科学の学園、ミレニアムサイエンススクール。新興でありながら古参のゲヘナ学園やトリニティ総合学園と並び立つ、三大学園の一つである。
最先端技術の代名詞といえるミレニアムは元々、「千年難題」という現在の技術では解明できない七つの難題を解こうとする研究者の集まりであり、その過程で研究機関が増えていった結果が、現在のミレニアムである。
そこに現れたのが、グレイバードという名のイレギュラーだ。彼はかなり進んだ宇宙文明の出身で、ミレニアムですら開発できていない技術を保有していた。そのため、彼の扱いはかなり丁重なものだった。
「室笠アカネと申します。会長の準備が整うまでの間、この私が身の回りの世話をさせていただきます」
C&Cによって保護されたグレイはミレニアムの生徒会長と会談に臨むことが決まったのだが、会長の方の準備が終わるまでは特別に用意された建物で待機することになっていた。
「すまんな、アカネよ」
目の前にいる物腰柔らかな印象のメガネメイドの名は室笠アカネ。03(ゼロスリー)のコールサインを持つ彼女は、爆発物を使って敵を掃除するのを得意とするエージェントだった。なお、メイドとしての技能もきちんと兼ね備えている。
「いえ、ご主人様に奉仕することはメイドの務めですので、お気になさらず」
やがて、持ち手が片側にあるスープ皿に入れられた紅茶とお茶菓子が差し出される。(異星人なので)口に合うかどうか分からないとのことだったが、せっかく出されたものなので口を付けることにした。
「ふむ……美味しいな」
グレイは嘴の先端を容器内に入れ、そのまま吸い上げるという鳩と同じ方法で紅茶を飲み、続けて菓子の方も食べる。長く生きてきた彼は様々な食物に口を付けてきたが、出された紅茶も菓子もかなり美味しいものだった。
「うふふ、お口に合ったようで何よりです」
グレイの感想を聞き、アカネは微笑む。彼女と談笑すること一時間、ついに会談の時が来た。
「あら、会長の準備ができたそうです。ご主人様、また奉仕できるときを楽しみにしておりますね」
「ありがとう、アカネよ。その時はまた美味しい茶を準備してくれると助かる」
「はい、お任せください」
そして、場所は生徒会長の執務室に移される。セミナーを含めた主要な委員会や部活が入っているミレニアムタワーに存在しており、ガラス張りの一面からは自治区の中心部を望むことができる。
案内してくれた褐色メイド……コールサイン02の角楯カリンに促されて執務室に入るグレイバード。幸いにも出入口が広かったので彼の巨体でも普通に入ることができた。
「はじめまして、グレイバードさん。私は調月リオ、ミレニアムサイエンススクールの生徒会長をしているわ」
グレイを出迎えたのは、黒いスーツに身を包んだ黒髪ロングヘアの女性、生徒会長の調月リオだ。未成年のはずなのに、彼女はまるで冷静な大人のような雰囲気を纏っていた。
「調月女史、こうして会談の機会を設けていただけて感謝に堪えない」
「かしこまる必要はないわ。早速、今後のことを話し合いましょう」
すぐさま会談に移ろうとするリオ。合理主義で冷静沈着な印象を抱かせる彼女だったが、グレイバードの経験豊富な観察眼には、どこか焦っているように見えた。
「あなたが送信してくれたデータには一通り目を通させてもらったわ。少なくともこれらを導入することができたら、ミレニアムの技術は数十年先を行くことになるでしょう。そこで、あなたに提案があるの……」
彼女の提案。それは、ミレニアムサイエンススクールがグレイバードを顧問として雇い、経験豊富な大人である彼の知識や彼の持っている鳥人族の技術を対価として得るというものだ。そして、彼にはとある地位が与えられることになっていた。
「グレイバードさん、あなたには教授という地位が与えられます。その地位により、あなたはミレニアムのあらゆる組織や生徒に対して協力を要請する権限を得ることができるわ」
「そのような権限を私に?」
「ええ。それほど、私はあなたの力を必要としているの。ミレニアムの、そしてキヴォトスの未来のために……」
「キヴォトスの未来……そなたはそこまで考えているのだな。分かった、このような老い耄れでよければ力を貸そう。未来を担う若人の一人よ」
「提案を承諾してくださり、感謝するわ。しかし、どうして我々に力を貸してくれるのかしら?」
リオとしては、グレイバードがすんなりと提案を承諾してくれるなんて思ってもいなかった。そもそも、技術の提供先であれば学園ではなく企業でもいいはずなのだから。
「鳥人族が昔からそうしてきたから……というのもあるが、すでに年老いた者として次世代の者達を支えたいと思っているからだ」
鳥人族は自分達の後に続く文明のため、その高度な技術の提供を行ってきた過去がある。彼はそれに倣い、見ず知らずの場所であるキヴォトスに技術提供を試みた。
そして、技術の提供先を選ぶにあたっての最初の二択は、学園と企業であった。連邦生徒会と各学園の自治区による統治が行われるキヴォトスであるが、オートマタや獣人といった大人が経営する企業も多く存在し、生徒達を搾取するようなものもいることが分かっていた。
グレイバードは思った。未来を担っていくのは大人ではなく若者であり、時代に取り残され、年老いたこの身を若者のために捧げたいと。そして、鳥人族の技術を扱うことができる学園として選ばれたのが、最先端の技術に長けたミレニアムであった。
「キヴォトスの若人の未来のため、この身を捧げることを、今ここに誓おう」
グレイバードは左手を胸に当て、リオに対して一礼する。まるで心臓を捧げているようであり、彼の覚悟が示されていた。
「グレイバードさん……いえ、グレイ教授。これから宜しく頼むわ」
「ええ、何なりとお任せください」
そして、二人は握手を交わす。キヴォトスに降り立ったもう一人の大人が、教授としてミレニアムに迎え入れられた瞬間である。
「ところで教授、あなたに預かってもらいたい生徒がいるのだけど……」
グレイが教授に就任して早々、リオはとあるミレニアムの生徒を預けるということを提案してきた。
「ふむ。それはどのような生徒なのだ?」
「彼女は黒崎コユキ。元セミナーの生徒で、数々の問題を起こして追放された問題児です」
「最初の仕事は子守りというわけか」
「いえ、彼女の更生が仕事よ」
仕事が彼女の更生であることは最初から分かっていた。その仕事を“子守り”と言ったのはグレイなりのユーモアであったのだが、リオには理解できていなかったようだ。
「それは分かっているよ。今のはあれだ、ユーモアというやつだ」
「それなら、最初からそういってほしいわ。少し時間が無駄になってしまったわ」
「たまにはユーモアというものも必要だよ。そなたには余裕がないように見える。行き詰まった時は誰かに相談するのだ、相談できる相手がいるうちにな……」
これは、未来のない滅びゆくだけの種族の中で生き残ってしまった先人としての助言。そう話すグレイバードの姿は哀愁漂うものであった。
「……覚えておくわ」
少し間を空けて、リオは一言だけ呟いた。グレイの助言がどれほどの影響を彼女に与えたのかは定かでない。だが、彼女の心を覆い尽くす鎧に多少なりとも亀裂を入れることはできたのかもしれない。
リオはこんな感じでいいんですかね?