ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
このエピソードを読む前に“オシリスとイシスの伝説”を検索しておくといいかもです。
PM7:00。
薄暗い部屋のベットの上で足を抱いて、じっと見つめる私の先にあるのは1枚の写真。
「……」
にへら、と笑いながら上機嫌そうな表情の少女と、ぶすっと不満げな顔をしながら内心では喜んでいる……どうしようもない子ども。
対照的なふたりが写った大切だけど、見ていると苦しくなる思い出のカタチ。
視線を壁際に移す。
「……っ」
ビリビリに破けた1枚のポスター。
決して綺麗とは言えないが、セロテープで丁寧に直された形跡のあるアビドス砂祭りを告知する昔のポスター。
“先輩”が残してくれたふたつの大切な/辛い思い出。
毎日のように目にする写真とポスター。それを見て、昨日もうひとりの先輩が言った言葉を思い出す。
そういや、ホシノ。梔子ユメさんって知ってるよな?
頭が、真っ白になった。
なんで知っているのか、会ったことがあるのか、そもそもどうして急に。
たくさんの疑問。それと触って欲しくない、知られてほしくない部分/過去に踏み込まれたかのような感覚。
「はぁ……」
我ながら情けない、とため息をこばす。
訳がわからなくなって、逃げるように家に帰ってきて。
ぼーっとしたり、考えごとをしただけで1日を終えてしまった。
足に感じるシーツの感触に微かな安心感を抱きながら、天井を見上げる。
「……話さなきゃ、だよね」
どうして彼がユメ先輩のことを知っていたのか。
真実はまだわからないけど、過去に行ったことがあるような経験を持っている人だし、冷静になれば“他のこと”まで知られていても不思議じゃないし。
枕の横に置きっぱなしにしていたスマホに手を伸ばして、引っ込めて。
時間にすれば数分の葛藤。やっと踏ん切りがついて、スマホに手が触れた瞬間。
ピピッ、ピピー……
「ひゃっ」
いやにタイミングがよく電話がかかってきた。
少し心臓が跳ねて、恨めしく携帯の画面を見ればそこには。
「先生?」
電話をしてきた相手は先生。
先生から連絡が来るのは別に珍しいことじゃないけど、モモトークではなく電話なのはあまりないこと。
ちょっぴり目を見開いて驚きながらも、緊急の用事かも、と電話に出る。
「もしもし。電話って珍し————」
『ホシノ! 今どこ!?』
息を切らしてとても切羽詰まった、焦ったような声と風を切る音がスピーカーから流れてくる。
只事じゃない、瞬時に判断して先生に聞かれたことと、状況を確認する。
「家にいるよ。何かあった?」
『っ! ごめん、すぐに合流できないかな!? シロコたちも一緒に!』
シロコちゃんたちも?
先生の雰囲気から一瞬、安心したものを感じたが、すぐに緊張したものに切り替わってから人を集めて欲しいという言葉……嫌な予感がする。
「わかった、連絡してみる。私はすぐに出れるから」
『ごめんね、助かるよ』
「それで何があったの?」
状況を確認したくて聞いた言葉。こんなふうに電話がかかってくれば、誰だって私と同じように先生に似た言葉を投げると思う。
また何かが攻めてきた、とか先生がピンチなのだろう。そう思って聞いた。
だけど、帰ってきた言葉の中には、予想していなかったものが含まれていて。
『シュウが危ないんだ!!』
「……ぇ?」
背中に冷たいものが走る、とはこのこと。
スピーカーから先生が状況を説明してくれているが、しっかりと聞き取れた自信はない。
ベッドから飛び上がって、銃と盾を拾い上げるようにして走り出す。
夢中になって走る中で先生から聞いた言葉の中には、他にも気になることはいっぱいあったが、中でも酷く心を揺さぶってきたのは指定された場所。
『■■の座標にあるアビドス郊外の砂漠に向かって!』
忘れもしない、過去に1度だけ行ったことのある場所。
探していた人を見つけた、あの場所へと駆け出す。
▼
「…………」
サク、サクと砂を踏みしめる音と鋭く刺すような冷たい風。
視界に映る古い線路と廃墟となった建物。
ほんの数ヶ月前に、たまたま1度だけ訪れたあの場所を目指して足を進める。
線路沿いを歩き始めてどれほど経ったのか。1時間か、はたまた2時間か。
つい先ほどまで出ていた太陽は落ち切っていて、気づけば満天の星と三日月が美しい夜空となっていた。
けれど着実と“見覚えのある”道へと変化してきた。
——ふと、違和感を抱く。
「……あれ」
ただ歩いていただけ。
ただ、あの場所を目指して“覚えていないはずの道”をなぞるように歩んできた。
覚えていない? 何を言っているんだ。
「……あっちは、元アビドス本校があって」
何もない砂漠の地。
そのさらに奥を見つめてひとり、確認のように、うわごとのように言葉を発する。
「え?」
自分の口から発したものと、脳内にある知らないはずの知識に困惑して足が止まる。
目に映る砂漠が広がった場所と道。
脳裏に浮かぶ見覚えのある“ショートカットでピンク髪のアビドスの制服を着た少女と歩く光景”。
————胸が熱くなる。
「っ」
鋭い痛みが頭に走る。
思わず顔を顰めて、手で覆うように目を閉じる。
今のは、なんだ?
困惑する自分の思考とは裏腹に、足が己の意思に関係なく動き出す。
1歩、足を進めてまた別の光景が脳裏に映し出される。
見覚えのある場所、見覚えのないはずの教室。
散らかった資料にダンボールの山。
呆れたようにこっちを見上げて説教する
————胸の奥が、熱くなる。
「……なんだ、これ」
また1歩、砂の海を踏み締める。
どこかのビルの一室。新しいオフィスのはずなのに、窓側から崩れ去った光景。
怒った顔でこちらを見つめ、“帰りますよ”と声をかけてくる
歩みを進めるたびに蘇る数々の映像。そのどれもが輝いていて、“これ”を経験したものの感情がダイレクトに伝わってくる。
いや、馴染む……そう表現するのが正しい。
知らないはずの記憶、誰かがいつか見た、触れたものがまるで自分のもののように体に染み込んでいく。
そうして歩き続けて、溢れるくらいの思い出を見続けて。
「……ここ、は」
気がつけば見覚えのある広がった場所についていた。
なぜ、またここに来れたのか。
なぜ、誰かの/■■先輩の記憶を見たのか。
なぜ、知らない/知っている場所に胸が締め付けられるのか。
なぜ、なぜ、なぜ。
呆然としながら己が身に起きた現象に、この数ヶ月の変化に悪寒が走り続けている。
別に大したことをしていないのに上がる息。
胸を刺すような熱さと痛み。
ノイズが走ったような光景/目の前の景色。
また、足が勝手に歩みを進めて。
「っ……ぁ」
目の前の、自分の目に映る砂漠が砂嵐のように吹き荒れる。
でも、砂が頬を打つ感触はない。目で見たものと感覚が合わない。
……違う、これは。
「ダレカの、記憶……」
痛い日差しと吹き荒れる砂の雨/静かな夜空と痛みを感じる寒さ。
抜けていく力と意識/崩れ落ちる膝と激しく痛む頭。
ふたつの映像。自分と誰か。
共通点はふたつ。
それはこれが起きているのがどちらも同じ場所。
まるでシンクロするかのように、同じ軌跡を踏み締めるように経験させられている感覚。
もうひとつは。
「……ぅ」
酷く、喉が渇いていること。
夢か現か。
どちらかわからない、境界が曖昧になった映像と感覚。
————胸を刺す痛み/熱が弾ける。
「あ、れ」
手をついて倒れ込んでいた体を起き上がらせる。
まだ頭は破れるように痛いし、耳鳴りも激しい。
でも、そんなことを気にしている余裕がないくらい“体が強張っている”。
左右を見て……そこは変わらない砂の景色。
上を見上げて……そこには満天の星。
変わらない、変わっていない。ただひとつを除いて。
「風が、止んだ?」
音がない。
あれだけ激しく吹いていた夜風。
その全てが止まり、自分が身動きする際に起きる砂の音以外に何も聞こえない。
体が緊張している。
なぜかはわからない。でも、自分にとって……“今の自分の体にとって”致命的になるものが、近づいている気がして————。
ピピ、ピピピ……。
「っ!」
びくり、と体が反応する。ふたつの電子音が自分の体から発せられていた。
ひとつは黒服から装着するように言われていた測定器。なぜ急になったのかは不明。
もうひとつは携帯電話。そこには、黒服の名前が表示されていた。
自然とスワイプして耳にスマホを当てる。スピーカーから聞こえてきた黒服の声は、聞いたことがないほどの焦りを感じる。
「どう、した?」
『正気ですね!? まだ無事ですね!? ……いいですか、シュウさん。すぐにそこから離れてください』
「え、おい」
『すでに臨界を超えています。そして“場所が悪すぎる”。ソレは今の貴方にとって天敵です』
「何を言って————」
『いいから逃げるのです! すでに神秘と恐怖が』
有無を言わせない圧、それから気のせいでなければこちらの身を案ずるかのような気遣い。
意味がわからずに、黒服と言葉を続けようとして。
————巨大な蒼い雷が目の前を貫いた。
▼
「アロナ! 次は!?」
【20m先を右です!】
シッテムの箱を手にひたすら走り続ける。
電車に飛び乗り、シュウの元へと走り続ける。足を取る砂を蹴り飛ばし、全力で駆け抜ける。
【先生、巨大な反応が増えました!】
「それが黒服の言ってたやつ!?」
【おそらくですが……顕現が近づいています……!】
「もう!? 黒服の話じゃ、まだ少し猶予があるって……!」
数十分前。私の携帯に非通知で1つの電話がかかってきた。
この時点で相手が誰なのかは、おおよそ予測できた。ため息とともに電話に出て、文句のひとつでも言ってしまおう、そう思っていた。
『時間がないので手短にお伝えします。シュウさんが危ない状況です』
「……え」
聞こえてきた声の主は予想通り、でも聞かされた内容と声音は私が知らないもの。
あの黒服が焦っている。聞きたいことはたくさんあったが、その事実をすぐに飲み込んで、思考を切り替える。
『すでにシュウさんを覆う神秘は限界値に達しています。このままでは神格が引き寄せられる』
「言っていることは全然理解できないけど、シュウが危ないんだね?」
すぐにデスクから立ち上がり、シッテムの箱を手にしてシャーレから飛び出す。
通話をインカムに切り替え、黒服から私が知らない今の状況を聞き出していく。
『はい。シュウさん、彼の上に書き込まれた……いえ、同調した神秘が“かの神の怒り”を触発した状況です』
「待って、同調って……最近のシュウに起きていたことの原因?」
『その通りです』
「なんで黒服が知ってるの?」
『今はそれどころではありません』
言葉を濁し、隠すようなものを感じる。
ここでようやくシュウがまた黒服と何かしら関わっていたことを知った。
でも、言われた通りだ。お説教なんて後でいくらでもできる。
『お送りした座標はすでに確認されていますね?』
「うん。……ここ」
シッテムの箱の中で顔を真っ青にしたアロナが、急上昇していく数値を指した場所をマッピングしてくれている。
そこは、つい最近に私も知った場所。
『その様子なら、そこで何があったかをすでに把握されていますね』
「2年前のアビドス生徒会長、失踪事件」
『はい。詳細は省きますが、そこにシュウさんがいます』
「なんでそんなところにシュウが……そもそも、どうしてこんなものが出てくるの?」
『……』
エデン条約の際にアラートがなるほどの数値を叩き出したあの化け物。それよりもはるか上の数値がシッテムの箱に表示されている。
思わず生唾を飲み込む。どうして、こんなものがシュウを狙っているのか。
その疑問とともに先ほど黒服がこぼした言葉を思い出す。
「同調した神秘、ってなんのこと」
『……簡潔かつ私の予測も交えますが』
黒服から聞いた内容。そこには私の知らないシュウの神秘にも関わっているもの。
いわく、彼の持つ神秘は縁を紡ぐもの。
いわく、その対象は“生死関係なく残像”であろうとも存在していれば。
いわく……繋いだ縁から力を取り込み、自身に映し出すことも可能。
『————そして、内側に神秘を溜め込むことが可能な無二の性質を持っている、そう結論付けました』
「……」
『ここまではシュウさん自身からある程度はお聞きになっていますね』
「うん」
『本題はここからです。彼が今、自身のテクスチャと化している神秘は、植物の神であり、冥界の神となったもの』
ホシノを別の名称……私が知っている神話の神さまの名で呼ぶことがあった黒服。
彼が出した“植物の神であり、冥界の神となったもの”。それが指すのはひとつ。
『シュウさん自身も偶然、手に入れたようですが……冥界の神です。……奇妙な縁が紡がれたものだ』
「黒服の考察はいいよ。それより、それがどうしてシュウを」
『だからこそです。今のシュウさんを包む神秘は“オシリス”のもの。反転していないとはいえ、かの“セト”が彼を狙うのはあまりにも自然のことです』
「……」
神秘については全くわからないが、外の世界でも有名な名だ。ある程度の知識はある。
だが、黒服ほど詳しくないから、黙って続きを聞くしかなかった。
『オシリスはすでにこの世を去っている。しかし、それが再び現れた……それも砂漠、そして“砂嵐”によって死んだはずのキヴォトスのオシリスが』
『砂漠、嵐、雷の化身とも言えるセトの憤怒。自身が奪ったはずの憎きものが仮とはいえ、復活したならば狙うでしょう』
「シュウが危ないって、そういうこと?」
『ええ。“死んだ場所に殺した相手と同じ気配を持つもの”が現れれば。……アビドスで復活、とは本当に』
大きなため息と予想していなかった、と言わんばかりの声に違和感を抱く。
「でも、その口ぶりからして可能性としては考えていたでしょ」
『はい。ですが、シュウさんとオシリスの神秘の相性の良さは想定を大きく超えていました。少なくともまだ猶予はあるはずでした』
本当にトラブルに巻き込まれるなぁ、あの子……。
けど、最近のシュウを見ていれば私が行くまでなんとか耐えられると思う。けど、黒服の焦りは尋常ではなかった。
「……シュウひとりで勝てないのは分かってるけど、他にも何かあるの?」
『これも予想ですが、シュウさんは動けないはずです』
「どういうこと?」
『オシリスのテクスチャをまとった彼は、擬似的に“オシリスそのもの”です。しかし精神は人のもの』
そこまで言われてハッとする。テクスチャを纏うと言うことは、そのものの経験、知識を同調していてもおかしくない。
『神が死ぬほどの恐怖……何より、生者が死者となる瞬間の経験。それをただの子どもが直接受けて争うことができるのでしょうか』
▼
大きな稲妻、激しい砂の嵐。
天災をその身に宿した巨大な物体。
————体が、竦む。
ゆっくりと幻影のようだった身体が、ほんの少しずつ現実へと顕現し始める。
一言で目の前のものを形容するならば、異形の巨人。
幻想の中で、空想の中で語られる魔物や神はきっとこのような姿なのだろう。
神秘的な姿で、人によっては神々しさを感じることもあると思う。でも、俺は。
「っ……!」
恐怖。
恐怖、恐怖、恐怖。
赤く鋭い石のようなもの。あれは“目”だ。
今はまだ霞のような姿だが、そこにある目……その先に宿った俺を映す感情。
激しい怒り、鋭くどす黒い憎悪と嫉妬。
あらゆる悪感情を宿した超常的な怪物の瞳。それをまともに正面から見て、視線に込められた意味を理解して。
————なぜ、生きている。
「ぁ」
体のあらゆる場所から力が抜ける。
情けなく、尻餅をついて砂の上に無防備に座り込む。
ただの視線、されどそこに込められた途方もない殺気。
平凡で、ただの人間である自分にはとても耐えることができない、濃密な死の匂い。
目の前に現れた巨大なナニカに視線が固定させられる。
少しでも目線を切ればその瞬間、自分に訪れるのは明確な死。
震えることすら許されず、ゆっくりと着実に構築されていく目の前の異形を、俺はただ見つめることしかできない。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
霧のように掠れていた巨腕が持ち上がる。
それだけで嵐が起きる。
暗闇の奥底から響くような声が耳に届く。
それは激しい雷の音のように。
霞んでいた巨体は完全に形を得て、ただ一点を……俺を屠るために雷の一閃を生み出した。
ああ、これはどうしようもない。
心は折れて、目の前に迫った光線を見つめる。
きっと時間にしたらコンマ。このゆっくりと流れる時間は、死の直前の現象。
不思議とこうなるのが当たり前。そう納得している自分がいた。
目の前のものに、自分が殺される。それが史実であり、これから起きる事実となる。
ゆっくりと目を瞑って、きっと痛みを感じる暇もなく消える自分の意識におかしな笑いが出た。
……自分以外の誰かが巻き込まれなければ、それでおしまい。
きっと目の前の怪物は自分を消せば消える。予想だけど、そんな確信を持ってこれからくる衝撃に覚悟を決めた。
……。
…………。
………………。
けれど、予想していた衝撃はこない。
純粋な疑問。なぜ、まだ自分は生きているのか。
強張った体と強く瞑った瞳を恐る恐る開けてみる。その目に映ったのは。
「はぁ、はぁ……セーフ、だよねっ!」
「ぇ……あ、ホシノ……?」
小さくてとても頼りになる、俺/私の後輩の背中が自分の目にしっかりと映し出されていた。
ここまでお疲れ様でした。
残り数話ですが、お楽しみに……!
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