リオからの依頼
「それで、頼みというのは何かね?」
ある日、グレイはリオに呼び出され、彼女の執務室で密談していた。
「実は、とある生徒を預かってほしいの。問題児というわけではないのだけど、強いて言うならば私の被害者よ……」
「被害者?」
「ええ。私が無名の司祭に対抗するために密かに動いていたことは知っているでしょう?私は周囲が全て敵に回ることを想定し、信頼できる戦力として1人の生徒を育成していたわ」
これまで、リオは多くの人間に反発されてきた。合理主義を極めた結果、ミレニアムの利益のためなら個人の意思や感情を無視し、少数の犠牲を容認して強引に計画を進めてきたからだ。
彼女はビッグシスターという悪名で呼ばれ、嫌われている自覚もあった。それ故に彼女は秘密主義的な傾向が強くなり、裏切りを警戒した結果、セミナーのメンバーですら知らない計画を水面下で進めていた。
その1つが無名の司祭やAL-1Sへの対抗であり、アリスの破壊計画なのだが、アリスを破壊するとなると大勢の反発は免れないものだ。そこでリオは1人の生徒を密かに育成し、唯一の部下としたのだ。
「全てが敵になっても計画を遂行できる準備はできていたわ。でも、そこに信頼できる大人である貴方が現れた」
全てが敵になるかもしれないと思っていたところに現れた、信頼できる大人。その存在は彼女に変化をもたらした。
「教授、あなたのお陰で私は他人のことを考えてみようと思えるようになったわ。そして、彼女の青春を奪ってしまったことへの罪悪感も生まれてきたの」
「それで、その生徒を私に預けると?」
「ええ、私の元にいたとしても、彼女は幸せになれないわ。それに、気も休まらないはず……信頼できる教授だからこそ、お願いしたいの。どうか、お願いします……」
リオは深く頭を下げた。もしもヒマリがこれを見たら、あり得ない光景に車椅子から転げ落ちてしまうだろう。
「分かった。それでそなたが満足するのなら、私がその生徒を預かろう」
「ありがとう、教授」
「ところで、その生徒は何処に?」
「誰も知らない秘密の場所よ」
「ほう……それは、そなたが密かに建造している都市のことかね?」
「どうして……いえ、教授なら気付いていてもおかしくない……そうよ、私は様々な脅威に対抗するため、要塞都市を建造しているわ」
隠していた計画が露見していたことに一瞬だけ揺らぐが、それは予見できるものであったと思い直し、グレイに明かした。
「教授は……いつから?」
「MBが完成した後のことさ。その切っ掛け自体はコユキを預けられた頃に遡るがね……」
グレイはコユキが起こしたという横領事件について調べていたのだが、その裏で不透明な資金の動きがあることを突き止めた。
MBの完成後はその力を借りて調査を進め、リオがコユキの横領事件をスケープゴートにしてセミナーの資金を横領していたことが明らかとなる。最終的に行き着いたのは、彼女が密かに建造していた要塞都市だった。
「気付いていたのなら、どうして言わなかったのかしら?ヒマリがいる時にでも明かすことはできたはずよ?」
「信じているからさ。そなたは、ミレニアムやキヴォトスの未来を常に考えている。その資金を悪事には使わないだろうと思っただけのことさ」
「でも、横領をしたのは事実よ。横領は立派な犯罪行為……その自覚はあるわ」
「無論、それについてはセミナーの皆に対して謝ってもらうさ。私も知っていて無視したのだ……そなたと共に謝ろう。最大限の弁護もする」
リオだけを悪者にするつもりはない。彼女の行為は犯罪そのものだが、その目的は脅威に備えるため。元より味方が少ないリオのためにも、自分だけでも味方をすることにしたのだ。
「ユウカも分かってくれるはずさ。まあ、彼女の怖い説教を受けるのは確実だがね」
「ええ、そうね。でも、教授が味方をしてくれるだけで心強いわ……」
そして、2人は再び会う約束をする。今度はリオが建造しているという要塞都市へと案内してもらい、件の生徒と面会する予定であった。
数日後、グレイはミレニアム郊外の人気のない場所まで来ていた。目の前にあるのは、何本もの線路と無人貨物列車であり、要塞都市の建設に使う資材を運送する手段だった。
『教授、こっちよ』
「リオか」
リオの声が聞こえてきた方には白いドローンが浮遊している。それに導かれて1両の貨物列車の前まで移動し、空いている貨物のスペースに乗り込んだ。
グレイを乗せた無人列車が発進する。最初は鈍足だった鉄の塊は少しずつ加速していき、絶えずガタンゴトンと音を鳴らして進み続ける。
線路は地下トンネルへと繋がっていた。視界が完全に真っ暗になるが、やがて暗闇の奥に光が見えてくる。
光のゲートへと突入すると、そこには荒廃した地下鉄の駅が存在しており、駅のホームでリオが待っていた。
「待っていたわ、教授」
「ここには元々、都市があったようだね」
「ええ、この場所にはかつて都市があったわ。私はその廃墟を再活用して要塞都市を築いたの」
横領して得た資金があるとはいえ、ゼロから都市を築くには資材が足りない。そこでリオは都市の遺構を利用し、再活用して要塞都市の建造に着手していた。
「では、地上に案内するわ」
階段を登り、地上へと出る。そこに広がっていたのは、最新鋭の技術を惜しみなく投入した都市であり、その中央には巨大なタワーがそびえ立っていた。
タワーへと進む2人の両側には、リオが開発した陸戦ドローンが整列しており、VIPを出迎える儀仗兵のように見えた。彼らの役目は侵入者の排除ただ1つだろう。
「ようこそ、教授。要塞都市エリドゥへ」
「まさか、ここまでとは……これをたった1人で作り上げたのだね……リオ、そなたは凄いな」
「そうかしら……世界の終焉に備えるためならば、これくらいは当然よ」
「だが、そなたは1人で世界の終焉に立ち向かおうとしていたのだろう?誰も信じられず、心細いこともあっただろうに……」
「わ、私は自分の信じる道を進むだけよ。心細いだなんて、そんな、そんなことは……っ!?」
次の瞬間、グレイはリオの頭を優しく撫でる。彼女は弱みを見せたくなかったのかもしれないが、頭を撫でられるという初めてのことをされて、それは一瞬で崩れ去った。
「そうよ、私に味方はいなかった……誰も信じられなかった……心細かったけれど、私がやらないと世界は終わる……そう思って耐えてきたわ……」
「そうか……よく頑張ったな。もう、大丈夫だ……何故なら、私がいるからさ。泣きたいときは泣いていい……辛いときは辛いと言ってよいぞ」
「教授…………その、早速なのだけれど……胸を貸してくれるかしら……」
「構わんよ。リオ、おいで……」
グレイは立ち膝をついた状態でリオを招き入れる。彼女はグレイの胸に顔を埋めたまま、しばらくの間、嗚咽を漏らしていた。
リオは素晴らしい頭脳も才能も持ち合わせていたが、自分の内面を解放できる相手まではいなかった。彼女はようやく、その相手と出会うことができたのだ。
「先程は見苦しいところを見せたわね……どうか、今のは忘れてちょうだい……」
リオはグレイの顔を直視できないまま、彼をエリドゥの中央にあるタワーに案内する。その地下にある訓練施設で待っていたのは、メイド服を着用した金髪の生徒だった。
「トキ、お客様よ。自己紹介を」
「はい。ミレニアムサイエンススクール、C&C所属、コールサイン04。飛鳥馬トキです。以後、お見知りおきを」
「よろしく頼むぞ、トキ。C&Cにはメンバーにも把握されていない幻の5人目がいるという噂を聞いていたが、本当だったのだね」
C&Cの5人目の存在は噂程度で知っていたし、唯一その存在を知っていたアカネからも、それを仄めかすようなことを聞いていた。
「ところでリオ様、目の周りが赤くなっているようですが……もしかして……」
「こ、これは……そう、花粉症よ!目が痒くなって思わず擦ってしまっただけよ」
「そうですか、承知しました」
トキには気付かれていた。上司のことをよく見ているし、否定されればそれ以上は踏み込まずに引き下がる。良いメイドだ。
「トキ、あなたには暫くの間、教授の元で働いてもらうわ」
「教授の元で、ですか?」
「ええ。トキにはエージェントとして様々な経験を積んでもらいたいのだけど、私の元にいるだけでは何も変わらない。そこで、教授の元へ出向させることにしたわ」
リオはトキをグレイの元に預けるに当たって、出向という形をとることにした。それらしい理由を付けて、彼女を違和感なく自分から引き離すためだ。
「承知しました、リオ様。コールサイン04、飛鳥馬トキ、これより教授の指揮下に入ります」
「あぁ、責任を持って預かろう」
こうして、トキはグレイの助手となった。脅威に立ち向かう仲間として、存分にその力を振るってくれるだろう。
ここでトキを登場させました。原作では色々と不憫なのでここでは活躍させたいですね