ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
とある日の放課後。
授業が一通り終わって、ちょっとした手伝いをした何気ない、いつも通りの日常。
教室に残っているのは2〜3人程度。みんな窮屈な勉強から解放されて、思い思いの自由を楽しめる、学生にとっての一番楽しい時間。
だから、それに倣って俺もどこかへ行こうかな、なんて思っているのと同時に携帯からピコン、と通知音。
自然とスマホを取り出して画面を見れば、そこにはモモトークの通知が1件。スワイプして開いてみると。
ナギさん『シュウさん、今日ですがお時間ありますか?』
「……?」
この時間帯、夕方ごろには滅多に連絡が来ない相手からのモモトークに“おや?”と少しびっくり。
ナギさんとは通話やモモトークでの雑談はそこそこするが、決まって時間帯は夜。本人は特に言っていないけど、たぶん日中は忙しいのだろうと勝手に思っていた。
そんな相手からのお誘いに見えるメッセージに、このあと特に予定も決まっていない俺は暇であることを伝えた。
『暇だよ。この時間にお誘いとは珍しいな』
ナギさん『あら。ご学友とのお付き合いなどは宜しいんですか?』
『今日は特に約束もないだけ。……一応言っとくけど、ぼっちではない』
ナギさん『ヒフミさん以外ともご交友が?』
『…………まぁ、昼飯を食うくらいには』
頭に浮かんだ少ない交友関係を小さなプライドの元、ナギさんへと送信。
先ほどまではすぐさま返信が来ていたのに、なぜか数分の間が空いて返ってきたものは。
ナギさん『あ、あの。学園での生活に何か不安があれば、いつでも相談に乗りますよ……?』
「マジな反応はやめてくれ……っ!」
「ひゃっ! し、シュウくん……?」
急に叫んだ俺の声にびっくりしたヒフミが何事か、と目をぱちくりしながら驚いた顔をしていた。
なんでもない、と言いつつ謝って再び携帯の画面へと向き合う。
『へいき、へいきです。……とりあえず向かうけど、どこ行けばいい?』
ナギさん『そうですね……。では————』
指定された場所はトリニティから少し離れた繁華街。
今から行くとしたら電車などを使って30分ほどの場所で、“思ったよりも遠出だなぁ”なんて思っていると、横からモモトークのやり取り見ていたヒフミから質問が飛んできた。
「ナギサさ……“ナギさん”とお出かけの約束ですか?」
「そうそう、さっき誘われてさ」
「えっと……少し遠いとこですね」
「な。トリニティの自治区じゃダメなのかな」
この辺にはオシャレなカフェからお店、果てには露店まで並んでいる。俺もナギさんもトリニティの生徒だし、近場でなんでも揃いそうなものだけど。
素朴な疑問を特に何も考えずに口にすると、なぜかヒフミが何かを察して誤魔化すように目を逸らした。
「なんか知ってんの?」
「あ、あはは……。えーと……きっと、何か事情があるんですよ。そもそもですが、どういった用事なんです?」
「え? ああ、そういえばなんも聞いてなかった」
「何も聞かずとも頷いちゃうんですね……」
「そんな呆れた顔せんでも……。今聞いてみるよ」
全くもう、なんて顔をされて苦言じみたことを言われてしまった。
普段、何でもかんでも頷いて、手伝いをしている俺を心配している節があるヒフミには、ちょっと申し訳なくなりつつ。
ひとまず言われた通り要件を尋ねてみた。
『ちょっとした遠出だけど、何しに行くの?』
ナギさん『別に大したことじゃないですよ』
『そうなの?』
「買い物の付き合いか、単なる遊びの誘いかな」
「みたいですね。うーん、あのお忙しいナギサさまがこの時間に……?」
「なんて?」
「い、いえ! なんでもないです!!」
最後の小声が耳に入らず聞き返すと、これまた誤魔化すように手をブンブンと振って“なんでもない”と連呼するヒフミ。
なーんか気になるんだよなぁ。ナギさん関連だとやたらヒフミは何かを隠そうとする……気がする? みたいな。
たしか、ふたりとも友人だって話だったし、何かあるように思えてしまう。……あ、せっかくだし。
「ヒフミもくる?」
「へ?」
「このあと暇ならだけどさ」
「えーと。……な、“ナギさん”がいいなら、ですかね?」
「お。なら聞いてみるか」
「……だ、大丈夫でしょうか」
何をそんなに不安がっているのか、そんな疑問を持ちつつもヒフミとの会話を一旦切って、ふたり揃って視線をモモトークに戻す。
そこには先ほどの俺の質問の回答が、なんの憂いも心配もないように書かれていた。
ナギさん『デート、しましょう?』
「「…………………」」
体が一瞬だけ強張り、視界に入った文字の意味がわからずに混乱する。それは俺だけでなく、一緒に画面を見ていたヒフミも同じで、さっきまでの不安そうな顔のまま、ピシリと固まっていた。
デート、でーと、でぇと。
親密な仲の男女がお出かけしてイチャコラする。そして異性としての仲を深めるもの。またの名を逢い引き。
え、何これ。本来は青臭い恥ずかしさが来るはずなのに、なぜ俺はこんなにも焦っているんだ??
あ、そっか! これがナギさんの“からかい”だとわかるのは俺だけで、ヒフミが横にいて“え、まじで?”みたいな顔をしているからか! ガハハ!!
「えと、別にこれはな? そういうのじゃなくて」
「……し、シュウくんと“ナギさん”のお邪魔になりそうなので、私は帰りますね? では!」
「え、ちょ、速っ!?」
シュパン、シュパパーン。
きっと効果音が付いたらこんな感じになるであろうスピードで、逃げ出すように教室から去っていくヒフミ。
その背中に伸ばした俺の手は空をきり、完全に勘違いしたまま消えた相手。あまりの速度に唖然として、思わずもう絶対に聞こえないであろう恨み言が独り言として口から溢れる。
「めちゃくちゃ安堵した顔で逃げるじゃんか……」
俺は見たぞ。教室のドアの方へと振り返る直前、すっごい笑顔で“よかったぁ!”みたいな表情になったヒフミを。
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「ふふ。そんなことになっていたんですね」
「楽しそうですね? めっちゃ笑顔ですね??」
「ええ、とっても」
「…………」
「そんな目をしてどうかしましたか?」
「なんでもないよ。はぁ……」
合流後にナギさんに連れられてやってきた、彼女と自分以外がほぼいないお洒落な喫茶店にて。俺は、先ほどあったちょっとした出来事を話しつつ、お茶を飲んでいた。
今回の一件は、俺とナギさんのプライベートな個人チャットで話していた内容であり、隣にヒフミがいることなど知らない彼女はいつも通りからかっただけのはず。
だから、ちょっと不貞腐れた俺が現れた際は少し驚いていたし、不安げな顔をしていたんだけども。
「ヒフミさんがいるなら、もう少し攻めても良かったかもしれません」
「マジ勘弁」
甘ったるいけど、つい手が伸びてしまうお茶菓子を齧りながら、“またの機会にでも”なんて呟いて、本当にやらかしそうなナギさんを咎める。
「おや、シュウさんは私とのデートがお嫌でしたか?」
ちょっと意地悪な笑みを浮かべて、俺が答えづらそうな質問をしてくる。
大前提として俺はナギさんのことを好意的に思っているし、ヒフミと同じくらい心を許している相手だ。
そこに加えてこんな美人で年上、さらには優しくてくすぐったい(男子的には憧れな)接し方をしてくれる女の子だぞ。
俺としてはやぶさかではないどころか、おかわりが欲しいくらい。
本来ならちょっと反抗的な態度をとるところだけど、今回は趣向を変えてみよう。
「そんなわけないだろ? ナギさんからのお誘いなら、いつでも歓迎だよ」
「あら」
予想外の答えだったのか、小さく目を見開いて驚くナギさん。でも随分と余裕そうで、口元は少し笑っている。
気恥ずかしさを見て見ぬふりして反撃してみたが、ほとんど効果なしのようでちょっとへこむ。
不満げな顔になった俺を見てより笑みを深めたナギさんは、一瞬だけ何かを感げて“ピコン!”と閃いた顔になる。
なんか嫌な予感がして、思わず口をひらこうとするが。
「でしたら、もっとデートらしいことをしましょうか」
「はい?」
聞き返した言葉に返ってきたのは、返答ではなく行動。
ずばり言ってしまうと、対面に座っていたナギさんが真横に移動してきたのだ。
「あ、え、は?」
「ふふ。どーしました? そんなポカンとして」
「うぉ……!?」
ただの隣でない。ぴったりと肩同士がくっついて、彼女の体温がゼロ距離で伝わってくるレベル。
シュルリ、と制服同士が擦れる音と共に腕を組むように抱え込まれ、暖かな吐息とともに耳元で囁かれる。
柔らかなナギさんの体、優しくてふんわりとした彼女の匂い。
視覚、聴覚、嗅覚の3つをナギさんに支配されたような錯覚に陥る。
甘いASMRでのシチュエーションでありそうな現象に、情けない声を出しながら目を白黒させてしまう。
……あ、ナギさんって意外と胸、おおき————。
「————ふんっ!!!」
「きゃっ……! な、なぜ自分の頬を全力でビンタしたんです……?」
「え、なんのこと?」
「今かなりのお力で頬を……」
「え、なんのこと?」
「もぅ……ふふ。動揺しすぎです、よ?」
場のふわっとした空気を消し去り、自分の動揺を悟らせないために起した奇行。
きっと俺のその行動意図を察しているナギさん。でもあえて触れずに笑っているあたり、まだ何か悪巧みしてるのかな。
呆れた笑みを浮かべて俺の頬に触れつつ、心配そうに眉を下げる表情に内心ではドギマギ。
けど、なんだか負けた気がして強がる。
「全く痛くないですけども」
「真っ赤になってますし、涙目なのは指摘したほうがいいですか?」
「…………」
「あらあら、泣かないでください。よしよし」
「泣いてないやい!」
これでは逢い引きする男女ではなく、強がりな弟を心配する姉の構図にならないか?
あとほんとに泣いてない。自分で叩いたのに、思った以上に威力が強くて、じわっと目尻に水が溜まっているだけだ。
けど、結果的に内心では甘そうな空気が霧散したことに安堵していた。
嬉しいけど、恥ずかしさとむず痒さが勝つさっきまでの状況からの脱出に、ほっとしていた。
でも、そんな俺とは違ってナギさんは。
「こちらを召し上がって機嫌を直してください」
「……あの」
「はい?」
「なにゆえ、ケーキを俺に差し出してるんですか?」
ごく当たり前のように口元へと出された、ひと口分のショートケーキを前に思わず敬語になってしまう。
これは俗に言うところの。
「なに、と言われましても。“あーん”、ですよ」
可愛らしく、そして白々しくも顔を少しだけ傾けて“なんで食べないの?”とでも言いたげな顔。
聞いているのは、なぜこんなことをしているのか、なんだけど。
その答えは俺が聞く前にナギさん本人の口から、流れるように出てきた。
「デートですから。こういうのは定番でしょう?」
「いや、でも、あの、その」
「はい、あーん」
キョドる
より強くなる気恥ずかしさに視線を右往左往させて、自然と腰が逃げそうになる。
でも、そんな態度を見たナギさんが少し、ほんの少しだけ悲しそうな表情と声音で。
「私からのこういったことはお嫌、でしたか?」
なんて。からかい半分だけど、でも確かに寂しそうな俺が初めて見る彼女の表情。
「……あむ」
「あ」
思わず、とか考えなしに、みたいなことはたくさんしてきた。だから、これもそう。
あれこれ考えるのはやめて、うるさいくらいになっている心臓の鼓動を無視して。
彼女からの“あーん”を素直に受け入れてみた。
先ほどまで自分で食べていた甘いケーキ。けど不思議なことに、ナギさんから食べさせてもらったものは、全く味がわからない。
でも。
「え、えっと。……お、美味しいですか?」
「…………うん」
「そう、ですか。…………。っ〜〜〜」
「恥ずかしくなるならやるなよ……」
俺からの不意打ちで思わず赤面し、言葉が出なくなって両手で顔を隠したナギさんに少し呆れつつ、笑みが出てしまう。
彼女も年頃の女の子。こういった行為に対しては、心構えがなければ恥ずかしくなってしまうのも無理はないだろう。
「うぅ……不覚です……」
「ははは」
なぜか悔しそうな顔をするナギさん。珍しく勝った俺は上機嫌。
今回ばっかりは俺の意地が彼女のイタズラを上回ったのだ。
「シュウさんにそんな度胸があったとは……」
「あれ? 今俺ってバカにされてる??」
心底驚いた、みたいな感想を言われて思わず、いつものノリと真顔で聞き返す。
ふたり揃って少し顔を見合わせて、同時に吹き出す。
何をやっているんだろうか? そんな馬鹿馬鹿しくも楽しい雰囲気で、声を出して笑ってしまった。
ナギさんとの会話や時間はなんとも心地良く、つい彼女が歳上の先輩であることを忘れてしまう。
この日はこれ以上の甘い空気はなく、あとはトリニティでの生活などを話して解散した。
ただただ意味もなくふざけ合い、遊んだだけだったが俺個人としては有意義な時間だった。
▼
「〜〜〜♪」
鼻歌まじりに陽の落ちたトリニティへの帰り道を歩く。普段ならば、まだ業務に追われている時間帯。
けれど、今日はたまたま時間ができて。気まぐれで彼に時間があれば、くらいの気持ちで連絡してみれば。
「ふふ」
結果的にとても楽しい時間が過ごせてしまった。ちょっとしたハプニングはあったものの、シュウさんとのやりとりは私の心に溜まっていく不安を忘れさせてくれる。
最初はトリニティのため、シャーレに所属する彼との接点を作った。でも共に過ごし、会話をして。シャーレの生徒ではなく“シュウ”と言う人間に興味が出始めた。
少しずつ、ゆっくりと。数週間に1度だけ連絡を取る間柄から、1週間に1度に。
そして今では、ほぼ毎日モモトークや通話をする友人へ。
他の方々は、“私”をティーパーティーのひとりとして認識し、それに伴った態度と言葉になってしまう。
でも、まだ桐藤ナギサではなく、ナギさんとしての私しか知らない彼は気軽に接してくれる。
トリニティ総合学園では決してあり得ない経験であり、できるとも思っていなかった青臭い日常。
それを手放したくなくて、現在進行形でシュウさんには嘘をついてしまっている。
罪悪感がないか、と問われたら“ある”と思ってしまうのが正直なところ。
だから私のことを、ナギさんではなく桐藤ナギサということを打ち明けたいとも考えている。
…………。
「……でも、もう少しだけ」
ほんの僅かでもいい。あと少しだけ、ただのトリニティ生としてシュウさんとの関係を続けていきたい。
甘い夢を見るように。重荷から目を逸らすように、まだ高なっている胸の鼓動を手で押さえて願う。
「ナギサ様」
「…………貴女でしたか」
あと少しで学園に着く。その直前で、今の私とは違うティーパーティーの制服に身を包んだひとりの生徒が現れる。
彼女の姿が目に入り、胸の鼓動がスッと落ち着く。同時に暖かな熱が冷めていく。
ここに戻れば、私はティーパーティー所属の生徒会長の1人。役割を果たさなければいけない。
さっと私の後ろに着いたフィリウス分派の生徒を連れて、再び歩き出す。
「由九咲シュウの方はいかがでしたか?」
「変わりありません。現状では他校への移動なども考えていないでしょう」
「……そうですか、お疲れさまです。ご無理はなさらず」
「問題ありませんよ」
彼女の言葉に内心で舌打ちをする。どうやら見られていたようだった。
表向きではシュウさんとの接触は、シャーレとの接点を作り、彼をパイプにするため。
そのことを知っている彼女を含めたティーパーティーの生徒は、きっと今日の出来事も私が無理をしている、もしくは彼を誘惑している、なんて考えているはず。
だから、労いの言葉なんてものを口にしたのだろう。
頭が痛いのは、このことを考えついたのは私自身ということ。
自業自得。これに尽きるが、シュウさんは特にトリニティへの不満などを抱えていなかったことや、彼の学園生活を気軽に聞ける点を考えると、あのときの私は正しい判断をした。
「……感謝、ですね」
「はい?」
「いえ。なんでもありません」
過去の自分へ感謝するのは、どうにもおかしな話だが。
プラスとマイナスで見れば、私にとって今はとても得をしている。
押しつぶされそうになるタイミング数多い立場。でも緩和してくれる、心の拠り所になる存在がいるのは私にとって、とてもかけがえのないもの。
どうか、あと僅かでも、ほんの少しでも。
「この時間が続けばいいですね」
・シュウ → ナギサ
からかってくるけど、優しくて美人だし話も合う女の子。
とても親しい友人だと思っている。が、この一件を含めて最近は少し意識し始めている。
(歳上な部分も含めて)実はすごくタイプだが、ナギサが自分をどう思っているかがわからずヤキモキしている。
・ナギサ → シュウ
政治関連のストレスなどを忘れ、立場関係なしに笑い合える大切な男の子。
出会い、キッカケは作為的でトリニティの利益のためだったが、気づけばそんなこと忘れるほどに仲良くなっていた相手。
してみたかった普通の青春、ごく普通の生徒であれるシュウとの関係は、条約前の今においてかなり救われている。
はじめ異性としては見ていなかったが、今回の一件をきっかけに……?
ルート分岐、IFにつながるお話でした。ここまで甘くないですが、似たようなことはヒフミルートでも起きている感じです。
……え、甘すぎるって?
しょうがないにゃぁ……。次からはがっつり不穏です。
次回、“τ-5:接触と影の視線”
久しぶりに郊外へと出たシュウは、シャーレで顔を合わせたことがあるゲヘナの生徒と出会うことに。
その出会いは、陰ながら監視していたフィリウス分派の生徒に見られていて……。