ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
たくさんの感想ありがとうございます。そして、ネタバレ配慮の考察メッセージなどもたっくさん来ててビビりました。
そして嬉しかったので、後半も早めに投下。
一応ですが、ここにも書いておくとこの作品のメインヒロインはホシノですし、本編で童貞を失う相手もホシノですゾ。
「シュウ、次はこれ」
「はい」
「次はあっち行くわよ」
「はい……」
珍しく素直ね、という褒め言葉か貶しているのか分からない言葉とともに、早瀬さん……ユウカとともに廊下を歩く。
部活動の見回りの手伝いをしながら、ガラスに映る自分の姿を見て、やっぱりまだ夢なんじゃないかと疑ってしまう。
朝の衝撃からユウカとともにミレニアムに向かう際に、たくさんの話を聞いた。彼女は妙な顔をしながらも、多くの俺の知らない情報を与えてくれた。
彼女の知る俺は、今から約1ヶ月ほど前にここに転入してきた生徒で、それまではシャーレに居たらしい。で、重要なのは俺がこの世界に来たきっかけについてなのだが。
「詳しくは知らないけど、彷徨っていたシュウを先生が保護したんでしょ?」
と言われて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。他にも俺に関することを色々と聞いたが
・この世界に来たきっかけ
・交友関係
この2点が大きく違っている。この中で特にショックだったのが、アビドスについて。
「あの、早瀬さ……ユウカ」
「まだ何かあるの? ホントに変よ、今日のシュウ」
変なのはそっちだろ、そう言いかけてすぐに飲み込む。今は状況を確認することが優先だ。
幸か不幸か、変なことに巻き込まれるのは慣れている。朝、目が覚めたら自分の知っている場所とは別の世界・キヴォトスになっている、なんていうのも2回目だ。
だから、冷静になれ。
「あのさ、俺ってミレニアムに転入したわけだけど、他に行く予定だったと思うんだ」
「何それ、初耳だけど」
「……そっか。そこはさ、生徒が少ない場所で他にいない男子生徒を受け入れる、慣れさせるのにピッタリだって聞いたんだけど」
「へー……どこなのよ、そこ」
「アビドス高等学校」
俺の口からアビドスの名前が出た瞬間、ユウカの顔が訝しげなものに変わる。その顔を見て、嫌な予感がする。
「悪い冗談?」
「……何が?」
「2〜3年前に廃校になった場所じゃない、そこ」
頭が真っ白になる、というのはこのことだろう。ユウカの口から聞いた言葉を咀嚼し、理解するのにはとても時間がかかった。
廃校、廃校といったのか? あそこが?
震える手で見慣れた自分のスマホを開き、モモトークを確認する。
「……っ」
ない。みんなの名前が、シロコさん、ノノミさん、セリカさん、アヤネさんの登録済みであるはずの名が消えている。
何よりも。
「小鳥遊、先輩……」
昨夜に、ほんの8時間ほど前に送ったはずのメッセージも、アカウントも全てがなかったかのように消えている。
けれど、逆に言えばそれ以外は全員あるのだ。送った覚えのないメッセージや会話を除き、隣を歩くユウカや先生、ヒフミはもちろん、社長や桐藤さん、黒舘さんたちの名は登録されている。
見覚えのない名前もあるけど、俺が知っている人たち……アビドスの生徒を除く全ての友人たちはここにいる。
そこでやっと気づいたのは、自分が思っているよりも遥かに俺はアビドスのみんなが大事だった、ということ。そして、中でも小鳥遊先輩のあの夕日に照らされた笑顔が胸に焼き付いていて、知らない感情が芽生え始めていたということだった。
それが、今朝の出来事だ。
「本当に“これ”がなければ夢だって現実逃避もできたんだけどな……」
左手首に着けたままの黒い時計のような装置。昨日の夜、そして夕方に起きた事が現実であり、今のこの状況も本物であると証明してくれる、黒服からの贈り物。
ため息をこぼす。こんなことになって、頼りたい相手である先生には、朝すぐに電話したが出てもらえず、今は現状を確かめるためにユウカとともに行動している。
彼女の知っている俺は、根は真面目なのに遅刻を繰り返す抜けた生徒、というものらしい。今日の手伝いもそういった素行から来る罰に近いもののようだ。
「シュウ、行き過ぎよ」
「……ああ、ごめん」
「考え事?」
「そんなとこ」
しっかりしてよね、と怒られてまた次の場所へと足を踏み入れた。これがあとどのくらい続くのか、それは分からないけど。
ここまでのミレニアムでの行動で、俺を知っている人にはたくさん会えた。でも、それは俺の知らない人で。
同じことが起きるたびに、周りがおかしいのではなく“俺がおかしくなった”のではないか、と思ってしまうのだ。
「はぁ……」
数時間ほどの作業と見回りが終わり、缶ジュースを片手にミレニアムの校庭にあるベンチで休憩。
向こうは知っているのに、俺は知らないという状況はやっぱり疲れるもので。小鳥遊先輩ひとりでも、てんやわんやしていた俺が大勢相手にうまく立ち回れるわけもなく、何度か“大丈夫?”と心配されてしまった。
これでユウカからの用事は完了したわけだけど、ここからどうするべきかと考えている今。
ひとまず、先生にもう一度だけ電話をしてみようかな。と、ポケットからスマホを取り出したタイミングで携帯が震えた。
画面を見れば先生の名前が映っており、自分でも驚くほどの速度で電話に出ていた。
「先生!!」
「うわぁ!」
で、声も馬鹿でかかったみたいでおどろいた声が耳に入ってくる。とっさに謝り、とにかく先生に力を借りたいとお願いする。
「随分と焦っているみたいだけど……。それで私はどうしたらいいのかな」
「調べて欲しい人たちがいるんです。どこにいるかだけでも、ほんの些細なことでもいいんです」
「別に構わないけど、珍しいね」
「え?」
「シュウが私を頼ること。いつも自分で勝手に動いちゃうでしょ、キミは」
「う。いや、ははは……」
やっぱり、この世界での俺の認識は元のものと変わっていないのは間違いなさそうだ。
めっ、だよ。とちょっとのお叱りを受けつつ、先生にアビドスのみんなの名前を伝える。すると。
「何人かは聞き覚えあるよ」
「っ! それは」
「焦らないで。えっとね、例えばノノミとか」
やっぱり、こっちにもみんながいる。先生からの“知っている”という言葉が、あまりにも嬉しくて言葉を急かしてしまった。
落ち着きを取り戻しつつ、先生からの言葉を静かに聞く。
思った通り、俺の知っているアビドスの子たちはそれぞれ別の学校に行っているようで、例として上げたノノミさんはハイランダー鉄道学園という場所にいるらしい。
けど、ひとり。ただひとりだけは先生も知らなかった。
「うーん、“小鳥遊ホシノ”って子は知らないなぁ」
「……そう、ですか」
「うん。力になれなくてごめんね」
「いえ……それでは、忙しいなかですみません」
「全然! 一応、その子のことも調べておくね」
「はい。お願いします」
通話を切って空を見上げる。
先生でも知らない、その事実にほんの少しだけ絶望する。
頼れる人には頼った。そして、貴重な情報はもらえた。けれど、それは知らない方が良かったかもしれないもの。
呆然と、まるで幽鬼のようにふらふらと知らないミレニアムの街を歩き続けた。
ぼーっとしながら、ただなぜこんな状況に置かれているのか、とか。みんなと遊んだ場所はどこだっけとか。
アビドスの学校に戻りたいな、そんなことを考えながら歩いていた。だから、無意識でアビドス高等学校があったはずの場所の近くに来ていた。
そこは、カイザーコーポレーションの私有地となっているとかで、中には入れなかったけど。遠目に自分が通っていたあの学校が目に入った。
もう陽はほぼ落ちていて、ほんの少しの夕陽に照らされて微かに見えるだけ。でも、あの学校が見えただけでちょっぴり嬉しい気持ちになった。
今の自宅があるミレニアム行きの電車を待ちながら、ぼーっとする。時刻は20時過ぎか、と時計を目にあらためて考えるのは。
「これから、どうしよう」
本来なら明日は先輩と会える日であり、週に2度しかない休日。いつもなら夜更かしを決めていたんだろうな、と。
「なんで、こうなったのかな」
誰もいないホームで、ひとり愚痴を呟く。
ああ、もし叶うなら昨日に戻りたい。すごく大変な目にあったし、嫌な気持ちにもなった。でも。
「みんなのとこに戻りたいなぁ……」
人生にやり直しは効かない。当たり前のことだけど、それが今はすごく悔しい。ホント、やり直せるなら1から——。
——シュウさん。貴方には、“やり直したい事”はありますか?
「…………」
……そう、言えば。
黒服、黒服のことを忘れていた。アビドスを狙っていたあの大人。
昨夜、突然現れて俺へ意味不明な言葉を投げかけた、あの人。
そして、この世界で小鳥遊先輩と同じく“まだ出会っていないこと”になっている人。
ポケットの中に入れていた携帯が震える。画面には先生の名前。
「もしもし」
「あ、シュウ。今って大丈夫かな?」
「はい。どうしました?」
「シュウが言ってた子の情報、見つかったよ」
大きく、心臓が跳ねる。
それは小鳥遊先輩の情報が見つかったという期待から来るものなのか、それとも普段よりも硬い声音になっている先生の声を聞いたからか。
「一応、確認なんだけどね。小鳥遊ホシノって子で間違いないんだよね?」
「……あってます」
「そっか……。なんでシュウがその子のことを知っているのか、気になるけど。まずは結論からね」
ガチャリ、と鍵を開けて部屋に入る。外見は知らない家なのに、中身はひと月の間だが暮らしていた場所と全く同じ。
安っぽいベッドに机、画質が悪くて買ったことを後悔したテレビ。青いカーテンにシワのついたカーペット。
机の上に置きっぱなしにしていたあの黒い箱。その前に座り込む。
時刻は23時でもうすぐ日付が変わる。ぼーっとしながら、先生から聞いた言葉を自然と口に出す。
「3年前に失踪し、行方不明……か」
3年前、忽然と姿を消した。最後の目撃から推察するに、アビドス郊外・夜の砂漠で起こった謎の戦闘事件に関係すると思われる……か。
そりゃ、アビドスがないはずだよ。あの学校で3年生は先輩だけだった。けれど、その先輩はアビドスに入る前に……中学生の時点で消えてしまっているのだから。
椅子に深く座り込み、目の前に集まった情報を頭の中でまとめる。
俺はミレニアムに転入していて、アビドスは数年前に廃校となった。みんなは他の学校に入学していて、俺の知っている人たちではなくなっている。
文字通り、どうにもならない。それが現状だった。
黒服についても、やっぱり先生は知らないようで“誰?”と聞かれた時は、ふらっとしてしまったな。
目線を天井から机に戻す。目の前には、黒服からもらったもうひとつのもの、黒い鞄。
中身はアイツも知らないと言っていたけど、なんなんだろうなこれ。
たった2日間で起きた大きすぎる事件と目を背けたくなる今。ただ別のことを考えたいという、現実逃避にも似た行動で鞄に手をつけた。
「……」
特に変なところもない黒いアタッシュケース。触り心地や見た目から、自分の腕に着いた黒時計と同じ素材だとわかる。
鞄の開け口には鍵などなく、横に指紋認証のような小さな装置が付いているだけ。試しに開けてみようとしたけど、まるで合金でできているかのように強固でびくともしなかった。
「はぁ……何やってるんだろ、俺」
ため息と一緒に独り言。
同時に溢れてくる苛立ちと虚無感。
わけがわからなくなっている状況。そんな中で俺が取る行動に、意味があるわけもない。
ただ目の前にある鞄に付いた装置に指を当てた、それだけ。
ピ……ピピ……。
「……え?」
機械音と金属が擦れて何が外れる音、それが目の前の鞄か聞こえた。
思わず自分の指先を見てしまう。
でも、視線はすぐに目の前の鞄に戻った。
今の音がこれのロックを外したものなら、開くはず。なぜ自分の指で開いたのか、という疑問を解決するよりも先に自然と鞄を開けてしまう。
中身は……。
「…………は、ははは」
中に入っていたものを少し震える手で取り出す。それは。
「……アビドスの、男子生徒用の制服」
見覚えのある、いや。自分がこの世界に来て初めて着た生徒である証。
自分だけがポツリと独りっぼっちになったような世界で、夢かもしれないと思い始めていた昨日までのことを証明してくれるもの。
気づけば俺はアビドスの制服へと着替えていた。サイズぴったりでしっくりくる。
「やっぱり、こっちだよな」
思いがけないものに頬が緩む。
同時に疑問も。これがなぜ黒服から渡された鞄に入っていたのか、そして元の持ち主は誰なのか。
何かないのかな、と制服を弄る。すると内ポケットからボロボロになった1枚の紙、折り畳まれたルーズリーフを発見した。
中には走り書きのようなメモが書かれている。そしてどこか見覚えのある文字だった。
書いてあったのは。
“やり直しは効かない”
“自分の価値を見誤るな”
“最後は全て消える”
そして、“31.00.00=26280+744*00.00.00”という数字。
「……これ、どこかで?」
と呟くと同時に目に入るのは、腕に着いたまま外し方のわからない黒時計。
かちり、と頭の中で何かが噛み合う。
暗くなった小さな液晶をタッチすれば、そこには“00.00.00=0+0*00.00.00”と表示される。
「やっぱり、これ……」
メモを見ながら数字を正確に打ち込む。“OK”と表示されるところまでは昨日と同じ。ここからはエラーしか出ずに諦めて寝た。
けど、今回は違った。エラー音の時とは違う音と共に、画面に大きく“120”と表示され、1ずつ数字が減っていく。
「……えと……」
ここまで来て、ようやく冷静になる。
俺、あの怪しい大人からもらったものを普通に使っちゃった……?
起動できた、してしまったということはこれから何かが起きるわけで。そして、それはきっと碌でもないこと。だって、黒服から渡されたものだぞ?
興奮すると、あとさきを考えない。自分の悪いところがまた出てしまった。気づけばカウントは残り30。
チラリと時計を確認するとぴったり0時になる瞬間に、このカウントは0になるようだった。
「絶対、変なことになる……よなぁ」
また、ため息。後悔はしないように生きてきたはずなのに、最近はやり直したいとか、戻りたい、みたいな後ろ向きな考えばっかりだったと今更ながら思い返す。
でも、まあ。
「今がすでに手遅れなんだから、何が起きても別になぁ」
と、諦めたように笑って呟く。
同時にカウントは0。
瞬間、ドンと押されたかのように後ろへ倒れ込むような感覚に陥った。背後は床で、距離もない。だからすぐに痛みが来る、そう思ったのに。
まるで奈落に落ちるかのように、自分の体がどこかへと落ちていく。
そして、意識もまた暗闇へと落ちさった。