ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」   作:群缶

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作者からの一言:黒服が出る回は伏線を入れがち。



※下ネタ注意。いや、マジで。






EX-2「クククッ……まさに愛の力、ですねぇ」

 

 

 

 

 

 陽が落ちた静かな夜。暗がりの中でも一際に不気味なとあるビルの一室。

 

 そこで俺と黒服はひとつのテーブルを挟んで、なぜかお茶をしばいている。

 

 嬉々として黒服が用意したのであろう、数々のお高そうなスイーツを並べていく悪い大人? の姿に言葉が出なかった。

 

 

「まずはこちらから。このミルフィーユは絶品でしてね」

 

「……お、おう」

 

「そして、このマフィンも。素晴らしい食感と甘味が脳を癒してくれます」

 

「あ、ありがと」

 

「またこの茶葉にもこだわりがあってですね……」

 

「わ、わかった。わかったから、一回ストップ」

 

「はい?」

 

 

 高い位置から紅茶を入れようとする黒服に思わず待ったをかける。本人は“何ですか?”と不思議そうな顔をしているが。

 

 俺はものすごーく微妙な顔をしているに違いない。

 

 

「なんでこんな夜中にティータイム? いや、それ以前に何で呼ばれたの、俺」

 

「いえ、たまにはどうかなと」

 

「仲の良い友人か?」

 

 

 むしゃむしゃと自慢してきたミルフィーユを食べながらそんなことを言われて、思わずツッコミを入れてしまう。

 

 あまりにもツッコミどころが多い。バイト終わりにふらっと現れた黒服に警戒していれば、みたことのあるトリニティ自治区の有名スイーツ店の白い箱を片手に“クク……少々、お話でも”なんて誘われた時は目が丸くなった。

 

 のこのこついて来た俺もバカかもしれないが、コイツには聞きたいことがあったし、しばらく姿を見せていなかったから、ちょうど良いと誘いに乗ったらこれだ。

 

 目の前に置かれたマフィンを一口。

 

 

「……む」

 

「いかがです?」

 

「え? う、うまいけど」

 

「でしょう? ……クク」

 

 

 俺の反応を見て、満足げに笑いながら紅茶を飲む黒服。え、なに? 本当に何?

 

 てか、この茶菓子は相当高いものの気がする。以前、ナギさんに誘われたお茶会にもこんな感じのものが出てきたが、値段を聞いて白目を向いたのは記憶に新しい。

 

 ひょんなことで仲良くなったナギさんこと、桐藤ナギサさん。

 

 そこそこ交流を重ねてからというものの、ストレスが溜まると愚痴を言う相手として、俺が呼び出されるように。……なんかトリニティ総合学園の偉い人っぽいけど、詳しくは教えてくれない。

 

 適当に相槌を打ってお茶を飲んだり、少し仕事を手伝ったりしていただけだったが、いつの間にやら仲良くなってたっけなぁ。

 

 若干、紅茶狂いの気がある友人を思い出しつつ、お茶を飲んでいると黒服から話が始まる。

 

 

「さて、あれから数週間ほど経ちましたがお変わりないようですね」

 

「元凶のお前に言われるのすごい癪なんだけど」

 

「おや、元を辿れば貴方の選択では?」

 

「…………まぁ」

 

「クク……そんな苦虫を噛み潰した顔をしないでください」

 

 

 よく言うぜ、ほんと。

 

 愉しげに笑う黒服にイラッとするが自業自得だと言うのは自分が一番わかっている。それに、あの選択を後悔なんてしているわけもない。

 

 外の世界に帰る道は消え、平穏ではない人生が確定した。けど、それ以上に大切なものが見つかったのだ。

 

 この結果に俺は満足しているとも。

 

 

「何とも仲睦まじいようで」

 

「お前のおかげでな」

 

「ええ、そうですね。感謝してください」

 

「……嫌味だぞ」

 

「クク」

 

 

 もちろん伝わっているはずの俺からの嫌味。でも大人の余裕とでも言いたげな顔で紅茶を飲む黒服。

 

 はぁ……むかつくが、言葉ではコイツに勝てる気がしない。

 

 かちゃり、とティーカップを置く音。顔を上げれば静かにこちらを見つめる黒服。

 

 

「何だよ」

 

「いえ。また一段と大きくなりましたね」

 

「?」

 

 

 しみじみと言われるが何のことかわからない。よほど不思議そうな顔をしていたのか、俺が聞く前に黒服が語り出す。

 

 元々ここに来たのは、それ関連の話を聞こうとしてのもの。こっちとしては都合がいいので黙っておく。

 

 

「貴方の神秘ですよ。3ヶ月前とはもはや別人と言っていい」

 

「そんなにか」

 

「ええ。小鳥遊ホシノ……そして他のものとの繋がりを大きく感じます」

 

「まぁ、仲良くはなってるし」

 

 

 なんだったか。俺の中にあるものは誰かとの絆が大きくなるほど、力を増すみたいなことを聞いた。

 

 つまりは時間をかけて友人を増やすほど、強くなれると言うこと。

 

 

「しかし、それでも普段は常人に毛が生えた程度ですがね」

 

「そりゃ、弾丸1発で死ぬしな、俺」

 

「クク……そして、その力は繋がりが薄まれば弱くなる。思い当たる節はありますね?」

 

「お前がそれを言うか?」

 

 

 過去の世界にて。ホシノと俺が仲違いを起こしたあのタイミング。

 

 少し前まで軽かったはずの体はやけに重く、周囲に隠れていたオートマタにすら気づかずにコテンパンにされたのは苦い記憶だ。

 

 

「ですが、ここぞと言うときにはこのキヴォトスでも最高の神秘の輝きとなる。それが貴方です」

 

「ごくごく普通の高校生だよ」

 

「クク……しかし、すでに貴方は外へは戻れない」

 

「ああ」

 

「シュウさん、貴方はもう“普通の枠”からはみ出し始めています」

 

「知ってるって」

 

「いえ、わかっていませんよ」

 

 

 自分でも理解している。そのはずのことをヤケに繰り返す黒服に対して適当に返事をしていると、呆れたようにため息と苦言を言われる。

 

 

「まぁ、いいでしょう。そのうち嫌でも気づくことです」

 

「すっごく嫌なこと言うじゃんか」

 

「事実です。貴方は無闇に多くのものを引き寄せすぎる。たとえば」

 

 

 肘をテーブルに置いたまま、黒服は俺の右胸を指差す。

 

 指された場所、右の胸内側から桃色の石を取り出す。これが何だって言うのだ。というか。

 

 

「え、何で知ってるの?」

 

「拾ったのはたまたまでしょうが、それこそ貴方の力の厄介な点です」

 

「いや質問に答えろ」

 

「クク……“たまたま”お見かけしただけです」

 

 

 怪しい。すっごく胡散臭い。

 

 まさかとは思うが俺のことを監視とかしてないだろうな、こいつ。

 

 取り出したよく分からない妙な石。何かから砕けたボロボロのかけら。

 

 拾ったのは1週間ほど前。運搬のバイトでアビドス砂漠を横断している最中に足元に転がっているのを見つけた。

 

 なんの変哲もないただの石。けど妙に惹かれてつい拾ったまま、胸の内ポケットに入れたままだったのを今の今まで忘れていた。

 

 光にあてれば中心が、水色と薄緑色に光る綺麗な石。うーん、何で持って帰って来たんだろか。

 

 

「……随分と珍しく、厄介なものを拾いましたね」

 

「え……。厄ものなの、これ」

 

「さぁ。ですがそれを貴方が拾う……違いますね。惹かれて出会うとは因果なものだと思います」

 

「……捨てよ」

 

「クク……もったいない。では私がいただきましょうか?」

 

「それは癪だから持っておく」

 

「残念」

 

 

 口で言った言葉とは裏腹に愉快そうな黒服に、また思惑通りに動かされている気がしてならない。

 

 

「話は戻りますが、シュウさんの力についてですね」

 

「そういや、そんな話だった」

 

「他者からかき集めたものを力へと変化させ、貴方の願いを現実に変えうる……なんとも神秘と言う言葉に相応しい力」

 

「え、初耳なんだけど」

 

 

 何そのすごい力。持っている本人的にすっごく興味が湧く。

 

 

「奇跡を起こす、時の遡行すら叶える力ですよ? ただし、貴方が真に願ったものや縁という条件があるようですが」

 

「縁?」

 

「はい。たとえばあの時間遡行は、シュウさんと小鳥遊ホシノの縁を辿ったものです」

 

「へぇー」

 

「……お気付きだったのでは?」

 

「いや、知らんて」

 

「……ごほんっ! ……話を戻します」

 

 

 一瞬呆れた顔しなかった、コイツ?

 

 

「貴方に渡したデバイス、それは主に貴方の血液をエネルギーとして動かしていました」

 

 

 左手についたままの時計に目を向ける。今も時を刻み続けるこの機械のせいで大変な目にあったと顔が渋くなる。

 

 

「しかし、コアとしているものは別です」

 

「コア?」

 

「はい。それは貴方の血液を消費し、神秘を増長させる別のものが組み込まれています」

 

「他の誰かから神秘でも盗んできたのか」

 

「盗んだわけではありません。正当にいただいたものです。……クク、誰とは言わなくてもわかりますね」

 

「ホシノ、だろ」

 

「その通りです」

 

 

 自分とホシノを使って作り出されたマシン。それが時を超えて、素材の持ち主同士を引き合わせたというのだ。奇妙な縁を感じる。

 

 

「そしてそれは使い切り。一度使えば遡行終了と同時に壊れてしまうものです」

 

「でも、俺のは」

 

「はい。ですから、それはすでに別の何かに変化し始めているようです」

 

「……」

 

「まるで意思があるかのように貴方を守り、治癒するのも確認していますから。他でもない私がね」

 

 

 あの時の戦闘。ボロボロになっていたはずの俺の体は、目が覚めたら全てではないが動けるくらいには回復していた。

 

 何でだろうとは思っていたが、これのおかげだったのか。……ってそうだ。

 

 

「これ、外せないの?」

 

 

 数えて3ヶ月の間。風呂に入る時ですら付いたままの、この時計の外し方を聞きたかった。

 

 

「どうなんでしょうね」

 

「はい?」

 

「わかりませんよ。遡行終了とともに壊れて外れる想定でしたから」

 

「知らないの? 本当に?」

 

 

 いい加減に外したくて、うずうずしていたのにあまりにも慈悲のない言葉を製作者から聞かされて、情けない声が出る。

 

 

「さぁ……本当にわかりませんよ」

 

「そんなぁ……」

 

「クク……そう残念な声を出さないでください。もう作成するのも難しい貴重なものです」

 

「……そうなの?」

 

「素材が素材です。シュウさんならまだしも、小鳥遊ホシノから素材を手に入れることは期待できないでしょう」

 

「予備とかとってなかったのか」

 

「私と貴方のを制作するのでギリギリでした。誓って嘘は言ってませんとも」

 

 

 変な話、コイツは騙しはしても嘘はつかない。最悪なタイミングで裏切ってきても、道中は信用できるところがある。

 

 この言葉にも多分、嘘はないのだろう。でも。

 

 

「何で、これは俺から外れないんだ?」

 

 

 大元の疑問が晴れていない。すごく貴重なものなのはわかったし、ホシノが関わっているものなら大事だと思える。

 

 けれど、なぜ外せないのか。そこはまだ分からない。

 

 

「あくまで予想になりますが」

 

 

 難しそうな顔で疑問を持ったままの顔。研究者と名乗る男が、自分の作ったものが未解明というのが引っかかっているのだろう。

 

 

「クローン・デバイスの意思、とでもいうのでしょうか」

 

「は?」

 

「その装置が貴方から離れるのを嫌がっている、そう推測しています」

 

 

 言われた言葉を噛み砕いてから、改めて自分の腕に付いた時計を見る。

 

 これにも意思があるって……。

 

 

「AI、的な?」

 

「どうでしょうか。本当に私にも分からないのです」

 

 

 責任がないことを言うなぁ。だが外れないものは仕方がないと、ため息を吐いて少し冷めた紅茶をひと口。

 

 む、こっちも美味い。と、内心で思っていれば次は黒服から質問が飛んできた。

 

 

「私からもお聞きしたいことがふたつほど」

 

「んー?」

 

「なぜ貴方は、あのときに自分の身を差し出してまで、他人である小鳥遊ホシノを救ったのです」

 

「何でって……そりゃ、大切な後輩だったし」

 

 

 俺からの答えを聞いても釈然としない顔をする黒服。

 

 いや、本当にそれだけだったのだ。

 

 

「子どもが苦しんだり、辛い目に遭っているのに手を差し伸べない奴はいないだろ」

 

「ですが、貴方もその子どもの1人です」

 

「ああ。でもあの時は俺が歳上で先輩だったからな。それに」

 

 

 目に映る赤みがかった茶色い液体を見て、浮かんだ言葉をそのまま口に出す。

 

 

「大切な子を守るのは男の役目、だろ?」

 

「…………クク」

 

「何だよ」

 

「いえ」

 

 

 面白いことを聞いたとばかりに笑われてちょっとムッとする。カッコつけたことを言ったのは自覚しているが……本心だし、それ以外に浮かばなかったのだ。

 

 

「男として、ですか」

 

「悪いかよ」

 

「クク……なるほど、貴方は大人へと成長し始めているのですね」

 

「まだまだガキだよ、俺は」

 

「いえいえ。貴方はとても立派だとは思います。こうして、先生に黙って私と会っていることを除けば」

 

 

 最後のひと言で体がびくりと震えた。それを見た黒服の笑みが深くなる。

 

 

「…………あの。できれば内密に……」

 

「ククク……もちろん。男同士の約束です」

 

「は、はは。紅茶、冷めてるよ? 俺、入れようか?」

 

 

 返事を聞く前にポットをとって黒服のカップに新しい紅茶を入れ直す。手が震えているのはきっと気のせいだ。

 

 お礼を言われて席に座り直しながらスマホを確認すれば、ホシノからの着信とトークが来ていた。

 

 

ホシノ『シュウくん、今どこ?』

 

ホシノ『今日、家行ってもいい?』

 

ホシノ『なんか嫌な予感する』

 

 

「……………」

 

「青ざめてどうしたんですか」

 

「いや、女の子の勘って怖いよね」

 

「はい?」

 

 

 疑問を浮かべた顔をする黒服に構う暇もなく、焦る俺。どうしよ、これ……と悩んだ結果。

 

 

「……」

 

「なぜ携帯の電源を落とすのですか」

 

「気にしないで……」

 

 

 逃げを選んだ。だって、今返信したら絶対ボロが出て気づかれるし。

 

 

「はぁ? まぁいいでしょう」

 

「おう。……で、もう一個は?」

 

 

 確か聞きたいことはふたつあると言っていた。他に何が聞きたいんだ、黒服は。

 

 俺からの言葉に“ああ”と思い出したかのような声を出す。

 

 

「こちらは本当に分からないことです」

 

「お前がわかんないこと、俺がわかるわけないだろ」

 

「そうでしょうか。気になっているのは、なぜ小鳥遊ホシノがシュウさんのことを覚えていたのか、ということですが」

 

「いや、本当に知らないんだけど」

 

 

 全く心当たりがない。

 

 確かにコイツの言った通り……いや、実際にコイツ自身も自分が未来の自分によってホシノを捉えていたことは忘れていた。

 

 だけど、ホシノは俺のことを覚えていたのだ。

 

 

「あの契約のせいとか?」

 

「ありえません。あれは私とシュウさんの契約であり、私が貴方を覚えている要因にはなりますが、小鳥遊ホシノが記憶に残ることはないはず」

 

「何で?」

 

「結果として貴方が小鳥遊ホシノを助けたからですよ」

 

 

 黒服の説明では、過去の結果を変えるのに直接的に未来人が関わってはいけない、というものだった。

 

 で、今回の例で言うと。

 

 

「最終的に小鳥遊ホシノを私が手放した、と言う結果が残りましたが、その要因である契約のことを彼女は知らないでしょう」

 

「確かに」

 

「ですから、分からないのです。シュウさん、貴方は過去に小鳥遊ホシノへ何かしたのでは?」

 

「う〜ん……」

 

「何かないのですか、小鳥遊ホシノと私。貴方の記憶を持つもの同士での違いは」

 

 

 黒服に言われて何かないかと思い出すが、心当たりがない。でも気になった点と言えば。

 

 

「そういえばホシノ、最初は俺のことを忘れてたって言ってたっけ」

 

「ほう」

 

「なんか初対面の時に、頭の奥底から湧き出るみたいに思い出したみたいなこと言ってた」

 

 

 ふと思い出したホシノとの本当の初対面。初めは俺のことを知らなかったと言っていた。で、日に日に全てを思い出して実感したと聞いた。

 

 

「ふむ……いや、しかし……」

 

 

 俺からの言葉で何か思いあたったのか、考え込む黒服。

 

 

「なんかわかったのか?」

 

「可能性、の話ではありますが」

 

「もったいぶらずに言えって」

 

「……多くの血液を小鳥遊ホシノに与えましたか?」

 

「うぇ、何だそれ」

 

 

 突拍子もないことを聞かれて思わず変な顔になる。血液を与えるって……特殊なプレイすぎない? もしくは吸血鬼か何かか?

 

 

「別に冗談を言っているわけではありません」

 

「えぇ?」

 

「先ほども話しましたが、クローン・デバイスは貴方の血液と小鳥遊ホシノの神秘を使ったものです」

 

「言ってたな、そんなこと」

 

「まだ未成熟とはいえ、アビドス最高の神秘を持つ小鳥遊ホシノに貴方の血液……もしくは体液にあたるものを大量に摂取させていれば」

 

「……ん?」

 

 

 なんか引っかかった。あれ、何で冷や汗を掻いているんだ俺。

 

 いや、いやいや……まさか。

 

 

「記憶の消去、改変は起こらずに封じ込められる……そして、再びシュウさんと出会えばその封印は解かれる可能性は十分にあります」

 

「そ、そうか」

 

「……何か思い当たる節があるのですね?」

 

「いやーちっともこれっぽちも?」

 

「顔に出過ぎです。私にもったいぶらずと言った手前、貴方が隠すのは良くないと思いますが」

 

 

 少し不機嫌そうに言われる。正直、もしかして……と言うものはあるのだが、言いたくない。いや、言えない。

 

 だって……コイツに、俺とホシノのことを? でも、まだ可能性の話だ。少しずつ確認すべきだ。

 

 

「あのさ」

 

「はい」

 

「ぐ、具体的には、俺の体液がどれくらいいるの……?」

 

「記憶を奥に封じる、と言うだけなら30mlほどもあれば、ですかね」

 

「…………」

 

 

 脳裏には、男性が1回で平均的に出る“あれ”の量がちらつく。そして、暴走してしまった自分がした回数と掛け算すると。

 

 ……………。

 

 

「……あの」

 

「やはり心当たりが?」

 

「ない、とは思うんだけどね。うん、そのまさかとは思うんだけどさ」

 

「勿体ぶらずに」

 

「…………えき」

 

「はい?」

 

 

 小さくなった俺の声を聞き辛そうに近づいてくる黒服。なぜ、コイツ相手に俺は羞恥を感じなければいけないのか。

 

 

「ハッキリと言ってください。重要な手掛かりかもしれません」

 

「せい……えき……です」

 

「…………はい?」

 

 

 聞き間違え? と言う顔をしている黒服を見て頭にカチンときた。恥を捨ててしっかりと言葉にする

 

 

「ホシノに精液を飲ませましたぁ!!」

 

「……………………はい?」

 

 

 深い、あまりにも深い沈黙と静寂。

 

 唖然としてポカンとした黒服の顔。絶対にもう見なそうな表情。

 

 でも、それを見れるほど、今のコイツに視線を合わせられるほど、俺のメンタルは強くない。

 

 重くなった空気の中で先に口を開いたのは黒服。

 

 

「あ、あの……。そ、それは同意の上で?」

 

「……うん」

 

「そ、そうですか……。口からだけ、ですか?」

 

「……口は1回」

 

「……下は?」

 

「…………………5回」

 

 

 絶句。まさに絶句という顔をした黒服。何で俺、仮にも敵であるコイツにこんなことを話しているのだろうか。

 

 いや、敵じゃないとしても普通は話さないことだ。何よりコイツからすれば。

 

 

「……良き1日を、とは言いましたがね」

 

「…………」

 

「ク」

 

「…………っ」

 

「クク、ククク……クハハハハ!!」

 

 

 爆笑。大爆笑された。

 

 テーブルを叩き、あまりにも愉快そうに笑われて、羞恥が限界になって勝手に口が開く。

 

 

「違う! 飲ませたんじゃなくてしゃぶり尽くされたの!!」

 

「クク……ッ! 別に聞いてませんよ」

 

「というかたまってたんだ! 普段からあんなには!」

 

「まぁまぁ。落ち着いてください」

 

 

 とんとんと肩を叩かれて、入れ直した紅茶を手渡される。

 

 

「クク……まさか、まさかそんなことで今の貴方たち、そして私がいるとは」

 

「く、うぐぐ……」

 

「いやはや。大人に成長し始めた、とは言いましたが」

 

 

 一度言葉をくぎり、にっこりと笑って。

 

 

「男としては一人前になっていたとは」

 

「…………やかましいっ!!!」

 

「クククッ……まさに愛の力、ですねぇ」

 

「意味深? 意味深な愛だよねそれ!」

 

「全く。貴方は私を飽きさせないですね」

 

「見せもの? 見せものとしてか!?」

 

「ええ。私は貴方のファンですから」

 

「嫌味だろ! それ絶対に嫌味だろ!!」

 

 

 今までで一番愉しそうな黒服に対して頭に血がのぼる。

 

 あーだこーだと言い争っていれば、気づけば21時。

 

 

「クク……。名残惜しいですが、そろそろお開きですね」

 

「2度とこない!」

 

「そうおっしゃらずに。こちらを」

 

 

 そう言って手渡された1枚の紙。そこには。

 

 

「私の連絡先です」

 

「いらねぇよ!」

 

「いえいえ、そう言わずに。とても良い話を聞かせてくれたお礼です」

 

「お前の連絡先に何の価値があるんだよ……」

 

「1度だけ」

 

 

 ピン、と人差し指を立てて嗤いながら黒服は、ひとつの贈り物を俺へと送る。

 

 

「1度だけ貴方をこちらの利益なしにお助けします」

 

「……」

 

「今回の貴重なお話とこの1ヶ月間の監視によるお礼です」

 

「やっぱり、見てたのか」

 

 

 疑念が晴れたと同時に不快感。たまに感じていた視線の正体に納得が行った。

 

 目に映る黒服からの贈り物。

 

 それを見て、少しの迷いを持ちつつも受け取る。

 

 微妙な顔になりながらも、背を向けてこの場からさろうと立ち上がる。

 

 

「それでは、また」

 

「……ああ」

 

 

 もう話すことはない、と背を向けて歩く。扉に手をかけたところで後ろから黒服に声をかけられて振り向く。

 

 

「最後にひとつ」

 

「……何だよ」

 

「これは、1人の大人としてです。……避妊は大事ですよ」

 

「…………ばーーーーか!!!!」

 

 

 

 

 

 

 






次回、“Vol.2 プロローグ”。


早ければ今日にあがります。よければ覗いてみてね。
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