魔法少女リリカルなのはPSP =マテリアルサイド=   作:のぶな

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後日談というよりは番外編だった。


後日談2

 

星光の殲滅者と呼ばれる彼女は、誰にも、何にも束縛される事はない。

闇の書の闇として再構築を果した彼女にとって、最大の目的は『闇と破壊の混沌を齎す』という事で、自身の思考と判断だけが彼女の行動理念。世のしがらみとは無縁に心の思うまま、感じるままに、彼女はこの世を謳歌する。

だが、だからといって彼女も常に戦場に身を置いているわけでもなく、さらに強くなるため、集めた魔導の調整や運用方法について模索しているわけではない。

 

 

世の中を自由に闊歩していれば、気にかかってくる事も多かれ少なかれ出てくる。最大の目的とは関係のなくとも、次点の目的として据えても不思議は何も無い。

闇の書の闇の『理』を司る彼女にとって、破壊行動は行動原理ではあるが、気にかかった事を探究する事は趣味のようなものであり、切り捨てるというつもりも無い。

 

そんな彼女には、ずっと気になっていた事があった。

 

それがどういうものであるか、という情報はある。だが、実際に体感した事はない。

伝聞で知っているからといって、実際に自分の予想したものと同一であるとは限らない。

はたしてそれが、本当に価値あるものなのかどうかを興味深いと思っていた。

 

そして今、その答えを得るためにとある場所を訪れていた。

見上げる先には、この建物の名前を表すためのひとつの看板。

 

目的のものはここにある事は知っている。

力ずくで強奪するのは容易いが、彼女は今回あえてその選択肢を取らない。

この場合、力ずくというのも無粋なものであると思ったからだ。

 

故に、世間の常識に則って多くの人と同じようにドアへと手を掛けると、押し開く。

からんと、ベルの鳴る音がドアを隔てた室内に響く。

 

彼女が立ち入った建物の看板には『喫茶翠屋』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

高町士郎は、以前は危険と隣り合わせな仕事をしていたが、現在は喫茶翠屋のマスターを務めている。

妻である桃子はパテェシエを務めており、彼女の作るシュークリームは絶品だという評判のために、喫茶翠屋は今日も繁盛していた。

 

とはいえ、一日中引っ切り無しに客が来るというわけもなく、昼の忙しい時間帯を過ぎれば割と落ち着いたもの。

今は丁度客も居らず、一息をついているといったところだった。

 

そんな中、ドアに備え付けられているベルが来客を知らせるべく音を鳴らす。

手も空いているため、すぐに対応しようと士郎は顔を向ける。

 

「……!?」

 

だが、士郎は即座に来客を歓迎する旨の言葉は発する事が出来なかった。

入ってきたその彼女を見て、平常心を保とうとするが、それでも僅かばかりに驚きに目を見開いていた。

 

栗色の髪の毛は腰元辺りまでの長さであり、黒のシックなワンピースを身に纏う彼女のその顔立ちは、自身の末娘であるなのはに良く似ていた。

なのははまだ子供といった年頃ではあるが、もし二十歳ぐらいまでに成長したなら、まさに目の前の彼女のようになるだろうと思うほど良く似通っていた。

 

だが、士郎が驚いたのは、彼女の姿に対してではない。彼女のその瞳だ。

あまり感情の見えない静かな表情ではあるが、その瞳の奥はとても暗い色が見て取れた。

 

それは殺気であり、殺意。

 

露骨に振りまいているというわけではないが、だからといって隠そうとしている様子もない。

ただ、常日頃から誰かを、この世全てを壊してしまいたいと考えているかのようだと士郎は感じた。

彼女は絶対に気を許してはいけない相手。それが、高町士郎が感じた彼女に対する第一印象だった。

 

士郎がそんな風に考えている内に店内に入ってきた彼女は、誰に案内されるわけもなく、極自然な素振りでカウンター席に着く。

歩く姿には体幹のブレも無い。それを見ただけでも彼女が只者ではない事は一目瞭然だった。

 

もしや、以前の『仕事』の関係者であり、自身の命を奪いに来た刺客なのかと士郎は考える。

だが、それにしてはあまりに堂々としている。

殺意を抱えているようではあるが、それが特定の誰かに向いているようにも感じられない。

 

「……いらっしゃいませ。ご注文がお決まりでしたら声を掛けてください」

 

ただ、彼女は『客』として振舞っている。

目的は分からないが、こちらから突然斬りかかるわけにも行かないと、探りを込めつつ、士郎も喫茶店のマスターとして応対する。

 

「では、シュークリームとコーヒーをひとつずつお願いします」

 

士郎は内心、彼女がどんな行動に出ても即座に対応出来る様に警戒していたが、彼女の方は何の気負いも無い様子で、静かな語り口で注文をする。

メニューも見ずに答えた辺りから、店に入る前からこの注文を決めていたようだった。

 

「承りました。しばらくお待ちください」

 

士郎はオーダーを受けて、カウンターの奥へと戻りながらも彼女の様子を窺う。

言葉遣いは丁寧で、落ち着いた物腰をしている。今も何か騒ぎ立てるような素振りも一切なく、瞳を閉じて席で大人しく待っている。

 

物静かな女性であり、こうして傍目に見る分には美麗な人であると思う。

だが、彼女の取り巻く冷たい雰囲気が冷淡な態度という印象を与えてくるため、どうにも近づき違い雰囲気だった。

 

なのはも大人になったらあんな風な美人になるんだろうなぁ、だが、なのははもっと明るくて優しい子なのだろうから、方向性の違う美人になるに違いない。

もっとも、自分にとって一番の女性は桃子だがな!

 

……などと、中々にずれた感想を抱いたりもしたが、それはおくびにも出さずにコーヒーを淹れると、オーダーにあったシュークリームを添えて再び彼女のもとを訪れる。

 

「シュークリームとコーヒーです。ご注文はこれでよろしかったですか?」

「はい」

「それでは、ごゆっくりおくつろぎください」

 

彼女の前にシュークリームとコーヒーを置くと、再びカウンターの奥に戻り、彼女の様子を窺う。

 

「……これが翠屋のシュークリームですか」

 

彼女はシュークリームを前にして、何処か感慨深げな様子でぽつりと漏らす。

その様子を見るに、どうやら彼女は本当に客としてこの店に訪れたのであると士郎は思った。

 

実際、彼女は高町なのはから継承した記憶の中に、『翠屋のシュークリームは逸品』というものがあり、それを確かめるべくここに来ていたのだ。

士郎の感じた事は、見事に正鵠を射ていた。

 

とはいえ、だからと言って彼女が気を許して良い相手というわけではない。

少しばかり緩んだ気持ちを再び引き締めて、士郎は何気ない様子を装いながら警戒を続ける。

 

「では、頂きましょう」

 

彼女はおもむろにシュークリームに手を伸ばすと、そのまま一口をかぶりつく。

 

「これは……」

 

そしてその表情が驚きに彩られる。

露骨に感情を表しているわけではないが、それでも先ほどまでの冷淡な表情と比べれば、十分以上に彼女の心境を表していた。

 

「滑らかな舌触りと甘すぎないクリーム。それによく合うシュー生地。

……なるほど、これは私の知識にある以上の美味しさ。見事としか言いようがありません」

 

彼女は知識ではこのシュークリームは美味しいとは分かっていたが、実際にこうして口にしてみると、想定以上に美味しいと感じていた。

まさに百聞は一見にしかずとはよく言ったものだと、シュークリームを絶賛する。

 

彼女は普段の食生活自体は別にサプリメントでも、なんならその辺りの魔法生物から魔力を収集するのでも構わないと思っていたが、こうして美味しいものを食べるのも良いものだと実感しながら、さらにシュークリームを頬張る。

 

「……む」

 

ただ、あまり大きいとは言えない彼女の口でシュークリームにかぶりつこうとしても、上手く食べられず、中のクリームがはみ出てしまう。

そのはみ出した分をこぼさないよう、再度食べようとするが、次は反対側からクリームがはみ出してしまう。

 

なら今度はと意気込むが、やはりクリームがはみ出てしまう。

それでも諦める事無く、彼女はシュークリーム相手に悪戦苦闘する。

 

「……中々やりますね」

 

本人は至って大真面目にシュークリームを食べようとしているのだが、どうにも上手く行かない。

戦場では相手を一方的に蹂躙しているというのに、この場においてはシュークリームひとつにいいように弄ばれている。

これは類を見ない強敵であると、なにやらシュークリームに対して敵愾心のようなものを抱きながらも、彼女は食べる事に集中する。

 

そんな彼女を見ていて、士郎が思ったのは、

 

(……はっきり言って、食べるのがとても下手だな)

 

というものだった。

 

シュークリームを相手に一生懸命になっている姿は、小さな子供のようであり、物静かな大人という印象とのギャップにより可愛い物に見えるから不思議だった。

というか、見ていて和む。

 

思わず警戒の心を忘れて、微笑ましいものを見るような眼差しで彼女の食べる姿を見守る士郎だった。

 

それでも何とかシュークリームを完食した彼女は、口の周りについてしまったクリームをふき取ると、優雅とも見える仕草でコーヒーを手に取る。

 

「ふむ、良い香りです」

 

無表情ながら、何処か満足そうにしながらコーヒーの香りを楽しむ。

そしてコーヒーを口に含み、その苦味を味わう。

シュークリームの甘さとコーヒーの苦さが相まって、さらに素晴らしい物になっていると彼女は感想を抱いていた。

 

ただ、その彼女の鼻の頭にクリームの拭き残しが残っているため、格好がついていないのだが。

 

もしあれが最先端のファッションだと言い張ったら、逆にそういうものであると納得してしまいそうなほどに、極自然に彼女の鼻の上に鎮座するクリーム。

それを、彼女は全く気付いていなかった。

 

というか、よく見れば口の周りの食べカスも拭い取れ切れていなかった。

 

(……これは、もしやツッコミ待ちなのだろうか?)

 

そんな考えが士郎に思い浮かぶ。

ただ、思ったは良いが、果たしてどんな風にアレを教えてあげれば良いものかと悩む。

 

何も難しい事は考えずに教えれば簡単だとは思うが、口の周りにクリームがついているなんて指摘をして女性に恥をかかせるのもどうかと思う。

だが、本人が全く気付いていないのだから、このままだったらあのまま店の外に行ってしまう。それこそ恥をかかせるようなものだ。

 

ここまで見ていて、彼女が敵ではなく客として訪れていたというのは一目瞭然ではあっても、彼女は危険人物であるという事は長年培ってきた剣士としての経験が告げている。

彼女と敵対するのは危険すぎるという警鐘が、士郎に二の足を踏ませる。

 

「翠屋謹製シュークリームのお味はいかがだったかしら?」

 

だが、そんな士郎の葛藤など欠片も知らず、彼女に話しかける人物が居た。

士郎の妻である桃子だ。

 

「はい、とても美味しかったです。まさに噂以上でした」

「ふふ、喜んでもらえてよかったわ」

 

桃子は、彼女の素直な感想に顔を綻ばせながら、カウンターを出て彼女の隣に移動する。

 

「ほら、クリームがついているからちょっと動かないでね?」

「むぐ……?」

 

桃子は彼女に対して指摘するのではなく、自身の手でナプキンを使い彼女の顔を拭う。

彼女はそんな桃子の行為に驚いた様子ではあったが、特に反抗もせずに身を任せている。

不用意としか言いようのない妻の行動に士郎は冷や汗が背筋に大量に流れる思いでそれを見守る。

 

「よし、綺麗になった。

ごめんなさいね。何だかあなたがうちの末娘に凄くそっくりだったから、つい手を出しちゃったわ」

「別にこの程度は構いません。ただ、私も顔を拭いたにも関わらず、未だに居残り続けていたクリームが思いのほか難敵だったというだけです」

 

彼女はぶしつけとも取れる桃子の行為に気を悪くした様子もなく、澄ました態度で答える。

そして何事もなかったかのように、再びゆっくりとコーヒーを味わう。

 

というか、彼女はあくまで自身の顔にクリームがついていたのは、自分が食べるのが下手だったからだという事を認める気はないらしい。

 

「……ふふ」

 

桃子はそんな彼女の隣の席に腰を下ろすと、その様子を眺めながら微笑を浮かべる。

別に相手を嘲笑うのでもなく、おかしな事があったのでもない。

ただ、この大人なようで、何処となく子供っぽい女性に対して、優しさと愛おしさを以って見守るような心持ちで桃子は居た。

 

「……」

 

彼女の方も、そんな桃子の事を特に気にしない。

元々、話しかけられれば答えるが、何も問われないというのであれば自分から特に話すべき事も無い。

ただ今は、この緩やかで穏やかな時間を満喫するだけで、それを害するものでないというのであれば手も口も出す必要はないというのが彼女の考え。

 

そんなふたりの様子を見ていた士郎は、ここで警戒心を解く。

彼女は純粋な客であり、自分達に害意がない事はあの様子を見ていれば良く分かる。

ここで、無闇に自分がとげとげしくしている方が無粋だと士郎は感じたからだ。

 

穏やかな時間を過ごしてもらえるというのは、喫茶店の経営者としては冥利に尽きるというものだ。

今の自分がするべき事は、喫茶店のマスターとして、来てもらった客にこの時間を楽しんでもらう事だけ。

 

「コーヒーのおかわりはいかがですか?」

 

それを果すべく、士郎は自分の仕事へと戻る。

最初のように探りを入れる思いはなく、ただ純粋に気遣いとして声をかける。

 

「……では、シュークリームももうひとつお願いします」

「かしこまりました」

 

彼女は少しばかり考える素振りを見せると、追加注文をする。

それに応える士郎もまた、桃子のように柔らかい笑みを浮かべている。

 

「……?」

 

急に警戒心が消えていた士郎の姿に、彼女は小首をかしげながらその背中を見送る。

彼女は、士郎が自分が何者かは知らずとも、自分の在り方について察するのもがあったというのは気付いていた。

故に警戒されるのは当然だと気にもしていなかったが、その警戒が何の前触れもなく消えたとあれば、それは気になるところだ。

 

「あら、どうかしたの?」

 

そんな風に不思議に思っていると、桃子が訊ねてくる。

 

「はい。私は彼に危険な存在だと認識されていたはずですが、警戒が解かれていました。

私は何もしていないと言うのに、何故警戒を解いたのかが分かりません」

 

彼女は自身の『悪』と呼ばれる在り方を肯定しているため、殺意を隠すつもりも無ければ弁明するつもりもない。

そんな、社会に適合しない自分を警戒する事を止めた理由が分からないと桃子の疑問に答える。

 

「そんなの簡単よ。お客様をお客様として扱うのは当然の事でしょ?」

 

桃子は、本当に分からないと首をかしげている彼女に対して、さらりと答えを提示する。

まあ、そういう桃子の態度は客に対するというよりも家族に対するモノだったりするのだが。

 

「……そういうものなのですか?」

「そういうものなのよ」

 

彼女はいまいち納得出来ていない様子で、なおも首をかしげている。

桃子はそんな彼女の事を可愛いなと思いながら微笑んでいた。

 

「お待たせしました。シュークリームとコーヒーです」

 

そうこうしている内に、士郎は追加注文を持って現れた。

そして、新たなシュークリームとコーヒーが目の前に並んだところで、彼女は疑問を即座に棚上げする。

 

「……では、今度こそ貴方を完膚なきまでに制圧してみせましょう」

 

彼女の中では、士郎への疑問よりも、難敵であるシュークリームをどう攻略するかの方が重要らしかった。

 

「頂きましょう」

 

そして、今度こそは綺麗に食べてみせるのだと、彼女とシュークリームの新たなる戦いが始まるのだった。

 

「……ほら、こっちにもクリームが付いているわよ?」

「む?」

 

……まあ、結果はまたも彼女の敗北だったようだが。

 

 

 

 

 

そんなやり取りを経てシュークリームを完食し、コーヒーも飲み終わった。

ここでのやるべき事は終えたと、彼女は席を立つ。

 

「たいへん美味しかったです。この味を作り出せるというだけで、私の中では貴女方は生きている事を認められると思います」

 

随分と大仰そう事を言いながら、彼女は御代を払う。

穿った聞き方をすれば、お菓子を作る以外に生きる意味は無いとも聞こえそうな内容だったが、ここにはそんな解釈をする人は居なかった。

 

「喜んでもらえて何よりだよ。何だったら、サービスするからケーキを幾つか持ち帰りでもするかい?」

 

士郎は最初の警戒など無かったかのように自然な、むしろそれ以上に親しい間柄であるかのような気安い態度で応える。

どうやら、士郎の中では彼女の事は『ケーキを食べる姿が微笑ましい女の子』で情報が固定されてしまったらしい。

 

「いえ、一度に味わってしまうのは勿体無いです。他のケーキについては後日の楽しみとしましょう」

「なら、あなたもうちの常連さんの仲間入りね」

 

結局、何だかんだと彼女の世話を焼いていた桃子は、彼女が帰るという事に残念そうにしながらも、それでも笑顔を浮かべていた。

 

「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわね。

私は高町桃子。ここでパティシエをしているわ。そしてこっちが──」

「高町士郎だ。それで、君の名前はなんていうんだい?」

 

お釣りを受け取る際に、ふたりは名乗りながら、彼女に名前を尋ねる。

問われた彼女は、何と名乗るべきかを僅かに悩む。

 

闇の書の闇。砕け得ぬ闇。『理』の構成体(マテリアル)。星光の殲滅者。

 

彼女を表す名前は幾つかあるが、そのどれもがこの場で名乗るには仰々しくあり、そぐわない気がした。

 

「……では『シュテル』と呼んでください」

 

その中で彼女が口を出したのは、最近では一番良く呼ばれる通称の頭文字を取っただけのもの。

彼女自身、闇の書の闇などと呼ばれるより、星光の殲滅者と呼ばれる方が気に入っている。そう考えると、こう呼ばれるのも悪くないと感じていた。

 

「シュテルさんか。なるほど。じゃあまた来るのを待っているよ、シュテルさん」

 

彼女の名乗り方からして、それは本名ではなく、偽名か何かであると言う事は、士郎も察していた。

だが、深く追求する事も無く彼女の名乗った名前で呼ぶ。

彼女が何者かは分からないが、その呼び名で通じるのであれば、それは間違いなく彼女の名前であるという事だ。

 

「シュテルさん。また来てね?」

 

桃子もまた、彼女をその名前で呼ぶ。親愛の情の籠もった声で。

 

「それでは……」

 

彼女の方は短く応えるだけで、踵を返すとあとは振り返ることも無く店を後にする。

士郎も桃子も冷淡な態度だとは思ったが、逆にそれが彼女らしいと気を悪くする事なく見送った。

 

ただ、実際のところ、彼女は普段の冷淡な態度として振舞っていたわけではなかった。

 

「……あれが『家族』というものですか」

 

そんな風に呟く彼女の頬には、僅かに朱が差していた。

なんとなく、士郎と桃子の自分に対する態度が気恥ずかしくて、顔を合わせていられなかったのだ。

直前までは平気だったが、『名前で呼ばれる』というのは効果的だったようだ。

 

「……ただ、こういう日も悪くは無いかもしれませんね」

 

穏やかな昼下がり。彼女の呟きは、誰に聞かれる事も無く虚空へと消えた。

 

 

 

 

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