ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
#解-3.
Vol.2における梔子ユメは、Vol.1の世界線における梔子ユメと“ほぼ同一の存在である”。
同時に彼女は……
そわそわ、ちらちら。
実際にはこんな音は鳴っていない。
でも、そんな効果音が聞こえてきそうなほど、落ち着かない様子を見せるのは横に座るユメ先輩。
普段ならば喧し……明るく元気でパワフルな彼女。何かあれば……別に、何もなくてもちょっかいを出してくるくらいには大人しくできない人。
でも、今日はどこか普段と様子が違う。横に座る先輩の方を盗み見れば。
「…………」
ぼーっと一点を見つめ続け、物静かに何かを考えている。
その顔はまさに、心ここに在らずと言うもの。そして、時折。
「……えへへ」
と何かを思い出したかのように、頬を染めて照れながら笑う。……恋した乙女ですか?
だらしない表情を見せるユメ先輩に少し嫌な予感がしながら、その視線の先を追えば居るのはもちろん。
「すぅ……ん、ふがっ……?」
椅子に座ったまま、テーブルに置いた腕を枕代わりにして眠るシュウの姿。これまた、だらしない寝顔で寝ている。
かなり大きな音のいびきをかいている辺り、だいぶお疲れの様子。本当に、随分と気持ちよさそうに寝ている。
「……全く、無茶して」
ただ、それよりも目が行くのは出来たばかりのたくさんの傷。
先ほどまでアビドスの郊外にて、とある調査をしていた私たち。今日は個々で辺りを見回っていた。
一定の時刻で集合をする約束をしていたが、お昼過ぎになっても来ないユメ先輩とシュウが気になり、少し遠くまで様子を見に行けば。
「わ、悪い。遅くなった……」
「ご、ごめんね! でもまずはシュウくんの治療を……!」
バツが悪そうな顔で苦笑いしながら、血だらけズタボロな姿でユメ先輩に肩を借りた同級生の姿に酷く驚き。
次に本気で焦りながらも、どこかふわふわした顔と少し熱を帯びた視線でシュウを見ているユメ先輩にまさか、とは思いつつも治療を優先した。
「すまん、迷惑かける……」
「別に謝らなくていいですよ。……腕あげてください。ユメ先輩はそっちを」
「あ、え……うん」
見た目は派手にやられたような感じだったが、傷はどれもかすり傷ばかり。深いものはほとんどなく、どちらかというと体力的な問題で肩を借りていたようだった。
このまま調査を続行するわけにいかないと、学校へと戻ってきた。帰り道では申し訳なさそうなシュウに、“気にするな”とは伝えたが思ったよりも落ち込んでいた。
会議室に着くまでは、平気そうな顔をしていたシュウ。でも、安全な場所に帰ってきたと言うものからか、張っていた気が切れて気づけば寝てしまっていた、と言うのが現状。
改めて傷だらけのシュウを見てみれば、頬や腕に貼られたガーゼは少し赤く滲んでいて、やはり彼の身体は脆いと再認識させられた。
……結局、このふたりに何があったのかを詳しく聞けていない。なので、起きている方……つまりユメ先輩に話を聞いてみる。
「先輩」
「……ふふ」
大きな声ではないが、ほぼ隣にいると考えたら十分な声量。
しっかりと届いたはずの私の声、でも誰かさんの寝顔に夢中になっている先輩には私の声は小さすぎたようだ。
……ちょっとだけイラッとしながら1段階、声のボリュームをあげて再び名前を呼ぶ。
「……ユメ先輩!」
「ひゃいっ!?」
私の声を聞いて、驚いたように気の抜けた叫び声とともに、椅子から飛び上がったユメ先輩。
よほどびっくりしたのか、“え? え?”と言いながらキョロキョロしている。
落ち着けば誰が先輩のことを呼んだのかなど、すぐにわかる。だってここには3人しかおらず、うち1人は爆睡中なのだから。
「もう、ホシノちゃん! びっくりさせないでよ〜!」
「驚かせるつもりはなかったんですが……。私が普通に呼んでも、気づかなかったのはユメ先輩ですよ」
「え、呼んでたの?」
「はい。先輩は誰かさんに夢中だったようでしたが」
「あ、あぅ……」
「……素直に顔を赤らめないでください。そっちの方が反応に困ります」
チラチラといまだに寝ているシュウの方を見ながら、顔を真っ赤にして俯くユメ先輩。手は忙しなく動いており、胸のネクタイを握りしめたり、スカートの裾を意味もなくぎゅっとしている。
あまりにも素直な先輩の仕草と反応に、思わず顔を顰めてしまった私は悪くないと思う。
少し揶揄ってやろうと思った私がバカだった。逆に渋い思いをすることになるとは。
「……はぁ。ひとまず落ち着いて座ってください」
「う、うん」
深呼吸をして、落ち着きを取り戻しながらゆっくりと腰をかける先輩。
数分ほど経って、ユメ先輩は頬をかきながら申し訳なさそうに話し始める。
「え、えへへ。ごめんね?」
「いえ。……で、何があったんですか」
「……? あ、さっきのこと?」
「はい。戦ったと言うことは聞きましたが、それ以上は聞いてません。……ユメ先輩がそうなっている原因を含めて」
「べ、別に何も……なかった、よ?」
「……それで、本気で隠せていると思っているのがユメ先輩らしいですね」
ユメ先輩は“うぅ〜”と唸り声を出しながら、どうにか誤魔化そうとして。
でも、私がじーっと先輩の顔を見続けていると、何度か目を逸らした後、ようやく観念したように話し始める。
内容としては、偶然の産物で起きてしまった戦闘だったと言うもの。
以前に私たちを襲ってきた、あのドローンたちに遭遇してしまい、やむを得ないと判断して戦闘。
だが、あの速度と数には基本タンクとして動くユメ先輩は厳しい。
ゆえにシュウが先輩を守りながら戦った……と言うのが、簡潔にまとめたユメ先輩から聞いた話の内容。
……ふむ。
「で、それがなんでユメ先輩をそこまで動揺させているんですか」
「う、うぅ〜……」
さてはこれだけではない、何かがあった……と考えてふと思い出したのは先日の朝。
生徒会室に行ってみれば、必ずと言っていいほど毎朝、最初に挨拶とハグをかましてくるユメ先輩の姿が見えなかった。
シュウがいないのはいつものことだが、先輩がいないのは初めてで、気になってシュウを起こすついでに探してみると……。
そのことを思い出し、ユメ先輩がボロを出しそうな言葉を選んで聞いてみる。
「この前のシュウと同衾していた件に関わりが?」
「どどど同衾なんてしてないよぉ!?」
「先輩とシュウ、ひとつの布団で寝てましたよね」
「寝てたけど、ほんとに何もしてないよ!!」
「別に“何かした”、とは言ってませんが。ユメ先輩、同衾の意味を深く考え過ぎですね」
「え? …………っ!」
一瞬だけポカンとした後、かぁっと顔が赤くなっていくユメ先輩。どうやら純情そうに見えて、ある程度はそういう知識もあるようだ。
確かに先輩とシュウの間で“何かをした”と言うことはないみたいだ。
「ですが、“何かあった”のは間違いないみたいですね?」
「今日のホシノちゃん、イジワルだぁ〜……」
泣きべそをかいてバタンと机に突っ伏するユメ先輩。
また少しの沈黙。でも今度は、私が催促したり、ユメ先輩がしどろもどろになる前に自然と会話が始まった。
「シュウくんに……その、告白……みたいなこと言われちゃって」
「へぇ」
「うぅ……。ホシノちゃん、まったく驚きがない〜……」
「シュウは普通でしたけど。ユメ先輩はあの日から、あからさまに動揺してましたからね。予想はしていました」
ボケーっといつも通りなシュウに対して、明らかに彼に対してスキンシップが減ったユメ先輩。
嫌われた、とか喧嘩でもしたのだろうか? と最初は疑ったが、ユメ先輩が自然とシュウを視線で追っていたり、居眠りしている彼の頭を微笑みながら、こっそり撫でているのを見て“あぁ……”となった。
別にそう言う感情が芽生えるのは、私としては構わないが……。
ユメ先輩に“言わなければいけないこと”ができたが、それよりも先に聞きたいことがある。
意識していたのは知っていたが、なぜさっき起きたという戦闘でより“それ”が深まっているのか、と言う点。
私が気になっていること。それはユメ先輩も察しているようで……より恥ずかしそうな顔をして口を開いた。
「私自身、その……ちょろいなー、とは思うんだけどね」
「良いから、直接的に言ってください」
「そんなめんどくさいみたいにぃ……!」
「え、めんどくさいですが」
「……ゴメンナサイ」
なぜか落ち込み始めたユメ先輩に首を傾げる。
不思議ですね。私、思ったことを言っただけなんですけど、ははは。
「で、何があったんです」
「……大したことじゃないんだよ?」
指と指をツンツンしながら、頬を赤らめて恥ずかしそうに話し始める先輩。
こんな表情は初めて見ますね、と少し驚きつつも茶々を入れないように黙って聞いておく。
「シュウくん、私のこと守ってくれて……。その、どんくさいところ多いからシュウくんに迷惑をかけちゃって」
必死に自分の中にある言葉を形にして話すユメ先輩。出てくる言葉はどこか、繋がりがないように聞こえる。
きっと本人もいっぱいいっぱいなのだろう。
多分だが、先ほどの戦闘で不得意な敵を相手に、足を引っ張ってしまったユメ先輩をシュウが助けた……みたいなところか。
「私、誰かを守ることはあっても、守られる側になることって今まで無くてね?」
「ユメ先輩は頑丈ですからね」
「うん……だから、その」
また言い辛そうに言葉が詰まるユメ先輩。だんだんと小さくなっていく声に、耳を近づけて聴いてみれば。
「普段はイジワルなのに、私がピンチだとすかさず助けてくれるし……」
「ふむふむ」
確かに私が困っていてもすぐに気づきますね、シュウは。
「さっきも、ずっと私のこと気にかけながら戦ってくれて……」
「まぁ、そうでしょうね」
「弾が飛んできて避けられなかった私を、その……ぎゅっとして守ってくれて」
「……ん?」
あれ、流れ変りました? さっきまでは“私もユメ先輩を守ってる時はそんな感じだな”とか思っていたのに。
「すっごく頼りになるところ、あるんだなって……漠然と思っちゃってね?」
モジモジと恥ずかしそうに、でも心なしか嬉しそうな顔で話すユメ先輩。
「シュウくんに肩を抱かれて、すっごく安心して……」
「あ〜〜、はい……」
「“ユメ先輩は俺が必ず守ります”って、そんな時に言われて……」
はにかみながらも少しずつ話し続けるユメ先輩に対して、げんなりとする私。ああ、これはもう。
「誰かに……男の子に守られるのって、すっごくいいものだな〜ってなっちゃいました……えへへ」
真っ赤にした顔のまま、自分の手と手をぎゅっと握ってそう言い切ったユメ先輩。視線はこの期に及んで、いまだに爆睡をかましているバカに向かっていた。
そんな予感はしていたし、ゆっくりとそうなっていく可能性もあると思っていたが。
でも、シュウがここまでユメ先輩の脳を焼いているとは流石に予想外。とんだスパダリムーヴをしているとか初耳だった。
ろくに異性との絡みがないユメ先輩。
盾を持って前線でタンクとして動く彼女が、守られる側……か弱い立場で男の子に守られるというシチュは先輩をトキメかせるには十分すぎたようだ。
ならば、“これ以上はちょっとまずい”。
「はぁ……ユメ先輩」
「うん」
「ルールは、覚えてますよね」
「うん。……ホシノちゃんもごめんね?」
苦笑い、そして悲しそうに謝ってくるユメ先輩。
……さっきまでの甘ったるい空気はすでに消えている。
「別に良いですよ。それに謝るなら私ではなく、“本当の私”にしてあげてください」
「もう、“ホシノちゃん”もホシノちゃんでしょ?」
「それは……そうですが」
視線をシュウへと向ける。
「シュウくん、すやすやだね」
「……ええ」
今の私とユメ先輩、そしてシュウ。3人で過ごす期間が、あとどれほど残っているのか。
……それはシュウ次第。そう決めたのは他でもなくユメ先輩。
けれど、最近になってユメ先輩の様子が変化してきているのが気がかりだった。
「もう1度、確認しますが」
「——うん。わかってるよ。もうしないから」
「……なら、良いです」
明らかに変化し始めた先輩。けれど、こう言っているし、私も信じたいと思っている。
だから、今はこれ以上は何も言わない。
それを意外に思ったのか、ユメ先輩はどこか探るような声音で私にひとつの質問をしてきた。
「ホシノちゃんは、どうしてなの?」
主語がない、質問の大元がない疑問の言葉。
だが、私にはユメ先輩が何を訊いてきているのかが、はっきりとわかる。
「私も“小鳥遊ホシノ”ですから。シュウとは一緒にいたいんです。……ユメ先輩とも」
「…………そっか」
悲しげに、優しげに。
そして、嬉しそうに笑うユメ先輩。先輩の表情に私も少しだけ気を抜いて。
———だから、あとはどうするかはシュウ次第。
別に私としては”どっちでも良い”。いずれ気づくだろうし、もうユメ先輩は“しない”と言った。
ならあとは、好きな選択をすれば良いんじゃないですか?
でも。シュウが困ったり、何かを求めたり。
助けが必要になった時は、必ず私が手を差し伸べますから。
……———既に1度、死亡している。