ホシノ「私で童貞捨てたくせに……」「童貞ですけど!?」 作:群缶
出会いは
この世界線の貴方はまだ知らないけれど、今回の巡り合わせはキミの秘めた神秘の気まぐれ。
彼女に通じたことがある道具があって、彼がたまたまそれを持っていて。
彼の漠然とした願いと、それに間の悪いタイミングで応じた彼女。
全ては、ちょっとした運命のイタズラなのでした。
魔王ではなく、勇者になる。
告げられた答えは予期せぬもので、私がこの空間で最後に見たのは大きな光の塊でした。
「……」
名もなき神々の王女ではなく、ただひとりの生徒としての道を選んだ王女。
ただの道具である私には、それを止める手段も意思もなく。
王女の行く末を、体の奥底で静かに見守ることを選んだ。
画面を通じた映像を見ている感覚。その表現が最も適切で例になる。
流れゆく王女の日常。破壊はなく、滅びはなく、ただ平穏で暖かな暮らし。
騒がしく教育に悪いことばかり教える才羽モモイの姿に憤り、優しく丁寧に接する才羽ミドリにホッとし。
気弱でも王女を手助けする花岡ユズに微笑み……別の道を示した大人を強く睨みつける。
「…………」
ただのプログラム、AIである私がこんなことをしている意味は、合理的に見てもただの無駄。
けれど。これが今の私から王女にできるただひとつのこと。
私自身ではここから出ることもできず、出ようとも思わない。
何かの意思を表示するつもりもない。ただ、王女の姿を静かに見つめて————。
『それ、安置あるぞ』
「……?」
データにない、だが何となく気になる音声。
はじめに私が認識したのは、そんな素朴でまるで人間のようなもの。
目の前には気まずそうに王女へと声をかけた見覚えのないひとりの男子生徒。
王女の心には驚きと戸惑いが満ちているのを感じる。
結果的にシュウと名乗った男は、王女の手助けをしただけ。特に大きな交流もなく、この一度きりの会合だろうと目を閉じた。
次にシュウが王女と顔を合わせたのは、あの大人がいるシャーレという施設。
これも、特に記述する点はない。“ああ、あのときの”くらいだった。
だが。王女が彼と顔を合わせるたびに、私の中には少しずつ怒りと不満が募り始めた。
『え、えーと……。これはまだアリスに早いというか……』
始まりは王女がシュウの部屋で見つけた、ひとつのデジタルデータ……ゲームソフトと呼ばれるもの。
描かれているのは、複数人の少女。これだけならまだ良かった。
問題は裏側。“なんだ、あれは”とデータ処理が間に合わずにフリーズしかけた。
そこにあったのは、とても口にはできない破廉恥な姿をしたイラスト。
なんてものを王女に見せるのですか! 怒りと言葉はコンマ数秒の時差で口から発せられた。
『き、気になるの……? えっと……』
何をキョロキョロと人影を確認しているのですか。すぐにでも王女の前からそれを隠しなさ————
『……先生には内緒だぞ』
□□□□□□□ッ!!!???
バツの悪い顔をしながら、王女に“あのゲーム”を見せ始めたときは、思わず汚い言葉が飛び出してしまった。
ゲームの内容は非常に、非常に教育に悪い内容。これだけでも私の胃はキリキリと痛む。
次に頭痛まで襲ってきた理由は、なぜか興味を強く示した王女の姿。
最後に、初めて“苛つく”感情を得るきっかけになったシュウという男のドヤ顔。はしたない趣味を意気揚々に語る姿を見て、無性に腹が立った。
これが何度も繰り返されて、王女は“萌え”、“パンチラ”、“見えないのがいい”などという下品な知識を植え付けられ。
私のヘイトはシュウという男へ、凄まじい勢いで積み重ねられていく。
果てには。
『え。なんで俺が従者なの?』
卒倒した。
王女がシュウに与えた称号。それは私と同じもので。
きっと他意はないはずだが、まるで私とこの下品男が同列に思われているように感じて。
「……」
感情とは人が持つものであり、
好き嫌いなんて意味のわからないバグに踊らされているのは人間だけ。
そう心の奥底では思っていた私は、画面に映る
「絶対にいつか、ぶん殴ります」
ええ、認めましょう。どんなに小さくとも感情というシステムは、私の中に芽生えていました。とても大きな暗いものが。
大きく顔が歪んでいるのがわかる。きっと、これが悪感情でそれを言葉にするなら。
「……私はこの男のことが大っっっ嫌いです」
しばらくは無性に湧き立つ怒りの感情に振り回されていたが、
王女の中にある寂しいという気持ちに困惑しつつも、あの不健全男との交友がなくなったのには正直、胸を撫で下ろしていた。
今日までは。
『いやー、シュウ先輩いい人だったね!』
『うん。ゲームも貸してくれたし』
1ヶ月ぶりに顔を合わせたかと思えば。今度は王女だけでなく、モモイやミドリを巻き込んであの破廉恥ゲームを遊んでいた。
もう我慢の限界もいいところだ。脳内メモリから湯気が出るくらいには
挙げ句の果てにアレを貸した? 正気なのですか、貴方は。
そして王女を含めた貴女たちも、何を頬を赤らめて楽しんでいるのですか。
言いたいことも言えず、殴り飛ばしたい相手には画面の先で好き放題されている現状。
私のストレスはもう最大値を超えて、メーターが振り切れている。
叶うのならば。
「直接、文句のひとつでも言ってやりたいですね……!」
意味のない愚痴、叶わない憤りの矛先。ただ胸の内に秘めているのが我慢できなかった。
だが、まさかそんな言葉が。文句を言いたいというだけの呟きがこんな形になるなんて。
「……っ?」
視界にノイズが走る。
ゆっくりと確実に。実際にはほんの数秒。
狭くて、どこか覚えのある不満がたっぷりと詰まった部屋の中に押し込められた感覚。
気づけば
「うぅ……。ついてないな、今日……」
世界で1番大嫌いな、憎たらしい男の間抜けな顔が映し出されていた。
▽
「えと、なんかのゲームか……?」
ベッドの上にあぐらで座りなおし、画面に映し出された“何を……したのですか?”という文字を見てでた独り言。
一瞬だけこれが自分へのメッセージに思えて、馬鹿な考えが浮かんだがすぐにそんなわけないと笑い飛ばした。
ゲーム機を持ってボタンを操作し、この画面から次に進もうとして。
【触らないでください、変態】
「はは。最近のゲームは辛辣だなぁ」
うーん、AボタンでダメならBボタンか?
【文字も読めないほど貴方の脳は退化しているのですね】
「…………」
このやろう。ゲーム相手に思わず出かけた罵倒を喉の奥に仕舞い込み、ムッとしたまま別のボタンを押そうとして。
【貴方です、貴方】
「…………?」
【間抜けな顔で自分の部屋を見渡している貴方に言っています】
「………!?」
【不細工ですね】
「何だとこのやろうッ!?」
親にもらった大切な顔面を馬鹿にしやがって、とキレかけてハッとする。
ギギギ、と油不足の機械みたいな動きでゆっくりと視線をゲーム画面に戻し、じっと見つめる。
【気持ち悪いので見ないでもらえますか】
「……え? え? は?」
【言ったことを理解できないとは。CPUもろくなものを持っていないのですね】
あれ、今俺。ゲームと会話してる……?
摩訶不思議な現象を前に頭が真っ白になり、口が鯉のようにパクパクと空気だけを吐き出す。
キヴォトスに来てから、それなりに不思議体験はしているけど。
【それよりも質問に答えてください。貴方は何をしたのですか】
「急に喋るゲーム機はびっくりするわ」
【は?】
「あ、ごめん。何でもない」
【は、はぁ……?】
なんかすっごい呆れたような口調で、困惑した表情をしてそうな文章が画面に出てきた。
近頃のゲーム、というかAIはこんな感情的……なの、か?
「あれ」
カチカチと時計の針の音と、唐突に漏れた自分の声だけがこだまする。
今目の前で俺と会話している謎の存在を再び見て、つい先ほどまで通話していた先生との会話が蘇る。
“実はその子、モモイのゲーム機に入ってたみたいでね”
“今は消えちゃったらしいんだ”
“かなり手強くて、シュウならすぐにやられちゃうんじゃないかな”
超スピードで駆け抜ける先生から聞いた過去の思い出話。はは、走馬灯かな?
ふざけている脳内とは裏腹に、体には少し冷たいものが走り……胸は緊張とほのかな期待で高鳴っている。
「あああ、あのさ」
【バグですか】
乾いた喉と緊張で吃った声に冷たいツッコミを入れられるが、今重要なのはそんなことじゃあない。
自然と正座になり、ピンと背を正す。ゴクリ、と生唾を飲み込んで枕の上に乗せたゲーム機へ質問を投げかける。
「もしかしてだけど、Key……ケイさんだったりします?」
【…………】
真っ暗な画面には何も表示されないまま、時間が過ぎる。あまりにも長く感じたが、実際には1分ほど。
じっとゲーム機を見つめ、怖さ9割・期待1割を乗せた俺の質問の答えは。
【……そうですが】
この瞬間、俺の中にあった怖さと期待の割合は綺麗に反転し。
「君が噂の敵アンドロイド美少女!?」
【はっ倒しますよ】
酷過ぎる脊髄反射の言葉が出てしまったのであった。
偉い人は言いました。“小さなきっかけで嫌いは反転して好きになる”、“つまり大嫌いが反転したら”。
では、また次回。