黒崎コユキは問題児である。
ミレニアムの生徒会、セミナーの一員であった彼女は違法行為を含めた様々な問題を起こし、セミナーから除名された上に反省部屋に押し込まれ、時折脱走してはC&Cとの鬼ごっこの末に再収容されている。
本来であれば犯罪を犯した生徒は矯正局という連邦生徒会の管轄にある施設に身柄を送られるのだが、コユキはセミナーの機密情報を知っていたために矯正局へ送られることはなかった。
要するにコユキは犯罪者ということになるのだが、そんな彼女がどうしてセミナーの一員になれたのか。それには、彼女の持つ特殊能力が関係していた。
それは、あらゆる暗号を直感的に解いてしまえるという能力である。その対象はコンピュータシステムだけに留まらず、物理的な暗号にまで及んでいる。立派な才能であるのだが、彼女にその自覚はない。
その能力を買われて彼女はセミナーに所属していたわけなのだが、倫理観の低さや自由気ままな性格から前述した通りに問題を起こし、クビにされて犯罪者としてセミナーの監視下に置かれている。
そんな彼女はある日、一人の大人に出会う。
「こんにちは、お嬢さん」
「え!? 誰ですか?」
グレイは頭をぶつけながらも開け放たれた反省部屋の扉を潜り抜け、その中にいたピンク髪のツインテールが特徴的な少女、コユキに話しかけた。
「私はグレイバード。本日より教授としてミレニアムで働くことになった者だ。君のことについて聞きたいことがあるのだが、構わないかい?」
「わ、私のことでいいんですか?」
「卑下する必要はない。私は君のことを知りたいのだ。まあ、その前に私のことから話すべきだろうな」
いきなり初対面の人物に対して心を開けというのも酷というものであろう。そこで、グレイは先に自分の情報を開示することにした。
「う、宇宙から来たんですか!? もしかして、数日前に見た流れ星の正体って……」
「もしかしなくても私…のスターシップだろうな」
既にお分かりだろうが、二日前に流れ星……ではなく流れ宇宙船を目撃していた少女はコユキである。今、彼女はそれに乗っていた者と対面しているのだ。
「にはは……宇宙人に会えるなんて、早速いいことがありましたね!」
「喜んでくれて何よりだよ。それで、君に色々と質問をさせてもらう。あぁ、固くなる必要はない。いつも通りにしてくれると助かるよ」
こうして、二人の対談が始まる。
「コユキよ、そなたは様々な問題を起こしたそうだが、何故そのようなことをしてしまったのかい?」
「うーん、仕事がつまらなかったからですかね? 私に回されるのも簡単な仕事ばかりでしたし」
「簡単な仕事?」
「そうですよ。暗号の解読をしたり、セミナーにハッキングを仕掛けてきた奴にお返ししてやったりと、簡単過ぎてつまらなかったです」
「ふむ。どうやら自己肯定感が低いらしいな。コユキよ、それを簡単と言える人はあまりいない。その仕事をできるのはそなただけなのだ」
ミレニアムにはヴェリタスというハッカー集団がいるが、5人のメンバーしかいない少数精鋭である。しかも非公式のサークルなのでセミナーとの関係は良いとは言えず、彼女達に匹敵する能力を持つコユキはセミナーにとって重要な戦力だった。
しかし、そのコユキは自己肯定感が低すぎた。暗号解読の才能に自覚がないことも仇となり、自分に回される仕事が自分にしかできないものであることを理解できず、破滅の道を進んでしまったのだ。
「私にしかできないことですか?」
「そうさ。そなたは自身の能力を誇っていい」
「でも、私は犯罪者ですし……能力を活かす機会は脱走するときしかないですよ」
「そなたはまだ若い。若さ故に過ちを犯すこともあるだろう。やり直せる機会は残されているはずさ」
グレイは過ちを犯したくらいで若者を簡単に見捨てたりしない。若い頭は柔軟であり、若ければ更生する猶予が多分に残されているのだから。
そして、コユキはミレニアムの1年生であるので猶予が多く残されている。リオからの依頼がなくとも、グレイは今後の世界を担ってくれるであろう才能の持ち主を埋もれたままにするつもりはなかった。
「そこで、提案がある。私の助手にならないか? 今後、私はキヴォトスを飛び回ることになるだろう。そなたには私に同行して様々な経験を積んでもらいたいのだ」
様々な物事を知ってもらうことを通して道徳や倫理観を教え、自身の能力について自覚させる。それがコユキを更生させる方針である。
「まあ、それで外に出られるなら……」
コユキはグレイバードの手をとった。これは、後に自分の人生に大きな影響を与える大人との出会いであるのだが、この時の彼女には思いもよらないものだった。
翌日、グレイが教授として就任したことがセミナーから発表された。ミレニアムどころかキヴォトス全体から注目される人となったグレイが最初にすることは、ミレニアムの主要な部活への挨拶回りだ。助手であるコユキと共にミレニアム全体を巡ったことで、その存在がかなり周知されることになった。
生徒会であるセミナーは勿論のこと、チョウゾテクノロジーの提供先であるエンジニア部や新素材開発部、生物工学部、先進医療部といったミレニアムの技術開発を担う部活の数々を巡っている。なお、訪問の対象はそれらだけに留まらず、どんな部活であってもセミナーからの正式な登録を受けたものには必ず顔を出していた。
そして、本日最後の訪問先である部室前にグレイとコユキの姿があった。
「うぅ、疲れた……」
「コユキ、連れ回してしまってすまないな」
「でも、色々な所に行けて楽しかったですよ。友達もできましたし!」
目を輝かせながらスマホを見せてくるコユキ。モモトークというチャットアプリが起動しており、その画面には友達を示すいくつかのアイコンが並んでいた。
「それなら良かった。さて、ここで最後だ。たしか、ゲーム開発部だったかな?」
「ゲーム開発部……なんか、面白そうですね!」
期待を胸にコユキが部室のドアをノックしようとした時、グレイは背後から近づく気配を感じる。
「あの、グレイバード教授ですよね!」
グレイ達が振り向くと、そこにはネコミミ型のヘッドフォンと猫みたいな尻尾を装着した金髪の少女がいた。ミレニアムの白い制服に桃色の衣類を組み合わせており、一目見て抱いた印象は“桃”である。色合い的にコユキと相性がよさそうだ。
「あぁ、そうだとも。こんにちは、お嬢さん」
「助手の黒崎コユキです!」
「私はゲーム開発部のシナリオライター、才羽モモイ!」
「君はゲーム開発部のメンバーなのか。丁度、君達の部室を訪問するところだった」
「まさか、私達みたいな弱小の所にも来てくれるなんて! ゲーム開発部にようこそ!」
モモイの後に続いて部室に入る二人。その中にはレトロなゲーム機から最新のゲーム機までもが揃っており、まるでゲームの博物館のようだった。そして、モモイに瓜二つの少女がゲームをしており……
「ミドリ! お客さんだよ!」
「お姉ちゃん、今はゲーム中なんだけど……って、お客さん?」
その少女は桃色のモモイと対照的に緑色の衣類を組み合わせた制服を着ている。ヘッドフォンと尻尾も同じだ。瓜二つであり、モモイをお姉ちゃんと呼んでいることから、双子の姉妹なのだろう。
「お邪魔しているよ。教授、と言えば分かるかい?」
「はい、朝のニュースで見ました。私は才羽ミドリ、ゲーム開発部でイラストレーターをやってます」
少女の名はミドリ。その名前の通りに緑色が特徴的な生徒であり、名は体を表すとはまさにこのことだ。
「そして、私達の部長は……」
才羽姉妹の視線が向けられた先にあったのは1つのロッカーだ。縦長の構造で、人が1人入れるだけのサイズである。
「えっと、もしかしてあの中に?」
「どうやら、訳ありのようだね」
「実は、ユズちゃんにはトラウマがあって……」
ミドリによると、部長の花岡ユズは人付き合いが苦手なタイプだったのだが、発表したゲームがクソゲーだと酷評されて炎上したことがトラウマとなり、上記の特徴が悪化して引きこもりになってしまったのだという。
そこに現れたのが、発表されたゲームに感激した才羽姉妹であり、ゲーム開発部の部室に押しかけてその一員となっている。ユズがプログラム、モモイがシナリオ、ミドリがイラストを担当しているのが現在の体制だ。
「ともかく、挨拶はしておかなければ」
グレイはロッカーに接近して姿勢を低くすると、その中にいるであろうユズに話しかける。
「こんにちは。認知しているかは知らないが、私は教授のグレイバードだ。あぁ、無理に返事はしなくてもいいし、出てくる必要はないよ」
最大限に優しい声を出すことを心がけるグレイ。それでもロッカーの中にいる気配は揺れており、ガチガチになっているのは間違いない。
「君は良い仲間を持ったな。大勢が認めてくれなくても、2人は君のことを理解して認めてくれている。少しでも理解者がいるというのは、いいことだよ……」
ガチャ……
その時だった。閉まっていたロッカーの扉が少し開き、赤髪でおでこが目立つ少女の顔が出てきたのは。
「ユズ!?」
「ユズちゃん!?」
才羽姉妹が驚くのは当然だった。本当ならユズは人見知りとトラウマによって初対面の相手の前に姿を現したりはしないのだから。
「こ、こんにちは……部長の花岡ユズです……」
「あぁ、よろしく。ゲーム開発部のことを、この爺さんに教えてくれまいか?」
「は、はい……」
ユズはゲーム開発部のことを話し始めた。
「新しいものばかりではなく、過去のものにも目を向けるというその姿勢、私は気に入ったよ」
ゲーム開発部の説明を聞いた後、グレイが最初に発したのはそのような言葉だ。
ユズ達が最も愛しているのは、最新のゲームではなく、ドット絵と独特な音によって出力されるようなレトロゲーム。最新技術が好まれるミレニアムにおいて、異端といえる在り方だった。
「だが、君達の状況は苦しそうだ」
ゲーム開発部は廃部寸前である。ミレニアムの部活はメンバーが4人以上か、何らかの結果を出すことによって存続を許され、セミナーから予算が支給される仕組みなのだが、彼女達はいずれにも該当していない。
一応、彼女達によれば「テイルズ・サガ・クロニクル」というゲームで結果を出しているらしいが、それは今年のクソゲーランキング1位を受賞するという不名誉な結果である。
部員集めの方は頑張っているが、最新技術を推し進めるミレニアムで、レトロゲームを愛する彼女達のもとに来る生徒は全くいない。レトロゲーム好きであることを馬鹿にされ、そのゲーム機をガラクタ呼ばわりされる始末だ。
「教授なら何とかできないの!?」
「ちょっと、お姉ちゃん……それは失礼だよ」
「申し訳ないが、これはセミナーが決めたことなのだ。私にはどうすることもできない……だが、応援はしているよ」
自分に出来ることは応援することだけだ。もしもの時は自身の傘下に入れてゲーム開発をさせてあげるつもりだが、そうならないことを祈るグレイであった。
「あ、あの……もし良かったら“テイルズ・サガ・クロニクル”をやっていきませんか?」
「ふむ。ゲーム機のサイズ的に私にはできなさそうだ。コユキ、代わりにやってみないか?」
あくまでも人間がプレイすることを想定して作られている本体とコントローラーであるため、グレイはコユキに任せることにした。
「いいんですか、教授!? よーし、やってみよー!」
こうして、「テイルズ・サガ・クロニクル」で遊び始めるコユキ。だが、忘れてはいけない。このゲームはクソゲーランキング1位であるということを。クソゲーの洗礼が、コユキに襲いかかる……
〈コスモ暦23X5年、戦乱の炎は銀河を二分した……〉
「おおっ、何か面白そうですね」
「うむ……」
銀河社会で使用されているコスモ暦と名前が被っているのに気が付いたが、偶然ということにしておく。
そして、チュートリアルに入る。画面に出力された指示に従ってコユキはBボタンを押すが……
ドカーーーーン!
「うわ!?」
〈GAME OVER〉
「ちょっと、何ですかこれは!」
「引っ掛かった! 本当はここでAボタンを押すのが正解なの!」
どんな暗号であっても解読するコユキの才能をもってしても、こればかりは対処不可能だった。
「酷いですね……教授、何とか言ってくださいよ!」
「よ、世の中には予想外のこともあるということだ……とはいいつつも、限度はあるがな……」
その後もゲームは2時間くらい続いた。
やっと剣を装備してモンスターと出くわしたかと思えば、何故かモンスターが銃を撃ってきて即死したり、登場人物の相関図が滅茶苦茶だったりしていて、やがてコユキは考えることを辞めた。
なお、クリア自体はした。
生物工学部と先進医療部はオリジナルの部活です。
オリキャラを出すかどうかは未定。