ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」   作:群缶

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Vol.1の4話〜6話くらいまでの裏話。

ホシノがどんな感情で“あの発言を漏らしたのか”までをお届けします。

ええ、お察しの通り。シュウがどんなふうにホシノの地雷を踏み抜いて、鬱憤を溜め込ませていたかを晒す回ですとも。




#番外編:記憶(彩り)蘇った(芽生えた)私と、何ひとつ(あの日々を)知らない彼【本編の裏側】

 

 

……か……しさ……?

 

 

 肩を軽く、優しく撫でるくらいの力でゆすられる感覚。

 

 私の名前を呼ぶ聞き覚えのない……でも、不思議と安心しちゃうようで、頼りたくなる男の子の声。

 

 暖かな陽射しと、ほのかに吹く髪を揺らす程度のそよ風の中。深く落ちていた意識が少しずつ、水の底から浮上するように引っ張りあげられる。

 

 

「小鳥遊ホシノさん〜……? お、おきて〜?」

 

「ん……にゅ……」

 

 

 わずかに開いた右目にはまばゆい光が差し込み、思わずもう1度まぶたを閉じてしまう。

 

 はっきりしない意識、微睡みの中で知らない声の主人を探すために、視線を動かす。

 

 聞こえたものは敵意を感じない声のトーンだし、なんだか知っている気もする矛盾した声音(こわね)。寝起きの頭で油断し切っているのもあって、隙だらけのまま顔を横に向けると。

 

 

「ぅへ……?」

 

 

 まず目に入ったのは、青色ベースで白の線が入ったスニーカー。次に制服のズボン、さらに目線を上げた先には私と同じ、アビドスの制服を着た見知らぬ男の子の顔が映った。

 

 困ったように眉を下げて、気まずそうに笑う少年。口元が少しピクピクしているところから、彼も緊張しているのかな?

 

 霞んだ視界の中でそう認識して、目をこすりながら上半身を上げる。ちょっと寝過ぎたかな、なんて思いながらあくびを噛み殺して、はっきりし出した眼で再び、見知らぬ男子生徒の顔を確認した。

 

 

「お、おはようございます」

 

「ん〜〜……? ……あれ」

 

 

 誰なんだろ、これは彼の顔をはっきりと見た先輩()の私が思ったこと。

 

 

「キミ、は……ッ!?」

 

 

 けど、その思考を強く否定するような鋭い痛みが、頭の奥底から響くように湧いて生まれた。

 

 “おはよ。朝だよ、学校遅刻するぞ”

 

 奥底から湧いたものは、今ではない知らない誰か(ほかの誰か)の記憶。

 

 少し跳ねた寝癖、眠そうなのに空元気で笑いながら、誰か/私を起こしてくれた……とある日の断片。

 

 痛い、痛い。

 

 酷く、頭が……心が痛い。

 

 まるで、ずっと内側で圧迫されていたものを、事故的に開けてしまって勢いよく吹き出しているかのような感覚。

 

 割れるような痛みが洪水のように押し寄せてくる。それと同じくらいの量で、知らない映像が流れていく。

 

 その度、胸の内には狂おしいほどの寂しさと……それ以上の喜びが広がって。次に目を開いたとき、心配そうな顔で伸ばされた彼の手を認識して。

 

 知らないもの/何かで、混乱と困惑の波にさらされて、ぐちゃぐちゃになった私は。とっさに目の前の相手の足をはらって押し倒す。

 

 

「は、え……?」

 

 

 お腹を抑えてしっかりとマウントを取り、絶対に逃げられないように押さえつける。

 

 今なお、頭の中に湧き続ける知らない記録。映像のように映されるこれの中に出てくるのは、間違いなく今私の下にいる目を白黒させた謎の男。

 

 何かをされたのは、間違いない。直感的にそう思い、アビドスの制服を身に纏った敵かもしれない相手へ、緊張で低くなった声のまま質問を投げかける。

 

 

「お前は、誰。なんでここにいて、その制服を着ている?」

 

 

 自分の口から出た声が思っていたもの以上に低くて、内心で少し驚く。けど、そんなことは今はどうでもいい。

 

 重要なのは、この男の正体と私に何をしたか。強く胸を押さえつけているからか、苦しそうな顔になった目の前の男に、なぜか“酷く申し訳なくなっている”けれど。

 

 でも、警戒はしなきゃいけない。そのはずなのに。

 

 震えた声で、私を怖がっている眼で見られる。当たり前のことだし、この状況ならそうなるべきだ。

 

 なのに、その反応をされると“とても悲しくなる”。思考とは裏腹に、軽く力を抜いてしまった自分に驚いて、咳き込みながら声を出す彼を見て、聞いて。

 

 

「え、と。俺は……」

 

“ごめん、俺はシュウだ”

 

「ぅ、ぐ……」

 

 

 世界が、二重にブレた。

 

 見覚えのあるアビドス郊外の砂漠。肌を刺すような冷たい風と、空の海に広がる星々。

 

 

「あの、大丈夫、ですか?」

 

 

 押し倒されて緊張しているくせに、私を心配したような声音と表情になった少年。それが頭痛をより酷くする。

 

 あの場所で出会った、砂埃だらけでボロボロになった少年の姿が、これまでの断片とは比にならないほど鮮明に映し出される。

 

 状況や表情は違う。でも、その姿が声が……とても似ていて。

 

 

 “家出した悪い後輩を迎えにいくのも先輩の務めだからな”

 

 

「…………ぇ」

 

 

 落ちかけた夕陽の光。自宅へと通じるよく知った帰り道。そこで背負われて、流れゆく景色と暖かな体温を感じた。

 

 大切だった、手放せないものだった宝物。多くの想いと経験をくれた誰か。

 

 

「あ……なんで……?」

 

 

 意味がわからない。でも、確かにこれは……誰かじゃなくて、私のかけがえのない物。

 

 言葉ではなく、内から漏れる心の叫びがそれを教えるように、思い出させるように私の感情を大きく揺さぶる。

 

 めちゃくちゃになった私は、思わず手に込めていた力を完全に抜いて、自然と溢れそうになる涙を無視してへたり込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん。これ得意」

 

「手加減というものを覚えて??」

 

 

 目の前でゲームをしながら騒いでいるシロコちゃんとシュウくん。それをこっそりと観察する。

 

 あの邂逅から1週間ほどが経過した。シュウくんはまだここに来たばかりのはずなのに、もうすっかり私以外のみんなと仲良くなっていて、今日もシロコちゃんと遊んでいる。

 

 

「むぐぐぐ……」

 

「シュウ、意外と弱い」

 

「わー、シロコちゃんの方のゲージは満タンですねっ」

 

「さっき始めたばかりのシロコさんがうますぎるだけだからな?」

 

「あれ、シュウ先輩がボコボコにされてる?」

 

「セリカちゃん、ちょっとは気を遣おうよ……!」

 

「アヤネさんの言葉が一番鋭いって話するか?」

 

 

 ゲームは詳しくないけど、どうやらシュウくんがシロコちゃんにコテンパンにされているようだ。

 

 みんなもそれを見て、きゃっきゃと楽しそうにしている。口では拗ねたようなことを言っているシュウくんだけど、あのトーンと表情はまんざらではないし、なんなら喜んでいる。

 

 それを私は知っている、みたい。だって、あの顔を何度も……何度も一番近くで見ていた、はずだから。

 

 ……いい、なぁ。

 

 

「……。……?」

 

「……ッ!」

 

 

 急にゲームの画面から目を離して、私の方に振り返ったシュウくん。即座に机の上の書いたフリをしている書類に顔を向ける。

 

 バレてしまったかもしれない。その心配は、私の心臓をびっくりするほどうるさくさせているし、とても焦ってしまっているのに。

 

 彼から気づかれて“とても嬉しい”、と感じちゃうのは誰のものなんだろう。

 

 

「シュウ、どうしたの」

 

「あ、いや……気のせいだった」

 

「?」

 

 

 ……気づかれてない、のかな。

 

 シロコちゃんとの会話を聞いてとてもホッとするのと同時に、もしかしたらこれをきっかけに話せたかも、と思うと残念に感じてしまう。

 

 また、ゲームを再開したみんなとシュウくんの背中を見て、ほのかな寂しさと切なさが生まれる。なら、私もあそこに混じればいい。

 

 でも、まだ私の中にある大きな疑惑がそれを躊躇わせる。

 

 仲良くなりたい、話したい。そう思うのは本当に“私”の感情なのか。それがずっと、私を動かすのを躊躇わせている。

 

 

「コマンドはやすぎだろ!」

 

「ん、雑魚」

 

「もっかい!!」

 

 

 

「……むぅ」

 

 

 

 この、羨ましいという想いの裏側に積もっていく黒い感情。これの持ち主も本当に小鳥遊ホシノなのか、なんて考えながら。

 

 今日というみんなにとっては平和で当たり前、でも私にとっては一抹の苦さを覚える日が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、あの。これで……いいんですかね?」

 

「……うん、大丈夫だよ〜」

 

 

 眉を顰めて必死に書類と格闘するシュウくん。お金の計算や報告、その他にもメモをして悪戦する姿を横目に、渡されたものを確認する。

 

 自信なさげな感じだったけど、私が見たかぎり書類に不備はなかった。もともとシャーレでお手伝いをしていたらしいし、自信を持っていいのに。

 

 シュウくんがこういうことが得意ではないのに、頑張って勉強して学んだことはなんとなく察している。……そういった努力を人に言わないし、見せないのもシュウ先輩らしくて、つい笑ってしまう。

 

 また机に向かってペンを走らせ始めたシュウくんを見つめて、そんなことを思っていると。

 

 

「……えと」

 

「ん〜? どうかした?」

 

 

 気まずそうに顔を上げて、声をかけてきたシュウくんに首を傾げてしまう。

 

 もごもごとして言いづらそうな姿に疑問と、“みんなと違って、私には距離があるな……”なんて。この2週間ちょっとの私から彼への態度を思えば、実に傲慢な考えが生まれてしまった。それに思わずため息を吐きそうになる。

 

 自己嫌悪を表に出さないように、なるべく笑みを浮かべながら聞き返す。

 

 

「小鳥遊先輩って、その……」

 

「……?」

 

 

 ほんとにどーしたんだろ、何を聞きたいんだろ、と黙ってシュウくんの言葉を待っている。

 

 なんだか、とても聞き辛そうな雰囲気があって、ちょっぴり不安になるけど、みんながいないタイミングな上にせっかく話せる機会だし。

 

 今ならずっと疑問だった私の中にある、知らないけど経験はあると確信がある。そんなこの“記憶”について、聞こうと————

 

 

「俺のこと、嫌いというか……苦手だったりしますか?」

 

「————」

 

 

 ピシリ、と笑みが固まった。不安そうな彼の顔、声にその疑問が本当に思っている事というのが、イヤになる程感じ取れてしまった。

 

 嫌い? 苦手? 私が? 誰を?

 

 ピクピクと口元が痙攣して、自分の頬につけていた手に力が籠る。

 

 こんなにも好きなのに? あんなに愛してくれて、大切にしてくれたのに?

 

 

「あ、あの……?」

 

 

 覚えている。あの毎日を。

 

 覚えている。あの日々を。

 

 覚えている。あの結ばれた日を。

 

 なのに、先輩は今なんて言った? 私が、嫌い?

 

 

「ご、ごめんなさい! そんな怒らないでください……!」

 

「ぇ……。あ、ああ……。別に怒ってないよ〜?」

 

 

 顔を青くして慌てるように大きな声で謝ってくるシュウくん/先輩の姿を見てハッとする。

 

 今の今まで、まばらでボヤけていた多くの思い出。

 

 シュウくんの質問を聞いて頭が真っ白になった瞬間、ごく一部が鮮明に蘇り、それを否定するような言葉を聞いて……うん、今とても危なかった。

 

 大きく酸素を吸い込んで、吐き出す。何度か繰り返して心を落ち着かせる。

 

 大丈夫、きっと大丈夫。今は何か事情があって、知らないふりをしているとか……何か先輩には事情があるはずなんです。

 

 ふたつに別れかけた思考をまとめて、元に戻していく。乖離しかけた()()を、ゆっくりと馴染ませる。

 

 もう一度息を吐いて、改めてシュウ……くんに声を————

 

 

「小鳥遊先輩……?」

 

「っ」

 

「え? あ、あの」

 

 

 まずい、本当にまずい。思わず顔を下に向けて、彼から見えないように……逃げるように隠す。

 

 普段通りただ苗字で呼ばれただけなのに。心が引き裂かれたかのような痛みと昔の私(誰か)の悲鳴が聞こえる。

 

 たぶん、私は今ひどい顔をしている。鏡がないからわからないけれど、目尻に溜まっていく熱いものが、それをわからせてくる。

 

 

「た、小鳥遊先ぱ————」

 

「ごめん、ね。ちょっとおじさん、具合悪いみたい」

 

「へ? あ……」

 

 

 ひったくるように床に置いていた鞄を肩にかけて、対策委員会の部屋の出入り口に置いてある自分の銃を駆けながら取って。

 

 何かを言いかけたシュウ……くんのもとから、逃げ出した。

 

 きっと彼が最後に困惑していたのは、私の声がかすかに震えていたから。隠したかったから、なるべくフラットにしようと思ったのに。

 

 ほんのちょっぴりでも、今と昔の私(この私)が感じた、与えられた悲しみを察してほしいなんて。

 

 利己的で吐き気のするような、自分勝手の思いが……迷いが。故意的に声を震わせてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅへ」

 

 

 涙で濡れた頬と、枕を見て思わず呆れた声が出る。少し腫れた瞼と掠れた自分の声、鼻水で気持ち悪い感覚。

 

 気だるげなままベッドの横にある時計を見れば、まだAM5:30。少し前までの私ならまだ寝ているような時間。

 

 

「はぁ……」

 

 

 ぐしぐしと顔を拭って、先ほどまで見ていた夢を思い出して、落ち込む。

 

 シュウ先ぱ……くんがアビドスに帰ってきてくれてから、今日で4週間。もうすぐで1ヶ月も経とうとしている。

 

 あの日……再開した日から今日まで、毎日見ている過去の映像。もうわかっているんだ、これが。

 

 

「私の、忘れてたもの……なんて」

 

 

 どうして忘れていたのか、とか。なんで彼が私を覚えていないのか、とか。

 

 いっぱい、ほんとにいっぱい気になることはある。

 

 シュウ、くんが転校して来た日付が、過去のあの夜に出会った日付と一緒なのは偶然なの、とか。

 

 毎日見る夢が、3年前の日付とリンクして鮮明に映し出されて。じっくりと蘇っていくのはなんで、とか。

 

 なのに、確かに彼が抱いてくれた温かな最後の記憶だけはしっかりと焼き付いているのは、どーしてなの、とか。

 

 

「んっ……ぁ……」

 

 

 汗とは違うもので湿っているパジャマ。中を見ればパンツはひどいことになっている。

 

 突起したものを軽く擦っただけで、甘く痺れるような……現実を忘れることができる快楽の波が出迎えてくれる。

 

 まずいな、とは思っているのだけれど。日に日に、この“行為の数”が増えてしまっている。

 

 

「っ……ぅ、ん……!」

 

 

 寝起きは最悪、気分も最悪。夢見も悪い。

 

 けど、どんなに苦しい記憶()でも、最後は強く抱きしめられて、激しく優しく抱かれた思い出がご褒美のように用意されている。

 

 彼に吸われた場所を思い出して。彼につけられた跡をなぞって。彼と繋がった場所を慰めて。

 

 毎朝のように、盛った動物のような行為をひとりでするこの頃。

 

 

「や、ぁ……んっ……!」

 

 

 軽く体が痙攣して、スーッと全身の熱が引いていく。そうして次に来るのは、何とも言えない後悔みたいで罪悪感のような暗い感情。

 

 手にべったりとついた滑りけのある少しの白が混ざった体液を、テイッシュで拭き取ってから足を抱え込む。

 

 

「……なに、してるんだろな、私」

 

 

 こういうのを、爛れた生活っていうのかな。酷い自己嫌悪が広がったまま、乾いた笑いが出てくる。

 

 気づけば時刻はもう7時前。実に1時間以上も夢中になっていたことに、より嫌な気持ちになるが。

 

 

「学校に行けば……会える……よね」

 

 

 またあの時みたいに。なぜかそこだけは、靄がかかったように思い出せないけど。

 

 突然消えてしまった先輩と、今日も会えるはず。そんな期待と不安を胸に、私は学校の準備を始めた。

 

 ……そういえば、先生も今日来るんだっけ。

 

 

 

 

 

 

 

「だってシュウ、ヒフミとすっごい仲良しだから」

 

「ん、まぁ……そうですね。でも」

 

 

 心の温度がどんどん下がっていくのを感じる。顔から表情が抜け落ちていく。

 

 先生から渡されたヒフミちゃんからの手紙と贈り物。それを受け取ったシュウ先輩の反応が、どんどん私の熱を奪っていく。

 

 

「そう言えばシュウくん、ヒフミちゃんのこと呼び捨てですね〜?」

 

「シュウ、最初は距離感が遠くて苗字呼びするのに、名前を呼び捨てはめずらしい」

 

 

 みんなの言葉が的確に私の疑問を突いていく。そうだ、シュウ先輩は私以外を呼び捨てしたりしない。

 

 そんなちっぽけで惨めな嫉妬が燻り始める。

 

 この質問を私を含めた6人から言葉と視線で突きつけられたシュウ先輩は、何かを隠すように目をそらす。

 

 

「え、なに、そういうこと!?」

 

「ないない。ただの友だちだよ」

 

 

 そんな些細な反応が、私の心を酷く揺さぶってくる。

 

 大きく膨れ上がる名前のない真っ黒な感情。抑えるのは限界で。

 

 

「でも、ヒフミに膝枕されてたよね」

 

「「「わぁー!」」」

 

「ん、青春」

 

「………………ぇ」

 

 

 前置きなどなく放たれた先生の言葉と。

 

 

「先生? ねぇ、なんで火に油注いだの??」

 

 

 怒っているようで、恥ずかしそうに見えて……まんざらでもない、と確かに思っているシュウ先輩の姿に。

 

 何かの糸が、プチンと切れた。

 

 場の声が、音が遠くなっていく。視界に映っているのは、私を見て驚いた顔をしているシュウ先輩だけ。

 

 ただ、じっと彼を見つめて。ただ、みんなの会話を聞かない(聞いている)ように振る舞って。

 

 セリカちゃんが振り返るような仕草をしたのに気づいて、顔に仮面をつける。

 

 

「あれ、ホシノ先輩は聞きたいことないの?」

 

「ちょ! セリカさん!?」

 

「何よ?」

 

 

 慌てた声を上げるシュウくんは、きっと今の私を認識しているから。嬉しいけど、怒っている。とても。

 

 

「んー……」

 

 

 セリカちゃんたちは特に疑問に思っている節はない。気づいているのは、シュウくんだけ。

 

 

「あれ?」

 

 

 だって、私がシュウ先輩に隠し事なんてするはずないのだから。

 

 後輩たちには見せたくない暗い気持ちも、悍ましい感情も、卑劣な部分も。

 

 私はシュウ先輩(くん)に隠すつもりなんて、あの時から1度だってない。

 

 けれど、今のこの状況で聞きたいこと。……それはひとつだけ。

 

 

「そうだねぇ。……なら1個だけ」

 

「?」

 

 

 あの時のように、言葉のすれ違いの可能性もある。だから、まだグッと無理くりに抑えて。

 

 とっくに手遅れだけど、まだ堪えて。いつも通りのおじさん()として、シュウくんに直球の質問を投げつける。

 

 

「ヒフミちゃんのこと、好き?」

 

 

 この質問はひとつにふたつ。0か1か。

 

 私の中で肥大化し続ける、すでに破裂したものを抑えてくれるかどうかがわかる、簡単でシンプルなもの。

 

 投げかけた質問を聞いたシュウくんの表情に大きな変化はない。たぶん、なんでそんなことを聞くんだ、とか思っているのだろう。

 

 だけど、それを見た私はホッとしていた。やっぱりヒフミちゃんとは、なにもなかったみたいだ。

 

 ちっぽけな安心でできたココロのスキマ。そこに。

 

 

「そりゃ好きですけど」

 

 

 こんな言葉を受けた。

 

 好き。好き。好き。

 

 好きだと、いった。

 

 ああ、もう。よりにもよって。

 

 私が一番、“シュウ先輩から欲しかった言葉”がほかの誰かへ行くなんて。

 

 あんなにも、優しくしたくせに。

 

 

「ホシノ?」

 

 

 あんなにも、一緒の時間を過ごしたのに。

 

 

「ホシノ先輩、どうしたの」

 

 

 あんなにも激しく、求めてきたくせに……!

 

 怒りと羞恥、そこにほんのわずかの度胸を拵えて。

 

 シュウくんと私の関係がどんなものであるかを、自覚のない……あの日々を忘れてしまった先輩を目覚めさせたくて。

 

 

 

 

 

「私で童貞捨てたくせに……!」

 

「童貞ですけど!?」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 私らしくない、感情に振り回された……羞恥のかけらが一切ない言葉を放ってしまった。

 

 

 






今回のお話はいただいたファンアートをきっかけに書いたものです。いつも読んでくださっている皆さまと、素敵なイラストを送ってくれたチキ・ヨンハさんへ捧げます。

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