ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
「ん」
「何さ」
「ん!」
「わかったよ……」
陽が落ち始めた夕暮れ時。校門の前で自転車に跨りながらドヤ顔とともに“ん”しか言わない少女。
何を求められているかなどすぐに察したし、“また?”とも思ったが、別に拒否する理由もなく自然と真新しい自転車の後方に座る。
わざわざ二人乗りをしたいが為に新調した自転車。前までのものとは変わって、乗りやすくお尻も痛くならない。
このまま発進するであろう高速の自転車に身を委ねよう。そう思っていたが、一向に進まない自転車に疑問を持って視線を前に戻すと。
「……」
不満、察して。そんな言葉が浮かんでくるようなジト目で俺を見つめる“シロコ”と視線がぶつかった。
「今度はなんだ」
「危ない」
「はい?」
「しっかり掴まって」
「いや、掴まってるけど」
自分の手はぎゅっとサドルを握りしめている、そう視線で説明するとよりムッとした顔になったシロコがガバッと俺の手をとって。
「ん、これで良し」
「何を満足そうな顔で頷いているんだ」
あっという間に俺の手はシロコのお腹に回されて、後ろから彼女を抱きしめている形となっていた。
俺の疑問は虚空に消えて、ただ嬉しそうな顔でペダルを漕ぎ出す目の前の女の子にひとつ、小さなため息をこぼす。
顔には出ないが耳がぴょこぴょこと跳ねているのを見て、シロコの感情が伝わってくるのに気恥ずかしくなりながらもされるがまま。
「今日はちょっと寒いな」
「うん」
会話はほとんどない。でも居心地が良い。
他のみんなにはない独特の雰囲気と距離感。
目に流れていくアビドスの風景とともに、ただ風の音を耳に感じて。
手から腕、密着した腹部から伝わってくるシロコの体温とほのかなフレグランスの匂いに、少し甘酸っぱい良い香り。
うーん、青春。
「買い物」
「んー?」
「今日はカレーがいい」
「りょーかい」
▼
ギンギラギンに照らす太陽。
「うへぇ〜、あつい……」
きゃっきゃとはしゃぐ周りの人たち。
「わぁ〜、人がいっぱいですね!」
サクサクと踏みしめるたびに気持ちいい音の鳴る砂浜
「もう!せっかく来たのにすぐにダラけないでよ、ホシノ先輩!」
照り返る日を反射する真っ青な海。
「まさに夏ですね! いっぱい遊びましょう!」
そこにテンションアゲアゲなアビドス廃校対策委員会のメンバー。
とある休日に俺たちは海へと遊びに来ていた。視界に入るのは太陽以上に眩しくて、海以上に魅力的なみんなの水着姿。
顔では隠しているが、内心では俺もむちゃくちゃに興奮しており、正直に言えば跳ねる果実や魅惑のフリルをずっと目で追っていた。
ゲシッ!
「いて……」
「みんなのこと、見過ぎ」
痛みのもとである足には、別の人の足が。そのまま上へと視線を上げると眉間に皺を寄せながら、ちょっと怒った様子のシロコにお叱りを受けた。
一瞬言葉に詰まって、何かを言い返そうとしたタイミングで厄介な先輩が俺の後ろからガバッと抱きついてきた。
「おや〜? シュウくん、おじさんたちの水着に見惚れてた〜?」
「うげ」
「もう〜、ノノミちゃんたちはともかく、おじさんにまで目を奪われるなんてシュウくんもマニアだね〜」
さっきまでの気だるげな姿はどこに行ったのか。面白そうでいじれそうな後輩を見た瞬間に飛びついてきたホシノ先輩。
言い返そうにも見惚れたのは事実で、それがバレている状況で言い訳を言おうもんなら3倍返しが来るのは目に見えている。
つまり、正解は沈黙。
「シュウくん、私のどこを見ていたんですか〜?」
「もう、ヘンタイ……」
「あはは……。シュウ先輩も男の子ですね」
「俺が黙ってるからって好き放題だな!」
思わず言葉が出た俺は悪くない。
「むぅ……」
「おやおやむくれちゃって。シロコちゃんは相変わらずシュウくんが大好きだね〜」
「ちょっと?」
「うん」
「うん、じゃないだろ!」
ニヤけたホシノ先輩のからかいに対して真顔で頷くシロコに思わず突っ込む。なんで、俺が恥ずかしくならなければいけないのか。
「うヘ……シロコちゃんは無敵だね……」
「ほーら、ホシノ先輩!」
「あんまりからかっちゃダメですよ?」
「一番楽しい時期なんですから、そっと見守りましょう」
“うヘ〜、押さないでよ〜”と他のみんなに海へと連れて行かれるホシノ先輩。
残ったのは俺とシロコで、どこか気恥ずかしくいづらい空気感に。
でも、そう感じていたのは俺だけのようで、おもむろにパーカーの裾を掴まれて引っ張られる。
「シ、シロコ?」
「行こ」
「いずこへ?」
「日焼け止め塗って」
「はい?」
▼
雨の音だけがこだまする教室の中。
シロコと俺はぼーっと窓から降り続ける水を見つめていた。
「雨、やまないな」
「ん。……もうちょっと、優しく」
「あ、ごめん」
「……ぁ、ん……ぅ」
「変な声出さないで??」
ただシロコの耳をモフっているだけなのに、悩ましげな声を出されて思わず声が上擦る。
神に誓って卑猥なことなどしていない。ただ目の前に現れた魅力的なケモ耳を撫でたり、咥えただけだ。
「や、ぁ……ん、もぅ」
「…………」
「あっ……だ、めぇ……!」
「………………はっ!」
艶やかな声になっていくシロコに気を取られて夢中になっていたが、怪しげな雰囲気に気づいてパッと離れる。
あ、危なかった。あのままだと取り返しのつかないことをしちゃうところだった……?
胸に手を当てて、落ち着こうとしていた俺。そこにパフッと軽い衝撃。
腹部に感じたものに自然と視線は下がって。
「……なんでやめたの?」
頬を染めて、少し汗ばんだ姿。とろんとした上目遣いで求めるような言葉を聞いた俺。
………………。
「あ……」
▼
「何、してたの」
「あー、なんでもないよ」
「嘘」
「ほんとだって……ッ」
ぐいっと胸を掴まれて、近距離で詰めるように視線を固定してくるシロコ。
「なんでノノミと2人で出かけてたの」
「いや、その」
「私には言えないの」
「……」
疑惑と悲しみ。そして、強い嫉妬を感じる視線。
でも、せっかくみんなで考えたサプライズをここで言うわけには……。
黙った俺を数秒見つめたあと、顔を下げたシロコ。それを見て、焦りが生まれた俺は何か声をかけようとして。
「もう、いいよ」
「え……ま、まって————」
▼
「これは私の問題だから」
「どうして!」
「ホシノ先輩!」
▼
「先生、俺どうしたら良かったのかな」
「……」
病室の中、ただ静かに眠り続ける先生に一方的に言葉を紡ぐ。
【先生の意識はありません】
「ああ、わかってる」
【……】
▼
「それでも、止めなくちゃいけないんだ」
「……どいて」
▼
「なんで、邪魔するの」
「そんな泣きそうな顔で何言ってるんだよ……!」
▼
「……ごめん、ごめんなさい」
泣くなよ、バカ。
「やだ、やだよ……!」
大丈夫だ、少し休んだ、ら。
「もう独りはやだ……ッ!」
——————▼——————
ガチャリ、と黒い銃口が俺の胸に当てられる。
キヴォトスの人たちとは違って、銃弾1発で死ぬ可能性がある俺にとってこの状況は、あまりにも危機的なもの。
けれど、そんなことはどうでも良い。そう思ってしまうほどに、目の前の女の子の表情が俺の思考を奪っていた。
「……シロコさん、だよな?」
「……」
黒く、濁ったようなドレス。
高く伸びた身長に光を失った瞳。
感情を失ったかのように色がない顔。
赤く染まった空の下で突然、暗がりの空間から現れたシロコさんによく似た……いやシロコさん。
どうして銃を向けるのか、とか。なぜ姿が変わっているのか、多くの疑問が浮かんだはずなのに。
それ以上に、彼女のその表情が。
「なんで、泣きそうな顔してるんだよ」
「……ッ」
「ぐぁ……ッ!」
無理やり押し倒されて、強く胸を掴まれる。
怒りに染まったような顔で、無の顔から酷く歪めたものに変わった。
……でも、それでも俺が感じる彼女の感情は。彼女の顔の色は。
「その顔でッ! その声で!!」
「……」
ただ、寂しそうで。とても悲しげに見えた。
(続きは)ないです。
誰と言わないけど、実装記念に。