任務の1日目はゲストを集めたパーティーが開催されていた。ゲーム開発部は会場のホールで給仕の仕事をしながら警戒することになったのだが……
「こちら、お飲み物になります」
ケイは飲み物の入ったグラスを幾つもトレーに載せ、パーティー会場のゲスト達に配って回っていた。その所作は完璧なもので、様々な事態を想定してラーニングしていたおかげだ。
「ありがとう、メイドさん。ほんの少しだけど、手間賃ね」
ケイの対応に関心したのか、ゲストの1人がチップを渡してくれる。このようなケースは何件もあった。
「流石だね、ケイちゃんは」
「誰がケイちゃんですか……私は給仕にも対応できますので。ですが、アリス達はそうもいかなそうですね……」
ケイが目をやると、モモイとミドリ、アリス、ユズが苦戦しているのが見える。慣れないことにワタワタとしており、ゲストの不満が増大しているのもよく分かる程だ。これまでに彼女は何度もヘルプに入っていた。
「うわーん!お客さまが多すぎます!このままではアリス、スネイルみたいになってしまいます!」
「おい!こんなところに皿が落ちているじゃないか!危ないだろう!私を誰だと思っている?早く何とかしてくれ!」
アリスが多くのゲストの対応に忙殺される中、ゲストの中からついに文句が出た。
「仕方ありませんね……先生、少し行ってきます」
皿を回収してゲストに詫びるため、ケイは歩き出す。しかし、彼女はとある姿を見て足を止めることになる。
「あれは?まさか……」
それは、大勢のゲストの間を縦横無尽に動き回り、人知れずアリス達をカバーしてくれている、金髪のメイドの姿だ。その正体をケイが知らないはずがなかった。
「トキ、どうして?」
それは紛うことなき飛鳥馬トキだった。ここにいないはずの彼女は自称パーフェクトメイドの名に恥じぬ活躍を見せており、先程の皿も一瞬で回収していた。
「皿が無くなっている?ぐぬぬ、パーティーに文句をつけてオークションで優遇を受ける計画が……!」
なお、その活躍のついでにとあるゲストの野望も潰えたらしい。
「トキ、どうしてここにいるのですか?」
「これはケイ様。私がここにいるのは、教授からの要請と私の抱える任務を達成するためです」
「やあ、トキ。それって〈慈愛の怪盗〉が関係しているのかい?」
「そうです、先生。私は盗まれた美術品を追っていまして、〈慈愛の怪盗〉を追うことで探し出そうとしていました」
「もしかして、盗品がここに隠されている可能性もあるってことかな?」
『そうであろうな、先生よ。事前の情報に加え、銅田の挙動不審……予告状の存在がより明確になった以上、可能性は高まっている』
トキがやって来たのは、何も慈愛の怪盗に対抗する目的だけではない。トキは裏社会に流された盗品の行方を追う任務を持っていたのだが、怪盗を追いかければ盗品に辿り着くと考え、二つの目的を達成するために屋敷へ潜り込んだのだ。
「とにかく、今は〈慈愛の怪盗〉の出現を待ちましょう。それと、私のことは別働隊ということにしておいてください」
「分かった。銅田さんに何か聞かれたら、そういう風に答えておくよ」
『ケイ、トキ、そして先生よ、よろしく頼むぞ』
……ガタンッ!
直後、その時が訪れた。パーティーの最中に屋敷の電源が落とされ、パーティー会場のホールが暗転したのだ。ゲスト達の間にどよめきが起こった。
「な、何が起きているんだ?電気が全て消えた!」
「一体、何が起きているのですか?明太郎さん?説明をお願いします!」
「お、落ち着いてください!皆様、ご安心を。停電は一時的なものですから、すぐに復旧します」
銅田は動揺するゲスト達を落ち着かせようとしたが……
「いえ、そうはさせませんよ」
「誰だ……?」
「ある者はこう言いました。“価値あるものは、その手に収めてこそだ”と」
銅田の問いかけなど無視して、謎の女性の声は話を続ける。
「たとえ一目に触れぬまま……何年、何十年と経過し、いつしか人々から忘れ去られようとも」
それは、哲学的な話だった。
「しかし、それは本当に正しいのでしょうか?美術品とは、広く知られてこそ、その価値を証明できるのでは?」
「まさか……!」
「ある者は私を盗人と蔑み……そしてまた、ある者は私を咎人と罵る。人は生まれながらにして名を持つわけではありません。呼び名とは他者から与えられるもの……故に私はその名を受け入れました。そう、我が名は……」
次の瞬間、電源が回復して真っ暗だった屋敷全体に光が満ちた。ホールに存在する大きな階段の上に現れたのは、白を基調とする服に身を包み、仮面で目元を覆った猫耳の生徒だ。
「慈愛の怪盗」
彼女こそ矯正局から脱獄した凶悪犯……七囚人の1人である〈慈愛の怪盗〉であった。
「慈愛の……?」
「怪盗……?」
その名乗りを聞き、モモイとミドリはお互いに目を見合わせる。あまりにも急な出来事で、理解が追いつかなかったようだ。
「あの人が……」
「緊急クエスト発生です」
そして、ユズとアリスは即座に戦闘態勢に入り、各々の武器を構えた。
「教授、〈慈愛の怪盗〉と思われる生徒が現れました」
『あぁ、こちらも確認した。本人で間違いないだろうな』
「ケイ様、何としても確保しましょう」
「そうですね、トキ……」
ケイとトキはゲーム開発部に先んじて動き出し、素早い身のこなしで階段の下まで移動すると、怪盗に銃口を向けた。
「お嬢さん方……その並外れた身のこなし……美しい」
「私達の身体能力を見定めて、どうするつもりですか?」
こちらを惑わせようとしているのではないかと、トキは警戒を緩めない。
「ふふっ……純粋な褒め言葉ですよ」
「なら、お礼に返せるのは砲撃だけです」
ケイも同様だ。いつでも褒め言葉のお礼としてルミナスカリバーのショットをお見舞いできる状態である。
「そうですか。可愛らしいお人形さんのような貴女から攻撃をもらうのも悪くないかもしれませんね」
それはケイに対するものだ。彼女が人形というのもあながち間違いではない。それをマイク越しに聞いていたグレイとしては、開発者である自分が褒められたような気分だった。
「慈愛の怪盗……あなたに聞きたいことがあります。私は〈王冠〉という美術品を探しているのですが、何かご存知でしょうか?」
「何故、それを私に?」
「あなた、〈泥棒〉なのでしょう?」
「っ!!」
その瞬間、怪盗の纏う雰囲気が変わる。泥棒呼ばわりされたことが癪だったのだろう。仮面で表情は見えないものの、怒りを感じていることは分かった。
「失礼、それとも〈泥棒様〉とお呼びしたほうが良かったですか?」
「ちょっと、トキ。相手を煽り過ぎです」
「ふふっ……嗚呼、そうですね。一つ、訂正させてくださいませ。私は泥棒のような俗物ではございません。己の美学に従って生きる怪盗なのですよ。お嬢さんには躾が必要なようだ」
怪盗はワイヤーを天井に打ち込み、宙を舞う。2人の銃撃と砲撃をひらりひらりと回避すると、階段の下へと降り立った。
「行きましょう、トキ」
「はい」
こうして、怪盗との戦いが始まった。
「中々にやりますね、お嬢さん方」
怪盗との戦いはケイとトキのコンビネーションをもってしても互角というところだった。彼女は怪盗を名乗るだけあって搦め手に通じており、それを駆使して2人を翻弄したのだ。
「ありがとうございます、泥棒様」
「怪盗ですよ、お嬢さん」
問答の最中、トキは怪盗へと駆け出す。そのまま、銃口を向けて銃撃を浴びせようとしたところ……
「こんなところに罠が!?」
「トキ!」
トキの足元には、怪盗が用意したであろう即席爆発装置が仕掛けられていた。爆発と閃光が襲いかかり、彼女の意識を奪って気絶させてしまった。
「次からは、足元にも気を配ったほうが良いですよ。せっかくのダンスが台無しになってしまいますから」
「なら、背後にも気をつけてください」
そこに、跳躍したケイが降下しながらルミナスカリバーを怪盗に向けて勢いよく振り下ろす。それは回避されてしまい、床を切り裂く結果となった。
「おっと、危ない危ない……」
「まだです!」
ケイは追撃する。ルミナスカリバーの刃を当てようと次々と猛烈な斬撃を繰り出すが、怪盗は手にした杖で器用に受け流し、それが当たることは無かった。
「本当に……物騒なお嬢さんだ……!」
仕込み杖となっている得物から拳銃を引き抜き、怪盗は宙返りして攻撃を避けながらケイを銃撃する。無論、剣閃により銃弾は真っ二つになった。
「敵は私だけだと思わないことです」
「それはどういう………っ!?」
ケイとトキだけを脅威として認識していた怪盗は、突如としてその身に銃撃を受けてしまう。初の被弾である。それが飛来した方向を見ると、そこには2色の双子がいた。
「私たちもいるよ!」
「……私たちも加勢します!」
それはモモイとミドリだ。
「あら、可愛いメイドさんですね」
「か、可愛いだって!えへへ……」
「お姉ちゃん!喜んでる場合じゃないでしょ!?ここで私たちが、あなたを止めます!」
そして、桃色と緑色の銃口が怪盗に向けられ、第2ラウンドの火蓋が切られた。
屋敷に銃声が鳴り響く。モモイはアサルトライフルで銃弾をばらまき、怪盗のいる辺りを掃射する。
「ふふ……その心意気も美しい……でも、残念です。最初の一撃で仕留めるべきでしたね」
怪盗はそんなことを言いながら、身を翻して射線から逃れる。回避の直後を狙ったミドリとケイの狙撃も避けられ、当たることはなかった。
「向こう見ずの勇気は美学から最も遠い存在ですよ、お嬢さん。君は弱いのだから」
「そうかも、しれないけど……!」
モモイの戦意は挫けない。ライフルを構え、諦めることなく撃ち続ける。
「私たちは……諦めません!」
「ええ、その通りです」
姉のライフルと同種で狙撃銃仕様の愛銃で、銃撃から逃れた怪盗を狙い撃つ。その隣ではルミナスカリバーの砲撃が飛び、咄嗟に傾けられた怪盗の頭部側面を通過した。その直後……
「光よ!」
閃光が襲い掛かった。電磁加速された強力無比な砲弾が怪盗の胴体に突き刺さり、彼女を吹き飛ばしてしまった。
「くっ……!?」
「ありがとう、アリス!……えっと、周囲に被害は出てないよね?」
それはアリスの発射したスーパーノヴァによる攻撃だった。彼女はずっと、怪盗の意識が三人に釘付けになるのを待っていたのだ。
「はい!今日のアリスは光属性単体アタッカーです!ですので、一つの目標に火力を集中させています!室内なので威力も抑えました!」
「流石です、アリス。そこまで考えているとは」
「ありがとうございます、ケイ!」
やがて、倒れていた怪盗が起き上がった。
「……まだ動けるんですね」
警戒を続けていたミドリが銃を構え、すぐにでも撃てる態勢となる。そして、怪盗の背後からは段ボール箱がこっそりと接近しているのが見えた。
「か、覚悟……!」
「なっ!?」
次の瞬間、段ボール箱からユズが飛び出し、手にしたスタンロッドで怪盗を突く。電流を受けた怪盗は痺れ、倒れ伏してしまった。
「今だ!捕まえて!」
「うん、お姉ちゃん!」
倒れて動かない怪盗を確保すべく、モモイとミドリは飛びかかろうとする。しかし、怪盗は濃密な煙幕を展開して2人の視界を塞いだ。
〈サーモビジョン、起動〉
2人が悲鳴を上げる中、ケイは冷静に視界を切り替える。カメラアイに搭載された機能の一つで、サーモグラフィのように熱源を感知できるものだ。
「そこですか!」
ケイは視界に映る赤い人影に向けてルミナスカリバーのショットをお見舞いする。怪盗はそれすらも回避し、天井に姿を現した。
「ふむ、先ほどまでの言葉を撤回するとしましょう。お嬢さん方は相当な実力をお持ちのようだ。お名前は?」
それに返答を返したのは、いつの間にか目覚めていたトキだった。
「C&C所属、コールサイン04。飛鳥馬トキと申します」
「あのC&Cが銅田に協力とは……一体、何故ですか?」
「怪盗から美術品を守るためです。それ以外に何か理由でも?」
ケイはルミナスカリバーの銃口を向けながら、怪盗に答える。
「やはり、銅田には後ろ暗い何かが?」
「よく分かりましたね、お嬢さん。ところで、お人形のような貴女のお名前は?」
「……私はケイです」
「ふふっ、覚えましたよ。ケイ……」
怪盗は随分とケイのことを気に入っているようだ。仮面でその表情は見えないものの、まるで美術品を鑑賞しているような目線が感じられた。
「君は、どうして美術品を盗もうと?」
「貴方は……シャーレの三澤先生ですね。あの日……七囚人が矯正局から解き放たれた記念すべき日に現れたという……なるほど、そういうことでしたか」
先生の存在を知った怪盗は、何か納得したような様子だ。その次にその口から紡がれるであろう言葉を待っていると、想定外のことが起きた。
「怪盗め!この屋敷に忍び込んだが最後、そう簡単には抜け出せんぞ!」
それは、停電してから姿を見せていなかった銅田だった。何処から連れてきたのかライフルを装備した2体のオートマタを従えており、逃げ回る怪盗を狙ってなりふり構わずフルオートで発砲させた。
「ちょ、ちょっと!そんな無差別に撃ったら、私たちまで!」
モモイが抗議するが、無差別の発砲は止まらない。やがて、何発かの銃弾が姉妹に向けて飛来した。
「世話が焼けますね……」
咄嗟にケイが割り込み、ルミナスカリバーで銃弾を叩き切る。別の方ではアリスとユズが先生に覆い被さっていた。
「なるほど、今宵の舞台は面白くなりそうですね。一つ、忠告を。表面の事象に囚われていては、本質を見極めるなど夢のまた夢ですよ」
現在進行系で撃たれているというのに、怪盗は余裕そうだ。ご丁寧に忠告してくれるくらいである。
「それでは、これにて失礼。そう遠からず、またお会いすることになるでしょうけど。その時まで、良い夢を。bye!」
直後、怪盗は消えた。その場に残されていたのは、“予告は実行されておりません”と書かれている一枚のカードだけだった。
「なるほど……別働隊として秘密裏に潜伏していた、と……作戦は成功しかけていたということだったのですね」
「申し訳ありません。あと一歩のところで……」
戦いが終わって最初に銅田から聞かれたことは、事前通告なしで現れたC&Cのメンバーのことだった。先生は別働隊であると説明すると、怪盗を取り逃がしたことを謝罪した。
「謝らないでください。何も盗まれていないわけですから。それに、あの〈慈愛の怪盗〉をあそこまで追い詰めたのは、流石と言わざるを得ません」
そして、銅田は一行を称賛する。トキやケイがいたとはいえ、七囚人を相手に撃退できたのはゲーム開発部の成長そのものだろう。
「あの、明太郎さん。これは一体どういうことですか?」
「まさか、あの怪盗が現れるなんて。事前に知っていたら断っていたのに……」
「さあさ皆様、落ち着いてください。我々は何も盗られることなく、〈慈愛の怪盗〉を退けました。なにせ、屋敷の警備にはC&Cとシャーレがついているのですから!」
「C&C……たしか、あのミレニアム最強とも呼ばれるエージェント集団だとか」
「数々の事件を解決したシャーレもいるというなら納得だ……」
「皆様、ご納得くださり、お礼を申し上げます。一先ず今日のパーティーは、一度お開きにしましょう。ゲストの方々はお部屋までご案内いたしますので……」
1日目は〈慈愛の怪盗〉を撃退するに至った。しかし、この程度で諦めるような相手ではない。再びの襲来に備え、彼らは気を引き締めるのであった。
「申し訳ありません、教授。怪盗は取り逃がしてしまいました……」
『ケイ、まだ何も盗られてはいないのだろう?それよりも、彼女は銅田の裏事情を知っているようだね』
「相手が犯罪者なので信じるべきかは悩みどころですが、やはり私達は銅田に騙されている可能性が高いです」
『今のところは怪盗の動きを注視するしかないだろうな。私は、いつでも保安部を動かせるようにしておこう』
「ありがとうございます、教授。また何かあれば、相談させてもらいますね」
『あぁ。トキや先生にもよろしく言っておいてくれ』