ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
ストックがないと言ったな。あれは嘘だ。
タイトルが犯罪チックですが、決して悪いことはしません。しばらくは。
「とりあえず、もう遅いので詳しい話は明日にしましょう」
「それはわかったんだけど」
「なんですか」
「流石にさ、ここに泊まるのは良くないと思うんだ」
「ほかに行くアテないでしょ、先輩」
「はい……」
薄い青色のパジャマを着た少女、小鳥遊ホシノさん14歳。
腰に手を当てて、ため息混じりに“では、おやすみなさい”とベッドに入っていく彼女の姿を横目に、頭を抱える。
時間は少し巻き戻り、あの衝撃の事実に気づいたタイミング。
自己紹介によって、自分の背負った少女が小鳥遊先輩のそっくりさんではなく、本人その人であると判明。
彼女のスマホの時間や年齢から、信じられないことに俺は3年と少し前のキヴォトスへと、タイムスリップしていたことがわかった。
そこからはてんやわんや。まずは小鳥遊先輩との会話に支障が出た。
「なんで急に私を先輩呼びなんですか。歳上なのは貴方ですし、そもそも中学生ですよ、私」
「いや、そのー。これには深い事情がですね」
「気持ち悪いので先輩呼びも敬語もやめてください。気持ち悪いので」
「なんで2回言ったの? なんでそんなに遠慮がなくなってるの??」
貴方が馴れ馴れしいからです、と言われてショック。年頃の女の子に言われて傷つくセリフ1位なんじゃないかな。
まだ実感は湧かないけど、今が俺の知っている時間よりも昔で小鳥遊先輩が失踪する事件が起きる前なら、未来を変えることができるかもしれない。
やり直しはできないはずのことを、リトライできる。ただゲームのようにセーブやロードはできるかはわからない。
この状況を作り出したのは、きっとこの黒時計。“30.21.28.21”と少しずつ減っていくカウントや黒服からもらったことなど、気になることはたくさんある。
でもこのチャンスはもう2度と来ない気がする。なら、生かすしかない。
確か、先輩が失踪した原因は“アビドス郊外・夜の砂漠で起こった謎の戦闘事件”だったはず……あれ。
「もしかして、さっきの戦闘……」
「はい?」
「いや、こっちの話」
「はぁ」
つい漏らした独り言に背中から反応されるが、今は余裕がない。
もしさっきのが小鳥遊先輩が消えた原因なら、もう俺いらなくない? でも、先輩がまた襲われたら……。
情報が足りない。とりあえず先輩に色々と聞かなければ。
「小鳥遊せんぱ……小鳥遊さん、ちょっと聞きたいんだけど」
「……」
「小鳥遊さん?」
「距離感おかしいくせに苗字呼びなんですね、先輩って」
「……馴れ馴れしくてごめんさい」
「別に怒ってませんよ。ホシノで構いません」
「いや、それは……」
「なんです」
「よ、呼びにくい……と言いますか、なんかこそばゆいと言いますか」
ずっと小鳥遊先輩呼びだったのに、いきなり下の名前はハードルが高い。いや、今は後輩なんだけど……。
「何が恥ずかしいんです?」
「女の子の名前、急に呼ぶのなんか照れない?」
「?」
背中の方へと顔を向けると本当に理解できない、わからないと言った顔の先輩の表情が目に入る。
「よくわからないところで恥ずかしがるんですね。むしろ苗字で呼ばれることなんて、ほとんどありませんよ」
みんな大体、名前ですし。と言われてもこの世界では大半が女の子で、同性同士の距離感の近さがあるからだと思うけどなぁ。
「俺、異性だし」
「確かに男子の先輩はいませんけど。でも、苗字呼びは慣れないです」
「わ、わかったよ。えっと……ホ、ホシノさん」
「……」
「ホシノさん?」
返事がなく、気になって再び彼女の方を見ると“うげぇ”と気持ち悪そうな顔をしていた。何だ、急に。
「揺れて酔ったのか? 随分と気持ち悪そうだけど」
「いえ、先輩からのさん付けがなんか気持ち悪くて」
「本当に遠慮なくなってきたな、おい!」
「そうそう、その感じです。変に畏まった姿はキモいです」
「…………」
「なんですか」
ホントにコイツ、小鳥遊先輩なのか。
出会ってまだ数時間の間柄なのに、オブラートもクソも包まない正直すぎる物言いですごい罵倒された気がするんだけど。
俺の知っている先輩は、怒った時は怖いけど基本的にほんわかで優しげな人。でも、警戒心が実は強くて達観して周りを見通せる、まさに“先輩”と言える人物だった。
一方で、小鳥遊ホシノを名乗るこの少女。
最初は少し目つきは悪いが丁寧で優しげな印象だったが、今は小柄なのもあって口が悪い生意気なガキンチョにしか見えない。……いや、3年前で中学生ならこんなものか?
にしても警戒心は薄いし、妙に真面目そうなところもある。自分の中にある小鳥遊先輩のイメージが崩れそうだ。……いや、“童貞捨てたくせに”とか言われた時に結構、崩れていたんだけどさ。
ちょっとの気恥ずかしさを抑えて、とにかく今は彼女に情報を求めよう。
「ホシノ」
「はい」
「お前、今夜みたいに変な奴らに襲われること、今まであったか?」
「銃撃戦なら昼夜問わずですが、ここまで周到には初めてですね」
ひとつずつ丁寧に聞いていく。
これまでに似た経験があったか、あいつらの心当たりについてなどなど。
数分の問いと答えでわかったのは、ホシノが全く心当たりがないことだけ。つまり、何もわからないことがわかった。
これで、どないせいちゅーねん。もしゲームなら初期地点から詰んでいるクソゲーもいいとこだ。
でも、あのドローンやオートマタを見るに黒服のやつが絡んでいるのは間違いない。
……だからどうしたって話だけどね! 俺、黒服の居場所知らないし、大前提で3年前の世界でアイツが何してたかもわかんない。
なら、ひとつずつ調べなきゃか、とため息を吐いたところで、今度はホシノから質問が飛んできた。
「私も聞きたいんですけど」
「んー?」
「シュウ先輩、本当に頭とか打ってません?」
「心配と見せかけて遠回しに俺をディスっているのか」
「そういう意味じゃないですよ……さっき、日にちを間違えて慌てていたじゃないですか」
「まぁ、そういう時もあるじゃん」
「ないですよ。……本当に大丈夫なんですよね。さっきの手榴弾、近くで爆風を受けていましたし」
あれ、本当に心配されてるじゃん。ちょっと心配そうな声に意外だ、なんて思ってしまった。
もしかして、自分の戦闘に巻き込んだから、みたいなことを思って罪悪感でも感じてるのかな。
なら否定してあげるのがいいと思うけど、まさか“俺、3年後から君を助けにきたんだ”なんて言えるわけもないし……。
言ったら言ったで、絶対変な人だと思われる……いや手遅れか? それを除いてもなんだっけ、あの過去を変に変えすぎると云々みたいなやつ……それが起きるかもだし。
でも現状がすでにあの未来を変え始めているなら、関係ないのか? うーん。
……ひとまず色々とわからないことだらけだし、誤魔化しつつでいいか。
「えっと、日付を間違えたのはだな」
「はい……」
「俺がアビドスに転校するのが1月後で、ポカをやらかしたなーって」
「はい?」
「いやー、まいったまいった。はっはっは」
「……」
「てへ!」
「っ!」
「痛っ! おい脇をつねるな!」
無言で脇をぎゅっと摘まれて声が出た。思った以上の痛みにびっくり。
やっぱりこっちの人たちは力が強いし、頑丈だ。ヘイローの有無でこんなに変わるもんかね。
ちょっとの間、頭突かれたり頭を叩かれたりしたけど、また会話が再開した。
「もう……先輩は茶化さないで話ができないんですか」
「すんません」
「はぁ……で、砂漠を出たらどうするんです」
「? どうとは」
なんのことだ、と心当たりがなく聞き返すと、また呆れたような声音に変化するホシノ。
「ひと月も間違えてこっちに来た」
「うん」
「転入できないということは、まだ学校へは行けない」
「そだね」
「なら、住む場所もないのでは?」
「…………」
「顔見えてないのが残念です。晴天の霹靂って表情になってるでしょ、先輩」
まさに宇宙猫とはこのことか。
ホシノに言われた通り、住む場所ないじゃん俺。
未来に帰れるかも分からないし、そもそも身分証明もない。
3年前と言えば俺はまだ13歳で中学1年。今ごろはグースカ寝てるだろうし、朝になれば気だるげに学校へ行っているはず。
え、どうしよ。考えろ、考えるんだ。
今この場での最適解は……。
「ホ、ホテル?」
「この時間で? 空いているとしても、アビドスにそんなものないです」
「の、野宿……」
「夜は極寒、昼は灼熱。体壊します」
「…………アビドス以外のところに行く?」
「電車、始発でもまだ結構時間あります。あと一応確認しますが、お金はあるんですか?」
「……た、多少は」
「ホテル、高いですけど。ひと月も持つほどあるんですか? バイトとか今からしても……お金が入るのは早くて来月でしょうし、口座もないでしょう」
「…………」
「そんな情けない顔で私を見ないでくださいよ……」
もしかして → 詰んでる?
これでゲームオーバーなの? 俺の旅路はここで終了なの?
今更になってアニメや映画のタイムトラベラーたちの都合の良さに気づく。あの人たち、めっちゃタイミングよく協力者とか見つかるよなぁ……。
現実でそんなものなどあるはずもなく、俺にはこの体と鞄しか持ち物はない。しかも身分もなし、オワリ!
あんまりにも情けない顔をしていたのか、ホシノが少しのため息と共に慰めの言葉をくれる。
「迷子みたいな顔をしないでください。泣きそうにもならない」
ぽんぽんと肩を叩かれる。ホシノ……。
「先輩がおバカなのはこの数時間で理解できてますし、この問題をひとりで解決できるとか最初から思ってません」
慰めかこれ? 貶しているだけじゃない?
出るとこでたらワンチャンあるのではないか、と目の前の問題から目を逸らして別のことを思い始めた俺であったが、次のホシノの言葉でそんなものが全て消えさる。
「はぁ……私の家、来ますか?」
「……はい?」
で、この状況が生まれたってわけ。
細かいところを、ちょっとだけ説明すると最初はしっかりと拒んだし、世間体を考えてもまずいと諭したのだが。
「なら何処かアテがあるんですか?」
「少しくらいなら構いません。家は私、ひとりですし」
「先輩、一応恩人ですし」
という感じで、あれよあれよと気付けばホシノの家で布団を敷いていた。チラリと横のベッドの上を見れば。
「……ん……ぅ……」
すやすやと気持ちよさそうに眠っている姿が目に入り、また頭を抱える。
女の子の家に泊まるのはこれで2回目だが、その時はシロコさんの部屋だったし、なんなら徹夜で遊んでいたから気にならなかったけど。
もう一度、チラッとホシノを見る。
「ぅへへ……」
だらしなく涎を垂らして、心底気持ちよさそうに寝ているネ!
「警戒心……警戒心が薄すぎるっ……!」
助けたとは言え、仮にも男。しかも出会って数時間だぞ!? おかしいのは俺の方なのか!?
なぜそんな奴が横にいるのにすやすや寝れるんだ、コイツは。図太すぎないか?
何度目かわからないけど、また頭を抱えて自分の中の常識を思い出す。
中学生とは言え、歳が2個しか違わない見知らぬ異性がいたら、俺ならとてもじゃないが落ち着かない。
一部屋しかないとは言え、同じ部屋に布団を引くのも絶対おかしい。おかしいぞ、ホシノ!
「へへ……ん……すぅ……」
「…………はぁ」
あまりにも穏やかな顔で眠りこける姿に馬鹿馬鹿しくなってきた。
やっぱり、この頃から寝るの好きなのかな、先輩。
ぼーっと先輩……ホシノの寝顔を見てそんなことを思いつつ。
「……んん……」
「寝顔は変わんないんだなぁ……」
と呟いてしまった。そして、気付けば俺も意識を手放していた。