ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
「あー、つー、いー……」
ザクザクと砂漠の砂で覆われてしまっている道路をひとり歩き続ける。
鬱陶しいほどに輝く太陽に照り返す熱と砂。そこにオマケとばかりに吹いてくる熱風に汗びっしょり。
自分の汗でびたびたになったスマホの地図を確認しながら、ひたすら目的地へと歩き続ける。
「“遭難するかもだから気をつけてね”って絶対に経験則だろ……」
ため息と自分の愚かしさを恨みながら思い出すのは先日の会話。
電話で急遽、伝えられた俺の体験入学の話。しかも場所は全く知らないところにあるアビドス高等学校。
電話だと長くなりそうだったので、その場にいたヒフミとともにすぐさまシャーレへと向かった。
周りと比べても真新しい白くて大きなビルのような建造物、そここそが先生の在中する連邦捜査部S.C.H.A.L.Eだ。
自動ドアを抜け、上へ登り、専用のカードキーをスライドすれば、もう見慣れたオフィスへと到着する。
俺たちが扉を開けると同時にPCへと背を向けていたひとりの大人がこちらへと振り返り、柔らかい笑みと共に出迎えてくれた。
「やぁ、急にごめんね。おや、ヒフミも一緒?」
「こんにちは、先生! シュウくんと一緒にいたので、せっかくならと思ってご挨拶にきました」
「まずかったですかね?」
「そんなことないよ。可愛い生徒はいつでも歓迎だよ」
ぽわぽわとした柔らかい雰囲気と、親しげに接してくれるこの人こそがキヴォトスでも屈指の力を持つ大人であり、唯一の先生。
正確な歳はしらないけど、外見から多分20代そこそこだと思うが、女性相手に年齢を聞くのは地雷である、とキツ〜く言われているので、あくまで予測。
ぴょんと跳ねた寝癖にうっすらと残るクマからまた徹夜していることを察する。
「また仕事溜め込んでますね?」
「え、えーと、まぁ……ちょっと色々あってね」
ぽりぽりと頬を掻きながら、目線をずらした先には何枚かのDVDが。あー、趣味に没頭して朝になってたパターンね。
少しジトーっとした視線を向けると慌てたように、パン、と手を叩いて話題を変える先生。
「そ、それより、知らなかったよ。シュウ、ヒフミと仲良かったんだね」
「はい! シュウくんとはお友だちです!」
うーん、ぽわぽわしたふたりが話してるとこっちもほんわかするなぁ。なんとなく雰囲気似てるし、先生とヒフミ。
「へー、どこで出会ったの?」
「ちょっと前にブラックマ———ふぐぅ!?」
「あはははははは。ちょっとした野暮用を済ませた際にショッピングモールであったんですよ。そうだよね?阿慈谷さん??」
あぶなかった……! ブラックマーケットに行かないように言われているのに、バレるところだった。
「ふぐ、んんぐ!」
「おっと、悪い」
「ぷはぁ!うぅ……シュウくん、私の扱い雑ですよ……」
口を押さえてふがふがしてたヒフミを解放すると、不貞腐れたようにジト目で怒られてしまった。こりゃ失敬と謝っていると、その一連の流れをくすくす笑いながら見ていた先生が口を開く。
「ホントに仲良しみたいだね。シュウの交友関係はあまり知らないから、ちょっとびっくり」
「仲良いと言うか、腐れ縁というか……被害者というか」
「あぅ……」
「じょーだんだよ、仲良い友だち友だち」
「やっぱり雑じゃないですかぁ……!」
「ふふ、私ももう少しお喋りしたいところなんだけど、先にシュウの体験入学の話をしよっか。……うん、シュウとヒフミが知り合ったキッカケはあとでじっくり聞くからね」
「うげ……」
「?」
ほにゃほにゃな口調からキリッとした圧のある目線を先生に向けられて、バレていることを悟った。こりゃお説教かなぁ……ポカンとしてるヒフミともども。
「とりあえず、これを見てもらえるかな」
こほん、と咳払いしつつ先生から手渡されたのは“アビドス高等学校”についての資料。横から覗き見るヒフミとともに資料をめくる。
「シュウくん、アビドスに入学するんですね」
「おう、らしいぞ。ヒフミ、アビドス知ってるのか」
「はい!アビドスの皆さんとはお友だちです!」
「あー、そういえばヒフミはあの子たちと一緒に銀行を襲ったね」
「へー……ん?」
なんか世間話みたいに、とんでもないトークが投げられたような?
「覆面水着団のファウストだもんね、ヒフミ」
「うぅ……それは言わないでくださいぃ……」
「?……??……!?」
「随分と綺麗な二度見からの良いリアクションだね、シュウ」
なんだ、何を言っているだ。覆面? 水着? ファウスト?
「まぁ、その辺は置いといてね」
「いや物凄く気になるんですが?」
「そのうち話すよ。ね、ヒフミ」
「あぅ……は、はい」
「ファウストさん、そのうち話してくれるのかい?」
「やめてください!」
閑話休題。
色々と話が長くなったので、俺の体験入学について簡単にまとめるとこんな感じ
1.そろそろオメーどっかの学校に入れや、と連邦生徒会からのお達しがあった。
2.今、俺の保護者的な先生にそのお達しとともに小言が来た。
3.学校をどこにするかで候補はいくつかあったが、前例がほぼない男子生徒ということで、なるべく少人数の学校かつ、体験入学という形で様子を見ることに。
4.「なら良いところがあるよ」と先生がアビドスを推薦←これが今日、つい先ほど決まったこと。
5.で、俺が呼ばれたってワケ。
「こんな感じですかね」
キュポン、とペンにキャップをしてホワイトボードに書いたまとめを先生とヒフミへ見せるとなんとも微妙な表情をしているふたりと視線がぶつかる。なんだよ。
「シュウくん、やっぱり雑ですよね」
「うんうん、雑なんだよこの子」
「大体あってれば良くない?」
「「良くない(です)」」
「そっかぁ……」
という話があったり、あとはアビドスの所属生徒の話を聞いたりで、あっという間に時間は過ぎていった。
そろそろお開きにしよう、そんな空気の中で先生が思い出したかのように声を出した。
「あ、そうだった。シュウ、これ」
そう言って手渡されたのはひとつの段ボール。大きさは中サイズで、そこまで重くない。
「なんです、これ」
「学校に通うんだから必要なものあるでしょ? ほら、開けてみて」
そう言われて中を見てみれば、そこに入っていたのは。
「制服、シューズ、体操服に……げ、BDに技術ノート……」
「露骨に嫌な顔しますね」
「オレ、ベンキョウキライ」
「あはは……少し共感です」
「もう、ダメだよ2人とも。それよりシュウは制服、着てみて。サイズ合うか確かめなきゃだから」
「うす。仮眠室借りますね」
うわ、新品だ……高いだろうなこれ……。てか体験入学が決まったの今日なのに、こんなすぐに用意できるものなのか、制服って。
まぁ、いいかと思いながら部屋を出る直前、後ろから聞こえてくるヒフミと先生の会話に、こう、第六感というかそういうのがビビッと反応した。
「さて。……ヒフミはこっちおいで」
「? はい……え、先生、なんで私の肩を掴むんですか?」
「なんでもないよー? ちょーっと教えてほしいんだけど、シュウとはどんな風に出会ったのかな?」
「はい? シュウくんとはペロロさまの限定グッズを買いにブラックマーケットで……あ」
「なるほど、なるほどねぇ。ヒフミ、ブラックマーケットにまた行ってたんだね?」
「あ、あわわわ……し、シュウく……!」
バタン、と扉をしめる。さらばヒフミ、また会う日まで。
『シュウー?キミも後でしっかりお話だからねー?』
ヒフミ、俺たち友だちだよね。一緒に怒られよ……?
そんなこんなで、アビドス高等学校の説明を受けたわけで、その際にやたら神妙な顔をした先生が「アビドスは広いし暑い。で迷うから、気をつけてね」とも言われた。
その時の俺はほへぇー、くらいにしか聞いていなかった。そのツケが今来てるワケですね。
灼熱の暑さに身を焼かれながら、ふらふらと歩く、歩く、歩く。
暑過ぎて気付けば自然とブレザーを脱ぎ、肩にかけ、足を引き摺るように歩いていた。
ちらりと手元のスマホを見れば、バッテリーも少なくなっており、色々とピンチでおったまげだよね、はははははは。
「………きゅう……」
ばたん、と顔から地面に倒れる。痛い、痛いけどそれ以上に疲れたし暑い。
さっきまでは動いていたから、より暑かったが、動いてなくてもメチャクチャに暑い。
「……ぅぐぐぐ……干からびる……」
あ、まずいと思ったときにはすでに時遅し。意識が遠くなり始めた。
父さん、母さん、ごめん、ここで俺の冒険は終わりのようです……と脳内でひとり、エピローグを語っていると、先ほどまであんなに照り返していた光が暗くなる。
なんだ? と顔をあげてみると誰かが俺の前にしゃがみ込んでいるのがわかった。わかったが……クラクラしているせいで、まともに顔がわからない。
「……デジャヴ?」
と、とにかく人だ。いま求めるものはひとつ。
「……み、みず……!」
「ん、これ」
そっと手渡された水筒を必死に口へと当てて、中身を飲み干す。
「んぐ……んぐんぐ……!」
「良い飲みっぷり。おかわりもあるよ」
「ん!!」
「ん」
ごきゅごきゅごきゅという音が響くなか、助けてくれた相手と“ん”という一文字だけで意思疎通をとる。
ようやく余裕が出てきて、改めて助けてくれた恩人の顔を見る。
セミロングの銀髪に瞳孔の色が左右で違うオッドアイ。無表情ながらも、つい目を奪われそうになる整った顔に、ぴょこぴょこと動く可愛らしいケモミミ。
あら、とっても美少女な学生さん。とりあえずお礼を。
「ごめん、めちゃくちゃ助かった! ありがとう」
「気にしないで。遭難者と会うのはこれで2度目」
「え。この辺、結構俺みたいなヤツいるの?」
「ん……あんまりいない、かな」
「そりゃそうか。はは、は……?」
再び力が抜けて、体が地面に落ちそうになる。そこをすかさず、サッと支えてくれる少女。やだ、イケメンね。美少女だけど。
「悪い……まだちょっと力入らないみたいだ」
「無理しないで。……その制服」
「ん? ああ、そっか。男子生徒っていないから珍しいかもだけど、この近くの学校のだよ、アビドス高等学校。知ってる?」
「ん」
「こりゃ、天の助けかな。えっと……」
ここまで話していて、ようやく助けてくれた目の前の少女の名前を知らないことに気づき、少し言葉に詰まる。
それを察してか、すぐに名前を教えてくれた。
「私、砂狼シロコ。貴方は?」
「由九咲シュウだ、ホントに助かったよ」
「よろしく」
そう言って出された手を握り返す。おお、感情は無って感じだけど、すごいまともな人だ……ん?
「え、えと、砂狼さん?」
「シロコでいい」
「あ、はい。えと、シロコさんってアビドスの生徒……だよね」
「そう。貴方はお客さん?」
「お客さんというか、なんというか……それより、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「?」
いや、まさか。こんな風に親切に助けてくれた人がそうだとは思いたくない……でもアビドスの生徒ってことはさ……。
「ふ、覆面水着団って知ってる……?」
「ん」
「メンバーだったり……?」
「ん!」
ドヤ、とでも言いたげな表情とともに、2の数字が縫い込まれた覆面をサッと出されて、マジかよ……となってしまった。俺は悪くない。
「銀行を?」
「ん、襲う」
「……」
「……?」
「マジ?」
「ん。シュウも一緒に襲う?」
「襲わない!!!!」
そっか、と何故か残念そうなシロコさんの姿に顔がひきつる。ヒフミが言っていた「ちょ、ちょっとだけ個性的な方たちですよ。もちろん良い人たちですが!」の意味がわかった気がする。
「なら、行こう」
「行かないよ!? 銀行を襲うのはダメ!」
「違う。学校、用事あるんでしょ」
「あ、そっちね……」
「銀行でも構わない」
「俺が構うからね」
「ん、面白い人」
「キミの方がよっぽど面白いけど???」
ほんのり口元をあげて笑うシロコさんに思わずツッコミを入れてしまうが、まだ出会って数十分の仲なんですよ、僕たち。
「ともかく、学校に行こう。また体調悪くなるかもだし」
「そうだな。案内お願いするよ」
「ん。これも2回目」
「……1回目ってもしかしなくても先生?」
「そう。……知ってるの?」
「まぁ、色々あって」
「なら話は早いね。掴まって」
「はい?」
「はやく」
「なんで俺の手をシロコさんのお腹に回すの?」
「しっかり掴まってね、もう遅刻」
「なんでぎゅっと縛るの?」
「飛ばすよ」
「どうして、めちゃくちゃ力をいれてペダルを漕ぐのぉぉぉぉ!!!!????」
びゅーん、そんな音が聞こえるくらいの爆速でチャリを漕ぎ出すシロコさん。女の子に触れるなんて恥ずかしい……なんて、直前まで思っていた俺だが、死の危険を感じてもう全身全霊でシロコさんに抱きつく。
「ん、良い調子」
「どこがぁぁぁ!!??」
「舌噛むよ」
「!!!???」
「ユニークな表現だね」
爆走するチャリ、必死に捕まる中、学校に着くまでに唯一覚えていたのは、ほのかなフレグランスの匂いと、少し甘酸っぱい良い香り。……嗅いでいるとなんだか、ムズムズするような良い匂い。
これまでの人生で経験したことのない香りに、あれはなんだったのだろう、と気になってシロコさんに聞いてみれば。
「ん、これもデジャヴ。でも異性は初めてだからちょっと恥ずかしい」
と、無表情なのに頬だけ赤らめた顔で言われた。……俺もだけどさ、先生、なにやってんの?
ストック、本当にもうないもん! トトロいるもん!!