ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
#解-4.
梔子ユメと由九咲シュウの間に紡がれた絆、運命は全くの偶然である。
……ただし。
キッカケは必然であり、こんな事態にまで発展したのは主にシュウ(の馬鹿タレムーヴ)が原因である。
おかしい。最近、ユメ先輩の様子がおかしい。
例えば、屋上で何気なく見つけた彼女に話しかけた時。
「ユメ先輩」
「うぇ!? ご、ごめんね? ちょっと私、用事が……」
気まずそうな顔で“またね!”と言い残してピューンっと去ってしまうユメ先輩に自分のあげた手が虚しく下に落ちる。
例えば、朝の挨拶の時。
「おはようございます」
「お、おはよ。えっと……」
「生徒会室、行きます?」
「あー、うん……。ごめんね、先に行ってて!」
「え? あ……」
迷った顔をしたあとで、また逃げられる。
明らかに避けられてしまっている、よな。と少しショックを受けつつも、自分のメンタルがやられていない理由は。
「えへへ……お邪魔しまーす」
「こんばんわ。今日もですか?」
「うんっ」
陽が落ちた夜中。寝る準備を済ませてぼーっとしている時間。
ここ数日、このタイミングに必ずユメ先輩が訪れるようになっていた。
遠慮がちに布団の上へと座って、何気ない会話をする。していることはそれだけ。
日中の避けられ具合はどこに行ったのやら、と思いつつも気になっている先輩とふたりで話す時間というのは、とても嬉しいもの。
ホシノが何したーとか、今度はあそこに行ってみよー、みたいなありふれた普通の会話だけど。
温度が伝わってくるほどの近距離と、眩しい笑顔で楽しげに話すユメ先輩を見ているだけで俺はすごく満たされていた。
でも、ちょっとしたモヤモヤ……主に避けられるタイミングがあると言うのは、気になってしまう。
「……というわけなんだけどさ。なんか知らん?」
「知りませんよ」
「バッサリじゃん」
心底、面倒臭いという顔で言い切った対面に座る同級生。
夕暮れ時の生徒会室でいつものようにショットガンの整備をしているホシノと、手元にある書類を片付けていた俺の会話。
一応、結構悩んでいる内容を勇気を持って打ち明けたつもりだったが、呆れた顔でそんなことを言われては、ちょっとしょぼくれてしまうというもの。
「そんな顔されても私から言うことは何もないです」
「えー……」
「ただの惚けに付き合うほど暇じゃないですし」
「惚けて……。今話した内容のどこにそんなのがあるんだよ」
「全部では?」
ため息とともに言葉を切って、視線を愛銃へと戻すホシノ。
その姿にちょっと違和感を持って、“もしかして”と聞いてみる。
「ホシノ、ユメ先輩から俺に関してなんか相談された?」
「…………まぁ」
すっごく不機嫌そうな顔で肯定。あれ、これって。
「惚けって言ってたけど、ユメ先輩から何聞いたの……?」
「どっかの誰かさんがしているスパダリムーヴと、告白まがいの会話についてですが?」
「……………」
「毎晩、寝る前にイチャついてる話もおまけのように聞かされる私の心情、シュウにわかります?」
「あの……」
「しかも、“どうしよう”とか悩んでいるようで、ただの惚けですからね? えぇ?」
「怒らないで……?」
これまでに見た事ないほど満面の笑みなのに、おでこの血管が浮き出て怒りを感じさせるホシノに声が小さくなる。
震えた俺を見て笑顔からジト目+不貞腐れた顔になった彼女に、そっと粗茶を置いてご機嫌取り。
無言でお茶を飲んで出たひと言目がこれ。
「ぬるいです、入れ直し」
「姑か?」
「冗談です。で、何を悩んでいるんですか」
「いや、どう距離感を掴んだら良いものかと。あとなんで日中は避けられるのかな、って……」
悩みのタネになっているのは主にそのふたつ。
前者に関しては俺も勢いに任せて言ってしまった責任があるので、自分でどうにかしなきゃいけない。
でも後者は割と真面目にお手上げで、誰かに知識を借りたくなった。だからホシノに相談したわけなんだが。
「はぁ〜〜。知りませんよ……テキトーにすれば良いんじゃないですか」
「投げやり過ぎるだろ」
肘をつき、手を頬にあてながらお茶を飲む不機嫌な同級生さまに口が少し悪くなりながらツッコミを入れる。
適当、というが何をしろと? とムッとした顔でホシノを見ていれば具体的な言葉が出てくる。でも。
「1発、サクッとやっちゃえば良いんじゃないですか?」
「…………? え、なんて?」
女子高校生とは思えないキツい下ネタが飛んでくるとは思ってもみなかった。
聞き間違えかと思ってつい、聞き返すと。
「お互いに気になってる上に、夜はふたりきり。変に拗れる前に“思い出作り”と思って、抱いちゃえば? と言ってます」
「キミ、そんなキャラだった? というか、今スルーできないことを言わなかった?」
「シュウは知らないと思いますが、貴方と先輩の甘〜〜〜い話はもうお腹いっぱい、胸焼けするほど聞いてるんです」
「そ、そうなのか」
「こっちだって言いたいこともできるってもんです。はぁ……」
今日だけで何度目かわからない、でっかいため息を吐きながら。
らしくもない言葉を愚痴のように言葉にするホシノに申し訳なさが出てくる。この様子を見るに結構、色々と聞いているようだ。
気まずい空気の中で、不満げな顔をしていたホシノの表情が唐突に真剣なものに変わる。
なんだろうか、と思いつつも俺も自然と姿勢がまっすぐになった。
「別にふたりがどうなろうと、“私は”どうでも良いんですが」
言葉を切って、視線を外へと移す。ホシノに倣って俺も外をみる。
見慣れた当たり前の景色。砂に侵食された校庭と沈み始めた太陽。
「このままだと“私の方”はフェアじゃないですからね」
「……?」
「誰かを想い、通じ合うのは素敵なことだと思います。私はそれを一番間近で見てましたから」
何を言ってるんだ、と聞き返す前に……いや、俺の返答などもとより聞くつもりがなかったのか、独り言のように意味のわからない言葉を続けるホシノ。
「シュウは本当に今のままで……違いますね。この世界に満足していますか?」
「どういう、意味だ?」
「この学校で暮らして、私やユメ先輩とバカなことをしながら借金問題に苦労して」
「……」
「それで好きな人ができる。これだけなら充実した青春の物語でしょう」
その通りだ。少し厄介な事情がある学校とは言えど、とても恵まれた生活をしているという自覚はある。
ホシノがいてユメ先輩がいる。ちょっと騒がし過ぎるがとても楽しく、無二の青春経験だ。
きっとホシノも同じはず、なのに……どうして。
「どうして、お前はそんな寂しそうな顔をしてるんだ」
「……寂しそう、ですか」
一瞬だけ驚いて、すぐに困ったように笑うホシノ。顔色にはどこか後悔の色があるようで、より俺は困惑する。
「別にそういうわけではないんです。何せ私はずっと貴方と一緒にいるつもりですし」
「……え?」
「それが今と少しだけ違う形、という話ですから」
「待ってくれよ、どう言う意味なんだ?」
「これ以上は何も言えません。ですが、そうですね」
目線を上げて何かを考えるような仕草をした後に、人差し指を立てて。
「悩んでいるなら気分転換でもしてきたらどうですか?」
なんて、前後の会話からは真意が読み取れないことを言われた。
「気分転換って……」
「シュウ、ずっと学校にいますし。たまには買い物でもしてきたら良いんじゃないですか」
「そんなお金ないけど」
「商品を見て回るだけでも、気は紛れるものです。私としては」
こっちの顔を見ていたホシノの目が、俺の左腕に向かう。
そして、ちょっとだけ嫌そうな顔をしながら。
「時計でも見てきたらどうです?」
「時計って……別にスマホあるし」
「良いと思いますよ、特に“腕時計”なんかは」
言われて自分の腕を見る。
……腕時計。ふむ。
「確かに、言われてみればなんか物寂しい気はする……かも?」
「うへへ……そうですか。……ルール違反、にはなっていませんよ」
「ん?」
「こっちの話です」
▽
生徒会室から出て、校庭に足を踏み入れる。
少し話しすぎたのか、もう夕焼けもほぼ静まり、辺りは暗くなり始めていた。
「……うーん」
ホシノがどう言う意図で“買い物”を勧めたのかはわからない。でも、確かに気分転換にはなるかと足を学校の門へと進める。
さて、暗くなっていると言ってもまだ17時。お店は空いているはずだし、向こうの方へ行ってみよう。
と、“いつもとは違う方角”に足を進めようとして歩みが止まる。
「あ、れ」
アビドス自治区の外って、どうなっているんだ。
と言うか。
「アビドス以外の場所って、何があるんだ……?」
頭の中に沸いたひとつの疑問。
それを口にした途端、激しいほどの疑念と不安が胸の中に広がっていく。
心臓の音が酷く煩くなる。
たったひとつのことから、枝分かれするように多くの謎が生まれ始めた。
——例えば、ホシノやユメ先輩以外の人……“他の誰かと会った記憶がない”とか。
「……いや。そんなはずない、よな」
誰かに言い訳するように、自分に言い聞かせるように口から言葉が出る。
でも、思い出せない。
すでに温度が落ちて寒いくらいのはずなのに、汗が首から下へと落ちていく。
「え、あれ」
——例えば、自分は“どうやってアビドス高等学校に入学したのか”とか。
頭が、痛い。
「……っ」
——例えば、“なぜ自分にはヘイローがないのか”とか。
思わず、足がくじけて膝立ちになる。
「……俺は」
——例えば。
「俺は、なんで“ユメ先輩とホシノのこと以外を思い出せないんだ”……?」
疑問が増えるたびに酷くなる痛み。でも、これは何かを思い出せと言われているようで……。
失った何か……違う、忘れたものが出てきそうな……そんな痛み。
「なんで、当たり前のことに気づけなかった……? 俺はなんで」
「シュウくん」
自分の名が呼ばれる。
聞き覚えのある、大切な先輩の声。
でも、その声音はイヤにフラットで感情がないようで。
膝をつき、手で体を支えたまま。
変に強張った顔を後ろに向ければ、そこには。
「こんな時間にどこいくの?」
「ユメ、先輩……?」
いつも通りの、笑顔のユメ先輩。
手を後ろに回して俺を見ている彼女の表情は普段通り。
でも、なぜか。
ユメ先輩の顔を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「もう暗くなるよ。ほら、学校に戻ろ?」
困ったように笑いながら俺の方へと歩み寄ってくる先輩。
自然と、逃げるように体が後ろへと動く。
「ん……どうしたの?」
不思議そうに、不自然に笑ったまま。
疑問を浮かべた顔でまた一歩、俺へと距離を詰めてくる。
逃げろ、そう思ってしまうのはなぜなのか。
頭ではこの場から離れようと必死に体を動かすように命令しているのに
「もう、逃げないでよ〜」
固まったように、視線が先輩に釘付けになったまま指先ひとつ動かせない。
気づいた時には。
「そんな顔して……苦しいの?」
「……っ」
ぎゅっと自分の体はユメ先輩に抱きしめられていた。
決して強くない、柔らかな抱擁。
なのに、まるで蛇の捕食を待つカエルのように動けない。
「大丈夫だよ。……何も怖くないよ」
「ぇ……あ」
そっと頭を撫でられる感触。泣いた子どもをあやすように、優しく丁寧に撫でられる。
「ね」
「……はい」
「どこ、行こうとしてたの?」
そう聞いてくるユメ先輩の表情は、抱きしめられているのもあって見えない。
聞かれたことに対して、自然とその答えが口から出る。
「街の方へ……アビドスの郊外に……」
「そっか」
「買い物、しようと思って……でも、何も思い出せなくて」
「うん」
きっと先輩からすれば意味がわからない言葉の羅列。
でも、全部を理解しているかのように相槌を打たれて、疑問がまた——。
「今日は遅いから、また今度行こう?」
「……え」
「時間はたくさんあるから」
「で、も」
「私とホシノちゃんとシュウくん。3人で行こう?」
「ぁ」
ユメ先輩の手が自分の頬に触れる。
少し離れて、穏やかに笑う先輩の顔を見て。
さっきまでの不安と疑問が泡のように消えていく。
「ずっと、ずっと一緒にいよ?」
「……」
「言ってくれたもんね、シュウくん」
「何、を」
「私のこと、“ずっと守ってくれる”って」
言った気がするが、でも。
前髪で瞳が隠れていて、ちゃんと表情が見えないユメ先輩。
さっきまでたくさんのことが気になった。疑問が生まれた。
けれど、別に何も気にしなくて良いのでは。不思議と、そう思い始めた。
ユメ先輩の手が俺の顔に伸びてくる。
「……ごめんね。まだもう少しだけ——」
「それはダメですよ、ユメ先輩」
俺の顔に先輩の手が触れる直前に、自分の横から別の誰かの声と、手が伸びてきて。
聞き覚えのある、同級生の声に虚ろになりかけた意識がはっきりとしてくる。
視線を左横に向ければ。
「……ホシノちゃん」
「もうそれは無し、という約束です」
初めからそこに立っていた。そうとしか思えない距離にホシノがいた。
「そう、だったね」
「はい。“この時間が続くかはシュウ次第”、そういうルールです」
「……うん」
「少しずつなら別に良かったんですが、今回は長過ぎましたね」
「……」
はっきりとしてきた意識の中で、ふたりのやりとりを黙って見続ける。
なんでもないと言った顔で淡々と言葉を紡ぐホシノ。
苦虫を噛み潰したような顔で黙ったままのユメ先輩。
少しの沈黙。それを破ったのはユメ先輩。
「……いいの?」
「何がですか」
「ホシノちゃんもだよ?」
「ええ。そんなの初めからわかっていたことです」
「……きっと、これが最後だよ」
「でしょうね」
「……うぅ」
「いずれ、終わりは来るものです」
ふたりが言っている言葉の意味がわからない。
でも、さっきまであんなに思い出そうとしても、出てこなかったものが少しずつ漏れ出すように頭の中に広がっていく。
……そうだ、俺は。
「シュウ」
呆れた笑顔で俺の名を呼ぶ少女。そうだ、そうだった。
「……ホシノ、だよな」
「はい。……まぁ、少し違うんですが」
自分が知らないはずの、“アビドス高校1年”であるホシノ。
そして。
「シュウ、くん」
「ユメ、先輩」
綺麗な声で自分の名を呼ぶ、知らないはずの……“出会うことがないはずのユメ先輩”。
だって、彼女はすでに。
けど、俺はさっきまでユメ先輩やホシノと……でも……?
頭が混乱し、処理しきれない情報でパンクするようにこんがらがる。
「終わりの時間です」
「……うん」
またふたりだけで何を話して……終わりという単語に反応する。
「終わり……?」
「はい、もう終わりです。どんなに良い幻想を見ていても……人はいつか覚めるものですからね」
幻想、という言葉を聞いて。
あたりの景色と、いないはずの/知らないはずのユメ先輩とホシノを見て。
ようやく、全てを思い出し始める。
「……これは」
「ええ。……
すっぱりと言い切ったホシノ。その言葉が妙にストンと胸に当てはまり。
「っ」
ぐしゃり、と泣きそうな顔をしたユメ先輩の表情を見て、酷く心がざわついた。
次回より『L.並行世界のラブロマンス』改め。
Vol.2『T.幸福と虚構のユメセカイ』、開始。
▼作者より
いや、ほんと並行世界の話って騙してごめんね……?
ここまでで出来るネタバラシとしては、「“L.並行世界のラブロマンス”というタイトルから嘘でした」というもの。
タイトルが矛盾してるとは誰も思わんじゃろ! がはは! ごめんなさい。
つまり、プロローグから先のストーリー自体が根本的におかしい、というものです。
今回のお話は不穏な感じで締まりましたが、しっかりバチコリ、ハッピーえちちエンドになるので、そこは安心してね。
主に原作の方でユメ先輩、むちゃくちゃに酷い目に遭ってるから……。
こっちでは完全無欠の幸せエンド+夏のえっちっちSPな番外編を投稿します(皆までいうと3P的なのとか)。
ps.感想欄などで、黒服が濡れ衣着せられているのは、笑って見てました。ごめんね、黒服。