※内容を一部訂正しました
『教授、少しお時間いいかしら?』
先生がラボから退出してから程なくして、グレイの元にリオから通信が入った。
「リオか。しばらく姿を見ていなかったが……」
グレイが最後にリオの姿を見たのはアビドスへ行くよりも前だ。帰還してセミナーへ報告した時も不在であり、報告書を提出しただけになっていた。
『それについては申し訳ないと思っているわ。今、教授に相談したい事項があるのだけれど、私の執務室に来てもらえないかしら?』
「あぁ、いつでも大丈夫だ。すぐに向かおう」
グレイはラボから飛び出し、ミレニアムタワーへと向かう。最上階にあるリオの執務室の前まで向かうと、そこにはヒマリも来ていた。
「あら、教授。リオに用があるのですか?」
「ヒマリか。先ほど、リオに呼び出されてな。どうやら相談したいことがあるようなのだ」
「教授もリオに呼ばれているのですね。教授も呼んでいるなんてリオからは聞いていませんでしたが……あわよくば教授に味方してもらうつもりなのでしょうね。本当にあの女は……」
ヒマリは悪態をつく。彼女とリオとの間には何らかの確執があるのだろう。実際、特異現象捜査部の部長に任命されたときも、仕方なくやっているような様子であった。
「まあ、良いではないか。あのリオが私に相談したいと言ってくれたのだ。大きな進歩だとは思わんかね?」
「そうですか……」
リオはあまり他人に頼ろうとせず、主に自分だけで物事を片付けようとする。グレイにしてみれば、リオがヒマリや自身を呼んだことが成長のように思えていた。
グレイはドアをノックすると、ヒマリと共に執務室へと入る。
「教授、ヒマリ、待っていたわ」
「リオよ、相談があるとは聞いていたが、どのような要件かね?」
グレイは入室して早々、自分を呼び出した要件についてリオに尋ねた。そして、彼女は告げる。
「天童アリス……いえ、AL-1Sに関することよ。教授も小耳に挟んでいるのではないかしら?」
リオはすでにアリスのことを把握していた。しかも、先生やゲーム開発部、自分自身しか知らないはずのAL-1Sという名称も知っており、アリスの件に深く関わっているようだ。
「アリスがゲーム開発部の新メンバーであることは聞いているが、彼女に何かあるのかね?」
「ええ。彼女が危険な古代兵器、AL-1Sである可能性があるの。私とヒマリはキヴォトスの滅亡を防ぐため、それを探していたわ」
「AL-1S……それは何者なのだね?」
「AL-1Sは〈無名の司祭〉と呼ばれる者達が崇拝するオーパーツにして、遥か昔の記録に存在する〈名も無き神々の王女〉よ」
「無名の司祭……」
また新しい単語が出てきた。デカグラマトンやカイザーが探しているオーパーツのこともそうだが、キヴォトスには思っていた以上に古代の遺物があるようだ。
「リオ、いきなり知らない単語を言われて教授が困っています。ここは、このミレニアムの誇る天才美少女である私が説明しましょう」
説明は半ば強制的にリオからヒマリへとバトンタッチする。彼女は〈無名の司祭〉なる存在について話してくれた。
「〈無名の司祭〉は古代のキヴォトスに君臨していた人々の末裔です。彼らは〈名もなき神〉という存在を崇拝していて、古代のキヴォトス人と敵対していたようです。そして、AL-1Sは……」
ヒマリによると、AL-1Sは〈無名の司祭〉が古代キヴォトス人を滅ぼすために開発した兵器なのだという。そして、彼らは今でも何らかの形で存在しており、キヴォトスを滅ぼすタイミングを虎視眈々と狙っている可能性もあるらしい。
「アリスがAL-1Sの可能性があるとのことだが、どうしてそのように思うのだね?」
「それは、先生とゲーム開発部が彼女を発見するように仕向けたのは私達だからよ」
「ちょっと、リオ。教授にその話をしてしまっていいのですか?」
「AL-1Sのことを話した以上、隠す必要はなくなったからよ。今後のためにも、隠し続けるのは合理的ではないわ」
彼女は連邦生徒会長によって、あの工場に封印されていた。先生が入室を許可されたのも、そのためだろう。
「AL-1Sの封印されている部屋には私達では入ることができなかったわ。だから、私達は先生を利用したの」
「ええ。たまたま同じ場所にG.Bibleのデータが入っていましたので、その座標をヴェリタスを通してゲーム開発部に伝えたのです」
AL-1Sの封印されている部屋と同じ座標に、ゲーム開発部が探しているものが存在していた。これが偶然とは思えない。連邦生徒会長がお膳立てしている可能性も否定できないだろう。
「アリスがAL-1Sであることはほぼ確定事項といってもいいわ」
「しかし、完全にそう言いきれるわけでもありません。そこで、私達はアリスの正体を確かめるために次の一手を打つことにしました」
「一体、どのようにするのかね?」
「ゲーム開発部にセミナーを襲撃させるのです」
「は?」
ヒマリの口から紡がれたのは、あろうことかゲーム開発部がセミナーを襲うという前代未聞の作戦だった。
「しかし、ゲーム開発部がセミナーを襲う理由が見えてこないのだが……」
「いいえ、あるわ。ゲーム開発部は今頃、再び向かった廃墟でG.Bibleを見つけているはずよ」
G.Bibleさえ手に入ればゲーム開発部の冒険は終わるはずである。しかし、脚本家は新たなシナリオを用意していた。
「G.Bibleのセキュリティは強度の高いものになっていて、中身を見るためにはとあるツールが必要になっているわ」
「Optimus Mirror System……通称〈鏡〉と呼ばれています。この天才美少女が開発したハッキングツールでして、現在はセミナーに没収されている状態です」
物語のキーアイテムとなる鏡を手に入れるため、ゲーム開発部がセミナーを襲撃する。それが今回のシナリオだった。
「概要は分かったが……生徒を意図的に戦わせるというのは、あまり感心できるものではないな……」
「ほら、リオ。言ったじゃないですか、この計画に教授を招き入れたところで味方をしてくれる確証はないと……本当にあなたは……」
ここぞとばかりにヒマリはリオを煽る。超天才美少女ハッカーである彼女も年相応の子供であった。
「だが、止めはしないさ。アリスの正体が気にならないといったら嘘になるからね」
「「教授?」」
「それに、ゲーム開発部には先生がついている。大人が片方にしかいないというのも不公平だろう。私は表に出るつもりはないが、君達の味方はさせてもらうよ」
グレイは先生のことを信頼している。先生が側にいればゲーム開発部の行く末も酷いものにはならない。そんな気がしていた。
そして、リオとヒマリの側にはミレニアムの大人としてグレイがいる。もしもアリスの扱いに関連してゲーム開発部やその他部活、シャーレとのトラブルがあれば、仲介役になるつもりだった。
「教授は私達の作戦を黙認する。と、いうことでいいのよね?」
「あぁ、そうだ。リオ、何か困ったことがあれば私に声をかけてほしい。おそらく、そなたは人に相談することは得意ではないだろうし、誤解されることもあるだろう。そんな時でも、私は君の味方だ」
「教授、なんだかリオに甘くないですか?私のようなスーパー病弱美少女こそ、保護する対象なのではありませんか?」
「そなたは、その……大丈夫そうなのでな」
「それはそうですが、私だって色々と心配されてみたい時もあるのですよ?さあ、あの女に言ったみたいに、私にも言ってみてください」
「ふっ……」
グレイとヒマリのやり取りを見ていたリオが、ふと笑う。合理主義者であり、あまり感情を出さない彼女にしては珍しいものだ。
「あ、リオ、今笑いましたね?あなたに笑われるなんて、屈辱的です!」
「はっはっは、リオも笑うようになったか。可愛い孫娘が成長してくれて、爺さんとしては嬉しいよ」
「べ、別に私は教授の孫娘ではないわ。と、とにかく、今後のことを話し合いましょう」
リオは平静を装って話を続ける。しかし、明らかに動揺しており、隠しきれていない様子だった。
二日後、リオとヒマリが仕組んだ通りにゲーム開発部と先生は動きだし、どういうわけかエンジニア部やヴェリタスと組んでミレニアムタワーへと襲撃を仕掛けてきた。
グレイが二人との会談を終え、帰路についた時に遡る。ラボへと戻る途中、彼は再び先生とゲーム開発部を見つけた。
「あっ、長老!」
グレイの存在に真っ先に気がついたアリスがこちらへと走ってくる。背中にあのレールガンを背負っているというのに、かなりの俊敏さである。
「やあ、アリス。今度の冒険はどうだったかね?」
「アリス、伝説の書物を見つけました!職人技の秘伝書らしいです!」
どうやら、G.Bibleを見つけられたらしい。これを解析し、鏡というシステムが必要となることを知るまでにはそう時間はかからないだろう。
「伝説の書物か。そうか、レアアイテムを見つけたのだね」
やがて、先生達も合流してくる。
「教授。無事にG.Bibleは見つけました。少し危ない場面もありましたが、アリスのおかげで切り抜けることができました」
「先生の耐久は私達より下です。アリスがいなかったらゲームオーバーでした」
「それも、永遠にね……」
先生にはパワードスーツやシッテムの箱があるが、それも無敵ではない。戦車やらゴリアテやらが出てくれば死ぬ可能性は十分にあるのだ。
実際、これらの大型無人兵器と遭遇しており、ピンチに陥ることもあったが、アリスのスーパーノヴァで全て吹き飛ばしていた。
「よーし、これからヴェリタスに行って本物のG.Bibleか確かめよう!」
モモイの号令で彼女達はヴェリタスの部室へと向かおうとする。グレイはその前にとある言葉をかけた。
「皆、一つだけ覚えていてほしいことがある。素晴らしいものを作り出すのに本当に必要なのは、最高のマニュアルではない。素晴らしいものを作りたいという熱意だ」
「「「熱意……」」」
「おお、長老のありがたいお言葉です!きっと、今後の展開の伏線になるに違いありません!」
本当にマニュアルだけで素晴らしいゲームを作れるのなら、今頃の世の中は神ゲーで溢れているはずである。グレイは危惧していた。マニュアルだけに頼っていれば、いずれは堕落してしまうのではないかと。
「皆、怪我だけには気を付けるのだ。それでは……」
先生とゲーム開発部を見送った後、グレイはラボへと歩き出す。しかし、突然立ち止まった。
『どうされました、グレイ?』
「MB……あの場にいたのは先生とゲーム開発部だけで間違いないな?」
『はい。その通りですが』
「私はあの時、違和感を感じていた。そうだ……彼ら以外にもう一人分の気配があった。そのような気がするのだ……」
存在しないはずの一人分の気配。グレイはそこに、不穏な空気を感じていた。
「嫌な予感がする。MB、アリスに加えてゲーム開発部も監視してほしい。そして、予定していたパワードスーツの強化……時期を早めるとしよう」
『承知しました、グレイ』
グレイがケイの存在を察知したのはやり過ぎだったかもしれない