ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
感想欄、“ハピエンをくれ!”vs“曇らせはいいぞ!”で盛り上がっていますが、私はそれを見て“元気だなぁ……みんな”と第三者目線で楽しんでいます。感想と評価、いっぱいありがとね(そのうち返すヨ!)。
タイトルの元ネタは察してください。あ、今回の話は甘いです。黒糖ミルクのタピオカです。
「先輩先輩」
「はいはい」
「こっち、次はこっちですっ」
「わかったって……そんな急がんでも魚は逃げないよ」
最近の落ち込みようは何処に行ったのか、そう問いたくなるほど元気で今までにないくらい顔を輝かせるホシノ。
見渡す限りたくさんの魚が泳ぐ水槽がずらっと配置されたここは水族館、アクアリウムというやつ。
ほの暗い廊下を中心に左右は大きな水槽。中央をゆっくりと歩きながら忙しなくキョロキョロしているホシノに、手を引っ張られて早いもので数時間。
学校がない休日、俺たちは少し遠出して遊びにきていた。
数日前の放課後、もはや“いつも通り”と言っていい日常になりかけている買い出しでの一幕。
特売に出されている野菜をカゴに入れたのを見て、嫌そうにしているホシノとのちょっとした会話。
「玉ねぎ……」
「そんな顔しても買うぞ?」
「野菜なんて滅ぶべきです」
「そりゃ残念。これハンバーグのタネに使うんだけど」
「玉ねぎは許しましょう。でもニンジンは断固反対です」
がるる、とカゴの中のニンジンに威嚇するホシノに苦笑い。本当に子ども舌だし、野菜が嫌いだなこいつ。
ホシノに怒られる前にパパッと野菜をカゴに入れて、お肉コーナーへ向かう。なるべく安めな合い挽き肉を選んでいると、夕食がハンバーグとわかって少しご機嫌になったホシノを見て少し心配になる。
俺が彼女の家に来る前まで、ホシノの食生活はだいぶ酷いものだった。人のことは言えないが、カップ麺はもちろん、ゼリー飲料やコンビニ弁当ばかりだったようで冷蔵庫の壊滅具合に絶句したのも懐かしい。
小鳥遊先輩はお弁当とか自分で作っていた気がしたけど、この頃はまだ料理とかも出来ないようで、“なぜ弱火なんです? 強火の方が早くできるのに”とか、料理ダメダメな人のテンプレみたいな発言を真顔でされた時は反応に困った。
“コイツ、俺がいなくなった後、大丈夫なのかな”と心配しちゃう心情も理解してくれる人は多いだろう。
じっと見ていたのに気づいたホシノが“なんですか?”と顔を傾ける。
「いやさ、少し心配になってな」
「懐、寒いんですか。お金なら私が出しますよ?」
「誰が金なしのヒモだ!」
「先輩」
「……」
ビシッと指を刺されて言い返せなくなる。中学生の女の子に住処を与えられた、ヘイロー無しのか弱い一般男子高校生……ってこと!?
一気に情けなくなり、将来に不安が出来たが今はそっちではない。こほん、とわざとらしく大きめに咳払い。
「心配なのはお前だよ」
「はい?」
「この先さ、ご飯とかどうするんだ? 作れないだろ」
「先輩がいるじゃないですか」
「俺はそのうち出ていくし」
「……ぇ……?」
「ぅおっと!? 急に合い挽きのパックを落とすな、よ……?」
手に持っていた合い挽きのお得パックを、溢れ落とすように手から離したホシノを見て慌ててキャッチ。
反射的に怒ろうとした俺だが、ホシノの顔を見て言葉が詰まってしまった。
スーパーの店内に流れる陽気なBGM、多少はいる他の客たちの話し声を背景に俺の目に映る少女の顔は、虚をつかれたような困惑したもの。
見たことがないホシノの表情に恐る恐る声をかけてみる。
「どうした? お腹でも痛いか?」
「……ぁ。いえ」
「本当に大丈夫か」
「……はい」
さっきまでのテンションは何処へやら。一気に暗くなってしまい、少しぼーっとしているホシノに疑問を持ちながらも、手を引いて残りの商品を集めていく。
卵や朝用のヨーグルトを取りにいく最中、そしてお会計まで珍しくずっと静かなままで本格的に心配になっていきた。
ホシノが口を開いたのは、帰り道。陽はほとんど落ちて周りの人影も消え始めた住宅街の道路。砂嵐によって道端にはところどころ、さらさらとした砂が目に入る。
「先輩」
「お、なんだ」
「いなくなっちゃうんですか」
「はい?」
「何処かに行っちゃうんですか……?」
「何処かって……」
迷子になった不安げな子ども。今のホシノの表情を例えるなら、それが一番近いと思う。
ずっと俺の服の裾を強く握っていたのは、“俺がいなくなってしまうかもしれない”、という不安が現れたものだとようやく気づく。
……おいおい、随分と可愛いところあるな。
不安そうなまま俺を見続けるホシノの頭をなるべく優しく撫でる。
「……ん」
「なんだ、子ども扱いするなって怒らないのか」
「……嫌じゃ、ありませんから」
「そっか。……そんな顔すんなよ、別にすぐいなくなるわけじゃない」
「でも、もうすぐ……」
「まぁな。もう3週間近くになるし」
3週間。その単語を聞いた途端、すごく寂しそうな顔になるホシノ。
もともと、俺がホシノの家に住ませてもらっているのは言い訳に使ったズレた時間分、ひと月の間だけという約束。
ひとりで暮らしていたから、(世間的にはヤバすぎるが)ありがたく居候させてもらっていたが、ずっとこのままというわけもいかないと思っていたのだけれど。
ともに生活するというのは、これまでひとりで過ごしてきた少女には少し毒だったようで、自分が思った以上に好かれていたようだ。
薄々は気づいてたが、ものすごく懐かれている……というか慕ってくれているのは感じていた。でも。
「一緒に、いたいです。寂しい、です」
俺の服を握る手とは反対側を胸にあて、眉毛をハの字にしてクシャッとした涙目+上目遣いで“一緒にいたい”なんて言われるほどとは思わないよね!
すごい罪悪感と申し訳なさが胸を締め付けてくる。けれど、どう足掻いてもお別れはやってくるもの。
そもそも、俺という存在はここ……過去にはいちゃいけないものだし、変わってしまった未来を変えられたら帰るつもりだ。
けど、こんなにも自分の存在を求めてくれる女の子を残さなければいけないという事実は、結構“くる”ものがある。
どうしよ、思春期真っ只中の子に優しくしすぎたかな……。
乱暴に自分の頭を掻き、懐からハンカチを出してホシノの目尻を拭く。
「泣くなよ、可愛い顔が酷いことになってる」
「……ん。こんな顔させたの、先輩です。……責任とってずっと一緒にいてください」
「はは……。随分な口説き文句だなぁ」
「冗談じゃない、です」
「……ごめんな」
「……っ」
また泣きそうになったホシノになるべく優しく話しかける。膝を折って目を合わせて、小さな子どもに大人が諭すように言葉を紡ぐ。
「俺さ、待たせてる人がいるんだ」
「……?」
「大事な約束をしててな。どうしても、それを果たさなきゃいけない」
変わる前の世界。小鳥遊先輩との約束。
今の自分にはどんなことが起きるか、どんな話をされるのかは想像もつかない。
勇気を振り絞って“話がしたい”、“好きになってほしい”と告白してくれた、歳上とは思えない可愛い先輩との守らなきゃいけない約束があるのだ。
「だから、ずっとはここにはいれないんだ」
「……私より」
「ん?」
「私よりも、大切なことなんですか」
むぅ……。
……どっちも同じ相手とのことなのに、違うこと。哲学的なことではなく、言葉通りの意味で返答に困る。
でも、あえて答えるなら。
「今の俺には“小鳥遊ホシノ”より大切なものはないよ」
「うへっ……!?」
「なんだ、急に体を引くなよ」
一歩下がり、びっくりしたような顔で逃げられてしまった。
ほんのり顔が赤くなっているのは、見なかったことにしよう。……言った自分でもくさいセリフだと思ったしな。
「確かにいつかは俺、ここじゃなくて……アビドス高等学校に行くけどさ。それまではずっとお前のそばにいるさ」
「……私の家からでも学校、行けます」
「あー……そうなんだけどね。距離とかじゃなくて時間がな」
「……?」
まさか“本当にアビドスに行くのは3年後なんです”とか、“俺はホシノより歳下”なんて言えるわけもない。
困った顔をしていた俺に“どういうこと?”と不思議そうにするホシノ。
ほんと、何処までなら言っても大丈夫なのかな。隠し事とかあまりしないから、誤魔化す言い訳が思いつかないや。
「とにかく、確かに1回はお別れすることになるけど、絶対にまた会えるさ」
「……」
「繰り返しになるけど、すぐにいなくなるわけじゃない。寂しいなら今のうちに好きなだけ甘えてこい」
そう言ってホシノの手を握り引っ張る。少し冷たくなっていた彼女を連れて、家へと帰る。
少しの間、何も言わずに顔を下に向けたままだったが。
「……いいんですか」
「ん?」
「……甘えても、いいんですか?」
「おう。まだ子どもなんだ、歳上には甘えられるうちに存分に甘えちゃえ」
「……はい」
まだちょっとだけ涙目だったけど、顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
それから、ホシノの俺に対する態度というか、接し方が大きく変化した。
「シュウ先輩」
「だめ」
「やです」
拒絶の言葉とは裏腹に膝の上に乗ってきたり。
「野菜、食べたくないです」
「ちっこいままだぞ」
「自分では食べません」
「……」
「……」
「……はぁ。……ほれ」
「! ……うへへ」
嫌な食べ物は自分で食べないと口を開けて待つ姿にため息とともに、フォークで刺したニンジンを放り込む。
つまり、あーんをねだられたり。
「ホシノ、ホシノさんや。流石にこれはダメだと思うんだ」
「なんでですか」
「ちっちゃいとはいえ、キミ中学生、しかも3年生だよね?」
「はい」
「もう十分に大きいよね」
「はい」
「ならひとりで寝れるよね……?」
「やです。……私、まだ子どもですから」
「あのなぁ」
「シュウ先輩は、私と一緒に寝るの……イヤですか?」
「………………わかったよ」
「うへへ」
気づけば一緒に寝たいとくっついてくる始末。
幼児化しちゃったの? と思わされるほど甘えてくるのだ。わがまま、とまでは言わないけどとにかくお願い事が多くなっている。
流石にまずいと思って、何度か断ろうとしたのだけど今にも泣きそうな顔でねだられてしまい、俺はNOが言えない体になってきていた。
……ホシノに弱いなぁ、俺。何があっても“ま、いいか”と笑ってしまうくらいには、自分も彼女のことを好いていたらしい。
これだけ甘くすれば少しは気も紛らわせることができると思っていたのだが時折、俺を見ながら寂しそうにする姿を見て、何かしてやれないかな、と考えた。
で、思い出したのがホシノの携帯の待ち受け画面。デフォルメ化された可愛いクジラが写っていたのを思い出し、おでかけと言って水族館に連れてきたわけだ。
「わぁ……」
「気に入ったか?」
「はい!」
ぎゅっと手を握って嬉しそうに笑うホシノの顔を見て、間違いじゃなかったようだと安心。それと嬉しい気持ちが自分の中にも溢れてくる。
水族館に来てからは一切、あの顔を見せない彼女に心底“良かった”と思う。
あとどれだけの時間、ここに居れるかはわからないが自分がいるうちは決してその顔が歪まないように守る、そう思った1日だった。
——08.08.29.13
お互いに気づかない感情が大きくなる。相互するように距離も縮まる。
次回から大きく物語は動き出します。
ここまでは癒し。つまり、暗くなり始めます。
甘いものばかり摂取していて読者は不安よな。
黒服、動きます。