ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」   作:群缶

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“0:Question. 貴方は本当に童貞ですか?”の後。

ホシノの視点でお送りするVol.1のおまけストーリーです。

簡単に言えばエピソード0というべきお話ですね。



■■-1:昨日までと違う日常(いつもどおりの日常)

 

 

 

 

「————さむ……」

 

 

 肌寒さと小鳥の囀り、それからほのかな朝の匂い。

 

 深く落ちていた意識がゆっくりと浮上する感覚とともに、目に映るのはまだ少し暗い自分の部屋。

 

 ふんわりとした枕、横に映る私の部屋。長いこと使っている机やテーブルが目に映る。

 

 寝起きは別に悪い方ではないけれど、今日はやたらと怠くて、動きたくない。

 

 

「…………ん、ふぁ」

 

 

 寝惚け眼で霞む視界に映る自分のスマホ。そこには、デフォルメ化されたくじらのイラストと、今の時刻が表示されている。

 

 AM5:30。普段ならばまだ寝ている時間で、やたら頭がぼーっとする理由がわかった。

 

 起床するには早すぎると、もう一度眠ってしまおうと目を閉じる。

 

 でも、不思議と頭が冴えてきて気づけば体を起こしていた。

 

 

「ふぁ……あぁ……」

 

 

 また大きくあくびをして体を伸ばす。

 

 疲れが取れきっていないのか、肩は少し重いし、節々にほんのり違和感がある。

 

 意識は覚醒したが、まだ寝起き。ぼーっとしてる中で、小さな音がひとつ部屋の中に響く。

 

 音の発信源は自分のお腹。珍しく空腹のようで、ちょっとびっくり。

 

 

「……何か買ってたっけ」

 

 

 この数年、まともに朝ごはんなんて食べていなかった。何より朝はお腹が空かないから、別に必要だとも思っていなかった。

 

 我がことながら珍しいと思いつつ、冷蔵庫を確認すると買い置きしてるゼリー飲料がいくつか残っていた。

 

 料理などまともにしない私がエネルギー補給のためだけに買って、ちょっぴり味が気にいっているもの。

 

 いうならば好物のようなもの、かな。

 

 これで十分と手で取り出して、パックの蓋を開ける。

 

 

「着替えよ……」

 

 

 口にチューブを咥えて制服へと着替えていく。普段は口にしない朝ごはんだが、たまに食べるぶんにはいいものかもしれない。

 

 とても馴染みのあって、飲み慣れたもの。味も好みだし、気に入っているはずだ。

 

 

「……?」

 

 

 飲んでいたパックを口から離してまじまじとみる。間違いなく自分で選んだもの。

 

 でも、なんだか。

 

 

「……あんまり、美味しくない」

 

 

 漠然と、自然に出た嘘偽りない私の感想。

 

 それに頭を傾げて。でも、そんなこともあるかと気にせず、学校へと行く準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズレている感覚。

 

 それがどうしても拭えない。

 

 眉を寄せて眉間に皺を作り、コンビニで購入したパンを齧りながら、理解できない胸のうちに巣食う感情を咀嚼する。

 

 ここ数日でずっと感じている、今までに感じたことのない感触。

 

 たとえば、何気ない登校の一幕。

 

 自宅の玄関を出る際。学校へと向かう道。

 

 3年間繰り返してきた当たり前の行動なのに、どこか切なさを感じたり。

 

 たとえば、ご飯を食べるとき。

 

 コンビニ弁当を口にする瞬間。今も齧っているパンを食べているタイミング。

 

 馴染みあるはずのものはどこか味気なく、“これじゃない”感じがする。

 

 ほかにもたくさんある。

 

 帰りに自然と誰かを待ってしまったり。今までほとんど行ったことがなかったはずのスーパーへと、無意識で向かってしまったり。

 

 ……何よりも不思議なのは、当たり前のはずのひとりの時間が、とても寂しく思っていること。

 

 

「…………なんだろう、これ」

 

 

 ずっと胸の中で動き続けるこの感情。

 

 14年の人生でほとんど感じたことのない“これ”に名をつけるならば。

 

 

「恋しい……なんて、ばかばかしいですね」

 

 

 あまりにもらしくない言葉が口から出て、鼻で笑う。

 

 何が恋しいというのだろうか。いつから私はそんな弱いものを抱えるようになったのやら。

 

 この思考は無駄だと切り捨てて、乱雑に座ったせいで乱れたスカートを直して、少し早足で教室に戻る。

 

 ……恋しい、という言葉が嫌にしっくりときたことを忘れるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の様子が変、ということは案外周りに気づかれていたようで。

 

 “どうしたの?”とか、“悩み事?”とクラスメイトに心配されてしまった。

 

 でも別に調子が悪いとか、この年頃特有の病気とかでもない。

 

 そう説明したけど、誰も納得してくれなくて、結局早退した。

 

 寝てみれば少しは変わるのかな、なんて夕方にベッドへと潜り込んだ結果、起きたのはもう日が回る直前。

 

 明日も学校を休むわけには行かないと、また寝ようと努力したが目は冴えたまま。

 

 しかも胸の内の不安とも言える気持ちは大きくなる一方で、夜遅くだというのに家を出てしまった。

 

 日中の暑さが嘘のように冷え込んだ真夜中。

 

 ぐるぐると頭で同じことを、答えが出ない意味のない思考を巡らせて。

 

 

「……何、してるんだろ。私」

 

 

 つい、愚痴のような言葉が溢れた。

 

 自分の感情をコントロールできない幼い子どものような自分への苛つきと、何ともわからない焦燥に不安。

 

 これがずっと自分の中で燻り続けている。

 

 そんなことを少しでも忘れたくて、滅多に行かないような道を歩く。

 

 そういえば、と家の近くにある公園を思い出して足を進める。

 

 道中で見つけた自動販売機で、これまたほとんど飲んだことがないブラックコーヒーを購入して。

 

 

「うぇ……にが……」

 

 

 あまりの苦味に顔を歪ませながら。でも、なぜかちびちび飲んで。

 

 気づけば、目的の公園へと到着していた。

 

 

「……何もない」

 

 

 片手をポケットに入れたまま、闇夜に包まれた静寂の空間。

 

 耳に入ってくるのは風の音と自分が砂を踏みしめたものだけ。

 

 ざっと公園の周りを見渡す。……人が来ない理由がよくわかるとこの場所に唯一あるベンチに足をむける。

 

 

「……しょ、っと」

 

 

 ボロボロの小さな木のベンチ。少し背を預ければ不安になるような軋みが聞こえる。

 

 小さな、とても小さな何もない公園を一望できる場所に座り込んで、そこから見える景色を眺める。

 

 …………。

  

 

「……、……?」

 

 

 不思議な感覚だ。

 

 馴染みはないけど知っている場所。家の近くにずっとあって、でも行ったことがないはずの公園。

 

 でも、ここにきて。このベンチに座ってから感じているのは、これまた表現するのが難しいもの。

 

 一番近いもので、私が知っている言葉で表すなら……ノスタルジック?

 

 ふと、視線を誰もいない横へと移す。

 

 

「……あれ」

 

 

 無意識。

 

 誰もいないし、ここには自分だけ。

 

 人ひとりが座っただけで、壊れそうなベンチ。

 

 そんなものに、なぜ私は“ひとり分”の座る場所を空けているんだろうか。

 

 まるで、誰かが横にいることが当たり前、みたいな……。

 

 

「え、あれ。なん、で……」

 

 

 別に何かを意識したとか、思い出したわけでもない。

 

 感情はきっと不機嫌なものだったし、漠然とイラついていたはずだ。

 

 なのに。

 

 

「なんで私、泣いてるの、かな」

 

 

 嗚咽が出たり、わんわん泣いているとかじゃない。

 

 心は穏やかだ。でも勝手に目から涙が出てくる。

 

 決して多い量ではないけど、確かに数滴の涙が自然と流れた。

 

 まるで心と体が噛み合っていないようで、頭が混乱する。

 

 けど、涙は止まってくれなくて、どうしようもなくて。

 

 

「————」

 

 

 誰もいない、私だけ。

 

 ひとりぼっちの公園で声を押し殺して、困惑したまま。少しの間だけ泣いた。

 

 ただ目の前の光景を見て、寂しさが急に込み上げてきて。

 

 どうしようもない不安に押しつぶされそうになって、それを全部吐き出すように、涙を流した。

 

 両手で握りしめた缶コーヒーは、酷く苦くて。でも、なぜか美味しく感じて。

 

 ずっと溜まっていたものを吐き出すかのように泣いたあと。

 

 

「…………はぁ」

 

 

 大きくため息をひとつ。

 

 見上げた夜空は星々が煌めき、月は美しい。

 

 正直に言えば、まだ胸の中でつっかえているものは残っているけど。

 

 

「……うん」

 

 

 ほんの少しだけスッキリした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………うへ」

 

 

 ガシガシと頭をかいてあくびをする。長く伸びた自分の髪を少し整えて、上半身をベッドから起こす。

 

 時刻はAM7:30。普段よりも1時間ほど遅く目を覚ましてしまった。

 

 それを見てちょっと笑ってしまう。

 

 数年前にあった不思議な経験。きっと思春期特有のもので起きた、私のちょっぴり恥ずかしいナイーブな過去。

 

 

「懐かしい夢、だったなぁ」

 

 

 急に寂しくなった日の記憶。

 

 大切な何かが欠けたような感覚に陥った中学3年の思い出。

 

 すっかり忘れていたが、そんなこともあったなぁ、なんて思いながらいつもより少し遅い登校が確定した今。

 

 とりあえず可愛い後輩たちへ“ちょっとだけ遅れるかも”とメッセージを送り、パジャマからすっかり着慣れたアビドスの制服へと着替える。

 

 軽くパンを焼いて、パッと食べて。

 

 ネクタイを少しだけ締め直して住み慣れた自宅の玄関の扉を開ける。

 

 少し眩しい陽の光に目を細めたタイミングで、ポケットの携帯が振動する。

 

 何かの連絡かな、と画面をひらけば。

 

 

「あれ、先生から?」

 

 

 珍しく先生の方から1つのメッセージが届いていた。その内容は。

 

 

「うへ……転校生?」

 

 

 

 






そして、物語は動き始める。

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