『……AL-1Sに接続された利用可能なリソースを確保するため、全体検索を実行……』
『リソース領域の拡大……』
『リソース名、要塞都市〈エリドゥ〉の全体リソース__1万エクサバイトのデータを確認』
世界終焉への道は粛々と静かに、それでも着々と進んでいく。Keyからすれば、これは単なる作業であり使命の実行に過ぎないものだ。
『……現時刻をもって、プロトコルATRAHASIS稼働。コード名〈アトラ・ハシースの箱舟〉起動プロセスを開始します』
「……!! アトラ・ハシース……!?」
その単語を聞いたリオの両眼が見開かれる。彼女はそれが何を意味するのか知っており、起動させてはいけないものなのだろう。
『プロセスサポートのため
すると、エリドゥの各地にDivi:Sionの増援が大量に出現する。ネル達による損失を余裕で埋め戻し、倍以上に戦力を回復させられるだけの大軍だ。しかも、無尽蔵に沸いてきている。
「おい、マジかよ……増えやがった」
「ですが……先輩、ここで引き下がるわけには……」
実に絶望的な状況だ。あっという間に目の前が敵に埋め尽くされ、少しずつだが確実にタワーへと押し寄せている。
「エリドゥ各地で、
エリドゥで起こっている出来事を受け、リオはショックから唖然としてしまう。予想外の連続が彼女の思考を停止させる。
「私は………間違っていた?私の……私のせいで……」
リオはキヴォトスの終焉に備え、ミレニアムの全ての技術と力、エネルギー、資源をここエリドゥに集めてきた。しかし、それがキヴォトス終焉のために使われることになり、彼女の心はズタズタだった。
『箱舟製作に必要なリソース確保23%………』
その間にも無慈悲に終焉へのカウントは進む。瞬く間に50%を超えてしまい、リオは決断を迫られる。
「教授……このままエリドゥのリソースが全て奪われてしまったら、キヴォトスが終わってしまう……」
『……王女は鍵を手に入れ、箱舟は用意された。
無名の司祭の要請により、この地に新しい〈サンクトゥム〉を建立する。その到来で初めて、すべての神秘はアーカイブ化され__』
「命に変えてでもシステムは止めてみせるわ。だから教授……皆を連れて逃げてちょうだい。そうすれば、反撃する時間も……」
リオは自分一人の命を使ってアトラ・ハシースの箱舟を止めようとしていた。教授と先生という大人さえいれば、キヴォトス全体をまとめて反攻作戦を実施できるのだと信じて……
トロッコ問題では、大勢か一人のどちらを犠牲にするかが焦点となる。現在のリオは線路に一人で倒れている少数であり、自らの方にレールを切り替えることを選んだのだ。
『73%………』
「リオ……諦めるには早いぞ。他にもあるのだよ、システムを一時的に止める方法が……エリドゥに送られるエネルギーの供給を断つという方法がね」
『89%………』
「教授……でも、ミレニアムの電力供給を変更できるのはセミナーの幹部クラスだけで、しかも手動で止める必要があるわ……そんな人員なんて都合良く……」
『95%……』
「いるさ。こんなこともあろうかと、緊急事態に備えておいたのだ。言っただろう、私は君の味方だとね……」
「良かったですね、リオ。教授がいてくれて」
『リソース確保98%……』
「ユウカ、ノア……今だ!」
『分かりました、教授!』
『えいっ!』
次の瞬間、室内が……いや、要塞都市エリドゥ全体が暗転した。
『……リソース確保失敗。システムシャットダウン』
非常電源に切り替わり、再びディスプレイに光が灯る。エリドゥに供給されていたエネルギーが途絶えたことにより、システムは停止したようだ。そして、二人の生徒の立体映像が室内に投映される。
『会長……!教授からぜんぶ聞きましたよ!』
『まさか、こんな要塞を私達に内緒で作っていたなんて、ユウカちゃんご立腹でしたよ?』
「二人とも……どうして?」
「ユウカ先輩に、ノア先輩……?」
『会長、事情も事情なので現時点では追及はしません。全てを責任持って終わらせた後、謝罪でも何でも聞きますから!それと、説教もさせてもらいますので、逃げないでくださいね?』
『とのことです。ふふっ♪』
「ありがとう、二人とも……」
直後、通信が切られる。二人の生徒は会計のユウカと書記のノアだ。二人はつい先日になってグレイから全て聞かされており、困惑しながらも協力してくれたのだ。
『リソース確保プロセスエラー。緊急状況発生__Divi:Sion、プロトコル実行者を保護するためエリドゥ中央タワーへ集結………邪魔者?』
その間も、システムを妨害されたKeyは配下のDivi:Sionを全て中央タワーに集めることで打開を図る。しかし、彼らの進行は突如としてストップしてしまった。プログラムであるはずの彼女は、明らかに動揺している。
『そんなことはないはずです。多勢に無勢である上、戦力差は何倍にも開いています。論理エラー発生。確認のため、画面を表示します』
すると、そこに映し出されたのは……
キュラキュラキュラ……!!
ドドドドド!!!
ズガンッ!ズガンッ!
画面の一つには、4本腕の人型の上半身を載せた随分と前衛的なデザインの戦車が、車体で轢いたり搭載した火器を駆使したりしてDivi:Sionを蹴散らす映像が映る。
「……アヴァンギャルド君?私は何も動かしていないわ?一体、誰が……?」
「リオ、私です。不格好なデザインですが、戦力として使えそうなのでハッキングさせていただきました」
「ぶ、不格好……あれが……」
アヴァンギャルド君を動かしていたのは、ヒマリだった。グレイもドン引きするレベルの前衛的なデザインが特徴的な彼だが、ようやく日の目を浴びる時が来たようだ。
『イヤッホー!!地面に這いつくばって死にやがれ、ガラクタ野郎が!』
また別の映像では、空を自由自在に舞う高性能戦闘機〈アーウィン〉が対地攻撃を敢行している。緑色のレーザーの雨やスマートボムが降り注ぎ、Divi:Sionは為す術なく薙ぎ倒され、破壊されていく。
『アルファチーム、参戦するぞ!!』
『こちら、オデュッセイア海上保安部所属、セイレーン隊。これより、教授の要請に基づき敵性存在に対する空爆を開始する!』
さらに、アルファチームが戦線に加わり、グレイが要請していたオデュッセイア海上保安部の航空隊がDivi:Sionの軍勢を空爆してくれる。彼らがこの戦いに参戦できたのは、グレイがこれまでにしてきた行動の成果だろう。
「どうして、援軍が……」
「リオよ、多くの者と交流することは大切だ。その中には必ず、こちらが助けを求めれば助力してくれる者がいる。それを忘れないことさ」
「そういうことですよ、リオ。私もその一人です」
「教授……ヒマリ……」
それは、教授であるグレイが生徒であるリオに対して行う講義。問題を一人で抱え込まず、助けを求めることの重要性を説いたのだ。
「さて、問題はアリスですね。システムは止まりましたが、このままではアリスの人格は〈Key〉に置き換えられ、〈名も無き神々の王女〉として覚醒することになるでしょう」
「そ、それじゃあ……」
「アリスちゃんは、このまま……」
問題は何も解決していない。アリスとその中にいるAI〈Key〉は依然としてそのまま存在しているのだから。破壊兵器としての覚醒は時間の問題だった。
「ユズ、ミドリ、落ち着きなさい。それを防ぐ方法は存在している。ヒマリ、第2プランに移行しよう」
「そうですね、教授」
「待ってちょうだい、それはあまりにもリスクが高すぎるわ」
「第2プランって、具体的には?」
リオ、グレイ、ヒマリの三人は第2プランの存在を共有しているが、一人だけ知らない先生がプランの内容を聞いてきた。
「精神ダイブ装置による精神世界への侵入です。〈Key〉の起動によりデータベース深部に隔離されてしまったアリスを起こすのです。ええ、戻れなくなる危険は伴いますが、最善はこれしかないでしょう。問題は、誰が行くかですが……」
「その話、聞かせてもらったよ!」
誰がアリスの精神世界にダイブするのか。それを決めようとしたタイミングでエレベーターが最上階に到着し、誰かが飛び出てきた。それは……
「お、お姉ちゃん!?」
「モモイ……!」
「ただいま!帰ってきたよ!」
ミドリとユズの反応の通り、中央タワーに現れたのは病室で眠っていたはずのモモイだった。目を覚ました彼女はリトの駆るアーウィンに便乗し、エリドゥまで飛んできた。これもグレイの根回しによるものだ。
「アリスの精神世界には私が行くよ!私、みんなのお姉ちゃんだからね!」
彼女は頭に包帯を巻いている状態ながらも、精神世界へのダイブを志願してきた。彼女に続き、ユズとミドリ、先生も志願した。
「……やります。アリスちゃんを……連れ戻せるなら」
「私もやります!お姉ちゃんだけで行ったら大変なことになりそうだし、アリスちゃんを助けたいので」
「なら、私が引率するよ。私の生徒達だけでリスクの高いことはさせられないからね」
こうして、アリスの精神世界にはゲーム開発部と先生の4人で向かうことが決まる。
「先生よ、アリスのことを頼む。私はこれより出陣して敵を食い止める。私は私のできることをさせてもらうよ」
「お気をつけて、教授……」
グレイはそう言うと、パワードスーツを装着する。まだ敵戦力は大量に残っているため、アリスの精神世界へと向かう四人を守るために戦うのだ。
「行くぞ、エイミよ」
「うん、そうだね。行こうか」
グレイはエイミを抱え、中央タワーの最上階からフリーフォールする。着地の勢いで地面を砕き、中央タワーへと押し寄せるDivi:Sionの前に立ち塞がった。
「かかってくるがいい!この私が相手だ!」
〈プラズマビーム、オンライン〉
鳥人族最強の破壊兵器が、奴らに牙を剥く……