烈な輝きを持って、強い眼差しで真っ直ぐに少女の事を見つめる。

 

「ブラストォ──」

 

ふたりの持つデバイス達もまた、誰よりも自分の事を上手く扱い、性能を引き出してくれる主の信頼に応えたいと鋼の機体の奥でのその意思を燃え上がらせる。

限界ギリギリまでの魔力行使をサポートするべく、自律思考末端として人では成しえない情報処理能力を駆使して術式を制御、展開させていく。

未完成だったはずの魔法は今、確かに此処にゆるぎない姿として存在していた。それは奇跡などではない。ふたりの魔導師と二機のデバイス、四人が力を合わせたが故の必然。

 

その意思は今ひとつとなって、撃ち抜くべく最後のトリガーを高らかに引く!

 

「「──シュゥゥートッッ!!」」

 

極大なまでに膨れ上がる桜色と金色の輝きは互いを損なう事無く、干渉しあう事でお互いを増幅しあう。

少女の周囲に展開された檻の如き魔法陣は威力増幅、バリア貫通に加え障壁発生阻害の効果も付属された豪華仕様。

なのはとフェイトの正真正銘の全力が少女をその周囲の空間ごと圧迫する。

 

「あぐ、ぅ……ッ!?」

 

少女の顔に、ここまでの戦いの中で初めて苦悶が浮かぶ。ダメージが通っている事に確かな手ごたえを感じて、ふたりはこのまま押し切ると気力を充実させる。

それに応えるように、二色の輝きはより一層に膨れ上がる。

 

「う、ぁ、ぁ……、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

だが、少女を中心として闇の嵐が吹き荒れる。負けはしないと叫ぶ少女に呼応するように、少女が展開した精神世界である結界の内もまた燃え上がる。

爆発的に広がるそれは桜色と金色の輝きすらも押し返そうという勢いだ。

ふたつの力の鬩ぎ合いに、なのはとフェイトの展開した魔法陣が耐え切れずに崩壊、そのまま空間殲滅魔法もまた瓦解、吹き飛ばされる。

 

「そんなっ、あの状態から持ち直した!?」

 

余波に吹き飛ばされないように空中で踏ん張りながら、なのはとフェイトは起こった事に驚き目を見開く。

単純な魔力の開放だけで全てを吹き飛ばしてしまった少女の規格外っぷりに、改めて脅威を抱く。

だが、今の攻防により、これまで絶対の防御を誇っていた少女の防御結界の機能も停止していた。格段に防御力は下がっている。

 

「はぁ、はぁ……」

 

ただ、同時にブラストカラミティに全力を注いだために、なのはもフェイトも残存魔力は心許ない。そのつもりはないのに肩で息をしてしまう。

少女もまた自分も相当な魔力を消耗したが、ふたりもまたそれと同等か以上に消耗している。

状況はお互いにギリギリ。両方とも後一押しで相手を打倒できる。勝利と敗北はまさに紙一重で一瞬の油断が命取りになる。

 

「……ふふっ」

 

そんな状況にあって、少女の口元には笑みが浮かんでいた。危機感以上に楽しさを覚えたのは不謹慎か?

そんな事は無い。誰も相手が憎くて戦っていたわけではない。本気をぶつけ合っていただけだ。

故に、この痛みもまた心地良いものであるかのように笑みを浮かべ、そして最後に勝つからこそ楽しいのだとテンションが突き抜けるように高くなる。

 

その姿になのはとフェイトは一瞬虚を突かれるが、少女の気持ちは十分に理解が出来た。故に、ふたりもまた笑みを浮かべる。勝つのは自分達であると示すように。

 

後はもう、言葉は必要ない。全力を出し尽くすのみ。

 

桜色の奔流が突き抜ける。

金色の閃光が駆け巡る。

闇の翼が変幻自在に形を変える。

 

各々の持てる全てを此処に出そうと、戦いが繰り広げられる。

戦況は一進一退。余力は無いが、小細工を弄する気など誰にもない。ただ勝利という一念の身を胸に抱いて魔導を振るう。

燃える世界の中で、三人は死力を尽くし合う。

 

そんな中で、なのはとフェイトが肩を並べる立ち位置についた。それは狙ってやった物ではなく、戦いの流れの中で偶然に辿り着いた場所だった。

だが、まるでこうなる事を始めから知っていたかのように、ふたりの足元に魔法陣が同時にセットされる。

 

円環状の魔法陣が取り巻く砲撃形態となったデバイスを構えるなのは。

指し示す先に砲門となる魔法陣を展開するフェイト。

 

格好はズタボロで、だが勝つ気に満ちた瞳で少女の事を見るふたりの中で魔力が膨れ上がる!

 

「ディバインバスターッ!」

「サンダースマッシャーッ!」

 

 

繰り出す砲撃魔法が二条の閃光となって少女へ襲い掛かる。防御結界を失った少女の身ではあの流れを切り裂いて突撃など出来ない。

絶体絶命の危機にあって、少女はまだ終わらないと迫り来るそれを睨みつける。

 

「セイバーッ!!」

 

少女には魔力チャージの時間などまるでなかったはず。だというのに迸る闇の炎のような閃光が二条の閃光を前にして拮抗する。

そして互いの魔力が反応しあう事でこれまでの戦いの中でも最大規模大爆発を引き起こす。

魔力がそこを尽きそうななのはとフェイトは吹き荒れる砲撃の余波に踏みとどまりきれず、思わず空中でたたらを踏む。

 

「やぁぁぁッ!!」

 

そんなふたりの前に少女が躍り出る。

少女の方もまた内情は似たような物ではあったが、歯を食いしばってなおも残る爆発の余韻の中を最短距離を突き進んでいたのだった。

もう逃しはしないと左右に拡げられた異形の腕が、ふたりへと襲い掛かる。もう防御も回避も間に合わない。

なのはとフェイトはなすすべも無い事態に、悪手と分かっていても思わず目を強く瞑ってしまう。

 

「……?」

 

だが、いくら待っても来ると思っていた衝撃は来ない。

どうしたのだろうかと、おそるおそる目を開ける。

 

「ああ、もうちょっとだったのに……。残念です」

 

そこには、自分達のすぐ眼前まで迫ってきたところでぴたりと動きを止めていた異形の腕が、ぼろぼろと形を崩していく光景だった。

予想外の光景に驚きを顕わにするふたりに対し、少女は気の抜けたような笑みを浮かべていた。

 

「満足のいく楽しい時間をありがとうございました。これで私も闇の欠片達も穏やかに眠りにつくことができます」

 

最後の一滴まで魔力を使い果たした少女には、自身の体を維持するだけの力も残っていなかった。

末端である指先から消えていく。正直に言えば自信の勝利で終わりたかった。だが、あくまで少女は穏やかな顔をしていた。

 

 

「……そっか。わたし達で役に立てたなら嬉しいよ」

「君も、すごく強かったよ」

 

消えゆく少女の姿に寂寥感を覚えるが、自分達に引き止める事は出来ない。

故になのはとフェイトは、ならば自分も笑って見送ろうと、言葉を贈る。

 

やるべき事を全てやり遂げ、その上、こんなにも優しい人たちに看取られる自分は幸せ者だと、少女の心の内は満ちていた。

もう、体の半分以上が消えている。そんな中、朝日が昇ってくる。世界が闇から暁へと変わっていく。

闇でも光でも無い。空が鮮やかな紫に染まる景色に、少女は未来に想いを馳せる。

 

この地には優しい人達がいる。マテリアルのみんなも居る。だから、本当の自分はきっと救われるだろうと。

 

最後に少女は、何を言うでも無く穏やかに瞳を閉じ、眠るように消えていった。

 

……これが、後に闇の欠片事件と呼ばれる事件の顚末。

消えた少女の想いは未来に託された。それが、闇の深遠で眠るひとりの少女を救う事になるのは、また別の話。

ただ今は、一夜を駆け抜けた少女が居た事を、此処に記す。

 

 

 

 

 

 END

 

 

 




イメージBGMはもちろん『Silent Bible(アレンジ)』→『ROMAMCERS’NEO(アレンジ)』です。
二作目のラストバトルのあの流れは本当にカッコイイ。好き。

ちなみに、この話が???編としているのは、主役の子はユーリでも砕け得ぬ闇でもないから闇の欠片だからです。
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