ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
ナギサ回です。
実は、この章のもうひとりのヒロインだったりします。
「あ、ありがとうございました!」
「気にすんな。困ったときはお互い様だし」
名も知れぬトリニティ生にペコペコと何度も頭を下げられて感謝される姿に、つい照れてしまう。
ここはトリニティ自治区内にある場所のひとつ。パン屋やカフェ、オシャレなアパレルショップからカラオケといった民衆が好むお店が数多く存在する歓楽街。
こちらに引っ越してきてから早くも10日ほどが過ぎ、学校のことも含めて落ち着いてきた頃合い。
休日ということもあって、せっかくならばとヒフミに教えてもらったトリニティで賑わっている場所へと、朝早くから足を運んだ。
これまで過ごしてきたキヴォトスの場所とは一転して、気品のある街並みにお店の数々を“すげー”と観光気分で散策してると。
「……うぅ」
人波の中でつい目が止まってしまうほど、焦った顔をしている女の子がうずくまって何かを探していた。
道端の花壇から、その横にあるベンチと必死に何かを見つけようとしている。
その姿に思わず立ち止まり、ふと気づく。
ここは人通りが多いのに、誰も彼女に声をかけていない?
視線を外して周りを見れば、明らかに困っている少女をまるでないもののようにスルーしていく人々の姿が映り、少しムッとする。
いや、厄介ごとがありそうだから触らないでおく、という心理は理解できるけど。
それでも、ガサガサとずっと必死に探し物をしている子に何もしないというのは、あんまりなんじゃないだろうか。
これを単なるエゴ、と断罪する気はないけど。
少なくとも俺は、知らない相手だろうと困っているのなら、手を差し伸べないなんてことはしない。
「あの」
「……ぇ?」
近づいて声をかけると。白い制服が泥で汚れるのも気にせず、真っ青な表情で……なんなら若干涙目になった少女が顔を上げて、不安そうなか細い声をあげた。
まずは疑いと不安に染まった表情を和らげるために、同じ学校であることを伝えて。
「あ……先日に転入されてきた……」
「そうそう」
次に簡単に何があったか、と事情を聞いた。
「その、落とし物を……」
「大事なもの?」
「はい……さ、財布を落としてしまって」
「そりゃ、一大事だな」
「ずっと探しているんですが……見つ、からなく、て……」
「ちょ、泣かない泣かない。どの辺で落としたとか、心当たりは————」
よほどショックで不安だったのか、しゃべっているうちに泣き出してしまった目の前の少女を慰めつつ、一緒に探しはじめて。
「あれ。もしかして、これか?」
「……ぁ。は、はいっ! それです!」
少しだけ汚れてしまっているが、ほとんど傷もなく。重さから中身を盗られている心配もなさそうな財布を発見した。
一瞬だけ呆けた顔をした女の子だが、さっきまでの曇った表情は消えて、笑顔とともに駆け寄ってくる。
とりあえずと手にあった財布を渡すと、すぐさま中身を確認し、ほっとした顔つきになる。
ここまでが、目の前の少女との間にあった一連の流れ。
探していた時間はおおよそ2〜3時間くらいで、時刻はお昼を過ぎていた。
思ったよりも時間がかかってしまったが、無事に見つかってよかったとひとりで満足げな顔していると、少女が申し訳なさそうな顔で、口をひらく。
「あ、あの」
「ん?」
「何かお礼を」
おずおずと何を言い出すかと思えば、そんなこととは。
「へ? いや、いいよ」
「で、でも」
大丈夫、そういっても引き下がらないあたり、本当に感謝してくれているんだろうけど。
別に見返りが欲しくてやったことではないし、これで何かを受け取るのは良くない気がする。
ちょっとの問答のあと、それならばと妥協案を出すことに。
「なら、今度は俺が困ってたときとかに助けてくれよ」
「困っているとき、ですか?」
「うん。最初に言ったけど、こういうのはお互い様だって。俺もこっちに来たばっかりで、色々と困ることもあると思うからさ」
「……」
「だからそのときにでも、ってことで。……えっと、どうした?」
「いえ」
ほんのりと困った顔をしたかと思えば、もう一度頭を下げて。
「本当にありがとうございました」
今度は慌てたような雰囲気もなく、感謝の言葉を伝えられる。
どうやら納得してくれたみたいだ。
「おう。それじゃ」
別れの言葉を告げて、改めて散策へと戻る。
さて、どこに行こうかなーと考えながら、人通りが全くない道を歩いていると、ぐ〜〜っとお腹の虫が声を上げる。
あまりにも間抜けで大きな音が自分の腹からなって、少し恥ずかしい思いをしつつ、“ああ、そういえば朝から何も食べてなかったっけ?”とお腹をさすって、気の抜けたあくびをする。
せっかくここまで来たし、少し遅いお昼でもと店が立ち並ぶ方向へと1歩、足を進めたタイミングで。
「こんにちは」
「うわっと!?」
背中から聞き覚えのある綺麗な声が聞こえて、思わず声を出して驚いてしまう。
おっかなびっくりしつつも、振り返るとそこには。
「な、ナギさん……?」
「ふふ。驚かせちゃいましたね?」
白を基調としたトリニティ総合学園の制服によく似合う、腰の近くまで伸びた白寄りの金髪。色素が薄めな金色の眼、ふわりと香る花とお茶菓子のような甘い香り。
そんな外見にぴったりなお淑やかで気品のある雰囲気を持った相手————ナギさんが腰に手を回して、ウィンクをしながら茶目っ気たっぷりの笑みとともに現れた。
「びっくりさせないでよ……。完全に気を抜いてた」
「あら……ごめんなさい。あまりにも隙だらけだったので、ちょっとだけいたずら心が働いてしまいました」
ちっとも反省の色がない謝罪に、楽しげな声と微笑みをこぼすナギさんを見て、ついため息を吐いてしまう。
「はぁ……。とりあえず久しぶり」
「ええ。お久しぶりですね、シュウさん」
そう言いつつ、隣まで来たナギさんと自然に会話しながら歩き出す。
俺がこのキヴォトスに訪れて最初に出会い、仲良くなった同年代の友だちはヒフミ。
その次は何を隠そう、隣で何が楽しいのか俺の話をくすくすと笑いながら聞いてくれているナギさんだったりする。
詳しくは省くが、先生とともにとある面倒ごとを処理している最中に……その、なんだ。爆発して真っ黒になった俺を助けてくれたのがこの人だった。
随分と素っ頓狂な出会いだったが、それをきっかけにヒフミと知り合いということを知って、気づけば仲良くなっていた。
今考えると、どうしてトリニティ生のこの人がブラックマーケットの近くにいたんだろう、とか疑問に思う部分はあるけど。
それ以外にも謎が多い人だから、特に気にしなくなっていた。
何せ交流を深めてからも、しばらくはお互いまともに名乗っていなかった。あるとき、改めて自己紹介などをした際に。
「名前、ですか。そうですね……」
なんて、頬に指を刺して何かを考えたあと。
「気軽に“ナギさん”とでも呼んでください」
とか笑顔で言われた。それゆえに、この呼び方が定着している。彼女のフルネームを知らないどころか、普段は何をしているのかとか、どんな部活に所属しているのかみたいな、簡単なこともわかっていない。
俺がナギさんについて知っているのは、紅茶とお菓子が好きでとても優しいところと。
「それにしても。相変わらずお優しいですね、シュウさんは」
「え?」
「ずっと、あのトリニティ生のために探し物を手伝っていたじゃないですか?」
お嬢さまみたいな見た目に反して、かなり茶目っ気が強く、からかい上手な一面があるということ。
「み、見てたんですか?」
「はい。見ず知らずの相手を無償で助ける。それは誰にでもできることではありません。とっても紳士的で素敵だと思いますよ」
「…………」
「おや、苦虫でも噛み潰しましたか?」
「わかっててやってるだろ……」
「さぁ、なんのことだかわかりませんね? ふふ」
あら、とってもいい笑顔ですね。
……腰の方で手を組んで、鼻歌混じりに俺をイジる姿を恨めしい目で見つつ、押し黙る。
何せナギさんは、俺自身が選んでやったことをそのまま言った、ただそれだけ。そこにちょっとした主観を混ぜて、褒めているのだから、第三者から見れば何をムッとするのか、となるだろう。
けど、この人は単純に褒めているのではなく、“俺の善意ある行動を褒めて恥ずかしがる姿を見たい”という魂胆があるのだ。
「私、今とっても気分が良いのでお腹を空かせているシュウさんにお店を紹介してあげます」
「俺が間抜けに腹を鳴らしてたのを遠回しにディスってるな?」
どうでしょう? とか言われるけど絶対にそうだ。
また恨めしい目で一歩先を歩くナギさんの背中を見ながら、思い出すのはとあるヒフミとの会話。
ナギさんと知り合い、少しの会話のあとに彼女に“私とここで会ったことは秘密”と言われた。だから先生を含めて、誰にもナギさんと知り合いなことは言っていなかったりする。
こう考えるとナギさんと会うときは、いっつも周りに誰もいなかったり、人けのない場所ばかり。これもナギさんが狙ってやっていることなのだろうか。
でも、後日どこか焦った顔をしたヒフミから突然ナギさんのこと聞かれた。
「あの、その、えっと……。し、シュウくん」
「どした? そんなにきょどって」
「ナギサさ……いえ。な、ナギさん、という方とお知り合いだったり?」
「? うん、友だち」
「……………あ、あはは」
「???」
なんてやり取りをして。ヒフミからナギさんについて、ある程度教えてもらったのだけど。
ヒフミが話すナギさんはどこか恐れ多い人というイメージ。だけど……。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。なんでもない」
「お腹が空きすぎてぼーっとしちゃってます? それとも疲れて眠くなっちゃいました?」
「子どもだけど、それは幼すぎるよ?」
冗談です、と楽しげに笑う俺の知っているナギさんとは随分と違うというか。
うーん。やっぱりこうしていると、ヒフミから聞いていたナギさんの印象とはかけ離れているよなぁ。
そうして冗談混じりの会話をしている中で、ふと気になったことを思い出して聞いてみる。
「ナギさんってさ。トリニティの生徒、だよね」
「はい。……今更では?」
「そうなんだけどさ。俺、トリニティに10日間くらい通ってるけど、学園で会ったことないなーって」
まだこっちに来て日が浅いし、あの広大なトリニティ総合学園の中で出会わなくても不思議ではないけど、すれ違ったりすることもないのはちょっと不思議だった。
俺の疑問に対して。
「……」
一瞬だけ目を細めた、ように見えたけど。
瞬きをした瞬間にはいつもの笑みを浮かべたナギさんがそこにいて、あれ? とハテナが頭に浮かんだ。
不思議そうな顔をしていた俺に対してナギさんは“そんなことですか”と言って……よくみるちょっと意地悪な笑みに変わる。
なんか嫌な予感。
「唐突な質問になりますが、シュウさんは何年生ですか?」
「お、俺?」
「はい」
「えっと、2年だけど。ナギさん、も……」
と言いかけて、あれ。となる。
思えばナギさんとは勝手に同い年、同じ学年だと思っていた。何せ同い年のヒフミとも友だちらしいし。
けど、明確なことは何も知らないよな、俺。なんて思考が脳に漂い始めたタイミングで。
「私、3年生ですから。学年が違えば会うことも少ないですよ」
「3年、生?」
「はい。おや、どうしたのですか。そんな“今まで同級生だと思ってタメ口だった、まずい”みたいな顔をして」
「……………」
「ふふっ……。わざとではありませんよ?」
まだ何も聞いてませんよ、ナギさん。というか、心で思ったことを一言一句言い当てるのはやめてください、心臓が跳ねるから。
というか、歳上? ナギさんが? 先輩? この人が?
冷や汗が出てくる。
異性を気軽にニックネームみたいな呼び方をしているという事実だけでも、童貞の俺にはハードル高かったのに、そこに加えて歳上?
チャラチャラした奴が女の子の名前を気安く呼ぶ。そんな奴にはなりたくないと思っていたのに。
俺はずっと先輩に対して、タメ口で生意気なこと言ってたの?
「ああああのその」
「壊れた電話みたいですね」
「な、ナギ先輩さん? さま? 今日も非常にとっても見目麗しく?」
「ふふ、混乱しすぎですよ。……もう、ちょっとからかっただけです」
「え、なら歳上というのは」
「それはほんと、ですよ」
顔をこてん、とちょっとだけ斜めにしてニヤニヤと笑いながら、俺の反応を楽しんでいるナギさん。
「なんで黙ってた、んですか……?」
一瞬だけタメ口になりかけて、焦って軌道修正。
でもそんなのはバレバレだったみたいで、より笑みを深くしたナギさんは。
「シュウさんの今の反応が見たかったから。……そう言ったら怒りますか?」
外見とは裏腹に、いたずらっ子のような表情。ちょっぴりと輝かせた目でそう聞かれて。
心置きなく冗談を言える。そんなふうに思っている相手に向かって言うようなナギさんの言葉に。
「…………怒りません」
俺は何も言い返せなかった。
「それはよかったです。……ふふ」
……多分だけど、俺はこの人に一生勝てないと思う。
私の思う“立場に囚われず、気兼ねのない親しい異性の友人がいるナギサ”のお話でした。
意外とナギサの話を期待する声があったので、カット予定(番外編予定)だった話を本編仕様にリメイクしてみました。
だいぶ、いえ。かなり私の解釈と癖が詰まっています。というか、きっとナギサはこうなる。
普段は振り回されている苦労人な子が、年下で異性の友人(←ここ大事)にはこうなるのって、とっても“良く”ないですか?
ナギサと主人公の過去の話は、需要があればおいおいにでも書く予定です。
とっても仲良しな2人でした。ええ、とっても仲良しです。
……え、プロローグ? なんのことでしょうか。