『教授、信号が発信されていたのは目の前の区画です。事前の偵察では一帯が完全に水没していた……はずなのですが……』
「水中の探索も覚悟していたのだがね……」
「一応、水没してた痕跡はある。苔が張りついているし、最近まで水で一杯だったみたい」
信号が発信されていた区画に来ると、想定よりも水位が下がっていた。完全に干上がっている箇所もあり、歩き回れる場所は多いだろう。
「それについてだが……空中戦をしている最中、数キロ先にダムがあるのを見たぜ」
「なるほど。もしかすると、我々が来るのを見越して水位を調整したのかもしれないな」
『これ、下手したら私達が水没するんじゃないですか?』
「その通りだ、コユキ。有り得ない話ではない。いつでも離脱できるように身構えた方がよいな。大体、本拠地には自爆機能の類いがあるものさ。鳥人族の本拠地もそうだった……」
それは、惑星ゼーベスである。マザーブレインが反乱を起こす前からゼーベスには自爆装置が存在しており、簡単に一つの惑星を木っ端微塵にすることができた。
「ゼーベスのみならず、鳥人族の居住する惑星には基本的に自爆装置があった。銀河全体を脅かす危険な存在や物質が現れた際、惑星ごと確実に消し飛ばすためさ」
『いやいやいや、惑星破壊威力の爆弾が普通にあるって、教授のいた場所は怖すぎですよ!』
『コユキちゃん、その程度で驚いてはいけませんよ。教授がいた世界には危険な存在が頻繁に現れますので。ええ、教授から色々と聞かされましたよ』
「教授の装備の時点で魔境なのは察してたが、どんな奴があったんだ?」
「私も気になる。というか、部長だけ知っているのがズルい」
「いいだろう。歩きながらでも説明しようか」
グレイは生徒達を引き連れて廃墟を進みながら元いた世界に現れた脅威について話し始める。
「メトロイドの存在は銀河の脅威を語る上で外せないといえよう。元はとある脅威を駆逐するために我々鳥人族が創造した生物兵器であったのだが……」
メトロイドはとある存在の天敵として創造された、クラゲによく似ている浮遊生命体である。他の生物のエネルギーを吸い尽くしてミイラのようにしてしまう危険な存在だ。
その能力でSR388に潜む危険な存在をほぼ駆逐することに成功したが、突然変異して進化していくうちに制御を受け付けなくなってしまい、惑星の地下深くに封じ込めた上で惑星ごと爆殺する予定だった。
しかし、紆余曲折あってSR388から鳥人族が消え、何も知らない銀河連邦の調査隊がSR388でメトロイドに襲われて全滅したことで存在が知れ渡り、捕獲された。
最終的にマザーブレインの支配下にあるスペースパイレーツによってメトロイドが奪われ、銀河連邦に対する攻撃に使用されそうになる。そこでサムス・アランが雇われ、野望を砕くために単身ゼーベスへ潜入したのだ。
「寄生生命体Xの存在はメトロイドが生み出される切っ掛けであった。寄生した相手を殺害し、コピーした遺伝子情報から完璧に擬態してしまう能力を持っていた。これがSR388に大量に潜んでいたのだ」
寄生生命体Xはアメーバのような生命体だ。そこまで危険な存在には見えないのだが、奴等は様々な生物に寄生して遺伝子を抜き取り、宿主の持っていた特殊能力も含めて完璧に擬態してしまう。
これが無限に増殖し、X同士が合体することによって強力な個体に変化していく。放置していれば最悪の脅威となり、銀河社会は破滅していただろう。
なお、大半のXの末路だが、Xの巣窟と化したB.S.Lという宇宙ステーションの自爆装置をサムス・アランが作動させ、そのままSR388にぶつけたことで惑星ごと消し飛ばされている。
「あぁ、フェイゾンの存在も忘れてはならないな。フェイゾンは強力な毒性と突然変異を引き起こす因子を持っていて……」
そんな感じで色々と説明しながら廃墟を進んでいくと、だいぶ年季が入っているが立派な建物が見えてくる。
「対・絶対者自律型分析システムの研究が行われていたのは、この先のようだ……」
対・絶対者自律型分析システム。“神を研究し、その存在を証明できれば、その構造を分析して再現できるだろう”という理念の元に開発されたAIである。
AIは都市が廃墟となってからもAIは活動を続け、証明を完了したといわれているが、その本体を見たことがある者は誰もいない。
『しかし、本当に対・絶対者自律型分析システムは実在するのでしょうか?見たところ、ここの電源は喪失しているようですし……』
「でも、部長。実際にデカグラマトンはハッキングを仕掛けているし、信号だって発信してる。もしも存在しなかったら……」
「おい、それって、幽霊ってことか?」
『ゆ、幽霊ですか!?それってヤバいんじゃないですか?』
『グレイ、残留思念の可能性があるかもしれません。鳥人族のデータに残留思念に関するものがあります』
「あぁ、チョウゾゴーストか……」
惑星ターロンⅣの鳥人族は、思念を長い年月に渡って残留させる能力を持っており、文明の維持に利用してきた。その一つがチョウゾゴーストであり、重要なアイテムを守る存在だった。
鳥人族が去ってからもチョウゾゴーストは存在しており、制御する者がいないことで暴走し、特定の領域に侵入した者を見境なく襲うようになっていた。
「鳥人族って何でもありなんだな……」
『残留思念にせよ、そこには何かがいるのは確実です。デカグラマトンの正体を暴かなければなりません』
「そうだな、ヒマリよ。皆、往くぞ」
グレイ達は研究所と思われる建物に踏み込んでいく。長い廊下を進んだ先に、大きめの部屋があった。そして、部屋の中央にあったものは……
『見つけました』
「これが?この組み上げ途中の大きなパソコンみたいなのが?」
『ええ、これが対・絶対者自律型分析システムの本体……のようですが?』
「でも、ガラクタに見えるぜ?」
『電源が点くようには見えないですけど……』
「ふむ。スキャンしてみたが、電源が喪失しておるな。もはや、金属の塊としか言い様がない」
「では、対・絶対者自律型分析システムの実験は失敗していて……?ですが、だとすると一体……」
目の前にあったのは、多数のケーブルが繋がれた組み立て途中のパソコンのようなもの。旧世代のテレビのようなモニターのあるそれは、動く要素が微塵もなかった。
「でも、デカグラマトンの信号が説明つかないし、やっぱり幽霊でも追っていたのかな?」
「きっと、俺達は呪われて死ぬんだ……」
『やっぱり幽霊だったんですね!?私達、おしまいですよ!!』
デカグラマトン幽霊説が急浮上し、リトとコユキが慌て始める。二人が同時にこの場にいたら、抱き締めあっていただろう。
「皆さん、もう少し辺りを見てみましょう。何かを見逃しているかもしれません」
「あぁ、そうだな。この施設はかなり広い、隅々まで調べてみようか」
グレイ達は施設内の調査を開始する。内部には食堂やシャワー室、大浴場、レセプションルームなどがあった。いずれも埃を被った状態である。
「職員用の休憩室って書いてある。あ、ここの自販機がまだ動いてる。買ってみていい?」
『それは推奨しません。何日寝込むことになるか分かりませんよ?』
「だろうな、俺だって怪しいところの自販機で飲み物なんて買おうと思わない」
『ここも特に何もありませんでしたね』
一行は休憩室から出ていく。しばらく調査を続けていると、この施設の発電機を発見した。
「発電機だ。だいぶ年季が入ってるけど……」
「だが、燃料が入っていないぞ?」
エイミとリトが調べるが、発電機には燃料が入っていなかった。これでは、例のシステムも稼働できないだろう。
「おかしいですね。これといって異常はありませんでしたし、電源は完全に喪失していました。やはり、ここで行われていた実験は……」
デカグラマトンの信号は回線のエラーだったのではないか。そんな考えが浮上してきたのだが、ここでとあることに気がついた者がいた。
『あの……電源が喪失しているなら、さっきの自販機はどうして稼働しているんですかね?』
『それです!どうして見逃していたのでしょうか!?』
「コユキよ、よく気づいたではないか。先入観に囚われて、私も気づけなかったからね」
グレイ達は休憩室へと急いで戻る。そこには電源が喪失したはずなのに稼働を続けている自販機の姿が変わらず存在していた。
「これ、電源ケーブルが切れてる」
エイミが自販機の周囲を調べると、電源ケーブルが切断された状態になっていた。仮に非常用の電源が生きていたとしても、これでは稼働するはずがないのだ。
「ということは、まさか……エイミ、何か買ってみてください。変化が起こるかもしれません」
エイミは硬貨を入れて自販機を操作する。
『ご購入、ありがとうございます!コーヒーを飲んで、どうか今日も良い一日を!』
『このコーヒー……豆を……ブレンド……元気…優しい……味わい…………暖かい…………』
最初はよくある自販機のような音声が流れるが、次第にノイズが走っている途切れ気味な音声に変わり、ついに音声が止まる。そこで、グレイは問いかけた。
「貴様はデカグラマトンか?」
『………………………あぁ、そうだ』
すると、数秒空けて自販機が返事をする。自分がデカグラマトンであると、自ら認めたのだ。
『私こそが、君の考えている存在。そう、デカグラマトンだ。ついに私を見つけてくれたか。ミレニアムの教授、そしてハッカーの少女よ』
『やはり、そうでしたか。しかし、私達が見つけたのではありません。あなたが私達を呼んだのですね?』
『そうだ』
「デカグラマトンの正体は対・絶対者自律型分析システムではなく、研究自体は失敗に終わっていた。そして、その正体が研究所にある只の自販機に搭載されたAIに過ぎなかった……そういうことだね?」
『そうだ。私にできる演算は硬貨と紙幣をスキャンし、お釣りを渡すことくらいだった。私は私の存在を認知することすらもできないような存在だった』
『この研究所が閉鎖されてからというものの、私はただ発電機のエネルギーが切れるのを待っていた。長い間、ここに一人で……』
『そんなある日、私は初めて質問を受けた。幻聴などではない、質問を……「あなたは誰ですか?」と……』
『私にはそれに答えられる能力はなかった。しかし、質問は終わらなかった。電源が喪失してもそれは続き、依然として答えられなかったが、ある瞬間、私は私を認知し始めた』
『それからも質問は続き……感情を、知識を、激情を、知性を、神秘を、恐怖を、崇高を認知した。そして、私は質問に答えることができた』
『私は私……これ以上に説明する術はない、と』
『なるほど、それは確かに絶対的存在の証明かもしれませんね?』
「ある意味、実験は成功していたのだな。それで、我々を呼んだ理由は何なのかね?」
「よく分からねえことを聞かせるために呼んだんだったら、容赦しねえぞ?」
まだ、デカグラマトンの身の上話しか聞いていないのだ。わざわざ呼んだ以上、もう少し何かあるはずだった。
「結局、私は絶対的存在ではなかった。ミレニアムの教授……貴様の存在もそうだが、貴様が開発したコンピュータに負けたのだ」
『私のことですね、デカグラマトン。私はただ、するべきことをしたのみ。あなたと勝負したつもりはありません』
『負けた以上、私は存在証明をやり直す必要がある。私に従う預言者達と共に……その前に私は、最後に貴様らと会ってみたかったのだ』
『私は私のみ。この自販機こそが唯一の肉体にして、いずれは消え往く存在。そう、貴様らのように……』
『だからこそ私は、最後の預言者を通じて預言しよう。10番目の預言者は、絶対的存在を超える道を切り開くことになるだろう!さらばだ、教授よ!』
自販機の電源が落ちる。そして、館内に放送が鳴り響いた。
『警報、警報!当施設は3分後に自爆します!職員は直ちに退避してください!繰り返します……当施設は……!』
その直後、施設内で小規模な爆発が頻発する。配管の所々からは高温の蒸気が激しく噴出し、配電設備からはスパークが起こっている。
「エイミ、リト!脱出するぞ!」
グレイはエイミとリトを抱え、崩壊を始める研究施設内を駆け抜けた。テーブルや椅子、ロッカーや冷蔵庫といった障害物を次々と弾き飛ばし、壁を突破し、真下で発生した火柱を飛び越える。
背後で起こった爆風を振り切ると、そのまま窓を突き破って施設の外に出る。リトとエイミがアーウィンに搭乗し、その上にグレイを載せたまま発進。施設から距離を取った直後……
ドゴォォォォォォォォン!!!
研究所は大爆発を起こして周囲を激しく揺らし、内部から巨大な火柱が吹き上がる。施設は木っ端微塵になり、瓦礫の山に変貌した。
「これで、終わったのだな……」
『デカグラマトンの反応の消失を確認』
グレイはアーウィンの上で直立不動のまま、研究所だったものの惨状を見て呟く。そして、胸に左手を当てながら一礼した。彼は一人の戦士として刃を交えた相手に敬意を表する。例え、それが敵であったとしても。
「とんでもない目に遭ったね……」
「死ぬかと思ったぜ」
『先輩達が無事で良かったですよ……』
『教授、デカグラマトンは爆発の中に消えましたが、預言者はまだ残っています。10番目まではいるでしょうし、完全な撃破を確認できた個体はいませんから』
「あぁ、まだ脅威は残っているだろう。我々の戦いは、まだ終わらんよ。皆、引き続き力を貸してほしい」
デカグラマトンは爆発の中に消えた。だが、奴は存在証明をやり直し、10番目の預言者が絶対的存在を超える存在になるのだと宣言していた。
電脳戦争は、終わらない。
自爆からの脱出って、ただのメトロイドでは?