「〈慈愛の怪盗〉なんてカッコつけて言ってるけど、ただの泥棒で犯罪者じゃん!それにダサくて変な名前!」
「お姉ちゃん……」
モモイの〈慈愛の怪盗〉に対する反応は散々なものだった。犯罪者の癖にカッコつけているナルシストだと思っていて、完全にバカにしていた。
「ほう……〈慈愛の怪盗〉に対してそのような反応をされるとは、流石はC&C。ですが……その所業は無視できるものではありません。予告状が届けば最後です。どのような警備も無意味に……」
「パンパカパーン!クエスト内容の更新です。次は〈慈愛の怪盗〉と対決です!」
「その予告状……私たちも見て……いいですか?」
怪盗から美術品を守るという本当の任務は分かったが、何が狙われているのかまだ分かっていない。そのため、ユズは真っ先に予告状の内容を見ることを提案した。内気な彼女が積極的に発言するなんて、これまでの経験から部長として成長した証である。
「ええ、もちろんです。こちらをどうぞ」
彼から渡された予告状の内容は次のようなものだった。
『1日に22回、向き合う2人の旅人。
正確な2人、計り知れない20。そして半歩。
月の届かない場所、止まった時とアンティキティラの裏側。
一度も授与されたことのない、贅沢ではあるが不遇な剣のもとへと伺います。
―慈愛の怪盗』
「「「これは……?」」」
予告状の内容を見た一同の脳内にクエスチョンマークが溢れ出す。それは、一度見ただけでは理解不能である難解な文章であった。
「予告状です。これを読み解くのが大変難しく……にも関わらず奴は“堂々と予告状を送り、盗みを成功させた”と自ら流布するのです。あぁ、何度読んでも分かりません……」
銅田はそう言って頭を抱えた。
(データによると、慈愛の怪盗が狙っているものを初見で見抜けるケースは少ないとか……)
大抵の場合、ポエム満載の予告状を読んだところで彼女の獲物を予想することは困難だと言われている。それが判明するのも、被害に遭ってから数週間後のことである。
「アリス、分かりました!この旅人達はNPCのことです!クエストカウンターのNPCなら20回どころか何回でも会えます!」
「アリスちゃん……現実にクエストカウンターのNPCはいないよ……」
「ユズの言う通りですよ、アリス。おそらくですが、人という表現はあくまでも例えでしょう。一定の動きを続ける物体の可能性が高いと思います」
「1日に22回なら、大体1時間に1回ペースということになる……」
「24時間のうち、2時間も2人は会えないんですね……アリスは毎時間ケイに会いたいです……」
「もう……アリスったら……」
ケイはどことなく嬉しそうだ。Key時代に一度拒絶された経験もあって、直球でぶつけられた愛が深々とボディに突き刺さったらしい。
「24時間で22回……もしかして……?」
皆で思い悩む中、ユズにひらめきが訪れた。
「すいません、明太郎さん……この屋敷にアナログ時計はありますか……?」
「え、ええ、ホールの真ん中に、大きな壁掛けの時計があります……」
「その時計……見てもいいですか?」
「はい、もちろんです。もしかして、何か手がかりが?」
(私の考えが正しければ……この予告状は……)
一行はホールに移動する。そこには立派なアナログ時計が掛けられており、針が絶えず動き続けていた。ユズはそれをしばらく観察し……
「やっぱり……」
「ど、どうしたのユズ?時間ならスマホで分かるよ?」
「ううん、違うの。デジタル時計じゃ分かりにくくて……」
そして、モモイに対するユズの解説が始まる。
「2人の旅人の正体は、アナログ時計の短針と長針のことを言ってるんだと思う。時計の針は1日に22回しか重ならない……12時のところだけ2回重なって、残りの20回は違う時刻に重なるんだけど……11時から12時の間は針が重ならないから……」
(流石ですね、ユズ……こればかりは私にも分かりませんでした)
ケイは様々な情報をインストールしているが、謎解きまではカバー範囲外だ。彼女はユズの柔軟な思考に感嘆していた。
「おおっ……流石はC&C、驚きの推察力!では、その続きも既に?」
「えーっと、“そして半歩。月の届かない場所、止まった時とアンティキティラの裏側。一度も授与されたことのない、贅沢ではあるが不遇な剣のもとへと伺います”だよね?」
「半歩、半歩……ここも時間のことだと思うけど」
「半歩……半分……あ!もしかして30分のことじゃない?」
「お姉ちゃん、たしかにそうかも。ユズちゃん、時計の針が重なる瞬間で、30分前後になるって何時か分かる?」
「それなら、5時27分から7時38分の間……かな?」
「アリス、分かりました。怪盗はその時間のどこかで侵入してくるんですね!」
「でも、“月の届かない場所、止まった時とアンティキティラの裏側”が分かってないよ………どういう意味だろう?」
ミドリは首を傾げる。時間までは解読できたが、肝心の標的は明らかになっていない。おそらく、この中にヒントがあるのだろう。
「アンティキティラ……アンティキティラ……んんっ!?」
やがて、そんなことを呟いていた銅田が突如として大声を挙げる。まるで、アンティキティラに心当たりがあるかのような素振りだ。ミドリが聞いてみると……
「何か、心当たりでもありましたか?」
「い、いえ、何も!アンティキティラの裏側なんて、本当に突拍子のない話ですね。しかし、“一度も授与されたことのない、贅沢ではあるが不遇な剣”には心当たりがあります。おそらく、明後日から展示される美術品のことでしょう」
銅田によると、叙任式を描いた絵画がこの屋敷に存在しているのだとか。実際に見せてもらうと、主人から剣を渡されて騎士となる瞬間がそこにあった。
「絵画に描かれた剣であれば“一度も授与されたことのない”に当てはまるのでは?そういう意味では“不遇”とも言えるでしょう」
と、いう風に彼は話を進めていき、その絵こそが怪盗の標的であると断定する。しかし、ケイは彼を疑いの目で見ていた。
(強引に話を変えましたね……私の目は誤魔化せませんよ。警備部隊の話を振られた時と同じです。心拍数の上昇といい汗といい、貴方は嘘を言っている可能性が高いです)
ケイの目にはスキャンバイザーに相当する機能が存在する。これまで、それを駆使して銅田のスキャンを継続しており、バイタルの変化を常に監視していた。あの瞬間、彼のバイタルに変化が生じたのだ。
(やはり、アンティキティラの裏側には心当たりがあるのでしょう。しかし、それを隠そうとする理由は一体……?)
ケイが疑惑の目で見る中、彼は莫大な報酬を提示して3日間の警備を依頼してくる。最新のゲーム機が何台も買える金額にモモイとミドリは動揺し、浮き立っているようだった。
「一度、私たちだけで話し合っても良いでしょうか?」
「あぁ、気が利かず失礼を……では、私は席を外しておりますね」
そこで、先生は銅田に席を外させて仲間内の話し合いの場を設け、その場を仕切り直すことにした。浮き立っていては依頼に支障が出る可能性があるからだ。
やがて、先生により2人が落ち着きを取り戻したのを見計らい、ケイは先生に声をかけた。
「ケイちゃん、どうかしたの?」
「ケイちゃんではありません……と言いたいところですが、先程の彼は話を強引に逸らしていました。先生は何故だとお考えですか?」
「私達に隠したいものがあるんじゃないかな……例えば、違法なものだとか盗品だとか……しかも、それが怪盗の標的かもしれない」
「誠に不本意ですが、私も同意見です。彼は特定の話をしているときだけ、バイタルの変化が見られています。アンティキティラの裏側……怪盗が狙う標的もそこにあるでしょう」
「もれなく、そこは警備部隊に守られている可能性があるけどね……だが、本当に違法なものなら、シャーレとして無視はできない」
「どちらにせよ、〈慈愛の怪盗〉から美術品を守ることに変わりはありません。怪盗を追えば何か分かるでしょう」
「とりあえず、依頼を何とかしないとね。これからよろしくね、ケイ」
「ええ、先生。これを乗り越えましょう」
慈愛の怪盗から美術品を守り、銅田の隠しているものを暴くため、先生とケイは動き始めた。