ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
まだ暗いことを何も知らない真っ白なホシノ(中学生)との日常。
「……シノ。……ホシノ」
「……んぅ?」
体を優しく揺すぶられる感覚、少しずつ聞き慣れ始めた同居人の声でゆっくりと意識が覚醒する。
「おはよ。朝だよ、学校遅刻するぞ」
「おはよう、ございます……ふぁあ……」
寝ぼけまなこに映るのは、薄い青色のジャージの上からエプロンを身に纏い、少し跳ねたままの寝癖と眠そうな顔をしたシュウ先輩。
あくびを噛み殺しながら朝の挨拶。ベッドの上にまだ座ったまま、少し船を漕ぎそうになる私へ“おいおい、二度寝するなよ?”と言いつつ、頬を突いてくる先輩からのアクションでようやく意識がはっきりとしてくる。
「ほっぺ……ふにふにしないでください」
「やっと目が覚めたみたいだな。飯できてるぞー」
「ぅん……先に顔、洗ってきます」
“おう”と返事してキッチンの方に行く先輩の背中を横目に、自分も恋しい気持ちを引きずりつつ温かい布団から足をだす。
少しの肌寒さを感じながら、鼻に入って来る香ばしいベーコンの香りにちょっと頬が緩む。どうやら、今日の朝食は洋食のようだ。
シュウ先輩が私の家に住み始めてから早いもので、もう1週間の時が経っていた。
冷たい水に顔を歪めながら、シャキッとする感覚。シュウ先輩が来る前までは、もう少し寝ていてパパッと着替えて学校に行っていたが、今は少し変化。
洗面所から部屋に戻るとすでにテーブルの上には、朝食が並べられていた。トーストにベーコンエッグ、ヨーグルトと……うへ……。
「サラダ……」
「露骨に嫌そうな顔すんなよ……野菜も食わないと大きくならないぞ」
ただでさえ小さいのに、と笑いながらからかわれて少しムッとする。私が同い年の子と比べても小柄なのは自覚しているが、野菜を食べるくらいで大きくなれるなら苦労などしていない。
「デリカシーないですよ、先輩」
「そりゃ失礼。そんなことより食っちまえ」
「モテないですよ、先輩」
「なんでそんなこと言うの??」
「いただきます」
「あの??」
まだ何か言いたげな先輩を無視して牛乳をひとくち。次に手元の一番近くにあったメインのベーコンエッグをパクリ。焼き加減が絶妙に調整された半熟の卵と、カリッとしたベーコン。
もぐもぐと咀嚼しながら、このクオリティの朝食を毎日のように作ってくれる先輩の顔を見る。
同じく朝食をとっていた先輩が、私の視線にすぐに気づき、顔を上げた。
「ん?」
「いえ。本当になんでモテないんでしょうね、シュウ先輩って」
「喧嘩? 朝から喧嘩したいのか?」
「よわよわな先輩じゃ、私に勝てないでしょ」
「……」
「言い返せないからって無言でサラダを増やさないでください」
ぐぬぬ、とか言いながら自分のサラダを私のお皿に入れ始めた先輩をジト目で睨む。
わずかな期間しか共に過ごしていないが、この人は私生活面でのスペックがかなり高め。料理は朝夜問わずに美味しいものを作ってくれるし、いつの間にやら洗濯とか掃除もこなしている。
少しの間、私の家に住むこととなった先輩は、タダで住むわけにはいかないと家の面倒な家事をこなしてくれている。初日とか起きたら、豪勢な食事が用意され、綺麗になった洗面所やトイレを見て驚いたのは記憶に新しい。
“勝手に色々使ってごめん”なんて言われたが、食材は私が起きる前に買ってきたもののようだし、使ったのは元々家にあった食器や調理器具などだけ。
「……むぅ」
「今日は随分と人の顔を見てくるな」
「無駄にハイスペック?」
「褒めているような言葉なのに、顔は訝しげなのはなんでなんだよ」
色々なことを差し引きしても、お釣りが帰って来るくらいだ。10,000円の商品を1,000円で買った、と言うのが例えとして一番適切なのでしょうか?
あと、誰かが一緒にいると言うのも悪くない。長いことひとりで住んでいた家、朝起きれば気だるげにゼリー飲料を飲みながら学校に行き、しょうもない争いごとに巻き込まれて、またひとりの家に帰ってくる。
それが今は、朝にしっかりとした朝ごはんを準備され、ともに家を出る。お昼には先輩が持たせてくれるお弁当を食べて、放課後に一緒にお買い物をして帰る。夜はおしゃべりして、少し遊んで床に就く。
つい先日までの当たり前だった日常がこうも変わるとは。たまに私のことをからかったり、いたずらもしてくるおかしな人だけど。
この人と一緒に過ごすのはちょっぴり居心地よくて。
「悪くない、とか思っちゃうんですよね。はぁ……」
「お、美味かったか」
「……はい」
「……素直だとちょっと微妙な気持ちになるな」
「私をなんだと思っているんです」
「うーん……小生意気なガキンチョ?」
「なら先輩はそのガキンチョに保護してもらっている宿無しですね」
「……ベーコン、いる?」
「うへへ。はい」
目を逸らしてそっと自分のベーコンを献上してきた先輩から、遠慮なくいただいて口に運ぶ。
口でも力でも私には勝てない先輩だけど、私生活はこの通り。なんて言うんだったか、“胃袋を掴む”だったかな。
意味はちょっと違うけど、ほんの1週間で私は先輩との生活が気に入ってきてしまっている。
こうやって何も考えずに居心地よく話しながらご飯を食べる。それがこんなに良いものとは知らなかった。
だから時間もあっという間。
「そろそろ出なきゃか」
部屋に置いてある時計を見た先輩が、後片付けをしながら呟いた言葉を聞いて少し残念な気持ちになる。
でも学校は行かなければいけないと、先輩が洗い物をしているうちにパッと制服へと着替えて、バッグと愛銃を背負って玄関に向かえば既に準備を終えていた先輩が待っていた。
「ほれ」
「はい。ありがとうございます」
お弁当を受け取って扉を開くと夏ながら、まだ少し涼しい風が髪を揺らす。
朝のうちならまだ涼しいが昼にさしかかると一気に暑くなるアビドス。もう慣れてしまったが、やっぱり涼しくなる夜が恋しい。
まだほとんど人気もない道を先輩とともに歩く。元々、住民が少ないのもあって朝のうちは本当に人影がない。
鳥の鳴き声と朝日に目を少し歪めつつ、先輩と話しながら学校へ向かう。
「シュウ先輩、今日はどちらへ?」
「ん。まぁテキトーに散策するかな」
「昨日も一昨日も同じこと言ってましたよね」
「広いからなぁ、ここ」
ふぁ、とあくびをこぼしながら少しクマのある顔でずっと同じ返答を繰り返す先輩。
いつも眠そうにしているが、私よりも早く起きて朝ごはんを作ってくれている彼には本当に感謝。内心、申し訳なくなって、昨日と同じ言葉を言ってしまう。
「疲れているのなら別に朝ごはん準備しなくても大丈夫ですよ」
「住ませてもらってるし、それくらいはさせてくれ」
「ならこうやって私を送るのやめるとか」
「寂しいこと言うなよ?」
「ちょっとキモいです」
「この野郎」
「うへっ!? 頭ぐちゃぐちゃにしないでください!」
両手で私の髪を強く撫で回す先輩から逃れるべく、少し早歩き。
お互いに口ではアレなことを言っているけど、口元は笑っている。いわゆるおふざけ、じゃれあいのようなもの。
これも密かに楽しく思っていることだが、絶対に先輩には言わないもの。
また、あっという間に時間が過ぎていき。
「……っと、ここまでだな」
「ぁ……はい」
私が通う学校の近く。自身と同じ制服を来た生徒たちが現れ始めると先輩は、そこでいつも立ち止まってしまう。
ちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ寂しい。もう少し一緒にいたい。こう思ってしまうのは、私が先輩に絆されはじめているから、なのかな。
それが顔にも出ていたのか、ぽんぽんと頭を優しく撫でられる感触がして顔を上げる。
優しげな彼の顔が目に映る。
「何しけた顔してるんだよ。また放課後に迎えに来るから」
「……しけた顔なんてしてません。子ども扱いもやめてください」
「俺からしたらホシノはまだ子どもだよ」
「歳、そんなに変わらないじゃないですか」
「まぁな。でも、お前もそのうち歳下の子に“おじさん”とか言って大人ぶるかもよ?」
「なんですか、それ?」
まだ14歳の女の子に言うような言葉じゃないと思う。しかも“おじさん”って。
少しおかしくなって笑うと先輩は“別に冗談とかじゃないんだけど”と少し不満げに。……ほんと、あっという間に時間が流れる。
「それじゃ、行ってこい」
「はい。行ってきます」
小さく手を振って背を背ける。少し歩いて、一度振り向くとまだ先輩は私の方を見て手を振ってくれた。
毎朝、学校の近くまで送ってくれて、帰りは迎えにきてくれる。過保護というか、心配性というか。
私が襲われたあの夜の話をしてから、なるべく一緒にいてくれる先輩は、少し鬱陶しいけどそれ以上に優しい人なんだなって思わせてくれる。
親、とは言わないがそれに近いような存在。私にとっての先輩は……。
「お兄ちゃん、みたいな感じ?」
兄姉はいないからわからないけど、近いのはそこな気がする。でも。
「それとも少し違う、かも?」
出会ったばかりの男の人。優しくて面白くて、一緒にいて居心地が悪くない、そんな先輩。
なんとも歪な関係性ではあるが、決して悪いものとは思わない相手。これを言葉に表すなら、なんなのだろうか。
日常的に聞こえる銃声と爆発音を耳に、ほんのりと芽生え始めた名前のない感情に頭をかしげながら、今日も学校へと登校した。
次回、裏視点(主人公側)。