ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
ユメ先輩に狂わされたので初投稿です。
D-01:あびどす☆ぐらし!
「どーんっ!」
「ぅぐぇ……!」
腹部に強い衝撃が走る。カエルが潰れたような声が、自分の喉から空気と一緒に排出される。
特に痛くはないが、しっかりとした人ひとり分の重み。
そして、俺へと今もなお乗ったままバタバタと暴れている人の振動で、深く沈んでいた意識が浮上していく。
瞼に突くような日差し。少し埃っぽい空気と、もう見慣れてきた寂れた教室の天井。
まだぼーっとする中で、自分を快眠から無理やり起こしたバカ先輩の頭があるであろう場所をチョップ。
「てい」
「ひぃん!」
情けない声が聞こえてやっぱりと思う。
この独特で間抜けな悲鳴、俺の腹の上に朝から飛び乗ってくるおふざけっぷりは、まごう事なく。
「なーにしてんですか、ユメ先輩……」
「うわ〜ん! シュウくんがぶった〜!!」
「幼児か?」
ひんひん言いながら、緑がかった薄い水色の長い髪を靡かせて駆け出していく歳上のはずの少女に、つい失礼なツッコミを入れてしまう。
でも……本当に涙目になって、手を目に当てながら走る姿は体が大きな女児にしか見えない。
ため息とともにまだ怠い体を起こし、先輩が向かった方向……つまり教室の出入り口へと目を向ければ。
「ホシノちゃん、慰めて〜……」
「はいはい……。シュウ、おきましたか?」
「ん。おはよ」
2まわりは言い過ぎかもだが、それでもユメ先輩と比べて小柄な女の子の腰に抱きついている姿が目に入る。
しょうがないと言いながらユメ先輩を慰めるのは、小鳥遊ホシノ。
俺と同じく今年からアビドス高等学校へと入学した同級生。
ショートカットに切り揃えられたピンクの髪、口調は硬めで鋭い目つき。でもそれに似合わず、優しいところやノリがいい部分が多く、よく先輩とバカしているのは見慣れた光景になりつつある。
まだわんわんと泣いたふり……え、本当に泣いてる? かもしれないユメ先輩に声をかける。
「寝てる奴の上に突然、飛び乗った先輩が悪いでしょーに」
「ちゃんと最初は声かけたもん!」
さっきまでの情けない泣き顔はどこへ行ったのか。
ふんす! 私悪くない! と言いたげなドヤ顔でそう主張するユメ先輩。
チラリと真横のホシノに目を向ければ、呆れた顔をしているのをみて、またか? と察してしまう。
「……どのくらいの声量で?」
「うぇ?」
「俺をどんな大きさの声で起こしたんですか?」
「え、え〜? ……ちら」
「そんな目で私を見ても助けませんよ」
声が自信なさげなものに変わり、目が泳ぎ出したのを確認。ホシノの助けないという言葉を聞いて確信する。
「どうせ、めちゃくちゃ小声で起こしたんでしょう」
「ぅ……」
「“私がシュウくんに飛び乗って、起きたときのびっくりした反応とか見たくない!? ね、ホシノちゃん!”……ってとこですか」
「はぁ……大体はそんなところです」
ホシノからの相槌と肯定の言葉に裏切られた!? とショックな顔をするユメ先輩。
ガビーンという効果音が聞こえてきそうな表情だったが、ため息をついた俺に気づいて頭の後ろを掻きながら苦笑いを向けてきた。
「あ、あはは……シュウくん、ホントは起きてた?」
「バッチリ寝てましたよ」
「えー……なら、どうしてわかったの?」
「先週も同じ起こし方をしたからですよ……バカなんですか?」
「またバカって言われた!? 私、先輩なのに! ホシノちゃ〜ん……」
「暑いので引っ付かないでください」
あ。固まった。
ホシノからの冷たいひと言にまたショックを受けている。……朝から元気だなぁ。
プルプルと震えているユメ先輩。この姿に関しては昨日も見たから、次に何が起こるかなど簡単に予想がついた。
「後輩ふたりが冷たいよ〜〜!! うわ〜〜ん!!」
どたどたと音を立てて、教室から走って去っていくユメ先輩。
自分と同じく、その後ろ姿を見送っていた同級生と目があう。同時に彼女が手に持っていたビニール袋が投げ渡されて、少し落としそうになりながらもキャッチ。
「サンキュ。一応聞くけど、中身は?」
「いつもの携帯食料と水。いい加減に飽きてきましたよね」
がさりと袋を見ればいつものセット。クッキー状の携帯食料にただの水。
ホシノも言っていたが、この味気のない朝食にはもうだいぶ飽きてきた。
「パンや米が恋しいよ、俺は」
「そんなお金ありません。というか、とっとと着替えてください。いつまでジャージでいるつもりですか」
ガチャリと教室に備え付けられたロッカーのひとつを開けるホシノ。そのまま、ぽいぽいと俺の制服を投げてくる。
次にはさっきまで俺が寝ていた布団を畳み始めた。そこまでの流れをじっと見ていると、“なんですか”と目線だけで聞かれた。
「いやさ。よっぽどお前の方が先輩っぽいというか」
「私たち同い歳ですけど」
「比較対象がユメ先輩だぞ」
「…………ま、まぁ。ユメ先輩にも良いところはたくさんありますから」
声震えてるぞ、とは言わないでおく。
ホシノと駄弁りながらささっと制服に着替える。今日も今日とて借金問題についての会議なんだろうな。
と、自分の学校が持つ大き過ぎる問題に頭を悩ませていると。
「シュウ、ユメ先輩を迎えに行ってきてください」
「えー……」
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。今のシュウの顔を先輩が見たら泣きますよ?」
「だって……」
別にユメ先輩が嫌いだとかではない。なんなら大好きな部類に入るタイプの面白い人だ。
けど、ヘソを曲げた先輩のところに行って慰めて。その後に起こるアレがなぁ……
俺の思っていることは、同じことを何度もしているし、されているホシノには言葉にせずとも伝わった。
「言いたいことはわかります。ですが、迎えに行かずにより拗ねたユメ先輩は面倒です」
「ホシノ行ってきてよ……」
「昨日も一昨日も同じこと言って私に行かせたじゃないですか」
「…………行ってくる」
「ファイトです。コツはなるべく上を向いて気道を確保することです」
布団を畳みながら、ぐっと握りしめた拳を胸まで上げて真顔で言われてもなぁ。
少し重い足取りのまま、ユメ先輩がいるであろう屋上へと向かう。
錆び付いて開けにくい扉を力任せに開ければ、一面の青空が視界に入り、少し強い風を感じる。
目的の人はすぐに見つかった。ポケ〜っと空を眺めている彼女。
空の色合いと差し込む朝陽が煌びやかな先輩の髪をより綺麗に見せ、普段のふにゃっとした顔ではない表情に少し見惚れる。
たまに、ごくごくたまに。ひとりでいる時とかに見せる先輩の顔はまるで別人。
何を考えて、何を想っているかはわからないけど、消えてしまいそうな儚さと寂しそうな雰囲気を感じさせるのだ。
黙っていれば美人。……うむ、ユメ先輩にぴったりな言葉だな。
もうちょっと見ていたい気持ちもあったが、生徒会室で待っているであろうホシノを思い出し、もったいないと思う気持ちを抑えて声をかける。
「ユメ先輩」
「——む!」
さっきまでの大人びた女性はどこに行ったのか、俺に気づいた途端に頬を膨らませてムッとした顔になるユメ先輩。……口でも“む”って言ってるし。
ふーん! と拗ねた顔をした我らが生徒会長さまの隣へと歩いていく。
「もうすぐ会議の時間ですよ」
「私がいなくてもシュウくんとホシノちゃんがいれば十分だもん」
「……めんどくさい」
「あー! 今めんどくさいって言った!」
ぷんすこ怒る先輩につい本音が出てしまう。
構ってほしい時ほどこうなるんだよなぁ、この人。……はぁ。
「先輩がいないと始まりません」
「つーん」
つーん、て。言葉にする人はじめて見たぞ。
「ユメ先輩がいないと不安なんですよ」
「……つ、つーん」
あ、口元が少しにやけてきた。
「まだ入りたての後輩だけじゃ何もできなくて」
「……うんうん」
「やっぱり頼りになって、一緒にいて安心できる人がいないとですね」
「うんうん!」
1メートルほど離れていたはずなのに、気づけば真横まで接近しているユメ先輩。
ふんふん、と嬉しそうな顔で頷いて“続きは?”と輝いた目で見つめてくる。
これ以上おべっかが思いつかず、ホシノが前に言っていたことを少しだけアレンジして言葉にする。
「あー……俺もホシノもユメ先輩のことが大好きですから、ついイジワルしたくなる時もあります」
「うん! うんうんっ!」
ぶんぶん、と頷く先輩。さっきまでのむすっとして、へこたれた姿はどこへやら。すっかり機嫌が治ってきていた。……ちょろいなぁ。
「なので、まぁ……後輩のヤンチャだったんですよ、さっきのは」
「もぉ〜〜! 仕方ないなぁ〜〜!!」
「むぎゅ……」
ニコニコの笑顔でぎゅ〜〜っと抱きしめられる。身長は俺の方が少し高いが、引き寄せるように頭を抱えられて息が詰まった。
……う、うぐぐ。苦しい。
「ちょ、ギブ。先輩、ギブ……!」
「私に構って欲しくてツンケンしちゃったのか〜〜!」
「ぐむむっ!?」
より強く抱きしめられて、激しく頭を撫でられる。
俺とホシノが拗ねたユメ先輩を迎えにいくのが億劫になる主な理由はこれ。
あまりにもスキンシップが激しい……のは別にいい。けど、抱え込んでくる場所が問題。
胸。でっかい胸。
最初は“ひゃっほ〜い!”と想っていた俺も数週間が経ってからは、げっそり。
だって、比喩でもなんでもなく息できないんだもん。
ホシノはちっこいから上を向けばまだマシだが、俺は頭を下に押し込むように抱きしめられるせいで本当に死にかける。
「そうとわかれば生徒会室にごー! ……あれ、どうしたの? 息なんて切らして」
「はぁ……はぁ……。なんでも、ないです……」
こんな無垢できょとんとした顔で聞かれては、アンタのせいだよ? とは言い辛いもの。
でも、“そっか〜”と優しい笑顔でひとり納得したユメ先輩を見て、それで“まぁ、いいか”となってしまう自分がいるわけで。
「じゃ、今日も1日頑張ろ! お〜!」
「……」
「お〜!」
「……」
「……お〜〜!!」
「お、お〜……」
うむ! と俺が一緒に言ったのを満足したユメ先輩に手を引かれて、生徒会室へと向かう。
これが俺のアビドス高等学校でのごく普通の日常だ。