「お疲れ様です、教授」
「手伝ってもらってすまんな、ユウカ」
「いえ、書類には慣れてますので」
グレイは書類の処理をとある生徒に手伝ってもらっていた。ミレニアムサイエンススクールは他の学園と比べても書類の電子化が進んでいるのだが、書類が完全に無くなったわけではない。
手伝ってくれた生徒は早瀬ユウカ。ツーサイドアップにした菫色の髪が特徴的な彼女はセミナーの会計を務めていて、あまり表に姿を見せないリオに代わって各部活や他の学園との渉外も行うなど、ミレニアムの顔でもある。
ミレニアムの予算は会計である彼女によって主に管理され、自らの職務に対する責任感の強さから予算関連で各部活に対して強硬な態度を取ることがあり、一部からは“冷酷な算術使い”と呼ばれて恐れられている。
この酷い言われようにグレイは同情しており、できる限り彼女の味方をしてあげようと決意したほどだ。
「そういえば、ユウカ。そなたはシャーレの部員だと聞いているのだが……」
「ええ、そうですけど」
「シャーレの先生について教えてくれないか? 実は、彼のことが気になっていてね。どのような人物なのだ?」
連邦捜査部シャーレ。行方不明となった連邦生徒会長が創設し、彼女によって指名され外の世界から連れてこられた先生という不可解な人物を顧問とする部活だ。
シャーレは超法規的な権限を有しており、自治区の枠を超えて活動し、あらゆる学園の生徒の協力を仰ぐことができる。一部の規制や罰則を免れることもあり、不可解な人物をトップとする不可解な組織として有力校からは警戒されている。
グレイとしては警戒と期待が半々といったところだ。噂によれば“先生”は全ての生徒達のために活動しており、不良や犯罪者にすら手を差し伸べているらしく、同じく若者のために働く者として手を取り合うことも視野に入れていた。
「そうですね……先生はだらしない人です。私がいないと整理整頓できないし、すぐに浪費するし、書類は溜め込むし……食事の栄養は偏ってるし、挙げたらキリがありません!」
色々と思い出してプンプンするユウカ。だが、“私がいないと”などと言っているあたり、彼のことは嫌いでないのだろう。
「でも、いざというときは頼りになります。先生は生徒のためなら趣味も仕事も、自分のことを全て放り出して駆けつけていくんです。だから、だらしなくても多少は許せますし、逆に心配なくらいですよ」
先生のことを思い、ユウカは優しく微笑む。それを見て、グレイは先生という人物を信用してみようという考えに至った。
「そうか。頼りになる大人なのだな。ユウカよ、彼に連絡をとってくれないか? 是非、彼とは会ってみたいのだ」
「はい、任せてください!」
数日後。
「はじめまして、三澤ケイジ先生。私はミレニアムで教授をしているグレイバードという者だ。あなたのことはユウカから聞いているよ」
「どうも、連邦捜査部シャーレの顧問をしている三澤と申します」
ユウカの仲介でグレイと先生が会談する機会が設けられ、グレイは連邦捜査部シャーレのビルを訪れていた。目の前にいるメガネをかけた地球人種の男性がシャーレの先生であり、知的な印象を受けた。
握手を交わし、二人の大人による会談が始まる。
「そうかそうか、君はそのように思っているのだな。私も同意見だよ。若者は宝だ。我々には彼らに手を差し伸べ、後押しし、支える責務があるのだ」
「教授、あなたとはいい酒が飲めそうだ」
会談の最中に先生は語ってくれた。大人には子供達に対して責任をとる義務があるのだと。困っている子供がいれば迷わず無条件で助け、立ち直る手助けをする。それが彼の先生として、大人としてのスタンスだ。
「だが、聞くところによると君はかなり無理をしているようではないか。ユウカが心配していたぞ」
「ユウカが……心配をかけてしまったようだ。後で埋め合わせをしなくては……」
先生は多忙である。シャーレには毎日のようにキヴォトス各地から要請が寄せられ、それを先生が一人で対応している。
会長不在による連邦生徒会の機能不全もあり、本来ならば連邦生徒会が対処するような案件すらシャーレに流れてきている始末だ。ユウカ達シャーレの部員がローテーションで先生の支援に入っているものの、かなりギリギリだ。
これなのだから、先生が自分のことに疎かになってしまうのも分からなくない。グレイはこの惨状を見て、この若者を助けなければならないと感じた。
「先生よ、私からしてみれば君も助けるべき若者の一人だ。もしも困ったことがあれば、私に連絡してくれて構わない。君の力になろう」
「グレイ教授……いいんですか?」
「同志を助けるのに理由はいらないよ。あぁ、連絡先を交換しておこうか。これが私のアカウントだ」
互いのデバイスを出してモモトークを交換する。これで、ユウカを間に挟まなくとも連絡がとれる直通ルートが構築された。
「そういえば……最近、アビドス高等学校に向かったそうではないか」
「ええ、救援要請を受けましたので。少ない生徒達で辛うじて持ちこたえているような状況でした」
アビドス高等学校は砂漠地帯に自治区が隣接している学園だ。かつてはゲヘナやトリニティと並ぶ程のマンモス校で、かなりの力を持っていたというが、今はその面影も残されていない。武装集団によって校舎が襲撃を受けるほどだ。
アビドスが衰退した理由は、数十年前から頻発している砂嵐にある。それによって自治区が砂に埋もれていき、当時のアビドス生徒会が多額を投じて対策を講じるも状況は悪化の一途を辿るだけであり、多くの生徒が出ていってしまった。その影響で財政は苦しいものとなり、ついには借金をするようになった。
衰退の道しか見えないアビドスに金を貸してくれるのは高利貸しの悪徳業者しかおらず、状況も改善しないので借金は膨らむばかり。今となっては9億近い借金と5人の生徒のみが残されていた。すでに生徒会は消滅しており、その代わりに全生徒が所属する廃校対策委員会が存在している。
「先生よ、どうやらそのアビドス周辺でカイザーコーポレーションが怪しい動きをしているそうだ」
「カイザーコーポレーション……アビドスが借金をしているのはその金融部門のカイザーローンです。最近、アビドスの返済した借金が犯罪組織に流されていることは把握しましたが……どうしてカイザーの動きを?」
「独自に追っていたのだ。カイザーが違法スレスレのグレーゾーンを平気で進むような企業なのは知っているだろう? 生徒がその被害を受ける事態がミレニアムでも起こっていてね、各自治区にとっての脅威になると私は判断した」
カイザーコーポレーションは絵に描いたような悪徳企業である。平気で取引相手を騙したり、陥れたりするのだが、完全に違法にならない範囲でやっているので被害者は泣き寝入りしかできない。生徒にも被害が及んでいる現状だ。
グレイはコユキやハッカー集団ヴェリタスに依頼をしたり、ミレニアムの情報部を使ったりしてカイザーの情報を集めていた。
「ただ、アビドスでカイザーが何をしているのかまでは詳しく分かっていない。どうやら、重要な部分をアナログにしたり、独立した回線で扱っているようなのだ……」
「そうですか。こちらでも可能な限り調べてみます」
「あぁ。いつか、カイザーと直接対決しなければならない時が来るだろう。その時は、先生の元に馳せ参じることを約束しよう」
「ええ。その時は……よろしくお願いします」
二人の大人は再び握手した。本当ならばもう少しゆっくり話したかったが、先生はすぐにアビドスに戻る予定であり、教授もいくつか用事があったので解散となった。
メトロイドアザーMに出てくる連邦兵の一人の名前がケイジ・ミサワだったりする。メトロイドでは珍しい日系の名前なので先生の名前として採用しました。