魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド= 作:のぶな
『理』を司るマテリアルであるシュテルと、『力』を司るマテリアルであるレヴィのおかげで、ひとまずは窮地を脱する事が出来た。
だが、U-Dはあくまでこの場から離脱しただけであり、問題は何一つとして解決はしていない。
二人がかりの決死の特攻でなお無傷であったU-Dは、人のサイズで在りながらもその力は闇の書を闇の書たらしめていたかの防衛プログラムに匹敵、あるいはそれ以上。
おそらくは、まともに戦おうとすればこちら側の被るであろう被害は甚大であり、それでなお、倒せる保障など何処にもない。
それでも、希望はまだ残っていた。それは、シュテルの残した言葉。
『王』を司るマテリアルである“闇統べる王”(ロード・ディアーチェ)ならばなんとか出来るというもの。
そもそもとしてシュテルとレヴィがU-Dを撤退させられたのは、不完全ながらも組み上げたU-Dに対する制御プログラムを打ち込んだ事に由来する。
だが、U-Dが起動してからのこの僅かな時間では、いかにマテリアルの中で『理』を司るシュテルでもゼロからプログラムを組み上げるなど不可能に近い。
つまり、シュテルが組み上げた制御プログラムには何かしら雛形となった物があるはずなのだ。それさえあればU-Dに対する切り札を手にする事が出来るはず。
そしてそのデータを持っているはずなのが、三基のマテリアルの中でも中枢を担う『王』を司るディアーチェに他ならない。これがシュテルの言葉に秘められた意味。
これらは半ば憶測だが、シュテルの最後の言葉を信じない理由はディアーチェには存在しえない。
臣下が出来ると言ったのだ。ならばその上に立つ王が成し遂げるのは当然の事。故にディアーチェは確信を以ってシュテルとレヴィより託された想いに応えるのみ。
……ただ、不思議なのはディアーチェの心の中にはU-Dに対する怒りも憎しみも無かったという事だ。
何だかんだといいつつも、ディアーチェは臣下たるシュテルとレヴィの事を大切にしていた。それを害されたのだから、憎悪の感情を抱いたとしても不思議ではない。
だというのに、実際にディアーチェの心に在るのはU-Dを手中に収め、消えた二人を復活させて自分達全員が誰ひとりとして欠けずにいるという光景。
その輪の中に当然のようにあの金色の髪をした幼い少女の姿あり、あんなに悲しくて辛そうではなく、自分に向けて微笑んでみせている。
何故そんな風に思っているのかは、ディアーチェ本人もまだ分からない。だが、その光景が自分の望んでいる物で在るというのであれば実現させるのみ。
そもそも、『王』の仕事は決定と決断だ。悩みやら疑問やらは『理』のシュテルの領分。上に立つ者として、部下の仕事を奪い取るわけにもいかない。
そうして疑問を棚上げにすると、ディアーチェは自身の魔導書『紫天の書』のデータベース、一番深くに向けてアクセスしようとする。
だが、いざ実行しようとした時、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、そして八神はやての三名も一緒にデータ閲覧をしたいと言い出してきたのだ。
なのはとフェイトはシュテル達にディアーチェの事を頼まれたのだからと。はやては自分は夜天の主なのだから、闇の書が関わる事なら自分も出来る事をやりたいと言って。
正直に言えばディアーチェは煩わしいとは思ったが、強い意志の籠る瞳は諦めさせるのも骨であり、そもそもとして時間的余裕がどれ程在るかは分からない。
折れたわけではないが、それでも好きにしろとだけ言うと三者共に嬉しそうにして、そんな姿に嘆息を漏らしつつも今度こそディアーチェ達は書の記録へとダイブする。
◇
マテリアル達も“砕け得ぬ闇”も、どちらも闇の書の奥深くに封じられていた存在。故にディアーチェの『紫天の書』もまた闇の書の辿った遍歴を記録していた。
そのため、書の記憶領域にダイブして最初に見たのは闇の書の守護騎士達、そして管制人格たる女性が戦いに明け暮れるばかりの日々だった。
様々な時代や場所を背景にして。だがやっている事は何時も同じ。魔導師や騎士を襲ってリンカーコアを蒐集し、書のページを埋めるために多くの負の感情を積み重ねる。
そしてある時は完成した闇の書の暴走によって。またある時は完成させる前に討ち滅ぼされて。
過程には幾らかの差異はあった。それでも闇の書は何時も最後には主となった人や周囲に在った物、そして自分達も含めた全てに破滅を齎していた。
凄惨とも言える光景が繰り返されるのは3人の少女にとっては衝撃で、話に聞いて分かった気になっていても現実はそれ以上であったと立ち竦んでしまっていた。
そんな3人に対してディアーチェは鼻を鳴らすようにして、この辺りの記憶は求めているものではない。もっと奥に行くとだけ告げて流れる光景を早回しにする。
高速で次々に流れていく記憶はなのは達には断片的にしか読み取れず、おかげで受ける衝撃も少なくなって幾許かの余裕が出来た。
それはディアーチェが3人の事を慮って、あまりこの記憶を見せないようにした結果なのかは、先導するように記憶の中を行く背中からはうかがい知ることは出来なかった。
……やがて徐々に過ぎていく記憶の情報量が減って行き、最も始まりに近い、記憶の一番奥深くの領域へと辿りついていた。
これは過去の記録。まるで幻のように形成された空間の中に4人の少女達は立ち止まる。
──戦争が激しくなってきた。騎士達の消耗が早い。
──騎士と呼べるレベルまで育成するのを待っては遅い。
──やはりここは“永遠結晶”(エクザミア)の実用化が急がれる。
誰かの会話ログらしきものが再生される。これにより、どうやら自分達は確かに書の保有する記憶の最初に辿りつけたのだと知る。
古い記録である故か、場所や人の顔などはあまり判別出来ない。それでも飛び飛びになりがちな記録を見ていく。
これは戦争によって減少する戦力を早急に増強するための研究。
古代ベルカの戦場の花は騎士であるが、カートリッジシステムを搭載するアームドデバイスの扱いは難しく、騎士の育成には時間がかかる。
また、騎士は接近戦に特化した魔法運用を用いるため一対一なら滅法強いが、集団戦、特に向こうが遠距離からの大火力で攻めてくる場合は対応が後手に回ってしまう。
戦闘は相手を視認したところから始まる。騎士の本領を発揮出来る距離まで近づくまでにかかってしまうリスクが、長く続く戦争において馬鹿にならない消耗となっていた。
それらを解決するために、この時の研究者達はひとつの解を示していた。
──この少女が被験者。リンカーコアは保有するも、あまり才覚はない。
──これを戦闘出来るレベルまで早急に引き上げる手法を確立できれば、戦力を担う数の確保出来る。
不意に流れゆく記憶の視点が変わり、現れた存在に対してなのはとフェイトが声を上げる。視線の先に居たのはU-Dと呼ばれた少女の姿。
だが、その姿に自分達が相対した時にあった存在感はない。会話もまた、この少女は取るに足らないか弱い存在だと示していた。
少女は黙したまま何も語らない。それは無感情ではない。悲しみと、それ以上の決意からこれからの事を受け入れようとしている。
だが、そんな少女の内心の事などどうでもいいというかのように、会話は淡々と進む。
──エクザミアはリンカーコアに由来せずに魔力を生み出す。
──魔法は研究用に蒐集蓄積してある『夜天の書』を流用、習得過程を省略する。
──戦闘技術の無さを補うべく、自動迎撃のための白兵戦プログラム『魄翼』を用意。
──エクザミアと白兵戦プログラムを被験者のリンカーコアに施し、書へと蒐集させる。
彼らの欲していたのは即戦力。そのために必要な物がシステムに組み込まれて行く。
冷静な第三の観点から見ると明らかな詰め込み過ぎに思えるが、続く戦争の中で疲弊していた彼らにはその事に気付ける余裕も無い。
当然のように膨大なデータ量に少女の身体では納めきれないのなら、いっそ魔力精製器官であるリンカーコアを書の方に移植してしまえという暴挙すら平然と行っていた。
──完成。エクザミアによる無限の魔力を根底に、永遠に戦い続けられるシステム。
──誰にも破壊されない力。“砕け得ぬ闇”(アンブレイカブル・ダーク)と命名。
そうして少女の手には一冊の魔導書が収まっていた。少女のリンカーコアは書の方に取り込まれており、むしろ少女の方が書のパーツとなっている状態。
これが後の『闇の書』の始まった瞬間であると、記憶を見ていた少女達は思った。
だが、この時点ではまだ少女の持っている書は闇の書と呼ばれておらず、また、自分達が求めた情報も示されていない。
まだ、終わっていない。そう思ったところで映像が切り替わる。
それは少女の戦いの、……いや、少女が戦場で翻弄され続ける記憶だった。
もとより殆ど戦闘訓練などした事もない少女が上手く立ち回れるはずも無く、碌に魔法を発動さる事もままならずに敵対者に接近される。
そして自身に組み込まれた白兵戦プログラムが自動で迎撃していく。それだけが研究者の想定した通り、技術も何もない少女の制御を通り越して凶爪を振るう。
エクザミア由来の膨大な魔力と直結しているそれは当人の意思とは無関係に周囲に破壊を齎す。
戦う意志を以って戦場に立ったのだから、敵を倒す事は少女も覚悟はしていた事だ。
だが、少女の意思の介入する余地もなく間近で敵が倒されて行くという状況は、覚悟していた光景とはまるで違う。
敵性因子と定められたなら、たとえそれが明らかに手にかける必要性もないはずの相手であっても、何の感情も交えずに凶爪は命を刈り取っていく。
自分の周囲は死と破壊が振り撒かれて行く。それを成しているのは自分。少女自身は誰も殺したくないと思っていても、自身の手は赤く染まっていく。
覚悟していたはずなのに、それ以上の事を自分がしてしまっている事に少女の心は悲鳴を上げる。擦り減っていく。
それでも少女は立っている。立っていられた。何故なら、その心を支える物があったから。
幾つもの戦場の記録の連続の中で、不意に牧歌的な光景に映像が切り替わる。戦争とはまるで無縁そうな、穏やかな風が流れている。
その中で少女はひとりでは無かった。相変わらず顔の判別が付きにくいが、少女の周囲には三人ほどの人影が在った。
「ふ、こうして皆が揃うのは久しい事だ。今日は無礼講、我に対する不敬も特に許そうぞではないか!」
「うんうんっ、やっぱり僕達の王様だねっ、話が早い!」
「ただ、私達が常日頃から王に対する態度を思えば無礼講と言われても今更だとは思いますが、そこは王の顔を立てて何も言わないで置きましょう」
「おい、思いっ切り言っておるではないか!?」
リーダー格であるらしい人物を中心に、他の二人もテンションに差はあれど楽しそうに話をし、少女もまた、そんな輪の中で控え目ながらも笑って時を過ごしている。
ここまで見て来た記憶とは打って変わって平和な記憶。ここに少女の守りたいものがあった。だから、少女は頑張れるのだろうと感じられた。
……やがて三人の内の二人が何か遊びなのか勉学なのかに励む中、王と呼ばれていた人物と少女は離れたところからその様子を眺めていた。
少女達の間には特に会話はなかったが、重苦しい沈黙ではない。ただ、こんな時間が何時までも続いて欲しいと噛みしめているような印象があった。
だが、この穏やかな時間は続かない。自分達はまたすぐ戦場に行ってしまう事を王は知っていた。
「……済まぬな。我が国が隷属を強いられるような小さな国でなければ、うぬにあのような辛き目に遭わせる事も無かった」
王はこの時の中にあっても少女の笑顔に陰りが在った事を悲しく思い、それを解消する事の出来ない、王と呼ばれる身であっても何も出来ない弱い自分を嘆いていた。
人の上に立つ者として、弱音は見せるべきではないと普段は気丈に振舞っていたはずなのに、少女の前でぽつりとその本音を漏らしていた。
少女が辛い想いをしているのも自分が弱いから。だから、少女には自分の事を責める権利があるとでも言うように。
「そんな事は無いです。王はとても凄い人だというのは私はもちろん、みなが知っている事です。
そんな王だから、少しでもそのお手伝いをしたいと思って被験者になる事を私は自分から了承したんです。だから、私の事で王が気に病む事は何もないんです」
「だが……!」
「弱くて何も出来ない私にはあの二人のように直接お手伝いは出来ないですけど、私がこうしている間は、私達の国は潰される事はないんです。
私にはこの程度の事しか出来ないですけど、王はもっと凄い事が出来る人だと信じています。だから、私の事なんて気にかけず、王には王の成すべき事をして欲しいんです」
明らかに疲弊はあるだろうに、それでも大丈夫だと言う少女は王に揺ぎ無い信頼を向けていた。
それが分かったからこそ、これ以上少女に対して言い募るべき言葉を王は用意する事は出来ないであった。
本当はこの心優しい少女には戦いの場などに出て欲しくないが、それを言う事は出来ない。だから代わりに決意を王は口にする。
「……ああそうだな。うぬも阿呆な面構えをしている割に相当な頑固者であったのだったな。まったくもって仕様も無いヤツよ。
仕方が無いから我も、早急にこの下らぬ戦いを終わらせてうぬが何時までもそうやってアホ面を晒していられるような世界を作ろうではないかっ」
「むぅ、阿呆な面構えなんて酷いですよ、王!」
「そうそれだ。我は先に無礼講だと言ったのだから、うぬも我の事を王などと呼ぶな。ちゃんと、その……、我の事は名前で呼べ」
少女は王の悪態に拗ねたように頬を膨らませて抗議するも、直後に王から唐突に指摘された事にきょとんとした驚きを浮かべていた。
だが、照れたかのように視線を逸らしている王にクスリと笑みを零す。
「……はい、ディ──」
と、再び映像が切り替わる。戦争はまだ終わっていない。それを証明するように、より戦いは苛烈さを極めてゆく。
その中で、少女は相変わらず与えられた能力を制御出来ず、殆どを白兵戦プログラム『魄翼』で敵を自動で殲滅するような形となっていた。
本来であれば夜天の書の魔法を使う想定であったが、エクザミアから齎される膨大な魔力由来の堅固な多重障壁と『魄翼』はそれで劣勢に対抗をある程度出来ていた。
研究者達が望んだ形ではないが、これはこれで有用な使い方であると、徐々に制御する事を放棄して少女を敵戦力の渦中に放り込むという運用がされるようになっていく。
この事に少女と親しい間柄にある王達は反対するが、発言力の足りないそれではどうする事も出来なかった。
せめて死地に単独で放り出される恐怖を少女に味あわせないように、なるべく随行するようにする事で精いっぱいだった。
だがそれも、元々単独で高い戦力を保有する王達3人を何時までも纏めてにいるのはもったいないと強国からの圧力により、一緒に居られなくなっていく。
そして少女の方も、味方からの流れ弾に『魄翼』が反応してしまった事を切っ掛けに、味方をも敵性存在と認知するようになってしまう。
結果、少女もまた誰も自分に近づけないようになり、誰も傍に居なくなっていく。
徐々に、だが破滅の足音はすぐそこまで迫って来ていた。
……そして破綻はあっけなく訪れた。
行軍の最中、少女とは別部隊に組み込まれていた少女と親しい間柄にあった3人が、敵部隊の奇襲に遭った。壊滅状態に陥り、部隊員の生存は絶望的という報が入った。
それは同時に、少女が守りたかったはずの物が崩れ去ったという事。
もうあの3人と笑い合う未来が訪れる事はないという事実を悟り、少女の心の澱に溜まっていた想いが一挙に溢れ出し、涙となって少女の頬を流れる。
嘆きの慟哭が少女の心に吹き荒れるが、戦場はそんな少女の事を慮る事など無い。敵の大隊が現れた事によって少女は戦場の最前線に何時ものようにひとり放り出される。
孤独に佇む少女は目の前に押し寄せる軍勢を前にして、どうしてこんな事になってしまったのだろうと考える。
自分は誰も殺したくない。そもそも、王達が居なくなったのだから少女には既に戦う理由も何もない。
だというのに敵は自分を殺そうと殺到し、敵性存在を確認した事によって自身の背後に展開される『魄翼』もエクザミアより魔力を汲み上げていく。
もはや戦いは止められない。そして少女は何時ものようにこの光景をただ見続けるのだろうと知る。
もう何も壊したくない。でも壊してしまう。一体どうすれば誰も何も壊さないで済むのかと考える中で、ふと少女に何かが囁きかけたようにひとつの考えが浮かび上がる。
「……そうだ。最初から全部壊れていれば、もうそれ以上壊れようはないんですね」
ぽつりと漏れたその内容に少女は不思議と腑に落ちる物を感じ、もはやこれ以上の案は他にないと妄信するように納得していた。
今の少女は正常な判断が出来ていない精神状態であり、少女には疑問を挟む余裕など無い。
少女の意思とシステムが今、噛み合う。噛み合ってしまった。少女が意識と無意識を動員して抑えようとしていた衝動が解き放たれる。
エクザミアからの制限無しの魔力が溢れ、血と闇色の魔力に防護服の色彩が染まる。少女の事を捕らえて離さないというように、その身を縛るような紋様が肌に浮かび上がる。
既に周囲を敵に囲まれ、味方からの援護も出来ないくらい戦場に孤立している様子はまさに四面楚歌。
膨大に過ぎる魔力は少女の体を蝕み、耐えられないと体が軋んで悲鳴を上げる。このままでは自滅するだろう未来が何となく確信出来た。
だが、少女は怖いとは思わなかった。エクザミアから齎される魔力から全能感が湧き上がり、どれほどの存在でも敵ではないと自然と思える。
そしてそれ以上に、少女にとって守るべきものは……既に無い。
「さあ、みんな、全部──」
──壊れてしまえ。
少女は初めて、自分から全てを壊すべく力を振るったのだった。
立ち向かってくる敵も、背を見せて逃げ出す敵も、たまたま近くに在った物も。全て平等に、見境なく『魄翼』より伸びる異形の巨腕が薙ぎ払い、握り潰し、圧し砕いてゆく。
壊したくないと言うのに壊してしまう。その現実から抜け出したくて、より一層の破壊を繰り返して苦しさばかりが募っていく堂々巡り。
壊して壊して壊しまくって。だが、少女の心は伽藍堂。気分の高揚も無く、破壊活動を楽しいとも思えず、ただ悲しみと嘆きばかりが折り重なる。
……そうしてどれくらい戦いとは名ばかりの虐殺をしてきたのかは分からない。既に少女には時間の感覚も希薄なものとなっていた。
そんな中で不意に少女の体が硬直する。敵からのダメージではない。内側から喰い破る勢いで猛る魔力に少女の体が限界を迎えようとしていたのだ。
戦闘の最中で苦しみ悶える少女のそれは、敵にとっては千載一遇の機会に映る。当然逃すわけはないと少女に対して砲火の構えを取られる。
少女に向けられる瞳に宿るのは、少女に対する憎悪と憤怒。そして畏怖。それらを払拭しようとするように周囲に居る者達の魔力が高まる。
色とりどりの魔力光が自分の事を殲滅せんと輝く光景を前にして、少女は抵抗しない。もしかしたら、これでようやく楽になれるのかと思って。
『魄翼』は相変わらず勝手に戦おうとしている様子をしり目に、少女は瞳を閉じて自分に齎されるだろう終焉の一撃を待──。
「■■■の事をいじめるのはどこのどいつだーッッ!!」
「え……?」
──とうとしたが、唐突に耳に届いた叫びにまどろむように緩慢となっていた思考が鮮明としたものとなる。
だが、理解が追い付かない。聞こえたその声が信じられない。まさかと期待と不安を抱きながら瞳を開く。
そして少女の瞳に映ったのは、奔る紅蓮とマリンブルーの光が敵を急襲し、少女に向けられた敵意の矛先を打ち砕いていくものだった。
その魔力の煌めきは少女にとって見なれた物。もう逢えないはずのその人が、自分は此処に居ると示すように陰る事無く燦然と輝かせる。
「済まぬ。遅くなってしまったな」
そして少女のすぐ傍にふわりとひとつの人影が舞い降りる。姿を見ずとも確信出来る。
尊大な態度ながらその奥に優しさを秘めるその人の声を、少女が聞き間違えるわけも無い。
嬉しさに、枯れたと思っていたのにまた涙が溢れてくる。すぐにでもその胸に飛び込んで温もりを感じたいと思う。
だが、少女は自分の元に駆けつけてくれた王の下へと駆けよる事が出来なかった。
王は平然と何時も通りの口ぶりで語りかけてくるが、少女が見たその姿は纏う衣服もズタボロで、頭から流す血に全身を赤で彩られているというような状態。
明らかに無事ではないというのに、まるで自分の事など気にかける必要はないというようなその態度に、少女は言いようの無い不安に駆られる。
……いや、少女も分かっている。生存は絶望的と言われた場所からの離脱。そして間を置く事も無く敵軍の真っただ中に孤立していた少女の下に駆けつけたのだ。
そこにどれほどの無理と無茶を押し通してきたのか。言葉にせずともその姿は何よりも雄弁に物語っていた。
見れば一緒に駆けつけてくれただろう2人も、最初こそいつも以上の動きを見せていたが、ほんの僅かに目を離している間に目に見えて動きに精彩さを欠いていた。
相も変わらずこの場には希望は無く、あるのはただの死地だけだった。
故に少女は問う。何故自分のところに来てしまったのだと。此処にさえ来なければまだ3人とも生きる目はあったはずなのにと。
それに対して王の答えは単純明快。ただ少女を独りにしたくなかった。それだけだと。
既に大勢は決していた。いくらこの場で少女が孤軍奮闘の働きを見せようとも、戦争という大局では自分達の敗北は覆らない事を悟っていた。
ならば最後ぐらいは大切な人を守りたいという想いを貫くだけ。それが王の、そしてその友たるふたりの臣下の選択だった。
少女と王がそんな会話をしていると、周囲に他者に侵入を阻む結界が展開される。
長くは持たないが、これでしばらく時間は稼げると、先ほどまで無理を押して戦っていた2人もまた王の傍らに立つように少女の前に居た。
そして続けられた言葉に、少女は今度こそ目を見開くように驚いて絶句する。
──夜天の書の力を使って自分達3人のリンカーコアを蒐集させる。
研究者達はエクザミアの制御をあえて放棄して、暴走させる事によって敵を殲滅するという運用法を取っていた。
だが、王達はそれに納得していなかった。故に研究データを盗み、エクザミアを制御するための機構を今までずっと模索していたのだった。
永遠結晶を中核に、取り巻くように組み込んだ三つの構成体(マテリアル)によって魔力を制御する無限連環機構の構想。それが王達が導き出した答え。
実はほぼ完成にこぎつけたのだが、少女にこの追加システムを示す前に今回の戦いが始まってしまったのだと王達は言う。
ただ、ほぼ完成とはいっても、それは完成したわけではない。まだシステムに不具合は残っている。
それを補うために自分達のリンカーコアを使う。そう言っていたのだ。
自分なんかのために此処までしようとする3人に、少女は自分が居なければこんな事にはならなかったと言うが、それを王達は一喝する。
これは自分で決めた事。それを蔑ろにされるのは侮辱以外の何物でもない。それに、自分達は命を投げ出すのではなく、少女に託すのだと。
そして少女の意見を無視して自分達の意見を押し通させてもらう事に謝りながら、3人は少女を取り囲むように立ってそれぞれ足元に魔法陣を展開させる。
既に3人ともダメージの大きさと消耗した魔力量から、自分はもう助からない事を悟っている。こうしているだけでも奇跡のようなもの。
ならばついでにもうひとつ奇跡を起こしてやろうと、王は自身のデバイスである『紫天の書』に記録させたデータを走らせる。
エクザミアに対する干渉プログラムを起動、その活動を一時的に停止させる。
次いで、外付けの追加プログラムとして、少女のリンカーコアに寄りそうように自分等のリンカーコアを打ち込む。
それに伴うように、三人の輪郭がぼやけるように薄くなる。体ごと書に取り込ま行くその姿に少女は止めてと手を伸ばすが、その手は何も掴めない。
3つの輝きは連なって円環を描く。打ち込んだデータも問題無く動きそうな事を確認し、最後に中心とリンクさせるばかり。
だが、運命は最悪なタイミングで動きだす。
あとは僅か一工程を残すのみとなったところで、王達が最後の力を振り絞って展開していた結界が破られ、続々と敵が四人の周囲を取り囲む。
四人が四人とも儀式に縛られて動く事が出来ない。此処まで来てあと少しなのにと焦燥を浮かべるが、それで敵が手を休めてくれるわけも無い。
周囲から今度こそ放たれた集中砲火に、王やその臣下である三人を直撃、かろうじて留めていた姿は容易く書き消され、さらにその奔る光は少女にも襲い掛かってくる。
儀式の影響でエクザミアは機能停止中で、障壁も『魄翼』も発動しない。そんな中で少女は咄嗟に夜天の書を抱きかかえるようにして体を丸める。
今、この書の中には三人の想いが籠っている。自分が消えるだけなら構わないが、このままではそれも無に帰されてしまう。
だから、そんな事をさせはしないと体を張って書を守ろうとする。
先に溢れていた魔力が余っているため、少女は障壁に頼らずとも防護服の防御力だけでも相当な物だったが、障壁による減衰も無く受ける攻撃から来る痛みに気が遠くなる。
それでも歯を食いしばって書のプログラムの一部を書き換える。
守るべきは自分のリンカーコアを取り囲むように並ぶ王達の意志。それを隠すように書の一番奥へと押し込む。
これで書がダメージを受けても、表層にあるこれまで蓄積された蒐集データは破損しても王達は守れるはずだが、これだけでは書が焼き尽くされたらお終いだ。
故にやらねばならないのは書の保全。元々書のデータに組み込まれている蒐集データの修繕するためのプログラムをエクザミアに直接繋げる。
これでどれ程のダメージを受けてもエクザミアからの魔力バックアップによって書は破壊をまぬがれるはず。後はこの場を離脱させるための転移システムにも連結させる。
此処までやって、書の一番奥に押し込めたその上に修繕と転移のプログラムで蓋をするような形になってしまったため、おそらくエクザミアはもう使えないだろうと思った。
だが、少女は制御する事も出来ず破壊するばかりだったこのシステムを好きじゃなかったのだからこれで良いとした。
むしろ、この破壊を振り撒くばかりの力は誰の手にも触れられるべきではないと、そこに繋がる書のシステムの全てを断ち切り、闇の奥深くへと沈めていた。
夜天の書もこれまで破壊に付き合わせてしまった。だけど今度からは守るためにその力を振るって欲しい。
……そんな思考を最後に、少女に記憶は途切れたのだった。
◇
その後、夜天の書は少女の想いに応えるように転移を発動させて戦いの場から離脱した。だが、主であった少女は帰ってくる事はなかった。
書だけ帰ってきて折角作ったシステムが無くなっていた事に研究者達は嘆いたが、彼らが着目したのは何故か強化されているデータの修繕機能と書の転移機能。
誰かが言った。これらを利用すればどれ程過酷な環境に放り込んでも何度でもこの書は再利用出来るのではないかと。
その考えの下に、やはり魔法は才ある者に託すべきとし、その補助のために修繕機能の管轄内にデータとして管制人格のユニゾンデバイスを組み込んだ。
これにより、たとえ書の主となった人物が戦場で果てても、書とデータである貴重なユニゾンデバイスを何度でも再利用出来るようになる。
そして次なる主となった人物が書を手にした傍らには、管制人格である銀髪の女性の姿が在るようになる。
更に戦力を増強のために守護騎士のデータも組み込まれる。これで夜天の書は本当の意味で完成であると周りは喜び持て囃した。
これが、永い闇の歴史の始まりだと、誰も思い至る事も無く……。
◇
「……我はあやつの事を守りたかった。だというのに、何故忘れておったのだろうな」
データへのダイブから帰還したなのは達は闇の書の歴史の始まりを目の当たりにしてそれぞれに想いを巡らせていた。
そんな中で、ディアーチェはポツリと自身の手の平を見つめるように呟き、そして口惜しいというように力強く握りしめる。
ディアーチェ自身は無限連環機構の構成体(マテリアル)であり、闇の書の蒐集データという“殻”を被る事によって人格と駆動体を手に入れた存在だ。
そのため、あの記憶の中に在った『王』と呼ばれた人物そのものではない。だが、自身のルーツを知って、何故自分達マテリアルが“砕け得ぬ闇”に執着するのかは分かった。
はっきりと記憶を受け継ぐ事はなかったが、自分達に込められた意志が理由を知らずとも存在意義を果たそうとしていたのだと納得した。
分かって、最後のシステムリンクが果たされないばかりにあの少女を長らく隣に在ったというのに孤独にしてしまっていた事が悔しかった。
故に、今度こそ誓う。今だ独りで苦しんでいるあの少女の事を守ってみせる、救い出してみせると。
それに追従するように、共に記憶を見て来たなのは達も名乗りを上げる。その事にディアーチェは煩わしいと言いつつも、何処となく嬉しそうに見えた。
では早速U-Dの事を探しに行こうと立ち上がる面々だったが、そこにクロノ・ハラオウンが待ったをかける。
自分達を行かせないように立ち塞がられてなのは達は何故と問うが、クロノは逆に、管理局員である自分達は何のために此処に来ていたのだと問いてきた。
元々管理局では、闇の書の闇たる防衛プログラムという巨大が物を破壊した後の余波被害を想定して普段以上の人員をこの地に配置していたのだ。
そしてクロノの視線の先に、闇の書の奥に封じられていた“砕け得ぬ闇”とマテリアルであるディアーチェの姿がある事に言わんとしている事を悟った。
嘱託魔導師であるなのは達も闇の書の闇の余波被害を抑える事に納得して自分達も協力していた。それでも、ディアーチェ達の手助けをしたいのだと告げる。
たとえクロノ達と敵対する事になっても譲りたくないと強い意志の籠った瞳を向けてくるなのは達だったが、クロノはそんななのは達に嘆息を漏らすと共に口を開く。
「闇の書の余波被害は最悪を想定して多くの人員を用意していたが、中枢ははやて達が撃破し、残りの闇の欠片達の掃討も余裕を以って終える事が出来た。
これにより、闇の書の余波被害は終わったと僕は見ている」
なのは達は自分達が思っていたモノとは違う内容に顔を見合わせる。それを少しおかしそう見て、だがすぐにクロノは表情を引き締めて続ける。
「U-Dも一応ロストロギア扱いになるだろうが、既に管理者が居るそれを、保護の協力はしても横取りなんて真似を僕達管理局しない。
人海戦術は組織の得意分野であり、利点だ。幸い、人員は余っている。システムU-Dの探索は僕達に任せて、君達はより確実にU-Dを保護出来るよう念入りに準備していてくれ」
U-Dには少数の精鋭をぶつける。ディアーチェも手段は見つけたようだが、ぶっつけ本番ではなくきちんと下準備をしてからにするべき。
全ては適材適所。この広い次元世界で人間大のU-Dを探すのは、人数のある管理局で請け負う。そうクロノは表明したのだった。
こうして最後に管理局のバックアップを得て、ディアーチェ達の対“砕け得ぬ闇”(アンブレイカブル・ダーク)の態勢は整った。
後は、あの少女の事を迎えに行くのみ。
エピローグ
病気の博士のために薬草を求めて、危険だからダメだと言われていたのに村の外に出てしまった妹と、それを追う姉。
姉妹は無事に出会い、ついでに薬草も手に入れた。気持ちは分かるが勝手をした妹への説教をしつつ、姉妹は家路についていった。
だがその途中、怪物に出くわしてしまう。絶体絶命の危機に姉は妹を庇うように強く抱きしめながら瞳を閉じた。
だが、自分には何も訪れず、代わりに聞こえたのは怪物の断末魔の叫び。何が起こったのかと恐る恐る目を開い先には、怪物を打倒した4人の少女達の姿。
この地に我らの国とすると高らかに宣言する少女とその仲間たち。
そしてその姿を茫然と見上げるふたりの姉妹。
この出会いが、“死蝕”に犯され、死にゆく荒野の世界『エルトリア』の滅びの運命を変える事になるとは、まだ誰も知らない。
◇
本当は次回最終戦と行きたかったのですが、ぶっちゃけ紛失しました。なのでこの通りエピローグを載せて終了となります。
正直、ネタも古いし需要はないのではと自分でも思ったけど、コレを載せたくなった想いは変えられなかったので決行しました。後悔はない。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。