魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド= 作:のぶな
日中はこの世の全てを照らし出さんと天に輝いていた太陽も、その役目を終えて地平の彼方へ沈みゆく。
代わりに空に浮かぶのは、淡く柔らかな光を以って静々と眠りにつこうという者達を照らし出す月の明かり。
夜は人という種の領域外。多くの人達は自らの住まう家へと帰りつき、今日この日を終えて、また新たな日が昇るまでの時を安らかに過ごす刻。
……だが、今日はその例外。
街の至る所では色とりどりのイルミネーションで鮮やかに彩られ、夜の暗がりを照らし出している。
普段ならこの時間帯ならまばらであるはずの道にも多くの人達にあふれ、その誰もが幸せそうに笑みを浮かべている。
今日は教会が言うところの、遥か昔に存在したと言われる聖者の降誕祭。この世界の中でもとりわけ多くの信者のある宗教が掲げる聖なる日。
教会では彼の人が生まれたとされるこの日を祝うべく、また、そうでない人もこの聖夜という特別な響きに共感して雰囲気を盛り上げていく。
結果、夜という闇の不可侵であるはずの時間であっても、逆に多くの光の装飾を散りばめられる事によって幻想的な景観を作り出しているのだった。
「うわぁ……っ」
そんな、何時もと同じ場所のはずなのに全く違う装いとなっている光景に、寒くないように白いコートを羽織って隣を歩く少女はその髪と同じ金色の瞳を輝かせている。
今日は折角だからとちょっと奮発して外食での夕食を済ませた帰りの途。何処も彼処も興味が惹かれると先程から忙しなく視線が行き交わせる彼女の歩みにあわせて歩く。
俺は別に信者というわけではないし、これまではこの行事にも特に関心は持っていなかったが、こうして彼女の喜んでいる姿を見られたのだから連れ出して良かったと思う。
もっとも、その姿は田舎から出て来たばかりのおのぼりさんといった風体であるため、俺としてはつい苦笑が漏れてしまうわけなんだが。
「あ……」
特に急ぐでも無くこの時の流れを味わうようにゆっくりとした足取りで歩いていたわけだが、ふと彼女の歩みが止まり、その視線が一点で止まっていた。
さて何を見つけたのかとその視線を追ってみれば、そこにはひとりの青年が小さなイスに座っているというもの。
もっと言えば、目の前に広げられた敷物の上には様々なアクセサリらしい物が並べられている。どうやらこの降誕祭に便乗して商売をしている露店の一つのようだった。
「折角だ。ちょっと見ていくか?」
「あっ、いえ、そういうつもりだったわけじゃなくて、その、えっと……」
特に急いで帰る必要もないのだからと提案をしてみたのだが、何やら彼女の方は焦ったように声を上げるも、すぐに尻すぼみに小さくなる。
まあ、おそらくは自分が何を言うまでもなく見ていた物を悟られたと気付いて、それだけ熱心に視線を送っていた事を見られて気恥かしさを覚えたとか、そんなところだろうか?
「何、こういうのも悪くはないだろ」
「あ……」
とはいえ、どうせ彼女が興味を持っていて、俺も既にあの露店を冷やかす事に乗り気なのだ。
結論は出ているようなものなのだからと、戸惑いからか伏し目がちにしながら立ち止まっている彼女の手を取って歩きだす。
いきなり手を引かれて困惑の声が上がるが、特に嫌がる素振りも無い。あっという間に露店の前まで来ていた。
「へー。結構良さそうなのがあるな」
連れて来た俺と、連れてこられた彼女。
どうせ遠慮するなと言ったところで遠慮する事が目に見えているのだからと、彼女も気兼ねしないよう、まずは俺が興味を持ったからと示すようにと露店の商品を見て取ってみる。
ここでは主に銀細工を取り扱っているらしく、シンプルな十字架のネックレスや、宝石のイミテーションをあしらったブレスレットや指輪などが陳列されている。
そのどれもが手作りらしく、既製品のように規格化されたものではなくひとつとして同じ物はない。
だが、雑さなども一切ない。それどころか細部にわたって丁寧に仕上げが施されている。
装飾も本物の宝石ではなくガラス玉や安上がりで手に入る石を使っているらしいが、その分値段もリーズナブルなのも嬉しいところであり、ラインナップも充実している。
店主らしい青年は細工は流々、仕上げを御覧じろと特に何を勧める事もしていないわけだが、素人目に見てもなるほどとその自信に頷ける出来だと思う。
「綺麗、です……」
俺が露店と思って甘く見ていたと評価を大幅に上方修正していると、彼女の方も何時の間にかその場にしゃがみこんで細工のひとつひとつに目を奪われていた。
それは小難しい品評からではなく、もっと単純に素直な感動からの行為だったのだろうと、柔らかく笑みを浮かべるその横顔を見ていて感じる。
やはり女の子はこういった装飾品が好きなんだなと思うと同時に、その純真さには敵わないなと先ほどとは違う意味で苦笑が漏れてしまう。
「気に入ったのがあったならプレゼントするぞ」
どれだけ気に入ったのかは知らないが、放っておいたら何時までも眺めて居そうな彼女に対し、ごく自然にそんな提案が口をついて出ていた。
今夜は聖なる夜らしいのだ。男性が女性に贈り物をしても何ら不思議はない。というより、あってしかるべきところだと今更ながらに思い至ったのだった。
故に、これは丁度いい機会だからと訊ねてみたわけなんだが……。
「……えぇっ!?」
特に不意をついたつもりはなかったのだが、俺の提案に彼女は顔を跳ねあげるようにして驚いて見せる。
普段の物静かな態度とは違って随分と大仰なその反応に、思わず鼻白みそうになってしまうほどだ。
「そんなに驚くほどじゃないだろ。ま、急かしはしないからゆっくり選べばいい」
「でも、そんな……、悪いです」
「聞く耳もたん。お前が選ばないかぎり、俺もテコでも此処を動かないからな」
「えぇっ!?」
最初の頃に比べれば鳴りは潜んでいるが、相変わらず人の厚意に甘えるのが下手な彼女は、俺の申し入れを断ろうとするも、その申し入れ自体を俺が断る。
贈り物は贈られる側もそうだが、相手に喜んでもらえれば贈る側も嬉しいという物なのだ。
そもそもとして、聖なる夜に女性に対してプレゼントだなんて、こんな男の甲斐性の見せどころを逃しては名折れという物だ。
半ば強引ではあるが、こうした方が話は早いと俺の主張を言うだけ言って後は彼女の反応を見守る。
「あぅ~、え、えぇと……」
どうやら俺の意思は固いと感じとったらしい。彼女は戸惑いの声を上げるも、俺に諦めて貰うべく説得の言葉は出てこない。
それでも観念をし切れると言うわけでもないらしく、視線を泳がせてどうすればこの場を切り抜けられるか考えている様子だった。
だが、その姿は詰めが甘いと言わざるを得ない。泳ぐ視線の中で、一瞬だが露店の品の中のひとつを見つめていた事に俺が気付かないとでも思ったか?
「よし、じゃあコレでいいのか?」
「えっ、ど、どうしてそれを……!?」
俺が指差したのは、赤く透き通るような色合いのガラス玉を台座に戴いたシンプルな指輪。彼女の反応からするに、どうやらやはりこれが本命だったらしい。
それを確認したところで、財布の中から値札ぴったりの金額を取り出して店主へと渡し、これで購入完了と代わりに指輪を受け取る。
「さて、こうして既に買ってしまったわけなんだが……どうする?」
これで正式に購入品。あとはお前が受け取るだけだと、指輪を手の平に乗せて彼女に差し出す。
押し付けるのは簡単だが、ちゃんと彼女にも了承の上で受け取って欲しいという意思表示のつもりだ。
まあ、多少以上に今更感もある気がするが、その辺りは気にはすまいて。
「……強引、ですよ。私、まだ何も言っていないのに」
「引っ込み思案なお前に対してだったら、このくらいで丁度いいんだよ」
彼女は不満げに頬を膨らませるような素振りを見せるも、憤りも拒絶の想いもまるで現れる事はなかった。
むしろそれ以上に、トントン勝手に話を進める俺に対して困った人だというような笑みが浮かんでいた。
その、やんちゃをする小さな子供を見守るような笑みに、逆に俺の方が気恥かしくなって、ついぶっきらぼうな言葉が口をついて出てしまう。
「受け取って、貰えるかな?」
だが、彼女にプレゼントをしたいというこの想いは間違いないし、撤回する気もない。
改めて、はっきりと言葉にしてこの聖なる夜における贈り物を彼女に届ける。
「……はい、よろこんで」
そして彼女も、それを受け入れてくれた。彼女はそっと手を伸ばして、大切な物を取り扱うように指輪を俺の手の平から自分の手の内へと収めていた。
特別は何もない。ただの物品のやりとりであるはずなのに、妙な緊張を覚えていたが、指輪を受け取った彼女とふと目が合って、その緊張も一瞬にして解けた。
後に残ったのは気恥かしさと、そしてそれ以上の喜びだった。
「なんだか、照れくさいです」
感じていた事は同じだったのか、彼女もまたはにかむような笑みを浮かべていたが、それでも悪い気分ではないとその表情は雄弁に物語っていた。
だから俺も嬉しくて、自然と顔がゆるんでしまう事が抑えられないし、抑えようという気も湧いて来ない。ただ心のままに、笑顔が浮かんでくるだけだ。
「あの、早速つけてみてもいいですか?」
彼女は言うが早いか、指輪を手に取ると、指へとはめる。
目測ではあるが、おそらく彼女の指にはまるサイズだろうと思っていたが、まるで最初からそのようにあつらえていたかのように彼女の指に収まっていた。
シンプルなデザインのそれは自己主張は少ないが、彼女の白い肌に赤い色合いがちょっとしたアクセントとなってとても似合っているように感じた。
「ありがとう、ございます。一生大切にします」
「一生とは随分大きく出たな」
「そんな事は無いです。これはそれだけの価値があると、私は思うんです」
そう言って、上機嫌に足取りも軽く、まるで舞うように歩き始める彼女。
ついていく俺としては気に入って貰えたのは何よりだが、これだけ喜んでもらえるというのであれば、もっとちゃんとした物を最初から用意していれば良かったとも思う。
物の価値はお金で計れるものではないとは分かっているつもりだし、こんな考えはあの指輪を作ったのであろう青年にも悪い事だとは分かっている。
それでも、ああいうおもちゃのような指輪じゃなくて、もっと特別な物を贈れば良かったという後悔の念が湧き上がる。
「ほら、こうしていると、この夜空に真紅の星がひとつ増えて居るように見えますよ」
そんな俺の心中をよそに、彼女は不意に足を止めると自身の指にあるそれを夜空に掲げるようにしながら眺めていた。
指輪に収まっている小さな赤いガラス玉は、周囲のイルミネーションの明かりを受けてキラキラとした輝きを放っているようだった。
俺の視点からは分からないが、確かに彼女のように下から見上げていればそんな風にも見えるのだろう。
だが俺は、見果てぬ天に手を伸ばす、彼女の姿そのものに見惚れていた。
「この星が見守ってくれているのなら、きっと私が迷っても導いてくれる。弱い私でも、強くなれる。……そんな気がするんです」
そう謳うように言葉を紡いでいた彼女は掲げていた手を胸の前に持ってくると、指輪を抱くように手で包み込むようにして、そっと瞳を閉じる。
まるで、大切な物を、そこにある温もりをしっかりと確かめるように。
その姿は厳かな雰囲気を身に纏いながらも、静かで柔らかい優しさに溢れているようで。
今この瞬間、周囲の煌めきの全ては彼女の背景に過ぎず、まるで、完成された一枚の絵画のように幻想的で綺麗なものに見えた。
「だから、これは約束の証なんです」
だが、現実に彼女はここに居る。絵画などという一瞬の中に留めておけるものではない。
彼女はふわりと白いコートの端を揺らして身を翻すと、呆けるように彼女の事を見つめていた俺と真正面から向かい合う。
そして閉じていた瞳を開けて、真っ直ぐに言葉を紡ぐ。
「私、ユーリ・エーべルヴァインは、この指輪に誓います。──あなたがくれたこれからも続く未来を、精いっぱい生きていこうと思います」
そう言った彼女は晴れやかで、眩しいまでの笑顔を湛えているのだった。
ここにきてようやく『ユーリ』という名前が解禁です。
OP曲の『Silent Bible』は普通にリインフォースの事を歌ったものだと思うけど、自分の中では完全にユーリの物になっている不思議。