エデン条約編、開・幕!!
そしてやっぱり最初はこの方!!
プロローグとは言え、思ったより早く出来上がったので上げていきます!
プロローグ/夢の中の茶会
夢を見る。
だが、それはいつもの私が知っている夢ではなかった。
煌びやかな装飾が施された高級感漂う調度品。
テーブルも椅子も、そのテラスに置かれたもの全てが至高の品々であることを窺わせる。
そして、その中の一つの椅子に腰掛ける人物が一人。
「おや、今日は
大きな獣の耳を持つ、金髪の小柄な少女が私に気付き、振り返る。
その頭上にはヘイローが浮かんでいるが、見覚えのない生徒だ。
必然的に、この場所がキヴォトスの何処かであることは明白だが、これもまた見覚えがない。
更に言えば、この夢はただの夢ではなく、“レイヴン”と会話をするような、自意識があり、自らの意思で行動できる特殊な夢であるようだ。
「とりあえず…初めまして、でよろしいですか?」
私は少女へと声をかける。
少女の耳がピクリと跳ねる。
「ああ、それで間違いないとも。私たちは互いに初対面。そもそも、現実ではきっと、
少々、気になることを話しているが、それは一旦、後にしよう。
「この夢は貴女が?私をここに招いたのも貴女なのですか?」
私が質問すると、少女は少し考えた後、口を開く。
「…少し、長い話になるだろう。立ち話で賓客を疲れさせる訳にはいかない。ここは一つ、座ってはどうだろう」
少女からは敵意も殺意も感じない。
一先ず、私は少女から椅子一つ分、開けた席に座った。
テーブルの上には、お茶菓子とティーセットが置かれていたのだが、私が座った直後、私の元に、湯気を立たせる紅茶がいつの間にか置かれていた。
何となしに少女に視線を向ければ、少女は慣れた風に紅茶を口に運び、私にも促すように片目を閉じ、ウィンクしてみせた。
夢で警戒するのもバカバカしい。
私は促されるままに紅茶を口に運んだ。
味も香りも、何処かで味わったことのあるものだった。
「申し訳ないね。本当なら、最高級品の紅茶でもてなしたいところだけれど、なにせ此処は夢の中。私の夢であると同時に、
少女の話を聞き、私は思い出した。
この味は、ゲヘナの風紀委員会の手伝いをしている中、ちょっとした小休憩中に本部で出された紅茶の味だ。
「…なるほど。つまり、私が貴女の紅茶の味を味わえないように、貴女も私が飲む紅茶の味を想像するしかない、ということですね?」
ゲヘナでは度々、風紀委員会の手伝いをすることがあった。
その報告の際に、本部では待ち時間にアコやチナツに紅茶を頂くことがあった。
口には出してはいないが、個人的にはチナツの淹れてくれた紅茶が美味しかった。
この夢の紅茶はそのチナツの淹れてくれた紅茶の味がする。
「…その落ち着きよう、どうやら
少女は興味深そうに私を眺めていた。
私と少女は、互いに紅茶のカップを置く。
「先ずは自己紹介から入ろうか。私は君を知っているが、君は私を知らないだろうからね。私は《セイア》──《百合園セイア》。トリニティ総合学園、その生徒会、《ティーパーティー》の内の一人
キヴォトスに訪れて間もない頃、キヴォトスの情報を集めている中で見た覚えがある。
トリニティのティーパーティーは、現状、《桐藤ナギサ》が主導になっているものの、他にも《聖園ミカ》と彼女──《百合園セイア》が所属していることになっている。
「…ティーパーティーの一人だった者、ですか。先程も気になることを仰られていましたね。
その文面通りに受け取れば、それはまるで、彼女が亡き者であるかのようだ。
「ああ、現実の私は昏睡し、ある場所で保護されている」
彼女──百合園は一切、動じることなく、淡々と告げた。
流石に、こうして出会えて会話できていることから死んでいる訳ではないようだ。
「…目覚めることはできないのですか?」
夢の中とは言え、こうして話せている以上、私個人の主観でしかないが、目覚めようと思えば、目覚められるように思える。
それとも何か、事情があるのだろうか。
「…そうだな。私はもしかしたら、目覚めようと思えば目覚められるのかもしれない。だが、私は目覚めたくはないんだよ…例え、現実の世界が滅び、肉体が死ぬかもしれないとしても、ね…」
百合園は、憂いを宿した瞳のままに、顔を伏せる。
翳りを見せる表情は読めないが、何か恐怖しているようにも思える。
「“悪夢”は巡り、そしてきっと、終わらないものだから…」
これ以上は、この話題について百合園は話したくは無さそうだ。
百合園が口にした“悪夢”とは、彼女が先程言った、
それならば、これ以上の詮索はやめておこう。
「さて、先程の君の──あー、君のことはどう呼ぶべきかな?レイヴンか?それとも、イヴかな?」
話題を切り替えるように、百合園は顔を上げる。
そこに先程の翳りは見られない。
「お好きなように。強いて言えば、イヴと。今の私は、仕事をしている訳ではないので」
加えて、夢の中ではもう一人の黒い私、“レイヴン”と混同してしまう。
「それでは、イヴ。先程の君の問いに答えよう。私が君をこの場所に招いたか否か、それについて。結論から言えば、これは否、だ」
「それはつまり、この状況は思わぬ出来事──事故のようなものだと?」
「そういうことだ。──本来、自身と他者との夢は、基本的には交わる事はない。円を思い描いて欲しい。一つの円があり、それが自身の夢。その周囲にも、他者の夢である円がある。それが何処までも続いている…夢の世界とはそういうイメージだと思ってくれ」
私は言われた通りに想像する。
円が無限に広がる、夢の世界を思い描く。
それは徐々に立体感を増して行き、シャボン玉のような球体となる。
だが、それらは触れ合う事はあっても弾き合い、決して交じらず、混ざり合わない。
「だが稀に、本来、交わる事のない夢同士が交わる事がある。それは親しい者との縁か、もしくは、偶然、夢の波長──チャンネルが合致したか。私とイヴのこの状況に当て嵌めれば、恐らく、後者なのだろう」
親しい者との縁とはつまり、血縁やそれに類する関係だろう。
私と百合園の間では決してあり得ない。
そうなれば、やはり後者の夢のチャンネルが合致したという偶然の方が納得できる。
「或いは、必然の可能性もあり得る。君も、夢を見るのだろう?自らの意思が確立し、思うがままに行動できる特別な夢を。だからこそ、私たちは惹かれ合ったのかもしれない。そうであれば、この出会いは必然とも言えるだろう」
私の夢。
思い当たるのはやはり、“レイヴン”がいるあの空間のことだろう。
ルビコンの衛星軌道上の廃棄されたステーションが風景となったあの空間。
私はあの中で、“レイヴン”と言葉を交わし、時に戦い、時に力を授けられた。
百合園の言う、特別な夢に間違いないだろう。
「貴女は…私のことをどこまで知っているんですか?」
だからこそ、勘繰ってしまう。
夢を通じて、彼女が私を特別な夢を見る者と知ったように、私の夢の内容が、彼女に伝わってしまっているのではないかと。
百合園セイア──彼女は、このキヴォトスの渡鳥イヴだけではなく、かつての…この世界に訪れる以前の私までをも知っているのではないかと。
或いは、彼女の言う、彼女自身の特別な夢が、過去の記憶に干渉するようなものだったとしたら。
私の問いに、百合園は静かに瞼を伏せる。
「…私はこの夢の中に於いても、特段、異能と呼ぶべき力を持っている訳でも、ましてや、夢の中の支配者という訳でもない。私も君と同じような、ただ受け身で夢を見ることしか出来ない者に過ぎない」
確かに、言われてみれば、百合園はこの空間に慣れた様子ではあるが、別段、何か特別な現象を引き起こした訳でもない。
先程、私の手元に現れた紅茶も、彼女の意思と言うよりは、元よりそういうものというか、私のイメージが具現化したようなものなのかもしれない。
百合園はただ、この空間をあるがまま受け入れているだけなのだ。
「私はただ、状況証拠から推測を導き出したに過ぎない。君が何処から訪れ、心の内に何を秘めていようとも、私にはそれを知る術はない。だから安心してくれ」
それはきっと、彼女の本心からの言葉なのだろう。
百合園は警戒心を和らげようと私へと微笑む。
ここまで話したが、やはり彼女は敵ではない。
不思議なところはある。
なぜ、初対面なのに私を知っていたのか。
なぜ、まるで私がキヴォトスの外から訪れたことを知っているような口振りなのか。
それでも、きっと彼女は敵には、なり得ない。
彼女の儚く、今にも消えてしまいそうな雰囲気からは、私を偽り、欺こうという様子は感じられない。
「まあ、そうは言っても、そう簡単には信じられないだろうけどね。真実を証明する方法など存在しないのだから。“楽園”の有無を証明できない事と同じようにね」
そこで百合園は話を区切るように、自らのカップに紅茶を注ぐ。
私も自然とつられてカップに視線を向ければ、口を付けたはずの紅茶はいっぱいになっており、淹れたてのように湯気と香りを立ち昇らせていた。
百合園がカップに口を付けたのを見て、私も紅茶を口に運ぶ。
ふわりと広がる風味は、やはり風紀委員会で飲んだ紅茶の味だった。
「イヴ、君はこのキヴォトスに訪れて、《七つの古則》というものを聞いたことはあるだろうか」
私はカップを置き、首を振って否定する。
キヴォトスでの生活の中、様々なこの世界特有の言葉を耳にする機会があった。
それでも、その中に《七つの古則》というものは無かったように思える。
「明確な答えがない、少々理解に困る言葉の羅列なのだが…その中の一つに、こんなものがある。──『楽園に辿り着きし者の真実を証明することはできるのか』」
百合園は紅茶を一口飲み、続ける。
「もし仮に、楽園が存在するというのならば、そこに辿り着いた者は至上の満足と喜びを得るが故に永遠に外に出ることはない。もし楽園の外に出たのであれば、つまりそこは真の悦楽を得られるような“本当の楽園”ではなかったということだ」
私は百合園の話を聞きながら、無言で紅茶を飲む。
「であるならば、楽園に到達した者が、楽園の外で観測されることはない。存在を捕捉されうるはずがない。存在しない者の真実を証明することはできるのか?」
ひと通り聞きに徹した私は、そこでカップを口から離し、口を開いた。
「…それで貴女は、それを通じて私に何を言いたいのでしょう?」
私の言葉に満足したように、百合園は微笑んだ。
「話が早くて助かるよ。しっかり私の話を理解した上で、答えを要求している。“ミカ”のやつにも君を見習ってもらいたいものだよ」
ミカ、とはティーパーティーの一人の聖園ミカのことか。
それなりに親しかったのだろう。
憎まれ口を叩き、呆れた表情だが、何処か昔を懐かしむような雰囲気を感じる。
「──《エデン条約》。イヴ、君はこのゲヘナとトリニティの平和条約をどう思っているのかな?先の話を踏まえて、よく考えて欲しい」
「エデン…経典に出てくる
「ゲヘナとトリニティの間に、そんな夢物語のような
つまるところ、セイアはこう言いたいのだろう。
ゲヘナとトリニティ、その間に結ばれる平和条約とは、全ての者が望むものなのか。
はたまた、そうして結ばれたことで生まれ変わったゲヘナとトリニティは、全ての者にとっての
私はカップの紅茶を飲み干し、皿の上に置くと、立ち上がった。
そろそろ、意識が朦朧としてきた。
目覚めが近い。
「…古則の答えも含めて、次に来る時までに考えておきます」
徐々に白んでいく視界の中、私がそう返すと、百合園は微笑みと共に頷いた。
「そうか。それなら、その時まで楽しみにしておこう。君が、どんな“答え”を導き出すのか。そして、願わくば──」
「君にとって、この夢が、有意なものであるように、祈っておくとしよう」
完全に白に包まれた視界の中、百合園の声が響き渡った。
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瞼の裏に光を感じ、私の意識は覚醒する。
倦怠感を感じつつも、どうにか体を起こす。
今回はいつも以上に疲労感を覚える。
“レイヴン”の夢の時は、それほど気にならないのだが。
自身の夢ではなく、他人の夢だからだろうか。
いや、自身の夢でもあり、他人の夢でもある。
そういったものだったか。
夢の中での出来事は、しっかりと覚えている。
百合園セイア、七つの古則、エデン条約。
この疲労がその代償というのであれば、甘んじて受け入れよう。
枕元の携帯端末を手に取る。
時刻は午前五時。
いい時間帯だ。
端末のロックを解除し、私宛の依頼を確認する。
真っ先に依頼を確認することが毎朝のルーティーンだ。
さっと目を通し、依頼の確認を終えると、私は端末をスリープモードにして置く。
仕事に向けて、身支度をする。
風呂場に行ってシャワー、洗面所で歯磨き、戻ってきて髪を乾かしつつ、着替え。
「…よし!」
小さく意気込みをこぼし、私はシャーレの制服に身を包む。
今日もまた、新たな一日が始まる。
あははっ、セイアちゃん小難しい話ばっかで意味わかんなーい☆
本当に難しい話ばかりで自分でも途中、何を書いているのか分からなくなりそうでした!
次回はイヴの元に届いた依頼から始まります